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タモの影響?

12月初めの定期検診で担当医殿から「1月からタモキシフェンを飲まなくてもいいですよ」と言われた私は、「1月から飲まなくていいのなら、今やめても大差はあるまい」と考えて、手持ちの薬がなくなった12月半ば、タモを飲むのをやめた。毎朝忘れず飲むのは結構めんどうくさかったので、止められて「いえーい!」である。

で止めた後しばらくは別になんということもなかったのだが、3月あたりから何だか前より調子がいいような気がしてきた。もともと頭痛持ちだから、時折頭痛がやってくるのは今まで通りだが、以前のような頭がガンガンして動くのもしんどいような頭痛は減り、遠雷のような、頭の中で微かにゴロゴロいっているような頭痛が増えた。痛いなあ、とは思うが、動くのに差し障りがあるほどではないし、ご愛用のイブプロフェンを飲めば、たいていの場合かなり軽くなって、ほとんど忘れていられる。

そして時折やって来ていた、ものすごい疲労感もなくなった。ここ何年か時々身体が沈み込むように疲れて、動くのも大儀なことがあったのだが、それが最近、ない。たとえば週1の食料品の買い出し、いつもジムの後に行くので、以前はスーパーを3店回るともうへとへとで、4店目は足を引き摺って入り口に向かうような有様だったのだが、ここ数回は4、5店回っても平気。帰って来て椅子にへたりこんだまま動けない、というようなことはなくなった。

タモキシフェンは抗エストロゲン薬だから、ふつう副作用としてまず挙げられるのは更年期の諸症状。そして更年期といえば「肩こり、頭痛、ほてり、疲労感、気分が沈む」といったところが定番だから、タモ服用中、しょっちゅう頭が痛かったり、やたら疲れやすかったりしたのも道理かな、とは思うのだが、50代の私はしかしたとえタモを服用していなくても更年期真っ最中のはずで、だからどこまでが薬の影響で、どこまでが元々の更年期の症状だったのか、ほんとのところはわからない。なにしろ私という人間は一人しかいないので、同じ時にタモを飲んでいる私とタモを飲んでいない私で対照実験!というわけにはいかないのだ。

だから、今「なんか調子いいな」と思っているのも、たまたま調子がいいだけで、タモキシフェンを飲まなくなったこととは何の関係もないのかもしれないが、しかし「調子いい」と思えること自体、ここ何年かなかったことなので、タモキシフェンと関係があってもなくても、私としてはどうでもいい。ただ、うれしい。

そして実はもうひとつ、なんとなく服用していた頃と違うなあと思っていることがある。2年くらい前だったか、いつもの定期検診の時に担当医殿から「この薬を飲んでいると体重が増える傾向があるけれど、我慢しなさい」と言われたことがあり、そう言われると天邪鬼な私は却って「増やしてたまるか!」と、あれこれ体重コントロールに励んだのだったが、これが結構大変だった。ちょっと油断するとてきめんに体重が増え、元に戻すのに一苦労。「たかだか1キロ減らすのが、なんでこんなに大変なのか」と、毎朝体重計に乗っかっては天を仰いでいたものだったが、それがこの頃はちょっと食べるのを控えると、すぐ体重が減る。あるいはちょっと食べ過ぎたりして体重が増えても、その後2、3日すると元に戻る。不思議である。運動量を増やしたわけでもないし、上に書いたように体調はいいのだから、何かの病気で体重が増えにくくなっているのだとも思えないし、これもやっぱりタモを飲まなくなったことと関係があるのだろうか。
よくわからない。
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ゾンビー

よく、「身体を温める食べ物」とか、「身体を冷やす食べ物」とか聞くが、あれは根拠のあることなのだろうか。たとえば、固いもの、根菜類や寒い土地でとれる果物、野菜は身体を温める、逆に柔らかいものや、暖かい土地でとれる果物、野菜は身体を冷やすといったような話が複数のサイトに載っており、中医(漢方)ではそのように考えるらしい。そういえば香港時代、同僚はしょっちゅう、そんな話をし、「サラダは身体を冷やすから余り食べない方がよい」などと私に勧めていた。ある食べ物を食べていれば身体が温まったり冷えたりするのなら、こんな便利なことはないが、火や太陽を連想させる暖色系の食べ物は身体を温め、雪を連想させる白や青みの食べ物はそのとおり身体を冷やすなどと聞くと、どうもなんだかこじつけ半分というか、眉唾というか、「色から来る連想だけでモノを言ってないか?」と、信憑性を疑いたくなってくる。

