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授業再開

  • 2020/09/09 08:36
  • Category: 雑記
先週土曜は、海ちゃんの授業。今日は自宅での授業。木曜にはセンターでの授業が始まるし、お散歩会、アルバトロスも今週から再開だ。つまり私個人に関しては、covid-19以前にしていた活動すべて、今月から元通りということだ。

学校も再開されたせいか、一時100人以下に減っていた1日あたりの新規感染者数が、8月末あたりからまたじりじり増え始めていて、ここ2日ばかり200人超えになっているのが少々心配だが、入院者数は100人ちょっとと、あまり増えていないのは不幸中の幸い。一番ひどかった時は、ケベック州全体で1800人くらい入院していたのだから、その頃から比べれば大分落ち着いているとは言える。

私も授業をするにあたっては、手指消毒用のアルコールジェルを用意してみたり、椅子の配置を変えてみたりした。上履きも各生徒専用のを用意した。しかしうちでの授業の場合、生徒は土曜は1人、火曜は2人の3人だけだから何とかなるが、これ以上いたら、どう配置を考えてみても自宅では2メートルの対人距離は保てない。今だってきっちり2メートル離れているわけではないが(ダイニングテーブルの長辺の両端に座ってやっと2メートル、短辺だと1メートルちょっと。それを真向いではなく斜向かいに座ることで、長さを出している)、まあお互いマスクをしてることだし勘弁、と思っているのだが、本当に感染者がいた場合、これでは防げないよな。

本当に感染を防ぎたいのだったらやはり遠隔授業しかないのだろうが、これもまた一長一短で。海ちゃんの学校では今のところ、週のうち3日は学校へ行き、残りは遠隔授業なのだそうだが、その遠隔授業では、ちょっとでも下を向いたりしていると、さぼってスマホで遊んでいるのでは?と先生が疑うので、常に画面を見つめていなければならず、とても目が疲れると言っていた。冗談交じりに「先生はパラノイア気味」とも言っていたが、画面のみを通して20人からの生徒を掌握しなければならない先生も大変だ。早く普通の、と言って悪ければ以前のような、授業ができたらいいなあ、と思っているが、カナダはともかく、隣国はいまだに3万人超の新規感染者が出ている。Covid-19、いつかは収束に向かうのだろうか。
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本日は血液検査

  • 2020/08/13 21:00
  • Category: 雑記
本日は血液検査の日で、予約時間が12時半なので、それまで絶食。
ネットで検査を予約した時は“要絶食”のことを忘れていたのだが、送られてきた予約確認メールの注意書きに、「検査前8時間は絶食のこと」とあって、「げ…」と思い出した。
うちの夕食は午後5時。その後、夜が来て寝て、起きて、そして普段ならそこで楽しく「朝ごはん!」となるところ、本日は朝ごはんなし、そして昼ごはんもなしで、空きっ腹を抱えて自転車で病院まで行くのか…。8時間の絶食ではなく19時間の絶食。空腹に弱い私は、想像するだけでへたへたと座り込みそうなり。

おまけに今日は、ジェリーがデッキのペンキ塗りに来てくれる予定で、だから彼および雪だるまの昼食は用意せねばならぬ。自分は食えないのに、ひとのご飯を作るのは、ついうっかり味見&つまみ食いをしそうでこわい。

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このところの日課としては、朝起きると、とりあえずDuoりんごを1つやり、それからネットのニュースサイトというか、ニュースに対するコメントが集まっているサイトに行ってざっと流すのだが、世の中まったくどういう方向に進もうとしているのか、毎日、毎日、読んだ後はどっと脱力、ぜつぼー。先日読んだ一文「人類の理性的能力には“種”としての限界がある」に深く同意。こんなに愚劣で何が“ホモサピエンス”だよ? ああ、でも愚劣だからこの程度でも傲れて、自らを“ホモサピエンス”と呼んだのか。

