宝の山

  • 2005/09/30 17:44
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■ 来週火曜からの出張に向け、上司殿は一足先に日本に向かった。私にダンボールを1箱残して。今朝このダンボールに紐をかけながら「すみませんけど、火曜日持ってきてください」と困ったように私に頼むので、何かと思ったら中身は日本に留学するお嬢さんの荷物なのだという。………。見事に公私混同の上司…。ま、いいけどさ。どうせダンボール1個だしさ、大きさだって機内持込のスーツケースぐらいしかないしさ、他に荷物は自分自身のスーツケースと、書類カバンと、プレゼンに使うサンプルが入ったダンボールしかないからさ、持っていけると思うよ、うん。力持ちだもんね、わたし。 ( ――― こりゃ火曜はパンツにワークブーツかな。スーツにヒールじゃ死むな。空港バスの乗り場までたどり着けんよ…)

■ かなしいお知らせ。昨日「教育の成果があった」と嬉しく報告した夫の洗濯物干し。今朝見たら、シャツの後ろに干されていたティータオルは、タオルより幅の狭いハンガーに無理やりかけられて、両端がしわしわになっていた。(泣) 夫よ、君はどうしてティータオルをわざわざハンガーにかけたのだ? 目の前の洗濯物干しが見えなかったのかい?

■ 時々、他社(?)のブログも覗いて見る。ブログ界で勇名を馳せる大手Lさんや、Sさんなど。すると登録しているブロガ−の数の多さに、くらくらめまいがしそうになる。まったく何という数か!! クリックしても、クリックしても、後から後からリストが続く。日本中で、あるいは世界中で、いったい何百万人の人がブログしているのだろう? とてもじゃないけど、回りきれる数じゃない。そしてその中の一部の質の高さ!なまじ出版されているプロの文章よりも、よほど溌剌とした生きのいい文章が、また静かな思索の片鱗が、さまざまなテンプレート、背景画像、吟味されたフォント、色合い、そしてきれいな写真とともに綴られている。まるで、掘っても掘ってもなくならない宝の山。こたえられない。
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お洗濯パンパン

  • 2005/09/29 16:42
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昨日は朝から一日中鈍い頭痛がしていた。それが残業を終えて家に帰った時には左眼を開けているのが苦痛なほど痛くなって吐き気もしてきたので、夫には残り物で夕食を済ませてもらい、やりかけだった洗濯物も干さず寝てしまった。
途中夢うつつの中で、洗濯物をパンパンと振り広げながら干している音が聞こえ、ちゃんとシワを伸ばして干してくれているのか心配だったので、起き上がって見に行こうかと思ったが、鎮痛剤が効いてぼーっとしてて目を開ける気になれなかったので、またそのまま寝てしまった。

同居し始めたばかりの頃、何度か夫に洗濯物を干してもらったことがあったが、雪深いカナダでは乾燥機が主で、洗濯物を干す習慣があまりないためか、はたまた単にずぼらだからか、夫は洗ったものを洗濯機から出したそのまま、しわを伸ばしもせずざっとハンガーにかけてしまい、「ちょっとお、なんなのお、これは?」と大いに私の不興を買ったものだった。日本製のシワなし高性能洗濯機ならいざ知らず、私たちが当時使っていた洗濯機は中国製の“フジヤマ”ブランドであったから、脱水したそのまんまを干したのでは、イッセイ・ミヤケのプリーツシリーズそのまま、シャツ全面がシワである。「ねーねー、伸ばしてから干さないと、シワシワになるでしょう?」と言うと夫は、「ん? だいじょうぶよ。着るとシワのびるよ」とのたもうた。そりゃ、夫のは伸びるかもしれない。なんたって体温が高い上に、身体にぴたぴたのボディコンシャツを着ているのだから、着ながらスチームアイロンしているようなものだ。(一応注を入れると、夫はボディコンシャツが好きで着ているわけではない。単に胸も腕も腹も標準を超えて太いので、ふつうのシャツがボディコンになってしまっているだけである) しかし私は体温が高くないし、胸や腹にはりつくほどぴたぴたのシャツは着ないので(腹回りに自信を持つ中年おばさんの分際で、誰がそんなシャツを着たかろう?)、1日たってもシャツはしわしわのままである。困る。なので夫には言葉やわらかく、態度やさしく“シワは伸ばして干して欲しい”旨伝え、夫も“わかった”と答えた。

しかしその後も、夫の干し方はあらまほしき“シワを伸ばした”状態とは程遠く、それを「もっとちゃんとシワ伸ばししてよねー」と小うるさく指図したり、後から気づかれないように直したりするのは返って面倒に感じられ、結局のところ “you want something done right you gotta do it yourself”の言葉どおり、自分でやってしまうことの方が多かった。しかし夫の教育をあきらめたわけではないので、しわ伸ばしの音はパンパンと派手派手しく、かつ小気味よく、自分の部屋でPCに向かっている夫に届けとばかり、あてつけがましく立てていたけれど。(そんなにパンパンしたら服が傷む? だいじょうぶです。うちにはそんなやわな衣服はありません)

それが今朝見たら、なんとシャツも靴下も、ちゃんとしわを伸ばしてから干してあるではないか。いやー、進歩、進歩。昨夜聞こえたパンパンという景気のいい音は、伊達ではなかったのねえ。この進歩が私の「背中で示した」教育のせいかなのか、それとも単なる気まぐれな偶然なのかはわからないが、やればできることがわかったのは、成果である。この技術を忘れないためにも、これからは毎週やってもらおうかしらん。

200万は、はした金?

  • 2005/09/28 18:36
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■ 来週の日本行き、今日やっとコンファームされた。しかしもう実質3日前ですよ。今から準備して、いったいどんなプレゼンができるというのか。こういういいかげんな仕事を依頼するクライアントもクライアントだし、受けてくる上司も上司と思う。
7人分の飛行機代、ホテル代、食事代、タクシー代、合わせて200万円近い経費を使うのだから、それなりの効果が欲しいだろうに。それとも会社にとっては200万なんてはした金?

■ おまけに上司殿はクライアントがなかなかコンファームしないので、「こりゃだめだ」と思って、クライアントから受け取った、同社の資料が入ったCDを捨ててしまったと言う。……信じられん。あんたはほんとにそれでもマネージャーか…?
おかげで私は新しいCDが届くまで、資料の翻訳ができない。それでなくても時間がないのに、ああ。

■ 全然関係ないけど、きのうジムに行く前、隣の店でちょっとおもしろいチョコレートを買った。ドイツ製らしいんだけど、フレーバーが“Strawberry and Pepper”。 チョコレートそのものがかなりビターなので、あまり胡椒の刺激は感じられないが、夜の大人のチョコレートという感じ。ブランデーと合うかなあ。今夜ためしてみよう。



*************************

■ 残業1時間で、↑ を書いた後届いた資料の翻訳が終わった。ちかれた。

チェコ・ビーズ

  • 2005/09/27 16:46
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昨日はごたごたのせいで気分が滅入っていたので、帰り階下のショッピングモールを冷やかして歩いた。その中の1軒でチェコのデザインビーズを発見。滅入った気持ちにすうっと入ってきて、きらきらした透明な光がなんだかとてもきれいに見えたので、ピアス用に大きいドロップ・タイプをふたつ、それからネックレス用に透明な紅茶色の平たいビーズ、おなじく茶系の平たい円形のビーズを25個ずつ買ってみた。
できたのが、これ。



昔、昔、ビーズの卸問屋が集まる深水ポから比較的近い会社で働いていた時には、よく会社の帰りにビーズを漁りに行ったものだったけど、仕事を変わり、またジムに行くようになってからは、夜ゆっくりとビーズで遊ぶ時間などなくなって、買い集めた色とりどりのスワロや、種々のパーツは、赤いぶどう色の靴箱に入れられて、たんすの上にしまわれたままになっていた。
ゆうべほんとうに久しぶりに取り出し、水糸を長さ分切り、ペンチで丸カンを開き、パーツをつなぎ合せといった一連の作業を繰り返し、ピアスとネックレスを作ったのだけど、何か役には立たないけれど小さくてきれいなものを作るというのは、気分がなごむ。それが少し涼しさを感じさせる秋の夜長であればなおさら。

