有休は年10日

  • 2006/07/31 21:44
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今週木曜から、夫は約3週間カナダに帰る。もう、うれしくて、うれしくて、毎日「あと〇日!」とカウントダウンしている始末。
一人残され、ついでに出張も入りそうな妻は、心中あまり穏やかではない。「ちくしょー、外資系はいいなあ・・・」と、自分が働いている会社だって、日本人から見れば一応“外資”なことは棚に上げて羨んでいる。なんたってウチの会社の年間有給休暇日数は10日なのだ。しかも繰り越しはない。病休はあるが医師の診断書が必要なので、風邪引いたくらいでは病院に行かない私としては、不測の事態に供えて3日くらいの余裕は見ておきたい。ということで、旅行や遊びのために使える日数はせいぜい1週間である。どう頑張っても、3週間の休暇は取れない。「ちくしょー」と言いたくなる所以である。

ところでこの“外資系”という言葉、一般的には欧米系の会社を指して使われる。“外人”という言葉を聞いた時、反射的に思い浮かべるのが“西洋人”であるのと同じである。しかし言葉の意味からだけ考えれば、欧米に限らずアジアや中東系だって外資のはずで、だからウチみたいに中国系の会社だって(日本人から見れば)“外資”のはずなのだが、どうもそんな風には分類されていないようである。外資の“外”は、あくまで西洋なのだ。なぜ? 
やっぱり有休が年10日しかなくて、医療保険のカバーが定額&低額で、ボーナスも交通費も残業手当もあるとは限らないあたりが、人々の羨望を誘わないからだろうか?
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生き残る道

  • 2006/07/30 20:34
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日曜朝の楽しみは、朝7時半からの「経済羅針盤」。30分ほどの小さな番組だが、いろいろな企業の経営者が、自社について語るのを聞くのは大変面白い。登場する企業のなかには、誰でも名前を知っているような有名企業もあるし、逆にその業界でしか名前は知られていないけれど、その世界での認知度は国際的という会社もあるし、「へえ、こういう会社が、こういう仕事をしているんだ・・・!」と、経済学的センスとはほぼ無縁の私でも、興味深く見られる番組になっている。

今日のゲストは居酒屋チェーン「ワタミ」社長の渡邊美樹氏。子どもの頃から社長になりたいと思い、そのために経理を学び、他社で修行し、実際に24歳で社長になり、その後も自分自身の目標実現のためたゆみない努力を続けている。そして企業としての目標は、“一番売り上げを上げる”でも“一番利益をあげる”でもなく、“一番ありがとうをもらえる”会社であること、というあたり誠に立派で、理想主義的な青年がそのまま大人になったようで、文句のつけようはないはずなのだけれど、このところ「ワタミ」のようなチェーンに喰われて、廃業や規模縮小に追い込まれしまう個人経営の店について、その苦しさ、不安、しっかりした仕事をする場所がどんどん失われてしまうことに対する無念さを聞くことが多かったので、どうしても手放しで「へえ、すごい」と感心することができなかった。「ワタミ」がたゆまぬ経営努力によって4年後売上高1,000億を達成する陰には、何軒の個人経営の店が消えていくのだろうか。金融機関も製造業も、M&Aを繰り返し、巨大化、寡占化が進んでいるが、それが今後の経済体制の中で、唯一生き残れる道なのだとは、思いたくない。

上司殿

  • 2006/07/28 19:00
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ご報告が遅れましたが、今月末のカンボジア出張は中止となりました。
したがいまして、明日、あさっては、通常どおり休日でございます。

中止になりました理由は、上司殿の読みが楽天的に過ぎたためです。
業務上のことゆえ、また親愛なる上司殿のことゆえ、詳しくは書けませんが、
どうも我が上司殿には「いい釣り場がある」と聞いたとたん、
「よし、行こう!」とばかりに同行者を募り、竿だけかついで勇んで出かけ、
川に着いてから、エサも針も魚篭も、釣った魚を持って帰るための
アイスボックスも持ってこなかったことに気付き、でもそこで慌てたりはせず
「せっかく川に来たんだから遊んで帰ろう!」と代わりに川遊びを楽しみ
魚については帰りに通りがかりの魚屋で、アジか何かの干物を買って済まし
「今日は楽しかったねえ」と同行者ににっこり笑いかける、ようなところがございます。
この場合、同行者は、中でも釣りを楽しみに出かけた同行者は、
おおむね「開いた口がふさがらない」という顔になっているのですが、
上司殿は気付きません。「また、行こうねえ!」と言って楽しく手を振ります。

そして後日、この時の同行者に遭ったりした上司殿は
「なんだかねえ、〇〇さん、怒ってるみたいなんだけど、ヘンですねえ。
この前は楽しんだのにねえ」と心底不思議そうな顔をするのですが
私にはもう説明する気力もございません。
上司殿は「釣りはできなかったけど、代わりに川遊びして楽しんだんだから
いいでしょう?」というのですが、こう考えてにっこりする人に
「そうは言っても上司殿、人々は釣りを楽しみに出かけたんですから、
釣りができないとなれば、怒りましょう」と申し上げても、
理解してはもらえませんでしょうから。

有能なアシスタントとしては、出かける上司殿に
「エサは持ちましたか? 針は? 魚籠は? あ、アイスボックスも忘れずに
持ってくださいね」とうるさく世話を焼き、ついでに行き先の天候でも確かめて
雨が降りそうなら先に行ってテントでも張っておけばいいのでしょうが
いかんせん、上司殿は「川に行く」とは言っても「釣りに行く」とは
一言もおっしゃいませんので、私も弁当だけ持って呑気に同行してしまったり
するわけでございます。そして現地で他の同行者の顰蹙を買うのでございます。
こういうのを“この上司にして、この部下あり”というのでございましょうか。

A Big News

  • 2006/07/27 15:24
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10年来の友人が結婚した。
けさメールをもらって初めて知った。

広州時代、留学生楼の同じ部屋に住んだ時から始まって、
1年半同じ部屋で勉強し、喋り、共同でごはんをつくり
毎週土曜には早茶(朝の飲茶)に行き、
その後私より一足早くご当地に来て就職した彼女は、
私の求職中は、アパートに居候させてくれ、
私の引越しには荷物運びをしてくれ、
急な出張の時には、犬の面倒を見てくれ、
犬とともにロックアウトされた時には、
元旦にも関わらず、鍵屋を探して走り回ってくれ、
二人でアオザイ・パーティを開いたこともあるし
(私はともかく、彼女は見惚れるほどよく似合った)
誘い合って食事にも行ったし、
ともにくせっ毛なので、“2人いっしょなら2割引!”という広告につられ
二人して美容院に出かけ、いすを並べて縮毛矯正パーマをかけたこともあったし、
深圳でいっしょに服を作ったこともあったし、
彼女の留守には、貰い猫2匹の面倒を見にいったこともあるし、
人付き合いが悪く、狷介な人間同士の割には、この13年
つかず離れず、親しく付き合い続けてきた。

それがこの2年ほど、連絡が途絶えがちになり
とうとう嫌われてしまったかと、ずいぶん気にしていたのだが
仕事が忙しく残業の多い彼女に、用もないのに電話するのも憚られ、
といってメールするようなニュースもなく、ほぼ毎日気にかけ
時には夢にまで見ながらも、実際には何の連絡も取っていなかったのが
今朝、会社のメールに入っていた結婚したという知らせに、目が覚めた。

さっそく電話した。
そしてずっと気になっていたのだ、と伝えた。
もちろん「恭喜!恭喜!」の言葉も伝えた。
彼女も、気になってはいたのだが、ニュースもないのに連絡するのもいかがかと・・・
と同じようなことを言い、互いに仕事中だったので、後日を約して電話を切った。

そういえば、通常尋ねるべき、相手の名前や職業、年齢など
何一つ聞かなかったが、考えてみれば、相手が誰だろうと
彼女が気に入って、猫も含め一緒に暮らしているのなら
それで充分であり、私が相手の氏名年齢職業を知ったところで
どうなるものでもない。
何はともあれ、私はこうして再び彼女と連絡が取れたことを喜んでいるし
彼女が気に入った相手を見つけたことを喜んでいるし
今朝の声が楽しそうだったことを喜んでいる。
もう今日はこれだけで充分だと思えるほど、うれしい。