Lac Souris

  • 2020/07/05 10:02
  • Category: 雑記
昨日は、Lac Souris(ネズミ湖?)を見に行った。

Lac Sourisというのは、お義父さんの思い出の湖。お義父さんたちは子どもの頃、毎年、6月末に学校が終わると、翌日即、車に荷物を積んで、家族全員でLac Sourisに出かけたのだそうだ。お義父さんちは当時、両親に女の子2人、男の子4人の8人家族。いくら小さい子どもたちとは言え、8人の人間がどうやって1台の車に乗り込んだのか、ちょっと首を捻りたくなるが、子どもたちは後部座席にすし詰めになって、きゃあきゃあ騒ぎながら楽しく出かけたのかもしれない。今年88歳になるお義父さんが10歳前後、1940年代の話である。

最初の年、家族はシャレ―を借りたが、翌年、長兄のピエールが岸辺に小さいシャレーを建てた。お義父さんたちはそのシャレ―から湖に出、泳いだり、ボート遊びをしたり、魚釣りをしたり、夏の間中、楽しく過ごしたそうである。たぶん、お義父さんが空軍に入って家を離れるまで続いたのだろうと想像する。

雪だるまと弟のジェリーも一度、Lac Sourisのピエールのシャレ―を訪ねたことがあるそうだ。お義父さんが初めてLac Sourisに行った時と同じく、雪だるまが10歳前後の頃の話で、雪だるまもお義父さん同様、泳いだり、ボートに乗ったりして遊んだそうである。その他、岸辺に生えていたラズベリーやイチゴを摘んで食べたとも言っていた。

お義父さんの話にたびたび出てくるので、私はいつかLac Sourisに行ってみたいと思っていたのだが、今まではなかなかチャンスがなかった。が、この前の父の日に家族で集まった時、またLac Sourisの話が出て、どうせこの夏は遠出はできないのだし、今年こそは行ってみようという話になった。

Lac Sourisはここからだと約30㎞。1時間もかからず着く距離である。私たちは岸辺をゆっくり流しながら、ピエールのシャレ―があった場所を見つけられるかと目を凝らしていたのだが、残念ながらそれらしいシャレ―を見つけることはできなかった。雪だるまの記憶にしたところで、何しろ50年以上前の話、薄ぼんやりしたスチール写真のようなイメージが残っているだけである。湖そのものは変わっていなくても、岸辺の家々は変わっているし、道路や木々の姿も変わっている。もともと見つかるはずはないのだ。

それでも夏の眩しい日差しの中、のんびり田舎道を走るのは楽しかった。田舎に住んでいるのだから、田舎道なんか珍しくはないはずだが、青い空にぽっかり浮かんでいる雲を口を開けて眺めたり、道を横切るシマリスやグラウンドホッグを「あそこ、あそこ!」と指差して騒ぐのは、急がないドライブのお気楽な楽しみだ。

帰り道、途中の小さい村に自家製パンの店があったので、寄ってソバ粉入りのパンと、ヒマワリのタネ入りのパンを買った。どちらもずっしりと重く、ちょっと車の中の空気が動くたびに、よくできたパンの温かく香ばしい香りが後ろから漂ってきて、雪だるまと二人「いい匂いだねえ」と、にこにこ。さっそく夕飯に食べたが、案に違わずしっかりとおいしいパンだった。もう少し近ければ、頻繁に買いに行けるのだが。

ジムが開いた

  • 2020/06/23 10:10
  • Category: 雑記
ジムが開いた。
朝8時半に行った時には駐車場は空っぽ、室内も暗くて「うわ、これは開いてないわ」とがっかりしたのだが、入り口ドアに近寄ってみたら「6月22日午前10時に再開します」と、手書きの貼り紙がしてあった。