もっとも、私としてはこの説は本当である方が有り難い。というのも先々週のある日、ほんの2時間ほどだったがちょっと寒い思いをして以来どうも体調が悪く、風邪でもひいたか、熱でもあるのかとしばらくして体温を計ったら、これが熱があるどころか、逆に35.6℃と36℃に達していない。計り方が悪かったのかと、もう一度計っても、やはり結果は同じ。そういえば以前にも、熱があるのではなく、逆に熱がなくて(=体温が低くて)調子が悪かったことがあったなあ、と思い出した。

で、その日はせっせと生姜湯など“身体を温める”という飲み物をとり、あったかーいふわふわ毛布にくるまって寝て体温上昇に努めたのだが、翌日になっても体温は相変わらず35℃台で、ちっとも36℃以上になってくれない。それどころか、自転車でジムに行き、「運動したし、自転車にも乗ったんだから、少しは体温が上がったろう」と期待して体温を計ってみれば、これがなんど34℃台。「寒い外気に直接触れた口中では、正確な体温は計れないのかも」と、いつもの舌下ではなく腋下で計り直しても結果は同じ。思わず「わたしはゾンビーか?」と、自分で自分に突っ込みを入れた。

幸い34℃台の体温はその時だけで、その後は35℃台をうろうろ。少しはましになったが、体温が低いと免疫力が低下するし、排せつ機能や新陳代謝も低下するし、自律神経失調症になりやすいというし、がん細胞が最も増殖するのは35℃だというし、なので何とか体温を上げようと、その後もせっせと生姜(これは身体を温めると科学的に証明されている)の摂取に努め、スノーパンツ、ひざ掛けなど暖かい服装を心がけたおかげか、あるいは他の要因か、ここ4、5日は少なくとも朝の体温は36℃を超えるようになり、それとともに重い疲労感や頭痛も消えて体調が上向いてきた。

医者のいう低体温は身体の深部の温度のことで、舌下や脇下で計った体温のことではないとは思うが、素人が薬局でふつうに買えるのは舌下や脇下検温用の体温計で、直腸体温計はほとんど見かけない。それにまた見かけたとしても、あれを使用しての検温は“お手軽”とは言い難い。ゆえに依然としていつもの体温計を使って舌下や脇下で計り、上がっただの、下がっただの、一喜一憂しているわけだが、たとえ舌下だろうと脇下だろうと、やはり体温が高め(36℃を超えている)の時の方が体調がよいようで、そうなると眉に唾しながらも、ここはひとつ、せっせと根菜類や生姜などを食べようかという気になって来る。

ただ私が黙々と温かい根菜類などを食べている横で、カナダ人の雪だるまは、ばりばりと生野菜のサラダや、オレンジ、バナナなどの南方系の果物、身体を冷やすという食べ物を大量に摂取。にもかかわらず、身体は常にぽかぽか。気温が零下12度だった昨日ですら、チノパン1枚で外を歩いて汗をかいていたりするのを見ると、「体温調節機能の良し悪しは、食べ物より何より、生育環境と遺伝なのではないか?」と、日本は関東地方のわが出自を恨みの目で見たくなるが。

眼鏡を新調してはみたが

ここしばらく目の見えがよかったので内心ほくほくしていたら、今日はまたちょっと元に戻ってしまって字がぶれている。ちぇ、残念。

まあこの歳になって今さら視力が上がるはずもないから、結局のところ見える、見えないはその日の調子、前日、あるいはその日一日何をしたか、どのくらい目を使ったかによるのだろう。日がな一日、庭仕事などして目を酷使しなければ、夜になっても視界はぶれない。本が読める。が、ちょっと根を詰めて編み物などしてしまったり、パソコン画面を見過ぎたりすると、てきめん字が読めなくなる。目を使う作業は、ほどほどにせよ、ということらしい。

もっとも私の場合、字が読めなくなるとは言っても、すべての字が読めなくなるわけではない。日本語は文庫、新書などの小さめの活字でも、まだ読める。漢字など細部がはっきり見えなくても、字面と文の前後関係でだいたい間違いなく読み取れるのだ。母語として50年以上読み続けているのだから、当たり前といえば当たり前だが。