兎の巣穴

  • 2006/07/26 16:22
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津上さんとおっしゃる方のブログに、「賢いウサギは三つの巣を持つ」(狡兎三窟)という中国のことわざの話があった。(3月22日の記事) それによると“賢い人間なら何かあった場合に備えて、我が身を活かせるような場所・仕事などのオプションをいつも三つは用意しておく”という意味だそうだ。

津上さんもお書きになっているが、この何かあった時の備えが、ひとつでなくて二つ、というところがいかにも中国的で、私もつい苦笑してしまった。日本人なら、有事の備えなどひとつあればもう充分。「備えあれば憂いなし」とばかりに、気分すっきり枕を高くして寝てしまいそうだが、中国人にとっては、ひとつだけでは備えは充分ではないらしい。後学のため当たってみた成語辞典に載っていた出典も
『馮諼曰:狡兎有三窟、僅得免其死耳;今君有一窟、未得高枕而臥也、請為君復鑿二窟』
と、今君主様には穴が1つしかなく、ために安心して眠れない。ついてはウサギさんの例に倣って、君主様のためにもう2つばかり穴を掘ってね、となっている。(意味とり違えてましたら、失礼)

振り返って、我が人生の有事の備えだが、私もウサギさんに倣って、常に3つは用意すべきだろうか。
まず有事として第一に浮かぶのは“失業”だが、齢40を過ぎ、すでにトーサンにもリストラにも遭っているので、ここでまた今の職を失ったとしても、茫然自失し、天を仰いで慨嘆、なんてことにはまあならない。子供はいないし、夫は私の収入で食べているわけではないし、困るのは私だけだから、気は楽である。求職活動にしたところで、40過ぎた人間にはろくな就職口がなく、面接までもっていくのさえ一苦労なのは、3年前にすでに経験済みだ。驚くにはあたらない。だめもとで履歴書を書き、人材派遣会社数社、端から登録して歩くだけである。
そしてその結果、ご当地には就職口がない!となったら、大陸進出。単身赴任はいやだが、普通話をもう少しましなものにするためには、よい機会だ。24時間喋って、聞いていれば、いくら記憶力と思考力の鈍化した私でも、少しは進歩するだろう。
そして、それもだめ、大陸ですら仕事がみつからない、となったら、就業はきっぱり諦め、かねてからの夢、再留学を画策。6か月から1年、中国東北部で普通話漬けになる。東北部を選ぶ理由は、発音が標準的で方言がなく、しかも北京や上海に較べ生活費が安いからである。
はいこれで、失業対策用の巣穴は3つ。

と思ったけれど、津上さんの文をよく読んだら、巣穴というのは“我が身を活かせるような場所・仕事などのオプション”のことでしたね。単なる善後策では、巣穴とは呼べないのか。おまけに私のこの巣穴、あるかどうかもはっきりしない巣穴であるし・・・

哀れ紙くずに

  • 2006/07/25 16:26
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信頼して投資していた会社が、どうやらつぶれたらしい。
同社株はウチのお客さんも多数保有しているので、
経営陣と面識のある上司殿は、何度か社長、副社長の携帯に電話してみたのだが
当然、全部留守電に切り替わっていて、連絡は取れなかった。

私自身、この会社の経営陣とは面識があり、
事業内容や将来計画についても何度か聞いている。
だからこそ信頼して投資したのだが、どうやら〇万元が紙くずと化したようだ。
とほほほほ。

ことは今年新たに選任された監査法人が、同社の帳簿に疑問を持ち、
相前後して同社の中国国内の子会社の、財務担当重役が姿を消したことから発覚したのだが、
当初流用金額は600万元と言われていたのが、今日の新聞では12億元にふくらんでおり
まったくもってやれやれである。
600万元くらいなら大勢に影響はあるまい、充分回復できると踏んで
売らずにいた私に、事態を見る目がなかったということである。
大きな損失だが、全体としてみればまだ利益は出ているし
以って瞑すべし、か。

それにしても前任の監査法人は、いったいどんな監査をしていたのか?
まさか12億元の流用はすべて過去1年間に、突然奔流のように発生したもので
その前の1年間の帳簿は完璧にきれいなものでしたなんて戯言を聞かされるのだろうか?
そうかもしれないな。某日本企業の例を引くまでもなく、またかつて私が関係していた企業の例を引くまでもなく、こういう場合、監査法人は知ってて知らないふり、が大部分なのだから。
しかし監査済みの業績報告が信頼できないとなったら、特別情報をもたない個人投資家は
投資などできない。できるのは山かけ投機の短期売買だけである。

コールセンターは

  • 2006/07/24 16:34
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この夏、夫はだいぶ古くなったお義父さんのPCを新調してあげようと、
こちらからネットでデ〇に注文。
カナダのお義父さんのところに届けるよう指示した。
こうしておけば、夏休みカナダに帰った時
自分も使えるという魂胆なのである。

ところが、デ〇に伝えた夫のカード情報に何か問題があったらしく
デ〇からお義父さんのところに電話が入った。
しかし息子のカードの詳細について、お義父さんが知るはずもなく
「それは息子のカードだから、問題があるのなら香港にいる息子に聞いてくれ」
と言ったところ、担当者は困りきった声で「でも、私はカナダとアメリカへの電話しか、
許されていないんです」と不思議なアクセントで言うのだそうだ。
どうも今ひとつ要領を得ない応対に、お義父さんが
「いったいぜんたい、あんたどこからかけてるんだね?」と質したところ、
デ〇曰く「インドからです…」

なるほど、デ〇の北米向けコールセンターは、インドにあるわけか。
日本の某通販会社のコールセンターが大連にあるくらいだから
天下のデ〇のコールセンターがインドにあっても全然不思議ではないが
今の時代、ネットや電話を使う限り、世界中どこにいても仕事ができるんだなあ
と、つくづくと感心。
経済のグローバル化は、他人事でなく進んでいる。


紅豆飽

  • 2006/07/23 15:49
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街市の帰り、隣のパン屋でパンを2つ買って、お昼にした。
最近、私はこのパン屋のパンがお気に入りである。
ご当地の庶民的パン屋の例に漏れず、
ふわふわで甘くて、どこかに中華お得意のラードのにおいが残るようで
欧米の正統派パン職人ならば、一口囓って目をむくようなパンなのだが
でも、いいのだ。
わたしはこのパン屋の「紅豆飽」(あんぱん)が好きなのだ。

生意気盛りの頃は、あんぱんなんて馬鹿にしきって鼻も引っかけず
○○のバゲットやら、××のライ・ブレットやらを食卓に並べ
おやつにもデイニッシュ・ペイストリーの類を選んでいたものだったが
ある日ある時、豆のうまさに目覚めた私は、あんぱんのうまさにも目覚めた。
人々はあんパンを、西洋慣れしていなかった頃の日本を引きずる下賤なパンと見ているが
そして確かにパンと砂糖で煮た豆の組み合わせは、欧米人にとっては“ゲテモノ”でしかないだろうが、われらが東アジア人にとっては、おいしいものの中においしいものを入れた
大変においしい食べ物である。組み合わせは実に当を得た自然なものだ。
だからこそ日本だけでなく、中国にもあるし、ご当地にもあるし、(行ったことはないけどたぶん)韓国にもあるのだ。そうだ思い出した。昔マレーシアのペナンからクアラルンプールに飛んだ飛行機の中でも、朝ご飯にあんぱんが出たぞ。確か私はペナンに置いてきた恋人を想って、泣きながらあんぱんを食べたのだった。泪のしみるあんぱんの味。

それはともかく。
隣のパン屋にはふつうの紅豆飽(あんぱん)の他に、メロンパンにあんを入れた
菠蘿紅豆飽もある。上のさくさくした甘い皮に紅いドレンチェリーが乗っているところが
ちょっと豪勢で、値段も幾分高いので、ふつうの紅豆飽がない時か、
分不相応に気が大きくなっている時しか買わないが、
それにしたって、1この値段は100円しない。
会社の下の“味は2倍、値段は4倍”の気取ったベーカリーから足が遠のく理由である。

