どうせならもっと人の役に立つ職業に就くがよろし

  • 2017/06/14 11:33
  • Category: 雑記
先週の水曜、いつものようにネットで調べ物をしていたら
突然、画面いっぱいに「あなたのコンピュータ内に、ゼウスウィルスが発見されました。
このウィルスはコンピュータ内のデータやソフトウェアを破壊する可能性があります。
コンピュータをシャットダウンしてはいけません。すぐに下記のマイクロソフト・サポートセンター
(通話料金無料)に電話してください」というポップアップが現れた。

「はあ?」と思って、一応そばにいた雪だるまに見せると
「電話しろというのだから、マイクロソフトに電話してみなさい」という。
英語で、あまりよくわからないコンピュータ用語を聞きながらやりとりするのはめんどくさいなあ
とは思ったが、PC内のデータがなくなったり、壊れたりするのも困るので
仕方がない、指示された番号に電話した。

すると、南アジアなまりの英語を話す若い男の人が応えて
「どうしました?」と聞くので、PC内にウィルスが発見されたというメッセージがポップアップした。
マイクロソフトのサポートセンターに電話しろというから電話したと言うと
「ではこちらからあなたのPCにアクセスし、問題を調査して解決法を探します。
アクセスするためにはあなたの許可が必要ですので、これからこちらが言う通りに
コンピュータを操作してください」と言って、ウィンドウズ・ロゴ+r から始まる一連の操作を
次々とこちらに指示してきた。

私は聞き取りにくい電話の声を聞きながら、わけもわからず相手の指示のまま
コンピュータを操作するという作業の面倒くささと、
コマンドの羅列で自分が一体何の操作をしているのか皆目わからないという、
目隠しされたまま迷路の中を引き回されているような心許なさに相当苛々し、
「こんな作業は英語ネイティブで、しかも私よりは余程コンピュータに詳しい雪だるまに
代わってやってもらいたいものだ」と思ったが、
生憎ちょうどお義父さんたちが「こんばんはー!」と訪ねて来て、
私に代わってPCの前に座ってもらうわけにもいかない。

そうこうする間にも、電話の相手はこちらを煙に巻くかのように画面にさまざまなタブを表示し
そのうちの一つはウィルスアタックの履歴で、それによると我が愛しのPCは昨日以来、
ほとんど分刻みでアタックを受けていて、そのあまりの数の多さにほとほとげんなりした私が
「つまり、PCショップとかでクリーニングしてもらわない限り、私はPCを使えないわけですね?」と言うと
電話の相手は、「いいえ、街のPCショップではだめです。この状況を解決できるのは、
公認のオンラインエンジニア(つまり彼だ)だけです」と言い切り、その料金を提示してきた。

それによると、クリーニング料金はUSD149.99、ついでに私のPCには全くアンチウィルスソフトが
インストールされていないので、仮にアンチウィルスのサポートを希望するなら、
1年USD180、2年でUSD210等々。(注:この辺の数字はうろ覚え)
そう言っては何だが、結構高額である。

なんだか胡散臭くなってきたなあと、それでも一応、お義父さんたちと歓談中の雪だるまにその表示を見せると
「スペルミスだらけのひどい英語だ。マイクロソフトがこんなひどい英語を出すはずがない」と言うので
私もこれ幸いと「そんなお金はありませんから」とサービスを断った。
すると相手は「では仕方がありません」と、にわかに今まで画面に表示していた様々なタブを次々と閉じ、
あっという間に過去20分間の痕跡をきれいさっぱり消して、真っ黒な画面だけ残して消えて行った。
残された私は、ただの黒い箱になってしまったPCを前に、声も出ず。

振り返ってコトの顛末を眺めてみれば、これは明らかにマイクロソフト・サポートを騙った詐欺である。
PC使用中に「ウィルス発見!」などとポップアップが出れば、みな一応ぎょっとするし、
マイクロソフトに電話しろと指示されれば、電話する人の方が多かろう。
(ネットで本当にマイクロソフトの番号かどうか確かめようにも、画面はフリーズしているのである)
まったくよくできた引っ掛けである。

それでも英語ネイティブなら、相手とのやり取りの中で、その話し方や言葉の使い方などから
「何だか怪しい」といった嗅覚が働くだろうが、いかんせん私は非ネイティブ。
表情、態度の見えない電話で、声と話し方だけで相手の資質を判断するのは相当難しいのだ。
おかげで最後まで引っ張られてしまった。
ケチな根性が幸いして金を払うところまではいかなかったが、PCを壊されたのは大損。

