「無犯罪記録証明」入手!

  • 2011/03/02 17:20
  • Category: ビザ
ウチの近所から朝8:05発のバスに乗り、広州に着いたのが11時過ぎ。海珠広場で降り、泰康路から北京路を北上し、中山路にぶつかったところで右折すれば、めざす公証処のビルはすぐそこ。

途中、北京路に入ったあたりで担当の何小姐に電話したら「なに今、北京路?じゃあ歩いてお出でな」と言われたので「はい、はい」と元気よく歩いて行く。北京路は16年前に比べ道幅が広がり、店の造りもきれいになったが、基本的には余り変わっていない。というか郊外と違い、市中心の道は建物を取り壊して大規模再開発でもしない限り、変わるはずはないのだ。かつて“中華”南、中、北路と呼ばれた道が、1949年以降は“解放”南、中、北路になったように、政治の交代で名前が変わることはあっても、道そのものは残るのだ。何世紀前かの人が裸足や馬で駆け抜けた同じ道を、21世紀の私はややくたびれたプーマで北上するのだ。

というような感傷はさておき、公証処で現れた何小姐は想像したようなおばさんではなく、30そこそこの大変ほっそりした娘さんだった。あれま。これでどうしてあの話し方かね?とは思ったが、まさか口には出さず、無事「無犯罪記録証明」3通を貰ってバイバイ。到着から辞去まで10分もかからず。隣の公園というか広場のベンチに座り、持ってきたサンドイッチで昼食。帰りのバスまで少し時間があったので、北京路をぶらぶら。なにやら随分スポーツショップが目に付いたけど、これは広州アジア大会の影響か?(んなはず、ないか)

帰りのバスは12:50、東方賓館発。となりの中国大酒店の寂れ方に「うむ、20年・・・」と思う。沙面の白天鵝も寂れたかしら? また深セン湾で通関し、香港着は4時過ぎ。

行き帰りとも熱心に窓から外を見ていたにもかかわらず、今回は頭痛に見舞われ、しかもだんだんひどくなり、家に帰りついたときにはぐったり。風景見てるだけじゃ頭痛は治らんか。ちぇ。

ご参考までに「無犯罪記録証明」の中文正版をご紹介すると「公證書 (2011)南公證外字第049XX號 茲證明XXXXX (女,一九XX年XX月XX日出生, 現住香港)從一九九三年X月至一九九五年X月止, 在中國居住期間, 未受過刑事處份。 中華人民共和國廣東省廣州市南方公證處 公證員:XXX 二〇一一年二月十八日」となっている。(原文は簡体字) 茲證明のあとのXXXXは、ローマ字表記の私の氏名。漢字が読める日本人なら翻訳なんか必要ないくらいのわかりやすさ。
これに英文の翻訳がついて、3部で130元。安いもんである。
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広州行った

  • 2011/02/18 17:14
  • Category: ビザ
きのう広州に行った。午前中なるべく早い時間に着きたかったので、行きは電車(2時間、190元)、帰りは別に急いでいなかったのでバス(3時間、80元)にした。どちらも乗り心地は快適だった。

ことにバスは深セン湾口岸で通関するようになってから、大変便利になった。皇崗や羅湖などと違い、ここは同じ建物の中で中国側の入/出境と香港側の入/出境ができるのだ。すいすい進むので、たとえば帰りならパスポートを見せて中国側を出境し、とととと歩いて香港側に達しIDカードでゲートを通り抜けるまで15分もかからない。2002年当時、羅湖での通関に1時間〜2時間かかっていたことを思い出すと、隔世の感あリ。

○大でも公証処でも、事務は(まあなんとか)順調に進んだ。○大はちょうど来学期?の留学生受付の日にあたっていたらしく、白黒黄色取り混ぜた大量の留学生を前に、額に汗して書類確認に追われる諸先生の間を縫って作成済みの書類を貰い、すぐにタクシーで公証処へ直行。

公証処では上の階に受付があるとは知らずに直接事務所に入り込み、入口近くでお喋りしながら新聞を整理していた女の子に案内を請うと、要領を得ない私の受け答えに「しょーないなあ、この外国人」とばかり、手取り足取り手続きを指南してくれる。口の利き方はお役所の事務員というより、やっちゃ場のお姉ちゃんみたいだが、行動は極めて親切。おかげで竜巻に巻き込まれたような気分で言われるままにあれこれ書いたり署名したりしているうちに手続きは終わり、12時前にすべて終了。ただし実際に書類が出来てくるのは少なくとも1週間後とかで、できたら電話をくれるというから、そしたらまた広州に行く。次は行き帰りともバスにしよう。バスは往復で買うとより安いのだ。