「やっほー!」である。それで先に買い物を済ませ(月曜は週一の食料品の買い出しの日)、買ったものを冷蔵庫に入れてから、改めて自転車でジムに行った。

私たちのメンバーシップはすでに5月末で切れているので、入り口のセキュリティを通過できるかどうか心配だったのだが、すでにその辺の処理は済ませてあるようで、失効したはずのパスでも無事通過。そして再開初日のせいか珍しくカウンターにいたオーナーにその件を尋ねると、閉まっていた間の分はもちろん自動的に延長するし、それとは別に1か月のボーナス延長をしてくれるそうで、なかなかに太っ腹。さすが税金対策ジム!(という巷の噂。真偽のほどは不明)

中に入ると、知った顔も何人か見かけて、頷き合ったり、軽く手を上げて挨拶したり。久しぶりのジムの雰囲気に心うきうき。ただしここでも、2メートルの距離は保たなければならないし、使ったマシンや器具はその都度、備え付けの消毒液とペーパータオルで拭かなければならないし、ロッカー、シャワーは使用禁止(2mを保てないから)、ウォータークーラー(噴水式水飲み器)も使用禁止、ジムへの出入りには手を消毒と、“新しいルール”はいろいろ。

それでも家でしょぼしょぼやっている運動とは違い、広くて明るいところでいろんな器具を使ってやる運動は楽しい。身体を動かしていると気持ちがよくて、自然気分も上向いてくる。ことにこのところずっと、目か頭か胃か、毎日どこかが痛い日が続いて、やる気のない日々を送っていたので、“気持ちがいい”と思えるのは本当に久しぶりなり。

ただし、気持ちはよくても筋力の方はぼろぼろ。ベンチプレスでは85ポンドが6回しかできず、雪だるまと顔を見合わせ、へらへら力なく笑う。3月には115を挙げていたのに・・・。やっぱりたまに腕立て伏せをやるくらいじゃ、筋力は保てないよなあ。ストレッチの時、そばにいた顔見知りのおじさんも言っていた。「家でも運動はしてたんだけど、やっぱりジムでやるのとは違う」と。

明日は脚の日だが、ウエイトをつけたらレッグ・エクステンションができないのではないかと心配。歩いてるだけじゃあ、大腿筋は維持できないのよねー。最近、太ももぷよぷよしてるもんねー。あーあ。

兄弟姉妹

  • 2020/06/21 10:53
  • Category: 雑記
オコエ瑠偉さんのこのツイート
差別の問題については、今、ここでは言わない。5月25日にジョージ・フロイド氏の事件が起こる前から、差別の問題に関してはもう毎日、毎日いやというほど読んでいるし、読めば考えるし、第一、マイノリティの1人として「BLMなんて関係ないしぃー」なんて、他人事感いっぱいに余裕をかましていられるような立場ではないので、意識するしないに関わらず、人の世に常に存在し続ける差別というものについては、常に頭のどこかにある。

が、このオコエ選手のツイートで私が胸を打たれたのは、妹さんに対する気持ち。物心がつくかつかないかの頃から、ずっと差別にさらされ続けてきた彼が「唯一心の痛みを分ちあえたのは、妹の桃仁花だった。だからこそ妹は今でも大事な存在。」と書く時、支え合える兄妹というのは本当にかけがえのないものなんだなあと、しみじみ思う。

私も一度、妹に言われたことがあった。「お母さんたちがしてくれたことの中でよかったのは、お姉ちゃんを生んでおいてくれたことだけだ」と。表現はこの通りではなかったかもしれないが、意味はそういうことだった。

私と妹は特別仲良しというわけではない。電話を掛け合うことはまずないし、メールを送るのも1年に2回、お互いの誕生日とクリスマスだけだ。最後に会ったのは、5年前の父の法事か。日本にいた頃でさえ、妹はさっさと結婚して家を出ていたから、子ども時代は別にして長く一緒に暮らしていたわけでもない。それでも上のような言葉がでてくるのは、たとえ一緒にいなくても、お互い、相手はその根底では、ずっと味方でいてくれるとわかっているからだ。意見をしないというのではない。だめなものはだめと言うし、いい加減にしたら?とも言う。それでも底の底のところでは、相手には幸せでいてもらいたいと願っている。妹は私がいたから生き延びられたと思っているかもしれないが、私の方も妹がいたから両親を残して日本を出ることができた。私と妹は約10歳違う。妹が50歳だというのが信じられない。

ジム再開?

