NYシティバレエ・ワークアウト

  • 2006/01/31 20:20
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↑ この「おお…(ため息)」という柔軟さを見せたくて、写真大きくしてみました

元旦からまたまじめにジムに通い始めたのだけれど
寄る年波にはなかなか勝てない。
で、前から気になっていた↑のDVDが旧正月前のセールで安くなっていたので
買ってみた。

うう、バレエダンサーたちってすごい…
私は別にダンスの素養もないし、器用なたちでもない。
最初のウォームアップからすでに、「え、手がこうで、足がこう?
う、動きが合わない?!」「あー、お願い、そんなに曲げないで…」
こんなの、ばっかり。
たかが自分の腕2本、床と平行に保って広げていることすら
できないのである。
私は今まで3年間、何の筋トレをしてきたのでしょうか?
そしてそれとは逆に、彼らは何と優雅に自在に、自分の身体を動かすことか!! ワークアウトの時もだけれど、おまけ?でついている登場する4人の
ダンサーたちの日常生活、練習風景もおもしろい。
そういえば、昔テレビで見たパリオペラ座バレエ学校の子どもたちを
撮ったドキュメンタリーもとても面白かったことを思い出した。
確か実家にはまだその番組を録画したヴィデオもあるはずだが、
はてあれはなんと言う題だったか。確か『オペラ座のねずみたち』とか
そんなタイトルだったように思うのだが…
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戌年

  • 2006/01/30 20:22
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ご当地でも戌年なので、どこもかしこも犬だらけ。
犬好きとしては、うれしい限り。

これはHMVでもらった、利是(お年玉)用のぽち袋。
写真が小さくてよく見えないかもしれませんが
わんこたちは、円い中国風の帽子をかぶっています。



こちらは、セブンイレブンで20元以上お買い物するとくれる
犬のマスコット。プラスチックみたいな紙でできていて
前面と胴体と後ろ足の3パーツの組み立て式。
左から順に、柴犬、ビーグル、ウェルシュ・コーギーだそうだ。
コーギーは一応、他の2種より脚が短めになっている。
全部で20種類以上あるのだけれど、ご当地のセブンイレブンでは
新聞クーポン以外買わないので、なかなか貰えない。
日本のセブンイレブンなら、いろいろ買うものあるんだけど…

正月準備

  • 2006/01/28 22:46
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明日が正月一日なので、今日は1日買い物ばかり。
まず市場に行って、野菜と果物を大量に買い込み、
ついで市場のそばの地元民御用達デパートで、夫用のスナック。
何しろ夫は今日から9連休なので、昼間ひとりで家にいる時用の
おやつが必要なのだ。
甘い物好きの夫は、放っておくとチョコとかクッキーとかに走るので
多少は健康を考えて、豆腐乾(ビーフジャーキーの豆腐版、と私は思っているけど、ちょっと違うか)とか、豆とかにしてみる。

その後、ジムの帰りに花市場へ行く。
ジムから徒歩15分ほどのところにある花市場は、普段でも通り2本
すべて花屋、植木屋、盆栽屋、造花屋で埋まり、花好きの人で
賑わっているのだけれど、大晦日の今日は普段の十数倍の人だかり。
東京の通勤電車並みの混雑で、前後左右を人に挟まれ、ほとんど身動きもならず。
なにしろ大晦日に正月用の花を買うのは、ご当地の習慣だから仕方ない。
私も人波にもまれながら、なんとか好きな花を見つけ、腕にかかえる。
買ったのは、黄色のオランダのチューリップと、クリームにピンクが入った雲南省昆明のチューリップ。
私はチューリップが好きなので、どうも毎年チューリップばかり買ってしまう。たまには違う花を、とも思うが、百合は狭い部屋に飾るには香りがきつすぎるし、バラはなかなかきれいに開かない。枝物の桃や蝋梅は、それを挿せるほど大きい花瓶がない。かといって人工着色した菊なんて、頼まれても部屋に入れたくはない、で結局いつもチューリップ。




アネモネや、ラナンキュラス、アルストロメリアとかも好きなのだけど
あまり見かけない。
今日買ったオランダのチューリップは、首をたれて柔らかく開くタイプ。
昆明の方は、すいっとまっすぐに首を伸ばし、丈も長いタイプ。


これは昆明の方。すいっと伸びた首



ああ、もうお休みが1日終わってしまった…

休みだ!

  • 2006/01/27 15:32
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明日から4日間、旧正月のお休み! N嬢とふたり「うれしいねー♪♪」と目を細めた。別に旅行に行くとか、何か特別の計画があるわけではないけれど、たとえ何にもなくても4連休というのは、うれしい。会社行かなくて、いい。つまんない中国語の書類、翻訳しなくていい。上司殿のお馬鹿な要求に、まじめな顔して対応しなくていい。やっほー!!

さあて、何をしようかな。4日間ずっと読書とDVD観賞で過ごすのも芸がなさすぎるから、何かひとつくらいふだんと違うことをしたいが、さて何があるだろう。運動を兼ねて、全部の部屋の床の拭きそうじ? 毛糸を買ってきてマフラーを編む?(最近、首まわりが寒い) おお、そうだ。中国語の勉強というのが、あったねえ。(真田さん並みに12時間×4日間で、長足の進歩? できそうもないけど…)
なんにしてもクリスマス休暇のように、後半2日間が頭痛で丸つぶれになるなんてことだけには、なりませんように…

真田さんに感服

  • 2006/01/26 15:38
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今朝、ニュースで、映画「無極 プロミス」に出ている真田広之さんのせりふを聞いて、「え?」とびっくり。てっきり吹き替えだと思ったら、なんと全部ご本人がしゃべっているのだという。ニュースの合間に4-5秒流れただけだから、聞いたせりふは二言、三言だけだが、まったく違和感なく耳に入ってきた。「あれ、真田広之さんて中国語喋れたの?」と思ってインタビューを聞くと、彼はこのせりふのために3週間みっちり缶詰になったのだという。