またかよ

  • 2011/02/10 16:06
  • Category: ビザ
来週広州に行くつもりなので、一応予約でもしようかと思って広州公証処に電話したら「うち、外国人の無犯罪記録証明はやらないんですけど?」と言われてしまった。で親切に「広州出入境管理処じゃない?電話してみて」と教えてくれたのだが、これってどうみても違う感じ。少なくともわたしはすでに大学の保衛処が発行した「住宿証明」、留学生弁公室が発行した「無犯罪記録公証書発行申請書」を持っている。つまり私が中国人なら、無犯罪記録証明発行に必要な書類はすべて持っており、これを公証してもらうだけでいいはずなのだ。

なのでもう一度電話して「(ウソだけど)出入境管理処はウチじゃないって言ってる。大学の弁公室も公証処に行きなさいと言ったし、やっぱりおたくだと思うんですけど?」と言ってみた。電話を受けてくれたおばさんは「えー、でも外国人のはウチやったことないんだけどねえ」と困った声を出すので「やったことないだけで、やれないんじゃないんでしょう? 何事にも初めてはあるです。お願いだから上の人にできるかできないか聞いてください。また明日の朝電話しますから」と頼んだ。

おばさんは(声と喋り方がおばさんぽいだけで、実は私より年下なのかもしれないが)一応「訊いてみる」と言ってくれ、ついでに彼女の携帯も教えてくれた。赤の他人の外国人に携帯番号まで教えてくれるとは親切極まりないが、上の人も「ウチしないけど」と言ったら、私は一体どこにいけばいいのだろ? 二日も三日も、広い広州市内をあっち行ったりこっち行ったり、走り回る体力&資力は私にはないだよ。あー、めんどうくさい。

HKポリース

  • 2011/01/20 17:39
  • Category: ビザ
きのう行ったHKポリースは、受付のおじさん警官も、担当の若者警官&女性警官もみんな大変親切だった。土曜に健康診断に行ったクリニックの看護士どのとは雲泥の差。それでいて料金は病院の10分の1169元!)なのだから、言うことなし。(いや、やることが違うんですから、料金を比べるわけにはいかないことはわかっていますよ。いますけど、でもつい比べてしまうです)


ところでHKポリースでは、生まれて初めて10指全部の指紋を採った。HK用は備え付けのスキャナーのような機械で電子的に、日本用は指に黒インクをつけて古式ゆかしく。途中で手数料を払いに別の階に行ったりしたが、全部で30分もかからなかった。窓口は4つほどあったが、お客は私のほかにもう1組だけ。一応電話で予約してから出かけるようになっているから、そんなに混んでるはずもないのだけれど、それにしても閑散としたオフィスで、閑古鳥があがあ。HKであんなに人の少ないオフィスって珍しいと思うのだけど、どうだろ?

脱力

  • 2011/01/12 17:44
  • Category: ビザ
広州の○大が去年の1116日に郵送してくれた書留国際郵便、今日の午後やっと、やっと受け取った。「ついに、ついに来たか!」と嬉し涙を流しそうになったが、中を開けてみたら証明書の中の私の名前、ローマ字のつづりが間違っており、別人とは言えないまでも、やや違う人になっていた。


嬉し涙から、一気に脱力した。


ああ、中国って・・・

覚えとらんがな、そんなこと!

  • 2011/01/10 17:13
  • Category: ビザ
上司殿がいなくなって以来、毎日の翻訳は自分で資料を選んでいる。面白そうなのを好きに選べるので、楽しいし翻訳しやすくてよいが、まじめに背景情報などを当たるとけっこう手間がかかり、前より暇な時間が少なくなった。また腱鞘炎になったりしないよう、気をつけなくては。


12月は出張やら上司殿のすったもんだで、移民に向けた書類獲得が余り進まなかったので、年明けから心を入れ替え、書類作成を進める。本日は健康診断のための医師とのアポを取り、昼休みには申請書類に貼る写真も撮り(出来上がりは疲れた表情の蓬髪のおばさん。美容院行って化粧してから撮り直した方がいいかしらん? 蓬髪のおばさんと身だしなみよいおばさんなら、身だしなみよいおばさんの方が、移民局の心証がいいんだろうな、たぶん)、ついで『配偶者用質問表』とかいうフォームに記入を始めたのだが、これがすこぶる面倒くさい。


(移民の保証人=スポンサーである)配偶者と最初に接触した年月日は? →雪だるまと最初に電話で話した日なんか、覚えとらんがな! 最初に会った年月日は? →覚えてなーい! でもインディアン・レストランに行って、カレーを食べたのは覚えている。あのレストラン、もうないよな。最初の出会いから二人の関係がどのように進展したか説明してください。二人で行った場所、参加した活動など記載してください。関連した写真や資料があれば添付してください。 →いつ、何をしたかなんて、もう覚えとらんがな。写真? 写真は撮らないの、私たち! 雪だるまが撮るのは植物と鳥、私が撮るのは風景と人形。スナップはなし。以上、おわり!