  • 2020/06/19 10:16
  • Category: 雑記
来週月曜(22日)から、ジム、室内プール等を再開してもよいことになった。
covid-19のせいで閉まったのが3月16日だから、3か月ぶりである。

ジムが閉まった最初の2週間は、ジムに行けないのが結構辛くて
家でできるトレーニングなど高が知れているし、休めば休むほど筋力は落ちるし
一旦落ちてしまった筋力を元に戻すのは物凄く大変だし、とややパニくっていたのだが
3週間、4週間と経つうちに諦めがつき、ついでにジムにいかない怠惰さに慣れ
最初は毎日やっていたラジオ体操やストレッチ、スクワットなどもさぼりがちとなり・・・
とナマケモノ路線まっしぐら。
ことに最近は体調今一つな日が多く、夜になるとストレッチすらせずに、
ぱたんと寝てしまう日が半分以上。
ジムに行けなくても、せっせとエアロバイクで汗を流し、地下から2階まで階段の上り下りを10回やり
ダンベルの代わりに水を入れた大型バケツ(私だと両腕でも持ち上げるのがやっと)を
持ち上げたり下ろしたりして、アームカールに励んでいる勤勉な雪だるまとは対照的に
寝たきり老人予備軍になりかけていたのだが、ジム再開となれば待ったはない。
いやでも面倒でも、行かねばならない。

州の規定では、1回に利用できる人数は50人以下、ということらしいが
うちのジムは田舎の小規模ジムだから、私たちが行っているような平日午前中だと、
普段でも50人はいない。「今日はいっぱいいるねえ」と思う時で、せいぜい30人くらい。
時には私たちが行ったとたんに誰かが帰って、ジムには私と雪だるまだけ、ということも2、3回あった。
だから行ってみたけど入場制限で入れなかったという心配はしていないが
ふだんがその程度の混み方なので、「再開可」となったからと言って、再開するかどうかはまた別。
月曜に行って確かめなくては。

Patrie

  • 2020/06/07 10:39
  • Category: 雑記
隔離が始まったばかりの頃は、よく散歩に出かけた。3月、4月、まだ路肩に雪が残っている頃の散歩は、沿道の風景を楽しみつつ歩く、心慰めるものではなくて、防寒具に身を固め、冷たい道をただひたすら黙々と歩く運動である。それでも雪だるまと二人で出かけた時は、道々何か喋りながら歩けるが、一人の時はそれもできない。

それで時々歌を歌いながら歩いた。一時期よく歌ったのは校歌である。小、中、高、大学、それぞれいまだに覚えているので、とりあえず一通りは歌える。それに校歌は、だいたい明るく溌溂と元気が出るような旋律になっているので、灰色の風景の中、歩きながら歌っても気が滅入らずに済む。(例外はうちの大学の校歌。大和言葉が多く、旋律も流れるように雅。あれはあれで美しいとは思うが、元気が出るという感じではない)

そして私は小、中、高とも同じ圏内の学校に通ったので、校歌には同じ山や川の名が出てくる。田舎の学校には他に歌うべき風物もないので、同じ山や川が出てくるのかもしれないが、異国の地で、生まれ育ったところの山や川の名が出てくる歌を歌っていると、それなりに懐かしく、その歌われている山や川の姿が目に浮かんでくる。

近くに寄ってみれば、それらの山や川はこの数十年で色々と変ったのだろうが、遠くから眺めている限り、その姿は私が子どもだった頃と変らず、いやそれどころか何百年、何千年、遥か太古からの変わらぬ姿でそこにあるのかもしれない。フランス語の“patrie”(祖国、故郷、出生地)というのは、こういうものが象徴するところのもの、“生まれた土地”、“郷土”という概念に近いという意味の文章をいつだったか読んだが、そうなのだろうか?