困るのは英語とフランス語だ。アルファベットがびっしり並ぶので、はっきり見えないと簡単に読み間違える。小文字のlとcがくっついてkになってしまったり、lとiが並んでいると互い重なり合ってlが2つ、あるいはiが2つあるように見えたり、はたまた綴りの似ている別の単語と読み間違えたりなど、しょっちゅうだ。しかも母語でない悲しさで、読み間違えてもなかなか気が付かない。

実は、あまりに字がぶれるので、この春、読書用メガネを新調したのだが、ちゃんとoptometrist(検眼士)に検査してもらい、その処方で作ったにも関わらず、やはり見え方は今一つで、「眼鏡を作り直せば、字がはっきり見えるようになるかも」と期待していた私は、かなりがっかりしたのだった。

もっとも、私の視力を検査したあと、私が持ち込んだ古い方の眼鏡も検査した検眼士殿が、「この眼鏡でもまだ十分見えるはずですが」と言った時点で、そうなりそうな予感はしていた。もしかしたら作り直しても無駄かも、と。それでもあえて作り直したのは、たとえほんの少しでもぶれが改善されれば、読書の際のストレスが減ると思ったからだ。結果は期待通りとはいかなかったが、仕方がない。

左目がおかしくなって以来、私はずっと思っているのだが、あの視力検査というやつは、「見え」の実情を反映していない。日本でも香港でも当地でも、視力検査というとあの大きさの違うアルファベットまたは数字を順番に読んでいくというのが主流だが、実生活では文字はあんな風にスポットライトを浴びて、単独で登場したりはしない。大は店屋の看板から、小は薬の説明書きまで、文字は常に他の文字といっしょに列になって、あるいは前後左右を他の文字にびっしり囲まれてこちらの前に現れる。そして互いに干渉しあう。単独でなら識別できても、他の文字と一緒に並ぶと、右から左から、まるでインクが滲むように文字同士が重なり合って、識別不能になる。私のように像がぶれる目を持った者はなおさらだ。

が、専門医でない医者はスポットライトを浴びた単独の字の「見え」で問題ないと言い、検眼士はスポットライトを浴びた単独の字の「見え」を基に、眼鏡を処方する。像のぶれない人ならともかく、像のぶれる人が、そうして作った眼鏡で、本などの“一塊になった文字”を、はっきり見られるようになるわけがない。

若い頃に戻りたいとは思わないが、身体の回復力と視力だけは、10代の頃に戻れたらなあ、と思う。あの何時間でも何時間でも読み続けられた体力と視力!

青空あたま

水が半分入ったコップのたとえ話は、いろいろなところで引き合いに出されるので
いまさら説明するまでもないと思うが、「半分ある」か「半分カラ」か
「まだ半分ある」か「もう半分しかない」かという楽観、悲観の2つの見方に分けるなら
私は間違いなく「半分カラ」「もう半分しかない」と見る、悲観的なタイプである。
新奇なアイディアを聞けば、まず失敗するだろうと予想するし
「石橋を叩いて渡る」どころか、叩いて強度を確かめなければならないような橋は
はなから渡らない。落ちるに決まっている、と思うからである。

こういう性格はよく言えば慎重、堅実。“しっかり者”と人から評されることもあるが
本人としては微妙である。
何しろジンセイ、楽しくない。
何かをやってたまたまうまく行き、一瞬ぱあっと喜んだとしても
次の瞬間、「次回はこんなうまいことは行くまい」だの
「うまくいったように見えただけで、実際のところは失敗だったのではないか」だの
悲観的見方が暗雲のように視界を覆ってきて、一瞬のうれしさを帳消しにしていく。

うまく行ったように見える時でこれだから
失敗などしようものなら大変である。
どっと落ち込んで、胃の中にじっとりと重たい石を抱え込んだようになり、
そのことばかりが頭をよぎって、ぎゃあ、ぎゃあと悲鳴をあげ続けることになる。
およそ健康によろしくない。
それに第一、苦しい。

なので、失敗しても極力落ち込まないよう気持ちを前向きに、
失敗したことをくよくよ思い悩むのではなく、
今後に向け、建設的改善策を考えて失敗の苦しさから逃れようとするのだが
そのように頑張ってみても、落ち込みから抜け出すのはなかなか難しい。