翌日私はお馴染みのジミー君のところへPCの修理を頼みに行ったが
彼もそれは詐欺だろうとの意見で、騙されて彼らにサービスを頼んだりすると
また別なウィルスを植え付けられ、カード情報や銀行情報など盗まれることになりかねないと言う。

まったく、生きていくためには金が必要で、金を稼ぐためには何らかの仕事に就かねばならないのはわかるが
コンピュータウィルス詐欺にしろ、振り込め詐欺にしろ、なにもわざわざ人を騙して金を取るような職業に就かなくとも
よさそうなものを。
人を騙せるだけの話術とコンピュータ技術があるのなら、もちっと人の役に立つ職業に就き給えよ、青年!


えー、というわけで、読者の皆様、今後同様の状況に遭遇されることがありましたら
間違っても偽の“マイクロソフト・サポートセンター”などにはお電話なさらず
信頼できるコンピュータショップにご相談ください。
ちなみに今回使われたウィルスの名前は“zeus virus”でした。
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先日の収穫

  • 2017/04/19 10:52
  • Category: 雑記
先日、久しぶりに中古屋さんに出かけた。
そして大収穫にほくほくして、大満足で帰ってきた。

今回の目玉は、なんと言っても手芸用品。
まず、レース糸が10玉くらいあった。
もちろん全部使いかけだが、その代り値段は1玉25~75セント。
新品を買うと、1玉4~5ドルはするのだから、
たとえ半分くらいしか残っていなくても、この値段ならお買い得だ。
色は今回は生成りというかベージュばかり。
でも前回、白、緑、ピンク、黄などが出ていた時、
それらをあらかた買い占めたので、今回はベージュばかりでも文句なし。
ちょうどちょっとくすんだ色で、昔風のものを何か編みたい
と思っていたところなので、ちょうどいい。


レース糸。太さは♯3~10

IMG_1002.jpg


その他、青系のパイピングテープがあったので
これもあるだけ買い占めた。
こちらはレース糸とは違い、ちょっと古そうではあるが、封は切られていない新品。
ひとつ25セント。

そして、その下にはファスナーばかり大量に入った大籠。
その中から具合のよさそうなのを3本。
1本10セント。
何かに使う予定があるわけではないが、
こういうものは見つけた時に買っておくと、
いざという時、買いに走らなくて済む。


IMG_1000.jpg


そして棚の隅で見つけて「わあ!」と嬉しくなったのが、
タティングレースのシャトル(50セント)と大型のラッチフック(25セント)。
以前からタティングレースをやってみたいと思っていたのだが
新品でシャトルを買うだけの決心は付きかねていたところだったので
中古屋さんでの遭遇は、まさにめっけもの。
これを買わずしてなんとしよう?

ラッチフックは、本来は文字通りラッチフッキングに使うものだが
私は編み物で5目一度とか、7目一度の玉編みをするとき
かぎ針の代わりに使っている。
先っぽに小さなレバー状のものがついており、
向こうへ押すとこれが開き、手前に引くとこれが閉じるので
糸を引っかけて目の間を通すとき、かぎ針よりも楽に引っかかりなく
糸を引いてこられるのだ。
私はもともと編み機か何かの付属品で、小さいラッチフックは持っており
便利に使っているのだが、いかんせん小さいので中細以上の糸には向かない。
並太~極太の糸に使える大きさのが欲しいなあ、と思っていたところだったので
これもまた渡りに船。迷うことなく、カゴに放り込んだ。


ラッチフック(左)とタティングレースシャトル

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その他、ギフト用の紙袋とか、果物の絵柄の小皿とか
(この手のものには珍しく made in China ではなく
made in England だったので買った。25セントだったし・・・)

IMG_0999.jpg

この間、歯が欠け始めて困っていた髪を留めるための櫛とか
クッションとか、人形用のスカーフとか、
あれこれ散々買い込んで、それでもお代は9ドル15セント。
つまり1000円程度。
これだから中古屋さん通いは止められない。

通りの名

  • 2017/04/12 03:07
  • Category: 雑記
私が住んでいるあたりのストリートネーム、通りの名は、
9割方、人の名だ。
たとえば、ウチがある通りは rue Hector Dupont だし、
それが丁字路になってぶつかる通りは Arthur Dery、
その先は Émile Deschênes、
それを右に曲がると、Ovila Demontigny といった具合だ。

たぶん、それぞれ歴史上の有名人か、
町に貢献のあった人の名なのだろうが、
祖父母の代からこの町在住というわけではなく
かつカナダ史に詳しいわけでもない私には、
これらの名が、まったく覚えられない。
(上に挙げた名は、ウチの通りを除き、すべて地図を見て書いた)

