やっと、つながった!!

  • 2006/12/30 12:35
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おお、やっとつながったよ。
26日夜に発生した台湾地震の影響で、
ご当地と海外とをつなぐ海底ケーブル9本のうち6本切れたとかで、
4連休明けの27日出勤してみたら、国際電話もインターネットも
非常に非常に繋がりにくく、日本相手の業務が半分を占める
わが部は、その日はほとんど商売にならなかった。
翌28日、電話は幾分ましになったが、インターネットは相変わらず、
ものすごくslow。仕事で調べ物をしたくても、
グーグルの検索が遅すぎて使い物にならず。
そして昨日もインターネットは通常どおりとはいかず、
「マイぷれす」さんなんて常に常に“ページを表示できません”
おかげさまで5日間も更新をさぼってしまった。
他の人のページも、見えるところと見えないところがあり
だいぶご無沙汰してしまった。これからぐるっと一回りしてみよう。

ところで、本日はわたしの誕生日です。
わたしは46歳になりました。
同居している某氏から、ワインとチョコレートをもらいました。
チョコレートはもう4粒食べました。
生姜味のが美味でした。
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KC、スモーク・サーモン

  • 2006/12/24 16:42
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■ 昨日の夜はブライアン&ジョゼと彼らのお友達KCとお食事会。いつもの通りハリウッド・ロードで待ち合わせたのだが、わが夫、「ハリウッド・ロードはそんなに上じゃない」というわたしの制止を聞かず、どんどんエスカレーターで上がってしまい、ケイン・ロードに達してやっと間違いを認める。ふん、だからモーゼが女だったら、40年も砂漠を彷徨わなかったと言われるのだ。男は道に関しては自身の直感を信じすぎ、人の言うことを聞かないのだ。

■ しかし食事は楽しかった。KCは初めて会ったのだが、事前にジョゼから、トロント大学の博士課程14年目(!)で、わが夫が同じ中国史の博士課程を途中でドロップしたというのを聞いて「ぜひ会ってみたい」と言っている友達がいるが、食事会に同席しても構わないかと聞かれ、「もちろん全然かまわない」と答えていたのだが、実際のところ博士課程14年目なんていったいどんな人か、研究バカあるいは論文が書けないことに疲れ果てた神経症一歩手前の、胃痛の翌日の漱石のような人物が現れるのかと思ったら、とんでもない。小柄で背はヒールをはいたわたしと同じくらいしかないが、すっきりした子鹿のような身体つきに、切れ長の目の涼しい顔立ち。おまけに喋る速さと来たら、北米のトークショーのキャスター並みで、しかもちゃんと内容がある。ただ闇雲にからっぽの言葉を機関銃の速さでまくし立てるだけなら驚きもしないが、KCがマシンガンのように繰り出す言葉は、その知識の豊富さ、視点のおもしろさ、軽妙なレトリックで、ほとんどマジックみたいである。頭の回転の速さにわたしはとてもついて行けず、ただ聞き惚れていた。こういう人物に会ってしまうと、ほんと自身の凡庸さが骨身にしみる。“博士課程14年目”にしても、別にずっとリサーチを続けて、でも書けなくてということではなくて、途中でロースクールに行ったり、奨学金を得てハーヴァードで勉強したり、あれこれ寄り道しているうちに、あっという間に14年ということらしい。そしてクリスマスが明けたら、また中国へリサーチに入ると言っていたが、1〜2年後には無事論文を仕上げ、晴れてPhDになるのだろうか。15年近く頑張ってきたのだから、無事仕上げて欲しいとは思うが、本人も言うように中国史でのPhDなんて、教える以外何の役にも立たないからなあ。

■ ところで今日はクリスマス・イブ。昨日ジョゼにスモーク・サーモンの大箱をもらったので、ほくほく。彼女は先日まで1ヶ月ほどカナダに帰っていて、そこで仕入れてきたようである。「中国人はスモーク・サーモンなんて安物の塩漬けの魚くらいにしか思ってなくて、親戚に上げてもちっとも喜ばれないから、喜んでくれる人にあげる」と言って、わたしにくれた。ふほほ。もちろん、わたしは大喜びである。ベジの夫は食べないから、大箱全部わたしのもの。クリスマスと誕生日とお正月と、スモーク・サーモン三昧である。ふほほ。安物だが白ワインも買ってきた。戸塚真弓さんご推奨のように、うすーくオリーブ油をぬって黒胡椒を引きながら食べようか。ふほほ。