相互誤解

  • 2005/09/26 17:44
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■ 以前にも書いたが、日本に事務所を置く件に関し、ごたごたが続いている。元々は単に双方の言葉をよく理解できないために生じた誤解なのだと思うが、理解できていないのに理解したふりをして、“OK、OK”だの“はい、わかりました”だのと言っているから、誤解に誤解が重なって、双方とも相手が「約束したのに、実行しない」と不満を抱く事態になったのだと想像する。正直、私は会議に出席していないので正確なところはわからないのだが、片方は「言った」と言い、片方は「言っていない」と言うからには、どちらかが故意に嘘を言っているのでない限り、聞き違えたか、意図しないことを言ってしまったかどちらかなのだと思う。ある人の外国語の水準があまり高くない場合、本人の本当の意図とは微妙にずれた発言内容になってしまうことは、よくあることである。それをできるだけ避けるために、決定した内容を書面にして確認したり、あるいはその話し合いの過程で、プロの通訳を雇ったりするのだと思うが、今回は双方ともどちらもしていないので、「言った」「言わない」に関しては、まったく水掛け論である。真に馬鹿馬鹿しい。もっと馬鹿馬鹿しいのは、私にまでとばっちりが来そうなこと。あちら様は「上司の指示とは言え、こんな失礼極まりないメールを作成した者の処分を要求する」とおっしゃっているのだが、その“失礼極まりないメールを作成した者”とは私のことである。そう言われて一体何が失礼だったのかと再度読み直してみたのだが、皆目見当がつかない。メールは単にAをする前に、Bをしてくださいと相手にお願いしているだけで、相手を非難したり、誹謗中傷したりしているわけではない。書き方が失礼? そうかなあ。私気づかずに失礼な日本語書いたのかなあ。
■ 今回の件とも微妙に関連しているが、“日本のことはよくわかっている”と豪語する外国人と日本人との間には、摩擦が生じやすいとはよく言われることである。なぜかというと、“日本のことはよくわかっている”と言う人は、だいたい “本当はよくわかっていない”人だからである。得意満面、“○○は××だよ”と言うのだが、それがだいたい外れている。言われた日本側の方は、的外れな言動に苦りきっていたり、呆れていたり。しかし面と向かって「それは違うよ」と言ってあげる親切な人はいないので、“よくわかっている”と思っている人は、いつまでも、いつまでも「自分は正しい」と思い続け、誤った認識で周囲に迷惑をかけ続けることになる。
■ 上記事態にも懲りず、来週また日本に行くらしい。これとそれとは別と言われればそのとおりだし、物を売りに行かなければ仕事にならないのだから仕方がないが、うんざり、げんなりに変わりはない。上司はさっき契約書にサインをもらいに、今回のクライアントのところへ出かけていった。うわさによると、今回の総勢は7名。(!) いったい、7人で日本に行って何するのさ? 順番に一言ずつ商品説明でもするのか? 売込みなんか、社長と財務担当がいりゃ充分と思うのは、わたしだけ?
それにしても、あと4日でどうやってアポ取りするのかな。どうやって資料翻訳するのかな。しーらないっと。(← といいつつ、ほんとは知ってる。どうせどちらも私がすることを。泣)

腰痛→エアマット

  • 2005/09/25 19:08
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■ 夫の腰痛が悪化。ベッドのマットレスが硬過ぎて、よけい腰に来ると言う。新しくもっと柔らかいマットレスを買おうかとも思ったのだが、その前に手持ちの来客用のエアーマットレスを試してみると言うので、二人がかりで膨らまして、もともとのマットレスの上に乗せてみる。普通の高さのベッドの上に、もう一段15センチの厚さのマットレスが乗ったかたちになっているので、ベッド面がやけに高く、ヘッドボードとのバランスも悪くて明らかにヘンなのだが、背に腹は代えられぬ。夕べから試し、今朝は「全然痛くなかった」とご機嫌で起きてきた。結構なことである。
しかしクレジットカードのポイントでもらったこのエアーマットレス、ふくらますための空気入れが足踏み式。子供用のプールをふくらます時のような、蛇腹型のポンプがひとつ付いているだけなので、150×190×15のクィーンサイズマットレスをふくらますためには、夫と私二人がかりで交替しながらやっても20分近くかかる。夜こんなに運動するとわかっていれば、昼間ジムで30分もトレッドミルやらなかったのに…。
■ 琴欧州が優勝を逃した。誠に残念。そしてあの朝青龍の“してやったり”といわんばかりの憎たらしい得意顔。ヒールの面目躍如。
■ 山本七平「日本はなぜ敗れるのか」(角川書店)読了。第9章の『生物として人間』が、私には一番おもしろかった。以下、同書より引用。
■ 人間とは生物である。そしてあらゆる生物は自己の生存のために、それぞれが置かれた環境において、その生存をかけて力いっぱい活動して生きている。人間とてその例外ではありえない。平和は、自分たち人間だけは例外であるかのような錯覚を抱かすが、それは錯覚に過ぎない。もちろんその錯覚を支えるため、あらゆる虚構の“理論”が組み立てられ、人びとはその空中楼閣を事実だと信じている。しかしその虚構は、「飢餓」という、人間が生物に過ぎないことを意識させる一撃で、一瞬のうちに消えてしまう。(p.228)
■ 人間という生物の社会機構の基本とは、実は、食物を各人に配給するということだ。−中略− つまるところは、人の口に食物を届けることが、社会機構の基本であって、是が逆転して機構のため食物が途絶すれば、その機構は一瞬で崩壊する ―― 資本主義体制であれ、社会主義体制であれ −後略−(同)
■ 一方では平気で「自然に帰れ」などといい、そしてそういうスローガンを掲げれば、本当に自然に帰れると思っているらしい。−中略− そしてそういうことをいう人の話を聞いていると、言っていることは結局、現代の資本主義的生産物の恩恵だけは十分に供与されながら、自然的環境の中で生活したい、簡単にいえば、自然的環境の中で冷暖房つきの家に住み、十分な食料と衣料がほしい、ということにすぎない。(p.236)

―― ことに3番目は耳が痛い。私も常日頃「自然の中で暮らしたい」と夢見るおばさんをやっているが、その“自然”はまさしく山本さんが上で痛烈に皮肉っている“自然”に過ぎない。
また私は人一倍食い意地が張っており、すぐに空腹を覚えるたちであるので、“お腹が空いた”状態を想像するだけで、たまらなくなる。そこには理性だの、なけなしの教育、教養だのが入り込む隙間はない。極限まで食べるものが無くなれば、私は間違いなく人肉でもなんでも平気で食べる。その時の私の頭には、空腹を満たすことしかないのは確実である。

シャワーヘッドから茶色い水・・・

  • 2005/09/24 20:01
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今朝シャワーを浴びていて、ふと下を見たら薄茶色の水がざーざー流れていた。
え? と思ってその水がどこから来てるのか、水源をたどると、
それは当然、シャワーヘッドから。
私はずっと気づかずに、この薄茶色の水でシャワーしていたわけである。とほほ…

このアパートに限らず、ご当地の住宅の水道から出てくる水は、大部分色付きである。新築の高級マンションなら、出来た当座は透明の水が出ているところもあるだろうが、普通の庶民が住むアパートでは、給水用のパイプが徹底的に錆びているのか、ほとんど常に水道水は色付きである。今まで3軒のアパートに住み、また時々は友達のところにも行ってみているが、状況はほぼ同じ。別に私が特別錆びやすいパイプを持ったアパートにばかり住んでいるわけではない。人がたくさん水を使う夕食時などは、時々透明に見える水が出ることもあるが、白い容器に溜めてみるとうっすら色がついているのがわかる。げんなりする。

昔、昔、日本で働いていた時も、社屋が古かったせいで、水道からは時々茶色い水が出ていた。同僚の男の子は「錆びは酸化鉄というミネラルだよ。つまりこの水道からは天然のミネラルウォーターが出てるんだ」と言いながら歯磨きしていたが、錆びはほんとにミネラルか?
たとえミネラル入りでも、私は色付きの水は飲みたくないので、当然、飲み水は蒸留水か(本物の)ミネラルウォーターにしているし、料理に使う水はブリタのフィルターポットでろ過してから、使っている。しかしさすがに、洗面所の水やシャワーの水、洗濯用の水まではろ過しておらず、したがってかなり頻繁に色付きの水をあびたり、色付きの水で洗濯したりすることになるのである。おかげで白いT シャツなどは、半年もたつとめっきり色がにごり、白だかうすーいベージュだか判然としないようなみじめな色になる。寿命半年。南無阿弥陀仏。チ−ン!