過去5年間、これらの通りを行ったり来たりして
街路名表示のプレートはしょっちゅう見ているはずのに
ちっとも記憶に残らない。
なので、例えば何かの案内に住所が記されていても、
それがどこなのか、地図を見ない限りまったくわからない。

もっともこれは外国人である私に限ったことではなく
一応ケベッコワである雪だるまも同様で、
たまにジムの帰りなどに、通りかかった人に道を聞かれることがあるが
一度として教えてあげられたことはないそうである。
どうやら“覚えられない”という点に関しては
フランス語ネイティブか否かという点は、関係ないらしい。

覚えられない理由は、全く知らない人の名であることと、
一つ一つの名が結構長くて、ぱっと一瞬見ただけでは
読み取りづらいこと、の2つであるように思う。
なぜなら、たとえ綴りは長くても、マクシミリアン・ロベスピエールとか
クロード・レヴィ・ストロースとかなら、即座に人物が浮かんで一発で覚えられそうだし
逆に全く知らない人でも、“ジャン・ボン”とか“ルイ・マル”とか
綴りが短くて発音が簡単なら、折に触れ見ているうちに
何とはなしに記憶に残り、「これはあの辺」と見当がついてきそうだから。

まあ今はGPSもあるし、通りの名など覚えていてもいなくても
日常生活に支障が出るわけではないが
どうせ通りに名をつけるなら、覚えづらい人の名前などより
花の名とか木の名とか、あるいは鳥、動物の名とか
連想が働いて記憶に残りやすい名にしてくれればいいのに、と個人的には思う。

そう思うのは私だけではないようで、
たとえば隣の町には、Bégonias(ベゴニア)、 Campanules(桔梗)、Dahlias(ダリア)など
通りはすべて花の名という一角があるし、
隣の市には、Hibou(フクロウ)、 Clibris(ハチドリ)、 Pics-Bois(キツツキ)など
鳥の名ばかりの一角もある。
こういうのは、なかなか楽しくていい。
「そうかなあ?」と疑問に思われる方は、日本語で想像してみればよろしい。
たとえば住所を書く時、少なくとも“安倍晋三通り34番地”なんていうのより
“たんぽぽ通り125番地”の方が、書いていて気分がよくはないか?

あるいはそういう種々の思惑が面倒だというのなら
まったく機械的に、1から順番に番号を振っていくのでもいい。
うちの町も、旧町内はだいたいこの形式だ。
これならよい名を考えてあれこれ思い悩まなくてもいいし
外から来た人が、通りを探し当てられないということもない。
7番街は、6番街と8番街の間にあるに決まっているのだから。
面白みはないが、簡便にして実際的なり。

いろいろ

  • 2017/03/17 09:17
  • Category: 雑記
■ 今週、学んだこと:
   「たとえ道路が乾いていても、零下11度の時にふつうのスポーツシューズで散歩に出てはいけない」
   歩いている間は、お尻が冷たかったり、寒風にさらされて鼻が凍りそうだったり、
   マダムたちのフランス語を聞き取るのに苦労したりで気が付かなかったのだが、
   散歩が終わって家に帰り着き、ほっと一息ついたら、とたんに両足の指が猛烈にかゆくなって困った。
   どうやら我が足指は、防寒性のない靴の中でしもやけ寸前だったらしい。
   路肩には雪が山積みでも、道路表面は乾いてきたから普通の靴でもだいじょうぶだろうと思ったのだが、甘かった。
   優秀なブーツのおかげで、ふだん「足が冷たい!」という思いをしていなかったのですっかり忘れていたが
   冬のブーツには、防水だけでなく、防寒/保温の機能もあったのだ。
   次回は必ずブーツで行こう。スポーツシューズは気温が0度以上になるまでお預けだ。

■ 先日、「道路の穴ぼこに激突して、フレームが歪んでしまった」と書いた車輪。
   その後また電話があって、実は歪んでいるだけでなく、ヒビが入っているので修理不能と言われてしまった。
   修理できないとなれば、自転車ではあるまいし、前後1つずつの車輪では走れないから
   新しいのを買わなければならない。
   200ドル以下で直るだろうと踏んでいた雪だるまは、新しいマグ2本の値段を聞いて肩を落としていた。
   世の中、不時の出費というのは、あるものである。