はてさてどうしたものか

  • 2006/12/22 14:49
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■ Nちゃん、本日発熱で休み。これは絶対上司殿の風邪が移ったのである。上司殿は新疆から帰った翌日からゲホゲホし始め、周り中に風邪菌を撒き散らしていたのだ。本来なら、上司殿の真正面に座っている私が真っ先に感染するはずなのだが、そこはそれ、私は上司殿に対する抵抗力(または免疫力?)が強いので何事もなく、離れて斜め横に座っているNちゃんの方が却ってやられてしまった。まあNちゃんは体重が私の半分ほどしかなく、見るからに蒲柳の質であるので、無理もないこととは思うが。

■ ところで、どうやら私はNちゃんに嫌われてしまったらしい。もともと会社にいても、全く口を利かない人ではあるのだが、ここ数ヶ月その“口を利かない”状態が、世にもつめたーい雰囲気を漂わせるようになってきた。入社当時、朝は「おはようございます」と言いながら部屋に入って来、帰りは「お先に失礼します」と言って帰っていたのが、最近は朝は「おはようございます」と呟くものの、帰りは定時ぴたりに、一言の言葉もなくすうっと消えてしまう。同僚へはともかく、上司にくらい挨拶してから帰った方がよくはないかと思ったが、彼女がこの会社を嫌い、上司殿を嫌っていることは充分承知していたので、何も言わずにいた。その頃はまだ、たまには私に口を利いてくれてもいた。

■ ところがその後、仕事のやり方について何度か上司殿とやりあい、妥協派の私が双方に妥協を強いる(=双方にとって不満な)仲裁をしてから、彼女の憤りはより高まったようすで、どうやら私は上司側にカテゴリー分けされてしまったようである。職人気質のNちゃんにとって、上司殿の命に従い“冷凍食品チン!”の料理を客に出す私など、軽蔑の対象以外の何者でもないことは想像に難くないので、嫌われるのも仕方がないかとは思うが、同じエレベータに乗るのを避けられたり、視線が通らぬようモニターとモニターのすきまに紙を張られたりするのは淋しいものだし、仕事上のメールを送ってもらえないのは、実際問題不都合である。はてさてどうしたものか。

掃除のプレゼント

  • 2006/12/21 17:25
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■ ウチの夫君は、ふだんはあまり家事をしない。夕食後の皿洗いだけは、唯一の“義務”として率先してやっているが、他はすべてほったらかしである。自分からは掃除もしないし、洗濯もしない。その代わり私に「やって」とも言わない。長らく掃除をさぼった週末などに、点々とゴミが落ちた床を見ながら「掃除した方がいいかなあ?」と夫に尋ねると、決まって「ん? まだ、きれいよ」と返ってくる。「でも、ゴミ落ちてるよ」「来週ね。来週やればいいよ」「え〜、来週までにはもっと汚れてるよ」「そしたらもっと掃除のやりがいがあるでしょ」というのが、週末の典型的な会話である。でだいたいは世間一般の基準では“きれい好き”ではないが、我が夫よりはきれい好きな私の方が耐え切れなくなって、がらがらと掃除機を引っ張り出し、雑巾片手に掃除に励むことになる。この場合、夫の“協力”は、掃除機が通るのに合わせ、イスに座った足を床から上げ、私に向かってにっこりすることだけである。