だから、水道管から透明な水が出てくる国にいくと、ほっとする。東京の水はまずいだの、何だの言われているが、それでも一応色のない水が出ているではないか。田舎にある実家の方は、なおさらである。渇水のとき、水源の湖に藻が大量発生し、やけに生臭いにおいのする水が出てきたこともあったが、それは特別な場合で、ふだん水道管から出てくるのは、透明でさほどまずくもない水である。洗濯物も色付きになったりはしない。今思うと、あれは偉大なことであった。お風呂の水も透明だったものねえ。今じゃバスソルトや、バブルバスで色をごまかさないと、お湯に浸かる気にもなれん。まったく、とほほほ…である。

今年は平成○○年?

  • 2005/09/23 16:00
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最近日本からの書類、あるいは日本語で書かれた書類を参照することが増え、元号から西暦への換算が面倒くさくて仕方ないので、自身と同僚のために元号→西暦換算表をつくった。いろんなウェブサイトに換算表は載っているのだが、縦長すぎてA4 1ページに入らなかったり、余分な年齢換算まで入っていて見づらかったりしたので、使いやすいシンプルなやつを自分で作った。

まったくどうして、日本の公文書というのは元号だけで年が表記されているのだろう? 1979年に制定された元号法自体には使用を義務付ける条文はないのだし、当時の大平正芳首相も「(元号の)使用についてこれを強制しようとするものでは決してない」(七九年四月十九日、衆院内閣委員会での大平首相答弁)と国会で再三言っていたような気がするのだが、どうやらその後日本政府の見解は、「元号は法律でもって政令により定める以上、国の機関としては特に理由のない限り元号を使用すべきことは当然であり、地方公共団体も国に準ずるものと考える」というように変化したらしい。というか、もともとそのつもりだったんだろうけど。
元号法制化が世間で騒がれていた当時、私は高校生だったので別に街頭で法制化に反対するビラ配りをしたりはしなかったが、生まれついての天邪鬼で、政府が国民に“強制”することは、みんな悪いことだと思っていたので、「なんでわざわざ“法制化”するわけ? 法で定めなければ残せない程度の“日本固有のうつくしい文化”なら、なくなったって別にかまわないじゃん? 使いたくない人/団体にまで強制的に使わせるのは、やめてよね」と考えていた。この考えは基本的に25年以上たった今でも変わらない。
私は別に元号を廃止しろと言っているわけではない。使いたい人/団体は使えばいい。私だってその方が情況をよく表せると思えば、こだわりなく使っている。ただその使用を強制しないでくれと言いたいのである。また書類では、ぜひ西暦と併記してくれと言いたいのである。書類は世界のどの国で利用されるか、わからないのだ。書類を作成した時点では日本国内での使用しか念頭に置いていなかったとしても、それが第三者の手に渡った時から、勝手にひょこひょこ動き始めて、いつのまにか飛行機に乗り、電話線だか光ケーブルだかに乗って、世界中に流れていくのである。そして流れていった先で「平成17年て、何年?」とか「生年月日、昭和46年て書いてあるけど、これって何年のことお?」と言われているのである。西暦と併記したからって、日本固有の文化や、日本国の威信が、がらがらと音を立てて崩れるわけではあるまい。
そりゃ世界にはイスラム暦もあるし、ユダヤ暦もあるし、エチオピア暦とか、佛暦とか、
身近では台湾は民国××年という年号を使っているのだから、日本が元号使って何が悪いという意見もあるが、何度も言うように私は元号の使用を止めましょうといっているわけではない。せめて西暦と併記しましょうと言っているのである。キリスト教国でもない日本が、キリスト暦とも言える西暦を併記するのは変? でも実際問題として、日本と経済的、文化的に交流がある国々で、西暦を知らない国というのはまずないのだから(今年が平成何年か知らない国は、掃いて捨てるほどあっても)、宗教問題はおいといて、プラクティカルに、事務的に使ったらいいんじゃないの? そういうの、だめですかね?

今日も勝ったぞ、琴欧州

  • 2005/09/22 22:34
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琴欧州が勝った。今日も勝った。12連勝である。夫がわざわざメールで知らせてきた。(この人は日本時間で6時を過ぎると、仕事中であるにもかかわらず毎日インターネットで結果をチェックしているらしい。番付やら相撲用語についても私より詳しいし、変な外人だ…)
そして明日は朝青龍戦である。別に私は特に琴欧州のファンだというわけではないし、第一あの顔立ちは力士にしてはハンサム過ぎで、わたしの好みではないが、小結でしかない力士が力をつけて、怒涛のように勝ち進んでいくのを見るのは気持ちがいい。明日も勝つのだ、琴欧州! 先場所同様、上手投げで朝青龍を投げ飛ばすのだ! そしてそのまま一気に、優勝になだれ込もう!!

ご贔屓のヒール、朝青龍が負けるのが嬉しいわけではないが、今場所はやはり琴欧州に花を持たせたい。いくら好きな力士でも、横綱が順当に勝つのは当たり前すぎて面白さに欠ける。予想もしなかった下位の力士が番狂わせで勝つから、面白いのである。相撲人気が低下している現在、何か目玉がなくちゃね。
明日は懸賞がいっぱいつくんだろうなあ。ライブで見たいなあ。時差が逆なら見られるんだけどなあ。



化粧回しが“明治ブルガリアヨーグルト”っていうのも、なんだか…


さっき琴欧州の顔立ちは好みではないと書いたが、じゃあ私好みの顔立ちはと言うと、なんと言っても高見盛である。成績はどうもいつも今ひとつだが、あの気合の入れ方と、思わず微笑を誘う天性の愛らしい顔立ちは、それを補って余りある。ほらね、太刀持ちしてても愛らしさがにじむでしょ? 隣に立つヒール、朝青龍も心配そう。なんたって相撲界のロボコップですからねえ。



この化粧回しの絵柄もなかなか…


13億も人間がいれば

  • 2005/09/21 17:35
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またまた、中国語のなまりのお話。最近、こんなのばっかりですみません。
何しろ仕事柄なまった中国語に接することが多く、それが面白くて仕方がないもので…(← 言い訳)

今日は昼休み、ある会社のプレゼンテーションに出席した。
中国国内の会社なので、取締役各氏のスピーチはすべて普通話で行われたのだが、
その各人のなまり方の程度が、数字で表すと0から5くらいまで、
きれいに分散していたのが、とても面白かった。
正直、スピーチの内容そのものより、なまり方のくせに耳をそばだててしまい
お昼をごちそうしてくださった同社の方には、大変申し訳ないことをした。

一番なまっていたのは、香港出身と思われる財務担当氏。
一生懸命普通話で話そうとしているのは好感が持てるのだが、いかんせん広東語の影響が強すぎて、標準的な普通話発音とはとても言えない。
何しろ“百分之××”(××%)が、“bai fen zhi ××”ではなく、“bak fen ji ××”と聞こえるのだから。百と“bak”と発音するのは、広東語だぞー。ま、出席者の大部分は香港人だから、広東語風発音になっていても、たぶん誰も困らないけどね。

次になまっていたのは、上海あたりのご出身かと思われる某取締役氏。南方なまりの面目躍如。捲舌音はないし、定番“shi”の“si”への変化はもちろんだし、ほんとあまりに典型的で、返って感心してしまう。

もうお一人の方も同じようななまり方だが、程度が軽くほとんど標準的。
次の方は、これは明らかに北方出身か、あるいは自身で矯正に努めたかで、なまりまったくなし。惚れ惚れするような、きれいな普通話。といっても中央電子台のアナウンサー諸氏ほどの硬質さではなく、ふつうの人がふつうにしゃべっている暖かさがあって、私はこういう話し方が一番好きである。
最後にまとめで挨拶した同社社長氏は、ちょっと昔の地方党幹部みたいな話し方。昔、中国の工場の宴会に招かれていくと、だいたい会の初めにその鎮の党幹部のあいさつがあって、みなマイクの音量いっぱいに声を張り上げて、まるで何かの大会の勝利宣言か何かのような、力強い挨拶を下さったものだけど、この社長氏のスピーチはそれをもう少し洗練させて、都会的にしたような感じ。しかしやっぱり一言一言に力が入っている。これで語尾にだけ力が入ると、日本の左翼の街頭演説、学生運動が盛んだった頃によく聞かれた「われわれわあ、だんこ、たたかうことを…」といった演説になるのだが、中国語で語尾に力を入れるのはちょっと難しいかも。