もともと監督の陳凱歌氏は、せりふは中国人の声優にやらせるつもりで準備していたのだが、真田さんはどうしても自分で喋りたいと思い、撮影中も常にノートを携え、暇を見ては練習し、最後だめもとで監督に頼み、テストを受け、「やってみよう」ということで、とりあえずO.K.が出たが、3日間でせりふ撮り(?)を完了するはずが、結果的には3週間かかり、その間毎日、毎日12時間、真田さんは中国語を喋りづめ。最初は直されてばかりだったが、2週間目くらいから口の筋肉が中国語用になってきて、3週間でようやく撮り終えたという話だった。
うーん、なるほど。いやー、そうだよね。1日12時間だよね。やっぱりそれくらい努力しなきゃ、外国語はものにならないよね。まして真田さんは確か私と同じ40代。半端な努力では、観客の耳に違和感なくなじむ発音にはならないだろう。私なんていまだに先生の所に行くたびに、初歩の初歩の発音を直されている。我ながらうんざりしてて、内心では「せんせー、もう勘弁してください。違いが聞き取れないんですから、発音なんかしわけられないですぅ」と思っていたのだが、やはりこれはナマケ心から来る言い訳だったか…。

「無極 プロミス」そのものは、“つまんない”という評判だが、真田さんの中国語を聞くためだけでも、買ってみるか。香港人のセシリア・チャンより発音きれいだったりして…

この人って、いったい−2

  • 2006/01/25 21:59
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■ 除湿機にたまった水を、ざあっと流しに空けていたら、それを見ていた夫が「その水は何かに使えないのか」と聞いた。「……」 何かって、たとえば何? 洗濯? トイレのフラッシュ? そうじ? まさか煮炊きには、使えまい。

夫よ、倹約も大事だとは思うが、吝い(しわい)のもたいがいがよかろう。ネットで検索してみたけど、除湿機の水の使いみちについて書いているサイトはなかったぞ。
と言いつつ、夫の顔を立て一応鉢植えへの水遣りにつかってみた。植木たちがいやがらないと、いいのだが…

■ 上司殿はまだ諦めきれないらしく、誰かから“フォトショップ”のソフトが入ったCDを借りてきた。そして私にインストールして、写真を加工してみてという。幸いハードディスクの容量不足でインストールできなかったのでほっとしたが、まったく違法を承知で部下にやらせるんだから…。「加工終わったら、ソフトはアンインストールしていいから」って、そういう問題か! 今日は私は怒っている。ぷんぷん。

この人って いったい…

  • 2006/01/24 15:25
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久々に上司殿がヒットをかましてくれた。
N嬢と私はこの間から上司殿の命により、暇を見て「弊社&弊部ご紹介資料」をパワポで作っていたのだが、先日それが出来上がった。全9スライドくらいの簡単な資料で、主に担当していたN嬢は「なんでこれをパワポで作りたいんですかねえ? グラフもなけりゃ、写真もない。第一プレゼンに使うわけじゃなくて、ただ印刷してお客様に配るだけなら、ワードで作れば充分じゃないですか」と大いに不審なようすで、わたしも「上司殿の考えることは、相変わらずよくわからんわい」と思っていたのだが、旧正月を前に商いが暇気味の上司は、本日その資料を見ながら、「うーん、どうもさみしい」とのたもうた。そして私に向かい「他の会社のみたいに、背景に写真とか入れられないかな?」と言うので、入れられますよ。どういう写真を入れたいんですか? と聞くと、自分で撮った写真を入れたいのだと言う。「写真を加工して背景にするなら、それなりのソフトが要ると思いますが」というと、それはそうだ、と頷いて知り合いに電話をかけ、“フォトショップ”あたりのソフトの値段を聞き、その高さに仰天して一時は諦めたものの、すぐさま「体験用の30日間試用ソフトをDLできる!」と発見して立ち直り、私にそれをDLして写真を加工せよ、と言う。内心では『めんどくさー。おとなしくどこかの素材屋さんのフリー素材使えば、もう加工も済んでて簡単なのに…。一体何の写真を使いたいのさ?』と思いながらも、表面は素直な部下を装って「わかりました。じゃ、まずその加工する写真をください」と答えると、上司殿はいそいそとデジカメを取り出し、机の上になにやらのコピーを置いて写真を撮り始めた。「おい、おい、今から写真撮るの? しかも何かの白黒コピーじゃん。なんだそれ?」と首を伸ばして覗き込むと、上司殿はこちらを向いてにまーと笑い、私にそのコピーを見せた。「……(← 開いた口がふさがらない音)」彼が私に示したコピーは、なんと×年前に某紙に載った自身の記事。彼は後生大事にその記事を切り抜き、台紙に張って数十部拡大コピーし、事あるごとにお客さんに配っていたのだが、どうやら今回ウチの部の紹介資料にもそれを使おう!と考えたらしい。
本気か上司!? いろんな人に配る会社紹介資料の背景に、自分がにっこり笑う写真を載せるのか? これは会社の資料だぞ。上司殿のご紹介資料じゃないぞ。いいのか、それで?
言っておくが、上司殿はウチの会社の社長でもなければ、専務でもない。数多ある部の部長ですらない。強いて言うなら部の下に位置する課の課長程度の職位でしかない。その自分の写真を背景に使い、その上にご紹介の文章をかぶせて資料を作り、お客様に配ろう♪ と考える、しかもそれを「なんていいアイディア」と思える上司殿って、いったい……

ちなみに私は開いた口がふさがらないため、ぽかんと口を開けたまま言われたとおり見本シートを作り、上司に見せた。正直、白黒の上司の写真を背景に文字を載せた資料は全然見映えがせず、どう贔屓目に見ても「冗談だろう、これ」としか評しようのないものだったので、私はその旨控えめに上司殿に伝え、上司殿も納得して「うーん、しばらく考えましょう」ということになった。よかった。本気でこんな資料を使われた日には、私は恥ずかしくて客の前に出られないである。
日本の某ホテルは看板に大きな社長の顔写真を使っているそうだが、それは社長だから許されるのであって、どこの会社が一介の課長の写真を宣伝に使うか、まったく。

ちなみにN嬢は、このやり取りの間中、机の陰で腹を抱えて笑い転げていた。目に涙をためて笑っているN嬢を横目に見ながら、まじめな顔をして上司殿に相対する私は、なかなか見上げた会社員であったと思う。

