お仕立て

  • 2006/03/31 19:41
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■ 昨日昼休みに下見した仕立て屋さんに行ってきた。3軒並んでいるうちのどれにしようか迷ったのだが、入ってみたらうち2軒は同じ店で、生地を選ぶ段階で、隣にもありますと、隣へ案内された。なんだ、それなら初めから同じ看板かけてくれよ、である。片方が“Jim’s Tailor”で、もう片方が“Mick Tailor”で、入口も当然別々で、それで同じ店とは ???

■ これはもしかして、大きい店Aと小さい店Cで並んでいたのでは、最悪の場合、顧客獲得の可能性は1:1かもしれないが、小さい店A、B、Cと並べておいて、実はAとBは裏で繋がっているとしておけば、それと知らない客は、3軒の別個の店だと思い、顧客獲得の可能性は1:1:1、その実2:1になるという、深い洞察と経営戦略に基づいた配置なのだろうか。やけに滑らかに舌の回るおやじ殿だったが、彼は実は現代の諸葛亮か。

■ それはともかく、ショウウィンドウには“シャツ3枚600元”と書いてあるものの、これはどうやらお仕立て代だけらしく、私がオックスフォード風の白い生地を選び、前立てつけてね、と頼んだシャツのお値段は550元。深圳シャツの5倍、ブルックスブラザースの定番シャツと同じ値段である。昼休みで時間が限られていたので、550元の内訳について詳しく尋ねることはしなかったが、これでBBよりかっこ悪く仕立てたら、おばさんは怒るからね!である。もっとも深圳と違い仮縫いがあり、来週火曜、仮縫いに来てねと言っているので、出来上がりをみて「えっ?」ということにはなるまいが。

■ そして仕立てるには採寸が必要なので、大鏡の前に立ち採寸してもらったが、採寸するおじさんと、それを書き付けるおじさんは別で、採寸おじさんは私のサイズをいちいち大声で呼ばわる。インチなのでそれがどんな数字なのか今ひとつ実感なく、にこにこと聞き流していたが、会社に戻り聞いた数字に2.54をかけてみれば、思わず「ぞっ・・・」。これが我がスリーサイズとは、赤面汗顔というか顔面蒼白というか・・・
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ゆで卵用シャツ

  • 2006/03/30 16:12
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■ 出張用のシャツがくたびれてきたので、ご近所でオーダーしようかと思って、昼休み会社近くの仕立て屋さんのウィンドウをのぞいてきた。相場はだいたいシャツ3枚で600元(1万円弱)くらいらしい。ブルックスブラザースのシャツ1枚と、ほぼ同じ値段である。深圳ならば生地代も含め1枚100元程度で仕立てられるが、深圳往復は1日仕事だし、オーダーして取りに行ってと2往復し、ついでにお昼食べたり、買物したりしていると、結局ご当地で仕立てるのと同じくらいの額を散財してしまう。 それに何回かオーダーしてみてわかったのだが、私や友人が贔屓にしている深圳の仕立て屋さんの服は、身体にぴったり、体型そのまんまに仕立ててくれるので、ほれぼれするようなスタイルを誇る人にはよいが、私のように“大いに難あり”の体型の人には、その難がそのまんま出てしまって、着やすく動きやすくはあるものの、全然きれいに見えないのである。これにはちょっとばかり傷ついた。もともとゆで卵のような体型だということはわかっていたが、それにしてもそれをそのまま見せてくれなくともよい。服を着るからには人は、ことに女は、多少はきれいに見せたいと思っているのだ。そのはかない望みを汲んでくれ、である。

■ というわけで最近は、この仕事を始めるに当たって急遽深圳であつらえたスーツにはほとんど手を通すことなく、それ以前に買ったジャケットや、ZARAのジャケットをお直しして着ている。その方が体型が適度にカバーされ、ゆで卵体型もいくぶんましに見えるのである。

■ でそのジャケットに合わせてシャツを作ろうとしているわけだが、近所の仕立て屋さんには、色とりどりの生地に混じって、カラーやカフスの見本があれこれ飾ってあった。別にそんな凝ったデザインのシャツを作るつもりはないが、ゆで卵が着てもきれいにみえるシャツとなると、どういう風にお願いすればいいのだろうか。隣の課の、白いシャツを骨ばった身体できりっと着ている上海美人が羨ましい。

清明時節

  • 2006/03/29 16:34
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■ はっきりしない天気に例年の如く「清明時節雨紛紛」の詩など思い出し、ググってみれば、このようなページあり。一番下に乗っているホー・チ・ミンの戯作がおもしろい。私はホー・チ・ミンが仏語、越語のほか、中国語もできるとは知らなかったが、現在のラテン文字を使った表記になる前は、ヴェトナム語は漢字を使って表記していたのだし、父親が官吏&儒学者で、ホー・チ・ミン自身、後年香港で活動したり、国民党の支援を求めて中国に入ったりしていたことを考えれば、漢詩のパロディを作るくらいのことは朝飯前か。しかし考えてみると、私はホー・チ・ミンについては、ほんとに通り一遍の、3行で終わるくらいの知識しかない。物心ついた時には、すでにヴェトナム戦争は始まっていたし、その後のサイゴン陥落、ヴェトナム難民等の問題も、“我が事”ではなく“他人事”として過ごしてしまった。このあたりで一度、“ホーおじさん”について読んだ方がいいだろうか。岩波新書の「ホー・チ・ミン伝」あたりで。ありゃ、でも、品切重版未定だわ。ヴェトナムは遠くなりにけり、なのか。そういえば来月末はサイゴン陥落31周年(はんぱ…)だ。

ラジオ講座

  • 2006/03/28 15:05
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■ きのう中国語の授業に行く前に、某日系書店でラジオ中国語講座のテキストでも買おうかと思って、ウェブサイトで閉店時間をチェックしていたら、こんな本があることを発見。なんだか見るからに面白そうなので、さっそく1冊申し込んだ。幸い(?)私にはうるさいお姑様はいないが、中国系の人と結婚した人たちの、相手の家族との付き合いにまつわる悲鳴のような訴えはよく耳にするし、ブログ界でも悲喜こもごもの情況が、あっちのサイト、こっちのサイトで展開されている。私だったらとっくの昔に逃げ出しているような情況にありながら、豪快に笑い飛ばし、あるいは“忍”の一字でけなげに耐えているニッポンの嫁様の姿が見えてきて、本当に頭が下がる。

■ それはともかく、書店自体は午後10時まで開いていることがわかったので、退社後出かけてみたのだが、なんと、ラジオ講座のテキストは1冊も、ほんとに1冊も、なかった。考えてみれば当たり前である。なんたって、ご当地ではNHKラジオは聞こえないのだ。ラジオが聞こえないところで、ラジオ講座のテキストを売っているはずは − もちろんない − のだ。最近、日本出張が多く、日本の本屋でのバックナンバーまで取り揃えたテキスト売り場が脳裏にあったので、ついご当地でも同様の情況と勝手に想像し、うろうろ出かけてしまったが、ここは域外。電波は1800キロは飛んでくれないのであった。NHKの講座って、テキストとか安い割によくできていて、初心者にも中級者にも親切ないい講座なのに、残念である。ラジオ聞こえなくても、講座付属のCDがあるんだから、テキスト売ればいいじゃない、と考えるのは私だけなのだろうか? ま、いいや。次に日本に行った時、買って来よう。

■ といった次第で本屋をうろうろしている間に先生から電話があり、本日の授業は15分遅れと知らされる。先生一人、生徒一人の授業なので、この辺は実に臨機応変に適当である。で、15分遅れで先生の家に着いて開口一番「先生、ごはん召し上がりました?」と聞くと、まだだ。ついては今から餃子をゆでるから一緒に食べようと言われ、クレソン入り水餃子をごちそうになる。餃子を食べてる間は菜食主義者用餃子の餡について助言をいただき(先生のお薦めは、豆腐乾、しいたけ、春雨、黒きくらげ、錦糸卵に胡麻油を加えるというもの)、食べ終わった後は本日の人民日報ウェブ版に載っていた記事をテキストにお喋り。記事は42歳で初めて飛行機に乗って旅行した農民工(貧しい農村からの出稼ぎ3K労働者)たちの、胸が痛くなるような純朴さについて。記事の書き方は多少お涙ちょうだい的だが、それでも発展から取り残された内陸部の農村の貧しさと、そこでの暮らしを思うと、沿海部大都市との格差に胸を突かれる。