■ それが今回、ウルムチから帰ってきたら、床がきれいに掃除されていた。ゴミひとつ落ちておらず、しかも雑巾がけまでしたらしく染みもない。「どうしたのお?」と聞いたら、夫大変得意そうに「居間と台所と洗面所、掃除した。雑巾もかけた。それからねえ、見て見て、玄関のドアとフレームもきれいにしたよ。前汚かったでしょ」と、確かに染みや手垢が消えて白さが増したドアとドアフレームを指し示した。どうやら夫は私の出張中に「年末大掃除」をやってくれたらしい。あまりの意外さにびっくりだが、その報告をする態度が明らかに“お手伝いをお母さんに誉めてもらいたくて仕方ない子ども”だったので、私も「すごいね〜。えらいね〜。だいぶ時間がかかったでしょう? 大変だったねえ。でも、部屋がきれいでうれしい!」と、大いに誉めあげた。夫、うれしそう。そしてなぜ急に掃除をする気になったのか聞くと「君が出張から疲れて帰って来ると思って。ふだん何もしないから。 I wanted to make you happy.」が理由だそうである。実際、掃除だけでなく洗濯もしてあり、洗濯バスケットはからっぽ。確かに毎回くたびれ果てて出張から帰ってきて、綿ホコリがすみに固まった床や、洗濯物でいっぱいのバスケットを見るのはげんなりさせられるものだったので、これは正直にうれしかった。大いに褒め上げたことばに“おだて”の要素が皆無だったわけではないが、大部分は本当にうれしく、ありがたく思ったのである。

■ ウチは経済的には完全なる折半で、どちらがどちらを扶養しているわけでもない。だから本来なら家事も折半で然るべきなのだろうが、実際のところ皿洗い以外はすべて私がやっている。時には不公平だと思うこともあるが、もともと家事は私の方が手馴れているし、あまりやりたくない人に無理やりやってもらうよりも、自分でやった方が簡単だという思いもある。それに夫は自分から率先して家事をすることはないにしろ、「家事は妻がやって当然」という態度は決して取らない。常に常に「僕がしたくないことを、してくれてありがとう」という態度であり、わたしが「今日はしたくない」といえば、「しなくていい」という。(とは言っても、結局いつかは“私”がしなくてはならないのだから、ずるーい!とも言えるが) これで「妻がして当然」という態度を取られたら、私も頭にきて「たまには、やって!」と怒ると思うが、たとえ表面だけにしろ感謝を示されれば、「ま、いっか。私がやった方がうまいし、早いし」と思ってしまう。それに同じ仕事をするにしても、AさんとBさんではその仕事をすることに対するストレスが違う。それを単純に量的あるいは時間的に折半するのは、公平のように見えて実は不公平なのかもしれないとも思う。ま、こんなことを言っていられるのは、夫婦二人だけで家事といっても高が知れているからで、これで子どもでもいたら「お願いだから、掃除と洗濯やっといて!」とキレそうに叫んでいることだろうとは思うが。ただ子どももいず、経済的には完全折半の私たち二人が、それでも二人で暮らしているのは、二人で楽しく過ごしたいからで、別に共働き夫婦における家事負担の時間的、量的公平実現の実験をしているわけではない。時間的、量的に公平な家事負担の公平を求めた結果、関係がぎすぎすするなら、それは私たちにとっては本末転倒なのである。だから普段は家事の大半を私が担当し、夫が皿洗い以外の家事をするのは年に2〜3回ということになるのだが、たまーに家事をしてくれて、その理由が“make you happy”だというなら、それで充分と思う。一緒に暮らす相手を喜ばせることに喜びを見出せるうちが花であるから。