その後、結婚式はしたか(してない)とか、披露宴はしたか(パーティはした)とか、保証人である配偶者は、あなたの家族や親しい友人に会ったか? 会ったとすればその年月日は? とか、いろいろ質問があるのだが、私はなにひとつ明確に日付を覚えていない。


豪華ホテルで盛大な結婚式&披露宴をした人なら、十何年経っても日付ぐらい覚えているだろうが、タイレストランで友達呼んでやったパーティの日付なんか、だれが覚えてますかいな? おまけに家族や友達と最初にあった日? 家族の方はパスポートの日付を当たれば特定できるかもしれないが、友達なんか無理!ぜったい無理!

そもそもこういう質問は、出逢って間もない、あるいは結婚して間もない、あるいは偽装結婚の人のみ答えうる質問であって、10年以上いっしょに暮らしているふつーの夫婦は、こんなこといちいち覚えちゃいないである。勘弁してくれ。




でもフォームは埋めなきゃだめなんだろうなあ。あー、めんどくさ。

いろいろいらいら

  • 2010/12/07 18:35
  • Category: ビザ
後始末と出張の準備で、ばかばかしくなるほど忙しい。ひとつには上司殿が出社できないため家から携帯電話で指示を出し、仕事を遠隔操作しているためもある。指示が現状とずれてしまい、こちら側はいらいら。しかしまあこれも明後日からの出張が終われば、少しはましになるだろう。


私の頭もやや混乱気味で、資料の勉強が進んでいない。聞き取れず、通訳中頭が真っ白になるところを想像すると、どおんと気持ちが暗くなる。


ついでに先月16日に○大留学生弁公室が書留で送ってくれたはずの証明2通がまだ届かないので、「まだ届かないんですけど?」とメールを出してみたら、折り返し弁公室から返事が来て「郵便局によると、国際書留郵便は届くまでに1カ月はかかるそうである」との弁。広州−香港間は、列車で3時間である。それでどうして郵便が届くのに1カ月以上かかるのだ、中国郵政!? 途中、封筒をひっくり返したりX線をかけたりして検閲してるのか? 書留でも中に金は入ってないぞ!

走る鼻

  • 2010/11/16 17:14
  • Category: ビザ
夕ご飯を生姜・葱・豚肉スープにし、アドヴィル(イブプロフェン)2錠飲んで寝たら、本日は鼻水なし。めでたし。雪だるまあてに“My nose almost stopped running…”とメールを書きながら、「なんかヘンな表現・・・」と思う。これじゃあ、たったったっと快調に走っていた鼻が、息切れして止まったみたいである。呼吸が困難だったのは、むしろ“走って”いた時だったのだけど。


○大外国留学生弁公室の迅速かつ親切な事務のおかげで、○大保衛処から『住宿証明』が、弁公室から『関於申弁無犯罪記録公証的函』が発行されるもようである。「どこに送ればいい?」と聞いてくれたので、「できれば書留でHKに郵送してください」と頼んだらそうしてくれるそうなので、届いたら折を見て、この2通の書類と当時のパスポートなどを持って、広州公証処に行けばよろしいらしい。処々にあたり始めてから実質7日間で目処がつくとは、予想を大きく超える速さ。いやあ、よかった。


こうなってくると遅いのはカナダ領事館殿である。HKと日本の無犯罪記録証明申請にはカナダ領事館からのレターが必要なのだが、先週雪だるまが領事館あてメールで問い合わせたら、23日ほど過ぎてから「当館は郵便またはファックスによる問い合わせにのみ回答します」とのお返事が来た。すてき。電子の海で迷子になる可能性のあるEメールはだめですか。ははあ。


ま、のんびりやるべ。焦っても、怒っても、書類獲得ゲームは進まない。


 
ところで私は最近HKで流れているこのCMが好きである。キャノン・パワーショットG12CM。うまく貼り付けられるかどうかわからないけど、一応URLなど。

http://www.youtube.com/watch?v=JHpvMZ2XMWY

クリスマスに引っ越しかね

  • 2010/11/12 16:38
  • Category: ビザ
ウチの会社、グループ全体でひとつのビルに集結すべく、現在徐々に部門ごとの引越しを進めているのだが、先日一斉送信されたメールによると、ウチの部門の引越しは1224日、25日だそうである。


「・・・・・・」 なぜ、よりによってこの日? そりゃ社内に正真正銘のキリスト教徒は多くないだろうが、クリスマスはHKでは一応公休日である。何も公休日に引越ししなくてもいいだろう?と言いたい。しかも「週日はマーケットがあって引越しできないんだから仕方ないじゃない」と言った次席本人は、24日から旅行で不在なんだそうである。そりゃーないぜ、と言いたい。私と上司殿だけで引越しかよ? ぶーぶー。