大阪場所 千秋楽

  • 2006/03/27 15:39
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■ 大阪場所、千秋楽は、共に2敗となった横綱 朝青龍と関脇 白鵬が、優勝決定戦にもつれ込み、「ああ、白鵬、いける! いけっ!! そこだっ!!」という勝負であったのに、最後の瞬間、朝青龍にとおんと投げられてしまった。まことに残念。まあ、まだ21歳だし、大関昇進は確実だし、そのうちには横綱にもなるであろう白鵬だから、たとえ今場所は優勝を逃したとしても、近い将来賜杯を手にすることは確実であり、焦ることはないのだけれど。もしかしたら琴欧州よりも早く、横綱になるかもしれないし。楽しみなお相撲さんである。

■ もう一人楽しみなのが、把瑠都。十両で43年ぶりの全勝優勝である。197cm、164kgとからだつきも立派だし、今後けがに泣かされたりしなければ、とんとんとんと大関くらいまでは問題なく上るのではないか。朝青龍と白鵬はモンゴル出身、琴欧州はブルガリア、この把瑠都はエストニアと、ほんとにいろんな国のお相撲さんが出てきて嬉しい限り。これで栃東、魁皇、千代大海、琴光喜の日本勢が頑張ってくれれば、言うことないのだが。

■ それにしても、ここ何日かアナウンサーがしきりと繰り返していた「精神力の強さでは誰にも負けない朝青龍」ということば。ここでいう“精神力”って、いったい何なんだろう? 私自身は勝ち負けが問題になるようなスポーツはしたことがないので、競技の成績を左右する“精神力”というものがどういうものなのか、今ひとつも、ふたつもよくわからないのだが、人は人の意識の中の何を“精神力”と呼ぶのだろう? 闘志? 冷静さ? 他のすべてを忘れて、その勝負のことだけを考えられる集中力? 今場所12日目の白鵬‐栃東戦を見ても、「勝ちたい」という闘志だけでは勝てないのだということは、よくわかる。着実に星を積み上げていくためには、闘志のほかに何が必要なのだろう?

■ ま、私がそんなことを考えているのは、すぐへこむ自分自身の精神的弱さに足を取られることなく、今の仕事を続けていくにはどうしたらいいかのかということで、あれこれ思い悩んでいるからなんだけど。

■ ところで、本日某華字紙に、“英国《 観察家 》”とあったのを、もう少しで“英『ウォッチャー』”と訳しそうになった。ふおっほっほっ! これはもちろん、“Observer”のことでございます。日本ではよく“チャイナ・ウォッチャー”といいうことばを聞きますし、ちょうどその前にバード・ウォッチング(観察鳥類)の記事を読んでおりましたので、つい、うっかり、すいすいと。考えてみれば、英国には「Watcher」という新聞、雑誌はないですわよ、ねえ?(ないよね? あれ、でも、もしかして、あるのかしら?)

咸魚肉餅飯

  • 2006/03/25 22:38
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■ 昼前、いやな用事を一件片付けに行き、帰りにそばの茶餐庁で、咸魚肉餅飯を食べた。豆乳が一杯ついて16元。割れないステンレスの筒型どんぶり(直径10cmくらい)に、ご飯がつめられ、その上に挽肉をパテにしたものと咸魚(塩漬け魚)が一切れ乗っている。醤油系のたれがかかっている上に咸魚が乗っているので、味はかなり塩辛め。おかげで豆乳が甘く感じられる。壁にレトロな感じの写真がかかり、“昔々、1日2食の食事と寝る場を確保するのに汲々としていた庶民にとって、海鮮を食べるなど一世一代のハレの行事、そうあることではありませんでした。しかしその後生活が豊かになるに従い、街のそこここに海鮮を商う店が増え、人々が海鮮を食べる回数も増えていきました”との説明文が添えられているのだが、三度読んで、はて?と思った。昔々のご当地の一般庶民が大変貧しかったことは想像に難くないが、これだけ海に囲まれたところで、海鮮が貴重品というのもおかしな話ではないか? もし庶民にとって海鮮が高嶺の花だったなら、昔あまたいた漁民は捕った魚をいったい誰に売っていたのだ? 一部のお金持ち? それも変な話だ。わたし、説明文を読み間違えたか?

■ 話はとぶが、一昨日具合が悪かったとき、何が腹が立ったと言って、先日買ったアイメイクアップリムーバー(Le Soins)の落ちが悪いのには、まったく頭に来た。立っているのさえしんどかった時に、しかし化粧くらいは落とさねば、とコットン片手にアイメイクを落とそうとしたのだが、これがぼんやりとしか落ちない。売り子のお嬢さんは「ウォータープルーフのマスカラも落ちます!」と言ったが大嘘である。ランコムのビファシルならするりと1回で落ちるところ、リムーバー含ませたコットンをまぶたの上にしばらく乗せておいても、半分くらいしか落ちない。安いのと、目にしみないところだけは優秀だが、落ちないのでは何の意味もないではないか。こんなことなら高くても我慢してビファシル買えばよかった、と洗面所でぐったりしながら思った。

■ で、今日、咸魚肉餅飯を食べた後に、近所でロレアルの二層式のリムーバーを買い直した。ネットで口コミを調べると結構落ちがよいようだし、しみないとも書いてある。おまけにビファシルより安い。考えてみればランコムもロレアルも、どうせ同じロレアル・グループである。落とす技術にそう差はないだろう。ついでにウェブサイトをよく見ると、ヘレナもキールもアルマーニも入っている。やれやれ、である。どのブランドの何がいいと騒いでも、結局同じグループ内であっちいったり、こっちいったりしているだけのことか? LVMHとかリシュモン・グループもどんどん買収をかけて、傘下に「え?こんなのも?」というようなブランドまで抱え込んでいるし、これではどこを向いても同じグループで、まるでお釈迦様の掌の上で飛び回っている孫悟空のようである。

復調

  • 2006/03/24 16:26
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■ おかげさまで、不調は1日で解消。今日はまたお仕事の日である。昨日1日、昼前も昼過ぎも夜も、くうくうとよく寝たおかげで、今日は比較的すっきりと目が醒め、シャワーも浴びてさっぱりして出社したのだが、仕事を始めてしばらくしたら、また頭が痛くなってきた。これってやっぱり出社拒否だろうか。仕事が嫌いだから頭が痛くなるとか?

■ それはともかく、昨日は寝ている時以外は、宮部みゆきさんの江戸ものを読み返して過ごした。「ぼんくら」と「あやし」と「堪忍箱」。この人は近年ますますお話を語るのがうまくなってきていて、本当に感心する。わかりやすく、あたたかく、少しほろりとさせ、少ぅし恐いところもあって、ほとんど落語の人情もの。ことに「あやし」の中に入っている「影牢」なんて、老番頭が語る語り口そのままに綴られており、これをそのまま、誰か渋い噺家さんがやってくれたら、かなり面白い人情話(怪談か)になると思うのだが…。

本日休業

  • 2006/03/23 14:46
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■ 昨晩から大いに具合が悪くなり、今朝になってもよくならないので、本日は休業として1日寝ていることにした。頭はがんがんするし、胃は食べ物を受け付けないし、熱もないのにふらふらする。身体が出社拒否を起こしているだけにしては、念が入っている。疲れが出たというにしても、疲れるほどの仕事はしていないし、ま、嘔吐を伴う悪性偏頭痛とでもしておくか。

■ 昨晩、トイレで盛大に吐いている時、夫は背中をさすりながら「ダイエットにしてはdrasticなやり方だねえ」と言っていたが、いくら私が忍び寄る体重の増加に戦々恐々としているからといって、こんな持って回った方法をとるか? 夫よ、君の冗談は少しひねりすぎだよ。イギリス人じゃないんだから、も少し素直なジョークにしたまえ。それでなくとも痛む頭が、ますますがんがんするではないか。吐いてる途中で笑うのは、苦しいのだ。