ウルムチ時間とごみ袋

  • 2006/12/20 15:17
  • Category:
新疆出張の総括 3

■ みなさまご承知のとおり、新疆ウイグル自治区は中国の北西の端にある。区都ウルムチは北京から4,000km余り、経度からいえばバングラデシュのダッカとほぼ同じである。であるから本来ならアメリカなどと同じように、東にある首都北京とは違う標準時を使ってしかるべきなのだが、そこはそれ中央絶対の中華人民共和国なので、どんなに西に離れようと国内標準時はただひとつ。北京標準時だけである。
そうなると当然ながら、実際の太陽の出没時間と、時計の上の時間が合わなくなる。なんたって日の出るのが午前10時近く、北京標準時で生活していたのでは、実情に合わないこと甚だしい。このため、ウルムチには非公式ながら“ウルムチ時間”が存在する。そして実際の生活は、このウルムチ時間で動いている。(←この部分、上司殿の受け売り)
たとえばウルムチ滞在中の私どものスケジュールは、朝食:午前10時、ホテル出発:午前11時、昼食:午後2時、夕食:午後8時半というように、つまり北京標準時より2時間遅れですべてのスケジュールが組まれていたのである。最初、ホテル出発11時と聞いたときには「は? それでどうやって午前中に1社訪問できるのだ?」と思ったが、ウルムチの午前中は午後2時までだから、11時出発でも1社訪問する時間は充分あるのである。これは従業員さんも同じで、一般的な始業時間は午前10時だそうである。北京では普通8時だから、きっちり2時間遅れ。これにともない、社員食堂のお昼も午後2時から始まっていた。終業時間は聞き漏らしたが、同様に2時間遅れだとすれば、午後7時か、8時までは働くのだろうか。夕食が9時以降になるはずである。
私もこれに合わせようとしたのだが、1日目はさすがに身体が慣れていなくてだめ。朝6時過ぎには目が醒めてしまい、まだ外は漆黒の暗闇の朝8時半に、食堂一番乗りで朝ご飯を食べてしまった。それでも2日目はしっかり8時まで熟睡。ふだんは休日でもこんなに朝寝坊はしないので、なんだかちょっと得した気分だった。

■ ところで、訪問先企業の人が組んでくれた日程には、工場参観だけでなく、日本人にはなくてはならない「お土産買い」の時間もアレンジされていて、ある午後、ガイドさんがウルムチ市内のバザールに連れて行ってくれた。このバザールは1階から3階まで、ドライフルーツ、ナッツ等の食品から、ショール、帽子等の服飾、工芸品等、すべてウイグルの物産を扱っている。バザール入る前、訪問先企業の人から「この中で売っている小物で、30元以上のものはまずない。それ以上の値段を言われるようだったら、吹っかけられているのだから私たちに言いなさい」と言われたが、入ってみるとなるほど、あまり高そうな品物はない。もちろん例外もあって、刺繍を施したバッグや、本物の毛皮の襟巻き等は、さすがに30元(約450円)と言うことはなかったが、それより何より可笑しかったのは、そうした買物を入れてくれたビニール袋に、正真正銘の日本語が印刷されていたことである。いや別に『ウルムチ国際大バザール 営業時間〇〇時〜〇〇時』などと、まっとうな文句が印刷されていたわけではない。そうではなくて、たとえば毛皮の襟巻きを入れてくれた大きな白いビニール袋に、太字で麗々しく印刷されていたのは『燃えないごみ回収袋 〇〇町』の文字であり、また私が買った小物を入れてくれた小袋に印刷されていたのは『ホームセンター〇〇 毎日がお買い得!』の文字だった。想像するに、日本の企業なり自治体なりが安い業者に印刷を頼み、その業者の工場なり下請けなりが新疆にあった。そしてそこの不良品(あるいは単なる横流し?)の品が、ウルムチのバザールの小売店舗に安値で流されたというところなのだろうが、結構高価な毛皮の襟巻きを買った日本からのお客様は「なんだ、俺が買ったのはゴミだったのかあ!」と苦笑いしていた。私も土産の小袋を見ながら、ちょっとにやにやしている。検索するとどうやら和歌山県の新宮市付近で店舗展開しているお店らしいのだが、その袋が中国の西の端で使われているとはねえ。面白いものである。

レストランで踊り、博物館で撃沈

  • 2006/12/19 17:28
  • Category:
新疆出張の総括 2

■ 実は今回の出張では、歌を歌っただけでなくダンスも踊った。しかも2回も。2日目と3日目の夜、訪問先の企業の人が、ウイグル族の料理を供するレストランに連れて行ってくれたのである。そこでは当然ながら、ウイグル族の民族舞踊のショーもあって、曲によってはお客さんをステージに引っ張り上げて、いっしょに躍らせてくれるのである。私はディスコダンスはまったく踊れないが、こういう民族舞踊を踊るのは好きである。だからハンサム♪なウイグルの男性ダンサーに誘われるまま、うれしがって踊った。もちろん、ステップや手の振りを知っていたわけではない。もう、盆踊り的にてきとーである。おまけに衣装ときたらダンサー諸嬢のような、きらきらいっぱいの薄物姿ではなく、着脹れたフリースに足もとはスニーカーなのだから、色気のないこと甚だしいのだが、それでもかまわず踊った。他のお客様も、結構楽しそうに踊っていた。なかでも某総合商社のMさんは、とても初めてとは思えない慣れたステップで、妖しいほど美しいウイグル美人の踊りの相手を務めており、なるほど商社マンというのは口八丁手八丁なだけでなく、手足も八丁なのだなあと感心した。