が、仮にそうだとするなら、生まれ育ったところの山河を愛する気持ちなら、私にもある。そこに住んでいる人たちも、懐かしく思い出す。ちょっと荒っぽくて土臭く、人懐っこさのある言葉遣いも。そういうものを好ましく思う気持ちが“patriotisme/patriotism”なら、私は何の躊躇いもなく認めることができる。

が、この“patriotisme/patriotism”を、「愛国心」と日本語に置き換えると、とたんに何やら胡散臭さが漂い出す。「国」という語に、さまざまな意味を詰め込み過ぎるからいけないのだ。単に祖国や郷土、そこに暮らす人々が持つ文化だけでなく、その時の政治体制や、あげくは時の政府まで「国」に含め、それを愛せというから、おかしなことになるのだ。私には時の政府を“愛する”趣味はないし、ましてや愛したあまりに盲目的に従う趣味などさらさらない。

回りまわって

  • 2020/05/26 10:29
  • Category: 雑記
昨日はトルドー首相のニュースクリップの下についていたヘイトコメントの毒気にあてられて、どう頑張っても文章が書けなくなり、へろへろになってそのまま就寝。

正反対の主張でも、それが正面切って正々堂々論陣を張るようなものなら、同意はできずとも気分は悪くないのだが、論理も論拠も何もなく、ただただ悪意を垂れ流しているようなコメントや、相手を蔑み、見下すことによって自分が優位に立っているかのように装う揶揄冷笑型のコメントは本当に不快で、目にしただけで硫酸並みにこちらの神経が焼け爛れる。

読まなきゃいいんだが、目に入っちまうんだよ、これが。
別にこのニュースクリップの下のコメントだけのことではなくて、他の記事とかツイートでも同じ。こういう文章を書ける人の神経が、私には心底、わからない。
書いてて気分悪くならんのか?

それはともかく、このニュースクリップ、



前半はバンクーバーで増加しているアジア系をターゲットにしたヘイト・クライムに関する現状説明(年初から29件、昨年同期は4件)、後半は同件に対するトルドー首相の定例記者会見での発言なのだが、トルドー首相は、人種差別的中傷、器物の損壊、差別は“unacceptable”だときっぱり言った。

そして “Hate, violence and discrimination have no place in Canada. This is not who we are as Canadians.” と続けた。

この発言は、AFP BB News で日本語でも報道されたし、ツイートしている人もいたので、目に留めた方もいるかもしれない。

正直、私は彼の発言を聞いてほっとした。少なくともまだこの国は、差別は悪だという建前が通る。彼らは××なのだから、差別されて当然だ、という状況にはなっていないようだと思えたから。「そんなの口先で非難するだけで、実際に何か対策を講じたりするわけではないだろう」というコメントも見たが、カナダに暮らす人間としては、口先だけでも、ないよりずううううっとまし、である。

なぜなら、ある行為を“非難する”ということは、その行為は正しくないと、公に認めることだから。建前だけだろうと、偽善だろうと、憎悪や暴力や差別は悪だと言う人物がトップに立つ国の方が、
憎悪や差別を煽るような人物がトップに立つ国よりも、万人にとって安全だから。

憎悪や差別の対象は、刻々変わる。今はcovid-19 のせいでアジア系への差別が目立っていても、次に誰が/何が対象になるかは、誰にもわからない。モスレム、ラティーノ、南アジア系、黒人、ネイティブ・アメリカン(カナダではファースト・ネイションズ)、LGBT、障害者、女性、老人、etc. etc.  弱者、少数者はいつでもどこにでもいて、ほんのちょっとのきっかけで、憎悪や差別のターゲットに祭り上げられる。