とまあ、こんなふうに中国のさまざまななまりに接していると、その昔中国の某大学で勉強していた頃、標準普通話を教えるはずの先生方すらかなりなまっているのに学生が腹を立て、「我々は初学者だ。学習の初めからこんななまった先生に教えられたのでは、標準発音が覚えられない」と教務課に食ってかかった時、我々が所属していた学部の主任教授にあたる人が「中国人の大部分はなまった普通話を話しているのだ。みなさんは最初から、いろいろな中国語に接した方がよい」と答え、大部分の学生は − その主任教授がおべっか遣いの嫌な奴だったこともあって − 「そんなの言い訳にもならない!!」といっそう怒ったものだったが、今になってみるとこの主任教授の言ったことはある程度正しかったとわかる。ほーんと、TV、ラジオや学習テープで聞くような、標準的なきれいな普通話を話しているのは、中国東北部の人たちか、あるいは一定以上の教育を受けた知識人層だけである。南方に住んでいるせいもあり、わたしのまわりなんて、私自身を含め、みーんななまっている。でも、何とか通じている。13億も人間がいれば、それでいいのかもしれぬ。

山東人が普通話を話すと・・・

  • 2005/09/20 22:24
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山東省のおじさん2人と5日間共に過ごしたおかげで、山東人が普通話を話す時のなまり方の規則性(?)を発見した。
以下、私の発見をちょこっと書いてみますが、何しろ聞き取り対象がたかだか二人だけですし、話題も限られておりましたので、学問的には何の価値もないどころか、大いに間違っている可能性もあります。そのへん留意の上、お読みいただければ幸甚。また中国語にご興味のない方には余り面白くないと思うので、そういう方は適当に飛ばし読みしてください。では。

まず気づいたのは、ピンインでいうところの“j”の音。99年と言うとき、おじさんAは標準発音の“jiu jiu nian”ではなく“kiu kiu nian”と発音する。カタカナ表記すると、 “キウキウ ニエン”。まるで日本語みたい。また“q”も“k”っぽくなる。もともと“q”は“j”の有気音なのだから、当然と言えば当然だが、したがって“去年”は“qu nian
”ではなく、“ku nian”と聞こえる。“企業”の“qi ye”は“ki ye”。この“j”あるいは“q”から“k”への変化は、比較的わかりやすかったし、もともと普通話の中には“き”と聞こえるような音はないので、そんな音が耳に入ってくれば、すぐなまっているとわかり、頭の中で変換して本来の音に戻し、単語を推測できる。たとえば“shengchan kidi”は“shengchan jidi = 生産基地”だと、1秒後くらいに変換可能だから、なんとか話についていける。困るのは普通話の中にもありえる音に変化する場合である。たとえば“r”の“y”への変化。中国の保険会社で“中国人寿”という会社があるのだが、これを“zhongguo yinshou”と発音された時には、つい頭の中で“中国銀售”と変換してしまい、「は、そんな会社あったっけ? 何屋だ一体?」と頭が霧に包まれた。この音変化には同席していた上海人もとまどい、「是什麼公司?(それ何の会社?)」と聞き返していたので、“yinshou”と聞こえたのは、私の聞き取り能力の不足によるものではないと思う。また“riben 日本”も“yiben”風な音になっていた。この“r”の“y”への変化は広東語にも少しあり、“日”は“yat”、“人=ren”は“yan”になる。もっとも広東語の場合には母音の方も変化するので、“r”の“y”への変化を当てはめて元の音を推測しようとしても、そんなに簡単にはいかないが。その点では、山東なまりの方がましか。
そしてもうひとつ、これははっきりそうだとは言い切れないが、どうも捲舌音がはっきり発音されていないような気がする。“shi”が“si”になってしまうのは、上海以南の南方なまりにはよくあることで、珍しくも何ともないが、山東方言にも捲舌音はないのだろうか。その割には名詞語尾の“r化”は結構目だち、ことにおじさんAとおじさんBが二人でしゃべっている時には、盛んにレロレロしていた。私は「まるで北京のタクシードライバーみたいだあ」と車の後部座席で交わされる会話を聞いていたが、おじさん二人が遠慮のない山東なまりで話す時の会話は理解不能。中国語っぽく聞こえ、ときどき単語の切れ端が耳にひっかかるだけで、あとは空白。何が話題になっているんだが、てんで見当がつかない。これは香港人の上司殿も同じで「二人で話してる時は、何言ってるのか全然わからない」と言っていた。さもありなん。香港人にとって、普通話は外国語みたいなものだし。
で、この捲舌音が余りはっきり聞こえず、“r”が“y”へ変化するとどうなるか。このおじさん二人の日本での取引先には、日本の飲料メーカーが含まれているのだが、その中の1社の名前がどうしても判然としない。聞こえた発音をそのまま書くと“jiaoyi”。声調は1声+4声である。この音でまず浮かぶのは“交易”。しかし日本にそんな名前の飲料メーカーは(たぶん)ない。じゃあ、どこか? おじさんたちが他に挙げているのは、カ○メ、グ○コ、サン○リーと言った一流どころ。日本を離れて10年以上もたつと、最近の飲料業界の動向などはとんとわからない。今、人気のあるのはなんていうメーカーだろう? キリン、ポッカ、森永、雪印、ネスレに札幌、カルピス、UCC、伊藤園、とあれこれさんざん考えるが、“jiaoyi”に相当しそうな会社名は浮かばない。浮かばないので仕方ない、その部分はすっと飛ばして通訳した。上位4社の名前を挙げておけば、1社くらい欠けてもなんてことはあるまい。(←相当いいかげん。反省。ただしこういうことは、事前に通訳者に資料を渡しておけば防げます。並みの良心のある通訳者なら、いくら臨時の素人でも普通は資料を読み込みますから。ま、一番いいのは実力あるプロに頼むことですが、その場合でも資料はちゃんと事前に渡しましょう。それが結局は依頼者の利益になるのです)
その後話題は他に飛んでしまい、改めておじさん二人に聞くこともなかったが、最終日成田で別れたあともどうも気になって、うろうろと免税店をひやかしながら「さて、どこだろう?」と考え続けていた。華やかな免税店を過ぎると、ゲート近くにはもう雑多な品物を少しずつ並べた小さい売店しかない。菓子やお土産、飲み物などを売っている。ふと冷蔵ケースを見ると、あるメーカーのビールが。それを見た瞬間、頭の中でスイッチが弾け、「あー! わかったあ、これだ !!」と天からの啓示のようにひらめいた。それは、何を隠そう天下の朝日ビール。そうです。“jiaoyi”は“朝日”だったのです。本来なら捲舌音つきで“zhaori”と発音されるべき“朝日”が“jiaoyi”になってしまっていたため、「そんな会社あったっけ?」と言われるような会社名になってしまっていたのです。かわいそうな朝日。本来ならキリンやらサントリーが出てきた段階で、清涼飲料メーカーだけではなく、ビールメーカーも考えるべきだったのだが、勘が働かない時はそんなもの。いずれにしても今回が非常に印象的だったので、今後はどんな音で現れても“朝日”を忘れることはあるまい。ごめんね、朝日ビールさん。

話を山東なまりに戻すと、このおじさんたちは、時々声調も変化していた。一番目立ったのは“銀座”という地名を発音した時。“yinzuo”という音自体は正しいのだが、本来2声+4声の声調が、4声+4声になっていた。それじゃまるで“印座”か“胤座”みたいなんですけど。ま、ちょうど銀座を通り抜けようとしていた時だから、すぐに“銀座”のことだってわかったけど、やっぱりちょっと変かも。と偉そうに言う資格は、実は私にはない。私も声調を間違える名人だからである。

とまあ、少しのネタで長々書きましたが、もし山東なまりにお詳しい方がいらっしゃいましたら、ぜひメールにて「それは違います」とご指導くださいますよう。どうぞよろしくお願い申し上げます。

“あたい”はいつ消えた

  • 2005/09/19 22:02
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「カルメン故郷に帰る」
ずっと気になっていた映画だった。その映画が、JALの機内プログラムにあるのを見た時、「これを見ずして何とする」と普通なら必死で、あるいはいやいや仕事の資料の再読や確認で過ごす行きのフライトを、この映画鑑賞に充てた。機内放送で時々中断されるので、繰り返して2回見た。