暗号解読

  • 2006/07/21 23:37
  • Category:
ご当地の娯楽新聞「東方日報」の経済欄には、
古勝さんという人が執筆している「市場熱線」というコラムがある。
株式市場の情況について、くだけた調子であれこれ書いている楽しいコラムなのだが、
このコラム、正統派の標準中国語しか知らない外国人にとっては、
相当手強いコラムである。
何しろ使われている語彙が独特で、ほとんど暗号状態なのだ。
私も最初これを読まされた時には、ひとつひとつの漢字の意味はわかるのに
全体の意味はまるっきりちんぷんかんぷんで、狐につままれたような気がした。

たとえばの例として、このコラムに頻繁に登場する、ちょっと変った語彙を拾い、
普通の新聞での用語とその意味を書いてみると、
「油魔」      油價高企     原油価格の高騰
「息魔」      加息       金利引き上げ
「通脹怪獣」    通脹       インフレ
「金童子」     金價       金価格
「魚缸」      股市       株式市場
「坐直升機」    急升       急上昇する
「東瀛」      日本       日本
「人参国」     韓国       韓国
「花旗」      美国       米国
この中で、「東瀛」や「花旗」は辞書にも載っているし、「油魔」「息魔」「通脹怪獣」「金童子」「坐直升機」「人参国」はふざけた言い方だが、意味はわかる。(息魔の息は利息の息。坐直升機の字義どおりの意味は、ヘリコプターに乗る) しかし「魚缸」が株式市場という意味であることは、初見ではなかなか見当がつかない。前後を読めば、そういう意味でしかないのは明白なのだが、それでも半信半疑である。何しろ文字通りの意味は、魚を入れるかめ。要するに水槽なのだから。

この古勝氏、銘柄名を書く時もあだ名のような名称を用いており、上場コードがついていなかったら、どの銘柄のことを言っているのか皆目見当がつかない。たとえばコード番号1番、大富豪 李嘉誠のチョンコンは「超人旗艦」、HSBCは「大笨象」(=のろまなゾウ)、ニューワールド・デベロプメントは「郷下老」(=田舎おやじ)、ハンルン・プロパティは「斑点狗」(=ダルメシアン;コードが101だから)、携帯電話のチャイナ・モバイルは「祖国移動」といった具合である。言い得て妙な呼称もあり、慣れれば楽しいが、最初は大いにとまどう。

ちなみにこの古勝氏、ジョージ・W・ブッシュ氏のことは、布殊仔と呼んでいる。姓のブッシュ(布殊)に子ども、息子といった意味の「仔」をつけているわけで、これはもちろんパパ・ブッシュの息子だからなのだが、この「仔」には指小辞的ニュアンスもあり、敬意を表すべき対象に「仔」をつけることなどあり得ないことから、私などどうも“ブッシュ坊や”という風に聞こえてならない。思わずにやにや、である。

仕事

  • 2006/07/20 17:34
  • Category:
ウチに来る前、Nちゃんは星付きのレストランでシェフをしていた。
しかしそのレストランのオーナーとうまく行かなくなり、ウチに来たのである。
ウチは地元では名を知られたレストランのひとつだったので、
そこそこ満足のいく仕事ができるのではないかとNちゃんは考えたのだが
豈図らんや。ウチは名前だけは立派だが、内情はファミレスに毛が生えた程度の
レストランでしかなかった。
Nちゃんは愕然とした。次に怒った。オーナーが客に出せという料理は、料理ではない。
仮にも星付きのレストランでシェフをし、それなりの評価を得ていた人間が
冷凍食品をチンして暖め、ちょっと手を加えただけの皿を、料理だと言って客に出すような
そんな恥ずかしいまねが出来るだろうか? いいや、できない。
Nちゃんは“冷凍食品チン!”を止め、自分で料理を作り始めた。材料も吟味した。
仕込みにも時間をかけた。その違いは、わかる人にはすぐわかった。
しかし不幸にしてレストランのオーナーは、味の違いがわからない人だった。
あるいは「うまい、まずい」の判断に違う基準を持つ人だった。
オーナーはNちゃんが自分で材料を吟味し、仕込みに時間をかけるのを嫌った。
仕上がりがオーナーが指示したものと違っているのも、不満だった。
オーナーは再三Nちゃんに対し、指示したとおりに作るように言った。
Nちゃんは「ですがこの方がおいしいですし、お客様にも好まれます」と言って
自分の料理を変えなかった。基本材料はオーナーの指示したものを使うが
料理方法、仕上げは洗練されたNちゃん流を通した。
客の大半は大衆レストランの味に満足する普通の庶民であり、
Nちゃんの洗練をわかる者は少なかったが、Nちゃんはシェフとしての誇りから
自身の仕事に妥協することができなかった。
しかし誠実を尽くした自身の料理を評価しない/できないオーナーの下で働くのは
Nちゃんにとって苦痛であり、オーナーの方も、たとえそれが洗練された味覚と、卓越した腕を持つシェフであっても、自分の指示を聞かない者を使わざるを得ないのは苦痛だった。

人は簡単に適材適所というが、需要と供給、諸般の事情により
適材はなかなか適所に行かない。
自分の力以上の仕事をさせられるのも不幸だが、
自分の力以下の仕事をさせられるのも、大いに不幸である。
会社の要求するもの、上司の要求するもの、顧客の要求するものを提供するのが従業員の務めとは言っても、人には誇りがある。誰もが私のように易きに流れて、“冷凍食品チン!”の料理を出せるわけではない。

意に染まない仕事をせざるを得ないNちゃんの不幸な顔を見ていると、
どうしてここに来たのかと何ともかわいそうであり、また残念なことだと思う。

カンボジア

  • 2006/07/19 17:47
  • Category:
今月末、カンボジアに行くことになった。
プノンペンの工場見学である。
土曜に行って、日曜朝の便で戻るので
アンコールワットに行く暇はない。
大変残念である。

それにしても上司殿よ、
どうして土日に出張を組むのよ?

雑記

  • 2006/07/18 16:30
  • Category:
■ 今日から使っているマウスの調子が余りよくない。クリックしたり、スクロールしたりするのに、今までの倍近い力が要る。腱鞘炎気味のわたしとしては、これは辛い。49元(700円)という値段に惹かれ「3ボタソ」だの「Windows搭載バソコン」だの「テキストバツド」だののアヤシイ日本語が書かれているマウスを選んだ私が悪いのだろうか。それでも隣にあった29元(400円)のよりはましだろうと思ったのだが…。第一、試してから買いたくても、大部分のマウスはぴっちりと包装されていて、試すことができないのだ。どうしろというのだ?

■ 運動するとのどが渇くので、ジムではスポーツ飲料等を入れた水筒持参の人をよく見かけるが、先日見たある女の子は、透明な黄色の水筒を携えていた。中の液体も当然透明な黄色に見えており、水筒に黄色を選ぶのだけは止めた方がいいと思った。

■ 今夜はNHKスペシャル「恐竜vs哺乳類 1億5千万年の戦い」の第1集がある。日本の8時はご当地の7時なのだ。道草せずに、早く帰ろう。

糸あやつり人形劇映画 “Strings”

  • 2006/07/17 17:25
  • Category:
■ え〜、お陰様で昨晩の雨はたいしたことなく、床上浸水もなくて、朝までぐっすり眠れました。しかしこれからが台風本番なので、近いうちにホームセンターに行って、目地の隙間を埋める透明パテでも買って来ようかと思います。これで窓枠と壁の間のすきまをふさぎ、締りの悪い窓については、まさかパテで固めてしまうわけにはいかないので、防水シートでも挟んでみる、ことを考えていますが、もしこの拙文を読んでくださっている方の中に住宅修理の専門家がおられ「いや、この方がもっと・・・」という案をおもちでしたら、ぜひコメント欄、あるいは管理人への直接メールでお知らせください。よろしくお願い致します。