単一民族の自国に住んでいれば安全だ、ということにはならない。医療従事者がバイキン扱いされ、その家族まで差別される日が来ようとは、一体だれが予想し得ただろう? 宅配便の配達業者が玄関先で消毒剤やファブリーズをかけられ、疫病神のように追い払われる日が、県外ナンバーだからと車にキズをつけられたり、嫌がらせをされたりする日が来ると、誰が予想しただろう? 今日はマジョリティでも、ちょっと風向きが変われば明日はマイノリティ。あっという間に差別される側に落っこちるのだ。

差別や憎悪を煽る人、差別や憎悪を容認する人は、自分が差別される側に回ることなど絶対にないとでも思っているのだろうか。自分は常に強者であり続けられるとでも思っているのだろうか。差別や憎悪を煽るということは、結局回りまわって自分の身に返って来るのだということが、どうしてわからないのだろう。

生身の方が、ずっと簡単

  • 2020/05/21 11:37
  • Category: 雑記
今朝、生徒のLさんからメールが来た。お元気ですか。私は元気です。仕事もなんとかなっています。授業がないので今までの復習をしています。9月にはまたクラスを始められるといいですね。実際に集まるのが無理なら、バーチャルでもいいかも。という内容だった。

返事を書いた。メールありがとう。元気と知ってうれしいです。状況が許せば、私も9月から授業を再開したいと考えています。3人だけだし、身体接触はないし、マスクをすればだいじょうぶだと思いますが、どうでしょう? いろいろな人が“ZOOM”などでバーチャル会議や授業をしているのは知っていますので、みなさんがバーチャル授業の方がいいと思うなら、検討します。Lさんと、もう一人の生徒Nさん、両方に送信した。

そうしたらさっき、Nさんから返信が来た。Nさんは何年か前から、かなり珍しい種類のがんに罹っており、定期的に治療に通っている。免疫力が高いとは言えないので、感染拡大の初期から自主隔離し、本当に必要最小限の外出しかしていない。そのおかげか、幸いcovid-19 に感染することなく、無事日々を過ごしている、と聞いてほっとした。
他にもいろいろ細々した近況を書いてくれたが、そのあたりはおいといて、最後に「ZOOMとかには余り詳しくないので、9月に授業が始まるならバーチャルじゃなく、喜んで生身で参加します」とあって、思わずにんまり。

いや実は私も、「検討する」とは言ったものの、バーチャル授業にはあまり気乗りがしないのだ。Lさん、Nさんのクラスは、うちでやっているクラスで、生徒は二人だけ。2メートル離れて座るのはちょっと難しいかもしれないが、テーブルの端と端に座ってもらえば1メートルは間を開けられるし、もちろん読んだり、話したりはするが、大人だからマスクをすれば、唾が飛びまくりってことにはならないだろうし(なるかな?)、触るのはそれぞれが持参する教科書とノートだし、消毒用のジェルを用意すれば、なんとか安全に授業ができるのではないかと思う。
それにZOOMとか、こちらの準備もあるけど、生徒さんの側の準備もあるわけで、ワカモノたちならともかく、教える側も教わる側もほぼ還暦では、新しい技術にすいっと移行というわけにはなかなか行きませんで・・・。 それに、ZOOMとかだと映像だけじゃなく音も入っちゃうから、狭い家の場合、会議が始まると家族は息を殺してじいっとしている、なんてことも聞いた。あと、「背景が気になる」と言われて、背中に白いボード背負って会議に臨むとか(いや、これはネタかもしれんけど)。   生身の方が、ずっと簡単であります。

5月の林

  • 2020/05/17 10:45
  • Category: 雑記
もう雪もすっかり融けたので、裏の林へ散歩に行った。一昨日は気温も16度くらいまで上がって、しかも風もなくて、実にうららかなお散歩日和だった。

今週初めから隔離措置が一部解除されたせいもあって。散歩する人の数も減ったように思える。
林の中も歩いているのは私一人のようで、あとは梢の上の方を飛び交う鳥たち(たぶんグラッコ―かブルージェイ)と、ガサガサ林を抜けていくロビンくらい。