もういくつ寝ると

  • 2006/01/23 17:03
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春節(旧正月)を今週末に控え、私はすでに“もういくつ寝るとお正月♪”モードに入っている。先週、藤沢周平氏や橋本治先生の本を買い集めたのも、私の頭の中では「長い休み」→「本が読める」という具合に、「休暇」と「読書」が、分かちがたく結びついているためである。
字が読めるようになって30×年。いまだかつて“読む本”を用意せずに長期休暇に突入したことなどないし、“読む本”を持たずに旅行に出たこともない。ある休暇とある本は、さまざまな偶然あるいは必然で結びつき、時々はある本を思い出すと、それとつながるある休暇の風景が忽然と脳裏に浮かび上がる。たとえば90年のパリでは、厄介になっていた友だちの友だちの家の、真中が窪んだベッドで「逃げる女」という小説を胸苦しい思いに駆られながら読んだ。DVの夫から、それこそ命からがら逃げ出した若い女の話だった。単なるサスペンス小説と思って読み始めたのに、中に出てくる何人もの女(主人公、一人で子どもを産む女子学生、事故で寝たきりになってしまい口をきかなくなった大学教授、バスの中の老女)が、それぞれしっかりと描かれており、思いがけない厚みで私を惹き付けた。この話は後J・ロバーツ主演で映画化され、本の方も映画に合わせて改題された。(因みに映画の出来はろくでもなかった)
94年にタイのビーチで読んだのは、近所の貸し本屋で借りた久田惠さんのフィリピーナに関する文庫本だ。持っていた中国語の本に飽きてしまい、ビーチの貸し本屋に日本語の本があったのを幸い、中国語のを放ってこっちを読んだ。地理的に近いせいか、はたまたその前にバンコクのパッポンストリートなど見に行っていたせいか、タイの女の子とフィリピンの女の子は違うのだけど、それでも共に日本に出稼ぎに来ている、日本より貧しいアジアの女の子であることに変わりはない。両者のイメージが重なってしまって、目の前で起こっていることを読んでいる気がした。「金以外でもつながれるはずなのに」というフィリピーナに惚れてしまった男のことばが、記憶に残っている。
イギリスの端っこの街、ランズエンドでは途中の駅のキオスクで買った“見えないものが見える”女の子の話。
そして、それよりはるか昔。高校の冬休みは「指輪物語」。学校の図書館に入ったのを一気に借りて、箱入りの大きな富士りんごを片手に、毎日毎日読みふけった。当時は実家の裏手にはあまり家がなく、はるかにローカル線の線路や、刈られて乾いた切り株だけになった麦畑が広がっていて、そこを名物の空っ風が吹きぬけていた。今でも「指輪物語」と聞くと、富士りんごと風の吹く乾いた麦畑を思い出す。

そういえば、ご当地には蜜入りのりんご、ないなあ。この間実家で食べたのは、美味かったなあ。今度日本に行ったら、密輸してこようかしら。(あ、また食べ物の話になってしまった…)

てくてく

  • 2006/01/22 14:25
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■ 江戸の人のまねをして、どこに行くにもてくてく、てくてく歩いていたら、脚が痛くなった。木曜は例の Annual Dinner 始まる前のひまつぶしに2時間ほど歩き、昨日は昨日で二駅離れた古本屋往復、かなりの早足で歩き、そのあとジム&市場の行き帰りも野菜、果物を背負って歩いたら、左の膝裏が痛いである。私が愛用しているロックポートのワークブーツ(ウォーキング・ブーツ?)は、江戸時代の草履や草鞋よりずっと脚と足にやさしいはずなのだが、たかだか合計5時間歩いたくらいで、このていたらく。歩き方が悪いのかもしれないけど、昭和っ子の私にはナンバはできないのだ。

■ オクサマ頭は、ひどいことになっている。確か「ブローは要らない」はずなのだが、それを本気にして、ガーッとダイナミックに乾かしたら、仕上がりも大変ダイナミックになった。本来のクセが素直に出て、各毛束がそれぞれ好きな方へ向いている。毛束たちは自由で楽しそうだが、頭の持ち主の私はあまり楽しくない。これで髪がもう少し長ければ、能の『逆髪』状態である。確かに私は狂い物を舞うのは好きだったが、日常生活が狂い物になるのは、どうも、いささか…

オクサマ頭

  • 2006/01/20 19:05
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■ おとといの水曜日、半日代休をもらって前回気に入った美容師Sさんのところに行くつもりでいたら、Sさんは水曜が休みなのだという。仕事の都合があるので他の日に代休は難しく「ま、いいか」と会社近くの初めての美容院に行って髪を切ったら、なんかとっても“オクサマ”っぽい仕上がりになってしまい、一挙に10歳くらい年をとってしまった。鏡見るたびに「ふえー、私じゃないみたい」と思う。(だって私の性格属性の中に“奥様”っていうのは、入ってないんだもん)おまけに「出張の時はスーツ着なくちゃならないから、スーツに合うスタイルにしてくれ」と頼んでしまったので、普段のカジュアルな服の上に、スーツ用オクサマ頭が乗ることになり、アタマと服の組み合わせを間違えてくっつけられた着せ替え人形みたい。ショーウィンドウやら、ガラスやらに映る己の姿を見るたびに、よよよ…と落ち込んでいる。いっそジェルとかワックスで、毛先をピンピンに立てた爆発オクサマ頭にしてみようかしら? それとも前に買ったストレートロング、前髪付きのリカちゃんヘアカツラでもかぶろうかしら。しくしく…

■ 美容院の前後は、日本語の古本屋さん2件をはしごして、藤沢周平氏と橋本治先生の本を買い集めていた。「隠し剣 鬼の爪」を見て以来、時代小説づいている。そうしてライブドアの事件や、金正日のお忍びでの中国訪問(といっても北京では全然お忍びではなかったけど)のニュースは横目で見るだけにして、バーチャルな江戸に遊んでいる。藤沢周平氏の小説は退職後の楽しみにとっておくつもりだったのだけど、最近の記憶力の減退状況を見れば、今読んでも1年後には筋のあらかたを忘れ、5年後には読んだことすら忘れていることは請け合いなので、心置きなく読み始めることにした。それに、いつまで生きていられるかわからないしね。
 
■ 橋本治先生のほうは、内田樹先生が盛んにお読みになっているので、「へえ、そうか。橋本治というのはそんなに偉大な人だったのか」と認識を新たにして。同氏の本は、はるか昔に読んだ「桃尻娘」以来である。さて私で歯が立つでしょうか。