大阪場所

  • 2006/03/22 16:55
  • Category:
■ 大阪場所が始まって以来、夕ごはんを食べながら取り組みを見るのが、日課となっている。もちろんリアルタイムでは見られないので、中入り後だけを録画しておき、フォークを振り回しながら応援するのである。いつものお気に入り高見盛と琴欧州のほか、今場所は白鵬が非常に充実している。実に安定した勝ちっぷりで、夫は「この取り口は、かつての貴乃花を思わせる」と感心している。身体つきも相撲取りの王道を行き、太いしっかりした筋肉の上に、脂肪がどっしりと乗り、まだ若いせいもあって少しのたるみもない。“充実”ということばそのままの、誠に気持ちのよい身体つきである。ことに肩から上腕にかけての盛り上がりと、腰から太腿にかけての下半身が見事で、見ていて惚れ惚れする。朝青龍も同じ身体つきだが、こちらは横綱だし、上にのっている顔が憎たらしいヒール顔なので、誉めないことにする。白鵬は白いお餅のような童顔で、大変かわいらしい。昨日まで1敗もせず、朝青龍と並んで10勝中だが、さて今日はどうだろうか。

■ 憂い顔の超ハンサムな大関 琴欧州は、今場所は右ひざ靭帯を傷めていて、おかげで見ているこちらは毎日はらはらしどおしである。今のところ7勝3敗で、今日の相手は今場所非常に調子の悪い北勝力なのでたぶん勝てるだろうが、ファンとしてはやはり心配。大関昇進2場所目なので、できれば2桁の勝ち星が欲しいところである。あと3勝。いけるか?

■ ところでこの琴欧州関、上との比較で言えば、身体つきはまったく力士っぽくない。もちろん筋肉は太いのだが、相撲取りらしい脂肪の乗りがなく、背が高いせいもあってむしろスリムに見える。そして白鵬や朝青龍、栃東と較べてどこが一番ちがうかというと、尻である。この人は尻が小さい、というか尻が短い。白鵬や朝青龍、栃東などが“充実の大殿筋”という感じで非常にどっしりした、いっそふてぶてしいとも言える力強い尻をしているのに対し、この人の尻はまるで少年のそれのようにこじんまりとまとまり、締め込みの下で、ほとんどその存在を感じさせない。「これで下半身だいじょうぶか?」と心配になるが、今まで勝って来ているのだからだいじょうぶなのだろう。まあ、西洋人とアジア人のもともとの身体つきの差かもしれないし。Lucycat さんが、街で若いお相撲さんとすれ違ったら、ことばが日本語ではなかったと書いてらしたが、いろんな国からいろんなお相撲さんが来るのはよいことである。

や、家賃が…

  • 2006/03/21 15:17
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■ さっき某銀行に記帳に行って、すごいことに気がついた。なんと今月分の家賃、残高不足で引き落とされていない!! きゃあああああ!! である。この銀行のこの口座は家賃の引き落としにしか使っていないので、たとえ1回くらい入金を忘れても残高不足にならないように、常に1か月分+αの残高があるようにしていたつもりだったのだが、いつのまにか1ヶ月分を使いこみ、+α分しか残らなくなっていた上に今月は入金が遅れたので、指定日に引き落としができなかったらしい。しまったあ!! と大いに青ざめたが、すでに遅し。

■ さっそく大家殿に電話し、事情を話して謝り、自動振替ではなく、直接大家殿の口座に入金してきたが、まったくもって恥ずかしい限り。家賃交渉の際にはお互い武装してばしばしやりあうが、その他の時は気前のいい、また気持ちのいい大家殿であるので、こういうつまらない間違いはしてはならないのだ。大家殿は電話の向うで「2日くらい遅れたってどうってことないわよ」と豪快に笑っていたが、そういう問題でもあるまい。大家殿が大家としての本分を尽くすなら、店子は店子としての本分を尽くさねば。ねえ?

■ それにしてもいつ入金を忘れたのかと通帳を調べてみると、どうやら昨年の12月らしい。そういえばあの月は6日から出張に出かけ、その後休暇を取って実家にも行っていたので、帰ってきたのは月半ば。ちょうどいつもの入金時期に不在で、そのまま忘れてしまったらしい。呆け老人の始まりである。

■ しかし利用者は忘れても、銀行は忘れない。呆けることもない。家賃の自動振替ができなかった時、立て替えて払ってくれたわけでもないのに、引き落とし不能手数料100元だけは、しっかりと私の口座から引いていた。さすが天下のH〇BC。05年度も増益だったらしいが、この分だと06年度も増収増益は間違いあるまい。(100元ぽっち大勢に影響はないって? いや、塵も積もれば…ですよ)

手書き

  • 2006/03/20 17:40
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■ 午前中、めずらしく手仕事に追われる。久しぶりに手書きでたくさん書いたので、右手中指が痛い。職場にワープロが登場し、それがパソコンに取って代わられて10年余り。ペンを片手に、書類を手で書くなんてことは、近頃とんとなくなったから、たまに手書きをするとすぐ指が痛くなる。困ったものである。昔々、伝票を5枚カーボン(!)で書いていた頃があったとは、信じ難い。

■ しかし今ふと思ったのだが、私が午前中せっせと書いていたのは、顧客情報のコンピュータへのインプット・フォームである。考えてみると、何でコンピュータへの入力フォームが手書きなんだ? ウチの会社、なにか間違ってないか?

記憶は味蕾にしみついて

  • 2006/03/19 13:03
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■ 昨日は夫の年若い友人デイヴィッド君が、ごはんを食べに来た。デイヴィッド君は夫よりもう一段階厳しいベジで、肉、魚、海鮮のほか、卵も食べない。なので彼がごはんを食べに来る時には、いつも献立に悩む。きのうは最終的に、人参と袋茸のスープ、アボカドポテトサラダ、中華風冷や奴、ベビーアスパラの炒め物、野菜とコーンが大量に入った炒飯、ヨーグルト系デザートという組み合わせになったが、これはデイヴィッド君が中国系のカナダ人で、味のベースが醤油文化圏に属しているとわかっているからである。同じべジでも西洋系の場合は、も少し西よりの(つまりバター、クリーム系の)味にする。そうした方が受けがいいのである。人間、子供の頃に慣れ親しんで育った味というのは骨身に、あるいは脳髄と味蕾に抜き難く染みついているらしく、夫など醤油が焦げるあの馥郁たる香りには何の興奮も示さないが、バターの匂いにはつつーと吸い寄せられ、舌なめずりして「うまい!」と言うし、私は逆に醤油の匂い(イカ焼き、焼きだんご、サザエの壺焼き・・・ああ)に陶然となり、ふらふらと屋台に引き寄せられる。これは長の年月に培われた、理性を超えた本能のような反応だと思われるので、私は素直に従うことにしている。アジア系にはアジア味を出すし、西洋系には西洋味を出す。友達がわざわざウチまでごはんを食べにきてくれるのに、本人が好きじゃないものを出しても仕方がない。相手が喜んでなんぼ、である。

■ ただ昨日は中華風冷や奴のたれが、豆板醤の入れ過ぎで辛くなり過ぎ、デイヴィッド君には申し訳ないことをした。普段通りに作ればいいものを、なまじ気張ってあれこれ手を加えすぎたのが裏目に出た。ごめんねー、デイヴィッド、せっかく来てくれたのにねえ、である。もっともデイヴィッド君は弁護士にしておくには惜しいほど人柄のいい青年なので、辛さをものともせずぱくぱく平らげていってくれたけど。

■ 食事の後は3人で、“In Her Shoes”を見た。友達と食後に見るにふさわしい、楽しい映画だった。キャメロン・ディアスは相変わらずキュートで魅力的だし、美人なんだかブスなんだか、太っているんだか痩せているんだかよくわからないトニ・コレットも役柄にぴったりで、これにシャーリー・マクレーンが加わってつまらない映画になるはずはなく、おかげで楽しい2時間を過ごすことができた。

■ 自分がその年齢に近づいてきたせいか、最近じいさん、ばあさんとか、老後の生活とかが映画に出てくると興味を引かれるが、この映画の中のじいさん、ばあさんたちが自己紹介の際、もう亡くなった連れ合いの名前、職業、亡くなった原因を付け加えて話し、それがお決まりのようになっているのが、おもしろかった。それも自分の一部、ということだろうか。ついでに「というわけで、今は独身なのよ」と暗に言っているというのもあるだろうが・・・

■ もうひとつ、ローズ(トニ・コレット)が弁護士辞めて始めたドッグ・シッター。う、うらやましい。あれこそ、私の理想の職業かも。いろんな犬といっしょに、街を歩き回る。ご、極楽・・・!!