この映画はいわずと知れた高峰秀子さん主演の、日本初の総天然色映画。昭和20年代の浅間山麓の村を舞台に、東京から帰って来たストリッパーのリリイ・カルメンことおきんちゃん(高峰秀子さん)と、その友達のマヤ・朱実さん(小林トシ子さん)が、村では浮きっぱなしの、目にもあでやか、ど派手な衣装をまとった姿で、どたばたを繰り広げる。少し頭の足りないおきんちゃんと朱実さんは、自分たちがやっているストリップを立派な芸術だと思っていて、「芸術家は孤独ねー」と嘆息したり「芸術をいかに表現するか」で悩んだりもするが、根は気のよい二人のこと。いろいろ騒動を起こしながらも、最後にはみんなに見送られ、東京へ帰っていく。舞台で裸なんか見せているおきんちゃんのことを恥ずかしがっていたおとっつあんも、心の底ではおきんちゃんのことをかわいく思っていて、彼女をかばい、彼女が贈ったお金を学校に寄付して「何かの役にたててくれ」と言う。というような登場人物全員が気のいい善人の、ほのぼのと心温まるコメディなのだが、ひとつ気になったのは、おきんちゃんと朱実さんの言葉遣い。
役柄がストリッパーだからなのか、彼女たちの言葉遣いは極めて乱暴で、若い娘というよりは中学生くらいの男の子のようである。そして彼女たちは自分のことを“あたい”と言うのだけれど、これって当時(昭和20年代)の若い女の子はふつうに使ってたのだろうか? 確かに私が子供の頃(昭和30年代)も“あたい”という言い方はあり、私自身幼稚園の頃は自分をそう呼んでいた記憶もかすかにある。しかし小学校に入ることには、“あたい”は徐々に消えて、みな“あたし”になってしまい、それからはるかに長い年月を経て就職すると、今度は公式の一人称は“わたし”もしくは“わたくし”になってしまった。以来“あたい”という一人称を日常生活で聞いたことは、まったくない。さっきネットもあたってみたが、冗談半分あるいはある種のニュアンスを付与するために、サイトで“あたい”という一人称を使っている人はいるようだが、この人たちとて日常生活で自身のことを“あたい”と呼んでいるわけではあるまい。とすると、“あたい”は昭和30年代を境に消えてしまったのだろうか。一応手持ちの「江戸語・東京語・日本語」(水原明人 講談社新書)はあたってみたが、教科書でどんな呼称が使われていたかという一覧表はあったものの、日常の話し言葉の中での変化には言及されておらず、したがって不明。どなたかよい資料をご存知の方がいらしたら、お教えいただきたいものである。

アメ横って、面白いとこだったのね

  • 2005/09/18 12:55
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土曜日、日本から帰って来た。
台風の影響で成田出発が遅れたため、家に着いたのは12時過ぎだった。
上司とお客様に引きずられて秋葉原や上野を半日歩き回った後だったので、
夜中(日本時間なら深夜1時過ぎ)到着は、さすがに少々堪えたが、
いやいや行ったアメ横が予想外に面白かったし、出張では初めてのJALで、
日本映画と落語を満喫できて、まあまあご機嫌。
おまけに向こう3週間は出張の予定が全然ないし、月曜は中秋節の振替で休みだし、
久しぶりにのんびりとした普通の生活を送れそうである。

アメ横がなぜ面白かったかと言うと、日本に行った時、私が行きたいと思うのは、
1に本屋、2にドラッグストア、3にスーパーマーケットだからである。
しかし、ふつう出張で泊まるホテルのそばに本屋やドラッグストアはあっても
スーパーはない。あれは通常、住宅街近くにあるもので、都心のオフィス街には
コンビニはあっても、さまざまな食品があでやかに妍を競い、ついでに“本日のお買い得品”やら“100均”コーナーなどがにぎやかに客を呼び込んでいる、生き生きと活気のあるスーパーマーケットはないのである。仕事で来ているのだから仕方がないとは言え、スーパーをうろうろするのが大好きな私は、それが非常に残念だった。
ところが、上司に連れられていやいやアメ横に行ってみると、なんとここは巨大なスーパーマーケットみたいなものではないか。1皿や1袋の量がやけに多いことを除けば、そして生鮮野菜があまりないことを除けば、その品数の豊富さは私を目移りさせるに十分。
「あっ、シラスだ! わあ、もう随分長い間食べてないなあ。炊きたてのご飯にのせて食べたらおいしいだろうなあ。大根おろしとシラスもいいなあ」「おお、隣にはちりめんも!」「辛子明太だ! あんなにいっぱいあって500円?」「かますの干物! なんという色艶!」 やたら感嘆符が飛び、視線が魚介に集中しているのは、菜食の夫につきあって、普段この手のものを食べていないせいである。あれもこれも欲しくて、おいしそうで、目移りしてしまって、しかしこれから12時間近く25度以上の気温の中を持ち歩くことを考えると、欲しいからと言ってうかつに手を出すわけにもいかず、後ろ髪を目いっぱい引かれつつ買わずに歩き去るのは、実に苦しかった。今でも発砲スチロールの皿に、しっとりと白く盛られたシラスが目の前にちらつく。悲しいかな、我が食い意地。
同行のお客様は、楽しそうに海苔やら菓子やらを買っている。そんなものは今時中国国内でも十分買えるものだとは思うが、旅先での買物は買うこと自体が楽しいのだから、つまらない差し出口をして、わざわざ興をそぐことはあるまい。私も「これなら腐らない」と、乾燥いちじくと乾燥ブルーベリー、カットわかめ、和風ドレッシングを買った。カットわかめはよく見ると“Made in China”だったりするのだが、たとえ中国で作っていても、私が住んでいるところでは1袋105円では買えないのだから、いいのである。ご当地では普通この3倍程度の値段で売られている。なんで? ドレッシングも、ご当地で買うと普通のサイズが20元から40元と、アメ横価格の2−3倍である。思いがけず欲しいものを手ごろな値段で買えた嬉しさで、私はほくほくそわそわ。「今までは時間が空くと銀座にでかけ、教文館や伊東屋をうろうろしていたが、これからは銀座はやめてアメ横にしようか」と本気で思った。本も文房具も好きだが、食べ物も同じくらい好きである。シラスが私を呼んでいる、かもしれない。

上司殿は果物屋で箱入りの巨峰を5箱も買っている。「1箱800円は安いです」と感動のようす。この方はその昔苦学生であった頃、アメ横の魚屋でバイトをしていたことがあり、“アメ横には詳しい”(本人談)方である。ひょいと横丁に入り、演歌専門の小さなCDショップで、「今流れているこの歌は何ですか」と私に訊かせて、その歌入りのCDを買った。店の表に飾ってあったポスターと歌詞を指差して、「この前来た時は、このCDを買いました。内容がすごくいいです」と感服した様子で言うのだが、私が歌詞を読んだ限りでは、「苦労に耐えてこそ人生の花が咲く」と説く、限りなく陳腐でありきたりの定番人生演歌にしか思えなかったのだが、外国語(上司にとっては)で聞くと、陳腐も陳腐に聞こえないのかも知れぬ。ま、私も日本語にすると恥ずかしくて背中がむずむずしてしまうであろう、ポルトガル語の歌にかんどーしているのだから、お互い様だが…

ちなみに上司殿は、5箱買った巨峰のうち1箱を私に下さった。極力辞退したのだが、是非にと言ってくださった。私は困った。巨峰が嫌いなわけではないが、スーツケースはすでにパッキングが済み、空きスペースはない。乾燥いちじくとブルーベリー、カットわかめくらいは平たく乗せられるが、巨峰の箱が入る隙間があるとは思えない。正直迷惑なんですけど、と内心ぶつぶつ。案の定空港に着くと、三連休初日でいつも以上にごった返しており、スーツケースと重いA4の書類バッグ、+巨峰の箱で、両手が荷物でふさがった私は、その人ごみを縫って歩くこともままならず、不便この上ない。巨峰をくれた上司を大いに呪った。あんまり動きづらいので、チェックインした後、空いているトイレを探して、スーツケースのパッキングを一からやり直し、なんとか巨峰の箱をスーツケースに詰め込んだ。
上司殿は本当に親切ではあるのだが、どうもその親切が今ひとつ感謝されにくい親切であることが多いような気がする。それとも私が素直に喜ぶ感謝の念に欠けているのか。さて、どっちかな。