PCが壊れたら…

  • 2006/01/19 16:11
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2001年5月の日記で、内田樹先生がPCの不調というか、インターネットに突然接続できなくなってしまったと言って、悩んでおられる。そして「どうして「インターネット110 番」みたいな出張サービスがないのだろう? JAF とか水漏れなんかだと24時間いつでも電話一本で来てくれるサービス会社があるんだから、PCの不調も電話一本で来てくれるサービス会社があれば、どれほどありがたいことか」と書いておられるのだが、え? 日本には電話一本でPCの修理に来てくれる人とか会社とかないの? と私にはないことの方が驚き。

もちろんこれはすでに5年近く前の話なので、今では情況が違っている可能性は充分あるが、それにしてもご当地では5年前でもPC修理の出張サービスはありましたよ。ま、そりゃ日本とご当地ではカバーする面積も、人口密度も全然違うけど、それにしてもWという極めて不安定なOSを使っている人が圧倒的多数を占める現状では、「げっ、パソコン止まった……」とか「あっ、あっ、あっ、あああああ(真っ青)」とかの情況が発生することは、日常茶飯事である。それなのに、そうした緊急非常事態の際のお助けマンが、各PCメーカーあるいは、ソフト会社のお客様ホットラインしかないのでは、素人さんはパソコン使うなといっているのと同じではないか。

幸い私自身のパソコンは昨年4月に新調して以来、一度も不具合を起こしていないが、ハードディスクのメモリーを2倍に増やされ、たくさんの新しいソフトをインストールされて、さまざまなお仕事にこき使われている夫のパソコンは、しょっちゅうフリーズしたまま再起動できなくなったり、突然画面からすべてのアイコンが消えたりして、夫を慌てさせている。そうした時夫は、‘shit!’だの‘damn!’だのと罵りながらも、ウチから二駅のところにお店を構えるヴィクター君という青年に電話をかけ「また壊れちゃったんだけど、明日の夜とか来てくれる?」と頼み込んでいる。ヴィクター君は誰かに雇われているわけではなく、自分でPCおよび関連機器の販売および修理のお店をやっている青年なので、夜遅くても休日でも必ず電話に出るし、都合がつく限り早めに修理に来てくれる。その辺り、単なる従業員でしかない大メーカーの技術員とは違う。しかもご当地の人には珍しく(?)仕事が誠実で、たとえ何時間かかろうと目の前の不具合を起こしているPCを直そうと奮闘してくれる。時には夜10時を過ぎても頑張ってくれていたりして、家の主の一人としては先に寝てしまうわけにも行かず、「ま、まだかな…?」と思いつつ、PC部屋の方を窺う事態になったりもする。それでも直らなければ、ハードディスクを持ち帰り、店の方であれこれ試して、「最終的にこれこれこういう具合になっていて、全くの元通りにはなりそうもないけど、△△か〇〇みたいにすることはできます。どうしますか?」というような電話をかけてくる。夫はそれを聞き、じゃあ△△で行こうとか、〇〇じゃなくて☆☆にはできない?とか相談している。
こうしてさんざんお世話になった挙句の料金が幾らくらいなのかは、私自身が払っているわけではないのでよくは知らないが、修理に要した部品代とかは別にして、最低邦貨5000円。平均8000円というところではないのだろうか。夜でも厭わずこちらの家まで来てくれ、誠心誠意修理に励んでくれることを考えれば、これは決して高くはないと思う。無駄な出費を嫌う夫も、ヴィクター君の料金は‘reasonable’だと言っている。

ちなみにヴィクター君はOSがWでもMでも、どっちでもO.K. おまけに某韓流スターをもう少しきりりとさせた感じの白皙の美青年である。物腰も柔らかく礼儀正しく、大変感じのよい青年であるが、他人の家のダストに弱いとかで、ウチに来るたびにくしゃみしたり、鼻水ずるずるになったりしているのは気の毒の限り。時代小説などを読んでいると、眼病みで、紅絹なんか目に当てた女はより色っぽく見えると書いてあるが、過敏症で、鼻水抑えにティッシュを握り締めた青年の男っぷりが上がったという話はきかない。眼は押さえてもいいけど、鼻はだめなのだろうか。

ウチの忘年会

  • 2006/01/18 12:16
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明日の夜はウチの会社の Annual Dinner がある。
過去3−4年は業績がさほどでなかったためか、会社主催によるお食事会などなかったのだが、今年はあくどく儲けることに成功したのか、海のそばの某有名レストランで、社員全員(約800人?)参加の豪華な夕食会が開催されることになったのである。
それが明日であることは年が改まる前から、メールで知らされていたのであるが、昨日になってそのプログラムの詳細が知らされるに至って、私ともう一人の日本人N嬢は、思わず「うっそー!☆#」とのけぞった。

昨年末のメールで 6時開場と聞いていたので、せいぜい7時には食事が始まり、9時にはお開きになるのだろうと踏んでいたら、とーんでもない。百聞は一見に…なので、以下時間割を記す。

18:00−20:00 カクテル・レセプション

自国の清らかな文化を

  • 2006/01/17 15:58
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日本で泊まっていたホテルが、大変、大変乾燥していたためか、昨日は1日のどが痛くて、けほけほしていたのだが、昨晩風邪薬を飲んで寝たら、今日はもう治ってしまった。
私ってつくづく丈夫にできている。

それはともかく、今回のツアーのお客様は漫画アニメ屋さんだったので、中国の漫画アニメ界の現状について、ちょろちょろと瑣末な話を聞き込んだ。中でも面白かったのは、中国政府はどうやら外国の文化というものを、中国の純真な青少年に悪影響を及ぼす汚染源のように思っているらしいということで、ま、これはどこの国でも多かれ少なかれあることではあるが、映画やアニメを監督する中央政府の某官庁が出した通知にも、「(外国製のアニメーションの輸入については)“以我為主、洋為中用”の方針を堅持し、中国の国情にふさわしいものでなければならない。また中華民族の文化伝統、生活習慣および感情の表現方法を軽視してはならず、また外来の腐った思想や観念の侵蝕を防ぎ、格調の低下および内容の卑俗化の防止に積極的に努めなければならない」てなことが書いてある。
自国の文化を格調高く保とうという主旨は、誠に立派であると思う。しかしながら、自分とこの文化・伝統、生活習慣は、みな純粋にして清らか。悪いものはみーんな外国から入ってくると考えるのは、いささか自己中心的にして視野狭窄、傲慢かつ尊大に過ぎないか? 私は何も、中国だけを批判しているわけではない。この文章の‘洋為中用’を‘洋為和用’に、‘中国’を‘日本’に、‘中華民族’を‘大和民族’あたりに置き換えれば、日本の某派が喜びそうな文章ができあがる。他人事ではないのである。