ウイグル族の踊り子さん



■ 歌ったり踊ったりの話ばかり書いたが、当然のことながら仕事もした。仕事に関して言えば、今回の撃沈地点は博物館。訪問先企業については、これでも“あたま真っ白”に襲われる恐怖から、せこせこ下調べをし、まあ何とか当たらずといえども遠からずの通訳をしたが、予定外に訪れた『新疆開拓博物館』(仮称)では、みごとに撃沈。博物館の案内のお嬢さんは、毎日のことだし、せりふを全て暗記した女優さんよろしく、立て板に水の勢いでとうとうとまくし立てるが、聞くこちらの方は、新疆の開拓に関してはほぼ何の知識もない。当時の新疆開拓団の指導者の名前も知らず、開拓師団がいくつに分かれていたかも知らず、有名都市以外の地名も知らず、中央から出た通知も知らず、おかげで通訳はしどろもどろ、案内嬢が喋った20行は、私と言うブラックボックスを通ると1行に減った。ほとんど映画“Lost in Translation”のノリである。(因みにこの映画の通訳場面、私は笑えなかった。身につまされすぎて、苦笑いすらできなかった) たまに見てわかる展示品の前に来ると、勢い込んで「これは当時の農機具です」などと“説明”したが、そんなことは並みの視力があれば、一目瞭然てなものである。ああ、情けなや。

■ だから心情的にはかなり寒かったが、肉体的には零下17度の割にはあまり寒さを感じなかった。マンディさんから、いやというほど防寒着を借りていったものの、実際に着たのはフリースのジャケットとダウンコートだけ。重ね履き用のスキーパンツも、マフラーも耳あてもレッグウォーマーも何も要らなかった。ひとつには室内ばかりにいて(企業参観&工場参観なのだから当然だ)、移動はバスだし、建物の中は会社にしろ、工場にしろホテルにしろ、暖房が充分に効いているので、身体が暖まっており、ちょっと外を歩くくらいでは寒さが身にしみなかったためである。これなら去年の暮れに帰った時の、北関東の実家の方がよほど寒かった。何しろ暖房がないのだから。上司殿は今また懲りもせず、2月に黒龍江省の企業を訪問する計画をたてているが、この分だと何とかなるかもしれない。しかしなんで寒い時に寒いところに行きたいのだろう?

飛行機の中で歌を歌う

  • 2006/12/18 15:29
  • Category:
新疆出張の総括 1

■ 行きは深圳発、鄭州経由ウルムチ行きの深圳航空に乗った。真ん中の通路を挟んで、右に3列、左に3列のさほど大きくない飛行機。座席もきちきち。ま、国内線だから仕方ない。しかしフライト・アテンダントのお嬢さん方は愛想よく、しかも美人多し。着用に及んでいるつやつやしたクリスマス・グリーンや金色のサテンのボウ・ブラウスも、ホリデー・シーズンぽくてよいし。たとえ機内食が「???」であっても、許す。



ウルムチ出身のFAさん

■ この飛行機、鄭州を飛び立とうとしたところで、機内に怪しい手荷物を発見。すわ、バクダンか!?と、いったん乗り込んだ乗客を、また全て降ろして再チェックしたのは、安全管理上当然としても、ウルムチに着く1時間ほど前になって、フライト・アテンダントのお嬢さん方が通路真ん中に立って、リラックス体操を指導し始めたのには目を白黒。しかも乗客のみなさんも素直に体操に参加するのである。「はい、右腕をゆっくり上にあげて、そのまま手首をくるくる回します。はい、降ろして。今度は左腕です」てなインストラクションに合わせ、乗客みんな腕を上げ、手首をくるくる。もちろん、私もやった。郷に入りては郷に従え、である。お嬢さん方のご指導に合わせ、腕を上げたり伸ばしたり、回したり。後半には、脚と足の運動もあった。座席が狭いので、大して動かせなかったけど。