■ きのう見た“Strings”という映画、なかなかよい。糸あやつり人形 (String Puppets)による人形劇なのだが、その人形達は人間の身代わりとして人間のドラマを演じているのではなく、自分達自身として、糸あやつり人形の世界でのドラマを演じているのだ。だから普通の人形劇では存在しない(=見えない)ことになっている糸が、ここでは生命の糸として、はっきり存在している。これを切られると人形達は死んでしまうし、糸が何かに引っかかると、それ以上進めなくなってしまう。新しい生命は、母親から伸びて来る新しい糸を、赤ん坊に繋ぐことによって生まれる。そして子供達はお互いの糸をからめ、「絡まっちゃったあ!」と言って遊んでいる。その扱いが面白い。

■ ストーリー自体は、甘ちゃんの王子が父の仇討ちの旅に出、その過程で真実を知り、恋人を得、人形として(?)成長していくといったもので、なんの新味もないが、背景の描写、凍る山々の陰から上る月や、夕陽に浮かび上がる街の遠景が、幻想的にうつくしいので、全て許す。またDark Fantasyと言われる由縁か、途中に出てくる“One String”(ふつうの人形達は身体の各部にstringがついているのに、One stringは頭部の1本しかなく、だから身体を動かせない)と呼ばれる不具の預言者たちの場面は充分不気味だし、虐殺された女子どもが凍ったまま残る湖の場面も美しいが凄惨。この辺が「子どもはだめ」と格付けされている理由かも。ただし最後、亡くなった妹王女を水葬する場面は、王女自体は白い薄物をまとってオフェリアのような可憐さだが、流される川の濁り方がチャオプラヤ川のようで、なんだかちょっとおかしかった。

床上浸水

  • 2006/07/16 20:58
  • Category:
夜半、やけに耳元近くで聞こえる水音に、はっと目を覚ましたら、窓から侵入した雨水がすでに床に溜まり始めていた。がばと飛び起きて電気をつけ、古タオルを取りに走る。寝る前、張り出し窓の底部に堤防のように置いておいたバスタオルは、すでにぐっしょり水を吸って、吸収しきれなかった水が、じわじわとまわりに広がり始めている。堤防決壊である。

それからはもう、どたばた。ベッド下の本の箱を廊下に運び出し、ベッドをずらして床に溜まった水を古タオルで拭き取る。そうしている間にも、ますます激しくなる雨と風で、窓と壁の隙間からだけでなく、二段になっている上部の窓と下部の窓との間からも、雨がしたたり落ちてくる。(このフラットの窓は、日本の住宅のような引き戸ではなく外に向かって開くドア型で、しかも締まりが悪いのだ) 雨が吹き込んでくる部分に当てがったタオルはあっという間にびしょびしょになり、今度はタオルからびちゃびちゃと水がしたたり始める。しかも気がつくと、ベッド横の窓からだけでなく、ベッドの頭の方の窓からも雨が入り込み始めている。もう踏んだり蹴ったりである。古タオルを総動員し、バスタオルも3枚使い、雨の侵入を止めようとするのだが、稲光とともにひゅうひゅうと音を立てて吹きすさぶ雨風は、古タオルでの抵抗なんかせせら笑って、ものともしない。

おまけに雨水をいっぱいに吸い込んだバスタオルは、重くかさばって、なまじの握力では絞りきれない。やむをえず洗面所に持っていて、洗濯機で脱水する。そしてまた窓に当てがうのだが、またあっという間にぐっしょりになる。また脱水する。その合間にハンドタオルは手で絞り、バケツに水を貯めていく。眠気はとっくに吹き飛んでいる。

なんで朝の3時に、こんなことをやっているのか文字通り天を恨みたくなるが、よく考えれば恨むべきは天ではなく、このフラットの内装をした建築業者である。なんたって施工の悪さで雨が吹き込むのであるから。タオルを絞る手を休めて、窓の外を見れば、上の階や下の階で電気がついている部屋はない。みんな吹き込む雨に悩まされることなく、安らかに眠っているのである。ウチにしてからが雨が吹き込んでいるのは私の部屋だけで、他の部屋はみな無事である。床上浸水(22階で!)しているのは、私の部屋だけなのだ!

1時間近く雨水と格闘し、いい加減疲れ果てた頃、雨がいくぶんうちばになったので、2つの窓にいやというほどタオルを積み上げてから、我が陣地を放棄し、夫の部屋に避難した。夫の部屋は北極のように寒いので、そこで眠るのはいやなのだが、自分のベッドでは顔の上に雨粒が落ちてくるとあっては背に腹は代えられない。しかし極地気候に備え、避難する前にセーターを着込むことは忘れなかった。できれば顔にも毛糸の目開き帽をかぶりたいところだが、そこまでやっては嫌みと取られかねないので、我慢した。おかげで何とか朝まで眠れたが、時ならぬ時に起きて肉体労働に勤しんでいたので、今日は一日どうも調子が悪かった。

追記:昼間は晴れていたのに、先ほどからまた雨が降り始めた。また今日も夜中に床の水取りをするのだろうか?

自慢

  • 2006/07/15 16:03
  • Category:
きょう、わたしは、ベンチプレスで、130ポンドを挙げました。

ふおっ、ふおっ、ふおっ! (← これは自慢している声です)

7月14日

  • 2006/07/14 16:57
  • Category:
今日は7月14日、フランス革命記念日である。
私は最初の憧れの人がアルセーヌ・ルパン、次の憧れの人がオスカル・フランソワと、物心ついてからの最初の10年は「フランス大好き!」の人生を送っていたので、東南アジアの片隅で暑さにうだっている現在も、フランスは曰く言い難い思いの走る国である。

齢40を超え、さすがに10代の頃のような、手放しの「フランス大好き!」の感情はなくなったが、それでも最後 ’96年にパリへ行ったときの、パリの街並みが持つ圧倒的迫力 − 人間の前に立ちはだかる石造りの建物群の重量感、天に向かって伸びる教会の尖塔 − は、私に非常に強い印象を残した。どうしてなのかは、わからない。パリはその時が3度目であり、重く暗い石造りの建物も、ゴシックの尖塔も、別段“珍しい”ものではなかったのだから。ただパリの街の中を、あっちこっちと歩き回り、地下鉄に乗り、教会の石廊に靴音が響くのを聞くうちに、そして花屋の店先のチューリップに見とれた後で、灰色の空に突き刺さる教会の尖塔を振り仰ぐうちに、建築の中に見える人間の精神、加藤周一言うところの外在化された精神が、私を圧倒し始めたのだ。街は人間が造ったものかもしれないが、人間もまた街によって造られるのだということを、とことん突きつけられる思いだった。アジアの街との、なんという違い!
シャルル・ド・ゴールを発ち、ビルに突っ込むようなかたちで着陸したカイタック空港の周りの、内蔵をぶちまけたような混沌。様式も何もないビルが隙間なく建ち並び、間を車が、バイクが、子どもが、駆け抜けていく。窓から突き出た物干し竿にはためく洗濯物。これが当地の外在化された精神なら、当地の精神とは何なのか。またかつて住んでいた日本のあの街は何なのか。人間と対峙しない街に住む人間と、人間と対峙する街に住む人間。

アロハ屋の猫たち

  • 2006/07/13 17:04
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きのう長いお話を書いたので、今日はちょっと軽めに。

うちから駅までの道筋は、小さい店屋がつらなった、じめついた細い路地なのだが、どうやらそこにあった1軒の洋品店が、店じまいしたらしい。
洋品店と言っても、主人は開襟シャツをだらしなく着た白髪頭のおっさんで、売っているのは、アロハシャツもどきの開襟シャツや、日に焼けて肩のあたりの色が変わった鼠色のスーツ。店の奥には平たい芯に巻かれた生地も積まれているが、いつ通っても客がいたためしはない。たまに人声がするので覗いて見ると、喋っているのは客ではなく、同じように閑古鳥が鳴いている近所の店屋のおっさんだったりする。
こんな面白くもない洋品店を、なぜ会社の行き帰りに毎日覗いているのかと言うと、ここにはすこぶるつきの美描が2匹いるのである。ともに英語だったら“Orange”と言われるような明るい黄色のトラで、小さな三角の顔に大きな目、身体はほっそりとしなやかで、優美な長いしっぽを、ふるんふるんと振っている。
だいたいはいつも、店の前の歩道に寝そべっているか、店の中にちょこんと座っているかで、別段通りかかる人に愛敬を振りまいたりはしないのだが、それでも私は彼女たちに会うのが楽しみだった。通りがかりに「今日も暑かったねえ」とか「なんだ、水飲んでるの?」とか一声かけて、家に向かうのである。
先週、この洋品店のおっさんが、店の奥に積まれた生地を片付けているのを見た。「あれ?」と思っているうちに、昨日はもうシャッターが降りたまま、猫の姿も、おっさんの姿もなかった。
前にも一度、近所の雑穀屋が店じまいし、そこにいたシャーペイ犬のアーニーが同じように姿を消した。いつも私の手をべろべろ舐めてくれる愛想のいい犬だったので、一言の挨拶もなくいなくなったのは悲しかった。
今残るのは、旗屋のしろちゃん(猫)と、八百屋の阿財(あちょい・犬)たちだけである。