私自身はナショナリズム的考え方には親近感を覚えないたちで、ナショナリズムの何が嫌いと言って、その自国の優越性に対する根拠無き自負、それと対をなす他国(他民族)の劣等性の強調、そしてその延長にある排他性には、まったく我慢がならない。人でもそうだが、どんな頭を持っていたら「自分が一番」などと恥ずかしげもなく主張できるのだろう? いろいろなものを見れば見るほど、さまざまなものを知れば知るほど、何かを「一番いい」だの「最高」だのと断定することは難しくなるのではないか。だとすると「自分が一番」と主張できるのは、自分しか見ていない人か、自分しか見えない人ではあるまいか?
この視野と思考と懐の狭隘さ。日本の一部も、中国の一部も、韓国の一部も、ついでに言えば、欧米諸国の一部も、もう少しおおらかになれないのだろうか。いいかげん、「自分が一番」と主張するのは止めたらどうか、まったく。

じゃまた ちょっと

  • 2006/01/09 22:48
  • Category:
じゃまた、ちょっと1週間ほどツアコンに行ってまいります。
左手親指の腱鞘炎がひどくなってきているので、
このへんで1週間キーボードから離れるのも、いいことかもしれません。
ブログもそうですが、ツアコンしないときの仕事は
一日中キーボードかちゃかちゃ、ですので。

今は昔…

  • 2006/01/08 21:23
  • Category:
昨日の続きで、オリジナルとリメイクの比較の話をすると、実は最近“チャーリーズ・エンジェルス”のオリジナルの方を見た。例の70年代に大ブレイクしたファラ・フォーセットとケイト・ジャクソン、ジャクリーン・スミスが出ているあれである。1時間物のテレビドラマを2本入れて、1枚のDVDにしているのだが、いやはや、70年代はこんなちゃちなドラマでもブレイクできたのねえ、と感慨ひとしお。夫にそう言ったら、「みんな3人のきれいな女の子が、きゃぴきゃぴ跳びまわるのを見たかっただけで、ドラマの出来なんかどうでもよかったんだよ。そういえば僕も彼女たちのポスターたくさん持ってて、地下のトレーニング・ベンチの周りにずらっと張ってた」と言っていた。回り中の壁で女の子がにっこりしている中で、トレーニングに集中できたの?と聞いたら、最初はともかく、しばらくするとポスターなんか全然注意しなくなったから、練習に支障はなかったそうである。
それにしても、このドラマはほんとに70年代。最初のナレーションからして“Once upon a time, there were three little girls who went to the police academy…”である。警察官目指して警察学校に入った一人前の女性を“little girl”なんて呼んだら、今だったら絶対ブーイングの嵐である。チャーリーが3人を呼ぶときも“girls”と呼んでいるし、セクハラっぽいような描写もあるし、全体として女の人を「きれいなお人形」扱いしている雰囲気が濃厚で、2006年の今から見ると、ぴんぴんとひっかかる。お色気TVドラマに硬いこと言いなさんな、という意見もあるだろうが、どうもひっかかる。
もうひとつ気づいたことは、さすがのハリウッドも、まだこの頃は豊胸手術はさほどポピュラーではなかったのねえ、ということ。水着姿のジャクリーン・スミスの胸の小ささ。そうですよ、自然な胸なんてこんなもんですよ。最近のハリウッドの女優さんたちはみんな胸にシリコン入れてて、折れそうに細いあばらに胸だけパンパンで、ほんとにヘンである。姿かたちの美しさも売る女優として、ある程度の胸が必要なのはわかるが、ハリウッドスターの大部分、ピンナップモデルの大部分は、やりすぎである。まるで強迫観念に駆られているかのように、胸を大きくし続けているのはどうしたことか。政治的には女を商品と見ることに反対していながら、その一方で胸を大きくし続け、それによって自身の商品価値を上げようというのは、いささか矛盾していないだろうか。

テレビ三昧

  • 2006/01/07 22:54
  • Category:
さぼっていたトレーニングを再開し、急に週3回行ったらさすがに筋肉痛になった。なので老体をいたわって今日は休み。夫と二人、午後はテレビ三昧。
まず昨晩から始まった新しい刑事ドラマ“The Closer”をどんなものかと試しに録画しておいたので、それを見る。CIAで訓練を受けた、容疑者を落とすことに抜群の冴えを見せる、タフで押しの強い女性刑事ブレンダが、アトランタからLAに転任してくるところから始まる。よそから来て、突然殺人課の副局長に抜擢された彼女を、誰も歓迎しない。しかしブレンダは「ふん、私の仕事振りを見れば、考えが変わるでしょ」と気にもかけずに、牡牛のように周りの障害物やら邪魔者やらを跳ね飛ばしながら進み、鮮やかに事件を解決する。言っちゃ悪いけど、とってもbitchy。アメリカのドラマや小説には、よくこの手のaggressiveで鼻っ柱が強くて、人の思惑など歯牙にもかけない女性が出てくるけど、アメリカには現実にこの手の人がたくさんいるからドラマや小説にもたくさん出てくるのか、それともアメリカではこの手の人が歓迎されるから、現実にはたくさんはいないけどドラマや小説にはたくさん出てくるのか、どっちなのだろう?
私自身の好みで言えば、あまりaggressiveでbitchyなひとは、たとえどんなに仕事ができても、ドラマの中はともかく現実の生活の同僚に持ちたいとは思わないが、アメリカではこういう人の方がかっこいいのだろうか。