実は昨日もそんな失敗をし、夜中、ぱっちり眼が冴えてしまって
なかなか寝付かれなかった。
寝付かれないので、文珍さんのと吉朝さんのと枝雀さんのと
「地獄八景亡者戯」を3つきいて、それから寝た。

朝起きた時には少しはましな気分になっていて
失敗の痛さもやや薄らいでいたが、
それにしてもこの物事を悲観的に見る性癖、
やり損ねたことばかりが頭の中をぐるぐるし、
自分に向かって「ばか、ばか、ばか!」と言い続ける、
万年軽度鬱病みたいなアタマは、なんとかならないものか。

ああ、一度でいいから、抜けるような青空に輝く太陽、みたいな
明るい人になってみたい。

浮遊物

去年の秋、雪だるまが「視野にゴミのようなものが見える」と言い出した。
目を動かすとそのゴミみたいなものも一緒に動く、というので
たぶん飛蚊症だろうと思ったが、同時に閃光のようなものが見えることもある
とも言うので、一応眼科医に診てもらった。

眼科医の診断はやはり飛蚊症とのことで、網膜剥離や網膜穿孔ではなかったので安心したが
残念ながら飛蚊症は加齢に伴う生理現象のようなもので、治療法はない。
現状では剥がれてしまった硝子体を元に戻すことはできないので
視野に漂うこのゴミのようなものは、いったん出現したらずっとそのまま。
消えることはないのだそうだが、幸い(?)、しばらくすると脳の方が無視することを覚えて
次第に気にならなくなるのだそうである。
実際、雪だるまも、3、4週間たったら気にならなくなったと言っていた。

とまあここまでは、夫婦とはいえ他人事だったのだが
今年になって私の視野にも黒いゴミが出現しだした。
雪だるまより5年も早い出現である。
しかも出現したのは、いい方の右の目。
まともにモノを見ることができない左の目なら諦めもつきやすいが
なんでよりによって頼みの綱の右の目に飛蚊症が起こるのか?

年を取るということは、こういう身体の衰えや不調と折り合いをつけ、
無理をせず、といって諦めきって活動を制限したりせず
身体を騙し騙し、やりたいことをやっていくことなのだとわかってはいるが
それでもだんだんにやってくるさまざまな衰えを「やれやれ…」という思いなしに
受け入れるのは難しい。
ついつい「もっと早く医学が進歩して、人工眼が実用化されればいいのに」と
草薙素子ちゃん並みの義体化を夢見てしまう。
スペアの目、欲しいなあ。

歩行不自由につき

昨日、脚立から落ちかけて左踵を痛め、歩行不自由になったので、やっとブログを更新する暇ができた。このところ、あっちへ行ったり、こっちへ行ったり、あれを編んだり、これを作ったりで、なんやかやと結構忙しかったのである。

が、歩行不自由になってみれば、ジムにも行けないし、散歩クラブにも行けない。掃除も思うに任せない(片足で掃除機をかけたり、モップをかけたりするのは、かなり難しい)ので、勢い椅子に座って編み物三昧。しかし編み物ばかりしていると目と手首が痛くなるので、ではちょっとここらでサボっているブログの更新でも、という次第。

脚立から落ちかけたのは、玄関ドア上の窓にクリスマス用の電飾を取り付けようとしていたら、どういうわけだかぐらり脚立が横に傾いて、空中に放り出されそうになったので、脚立と一緒に倒れるよりは・・・と、とっさに脚立から飛び降りたのだが、生憎飛び降りた先が玄関の三和土、コンクリート+石のタイルの上だったので、着地の際したたかに左踵を打って、(不)名誉の負傷、一丁上がり。

踵と足の裏がちょっと腫れているだけなので、別に踵の骨を砕いたわけでも、ヒビが入ったわけでもないと思うが、とりあえず今のところは左踵に体重をかけようとすると「びゃあ」と激痛が走るので、左側に杖をつき、右足だけで歩いている。なかなか不便である。しかし、こういうこともやっていれば段々上手になるもので、昨日よりはうまく杖を操れるようになってきたし、左踵の痛みが和らいできたせいもあって、昼頃からは階段の上り下りもできるようになった。これでだいぶ移動が楽になった。うちは正味3階建ての家なので、階段にお尻をついて1段、1段、腕の力だけで上ったり下りたりするのは、結構しんどかったのである。