■ お散歩マダムの一人が「こういう催しがあるけど」と、お試し太極拳クラスの案内をくれたので
   私も行ってみることにした。お試しなので、日曜の午前、2時間くらいの1回だけの講習会。
   講師は地元ケベックの人らしい。姓も名も、どうみてもフランス語の名前なので、中国人ではないと思う。
   太極拳は、人がやっているのを見たことはあるが、自分でやったことは一度もない。
   ふだんやっている筋力トレーニングやストレッチとは全く違う動きと思われるので、
   どんな感じになるのか、とても楽しみである。


太極拳といえば、やっぱりこんなポーズ?

taiji.jpg

“抗菌石けん”という名前が紛らわしいのだ

  • 2017/03/07 11:58
  • Category: 雑記
前回書いた「 OC Cleaners」の番組を大量に見てしまったせいで
台所用の手洗いせっけんが切れた時、つい殺菌剤入りのせっけんを買って帰ったら
雪だるまに「アンチバクテリアソープは効果が実証されていない上に
人体、環境に有害な可能性もあると言われているのに、
なんでそんなもの買ってきたの?」と言われてしまった。

えー!と、今更ながらチェックすると、確かにFDA(米食品医薬品局)は去年、
「通常のせっけんより殺菌効果があるという根拠がなく、
長期使用の安全性も検証されていない」として、トリクロサンなど
19種類の殺菌剤を含む抗菌せっけんやボディーソープなどを販売禁止にしていた。
なんとまあ・・・
そうとも知らずにわざわざ抗菌せっけんを買ってきた私は、かなりのお馬鹿である。

幸い、成分をチェックすると、私が買ってきた液体せっけんには
トリクロサンなどFDAが販売を禁止した成分は入っていないようで
取りあえず手洗いに使っても問題はなさそうだが
なんだか手を洗うたびに、己が無知と阿呆さを思い知らされるようで、少々気が滅入る。

私は別にきれい好きでも潔癖症でもなく、多少の汚れやばい菌には平気の平左、
日常的にある程度の雑菌、ばい菌に接していた方が、免疫力がついてよろしい
くらいに思っているので、今まで特に殺菌や抗菌や除菌を気にかけたことがなく
よって、そうした製品やニュースに関心を向けたこともなかった。
それが今回の失敗につながったとも言えるのだが、
それにしても“抗菌剤入り”なんて書いてあると、よけい殺菌効果がありそうで
そんな石けんで手を洗うと、より清潔になるような気がして、紛らわしくていけない。
どうせなら私のような無知でおっちょこちょいの阿呆向けに、
「抗菌剤入りですが、効果のほどは定かではありません」くらいの文言を、
堂々パッケージに書いておいてくれればいいのに・・・

ちなみに、FDAの言う「長期使用の安全性が検証されていない」というのは、
1. 殺菌剤を使うことで耐性菌が増えるリスクがある
2. ホルモンの働きを阻害する可能性がある
という研究結果が報告されているからだそうである。

抗生物質の濫用により耐性菌が増えたと言われていることを考えれば
殺菌剤の大量使用が耐性菌の増加につながることは大いにありそうで
そうなると、より強い薬剤→より強い耐性菌→さらに強い薬剤と
いたちごっこというか悪循環というか、スパイラルが止まらないということになるので
ここはやはり人間、病み上がりの人や、何らかの理由で免疫力が落ちている人は別として
日常的には適度なばい菌の中で暮らしているのが一番いいのかもしれない。
私も次回は、ふつうの石けんを買おう。
買ってしまった抗菌石けんが「詰め替え用 1.18リットル入り」なので
次回がいつになるかは不明だが・・・

Obsessive Compulsive Cleaners

  • 2017/03/02 11:19
  • Category: 雑記
1週間ブログをほったらかして何をしていたかというと、
掃除をしていたのである。
きっかけは、この番組。




[Obsessive Compulsive Cleaners]

その名の通り、登場するのは強迫神経症的に掃除をせずにはいられない人たち。
何しろ“神経症”なので、並みの「きれい好き」や「潔癖」とはケタが違う。
彼らはゴミがあってもなくても、上から下まで1日に何回も掃除機をかけ、
漂白剤、殺菌剤、除菌シートで家の中のあらゆるモノを拭きまくり
トイレは使用の度毎に(あるいは使用しなくても)磨き、除菌し、
細かい調度や器具は、歯ブラシ、綿棒、デンタルフロスを使って
どんな小さな汚れも逃さず取り除く。
調度品も同様。写真立てや置物はほんの少しの埃もなく磨かれ
常に定位置に置かれる。(置く位置は数ミリずれてもいけない)
カーテンの襞は完璧に等間隔、
ソファの上のクッション、ベッドの上のシャム、ピローも
きちんと整えられてシンメトリーに置かれる。
(へこんでつぶれたクッションなど、ありえない)
中には子どもがいたり、ペットがいたりする人もいるのに
彼らはたいていはミニマリストで、モノが少ないので
家の中は常にショールームのようにピカピカである。