静音車輌

  • 2006/03/18 16:40
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■ ところで、その深圳へのお出かけの際、かれこれ14年ぶりで深圳行き列車の1等席に乗ったのだが、ホームの「1等席」あっち→、という表示に混じって、「静音車輌」あっち→、という表示があるのに、気が付いた。昔はなかった表示である。「静音車輌」? 「静音車輌」ってなんだろう? もしかして日本並みに携帯電話の使用を制限した車輌のことだろうか。ヒトの大声の電話に邪魔されず、静かに読書に専念できるとか? と思ったが、これは違った。「静音車輌」でない車輌に乗ってみてわかった。

■ いつから始めたのか知らないが、何と普通の車輌では、車内ラジオ放送を始めていたのだ。走っている間中、ニュースやらコマーシャルやらが、かなりな音量で流れ続けている。全部広東語である。停車駅等を告げる一般のアナウンスとは違い、普通話、英語、広東語の3本立てにはなっていないので、これは純粋に地元民に対するサービスなのか。あるいは、単にコマーシャルの広告収入目当てなのかもしれないが、何しろ結構な音量の放送が休みなく流れているので、正直、うるさい。私は広東語はろくにわからないから、耳のスイッチをオフにすれば、放送は単なる雑音と化して読書に集中することができるが、母語で自然に意味が了解できてしまう人には、かなり神経に触るだろうと想像する。

■ そういえば3、4年前、路線バスにテレビがつき、番組やら広告やらの放送を始めた時も、そのうるささに一部市民からは轟々たる非難があがった。そもそもバスはそれでなくともうるさい街中を、自身騒音を立てながら走っているのである。車内が静かなはずがない。その静かでない車内で聞こえる程度の音量となったら、これはもうほとんど街宣車並み。間違いなく“騒音”である。それを“サービス”と呼ばせようとは、××バスさんもいささか人が悪い。

■ 昔々、犬養道子さんは日本の新幹線内で、車内販売の売り子さんたちがワゴンを押し、声高に商品名を呼ばわりながら行ったり来たりするのを、人の安寧を妨げる“騒音”として非難していらしたが、そしてそのためかどうか最近では車内販売での商品名の連呼はなくなり、ちりんちりんという鈴の音で注意を喚起するに留めているが、ご当地のこの有様をご覧になったら、なんとおっしゃるだろうか。あまりのうるささにしばし言葉を失うのではないか。騒音に対し人間離れした耐性を持つご当地の人たちならではの“サービス”である。

重量級マッサージ

  • 2006/03/17 21:54
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昨日は日本からのお客様にくっついて、深圳の企業を訪問。今回は通訳はしなくていいというので、お気楽な気分で出かけたのだが、うーん、落とし穴はどこにでもあるもの。ぐったり疲れ果てた気分で帰ってきた。

ひとつは人の上手い通訳と、自身の下手な通訳を較べての、毎度の落ち込み。これについては書き始めると切りがないし、ひたすら落ち込むので、詳細はいつかまた機会があるときに譲る。

もうひとつの落ち込みの原因は、マッサージである。昼食後、次のアポまで2時間ほど時間が空いてしまったので、上司殿の発案でマッサージに行った。深圳はマッサージが安いし、上司殿は泊りがけでマッサージに行くほどの、マッサージ好きなのだ。

で、昨日は訪問先企業の真ん前にあるビルのマッサージ屋に入ったのだが、これが入口はまあ普通の様子であるものの、奥に入ってマッサージ嬢と対面したとたん「ぐっ」とのどが詰まりそうになった。何とここのマッサージ嬢、あろうことかあんまり服を着ていない。脚の付け根ぎりぎりの丈のきんきらスリップドレスに、ハイヒールのミュール。胸元からはご丁寧に赤いブラがちらちら覗いているし、肩ひもなんて当然丸見えである。「上司、上司 !! 店の選択を誤っていないか !?」と胸の内で大きく叫んだが、上司殿は一向に気にする風なく、さっさと個室に入っていく。お客さんたち(全員男性)も、にやにやにこにこ嬉しそうに個室に消えていく。なので、わたしも「やれやれ。なんでこうなるのさ…」と思いつつ個室に消えた。

で、何が起こったか? 私には、別に何も全然起こらなかった。ふつーに、(あんまり上手でない)マッサージをしてもらっただけである。ただマッサージ嬢の身の上話を1時間半たーっぷり聞いてしまったおかげで、終わった時には小ぬか雨に全身濡れそぼち、じっとり芯まで湿り尽くしたような気分になってしまっただけである。

話によると、このマッサージ嬢は深圳に来てまだ1月足らず。もともとは貴州省の農村の出身だそうである。年齢は聞かなかったが、見たところ20代後半か30代前半といったあたり。薄暗い照明のせいか、いささか生活に疲れ、やつれているようにも見える。彼女には女の子がひとりいる。7歳で小学校に上がったばかり。とても可愛らしい顔立ちの子で、歌と踊りがうまく、学年で3人しかの代表に選ばれて、皆の前で歌と踊りを披露したこともある。しかもお母さん思いで、大きくなったらきれいな洋服とか、おいしいものとか、みんなお母さんに買ってあげるね、と言うのだという。夫とは離婚した。まだ9ヶ月だった女の子を連れて、彼女が一時実家に帰っていた間に、他の女と逃げてしまったのだという。「男ってみんなそうよ。寂しいのに耐えられないのよね。仕方ないのよ」とは彼女の弁。
農村では現金収入がないから、子どものため少しでも多く稼ぐために深圳に出て来たのだが、なかなか思うに任せない。今の仕事は、住むところはただだけど1ヶ月働いても380元にしかならない。たとえば今私がやってもらっているマッサージは、1時間半で68元だが、彼女の取り分は28元。残り40元は店に行ってしまう。チップをもらうのは禁止されていて、もらったことが店にばれると罰金だという。「お客さん、香港からでしょう? 香港だとお給料たくさん貰えるわよねえ? いくらくらい?」と聞くので「うーん、仕事によるしねえ。そりゃ深圳よりは多いけど、でもその代わり物価も高いから」「そうかー。深圳もモノが高くてね。お金、なかなか貯まらないのよね。子どものためにもできるだけ貯めたいんだけど…」「どこでも大変だよね」「ねえ、見て。こんな仕事してるから、あたしの手ガッサガサ。お客さん、つるつるでいいねえ」とため息。確かに彼女の手はカサカサに荒れている。このあたりから、私とてもすまない気分になってくる。いや、正確にはこの店に入り、明らかに広東省外から出稼ぎに来たと思われる、ろくに服も着ていない女の子がタオル持って付いてきた時から、片や安い賃金で店に使われているマッサージ嬢、片や平日の昼間からマッサージに来ている気楽な身分の香港人(ほんとは違うのだが、傍目にはそう見える)という彼我の境遇の差が余りにあからさまで、まるで自分自身が金に物を言わせて若い娘を自由にしようとしている狒々爺のように思えて、居心地が悪くて仕方がなかったのだ。彼女自身、「お客さんと比べるとさ、私ってほんとに運がないよね。貧乏な農家に生まれて、上も下も女ばっかりの7人姉妹で、旦那には逃げられるし、深圳には来てみたけど、思うほどお金はたまらないし…」と言い、「でも、かわいい子どもがいるじゃない」と言うと、「子どもがいたって、ちゃんと養っていけるかどうかもわかんないよ。今はまだ小学校だし、戸口(戸籍)が農村だから、1学期の学費も45元ぽっちで済むけど、あと10年も経って大学とか行きたいって言われたら、どうしよう?」と心配そうに眉を曇らせる。なんとか話を明るい方へ持っていけないものかとうろうろ考えるうちに、時間だよとコンコンとドアを叩かれ、他のメンバーが待っているのが見えたので、慌てて隠れるように20元のチップを渡して部屋を出た。彼女はぱっと顔を輝かせて「わあ、謝謝!」と言い、ぱぱっと札を折りたたむとミュールの爪先に隠した。そこかブラの中くらいしか、隠す場所がないのである。このチップにしたところで、100元くらいあげたいような気はしたが、あまりたくさんでもまるで施しをするようだし、あまり少なくては意味がないし、かといって財布の中にそんなにたくさんの札が入っているわけでもなく、やむをえず20元を渡したのだが、はたしてそれでよかったのか。
私一人で中国の農村数億人の貧困を救えるわけではないし、つまらない感傷や同情など何の意味もないことは重々承知だが、何だかいろいろ考えてしまい、施術前より施術後の方が疲れるマッサージとなった。上司、やっぱり店の選択を誤ってるよ。