偽装結婚

  • 2006/07/12 21:06
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■ 先日、夫もめでたくご当地の永久居民となった。これでお互い失業しても、離婚しても、ご当地に住み続けることができるようになったわけである。ヴィザの問題でびくびくしなくていいのは、ありがたいものである。

■ 実はわたしは何年か前に一度、ヴィザの更新が危うくなったことがある。ご当地に来て以来、労働ヴィザのスポンサーとなってくれていた勤務先が突然トーサンし、幸い次の就職先はすぐに見つかったのだが、残念なことにその会社は小規模な上に日本人しか雇っておらず、これでは労働ヴィザは下りないかもしれないと、ヴィザ・エージェンシーに言われたのである。

■ 当時はご当地も失業率が高く、外国人に対する労働ヴィザの審査が厳しくなっていた。どの国でもそうだが、政府がまず考慮するのは自国民の就労であって、外国人のそれではない。原則として、自国民を以って替え難き時でなければ、外国人に労働ヴィザは出してくれないのである。

■ それで私はどうしたか。当時はまだ夫ではなかった現在の夫と結婚することにしたのである。労働ヴィザがだめなら、配偶者ヴィザだ! という発想である。当時すでにいっしょには暮らしていたし、双方の両親、親戚も承知はしており、要するにただ法律上の手続きを「必要ないし〜。どうせ紙1枚のことだし〜」などと70年代ヒッピーのようなことを言ってさぼっていた状態にあったのを、これを機会に正式なものにして、ヴィザをもらおう!と考えたのである。

■ これはうまくいった。ヴィザはすんなりおりた。おかげで無事働き続けることができた。ヴィザのために「結婚」しただけだったので、結婚式も披露宴も新婚旅行もなく、ただある土曜の午後、双方の友だち20人ほどを招いてタイ・レストランでお食事会をしただけだったが、書類は書類である。これでヴィザは安泰。このままあと2年ほど働き続ければ、永久居民への申請資格である滞在7年となる。そうしたらパーマネント・ヴィザを申請して、晴れて永久居民だあ!と呑気に考えていたのだが、それから1年後、配偶者ヴィザの更新を申請したら、晴天の霹靂!なんと移民局からお電話がかかってきたのである。

■ 当時、わたしは今度はトーサンではなく、リストラによる失業中で、職探しをしながら家で面接先からの電話待ちをしていたのだが、そこに移民局のChuさんと名乗る人からお電話があったのである。そしてChuさんは私に、私が夫と確かに結婚していることを証明せよというのである。「婚姻届のコピー(英訳&領事館による証明済み)を添付しましたが」「婚姻届だけではだめです。結婚式の写真がありますか」「ありません」「子どもさんは?」「いません」「…。保険には入っていますか」「はい」「保険金の受取人は誰ですか」「この保険に入ったのは20年前ですから、受取人は私の両親です」「住宅の賃貸契約は連名ですか」「いいえ」「…」Chuさんはしばらく沈黙した後、某月某日夫と共に移民局に来てくださいと言う。私は失業中だからよいが、夫は仕事を休んで移民局に行くのなんか、きっと嫌がるだろうと私が不機嫌な声を出すと、Chuさんは確認できなければヴィザの延長はできないと言う。ヴィザがなければ、外国人はご当地には住めない。住むところがあろうが、仕事があろうが、家族がいようが、ヴィザのない外国人は不法滞在である。泣く子も黙るヴィザの威力。致し方ない。某月某日、私達は移民局にでかけた。

■ 窓口で二人雁首を並べて、Chuさんの質問に答える。もう今では思い出せないような一般的な質問である。それが済むとChuさんは、私と夫にA4版2枚つづりの紙を渡し、離れた場所で、相談せずに、一人一人書くようにと言う。何かと思うと、「今日、移民局までどういうルートで来ましたか。家を出てから移民局までの交通手段を詳細に記しなさい」「昨日の夜は何をしましたか」「あなたの配偶者の勤務先を記しなさい」「あなたの配偶者の収入はいくらですか」「家計はどのようにまかなっていますか」「昨年のクリスマス、あなたは配偶者に何を贈りましたか」「昨年の配偶者の誕生日、あなたは配偶者に何を贈りましたか」「逆にあなたは何を貰いましたか」等々の質問が、A4 2枚に下手な手書きの文字で、びっしり並んでいる。「ちえっ、書類くらいパソコンで作ってよね〜」と読みづらさに辟易しながら、ひとつひとつ回答していくのだが、これが結構難しい。去年のクリスマスって、もう半年以上前である。おまけに私達は二人とも12月生まれなので、贈ったものが誕生日のプレゼントだったのか、クリスマスのプレゼントだったのか、すでにこんがらがっている。しかもこういう時に限って、実にくだらないものを贈っており、書くのがいささか恥ずかしい。曰く「折り畳み傘」「お腹まくら」(寝る時お腹にあてがう枕。夫用)「小型掃除機」等々。また私の場合、モノは思い出せても綴りが思い出せなかったりもする。相談するなと言われているから、夫に聞くわけにもいかない。往生した。「昨日の夜、何をした?」「DVDを見た」「タイトルは?」「… 思い出せん。でも、クリント・イーストウッドが出ていたな。はてクリント・イーストウッドはどう綴るのだろう? えーい、てきとーだ、てきとー」てな具合である。

■ ようやく書き終え、二人してChuさんに提出。ついでに、結婚式の写真代わりに夫側の親戚からもらった結婚祝のカードや、お食事会の席次表(私の手作り。証拠能力など無きに等しい)を、Chuさんに見せる。一方Chuさんは、私たちが質問に取り組んでいる間、私たちの出入りの記録を照合していたらしく、出境日、入境日をざーっと打ち出した紙を前に、「×年×月、いっしょにどこかへ行きましたか」「×年×月? あ、マカオに行きました」「×年×月は?」「カナダ」「×年×月?」「日本」 移民局は入出境管理もやっているのだから当然だが、個人の出入りの記録が詳細に出てきたのには鼻白んだ。

■ 最後にChuさんは「いつからいっしょに住んでいるのですか」と私たちに聞いた。私たちが4年前の日付を言うと、Chuさんは納得したようすで頷き、私たちの顔をじっと見て「ずいぶんいろいろ質問されて不審に思われたでしょうが、実はあなた方の結婚は偽装であるというレターが移民局に届いたのです」と言う。「はあ? いったい誰から?」「名前はありません」「…」「しかし今日おいでいただいて、偽装でないことは確認できましたから、ヴィザ更新の処理を進めます。ご安心ください」 Chuさんはにっこり笑って、窓口の奥に消えた。