■ しかもこれで終りかと思ったら、その後お嬢さん方は機内にクリスマスの飾り付けを施し始めた。サンタさんの大きな絵を貼り付けたり、カーテンレールに金色のモールを絡ませたり、上部の荷物入れからベルやリボンをたらしたり。あれまあ、と思っていると、お嬢さんの一人が機内放送用のマイクをとり「これからゲームを始めます」とのたもうた。最初のゲームは、クリスマスにちなんだクイズ。はいっ、はいっ、と手を上げ、答えが合っていれば、色刷りのクリスマスカードを貰える。乗客、熱心に参加。斜め前に座るおばさんも、答えてカードを貰っていた。次のゲームは、サンタさんの赤い帽子を前から順番に後ろへ渡していき、番号をかけてストップ!と言ったところで、帽子を手にしていた人が、歌を歌うというもの。これもまた乗客、熱心に参加。途中「歌なら、うちの歌王〇〇さんだよ!」というおばさんたちの声が上がり、やんやの喝采の中、団体ツアーで参加していた人たちのうちの一人にマイクが渡る。“歌王”といわれたおじさん、大音量で新疆民謡を歌う。新疆の広い草原や、砂漠で歌うにふさわしい朗々たる歌声。マイク割れんばかり。次のおじさんはなんと「北国の春」を日本語で歌う。結構、うまい。しかし私の左隣に座っていた、うちのお客様のひとり(日本人)が「あらっ!」と驚いて目をむいたものだから、私の右隣のおばさんが「この人たち、日本人だよ!」とフライト・アテンダントにご注進に及び、なんと今度はこの私が引っ張り出される。大のカラオケ嫌いで、過去15年以上、人前で歌など歌ったことなどなく、接待でカラオケに連れて行かれても無作法なほど頑なに歌うことを拒否してきた私に、なんたる因果か。しかし楽しそうにゲームに興じているおじさん、おばさんたちを前に「歌なんか歌えません」と逃げて雰囲気をぶち壊すのも申し訳なく、されど普段ふんふん鼻歌以外歌わない私に持ち歌などあるわけもなく、大いに焦った末に仕方なく「赤い鼻のトナカイさん」を歌う。声、震えてしまう。おまけに機内だから伴奏のカラオケもなく全くのア・カペラ。聞くに堪えなかったことは、自身がよくわかっている。日本の社員旅行じゃあるまいし、まさか飛行機の中で歌を歌うことになろうとは、いったい誰が想像し得ただろうか? 不幸中の幸いは、上司殿が同じ機内にいなかったこと。(彼は別ルートのお客様を案内し、別ルートの飛行機に乗っていた) 彼は私が人前で歌ったことを知らないから、これからも「歌は歌わないloutraさん」で通すことができる。ほっ。



新疆民謡を歌ったおじさん

泥縄

  • 2006/12/12 22:13
  • Category:
昨日は時間がなくて、「こわいよう」なんて感想で終わらせてしまったが、これではまるで子どもの反応なので、もう少しまともなことを書かなくては。

↑ と思ったのだが、今日も時間がない。
何しろ明日から新彊なのだ。
観光ガイドはわたしの職務範囲ではないが、お客様から質問が来たらどーしよう?と
さっきにわかに心配になって、商務印書館で台湾の出版社の「新彊」というガイドブックを買ってきた。なぜ、台湾の出版社かって? 単にご当地の出版社のものより、レイアウトが見やすかったからに過ぎない。値段は2倍だったが、背に腹は替えられん。
泥縄もいいところだが、あした飛行機の中で読もう。しかしなんでフライトが朝8時台で、深圳発なのだ?
6時前に家を出なくてはならないではないか。ふえ〜。

というわけで、みなさましばらくさようなら。また来週お会いしましょう。

ワーキングプア?