なるほど、これが・・・

  • 2005/09/12 22:51
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今朝のNHKニュースを見て、唖然。
なるほど、これが日本の皆様のお気持ち、および御意見ですか。

選挙登録もしていない私に、何のかんの言う権利はないが
それでも余りな結果に愕然である。
まるで私の田舎の選挙を見るよう。
普段はああだ、こうだ、時の政治に対し不満を言うくせに
いざ選挙となると相も変わらず自民党に入れる。
知らない悪魔より、知ってる悪魔の方がましと言うことか。

それに、いろいろなブログを渡り歩いて見ると
今回の選挙結果に満足至極な方もいるようで
(そりゃそうだよね、あれだけ支持を得たんだから)
民主党は売国奴とののしられていた。
私は別に民主党の支持者ではないが、このブログ作者の
私とはまったく違う見方、考え方が面白かったので
常にチェックできるように、ブラウザのお気に入りに追加させていただいた。いつもいつも自分と同意見、同傾向の人のブログばかり読んで、「そうだ、そうだあ!」とうなづいてばかりいると、ものを考えなくなってしまうから、たまにはこういう、私にとっては腹立たしく、怒りをかき立てられるブログも読まないと…。

ちなみに明日からまた出張。
ライオンキングが目を細めて笑う国に、お出かけである。
今日、上司殿は私に「loutraさん、もしかしてタクシーに乗る回数より、
飛行機に乗る回数の方が多いんじゃない?」と言ったが、
もしかしたら本当にそうかも。
少なくとも過去1年なら、明らかにタクシーに乗った回数より、飛行機に乗った回数の方が多い。
こんなに乗ってると、そのうち落ちるよなあ、確率から言って。
死後の事務指示書でも書いておいた方がいいかしらん。

在住11年目にして

  • 2005/09/11 22:26
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金曜日、1年ぶりに髪を切った。10センチくらい切った。
すごおく、さっぱりした。

中途半端なくせ毛がいやで、この4−5年はずっと“負離子”と呼ばれる縮毛矯正のパーマをかけていたのだが、さすがに厭きたし、第一度重なるパーマで髪の毛ばりばり。一見ストレートなのだが、その実ブラシもまともに通らない髪に成り果てた。
ために観念して先月は負離子を止め、ゆるいウェーブのパーマにしてもらったのだが、結果はますます重さが増しただけ。切ろうかと思ったが、私がふだん行っているのは、安さだけが取り得の技術も何もない美容室である。まっすぐストレートにしている分には、カットの技術など要らないからそれで済んでいたのだが、ウェーブのついた髪を切るとなると、そこでは危ない。
意思の疎通の問題もある。日本で、日本語で話しても、自分のイメージどおりの髪型になるとは限らないのに、ご当地の美容室の第一言語は私の苦手な広東語である。英語が通じたり、日本人の美容師がいたりするサロンは私の予算を大幅に超える。第一、日本人だからうまいとは限らない。大枚はたいて不本意な髪型になったのでは、目も当てられない。「まったく、どうすりゃいいのさ?」といい加減うんざりし、思案にくれていたところ、先日いっしょに煙台に行ったお客様のひとりが、それならと美容室を紹介してくれた。その人のヘアスタイルが素敵だったので、どこに行っているのか尋ねたところ、快く教えてくれたのだが、実際にその美容室に行ってみて、久しぶりに、というかご当地に来て初めて、心からリラックスして髪を切ってもらうことができた。

そもそもたたずまいがいい。表通りからちょっと入った袋小路の中ほどにあるサロンは、中はゆったりと広いのだが派手な看板もなく、うるさいポスターもない。掃除も行き届き、タオルも清潔。そんなの当たり前でしょう? とお思いになるかもしれないが、そうでない店も多いのである。
そして彼女おすすめの美容師S氏は、40代後半と思われる穏やかな笑顔の人で、その押し付けがましさのまったくない笑顔を見ただけで、ほっと安心してしまった。しかも話す口調も非常に静か。広東語をこんなに静かに話す男の人は、初めてである。私が心中密かに尊敬し、お会いするたびに嬉しくて心の中でしっぽをぱたぱた振っている某証券のアナリスト、Y氏が北京語を話す時の口調と同じ。落ち着いた穏やかさは人をリラックスさせる。若くないのもいい。私は別に最先端の超トレンディな髪型にしたいわけではないのだ。確かな技術で、出張先でもさっとまとまる、手のかからない、こぎれいな髪型にしてもらえれば、それで十分なのである。
彼を見て安心したので、くだくだしい説明はせず、負離子をやりすぎて髪が非常に傷んでいることと、切りたい長さだけを伝えてあとはおまかせ。彼も、じゃこのくらい切って、最終的にこういうラインにしましょうと言っただけで、あとは丁寧だが手際のよい速さで、さっさと切っていく。気持ちがいい。
ふと気づくと、サロンの鏡と照明には何か細工でもあるのか、鏡に映る私はとんでもなく美人である。一時の魔法、気の迷いとわかっていても、ついにやにやしてしまう。「うーん、いい気分」と思っているうちに髪は10センチ以上短くなり、ブローも済んで、数段軽やかになった。切る前のうっとうしさが、嘘のようである。
しかもお会計は予想よりずっとリーズナブル。大いに満足したので、チップを弾んでしまった。

うちに帰ってみると、サロンの鏡で見た絶世の美人はいなくなっていたが、髪の軽さはそのまま。在住11年目でやっと気に入ったサロンを見つけた嬉しさもそのままで、ついうっかり夫にも「Sさん上手だよ、紹介しようか」と言ってしまったが、彼はいや、いいと言った。うちから遠いし、第一切るほど髪はないという。言われてみればその通り。彼の髪は後頭部にかろうじて残っているだけである。このちょぼちょぼ残ってるだけの髪のために地下鉄+路面電車で1時間近くかかるところへ行くのは、確かに遠いかも。横丁の上海理髪屋で十分か。切るとこ、あんまりないもんね。

いつか来た道

  • 2005/09/10 12:25
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サーフィンしていて、下記サイトに遭遇。

http://blog.livedoor.jp/safe_food_of_asia/archives/50010839.html

サイトの意図は、こうした有害危険な中国産食品に気をつけましょう、ということだと思うが、その意図に反して私が思い出してしまったのは、私が小学生の頃の日本だ。
当時、60年代後半から70年代は日本各地で発生した、あるいは発生しているさまざまな公害や、増加した交通量に追いつかない道路事情がもたらした交通事故の多発(“交通戦争”という言葉もありました)が、新聞、TVで連日放送されていた。
70年代以降に生まれた人たちには、当然こうした報道に関する記憶はないと思うが、今40代以上の方々、覚えていらっしゃいませんか? 水俣病、阿賀野川有機水銀中毒(新潟水俣病)、イタイイタイ病(富山県神通川流域)、四日市喘息、光化学スモッグ等々。いま子ども向けお勉強サイトで“歴史に残る”とされている公害だけでも、これだけある。報道されないような小さな被害は、それこそ日本各地で頻繁に発生していたと考えても、あながち間違いではないだろう。他にも公害ではないかもしれないが、カネミ油症事件(68年、福岡、長崎を中心とする西日本一帯)もあるし、ちょっと古いが森永砒素ミルク事件(55年〜)もある。サリドマイドもある。近いところでは薬害エイズもある。みんな日本で起こったことである。
今日本は環境対策先進国みたいな顔をしているが、たかだか30年前は政府も民間も利益優先、経済成長を急ぐ余り、数々の公害を垂れ流していたのだ。私は12歳の頃、10年後日本には青い空がなくなるのではないかと、半ば本気で心配していた。当時そういう文章を書いたから、よく覚えている。
幸い、日本はその後環境対策に少し本気で取り組み始め、また企業も、“適切な公害対策を行わなかったために生じた被害に係る経費は、公害防止対策を講じて被害を防止した場合の費用よりもはるかに大きくなる”ことがある程度明白になったため、公害防止策を講じるようになり、そのおかげで私が22歳になった時も空は依然青かったが、それまでは汚染物質は垂れ流し状態だったし、被害が発覚しても知らぬ、存ぜぬで通していた。(今でも、元凶と推定される企業は、発覚段階では、ウチは関係ない、あるいは知らなかったと言うのが常である。または証拠隠滅を図るとか。雪印の事件は記憶に新しい)
ついでに言えば、着色緑化は日本でもやっていた。どこの業者だか知らないが、うちの近所の造成地の斜面を、それこそ雑草すら生えていない斜面を、緑色の塗料で“緑化”していた。それを見た当時の担任が、「恥を知れ」とばかりに憤激していたので、その斜面の光景は今でも記憶に残っている。