■ 「偽装結婚!」帰り道、私はしばし考え込んだ。「じゃ本物の結婚って何だろう?」この文の前半を読んでいただけばわかるとおり、私たちが結婚した理由は「私のヴィザのため」である。ヴィザの問題が起こらなければ、私たちはきっと今でも正式には結婚せず、日本語で言うところの「内縁」状態のままでいただろう。だから「彼らはヴィザのために結婚したのだ」と言われれば、確かにその通りである。そこで「否!」と言うのは、事実に反する。その上、私たちには子どももいない。家計は完全な折半である。養ってもいない代わり、養われてもいない。この状態は「結婚」なのか? それともニセモノの結婚か? Chuさんは婚姻届は証明にはならないという。(それはそうだ。全ての偽装結婚において、婚姻届は最低限なのだから) だとしたら、同棲(内縁)と結婚の差は何なのだ? 子ども? 結婚してなくても子どものいるカップルは、あるいは独身女性は、さほど珍しくもない。逆に結婚してても子どものいないカップルは、掃いて捨てるほどいる。扶養? 今時配偶者を完全に扶養している人が、いったい何%いるだろう。考えれば考えるほど、差がわからない。結局のところ、結婚と内縁の差は効力がないという婚姻届を出したか、出さないかだけではないのか。それでも同棲では、もちろん配偶者ヴィザはもらえないのである。どうもよくわからない。いまでもよくわからない。

■ その後また1年たって、私は晴れて永久居民となり、ヴィザの問題とはおさらばしたが、私は未だに時々「結婚していることを証明する方法」について考える。今は「家庭内離婚」という言葉もあるし、別居結婚だってあるし、いったい何が「結婚している」状態なのだろうか。

あら、まあ

  • 2006/07/11 22:50
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雪見さんの昔の日記を拝見していて、そこで板前さんがMiles Davisの“Someday My Prince Will Come”を推薦していらっしゃるのを発見。「おお、これはぜひとも手に入れねば」と早速昼休みHMVに走った。あいにくこの曲がタイトルになったCDはなかったが、この曲が入ったCDはあったので、それで妥協。どこかに注文して、届くのを待つなんて気の長いことは、私にはできない。

■ そして今それを聴きながら、いい気分で他人様のブログ回りをしていたら、板前さんのブログで逆に私の好きな「あまぐも」について書いていらっしゃるのを発見。あら、まあ。ブログの輪が完全に輪っかになっていますわね。

■ でもまあ、いいのだ。音楽でも文章でも映画でも、尊敬する人が、好きな人が薦めていらっしゃるものを、自らもいそいそと手に入れに行くのは、とても楽しいものだから。

■ それにしてもジャズはやはり、夜くるまを走らせながら聴きたい。深夜の、対向車も来ない真っ暗な道を、ひとり好きな音楽を聴きながらひたすら走る。闇の中に響き渡る音楽。お喋りもなく、風景もないから、音だけがまっすぐに身体の中に入ってくる。あれは本当に気持ちがよかった。

接待

  • 2006/07/10 22:11
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■ 本日は機嫌が悪い。2週間前からの頚痛、頭痛が居座ったまま、一向腰を上げる気配がないためである。長逗留の居候頭痛にも、困ったものだ。初めの頃は「あれ、頭痛が首に来た」と拍動とともに首が痛むのを面白がっていたのだが、1週間、2週間と続くにつれ、そして首だけでなく頭や目も痛くなってくるにつれ、面白がってもいられなくなり、ぶーっとしている。別に激痛で仕事ができないなんてことはないのだが、鈍い痛みが長雨のようにしとしと続くのは、実にいらいらする。

■ にも関わらず、上司殿から夕食の接待を申しつけられた。日本人のお客様が来るので、日本語要員が必要らしい。今日はジムの日だったのに・・・。最近、ひるま働いてないから、夜働かなくてはいけないということかな。ちえっ。頭痛薬飲んででかけよう。ぶうぶう。

血液型

  • 2006/07/09 21:11
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■ 献血もしなくなって久しいので、自分の血液型のことなどころりと忘れて過ごしていたが、先日ふとしたことでmixiでの知り合いの方2人が私と同じAB型だと知り、「へえ」と思った。もちろんmixiでのプロフィールであるから、真実とは限らないのだが、それでもAB型が3人並んだのが面白く、ちょっと昔のことなど思い出したりした。

■ ABO式の血液型では4種類しかないのだから、それで性格がどうのこうの言うのはお遊びでしかないのはわかっているが、それでもある日ある時あるグループに、ある血液型だけ突出して多くなることが今までにもあったので、時々は「血液の中にはなにか性格決定因子のようなものでもあるのかしら?」と、あまり科学的でないことを考えてしまう。

■ たとえば大学の時の私たちの学科の女子約40人中、AB型は一般的な日本人の分布比率である1割の4人ではなく、確かその倍ほどいた。これは同じ科にいた友人Fが、クラスの子たちに聞いて確かめたのである。彼女自身もAB型だったので、興味があったのだろう。

■ また同じく大学時代だが、某大の能楽研究会には一時期、O型とAB型しかいなかった。20人近い部員がいて、その全員がO型かAB型だったのである。それを話してくれた人は「類は友を呼ぶのかな」と笑っていたが、そうなのだろうか?

■ ただ「類は友を呼ぶ」とは言っても、別にその能研のメンバーが、性格的に見て大きく2つのグループに分かれていたなんてことはもちろんなくて、どちらかというと全員が「ちょっと変わった人たち」のカテゴリーに入っていたのは、能研だったからなのか、それともその某大学のせいだったのか、そのへんはわからない。たぶん、某大学のせいだろう。なぜなら、私も同じく能研に所属していたが、うちの大学の能研の人たちは、ごく普通であったから。

■ 因みに今は、ウチの会社にどんな血液型の人が多いのか、全く知らない。あえて尋ねもしないし、たぶん本人もあまり知らないのではないか。第一、ウチの夫も自分の血液型を知らない。知らなくても困らないから、いいんだそうである。

以上、日曜日のくだらないお話でした。

Apres un Reve

  • 2006/07/08 11:14
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■ 朝方驟雨があって、部屋が真っ暗になった。朝から電気をつけ、本を読むのもおかしな気分のものだ。激しい雨の間だけ、いくぶん涼しくなるのはありがたいが。

■ 夕べ久しぶりに、天満敦子さんのCDを取り出して聴いた。何年か前、ペーパーバックを売る古本屋に、日本語表記のCDがあるのが珍しく、演奏者の名前にも少し聞き覚えがあったので買ったのだが、わたしにとってはとんだ拾いものだった。特にクラシックファンというわけでもない私は、それまでヴァイオリンの演奏にはあまり興味がなく、聴くのはもっぱらオルガン曲かピアノ曲ばかりだったのだが、このCDの後、何枚かヴァイオリン曲のCDを買い、聴くようになった。ご当地では天満敦子さんのCDは売っていなかったので、致し方なく他の人たちのを買って。

■ 音楽とは不思議なもので、鳴る時と鳴らない時がある。「鳴る」というのはあまり正確な言い方ではないが、ある人の言い方を借りれば「外から何ものかが来て、私を捉える」といった状態になることである。私の場合、そういうことはあまりたくさん起こらないので、活字を必要とするほどには音楽を必要とせず、どんな音楽もほどほどに楽しんでいるに過ぎないが、たまに雷に打たれるように、捉まってしまうことがある。天満敦子さんのヴァイオリンも、そういう風に鳴った。

望郷のバラードの画像
望郷のバラードも聴いてみようか

好青年

  • 2006/07/07 15:00
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■ きのうちょっとすてきなお客様が来た。’85年生まれというから、まだ二十歳そこそこ。ご当地育ちとは信じられないほどまともな日本語を話し、敬語も使えて、しかも礼儀正しい。ワカモノの口語に特徴的な間延びした語尾「〜のぉ、〜がぁ、〜なんすけどぉ…」がない。大変気持ちのよい青年だった。

■ 興信所でもないし、縁談を世話しようという親戚のおばさんでもないので、詳しい経歴を根掘り葉掘り聞いたわけではないが、歩きながらのおしゃべりから知ったところによると、彼は幼稚園前にご当地に来て、ここで育った。ワインの勉強のために行っていたボルドーから、最近帰ってきたばかり。ソムリエの資格は取ったのだけど、父が働き始める前に大学に行けというので、それも一理あるかと大学で勉強することにした。行くのはアメリカのカレッジ。もっと早く行けばよかった。等々と楽しそうに語った。

■ 私が高校生の時は、何をしたいのかわからなかったので、とりあえず大学に行き、大学卒業の時は、何もしたくなくて公務員になった。それに較べこの青年は、高校生くらいで「ワインを勉強したい」と決め、実際にボルドーまで勉強に行くとは、なんて目標の明確な、頭のすっきりした青年であることか。羨ましい限り。そして今は今で、「大学に行ってみたら」という父親の勧めを(ほんとはいろいろあったのかもしれないが)素直に聞いて、カレッジに行くことを前向きに受け止めている。決して「興味はないが、親父が行けというから、行く」的態度は表にしていない。

■ 実はこの青年の父君には以前お目にかかったことがある。こちらで事業をしていらっしゃる、ごく普通の日本人とお見受けしたが、ご子息がこんなに立派だとすると、もしかしてお父上も隠れた偉人だったのだろうか。立派な両親に育てられた子どもが立派になるとは限らないが、真っ当な子どもの両親は、やはり真っ当な人が多いのではないかと思えてならない。

■ さて、このソムリエの資格は取ったという青年、今は夏休みだと思うが、ご親戚がやっているというレストランにでも行ったら、ワインを勧めたりしてくれるのだろうか。上司殿の話によると、そのレストランは単身赴任の日本人に人気の居酒屋だというのだけれど、居酒屋ではソムリエは要らない、か?