一方、彼らと対極にあるのが、最近の日本語でいうところの「汚屋敷」の住人。
家族/ペットの有無にかかわらず、彼らの家はモノであふれ
モノがあふれると掃除がしづらくなるので汚れがたまり
汚れがたまるとますます掃除が億劫になるので、汚れは加速度的に増殖し
同時にゴミも溜まるので、そのうちゴミとモノの区別がつかなくなってむくむくと巨大化し
気が付いた時にはゴミとモノの混合体があらゆる空間を食い潰していて
自分ではどうしようもなくなっているというのが、おおよその図式である。

番組はこの2種類の両極端の人たちを主人公に
強迫神経症的掃除魔の人が、汚屋敷の住人のところに赴いて
その屋敷を片づけ、掃除し、何とか“ふつう”の状態にもっていこうとする過程を
レポートする一種のリアリティショーで、
そうすることによって、掃除魔の人は本当に1日に何時間も
掃除に費やす必要があるのか、自らの生活を再考し、
逆に汚屋敷の住人は、適度な清潔さは健康で快適な生活につながることを認識する
というのがその趣旨である。

ま、あくまでリアリティ“ショー”なので、面白くするために作っている部分、
誇張している部分は相当あるだろうし、
各エピソードにはさまれるお涙頂戴的部分は私の好みではないのだが
しかしこの番組を見ると、俄然、掃除意欲が湧くことは確か。
汚屋敷の住人の、真っ黒に汚れがこびり付いたレンジやトイレを見れば
ぞっとして、「ああなる前に、きれいにしよう」と思うし、
掃除魔の人たちの、それぞれ徹底的にこだわった掃除法を見れば
「ははあ、なるほど。ああやるのか!」と目から鱗、さっそく試してみたくなる。

そして、この「掃除意欲が湧く」というのはどうやら万人共通のようで
動画の下のコメント欄には、同様の書き込みがあちこちに見える。
「掃除をしなくちゃならないんだけど、動く気になれない時は、まずこの動画を見る」
と書いている人もあって、笑った。

ただひとつ気になるのは、掃除魔の人たちがものすごく大量に漂白剤を使っていること。
中には1週間で2、3本使うという人もいて、びっくりする。
ウチにも漂白剤はあるが、私はあの臭いが嫌いでたまーにしか使わないので
1本買うと2、3年は持つ。
まあカナダの場合、スーパーで普通に売ってるのが3.6リットル入りで
やたら大きいせいもあるが、仮に英国で普通に売られているのが半量の1.8リットル入り
だとしても、1週間で2、3本は使い過ぎ、身体にも環境にもよくないような気がするのだが・・・
それに何より、それだけ大量に使っても目も喉も痛くならないとは、
掃除魔の人たち、よほど塩素に耐性があるに違いない。

風呂

  • 2017/02/16 00:07
  • Category: 雑記
最近、時々某サイトに行っては眺めているのが、これ。


bathtub.jpg


いかにもな女性モデルがいるのが、画像としては少々邪魔なのだが
要するにこれは風呂桶。ポータブル・バスタブというやつである。
右上に見える電動ポンプがついていて、空気で膨らませて使う。
よって、使わない時は小さくしてしまっておける。

子ども用プールを小さくしてカバーと頭支えをつけたようなもので
デザインといい、作りといい、お値段(CAD100以下)といい
明らかに中国製で、「ほんとに、だいじょうぶかいな?」と思わないでもないのだが
ア〇ゾンなどのレビューを見ると、そこそこ使えるらしい。
カバーがついているので湯が冷めにくく、おまけにカバーの上に雑誌など置いて読書も可能。
ついでに飲み物ホルダー(モデルの右手側に見える穴がそれ)もついていて
便利至極だそうである。
したがって、デザインに目をつぶれば、極楽気分が味わえそう。