アメリカが‘自己主張してなんぼ’の国であることは、私も聞いている。(私はアメリカには滞在したことも住んだこともないので、アメリカの生活に関する知識はすべて聞いたか、読んだかしたものでしかない)だから一人前の社会人として認められようと思ったら、理路整然と、あるいは馬力に任せて、自分の考えを表明あるいは主張し、他人を説得しなくてはならないのはわかる。それができなければ、社会において負け犬扱いされてしまうであろうことも想像がつく。どう考えても、おとなしいのはあまり美徳ではない。
そしてアメリカほどではないにしても、多少はその傾向のあるご当地では、私自身日本では絶対に取らないであろう強硬な態度で自己主張して、自分の言い分を通すこともある。なぜなら日本では自分の言い分を通したいと思ったら、むしろ自己主張せずに一歩引いた方が周りが慮ってくれて物事がうまく回る場合が多いが、ご当地では私が一歩引いたりしたら相手は二歩くらい出て来て物事を相手のペースで回してしまい、私の主張なんかあっという間に掃いて捨てられてしまうからである。
だから、その社会のシステムにあった生き方、というか対処法を取らなくてはいけないのはわかるのだが、私は最近、そのaggressiveな自己主張というやつに疲れているので、できればそういう人や状況は敬して遠ざけ、鶏と豚と野菜相手に日を送りたいと思っているのである。

話がそれたが、“The Closer”第1話はおもしろかったので、これから毎週録画することにした。
で“The Closer”のあとは、“C.S.I”、その次にドキュメンタリー映画“The March of the Penguins”。オリジナルのフランス語版と、ご当地用の中国語版はナレーションがあまりよくないというか、“ひどい”との評判なので、夫はモーガン・フリーマンがナレーションをしている英語版を買ってきた。この映画についてはキリスト教の某派が笑止千万なことを言っていたらしいが、映画そのものはよくできていた。こどもペンギンのよちよち歩きをみるだけでもかわいい。
そしてペンギンのあとは、“チャーリーとチョコレート工場”。ただしジョニー・デップが出ている新しい方ではなくて、1971年に作られた古い方。新しい方は先週見たので、比較のため71年版も買ってみた。結論は、ジョニー・デップの方がずっとファンタジーの要素が強く、演じる俳優たちも魅力的で楽しい。私はジョニー・デップ版の方で、チャーリーが住んでいる家がとても好きである。

スタバのチャイ

  • 2006/01/06 15:52
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おいしいチャイが飲みたい。ほどよく濃厚で、スパイスが効いたおいしいチャイが飲みたい。

実は先日日本に行った時、訪問先近くのスタバでチャイティー・ラテを飲んだのだ。これがうまかった。どんなスパイスがどんな配合で入っているのか知らないが、濃厚なミルクティーとスパイスの刺激が渾然一体(はちょっと大げさか、たかがミルクティーに)となり、冷えたからだと疲れた胃をやさしく慰めてくれた。大変気に入ったので、帰りの成田のスタバでもチャイティーラテを飲んで飛行機に乗った。

でこちらに帰ってきてから、自分でもチャイを作ってみたのだが、これがなかなかうまくいかないんでございますね。もともとこの手のお茶は好きなので、ナツメグもクローブもカルダモンもシナモンも生姜も、みーんな取り揃えてはあるのだが、なかなか同じような味にならない。白状すれば近所のパキスターニおじさんのところで買ったチャイの素ミックスなんてのも持っているのだが、どうやってもスタバのあの味にはならない。友だちに貰ったインド料理の本に載っていたチャイも試してみた。鍋でミルクを温めて、そこにお茶の葉、生姜の薄切りやカルダモン、シナモンスティック等々を入れ、しばらく蒸らす本格的なもので、これは結構おいしかったが、しかしスタバのとは味が違う。スタバはいったいどうやって作っているのだろう? 誰か日本のスタバでバイトしてる人に知り合いがいる人はいないだろうか?
今“日本の”と断ったのは、ご当地のスタバのチャイは、すっごく生姜が効いていて、私は一口飲んで「あれ、発音悪くて生姜茶になっちゃったのかな」と思ったほどだったからである。これはこれで結構だが、しかし私が探している味ではない。

来週また仕事で日本に行くから、スタバに行く機会はあるだろうが、液体では大量お持ち帰りは不可能だ。スタバでチャイティーラテ・ミックスとか、売らないかしら。

今日のおやつ − 味付け海苔

  • 2006/01/05 21:46
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■ さっきコピーを取りに行こうと部屋を出たら、隣の部署の人が味付け海苔と個装の梅干(にその時は見えた)を握らせてくれた。味付け海苔はよく旅館の朝ご飯にでてくるような、一口大の海苔が5−6枚パックされた例のやつである。日本製らしくパッケージには日本語で「味付のり」と書いてある。

■ なんですれ違いざまこんなのをくれたのかというと、べつに「もうすぐお昼でしょ。おかずにお食べな」というわけではなくて、単なるおやつである。日本の会社を離れてしばらくたつので、現在の日本のOLが社内でのおやつに何を食べているのか定かではないが、少なくとも10×年前の日本のOLの間では、味付け海苔というのはおやつのトップ10には入っていなかったような気がする。

■ そもそも味付け海苔をおやつに食べるという感覚が日本人にはないような気がするのだが、最近はそうでもないのだろうか。なんにせよ、ご当地の方々にとっては、味付け海苔はごはんのおかずではなく、はっきりおやつ。したがって、小腹の空いてくる11時あたりや、午後4時過ぎになると、すごい勢いで広東語をまくしたてながら、ぱりぱりカサカサと小気味よい音をたてて味付け海苔を頬張る娘たち、あるいはオバサンたちが、出現するわけである。だからご当地では味付け海苔は、わかめや昆布などの海草部門ではなく、せんべいやチョコと同じスナック部門で売っている。ま、おやつとしてはカロリーが低くていいかもしれん。腹の足しにはならんけど。

リタイア後

  • 2006/01/04 22:19
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昨日は我が勤労意欲の崩壊について書いたが、それでも今日も仕事に行った。夫もいつもの如く“Don’t work too hard !!”と言いながらも、私より早く家を出た。
何のかんの言っても二人とも、今エイヤッとばかりに仕事を辞め、貧しいながらも自由な生活に滑り込むべく方向転換するだけの、思い切りのよさはないのである。