青蔵鉄路 開通

  • 2006/07/06 17:20
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■ 富柏村氏の日記でも少々触れられていたが、青蔵鉄路が1日開通した。ちょうどジムにいた時、音声なしTVに開通式の映像が流れ、夫とひとしきり雑談。夫は、この鉄道はチベット人の希望により、チベット人のために建設されたというより、中国政府が中国政府のために、中国の政策に則って建設したものであり、たとえこの鉄道開通によりチベットに経済的恩恵がもたらされようと、同時にチベットの漢化、中共によるチベットの支配が進むことも間違いなく、したがって鉄道開通を手放しで喜ぶわけにはいかないという意見であり、私の方は、そうは言っても今の時代、経済的に取り残されるということは、チベットの一般庶民の生活が苦しいまま改善されないということであり、鉄道の開通により物価が多少でも下がり、就業の機会が増えるなら、それは喜ばしいことではないか。自由・独立も大事だが、一般庶民が欲しているのは、政治よりもまず暖衣飽食、就学といった基本的生活条件の改善だろうという、まったくもって形而下的な、胃袋が先に来ている意見。

■ 夫は続けて、この鉄道で“善きもの”がもたらされようと、自国を蹂躙支配するよそ者からもたらされた“善きもの”を、被支配者が喜ぶことはない。過去の欧米、日本による植民地支配や、現在のイラクを見ればわかるだろう、と私の方を見て言うのだが…。

■ 私が広州の学校で中国語を勉強していた90年代初め、使われていた精読の教科書は、北京語言学院(だったかな?)出版のかなり党の色彩の強いもので、満州国最後の皇帝 溥儀が、自身の乳母がいかに非人間的に扱われたか語る話や、解放軍の行軍の話などが、昔話や伝統行事の話に混じって、載っていた。そしてそのなかには西蔵(チベット)解放の話もあったが、それは一貫して、人民解放軍がいかに西蔵の農奴解放に尽くしたか、解放された農奴がいかに解放軍に感謝したか、といったラインで語られ、決して“解放”の過程におけるチベット人への弾圧や虐殺、迫害、ダライラマ14世のチベット脱出等について語られることはなかった。

■ この立場は今でも変わらない。人民日報等を見れば一目瞭然。鉄道の開通により、西蔵までの物資の輸送費は、現在の0.38元/トンから0.12元/トンへと、3分の1以上に低下する。これにより西蔵の物価が下がるだけでなく、西蔵から他地域への物資の輸送も盛んになるだろう。観光業も隆盛が見込まれ、就業の機会も増える。いままで経済的に立ち遅れ、辛酸をなめてきた西蔵の爆発的発展は、もうそこまで来ている。しかも経済的発展ばかりに気をとられ、環境保護をなおざりにするといった愚は犯していない。燃料として大量の石炭を消費する企業の西蔵進入は厳しくコントロールし、鉄道沿線に都市汚水処理場およびごみ埋立地(←これがどうして環境保護なのか、私にはわからないが)を建設するといった調子である。

■ こんな提灯持ち記事を読むと、却って最初に夫に言った意見は間違っていたかという気になる。だからといって、西蔵は人々の憧れを誘うシャングリラ、“秘境”のまま残ればいいとは、決して思わないのだが。

青蔵鉄道開通のニュースは こちら
チベットについてのウィキペディアの記事は こちら
青蔵鉄路についての詳しいリポートは こちら

病院選び

  • 2006/07/05 14:11
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■ マンディさんが広州の病院を逃げ出し、ご当地に帰ってくる。予定では1〜2週間入院加療の予定だったのだが、担当医師からかなり効き目の強い薬を使うと説明されたマンディさんは「そんな病名もはっきりしないうちから、実験台みたいに強い薬を使われてはたまらない」と急遽退院することに決め、今日バスで帰ってくることにしたのである。

■ もともとは今年3月、新しい生命&医療保険に入ろうとしたマンディさんは、当然のことながら事前に健康診断を要求され、受けたところが「異常あり」。しばらく前から疲労感やら、疼痛やら、むくみやらで調子の悪さは感じていたものの、これらはひとえに「体重が増えたせい」と思って、せっせと余り効果のないダイエットに励んでいたマンディさんだったのだが、ここにきて「えっ、病気だったの?」ということになった。

■ そこでより精密な検査と治療を受けようと、彼女が選んだのが広州近くの病院。理由はふたつ。1.ご当地より費用が安い 2.西洋医学に中医(漢方)をプラスした治療を受けられる。もちろん家を離れ、車で3時間近くのところにある病院に入院するのは不便だが、まあ子ども達はもう大きいし、手伝いさんもいることだし、だいじょうぶだろうということで、先週末入院して検査中だったのである。

■ しかし昨日になっても「心臓と腎臓機能に問題がある」というだけで、病名は示されず、しかも病状の改善のため「強い薬を使ってみましょう」と言われたマンディさんは、にわかに恐くなったらしい。いくら同じ“中華人民共和国”内とは言っても、また言葉の問題はないとは言っても、やはり“大陸”は“大陸”である。(この“大陸”という呼称、ご当地の人が中国本土を指して使うのだが、たぶんに軽蔑、時として侮蔑の意を含んでおり、中国本土の人に向かって使うのはどうも憚られる。もちろん地理的意味で使う分には、まったく中性なのだが…) 医療ミスや偽薬の話も多く、5月にもチチハル第二製薬が製造した『亮菌甲素注射液』に問題があり、これを使用した広州の病院で、4名死亡、3名重症、3名加療中となっていた。(5月14日当時)こうしたことが脳裏をよぎったのかどうかは知らないが、マンディさんは広州の病院を引き払い、ご当地の病院でセカンド・オピニョンを聞くことにしたのである。

■ マンディさんの場合は中国国内とご当地との比較だったが、これに限らず『選択の余地がある場合、人はどこの病院/医療制度を最も信頼するか』という問題は、私の経験ではたいてい「自分が生まれて育ったところ」となる。おもしろいもので、ご当地人には悪評紛々の中国国内の病院も、ご当地在住の中国国内人には評判が高く(曰く、親身になって診てくれる。中医の知識がある。金儲け主義でない→最近はそうとも言えないと思うが)、逆にご当地の病院は「政府系は安いが、実際に診てもらうまでの順番待ちがものすごく長い。しかも安い薬しか使わないから、治りが遅い。私立の病院は最新の設備がそろい、きれいで親切だが、滅法高くて金持ちしか行けない」となる。しかしご当地人は国内の病院を「知識や設備が古い。衛生意識がなっていない」等々と非難し、「それに較べご当地の病院は、まあ安心」とにっこりする。

■ ウチの夫にしてからが、「病院はカナダ」と決めてかかっている。坐骨神経痛だか何だかで苦しそうなので、中医にでも行ってみたら?と言っても「いやだ」の一言。夏の帰省まで待って受診する。歯医者も帰省中に行く。昔日本に住んでいたので、日本の病院にも行ったことがあるが、「日本の病院は薬漬けだ」と言って嫌がる。生まれ育ったカナダの病院に優るものはないのである。