芝浜

  • 2006/03/16 20:24
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■ C社社長が新幹線乗車を諦めたので、最終日午前、山野楽器に行くことができた。夫から頼まれていた目当てのDVDはなかったが、代わりに自分用に「五代目古今亭志ん生 名演大全集」の13を買ってきた。「妾馬」「岸流島」「芝浜」の三題が入っているCDである。別に志ん生が好きだから選んだわけではなく、出発時間が迫る中、「芝浜」が入っているのを探していたら、志ん生のになった。
「芝浜」は、昔々その昔、私がまだ大学生だった頃、ラジオで偶然聞いて、そのおもしろさに「へえ、話芸というのは、ここまで面白くなりうるのか」と、今までわからなかったものが、ひとつすとんと腑に落ちたような心持になった、私にとっては記念すべき噺である。その時の噺家は誰だったのか、何しろラジオの放送を途中から聴いただけなので全く覚えていないが、しみじみと上手いものだと感じ入ったことだけは覚えている。

■ で、志ん生のを買ってきて、以来毎晩寝る前に聞いている。何しろ三題しか入っていないので、すでに二回り目である。あと4、5回はいけるだろうが、6周目あたりではさすがに飽きるのではないか。どうせなら、あと2、3枚買って来ればよかったと、少し後悔している。ご当地にもHMVやら××レコードやらはあり、日本歌曲コーナーでJ-POPは売っているが、さすがに落語のCDまでは売っていない。日本人人口2、3万では、落語CDの需要はしれたもの。あるいは地元需要にしたところで、日本語学習熱は近年いよいよ盛んだが、まだ落語で日本語を覚えようというような、粋な学生は出現しておらず、需要なきところ、供給はなし。残念至極。巻き舌&べらんめえの日本語をあやつる外国人てのも乙なものかとは思うが、仕事に使えぬでは無用の長物か。取引先に向かい長屋のご隠居さん、あるいはでえくの熊の口調で喋ったりしたら、お客さんは目を白黒で、始末書ものか。

オシゴト話 3 − 金曜の夜はお祭り

  • 2006/03/15 16:42
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■ 日本でのオシゴトは、だいたいいつも金曜に終わる。だから金曜の夕方6時過ぎ、あるいはレセプションつきの場合は夜9時半過ぎ、すべての日程を終えて荷物をタクシーに積み込み、(お客様&上司は飲みに行くので)いつもは助手席にきちきちに座っているのを、後部座席に一人ゆったり座ってホテルに向かう瞬間は、実のところ「きゃっほう!!」と踊りまわりたいほど、解放感いっぱい、うれしさいっぱい、「やったあ! やっと、終わったぜぃ !!」と、頭の中はお祭り騒ぎである。

■ それでもさすがに、タクシーの中とホテルのロビーくらいでは「なんか機嫌のよさそうな人だな」程度のにこにこに留めているが、エレベータを出て、泊まっている階の廊下に人影が見えなければ、資料でぱんぱんのバッグ振り振り、廊下をスキップ。以前、はいてたハイヒールが痛かった時には、ハイヒールを脱いで鼻歌を歌いながら、裸足で部屋まで戻ったこともある。

■ そして部屋では、肩の凝る黒いジャケットは、ぱあっと脱ぎ捨て、バスタブにじゃばじゃばとお湯をため、入浴剤なんぞ入れて、長々と脚を伸ばしながら、ゆったりと読書。(こういう時、短躯は便利である。脚がバスタブにつかえるなんてことは、決してない。いやむしろ、下手をすると全身がずぶずぶと泡の下に沈む) お湯に浸かって全身がたらーっと弛緩したらパジャマに着替え、ベッドにもぐりこんでテレビを見る。民放さんである。仕事中は朝のNHKニュースくらいしか見る暇がないが、仕事が終わればこちらのもの。この時とばかり、ふだんは見られない民放さんを、テレビ番組欄をためつすがめつしながら、ああだこうだ、選ぶ。

■ で、先週の金曜は「夜王」を途中から見、(ホストって何がいいのか、ちっともわかんない。かっこよくないじゃん、全然。馬鹿っぽいしさ。どうしてあんな人たちの歓心を買うために万単位のお金を遣うんだが、私には理解不能である。と言いつつ番組の終りまで見たが)その後は「時効警察」というのの最終回を見た。これはおもしろかった。眠くて途中でまぶたが閉じそうになったのを、無理やり開けてまで見た。何しろもうずいぶん長い間、日本語でのこういうとぼけたやりとり、ちょっとしたおかしみ、微妙な間の外し方、などがつまったドラマというのを見ていなかったから。出ていた俳優さんたち、みんな結構芸達者に見えたけど、彼らは今の日本では有名な俳優さんたちなのだろうか? 出ていた人たちの仲で顔見知りはたった2人(笹野高史さんと、豊原功補さん。豊原さんはついこの間「電車男」で見たから。そうでなければ、笹野さんだけ。とほほ…)だけという悲しい有様で、隔世の感あり。それにしてもNHKの朝ドラとは、なんと違っていることか…

オシゴト話−耳ダンボ

  • 2006/03/14 14:05
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■ オシゴト話の続き。今回上司殿がどうしても、と言って、ある取引先との昼食を取りながらのミーティングを1回入れたのだが、もう二度と再びこんなスケジュールは組まないぞ、と心に誓った。そのくらいしんどかった。

■ そもそも会場の選択を誤った。その取引先から近い、個室のあるレストランをインターネットで探して予約したのだが、実際に行ってみると、そこは個室とは言っても丈の高い衝立で隣と仕切られただけのような造りで、天井はつながっているし、ドアもない開け放し。おかげでフロアの喧騒がそのまま伝わってきて、うるさいことこの上ない。ランチで5,000円前後という値段設定から考えて、それなりに静かな落ち着いた空間を予想していた私は、当てが外れて大弱り。個室を希望する客というのは、他の人たちの視線に邪魔されずに打ち合わせ(食事)ができるということの他に、“静かに”打ち合わせ(食事)ができるということも期待していると思うのだが、この個室ではそれができない。実に困った。

■ それでも日本人同士なら、声を高めれば何とか会話をしながら食事もできるだろうが、うちの場合はほとんど常に通訳つきである。うるさくて“聞こえない”のは、五流通訳の私にとっては致命的なのだ。今回、私はほんとに胃がひっくり返りそうな思いで、耳をダンボにし続けたのだが、いかんせんC社の社長氏は声が通らない。こっちを向いて喋っている時は何とか聞こえても、あっち(お客様の方)を向いて喋られるともうだめである。なお悪いことに、相手はいつもかなり突っ込んだ質問をしてくるやり手の2名で、おかげで私は本当に生きた心地がしなかった。供された食事なんて、ほぼ食べる余裕なし。料理が手付かずだと次の皿が置けず、お運びの人が困ったような顔をするので、会話が途切れた時に急いで掻き込むような有様で、せっかくの丹精込めた品々が何の味もなく咽喉を通り過ぎていった。巷で評判の高い料理だっただけに、大変残念。やはりこういうところは、親しい人との食事にこそ使うべき、と大いに反省した。間違ってもミーティングしながらの味気ないビジネスランチになんか、使うべきではない。
ちなみに店は丸ビル36階の「暗闇坂 宮下」さんである。くれぐれも通訳の必要ない、親しい人とのお食事にお使いください。あるいは外国からのお客様で通訳が必要な場合は、フロアの喧騒をものともしない朗々たる美声の持ち主とわかっている時だけにするとか。