ところで、この杖というものだが、今うちにあるのはこのタイプで、

       cane1.jpg


つまり握りはT型、柄はまっすぐで高さ調節可能、先端はゴム。人工股関節の手術をする前、雪だるまが使っていたものである。当時、雪だるまは傘を杖替わりにしていたりしたので、それよりはましだろうとこれを買ってあげたのだが、今回、自分の足が不自由になって使ってみると、この杖、あまり使いやすくない。両足を使える人が歩行の補助に使うのならこの形でよいのだろうが、片足しか使えない人が、自身の体重の半分くらいをかけて使うには、握りが硬すぎて手が痛いし、ゴム先も接地面積が小さすぎて安定に欠ける。階段などではぐらついて、少々怖い。

同じ使うなら、こういう先端が四つ足になったものの方が、

      cane2.jpg

しっかり身体を支えてくれて、安定がよさそうである。この次買う時は、こういうのにしよう。それでもだめになったら、次は歩行器か電動車いすか。サイボーグみたいな電子制御義足というのは、まだないようだから。


歩行器1 前脚が車輪になったタイプ

walker.jpg

歩行器2  カゴ付きもあります

walker2.jpeg



予約が取れない 2

さて、続き。

毎日、毎日試しても電話では予約が取れないので、
「これはもう直接行くしかあるまい」と、予定通り木曜の朝8時前に
診療所に行き、入り口前に陣取った。
診療所が開くのは8時半なのだが、早めに行って順番待ちをしないと
近い日にちの予約が取れない、あるいは「今月はもう一杯です」くらいの
ことを言われて、来月回しにされてしまうのではないかと危ぶんだからである。

が、そうして朝もはよから並んだにも関わらず、
実際に診療所が開いて、当人のL君ともども受付で、
「家庭医はいないが、診てもらいたい」と申し込むと、
「電話予約なし、家庭医なしの人は診ない」とけんもほろろ。
だから、その電話予約が取れないからこうして直接出向いたのだと言っても
とにかく通常、この診療所に家庭医のいない人は診られない、とのことで
ただし来週の木、金なら家庭医のいない人でも診る。
電話で予約を取って下さいと日にちを書いたメモをくれ、
ついで、あるいは隣町の病院でもよければ、
この番号に電話すれば予約が取れる可能性がある
と別の小さいチラシをくれた。

くれはしたが、とどのつまり、どちらも電話による予約が必要ということは
つまり元の木阿弥、振り出しに戻って、電話でピッポッパを再開ということである。
その埒の明かなさはすでに十分経験済みだったので
他を試そうと、まだ朝が早いのを幸い、前日お散歩マダムの一人が
「あそこなら家庭医なしでもだいじょうぶ」と紹介してくれた
病院横の診療所に行ってみることにした。
が、ここでも「予約なし、家庭医なしの人は診ない」と、
冒頭の診療所同様のつめたーいお返事。
どうやらマダムの情報は古かったらしい。

まったくこれでは家庭医のいない病人は、座して症状悪化を待ち
救急で病院に担ぎ込まれるしか、診療してもらえる見込みはないかのようである。
あるいは私費のクリニックに行くか。

事実、先日会った雪だるまの親戚の一人も、生粋のケベッコワーズだが
別の街から今の街へ昨年引っ越してきたばかりなので家庭医がいない。
家庭医を頼みたくても、どの医師も手いっぱいで
新規の患者は受け付けてくれない、と嘆いていた。
しかも、知り合いに聞いても同様の状況の人は珍しくないそうで、
だから彼女の近所では、私費の(日本でいうなら自由診療の)
クリニックに行く人が多いそうである。
彼女が住んでいる街は、生活に比較的余裕のある人たちが多い区域だから
それでもよいが、一般的に私費のクリニックは年会費(約400~600ドル)
が必要なうえ、1回の診療に100ドル前後かかる。
普通の人が気軽に払えるような金額ではない。