■ じゃあ私自身はどうなのか、と聞かれると、中国国内<ご当地<日本&カナダといったところだろうか。大病にかかり入院加療ということになれば、その病気の治療における先進度、費用等を勘案して選ぶことになるだろう。保険の問題もある。ご当地では会社の保険でカバーされるのは、ほんのぽっちりだが、政府の病院にかかる限り費用は安い。カナダでは私の立場でどんな保険に入れるのか、州によって違いそうだ。日本に行けば、転入届を出した時点で国保に入れる、というか入らざるを得ないだろうが、前年の収入によっては国保税額は相当な額になるだろう。それに日本ではもう1つ気に入らないことがある。病人にあまり情報を与えてくれないことである。今ではがんの告知率も上がっているのかもしれないが、7−8年前はたったの30%程度だった。私がお金を払い、私の治療をしてもらうのに、私に情報が与えられないのは、全くもって不当である。子どもじゃあるまいし、知らない方が治療効果が高いなんて冗談は言わないで欲しい。わたしは知りたい。というわけで、がんになったら、費用さえ許せばカナダに行くかな。

7月1日は

  • 2006/07/04 16:46
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■ そういえば、なぜ7月1日に4人で集まったのか、その理由を書き忘れた。ご当地で「7月1日」と言えば、言わずと知れた「回帰 = 返還記念日」であるが、私たち4人が集まったのは、そのためではない。この日は知ってる人はごくわずか、たぶん10人中9.5人は知らないだろうが、カナダの建国記念日“CANADA DAY”だったのだ。1867年のこの日、英国領北アメリカ法により「カナダ連邦政府」が誕生したのだそうである。それでなんでインド料理なんだ?と思われるかもしれないが、カナダにはインドからの移民もいるからいいのである。

■ インドからの移民で思い出したが、翌日の2日“Mississippi Masala”を見た。’71年に政権を取ったイディ・アミンは、翌年8月ウガンダ経済の中枢を占めていたインド系住民に対し、90日以内に国外へ退去するよう通告。主人公ミーナ(サリタ・チョウドリー)の一家も、やむなくイギリス → アメリカと移住、ミシシッピでかつかつの暮らしを立てる。しかしミーナの父は、ウガンダに置いて来ざるを得なかった土地、財産を諦めきれず、ウガンダ政府に対し損害賠償請求を続けているし、ミーナの母は何とかミーナに立派なインド人の相手を見つけてあげたいと、心を痛めている。それなのにミーナ自身は、カーペット掃除の小さいビジネスを始めたばかりの黒人青年(デンゼル・ワシントン)と付き合い始め…という風にドタバタが進行して行く。

■ そこで生まれ、そこで育ち、そこしか故郷はないのに、そこから追い出されたインド系ウガンダ人の苦悩、悲しみ。アメリカではどちらもマイノリティであり、どちらもカラードで、調子のいい時は「カラードはカラード同士、助け合わなきゃ」と言ってるくせに、いざとなると互いにきつい目を向けるアフリカン・アメリカンとインディアン・アメリカン。よくある話ではあるが、軽くコメディ・タッチに仕上ているのが、かえってよい。眉間にしわ寄せ、深刻ぶったからといって、感動や考える量が増すわけではない。

■ それにしても70年代、ウガンダでそんなことがあったなんて、全然知らなかった。イディ・アミンと聞いて思い出すのは、その巨体と反対派の虐殺くらいで、彼がどんな統治をしたかなんて、調べたこともなかった。世の中には、私の知らないことがあり過ぎる。

ビーズとSF

  • 2006/07/03 15:27
  • Category:
■ 一昨日の会食は無事済んだ。この4人で集まると、なんと言っても一番よくしゃべるのはジョゼ、つぎにウチの夫、ブライアンと私はたまに口を挟む程度となるのだが、今回もそのとおり、会話の60%はジョゼが話題を振り、喋り、場の空気を活気あるものにしていた。

■ と書くと、まるですごいお喋りおばさんか、でなければよくある社交婦人、当り障りのない話題を、にこにこと満遍なく皆に振って、テーブルに仲間外れがでないようにパーティを盛り上げる辣腕ホステス、のように思えるかも知れないが、実際のところは全然違う。彼女は当り障りのない話題を振ったりしない。彼女が話すのは、彼女が実際に興味を持っていること、今楽しんでいること、あるいは怒っていることであり、しかもその知識なり、発見なりをみんなでシェアすることにも、また喜びを感じているのである。彼女はよくある空っぽな言葉が詰まった空疎なおしゃべりはしない。だから、たとえ速すぎて口を挟めなくても、彼女のおしゃべりを聞いているのは楽しい。

■ 今の彼女の関心の対象は、ビーズとSFらしい。何しろしばらく前に仕事を辞めて今は毎日がほぼ自由時間であるので、ビーズで遊ぶ時間も、仕事や研究以外の本を読む時間もたっぷりあるのである。そしてご当地の深水ポはガラス玉からスワロフスキー、ウチの近所の玉器市場は真贋取り混ぜた半貴石と、好きな人なら夢中になって、5−6時間はあっという間に過ぎるビーズ材料の宝庫。彼女も玉石混交、材料はどっさり買い集めたので、今はそれをいかにデザインするかを考慮中だそうである。彼女はもともとアジアの古民芸が好きだから、デザインもアジア・エスニック風になることだろう。

■ もうひとつ、SFの方は私も70年代から80年代にかけてさんざん読んだので、ハインラインや、アーサー・C・クラーク等、共通に好きな作家もいて話が弾んだ。小松左京の名前も出してみたけれど、残念ながら「日本沈没」くらいしか英訳されていないようで、これではジョゼは読めない。彼女の方は、Robert Silverberg、John Wyndham、Cordwainer Smithを勧めてくれたが、ハヤカワをチェックしてびっくり。70年代、80年代盛んに出版されていたSFの大部分は、すでに絶版になっていて手に入らない。ハインラインにしても、代表作のいくつかがかろうじて残っているだけである。今はファンタジーに押されてSFは人気がないのだろうか。さみしいことだ。紙魚に食われてしまう前に、実家の押入れに眠っているハヤカワSFを救出に行った方がいいかもしれない。

泥縄

  • 2006/07/01 14:04
  • Category:
え〜、きのう偉そうに日本料理についてぐだぐだ書いておきながら何ですが、今日はジョゼ&ブライアンのご招待で、インド料理屋さんに参ります。

でそのあとは、J&Bの家で深更までお喋り。とは言ってもわたしはもっぱら聞き役ですけどね。頭脳の出来のよろしいネイティブ3人に囲まれては、わたしの出る幕なんかございません。ふだん考えてもいないアメリカやカナダ、香港の政治、経済問題や、アジアの骨董民芸品についてなど、突然英語で喋れと言われても、喋ることがないであります。こういうとき、自身の頭のからっぽさを痛感いたしますが、これ一朝一夕には埋まりませんで、また英語も突然ネイティブ並に喋れるようになったりはいたしませんで、ま正直なところ4人での会食は、お楽しみというより、強い意思力をもってこなすべき、お勉強の色合いが強いであります。

さて、行く前に少し英語でも読んで、頭の中を英語にしておかないと。口を開いても英語が一言も出てこない  という状態は、避けたいですからな。ああ、泥縄・・・。ああ、付け焼き刃・・・。

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プロフィール

らうとら

Author:らうとら
ドロシー・L・セイヤーズ、ローリー・R・キング、P.D.ジェイムズ、ディック・フランシス、水村美苗、高村薫、戸塚真弓、ヘレン・ミレン、シャーロット・ランプリング、ソフィ・マルソー(40代以降に限る)、ヘレナ・ボナム・カーター、アンジェリーナ・ジョリー、三代目金馬、小さん、枝雀、エンヤ、クイーン、ドゥルス・ポンテス、マドレデウス、J・S・バッハ、ちあきなおみ、トケイ・ピノ・グリ、アール・グレイ、自転車(冬季を除く)、あらゆる犬と猫
以上、私を幸せにしてくれる方々(敬称略)

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