↑ たとえば、こういう人みたいな

靴と新幹線

  • 2006/03/13 14:54
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■ 今回のオシゴトは、大事件もなく無事終わった。しかし小事件はいくつかあった。書くほどのこともないような、くだらないことばかりだが、下記に述べる。

■ 日本に着いた翌日、さあ取引先訪問だ!と定刻にホテルロビーに集合した面々、中の一人、今回のお客様であるC社の財務顧問氏がやけににこにこしている。一体どうしたのかと思ったら「まずいよ、靴忘れちゃったよ」のお言葉。え?と思って同氏の足元を見ると、昨日はいてたオフホワイトのデッキシューズのまま。昨日のカジュアルな服装の時には、全然目立たなかったのだが、今日は取引先訪問に合わせて暗色のスーツにピシッとアイロンのかかったシャツ、質のよさそうなネクタイという極めてオーソドックスかつ謹厳な服装なので、白い足元がとんでもなく目立っている。おまけにそのデッキシューズ、“くたびれた”と言って悪ければ、“大変よく履きこんだ”と形容するのがふさわしいような年季の入った代物で、いかにも企業幹部、エグゼクティブらしい上物と全然合わない。しかしそうは言っても、靴ばかりは他の人のを借りるわけにもいかず、みんなで「会議になれば誰も足元なんか見ないから、だいじょうぶ、だいじょうぶ!」と安請け合いしてタクシーに乗り込んだ。

■ 実際、訪問先では誰もヒトの靴なんか見てはいなかったのだが、この顧問氏はやはりどうも心地が悪かったらしく、「いやあ、何しろ荷物が多かったもので、靴を持ってくるのを忘れました。本当に申し訳ない」と冗談にまぎらせて謝り続け、昼休み銀座の近くで昼食となったのを幸い、松屋の紳士靴売り場で黒のタッセルつきのスリッポンをお買い上げあそばしていた。そしてそのままその靴をはいて午後の日程をこなしていたが、足取りが午前中よりはだいぶゆったりしていたような。確かに企業重役が黒いスーツに白いデッキシューズでは、足取りもこそ泥なみに速くなろうというものである。

■ このC社の社長氏は、仕事の都合で他のメンバーより丸々1日遅れて日本に到着したのだが、日程を1日こなした2日目の夕方、あろうことか「新幹線に乗りたい」と言い出した。社長氏は日本は初めてで、次にいつ来られるかもわからないから、この機会にぜひかの有名な(?)新幹線に乗ってみたいということらしいのだが、「乗りたい」と言われたって、日程は毎日朝9時から夜10時までびっしり詰まっている。空いているのは最終日の朝から、成田に向けてリムジンバスに乗る午後1時までの間の数時間だけ。数時間でいったいどこへ行って帰ってくるというのか? 「乗るだけでいいのだ。乗りさえすればいいのだ」と言うのであれば、たとえばちょいと15分ほど新幹線に乗って新横浜でも行き、そのまま外に出ずに折り返しまた新幹線に乗って帰ってくるとか(合計乗車時間30分!)、あるいはもう少しましな案としては、朝7時頃にチェックアウトしてホテルに荷物を預け東京駅に向かい、新幹線に1時間ほど乗って熱海に行き、(朝8時過ぎでは、土産物屋だってまだろくに開いてはおるまいから)中年おじさんたち+私で熱海の海岸でも散歩し、また1時間新幹線に乗って東京に戻ってくるというのもあるが、考えただけで馬鹿々々しさにため息が出るプランである。それに第一、朝7時にチェックアウトなんて、そのためには一体何時に起きればいいのか、社長氏も含め取引先の接待で毎夜午前様の諸兄にそんな芸当ができるのか、甚だあやしい。私にしたところで、本来この日だけはゆっくり寝ていられるはずの最終日の朝まで、早起きした挙句に熱海くんだりまで行ってお宮の松を見なければならないなんて、悲しくて涙が出る。お願いだからそういうつまんない考えは起こさないでちょうだいと、私はロビーの陰で社長氏の翻意を祈った。
その甲斐あってか、あるいは単に毎日毎夜の強行日程に疲れ果てただけか、社長氏は最終日前日「明日の朝は寝る。新幹線には乗らんでもよい」と言い出した。私と上司殿は小躍りして喜んだ。(実は上司殿も行きたくはなかったのだ)

■ 中国国内の企業幹部には時々こういう方がいる。そういえば昨年も、名目は取引先訪問なのだが、日程を組む段階から「会社訪問は形ばかりふたつくらいあればよい。あとは日本観光をしたい。京都あたりの桜の按配はいかがか」という問い合わせがあった。「なに、それ? うちは観光旅行屋じゃないんですけど」とは思ったものの、そこはそれお客様は神様なので、ご要望どおり京都は清水寺の桜やら、大阪はUSJのアトラクションまで“ご案内”申し上げたが、本当に疲れた。その前には「富士山に行きたい」とも言われ、風吹きすさぶ中、五合目までお供した。こう考えてくると、うちの部課名「××営業部」ではなく「××営業観光部」に変えた方がいいのかも。

確認

  • 2006/03/07 05:46
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■ 土曜に麺屋のつもりで入った店は、やはり隣の甘味屋であった。気になって、気になって仕方がないので、日曜わざわざ確かめに行ってきた。壁1枚で隣り合っている甘味屋と麺屋ではあるが、よーく見ればやはり麺屋は麺屋、甘味屋は甘味屋である。いったいなんで私は麺屋に入るつもりでするすると甘味屋に入って行き、間違いに気づかず座りこんだ挙句に麺がないと言って内心悪態をつき、胸焼けを起こすような炭水化物ばかりの朝ごはんを食べて出て来たのだろうか。ほんとにまったく馬鹿につける薬はないである。

■ 日曜は当然、自身の馬鹿さを確認した後、麺屋に入って牛腩麺を食べた。ついでに右隣の甘味屋(土曜に間違えて入ったのは左隣の甘味屋。つまりこの麺屋は大小2軒の甘味屋に挟まれているのである)にも入って、海帯緑豆を食べ、みやげに姜汁敦牛奶(敦はほんとは手偏つき)を2つお持ち帰りにしてもらって帰ってきた。間違いであったことが確かめられて大変すっきりした。

■ これからまた4、5日オシゴトに行ってまいります。みなさま、どうぞお元気で。

中国茶顛末

  • 2006/03/06 17:02
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■ 昨日昼前、お父さんと楽しそうに電話で話していた夫が突然私の名を呼び、「ダディに何か小さいボールみたいなものを送った?」と聞いた。小さいボール? お義父さんに? いやー、覚えがないけど…。「クリスマスの時よ」クリスマス? あ、もしかしてジャスミン・ティーのこと? クリスマスの小包の中に、ひとつひとつが小さいボールみたいになったドラゴンボール・ジャスミンティーも詰めたけど、それ? 「ジャスミンティー? お茶なの?」うん。中国茶。夫、フランス語で何か説明している。“thé chinois”という音だけが聞き取れる。ふん、ふんと電話の向うに相槌を打っていた夫、そのうち笑いで声を詰まらせ始める。??? クリスマスからもう2ヵ月以上経っているけど、お義父さんは今まであれが何だかわからなかったのだろうかと不審に思っていると、しばらくして電話を終り居間に戻ってきた夫、「お父さんはねー、あれがお茶だとはわからなかったねー」と日本語で言う。「でも、パッケージに英語でお茶って書いてあったでしょう?」と言うと「いや、袋には“Fujian Jasmine Pearl ball”としか書いてなかったって。それでねー」と夫はここで声を詰まらせ、笑いでとぎれとぎれになりながらも説明してくれたところによると、お義父さんはパッケージを開けてはみたものの、中身は灰緑色の植物を固めたような粒粒。ほのかにジャスミンの香りがするが、キャンディには見えない。袋には“Fujian Jasmine Pearl ball”としか書いてなくて、お義父さんには何のことかちんぷんかんぷん。で、どうしたか。お義父さんは「ジャスミンと書いてあるからには、植物に違いない」と考えて、試しに4、5粒を土に埋めてみたのである。そして「早く芽を出せ」とばかりに、上からたっぷり水をかけたのだ!!