となれば、仕方ない。
いつ予約が取れるかわからないが、また電話でピッポッパを再開である。
うちの町の診療所は前日の午後6時から、
隣町の病院は当日の朝4時45分(!)から電話受付開始ということで
「朝5時前に受付開始って、どういうことよ?」と思いつつも
土曜の朝、寝ぼけ眼でまず隣町の病院から試してみると、
これがなんと空きがあると言う!
私は自分の耳が信じられなくて、録音を2、3度繰り返して聞いてしまった。
そして急ぎメールでL君に連絡すると、まだ寝ていなかったL君から
折り返し電話が来て、その日の昼、一緒に隣町の病院へ行くべく約束した。

そして無事、医師に診察してもらえたのだが、
色々と検査をしてみないことには診断は下せないということで
その日は診察と採血だけでおしまい。
一応鈍痛があることを訴えたのだが、鎮痛剤の処方もなし。
L君は診てもらえてほっとしたようだし、こちらもまあ少し安心したが
どこが悪いのかはいまだわからず、今はただ腹部の超音波検査と
胃カメラによる検査の日程連絡を待つ日々である。

L君からは早速翌日の夜に「病院から連絡は来た?」と問い合わせがあったが
なんの、なんの。この辺の病院の諸検査日程は常にぎっしり詰まっており
実際に検査を受けられるのは、早くても医師による申し込みから1、2週間後。
検査によっては3、4週間待ちもざらである。

L君は「中国なら、朝行って検査して、午後には結果がわかるのに・・・」と言うが
ここはケベックなのだ。診察も検査も手術も、患者が病院で直接費用を払う
必要はない代わり、順番待ちの時間は長い。
米国みたいに基本的に自力更生、一部を除き国による保険制度はなくて
いったん重い病気に罹ったら、高額の医療費に破産もあり得るなんてのも困るが
順番待ちしている間に死んでしまうのも困る。
日本のように、一部自己負担付き皆保険制度というのは悪くない制度だと思うが
それにも問題がないわけではないし、どの制度も一長一短、
どれがいいというわけでもないのだろうか。
ただ自分が何の病気かわからず、じっと待たねばならないのは辛い。

〇〇と共に生きる

前回の定期検診の際、いつも通りの問診、触診の後
処方箋が切れかかっていたので、新しい処方箋を書いてもらったのだが
その際、担当の Dre. M に、「体重はどう?」と聞かれたので
手をひらひらさせて、少し不満そうに「まあまあです」と答えた。
クリスマス、新年のパーティラッシュ期に増えてしまった体重を
やっと少し元に戻したものの、それ以上は減らせなくて
困ったものだと思っていたところだったからだ。

するとドクターは「この薬は体重を増加させる傾向がある。
それは仕方のないことなので、諦めてください」という意味のことをおっしゃった。
確かに抗エストロゲンの副作用を調べていた時、
ホットフラッシュや頭痛、吐き気、抑うつ症状と並んで体重増加というのもあったが
あまり気にしていなかった。
私にとってはそんなことより、薬のせいで元からある片頭痛がひどくなったり、
気鬱が進行したりすることの方が、不安材料としてはより深刻だったからだ。

が、幸い、ホットフラッシュにしろ頭痛にしろ、現れた副作用は大したことはなくて、
というか副作用なのか、もともとの更年期障害から、あるいは持病からくるものなのか
区別がつかない程度で、だからまあ言われた通り、毎日服用していたわけだが
そうか、この服用以来、増えてしまった体重2㎏は、
もしかするとタモキシフェンのせいだったのか? へー。

そして、ドクターはこの副作用を説明する際、
わざわざ「あなたによくわかるように英語で言います」と言って、
フランス語から英語に切り替えて説明してくれたのだが
その際の「我慢しなさい/諦めなさい」の表現が、
“You have to live with it.” で、言われたとたん脳内に、
「肥満と共に生きる私」という大見出しが浮かんでしまい、ちょっと吹きそうになった。

しかし「諦めなさい」と言われれば、やってみたくなるのが人情というもの。
その日以来1か月、私は食物を減らし気味にし、
以前効果のあったダイエットメニュなどに切り替えて
増えた2㎏を元に戻そうとしているのだが、
これが減らない。
かなり頑張っても、減らない。
ちょっと減っても、またすぐ、しゅるしゅると元に戻ってしまう。

まあ、きっちり厳格にカロリー計算しているわけではないので
減らしているつもりでも、どこかに穴があるのだろうが
それにしても以前なら、この程度でも減量はできたのである。
それができないのは、やはりタモキシフェンのせいか、
はたまた年を取って新陳代謝が変わってきたせいか。
いずれにしても薬の服用が終わるまであと2年、
ドクターの言う通り「肥満と共に生きる」ことになりそうである。
ふえーん・・・