なんて書いていると、うちを知る方には、
「あれ、お宅にはバスタブがあるのでは?」と言われそうで
実際うちのトイレ兼洗面所兼浴室には、白くて四角い大きなバスタブが
浴室のまん真ん中に、でーんと鎮座ましましているのだが
このバスタブ、実のところ大きすぎて実用に適さない。
だいたい給湯タンクの容量より、バスタブの容積の方が大きいのだ。
満タンに湯を張ろうにも、7割方湯を満たしたところでタンクはすっかり空になり、
後はシャワーを使おうにも出てくるのは水ばかり。
次に湯が出てくるのは、いったいいつになることやらという始末では、
おちおち湯に浸かってもいられない。
バスタブに張った湯にしたところで、表面積が大きい分冷めるのも早いから
あっという間にぬるま湯になるだろうし、そうなると当地の湯船には
日本のような追炊き機能はないから、いったん入ったが最後
出るに出られず、肌寒いような湯の中で震えていなくてはならない。
極楽とは程遠い。

そこで、このポータブル・バスタブの登場である。
置くのは当然、役立たずの大型バスタブの中。
バスタブの中に設置すれば、湯を張るにも便利だし、排水も簡単。
こちらは暖かい湯にぽっちゃりと浸かって、ぬくぬくと読書や音楽を楽しみ、
くつろげるという寸法である。

まあ普段はシャワーで充分で、実際、旅行に行ったとき以外、
過去5年半、風呂には入っておらず、それで別段支障はないのだが
たまに古い日本映画などを見て、登場人物が銭湯でがやがやと喋っていたり、
旅先の薄暗い宿で、もうもうと湯煙の上がった湯船に浸かっていたりするのを見ると、
なんだか無性に懐かしくなって
「ああ、そういえば、お風呂ってものがあったねえ」と
俄然、たっぷりとした温かい湯に首まで浸かれたら気持ちがいいだろうなあ
と夢想してしまうのだ。

本当はビニールのポータブル湯船なんかではなくて

こんなのとか

bt 2


こんなのとか

bt 3


こんなのとかだったら

bm bath


もっと気持ちいいだろうなあ、とは思うのだが、
こんなゴーカなのは、夢のまた夢。ただ画像で見て楽しむだけである。

ちなみに一番下のは、ベット・ミドラーさんのマンハッタンのペントハウスの
バスルームだそうで、シンプルな作りに、檜(と思われる)の湯桶がすてきである。





しゃがむ

  • 2017/02/10 11:26
  • Category: 雑記
ところでラティ君が棲んでいる(と思われる)デッキ下だが、
実は去年の夏の終わりに、ジェリーと二人で潜り込んでみた。
夏に私を2回も刺した例のマルハナバチが、
まるでホーバーリングをするようにデッキの床付近を飛び回り
ついでスピードを落としてデッキの床板と床板の間の隙間から
すううっとデッキ下に入っていくので、
「これはこの下に巣があるのではないか」と、ジェリーと二人興味津々だったのである。

しかし、いくら興味津々でもハチが盛んに飛び回っている間は
危なくてそばに寄れないので
秋風が吹いてハチがいなくなったのを見定めてから
二人でデッキ下に潜り込んでみた。

ちなみにデッキの下部は清水の舞台のように吹きさらしというわけではなく、
トレリスのような斜め格子で覆われているのだが
横手の一部がドアのように開いて、中に入れるようになっている。
高さは155cmの私が、しゃがんで頭が付くか付かないかという程度。
両手、両膝をついた四つん這いの姿勢なら、体はどこにもぶつからないが、
いかんせん下が石混じりの砂利で手をつくと痛いので
私はしゃがんだ姿勢のまま、ちょっと頭を下げ気味にして、よちよちと前に進んだ。

そしてハチたちが盛んに下りて行ったデッキ右端の下あたりを
懐中電灯片手に、あちこちきょろきょろと覗きまわってみたのだが
ハチの巣らしきものは、影も形もなし。
落ちているのは、風で舞い込んだらしい枯れ葉と
鳥やリスたちが食べこぼしたヒマワリの種やピーナツの殻くらいで
床を支える柱に何かがくっついていた痕跡もなければ
地面に何かが作られていたような穴も、跡もなし。

床下に潜れば、スズメバチの巣のような大きな造形物が見つかるのではないか
と期待していた私とジェリーは、なーんにもなかったのでかなりがっかり。
「骨折り損だったな」と言い合ったのだが、その後、ふと真顔になったジェリーが
私を見て「それにしても、どうしてあんな格好で移動できるんだ?」と聞いた。