だから、今中国各地で汚染が深刻さを増し、食品の安全性もまったく信用できないからと言って、“中国だから、あるいは共産党独裁だから、こうなる”などと考えない方がよいのではないか。なにしろ30年前の日本は、ほぼ同じ状態にあったのだ。程度が違う、規模が違うという意見はあるだろう。だが、もともと中国は日本の26倍の国土と、10倍の人口を抱えているのである。公害の発生数と規模が数段大きくなるのも、故ないことではない。

とは言うものの、実際に中国の一地方に暮らす身として、中国製に限らず、どこ製であっても、汚染加工食品や農薬付け野菜を食べたいとか、食べてもいいとか思っているわけではない。ご当地の市場で産地が明記されていることはまれだから、これなら安全と確信できるものはほとんどないし、真面目な話、大陸製の農薬付け野菜である可能性は大いにあるのだ。菜食主義者を家族に持つ身としては、甚だ困る。いくらジンセイの半ばを過ぎた中年二人組とはいえ、残りのジンセイを病気で苦しみながら過ごすのはいやである。小さな子どもを抱えた人は、もっと深刻だろう。誰が愛するかわいい子どもたちに、障害や体調不良に悩まされる生活を味あわせたいと思うだろうか。

高級スーパーには、市場の野菜の数倍の値段をつけられた有機野菜が並んでいるが、これも果たして本当に有機栽培なのか、どうもいまひとつ信用できない。一番安心なのは、私の両親が老後の楽しみに作っている畑の野菜だが、さすがに日本から宅配便というわけにはいかない。さてさて、どうしたものか。明日は日曜日、恒例の市場通いの日である。

呆れ果て、最後に笑い出す

  • 2005/09/09 17:06
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信じられない展開である。この1ヶ月、私と上司が日本と当地を行ったり来たりしていたのは、主として日本事務所開設のためだったのであるが、そしてそのために日本側での世話人を頼んだり、事務所の候補地を見に行ったりしたのであるが、今日になってCOOは「事務所出さなくても、いいんじゃない?」などと言い出した。本気か、COO? 上司殿によるとCOOがそう言い出したのは、新聞で同業界の某社が日本支社なしでウチが進めようとしているような商売の展開に成功した、と読んだためらしいのだが、そんなことくらいで、簡単に動揺しないでくれ。
第一、同業界とは言え新聞に載った某社は、ウチとは段違いの規模および知名度である。日本でほとんど認知されておらず、事務所もろくに借りられないウチと、名前を言っただけで相手の態度が変わる某社とをいっしょにして、どうする? ウチのCOOは、ウチの知名度を買いかぶりすぎではないか? それに事務所を出すにあたっては、綿密な実現可能性、採算性を調査検討したのではないのか? それでもあえて「出す」と決めたのではないのか? それとも単なる思いつき、瓢箪から駒と言うか、冗談から駒の日本事務所開設なのか? 別件でCOOが日本に行ったのが、7月末。その時COOが冗談のような口調で、うちも日本に事務所を出そうかと言ったのは、覚えている。どうせ出すならヒルズあたりがいい、と同行していた知り合いに笑いながら言っていたのも、覚えている。でその後、私がカナダでの休暇を終えて帰ってくると、その週に第二回目の日本行きがすでに決まっていた。この間約2週間。超人的な専門家が担当したのであったとしても、慎重かつ綿密な実現可能性、採算性に関する調査検討が行えたとはとても思えない短さである。少なくとも、上司殿はやっていない。第一、上司殿は綿密とか緻密とか慎重とかとは、まったく正反対の思考、行動パターンを持つお方である。この方の持ち味は、ノリ、勢い、後先考えない大胆さにある。何かを、よーーく考えたり、じーーーっと考えたり、辛気臭くあれこれ分析したりは、絶対、しない。彼はそんな自らのnatureに反するようなことは、しようったってできない。(私は敢えて断言する) とすると、誰がやったか? 察するところ、誰もやっていない。COOが「支社出そう」と言い、その言葉に応えて上司殿が後先考えず日本の知人に相談し、その知人が世話人を紹介し、と進んだのに違いない。

まったくもって、やれやれである。この2週間、つまらない書類を英訳したり、日訳したり、日本側世話人に、いい加減だの、手順がなってないだの、怒鳴られていたのは何のためだ? 世話人が怒鳴るのも、もっともだよ。私だっていい加減だと思うもの。

これでホントに計画が頓挫したら、いい面の皮なのは日本側世話人である。さんざん無償で動いた挙句、やっと報酬がもらえるかと言うところで、あっけなく「やーめた!」と言われるのだから。
私も呆れたあまり怒るエネルギーもなくなって、最後には笑い出してしまった。ばかばかしくて、話にならない。

と言うわけで、みなさん。中国企業には気をつけましょう。日本の常識で考えてると、えらい目に会います。全部が全部そうだとは言いませんが、確率は高いです。

しかしこの話にはもうひとつオマケがある。COOの逡巡に戸惑った上司殿は、このまま計画を進めるべきか(その際、リスクを背負うのは上司殿である)、それとも日本側世話人から商売関係停止、終生絶交を言い渡されるのを覚悟で中止を決めるか、大いに思い悩み、思い悩んだ挙句どうしたかと言うと、奥さんと共に黄大仙に行くことにしたのである。黄大仙というのは、ご当地で最も有名な道教寺院で、その回りには100人を超える占い師が各種占いを提供している。上司殿はここにご相談に行かれるのである。
ああ、もう、好きにしてくれ。占いで事務所出す、出さないと決めるとは、ウチはいったい何の会社だ?

ばかは、ばかなりに

  • 2005/09/08 20:33
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日本で小谷野敦氏の「バカのための読書術」を買い、帰りの飛行機で読んだ。
いやあ、面白かった。飛行機の中でくすくす笑いを止められず、ひとりにやにやしてしまった。この人の文章はさりげなくおかしい。

私は昭和30年代生まれであるから、「ゆとり教育」ではない、古典的詰め込み教育を受けたはずで、したがって資質が同じなら「ゆとり教育」を受けた人たちよりは、知識量ではましに仕上がっていて然るべきなのであるが、そこはそれ、結果は必ずしも理論どおりにはいかず、たいした仕上がりにはならなかった。
思考するにせよ、議論するにせよ、その基礎には‘知識’というやつが必要であり、これがないと思考しようにも思考できず、議論しようにも議論にならぬ。
物知らず同士が物知らずのまま行う議論は、パーツ不足のまま積み木の城を作るが如し。どう組み立てようと穴開きだらけで積み上げられず、途中でがらがらと崩れるのがオチである。

それがわかっているから、折にふれ「勉強しなくては」と思うのだが、これがまたバカな頭脳がバカである本領を発揮して、一向頭に入らず、たまに入ったかと思うと、すぐ出て行く。しかも最近、その出て行き方が早い。私の頭はトランジットに寄っただけの空港並み。なかなか知識様が末永く居座ってくれる終の棲家とはならない。遺憾である。
小谷野氏のおすすめに従って、司馬遼太郎でも読んでみようかしら。何しろ今まではおっさんの読むものだと思っていて、手に取ったことすらないからなあ。ついでに小倉千加子さんの「セックス神話解体新書」も、行ってみようか。
あれこれ読みたい本がある時は、しあわせな時である。

電子辞書 買っちゃった

  • 2005/09/07 22:00
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10時過ぎ、帰宅。
2泊3日で、大したスケジュールではないとは言え
移動ばかりしていると、何だか疲れる。