低体温

このアライグマTシャツ、自転車に乗っているってところがかわいくて
欲しいのだが、私が普段買っているTシャツの7倍くらいの値段なので、買えない。

どこかで似たような画像を見つけて、自分でアイロンプリントしようかしら?


raccoon.jpg


それはともかく、私は最近、自分が低体温気味であることを発見した。
先日、世界がくるん、くるんと回っていた時、
熱があるのかと思って体温を計ったら、逆に35.4度しかなくて
「あれ、何か冷たいもの食べたっけ?」と思ったが、
(私は体温は腋窩ではなく、口中で計る)
その後、何度計りなおしても常に35度台なので
どうもこれが本日の私の体温らしいと合点。

そういえば、以前、やはり調子が悪かった時も
同じように35度台だったなあ、と思い出した。

ネットなどで適当に調べてみると、最近、体温が低めの人が増えているらしい。
原因は、運動不足とか、偏った食生活とか、ストレスとか
夏の冷房とか、いろいろあるようだが、私の場合、ジムに行ったり
お散歩会に参加したり、ほどほどに運動はしているし
甘いものに目がないという弱点はあるにせよ、
野菜、豆中心の食事を心掛けているし
仕事してないからストレスないし、冷房使ってないし
原因として考えられるのは、更年期によるホルモンバランスの崩れくらいなのだが
これは乳がん再発予防に抗エストロゲン剤を飲んでいる身としては
如何ともし難し。

体温が常に35度台半ばくらいだと、血行不良や免疫力の低下などにより
病気にかかりやすくなるそうで、ついでに、本当かどうか定かではないが
がん細胞は35度でもっとも活発に活動するのだそうで
とすれば、がん予備軍の私としては、体温向上にこれ努めなければならない
ことになるのだが、うーん、今以上に運動に励み、冷たい食べ物を避け
せっせと足湯にでも浸かるべきなのだろうか。
某サイトでは「シャワーだけの入浴は避け、ちゃんと湯船につかりましょう!」
なんてあったが、うちの湯船に首までつかるには給湯タンクを空にしても足りない。
胸の下までくらいしか来ない湯では、却って冷えてしまいそうだから、
服を着たまま足だけお湯につけ、温めるしかなさそうだ。

世界は回る

今日は朝、目を開けたら世界が左から右へゆっくり回転していた。
立ち上がったら気持ちが悪くなったので、またすぐ水平に戻した。

水平になってもまだ世界は回転していたが、悪心は収まった。
あーら、めまいなんて30年ぶりと思ったが
頭痛はしないし、耳鳴りもしないし、横になっていさえすれば世界は平和。

なので午前中はそのまま、くうくうと寝て過ごした。
普段私はいったん目が覚めると二度寝とかはできないたちなのだが
今日は驚くほどよく眠れた。
目を閉じると、10分もしないうちに、くくーっと眠りに引き込まれる。
1時間もすると目が覚めるのだが、そこで目を閉じればまたくくーっ。

そうして午前中ずっと眠っていたら、昼過ぎには世界の回転が止んだので
午後は起き上がって少し動き回ったが、外へは出ず。
結局、朝からずっとパジャマのまま過ごした。
ぐうたらな1日。

そして午後8時の今、午前中あれだけ眠ったにもかかわらず
もうすでになんだかねむいので、これを書き終わったら、寝る。
ぐうたらな1日の仕上げは、とことんぐうたらに。

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プロフィール

らうとら

Author:らうとら
ドロシー・L・セイヤーズ、ローリー・R・キング、P.D.ジェイムズ、ディック・フランシス、水村美苗、高村薫、戸塚真弓、ヘレン・ミレン、シャーロット・ランプリング、ソフィ・マルソー(40代以降に限る)、ヘレナ・ボナム・カーター、アンジェリーナ・ジョリー、三代目金馬、小さん、米朝、枝雀、エンヤ、クイーン、ドゥルス・ポンテス、マドレデウス、J・S・バッハ、ちあきなおみ、トケイ・ピノ・グリ、アール・グレイ、自転車(冬季を除く)、あらゆる犬と猫
以上、私を幸せにしてくれる方々(敬称略)

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