水曜夕方から木曜で、書類獲得ゲームは大幅な進展を見せた。水曜の夕方、広州公証処と電話がつながり、そこで「学生だったのなら、大学と連絡を取ってね」と言われて、なつかしの○大の国際交流なんたら課に電話。電話を取ってくれた細い声の若いお嬢さんは私の話をふんふんと聞いた後「ではまずメールをください」と言って、メルアドをくれた。でメールを出したら翌日午後ほんとに返事が来て、当時どこに住んでいたのかとか、自費か国費かとか、パスポートのコピー送れる?とか、いろいろ聞いてきた。


大学とは言え中国の機関から、24時間も経たないうちに返事が来たことに私は心底感激。思わず返事を“非常感謝〜”から始めてしまったくらい、かんどーした。


それにしても「当時どこに住んでいたのか?」という問いには、しみじみ時代の変化を感じた。だって90年代初め、外国人学生は留学生楼に住む以外、選択の余地はなかったのだ。大学を休学して中国に来た世界各国の20代のワカモノも、前年までは別の省で英語を教えていた50代の米国人女性も、東南アジア、アフリカの華僑の子女も、みーんなコンクリート打ちっぱなしの留学生楼にがやがやと住んでいた。


そもそも住居はすべて“単位”(会社とか機関とか)の所有で、その人の“単位”での地位に応じて“分配”されるもので、個人や民間所有の住居なんかなかったのだから、学外に住みたくても土台無理。住居の個人所有が奨励され始めたのは、私が広州を去った95年以降。今みたいにお金さえ出せば市内にマンションを借りられるような状況とは、まったく異なる状況だったのだ。それが今は「どこに住んでたの?」という問いが当然のようになされるとは。まさに隔世の感。

引き続き奮闘中

  • 2010/11/10 15:14
  • Category: ビザ
隣の席のジョー君が「大陸関係の書類が必要な時、HK人は連弁室に行くよ」と言って、『中央人民政府在香港特別行政区連絡弁公室』を教えてくれた。だめもとと思って電話してみたら、1時過ぎというHKでは一般的にお昼休みあたる時間であったにもかかわらず2回のコールで人が出て「それはウチではありません。中国法律服務公司です」と言って電話番号をくれた。で今度はその法律服務公司に電話してみたら、ここでもちゃんと人が出て「担当は広州公安ではなく、広州公証処です」と教えてくれた。うおお。


どこかに電話して人が電話に出たことに驚くのもなんだが、実際電話を切ったあと「うわあ、ほんとに人が出たよ」と、しばらく目の前のボードを凝視したくらい驚いた。


広州公証処のウェブサイトを見ると、中国人用の無犯罪証明の手続き・必要書類については載っているものの、外国人については載ってなくて「ほんとにここかいの?」と思わないでもないが、ま今日か明日、上司の目を盗んで電話してみよう。(こっちの営業時間とあっちの営業時間が見事に重なっているので、そうするしかない。土曜まで待つなら別だが)


それにしても、ほんとに広州まで行かなくてはならんのかの? HKから広州はせいぜい23時間で、旅費も安いからよいが、これが現在日本在住で中国では辺鄙な省の田舎に住んでた人だったらどうするんだろ? 行くだけで1日がかりだろうし、現地に着いたところで1日でコトが済むとは思えないし、費用も時間も馬鹿にならない。


どの国だって台所は苦しいし、外国人受け入れには費用がかさむから、各国が移民に種々の制限を設けていることに文句を言うつもりはないが、ま、面倒くさいことは確かだな。カナダとしては「いやなら来なくてよろしい」だと思うので、指図に従い粛々と書類獲得を進めていくしかないが、中国相手だとなかなか“粛々”とはいかず、大声上げて鉦や太鼓で探し回る事態になりがちで、やや忸怩。

  

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らうとら

Author:らうとら
ドロシー・L・セイヤーズ、ローリー・R・キング、P.D.ジェイムズ、ディック・フランシス、水村美苗、高村薫、戸塚真弓、ヘレン・ミレン、シャーロット・ランプリング、ソフィ・マルソー(40代以降に限る)、ヘレナ・ボナム・カーター、アンジェリーナ・ジョリー、三代目金馬、小さん、枝雀、エンヤ、クイーン、ドゥルス・ポンテス、マドレデウス、J・S・バッハ、ちあきなおみ、トケイ・ピノ・グリ、アール・グレイ、自転車(冬季を除く)、あらゆる犬と猫
以上、私を幸せにしてくれる方々(敬称略)

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