■ 私はここまで聞いただけでもう涙を流して笑い転げてしまった。「オ、オトーサン、ドラゴンボールを植木鉢に植えたの?」「そう(夫も笑い転げている)」「そりゃま、植木鉢もポットだけど、(ひいひい)、ポットがちがうと思う」「でも、しばらくしたら小さい緑色の芽が出たって」「それは芽が出たんじゃなくて、単に水分で丸まってたお茶の葉が開いたんだと思うけど(ゼイゼイ ← 笑いすぎて苦しい)」

■ 送ったお茶はご当地でも名高いお茶屋の製品で、売り子嬢が「西洋の方にはジャスミンティーが好まれる」というので、選んだものである。普通のリーフティーより面白かろうと思って、わざわざ小珠タイプを選んだのが、返って裏目に出たようで。ただ何しろ、私にとっては見たとたんに“お茶”とわかる代物だし、以前日本人の友だちに送ったときも“お茶”だということはすぐに了解してもらえたので、お義父さんも淹れ方はともかく、お茶だということはすぐにわかってもらえるだろうと思ったのが甘かった。ごめんね、おとーさん!である。そういえばお義父さんが飲んでいるお茶は、いつもティーバックタイプである。リーフティーという概念はお義父さんの頭にはないのかも。

■ それにしてもお茶を買った時売り子嬢がくれた「中国茶の淹れ方」という英語のリーフレットをいっしょに入れたと思ったんだけど、お義父さんは気がつかなかったのだろうか?

注意力散漫につき

  • 2006/03/04 21:52
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■ 先週薦められた投信について「考えて来週返事をする」と言った手前、連絡しないのも悪いだろうと思い、また我がメインバンクに出かけ、薦められたのとは全然違う「確実にハイリスク、運がよければハイリターン」の投信を少し買った。「投信」という他人に私の資金の運用を任せる商品を買うのなら、自分ができないことをやってもらうのでなければ意味がない。

■ というようなことを考えながら銀行を出、小腹が空いたので銀行のそばにある麺屋で麺でも食べようかと開け放しの入り口から中に入ると、狭い店内は押すな押すなの大盛況。「へえ、有名な店だとは聞いてたけど、土曜の昼前でこの混みようとは大したものだ」と驚きながら、真ん中にひとつ空いてた席に相席で潜り込む。さて、ここはやはり牛腩麺ですかね、と思いつつ注文しようとすると、11時前は朝食メニュしかないよ、と言われる。「へ? 麺屋に麺がないとは、どういうことよ?」と周りを見渡すと、満員御礼の席みんな朝食メニュを食べており、麺を食べてる人はひとりもいない。店に入る前から、私の頭と腹は「麺!」モード一色になっていたので、麺がないならと思わず席を立って帰ろうかと考えたが、すでに茶は運ばれていたし、こんなに混んだ店では客が食べたか食べないかの確認も難しかろう、レジで誰何されるのも面倒だと思って、物は試しとみなが食べている朝食メニュを頼んでみた。まず運ばれてきたのは深めのスープ皿に盛られたマカロニ。コンソメスープの中に大量のマカロニが浮いており、上に千切りのハムが乗っている。なんだか昭和40年代の学校給食みたいである。「ああ、そういえばご当地にはこういう朝ごはんがあったっけ」と憮然としつつ、無理やり半分胃に納める。すでに胸焼け気味。いささかげんなりしたあたりで狭い店内をてきぱきと走り回るお兄さんが、三角に切ったトーストと目玉焼きの皿を置いていく。トーストは日本のパンなら6枚切り相当の厚さか、耳は落としてあり、真ん中にマーガリンが塗ってある。焼き加減はさっとあぶった程度。焼き色はついていない。目玉焼きは卵ふたつ。たっぷりの油の中で焼かれたらしく、白身部分はふんわりと、黄身は半熟。トーストに卵を乗せて食べながら「あーあ、なんで牛腩麺がおもしろくもない目玉焼きトーストになるのさ。やっぱり麺がないとわかった時点で席を立つべきだったな」と自身の判断の誤りを嘆くうちにも客はどんどん押し寄せ、席はすごい勢いで回転していく。大方は家族連れである。私と相席になっている3人も、母親と娘二人と見受けられるが、なんで土曜の昼前にわざわざ外でこんな朝食を食べたいのか、わたしにはとんとわからない。マカロニにトーストに卵ふたつって、なんかすごく健康に悪そう。炭水化物とコレステロールだけで、そのくせカロリーは高そうで、こんな食事で貴重な1食を浪費したかと思うと、うう、無念。
セットの飲み物(ミルクコーヒーorミルクティーorレモンティー。ホットもアイスも可。ただしアイスは2元増し)は省略して店を出、胃の中で自己主張しているマカロニの大軍をなだめながら家路に着いたが、それにしてもなんで麺屋に麺がないのか、いくら11時前だからといってあのメニュはおかしい、と首をひねる。前回この麺屋で雲呑麺を食べたのは随分前だし、その時は夜だったが、それにしてもなんだかヘンだ。よく思い出すとどうも店の中の様子が違うような…とここまで考えて、はたと気づいた。私は店を間違えた? 銀行から出た後、新聞片手に下を向いて歩き、麺屋の看板はちらと見たきりで入り口をくぐったのだが、私はもしかして麺屋のとなりの甘味屋に入ったのでは? そう考えると合点がいく。麺屋の隣の甘味屋も結構有名な店で、いつも客で賑わっている。甘味屋なら麺がないのも道理である。私が麺ないの?と聞いた時、注文取りのお兄さんは、この客なんだ?というような顔をしたが、そりゃあ甘味屋に入って牛腩麺注文したりすれば、ヘンな客と思われても仕方ない。ああ、馬鹿みたい。この間の徳發といい、今日の甘味屋といい、最近私は目的の店を前に隣に寄り込むことばかり繰り返している。こんな連鎖はここで止めなければ。明日こそは間違えずに麺屋に入るぞ。

車椅子でも買って

  • 2006/03/03 19:16
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■ 考えてみると、かれこれ10年以上ご当地に住んではいるが、訪れたことのある場所というのは極めて限られている。ことにここ3、4年は、土日の娯楽がジムでの運動と、家でのDVD観賞という屋内モノ2本立てになってしまっているため、とんと外に出なくなった。毎日、毎日、家と会社を往復し、合間にジムやら市場やらに行くだけの生活。週のうち5日から6日は会社に行かなくてはならない勤労者の身では、それもある程度までは仕方のないこととは思うが、富柏村氏の日剰を読むにつけ、せっかく期間限定で、ご当地というめっぽう猥雑で、えぐくて、良くも悪くも濃厚な味わいを持った街に住んでいるのに、そんなふうに同じ場所ばかり行ったり来たりして年月を過ごすのは、もったいないような気がしてきた。

■ まだ一人身だった頃は、夕ごはん仲間とあちこち出かけたり、郊外の山にハイキングに行ったり、映画や絵を見に行ったりしたし、その後も夫が歩くのを厭わなかった頃は、コンサートに行ったり、山歩きに行ったりしたものだったが、最近はとんとごぶさた。このあたりでまたひとつ、路地散策やら山歩きやらを始めたいものだが、夫はここ2、3年椎間板ヘルニアだか、坐骨神経痛だか、股関節神経痛だかで、1時間以上の歩行は困難である。時々は15分程度の歩きさえもきつく、ジムから家まで地下鉄に乗って帰って来たりしている。これではとても山歩きになど誘えない。お楽しみはともに味わってこそ夫婦なので、1回や2回ならともかく、毎回一人でなぞ行きたくはないし、さてどうしたものか。疲れたらすぐ座れるよう折りたたみ式車椅子でも買って、山歩きは無理でも、街歩きくらいは再開してみるか。いや、冗談ではなく。