林のそこここに、一見水仙のような、小さい星型の花が咲いていた。今まで見たことのない花だが、考えてみれば普段なら私はこの時期、庭仕事やら何やらで忙しくて、ほとんど林に来ないのだ。それが今年は仕事はないし、ジムはないし、種々の集まりもないから、雪解け後の5月の林にやってきて、初めてこの時期に咲く黄色い花を見つけたという次第。
ジェリーによると、この花は“dog tooth violet”というらしい。まだ緑の色が少ない林の中のあちこちで、そこだけぱあっと明るく黄色い塊が広がっている。

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このあたりでおなじみtrilliumも見かけた。雪だるまによるとオンタリオでは白が主流、ここケベックでは紫がかった暗赤色が主流。


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ところで帰り道、林の中で大きな犬を3匹連れた男の子に遇った。 “Bonjour”と挨拶すると、はにかみ気味に“Hi”と返してくれ、細い小径なので、犬たちを抱えるように抑えて脇に寄せ、私を通してくれたのだが、通り過ぎてから振り返って(=2m以上の距離を開けて)、「全部あなたの犬なの?」と聞くと、「?」と聞き返されたので、こちらの発音が悪いのだろうと思い、もう一度できるだけはっきりとした発音で、ゆっくり質問を繰り返すと、“I’m sorry. I don’t speak French.”と返って来たので、びっくり仰天。
あわてて英語に切り替えて同じ質問を繰り返し、前の2匹はガールフレンドの両親の犬で、後ろの1匹が彼自身の犬だとの答えを得たが、いやしかし、このケベックの田舎で、フランス語で話しかけて「フランス語、話しません」と、英語で返されたのは初めてである。逆のケースなら、それこそいくらでもあるだろうが、そもそも期待するだけ無駄なので、観光地でもない限り英語で話しかけたりはしないのだ。基本はあくまでフランス語。常にフランス語。ま、その話しかけたこちらのフランス語が下手過ぎて、相手が英語で返してくれることは、ままあるが。

それにしても、思いもかけない「フランス語、話しません」に、「あー、びっくりした」と、カメラをぶらぶらさせながら林を出かかって、はっとした。

「ちょっと、待て。フランス語を話さないって、彼はいったいどこから来たのだ?」

これが普通の時なら、フランス語を話さない子と出会っても、不思議でも何でもない。オンタリオかメインかヴァーモントか、とにかくどこか英語圏からケベックに遊びに来たんだろう、と思うだけだ。
がしかし、今はどこの州もほぼ隔離状態で、州をまたいだ移動などできないはず。まして米国との国境は、閉ざされている。「GFに会いたいから」という理由で、検問を突破できたとは思えない。とすると、彼はこの近辺とは言えないまでも、少なくともケベック州内に住んでいるはずで、それであの歳(15、6歳に見えた)でフランス語を話さない? そんなこと、あり得るか?

唯一思いついたケースは、「彼の一家は、この隔離措置が始まる前、たとえば去年の暮くらいに、英語圏からこのケベックの田舎に引っ越してきた。若者なのでガールフレンドはすぐできたが、学校は2か月くらい通っただけで休校になってしまったので、フランス語を習得するまでには至っていない」というもの。当たっているかしらん?

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らうとら

Author:らうとら
ドロシー・L・セイヤーズ、ローリー・R・キング、P.D.ジェイムズ、ディック・フランシス、水村美苗、高村薫、戸塚真弓、ヘレン・ミレン、シャーロット・ランプリング、ソフィ・マルソー(40代以降に限る)、ヘレナ・ボナム・カーター、アンジェリーナ・ジョリー、三代目金馬、小さん、米朝、枝雀、エンヤ、クイーン、ドゥルス・ポンテス、マドレデウス、J・S・バッハ、ちあきなおみ、トケイ・ピノ・グリ、アール・グレイ、自転車(冬季を除く)、あらゆる犬と猫
以上、私を幸せにしてくれる方々(敬称略)

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