何のことだ?と聞き返すと、「さっき、しゃがんだ姿勢のままで前に進んでただろ?
しゃがむだけでもしんどいのに、その上、足を動かして移動するなんて
人間技とは思えん。少なくとも俺にはできない」と言う。
言われてみれば確かに、ジェリーは軍手をはめ、膝あてを付けて、
四つん這いの姿勢で床下を移動していた。
私より背が高く、しゃがんだだけでは頭がつっかえるから
四つん這いになっていたのだろうと思っていたが
彼が言うには、もちろんそれもあるが、たとえ頭がつっかえなかったとしても
彼にはしゃがんだ姿勢のまま足を動かして移動するなんて芸当はできない。
そもそも上手にしゃがめない。
映画や街の映像などで、アジア人たちが道端にしゃがみこんで“くつろいで”
いるのを見るのは、ほんとに驚きだ。
股関節の柔軟さが違うのか、膝と足首の動きが違うのか
理由はわからないが、とにかく俺たちにはあんな姿勢はできない。
むりやりしゃがんだりしたら、3秒と経たないうちに後ろにひっくり返るか
前につんのめるか、いずれにせよ、あの姿勢で“くつろぐ”なんてありえない。
と言って、ついでに実にぎこちない動きで、「しゃがめない」実演をして見せてくれた。
ジェリー以上に体の硬い雪だるまに至っては、はなから「無理」と言い切って
実演すら拒否。

私にしたところで、椅子の生活に慣れてしまって、
しゃがむ姿勢は楽とは言えないし、
ことに膝を付けた状態で、踵を床に付けてしゃがむことはもうできない。
(膝を開けば、踵を付けてしゃがめるが、あまり美しい姿勢とは言えない)
そういえば2、3日前に見た香港映画『阮玲玉』で、主演の張曼玉が
「駆け出しの頃は、よくこうやってしゃがんで、ずっと出番を待ってたわ」と
ほっそりした旗袍の裾をきれいにたくし込みながら
膝をそろえてしゃがんでみせたが、あれは彼女がヒールのある靴を
履いていたからできたことで、ぺたんこの布靴ではああはいかなかったろう。
ヤンキー座りだって、画像で見る限りみんな膝は開いているし
身体の柔軟さでは定評のある猫だって、座るときは膝、開いているものね。
(って、関係ないか。ハチの話が、なぜか猫で終わる)

Pack rat

  • 2017/01/30 11:59
  • Category: 雑記
しばらく前から世の中は断捨離流行りで、
人々は捨てること、モノを持たないことに熱心になっているようだが、
私は逆にこちらに来てから、モノを溜め込むようになった。
一見、ゴミとしか思えないような反故でも古布でも
壊れた道具でも、とりあえず捨てずに取っておく。
衣類ならなおさら。たぶんもう二度と袖を通すことはないと思っても
着用可能なものは、後生大事に箪笥に眠らせておく。
理由は簡単。反故や古布はメモや掃除などで使い道があるし
洋服に至っては、処分したが最後、同じようなものを手に入れるのは
相当に困難とわかっているからである。

「相当に困難」というのはつまり、退職して収入ゼロの身だから
いったん捨ててしまった後で、何らかの理由で再度そのモノが必要になったとしても
再び同じものを購入できるだけの資金力がない、
というのもあるが、それだけではない。
「入手可能性」の問題も無視できないくらい大きいのだ。
この田舎では、私が気軽に行ける範囲にある店の数には限りがあり、
その中で、Tシャツなどのカジュアルなものはともかく
ジャケット、スーツなどで気に入ったものが見つかる可能性はかなり低い。

かてて加えてサイズの問題もある。
肩幅の割に腕の短い私は、アジア人サイズの日本や香港でさえ
こうした衣類にはお直しが必要だった。
況や北米人サイズの当地に於いてをや。
袖丈その他、直さずに着られるジャケットなどあろうはずがない。
となると、何らかの理由でこうした衣類が必要になった場合、
たとえあちこちさんざん探し回って気に入ったものが見つかったとしても
それからさらに、どこかのクチュリエに持って行って
身体に合うように直してもらわなければならない。
服そのものの上代に加え、安くもないお直し料+探し回ったり、
クチュリエに持って行ったりする手間暇を考えると
これはもう、場所塞ぎでも、資源の無駄でも
万一のためには「取っておいた方がよほど簡単・・・」となるのである。

だからわたしのクロゼットには過去5年間一度も手を通していない
お仕事時代のスーツやジャケットがいまだにぶらさがり
これらの衣類のお供をしていたヒールのある靴やサンダルなどが
その下に並んで、出番のないまま永の眠りについている。
今後も、かなり改まった形式の葬式でもない限り
こうした衣類を着なければならない機会はないだろうが
私としては処分するつもりはない。
この家を売り、老人用アパートにでも引っ越すことになったら
その時はどこかの団体に寄付するかもしれないが
それまではこの机の隣のクロゼットで、静かに眠っていてもらうつもりである。