笑ふべし

  • 2006/03/02 15:10
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■ 昨日は笑った。1ヶ月以上前に、ある会社から頼まれて、その会社のご紹介DVD用のナレーションを日本語にしたのだが、昨日またほぼ同じ内容+αの原稿をEメールしてきて、これからDVD作るので、これ日本語にして、という。
??? これ内容が1ヶ月前に翻訳したのとほぼ同じですけど、しかも確かこのDVDを使うのは来週のはずですけど、1ヶ月前にFさんに渡した原稿はどうしました? と聞くと、Fさんは昨日で辞めました。引継ぎの時、これはまだ翻訳されてないと言っていましたとの弁。しかも会社紹介のDVDはおっしゃるとおり来週使うので、翻訳は今日中(その時すでに3時過ぎ)にしてください、との付け足し。

■ あっぱれ、C社! お客様は神様という我が部の体質を知り尽くした正面攻撃&強行突破! 込み込みで請け負っている以上、翻訳文書が何件になろうと、納期が極端に短かろうと、不平を言う権利は我が部にはなく、常に答えはひとつ。慇懃ににっこり笑って「御意!」 実際、私は気を落ち着けるために階下のイタリア料理屋にカプチーノを買いに行った帰り、エレベータの中でがははと笑った。他にどうしろというのだ? 1ヶ月以上前からわかっていたDVDの制作を、使う日の5日前になってやっと始めるというのも、いかにもご当地の企業だし、翻訳した原稿が担当者の退職とともになくなってしまうのも、いかにもありそうなことだし、いちいち怒っていても仕方ない。笑うが一番。笑う対象は、 そういう“笑止!”な情況に陥った自分自身である。

■ この話には続きがある。C社は原稿ができる前にさっさとナレーターの手配を進め(やり始めると速いのね)、ご当地で作ると高いので、北京で作ることにして、この人はどう?とナレーター候補者のテープを電話越しに聞かせてくれたのだが、これが聞いたとたん日本人ではないとわかるイントネーションの持ち主で、何とも聞き苦しい硬い調子で日本語を朗読している。一聴した印象は「北鮮のプロパガンダ放送?」 聞かせてくれたC社の秘書嬢に「この人、中国人?」と聞くと、「日本人だって言ってるんだけど」と言う。そんなはずはあるまい、と笑い出すと、「でもほんとに日本人だって言ってるのよ」と言う。まあこのナレーター候補者氏の言う“日本人”という意味が“日本国籍”という意味なら、確かにそれはありえるだろう。帰化して日本国籍になった人もいるだろうし、外地で生まれ、日本で育たなかった日本国籍者もいるだろうから。しかし日本語の朗読を頼む時の“日本人”という条件は、国籍ではなく日本語ネイティブか否かという意味である。極端に言えば国籍がどこだろうと、民族がどこだろうと、日本語を母語として自然に使え、このDVDを見る人に、C社に対する好印象を無意識に抱かせるようなナレーションができればいいのである。その点で、この候補者氏は落第。だって聞いてて気持ちが悪いんだもん。ちなみに料金を聞くと8分の朗読で1万元(邦貨14万)だという。これにも一同大爆笑。いくら何でも、この朗読でこの値段はぼりすぎ、である。

ネパール・カレー どんぶり飯2杯

  • 2006/03/01 22:06
  • Category:
■ 胸焼け。2日続けて慣れぬ外食などしたせいである。とほ。何しろ胃にずしりと重みを感じ「もう、だめだ」と思いながら、そのくせまだ未練がましく無理やりもう二口、三口食べたからな。胸焼けするのも道理である。なに、食べたものはたいしたものではない。近所のネパール・レストランのお値打ちセットメニューである。25元で緑豆のスープ、カレーともう一品(きのうはじゃがいものカレー煮)、これにどんぶり2杯分のごはんがつく。お茶碗2杯分ではない。長距離トラックの運転手相手に営業しているような店で使っている大ぶりのどんぶりで2杯分である。並の女に食べきれる量ではない。店の方でも客を見て盛りを加減すればよいものを、アイラインも黒々と妖艶なネパール人のウェイトレス嬢は、婉然と微笑って、とん、とどんぶり2杯分の盛りのごはんを置いていく。
で私は、その大皿にこんもりと盛られた白飯を前に、背筋を伸ばし肩を引き、ふーっと深く一息吐いてから、おもむろにスプーンを取りあげるのである。
幸い、ごはん以外の菜の盛りはかなり控えめである。スープは幼児用飯椀くらいの大きさだし、カレーともう1品は、鮨屋で醤油を入れるのに使う手塩皿程度の大きさしかない皿に盛られている。ともにほんの二口、三口しかないように見えるが、これでいいのである。ここの料理は味付けがかなり塩辛い。うまいのだが、塩辛い。だからこれらの菜が大量にあったのでは、白飯がいくらあっても足りず、結局飯も菜も食べきれずに残すことになってしまい、大いに無駄である。当地に住まうネパール人相手の店で、そんな無駄が許されるはずがない。
ちなみに昨日は私は羊のカレーを頼み、骨付き、皮付き?でコリコリする羊肉をもぐもぐ噛みながら、せっせ、せっせと白飯を攻略。合間にスープを飲み(この緑豆のスープ。入っているのは緑豆と玉葱とクミンあたりか。単純で白飯によく合う)、じゃがいもを食べ、別にオーダーしたマンゴーラッシーも飲み、とかなり頑張ったのだが、やはりどんぶり飯2杯は手に余り(胃に余り、か)中途で断念。よほど空腹であっても、この白飯全部攻略するのは、育ち盛りの青少年でもない限り、無理と思う。せっかくの食事、美味いと思いながら食べるのでなければ、意味はないし。食べきれず残った白飯は、もったいないので持参のプラスチックバッグに入れて持ち帰ってきた。出稼ぎ労働者は倹約が身に染みついているのである。

■ この店、上にも書いたが、客の8割方は近所に住まうネパール人と思われ、いつ行っても“自由業”らしい、ネパール人の青年たち&おっさんたちが、うだうだとたむろしている。昨日も、ふさがっていた4卓のうち、3卓は顔見知りらしいネパールあるいはインド系と思われる客で、ビールを飲みながら店の女将であるネパール人のおばさん、およびウェイトレスの女の子二人と、楽しそうに喋っていた。ウチの近所は庶民的というか、まあ要するに貧しい地区に属するので、ネパール人、パキスタン人といった人たちも結構住み、その人たち向けの雑貨屋やら食料品屋やらがたくさんある。掘っ立て小屋のようなものも含め、レストランも複数あるが、すべて地元に住まう同胞向けと見受けられる。このレストランの味付けが塩辛いのも、そうした労働者相手の飯屋であるせいかもしれぬ。しばらく前に、羽振りのいい地区にあるネパールの首都の名を冠したレストランに行ったが、そこの料理は同じネパール料理でもかなり上品なあしらいで、味もまったく塩辛くはなかった。と言うか、何の印象も残らない味だった。私はすでにこのレストランの塩辛い庶民の味に慣れ過ぎているのかも知れぬ。

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プロフィール

らうとら

Author:らうとら
ドロシー・L・セイヤーズ、ローリー・R・キング、P.D.ジェイムズ、ディック・フランシス、水村美苗、高村薫、戸塚真弓、ヘレン・ミレン、シャーロット・ランプリング、ソフィ・マルソー(40代以降に限る)、ヘレナ・ボナム・カーター、アンジェリーナ・ジョリー、三代目金馬、小さん、枝雀、エンヤ、クイーン、ドゥルス・ポンテス、マドレデウス、J・S・バッハ、ちあきなおみ、トケイ・ピノ・グリ、アール・グレイ、自転車(冬季を除く)、あらゆる犬と猫
以上、私を幸せにしてくれる方々(敬称略)

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