この間ジョゼとブライアンと話していた時、トロントの不動産の値上がりの話が出た。ここ数年、トロントの不動産価格は信じがたいほど上昇していて、彼らが住みたいと思っている地域のそこそこの一戸建ては、70万から90万カナダドル(7000万−9000万円)という恐ろしい値段になっているそうである。その値段を聞いて私は「ふえーん、それじゃ私たちは死ぬまで働いてもリタイアできないじゃない!?」と、近い将来住む家もなく、寒い賃貸アパートでセーターとコートを何枚も重ね着した私が、ストーブでじゃがいもと豆を煮ている図を想像して、しゅーんとしてしまったが、夫に言わせるとモントリオール郊外はトロントほど不動産は高くないし、たとえばお義父さんたちが住んでいる田舎(モントリオールから車で約1時間半)まで引っ込めば、その10分の1以下で、3ベッドルームぐらいの家は買えるそうである。
私はもともと田舎暮らしが夢であるから、そのプランでもぜえんぜえん困らないのだが、車を運転できず、かつ都会が提供する数々のお楽しみが好きな夫は、私の“鶏飼って、豚飼って、野菜作って暮らしましょう”プランに、どうしても頸を縦に振らない。そして私に向かい「ケベックの田舎に住んだら、なにもかもフランス語だよ。映画もビデオも、お買い物もみいんなだよ」と脅すのだが、私は別にそれだっていいのである。言葉のろくに通じないところに住むのは、わたしにとっては常態である。今だって、ご当地の第一言語はろくすっぽ喋れず、複雑な用を足す時には第二、第三言語に頼りっぱなしだが、それでも日常生活は何とかなっているし、市場の顔見知りの婆ちゃんは道ですれ違えば「どこ行くのさ?」と声をかけてくれる。ご近所さんとの共通言語を流暢に喋れるならそれに越したことはないが、別に絶対必須というわけではない。それに50の手習いで、フランス語をやり直すのも楽しいではないか。20年前勉強した時には、発音に関してははなから、文法に関しては条件法あたりで挫折したが、毎日の生活に必要となれば、20年前よりは覚えられるかも知れぬ。なにしろケベックでは、かのケンタッキーフライドチキンでさえ、おなじみの“KFC”ではなく“PFK”(Poulet Frit Kentucky)と書かれた、赤い看板をあげているのだから。



お義父さんちの近所の家。このくらいの大きさが手頃と思う。ほらね、“止まれ”の標識もフランス語でしょ

勤労意欲崩壊の原因

  • 2006/01/03 22:05
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正月休暇(と言ってもただの土日を含めた三連休でしかないが)が明けて今日から仕事。でも内田樹先生のおっしゃるような「蘇る勤労」にはとてもなれず、睡眠不足で「今日は会社行きたくないんですけど」と言っている身体をだましだまし、仕事にでかけた。
どうもここ数年、勤労意欲がとみに失せてきている気がする。もともと旧来の日本型モーレツサラリーマンとは縁がなく、「働かないと食べられないから働いている」に過ぎなかったのだけど、それにしても20代、30代の頃はもう少し勤労意欲も、仕事のために勉強しようという意欲もあったような気がする。
それがここにきて、めっきり減少。生活のために売っている8時間以外は、できるだけ時間も手間も資金も仕事のためには使わないように心がけるようになってしまった。理由と言われれば、それはたぶん、大学卒業以来20年以上働き続けてきて、その間留学もしたし、倒産にもあったし、リストラもされたが、それでも1ヶ月以上何もすることなく、まとまって休んだことはなく、さすがに少々息切れがしてきたということもあげられるだろうし、あるいはまた現在私が仕事で携わっている金融という分野に、ほんの少しの興味も関心も持てない、というよりむしろその生臭さがいやで仕方がないという点もあるかもしれないが、もうひとつの理由としてはどうも“夫”があるような気がする。
このお方、何しろ働くことが嫌いである。休暇明けの月曜日の朝見せる悲しそうな顔といったら、思わずハグして「おお、よしよし」と頭をなでてやりたくなるくらい、純粋な悲しみに満ちている。そして「今日もしごとだねー、いやだねー」と日本語でつぶやきながら、肩を落としてダイニングテーブルに向かうのである。
これでもう少しハンサムであったり、まめであったりしたならば、稼ぎのいい女の人のヒモになって、望みどおり仕事をせずに暮らせたかもしれないが、いかんせん背は高からず、高からず、体型はキューピーかサンタクロース、4ヶ国語は喋れても、女に向かっての甘い言葉は喋れない、ではヒモとして大成どころか、ひっかけるきっかけすらつかめまい。
でやむなく私のような稼ぎの悪い女の夫になって、本業のほかアルバイトまでして日々の暮らしをたてているわけだが、何しろ仕事は彼にとって“やむを得ず果たさなければならない義務”“いやなこと”“敵”以外の何物でもない。なので自然、朝その“いやなもの”に向かって出かけるときのあいさつは、それを意識したものとなる。彼は毎日なんと言って出かけるか? “Have a nice day! Don’t work too hard!!”と言うのである。最初これを言われたとき、私は一瞬「へ?」と思った。“Have a nice day!”は、わかる。これはどこでも、誰でも言う順当なあいさつだ。しかし“Don’t work too hard!!”? つまり、あんまりがんばって働くな、っていうこと? 

生れ落ちてから15年間くらいは、勤勉な日本人家庭で“労働は美徳”と教えられて育ち、父に向かって朝「頑張ってね」と言いながら弁当を手渡すことはあっても、「あんまり働きすぎないでねー」と手を振るなんてことは(しかも毎日、毎日)、念頭に浮かんだことすらなかった。仕事あっての生活、残業は尊ぶべきことと、朝な夕なに刷り込まれ「働かざるもの食うべからず」「労働は美徳」の勤労精神は、私にとってほとんど第二の天性となっていたのである。その後年を経るにつれ、エコノミックアニマルのモーレツサラリーマンを揶揄する当時の風潮に感化されて「働くことしか能のないサラリーマンて、みじめー」だの、「仕事はするけど、他のこともしなくちゃねー」だの言い始めて、我が勤労精神は本来の軌道から少々ずれ始め、またその後仕事を辞めて留学なんかしたため、軌道のずれはより激しくなってきていたのだが、ここにきて私の勤労精神は決定的に崩壊した。
「亭主の好きな赤烏帽子」ではないが、夫に倣い労働を疎み始め、休日をこよなく愛し、朝な夕なにリタイアの日を夢見る伝統的日本人の風上にも置けないような人間に成り果ててしまったのだ。
それもこれも、みんな“Don’t work too hard!!”と毎日、毎日、耳に吹き込まれたせいである。「悪貨は良貨を駆逐する」というが、まさにその通り。我が家の勤労精神の崩壊はその好例である。