そして捨てずに取ってあるのは衣類だけではないから
階下の戸棚の中では、同様に柄の取れた鍋やヒビの入ったティーポット、
チョコが入っていた空き箱などが眠り、物置の中では発泡スチロールの梱包材や
内装の残りの板切れなどが眠っている。
ぱっと見、ゴミとしか見えないし、実際、何かに使わない限りはゴミなのだが
私としては捨てるつもりはない。しまう場所がある限り、しまって取っておく。
いつか何かの役に立つかもしれないから。

もっとも、モノを捨てないことに熱心とは言っても
この家を汚屋敷にするつもりはないし、
もともと視覚的過負荷には耐えられない人間なので
整理整頓はせっせとやっている。
幸い、子どもの頃から、掃除には不熱心でもお片付けは得意なのだ。
よって溜め込みを続けても、ご近所から市役所に苦情が行き、
強制清掃という事態には、(たぶん)ならないだろうと思う。
私は pack rat は pack rat でも、こんまり系の pack rat なのだ。


溜め込み上手の pack rat くん

packrat.jpeg

米朝さん

  • 2017/01/16 12:00
  • Category: 雑記
このブログの左上に「私を幸せにしてくれる方々」として、
小さん、三代目金馬、枝雀の3人の落語家さんを挙げているが
最近これに米朝さんが加わった。
なんたって、この方のやわらかな上方弁で語られる落語を聞いていると、
すいすいと編み物が進み、大変に具合がいいのだ。
これが、そう言っては何だが、下手な落語家さんや
こちらの神経に障る話し方、声の落語家さんでは
いらいらして目数を間違えたり、編まなくてもいいところまで編んでしまったりして
被害甚大、ということになるので、
編み物のBGM選びには、細心の注意が必要なのである。

米朝さんの落語の何がいいのか、つらつら考えてみると
まずこの方の落語には過剰なところがない。
一部の若手落語家さんのように、むやみに大声を上げたり、
過度に色を付けた口調で語ることもないし、
大仰な身振りも、受け狙いのギャグもない。
だから地味といえば地味なのかもしれないが
その代り、いつでも、どんな噺でも、勘どころを押さえて、丁寧に語る。
その風貌と相まって、実に端正、上品であるが
しかし、きっちりし過ぎて窮屈、といったところは微塵もない。
ほどよく力の抜けた、余裕のある語り口は、
十ある力を十出し切ったような、目いっぱいの力演と違い
聞くこちらの方も、ゆったりとした気分にしてくれる。

それに米朝さんの落語には、ハズレがない。
何しろ暇なもので、YouTu〇e にアップされているのはほとんど全部聞いたが
「これはちょっとな」というのがひとつもない。
艶笑噺ですら、ほんのりと上品である。
これは人柄の故か、それとも芸か。

そのくらいだから、小さんさんの「首提灯」や金馬さんの「池田大助」
枝雀さんの「貧乏神」と「口入屋」のように
「米朝さんだったら、これ!」というようなお気に入りの噺というのは特にないが
しかし最近聞いた狐の小咄は、別格的に気に入った。
あんまり気に入ったので、米朝さんが語るそのままを
文章に起こしてみたのだが、これが全然おもしろくない。
上方弁は正確に表記しづらいという問題もあるが
それより何より、語りをそのまま文にしたものは、単なるあらすじに過ぎず
骨組みを素描しただけといった体で、味もそっけもないのだ。
人が(米朝さんが)語って初めて、何とも言えないおかしみが出るのだと
つくづく思い知った。

ご興味がおありの方は、こちらからどうぞ。3:30くらいから始まります。


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プロフィール

らうとら

Author:らうとら
ドロシー・L・セイヤーズ、ローリー・R・キング、P.D.ジェイムズ、ディック・フランシス、水村美苗、高村薫、戸塚真弓、ヘレン・ミレン、シャーロット・ランプリング、ソフィ・マルソー(40代以降に限る)、ヘレナ・ボナム・カーター、アンジェリーナ・ジョリー、三代目金馬、小さん、枝雀、エンヤ、クイーン、ドゥルス・ポンテス、マドレデウス、J・S・バッハ、ちあきなおみ、トケイ・ピノ・グリ、アール・グレイ、自転車(冬季を除く)、あらゆる犬と猫
以上、私を幸せにしてくれる方々(敬称略)

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