それでも昨日は予定よりずっと早く仕事が終わったので
「今しかない!」と有楽町駅前のビックカメラまで走り、
前から欲しかったセイコーインスツルの電子辞書SR-V7130を
買った。
“欲しかった”とは言うものの、店頭で4万円近い値段を見たときには
さすがに「果たしてそれだけの価値があるのか?」といささか逡巡したが
出張のたびに小型版とは言え英和と和英、日中と中日、
ついでにビジネス中国語辞典を持ち歩くのはさすがに重く
それが14センチ×9.4センチ、220gに収まるのなら、
いや、それどころか通訳表現集に英英、英語類語、広辞苑に
漢字源、日中パソコン用語辞典も付くのなら
(実際に使う、使わないは別として)4万円でも高すぎることはあるまいと、
腹をくくって購入した。

とりあえず電池を入れて、ちょっと使ってみた感じは、まあまあ。
少なくとも辞書をとっかえ、ひっかえしなくて済む分はありがたい。
それ以上の使い勝手については、おいおいご報告。
こればかりは実地に使ってみないことには、わからないから。


嫌いなことを 笑顔でこなすには

  • 2005/09/04 21:18
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出張に行くことはいまだに嫌いだ。
行き先がどこであっても、嫌いだ。
仕事の性質から考えて、どうせ行く先は日本か中国なのだ。面白みはあまりない。

もともと私はこんな出かけてばかりの、人前に立つ仕事を選んだつもりはなかった。
面接のとき示された仕事の内容は上司殿のアシスタントで、1日オフィスで机に向かっていればいいと言うものだった。1日8時間の勤務で、残業はなし。そしてその楽さに見合う低めの給料。給料の額にはいささか不満だったが、残業なしで土日がきちんと休みなら、それでもいいや、と思って受けた。
しかし仕事を始めて1ヵ月後、上司殿が新しい分野の仕事を始め、そのため出張および出張時の通訳が仕事に加わってしまった。これは大いに計算外だった。私はできるだけ人と接しない、目立たない仕事を選んだつもりだったのだ。それが何の因果で、人前で通訳したり、接待したり、挙句の果てはツアコンとしてお客様のお世話をしたりせねばならぬのか。人と接することができないとは言わないが、人と接することは私にとっては苦痛である。表面上は何事もないように振る舞い、案内したり、談笑したり、時には如才のないお追従口すら利けるが、これらが続くのは私にとってはストレス以外の何物でもない。

出張に出かけるときは「×日間だけだから。×日終われば、帰って来られるから」と自分に言い聞かせて飛行機に乗る。そして1日終わると「あと×日だけだから」と鏡に向かって言う。2日目の朝は「今日が終われば、あと×日だから」と言う。毎日、これの繰り返しである。およそ積極的でも、建設的でもないが、嫌いで仕方がないことを笑顔でこなすには、これしかない。

出張の中でささやかな楽しみは、機内食に出てくるバターを集めること。最初は捨てられてしまうのがもったいなくて持ち帰っていたのだが、この量が炒め物などの料理の時に便利だと気づいてからは、積極的に持ち帰りだした。行きの便でひとつ、帰りの便でひとつ。ふたつのバターをカバンに忍ばせて、帰って来る。持ち帰ると、冷蔵庫の卵のポケットに入れて、折にふれて使う。小さな、小さな楽しみである。
なにもなにも、ちいさきものはみなうつくし、か。

ちょっとせつないコマーシャル

  • 2005/09/03 12:35
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夫が、上司兼同僚であるジョゼフが送ってくれたというメールを
転送してくれた。

まず下記ウェブサイトにアクセス

http://www.bbdoasia.com/

ウェブサイトが出てきたら、左側に並んでいる中から“The Work”をクリック。
すると、タイのBBDOが製作したブリジストンのCMが始まります。

途中から音楽も始まりますので、お仕事中とかにご覧の方は、
まず音声をミュートにすることをお勧めいたします。

犬の表情がなんとも言えず、愛らしく、せつない。

他にもアジア各地のBBDO製作によるCMが右側に並んでいます。
イマイチなのもありますが、下から6番目の
“Uni-President Green Tea:Love Actually”は、結構イケます。

11日は選挙だが

  • 2005/09/02 22:52
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11日は選挙だが、在外選挙人の登録をしていないので、選挙権はない。こちらに移り住んだ当時は、海外在住者には選挙権がなかったので、5年前に制度ができてからも登録をせず、そのまま来てしまった。選挙人の登録をするには、領事館に行かねばならない。しかし領事館は私の勤務開始時間より後に営業(?)開始し、私の勤務終了時間より前に営業を終了してしまう。昼休みに行こうにも、こちらの昼休みは、あちらも昼休みである。土日、祝祭日は当然休み。つまりは会社を休むか、時間休暇をもらわなければ、選挙人登録はできないのだ。よって私はいまだに登録していない。仕方ないので来年、パスポートを切り替えるときに、いっしょに登録もしようと考えている。パスポートは仕事上絶対に必要なので、勤務中に抜け出して行っても上司は何も言わないはずである。何しろ年休は10日しかないのだ。貴重な休暇を事務手続きのために消費するわけには、いかない。

これでも日本にいた時は、ジンセイ最初の世田谷区議会議員選挙から始まって、一度も欠かさず投票してきたが、私が投票した人が当選する確率は極めて低いという、甚だ遺憾な結果に終始した。なにしろ日本居住時代の大部分を、“不沈空母”発言をした某総理や、その4代前の総理、また現職中に亡くなった某総理等を排出した、バリバリ保守王国で過ごしていたので、自民党(当時)以外に投票したのでは、当選する確率はほぼゼロだったのだ。それでも懲りずに投票を続けたが、いささか虚しい戦いではあった。

あれからすでに10×年。私が日本を出た後は、社会党政権は誕生するわ(ちょっとの間だけだったけど)、社会党や民主党はなくなるわ、いろんな新党は誕生するわで、正直わけがわかりませんわ。さっき Wikipedia を見てみたが、現在活動している政党は7党らしい。この中で良し悪しは別として終始一貫旗色鮮明なのは、戦前からの某党だけか。この党も私の好みとはいささか違うんだけど、もし投票できるとしたら入れるのはこの党しかないのかなあ。それともアンチ自民党ということで、たれ目の某氏が代表を務める党に入れるのかなあ。

日本の選挙権は無くしたが、ご当地の選挙権は持っている。2年前永住権をもらった後、たまたま道端で選挙名簿登録キャンペーンをやっており、薦められたのでその場で登録した。そうしたらちゃんと立法会の選挙前に、「これを持って行って投票してね」カードが届いた。投票所は目の前の道を渡ったところにある地区センターみたいなところで、とても近かったので、日曜の市場での買い物のついでに投票した。投票用紙はA3用紙を二つ折りにした巨大な紙で、そこに政党名と候補者名が記載されており、確か投票台備え付けの○スタンプを、投票したい政党名に押すようになっていたように思うが、何しろ数ヶ月前のことなので、はっきり覚えていない。次回また選挙があったら、そのときはしっかり覚えておいて、克明にレポートします。
好きでも嫌いでも、良くても悪くても私は日本人だし、どこに住もうと日本国籍を放棄することはまずないとは思うが、我が身に一身上の不幸でも起こらない限り、二度と住むことはないと思われる日本よりも、実際に住んで税金を払っている国の選挙の方が、身近な感があるのは否めない。

えっ、また?

  • 2005/09/01 10:54
  • Category:
今、上司殿が言った。来週月、火、水、日本だと。
また、行くの?
確か予定では、再来週も日本ではなかった?
わたし毎週、日本に行くの???

そりゃ確かに「マイレージためる!」宣言はしたけどさ、ここまで手厚く私のお願いを聞いてくれなくてもいいよ、神様。
願わくは再来週の出張が延期になりますように。
毎週の出張は、勤労意欲の衰えた中年労働者にはきついのだ。
私は少し家にいて「日常生活」がしたいです。

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らうとら

Author:らうとら
ドロシー・L・セイヤーズ、ローリー・R・キング、P.D.ジェイムズ、ディック・フランシス、水村美苗、高村薫、戸塚真弓、ヘレン・ミレン、シャーロット・ランプリング、ソフィ・マルソー(40代以降に限る)、ヘレナ・ボナム・カーター、アンジェリーナ・ジョリー、三代目金馬、小さん、枝雀、エンヤ、クイーン、ドゥルス・ポンテス、マドレデウス、J・S・バッハ、ちあきなおみ、トケイ・ピノ・グリ、アール・グレイ、自転車(冬季を除く)、あらゆる犬と猫
以上、私を幸せにしてくれる方々(敬称略)

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