出稼ぎ

  • 2006/01/02 22:20
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昨日はあれから夫の古くからの友人ジョゼフィンとその夫ブライアンと会食し、その後彼らの家で午前1時過ぎまで話し込んでしまって、終電もなくなりタクシーで帰宅した。いやくたびれた。
話し込んだといっても、話していたのはもっぱらジョゼフィンで、昨日は彼女とブライアンがクリスマス休暇に行ったヴェトナム旅行の話をしながら、北部の花モン族の村で買ったという、呆れるほどたくさんのパッチワークの布(ベッドカバー大)や、彼らの民族衣装につける飾り襟、銀のアクセサリーを見せてくれた。彼女は(そしてブライアンも)こういうひなびた味わいのアジアの民芸品が大好きなのである。彼女たちの家には、この10年にアジア各地で集めた各種民芸品、大は2メートル近くもある木製のテーブルから小は飾り彫りがほどこされた織機の梭まで、それこそ骨董屋が開けそうなほどたくさんの民芸品が文字通りひしめきあっており、しかも訪ねるたびにその数が増えている。うちの夫は笑って「そのうちまた、もっと広いところに引っ越さなくちゃならなくなるんじゃない?(彼らはすでに一度、ものを置ききれなくなってより広いフラットに引っ越した) それに、いったいどうやってこれ全部カナダに持って帰るのさ。ものすごい送料になるよお」とからかい、ジョゼとブライアンは「それを言わないでよ。ああ考えたくない」とげんなりした顔をしているが、好きで好きで仕方なくて、魅入られたようになって集めたものを後に残して、身一つでカナダに戻るはずはなく、どんなに大金がかかろうと何とかしてすべての品を持って帰ろうとすることは間違いない。その手間隙と費用を思うと、私も夫もため息が出るが、ある時、普段はあまり喋らないブライアンが「この大気汚染のひどい、どこもかしこも人と車と騒音であふれた場所で、毎日、毎日12時間以上、ほとんど休みもなく働き続ける生活を何年も続けていると、時々心底うんざりすることがある。で、たまの休みに近所を散歩していて、骨董屋で好きなものを見つける。確かに値段は高い。目を剥くほど高いし、ここでこれを買うよりも、その分ファンドでも買って早くリタイアすることを考えた方がいいのはわかっているから、いったんは手に取った品物を棚に戻すんだけど、その一方で、毎日毎日倒れるほど働いてるのに、たまに見つけた好きなものさえ買えないなんて、それじゃいったい全体何のために働いているんだ? とも思えて、戻した品物をまた手にとって“ええい、買っちまえ!!”となるんだ」と笑ったのを聞いて、骨董民芸品という不要不急の品、いうなれば贅沢品をせっせと買い集める彼らの気持ちが少しわかったような気がした。
自然が好きで趣味はハイキングの彼らにとって、緑のほとんどないご当地での生活は苦痛以外の何物でもない。それならなぜここにいるのかと言われれば、理由は私たちと同じ、「出稼ぎ」である。うちの夫もそうだが、カナダではここで得られるのと同じくらいの収入を得られる仕事がないから、“何年間か”と割り切って、ここに来たのである。だから本来なら生活を切り詰め、せっせとお金を貯めて、さっさと国に帰るのが本当なのだが、そこはそれ人の子なので、骨董品を買ってしまったり、儲からないファンドを買ってしまったりして、なかなか当初の計画通り“×年”ではカナダに帰れない、ということになってしまっているのである。うちの夫は、あと5年、あと5年経ったら、たとえ十分な老後資金がなくても、もうどうしてもカナダに帰る。それ以上は耐えられないと言っているが、果たして本当に5年で帰れるのだろうか。海外出稼ぎ者には年金はない。すべて自分でまかなうしかないのである。まったく“長生きしたらどうしよう?”の世界である。鶏飼って、豚飼って、野菜作って暮すにしても、基になる土地は必要だし…。やっぱり宝くじかなあ。

謹賀新年

  • 2006/01/01 15:38
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昨日までのどんよりした湿っぽさがうそのように、あざやかな青空が広がった。
陽射しも穏やかで、ほどよく暖かく、部屋の中なら半そでで過ごせる。
さわやか、という言葉そのまま。
クリスマスにもらったenyaの“Amarantine”が、気持ちよく流れていく。

朝起きて買い物と洗濯を済ませ、このところさぼっていたジムにひとりで出かけた。
夫は「火曜日からね」と言って、今日もさぼり。
最近まともなトレーニングをしていないので、以前だったら笑っちゃうようなウェイトでも、3セット目には腕がぷるぷると震え、情けない限り。
それでもウォームアップ+αくらいはこなして、入念にストレッチもし、久しぶりに肩の凝りもほぐれた感じ。ゆっくり、ゆっくり身体を伸ばしていくと、関節が少しずつ開いていくのがわかる。久しく使わなかった機械に油を差し、なだめすかしながら、回していく感じそのまま。こういう運動は、気持ちがいい。

昨年末で夫は50になったし、私も45になった。そろそろ運動の種類を変えるときなのかもしれないと思う。20代や30代の時のように、より重いウェイト、より太い筋肉を求めて、どんどん負荷を上げていくような運動は、少々無理になってきたようだ。これからはより柔らかい筋肉、より柔らかい身体をめざして、ヨガとか太極でもした方がよいのかもしれない。
バレエダンサーたちの身体もすごく素敵だとは思うし、内側の筋肉の強さを感じさせる滑らかな動きにもため息がでるが、キューピー体型の中年二人組がレオタードに身を包んで、バレエスタジオでバーレッスンというのはどうもいまひとつ。お互い相手の姿を見て噴き出すのが落ちのようで。やっぱりヨガだな、うん。

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らうとら

Author:らうとら
ドロシー・L・セイヤーズ、ローリー・R・キング、P.D.ジェイムズ、ディック・フランシス、水村美苗、高村薫、戸塚真弓、ヘレン・ミレン、シャーロット・ランプリング、ソフィ・マルソー(40代以降に限る)、ヘレナ・ボナム・カーター、アンジェリーナ・ジョリー、三代目金馬、小さん、枝雀、エンヤ、クイーン、ドゥルス・ポンテス、マドレデウス、J・S・バッハ、ちあきなおみ、トケイ・ピノ・グリ、アール・グレイ、自転車(冬季を除く)、あらゆる犬と猫
以上、私を幸せにしてくれる方々(敬称略)

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