  • 2006/12/11 22:21
  • Category:
昨日の夜、NHKスペシャルでやっていた「ワーキングプア?」を見て、しみじみ身につまされたせいか、夜から朝にかけて胸が苦しくなるような夢をたくさん見た。内容ははっきり覚えていないのだが、くらーい夢だったことは、起きた時の泥水に頭の先まで浸かったような気分から明白。さすがに20代や30代の若さで、きちんと生活していけるだけの仕事がないという人たちのケースは“明日は我が身”ではないが(だってもう40代後半だし)、70代で公園掃除、80代で缶拾いをしている人たちのケースは、40%くらいの確率で“明日は我が身”である。こわいよう。「仕事きらい」なんて言ってないで、首にならないように、もっとせっせと働くべきか?

ギフト発送

  • 2006/12/09 16:37
  • Category:
■ ふえ〜、疲れた。朝からクリスマス・ギフトのラッピングをし、カードを書き、小包に仕立て上げ、郵便局に持っていて送り出し、帰りに街市に寄ってお買い物。昨日のトレーニングのせいで、右肩は筋肉痛だし、ラッピングの紙はつるつるして滑りやすく、両面テープはなかなか剥がれず、りぽんは焦げ茶だの、モスグリーンだのシックな色を揃えすぎて、10歳の女の子のクリスマス用にしては華やかさに欠けるし、緩衝材のくずは飛び散るし、全部箱に詰めて蓋をしてからカードを入れ忘れたことに気づくし、もう5つのギフトを2箱に詰めるだけで、はあはあ息を切らしてしまった。
来年はもっと前から手際よく準備することにしよう(って、毎年思うんだけど。なかなか腰が、足が、動かない・・・)

■ ゆうべから今朝にかけて、昨日届いた「Z ツェット」を読んだ。うーん、久しぶりに見たZ君はエージェントとしては心優し過ぎるが、なかなか可愛く、かつセクシーでよろしい。
しかしZ君の第1話と第2話をララで読んだときには、わたしはZ君より年下だったのに、いつのまにか彼の2倍以上の年となり、まるで若いツバメを評するように「可愛くて、よろしい」などと言うようになるとは、年月とは容赦のないものだ。考えてみれば、少佐だって年下だな、わたしより年上は仔熊のミーシャとか、情報部長とかお偉方だけか。わたし自身はZ君と同じぺーぺーなのになあ、変だなあ。

本が届いた

  • 2006/12/08 16:53
  • Category:
■ bk-1 から「Z ツェット」と「石の花」が届いた。うれしい。それでなくとも楽しい週末が、ますます楽しくなった。仕事上のいやなことは、ぱあっと忘れて週末は読書三昧だ。おお、極楽。しかし7冊ともなると、バックパックが重いのう。

■ 読書と言えば、お友達からお借りした『豚と対話ができたころ』を読み終わった。副題の「文革から天安門事件へ」でわかるとおり、これは台湾で生まれ、日本で大学を卒業し、新しい中国建設を夢見て中国大陸に渡った著者の半生を描いた回想録なのだが、恥ずかしながら私は文革期を書いたノンフィクションについては、正視するに忍びないというか、読むに堪えないというか、あまりに辛い記述が多すぎて、冷静に読むことができない。単純な暴力を単純な暴力で返す武力闘争ならまだ救われるのだが、政治闘争、思想闘争の攻撃の対象は人間の精神、思想で、しかもその批判の根拠が暗愚極まりなく、人間が人間に対しこういう行動が取れるということ、ここまで蒙昧残酷になれるということに、どうしようもなく暗い気持ちになるのだ。知的明晰の美しさに対し、この無知の、愚昧の醜さ。

■ 文革時代の回想を、あっさり、からりと書いているのは、今まで知る中では山本市朗氏の『北京三十五年』(岩波新書)しかない。日本人である山本氏が、文革時期に北京にいて、真実こんなに“のどか”な日々を送れたのか、それともいやな記憶はすべて書かずに飛ばしただけなのか、本当のところはどうなのだろう。

美心パネトーネ

  • 2006/12/07 16:11
  • Category:
■ 先週あたりから、美心でパネトーネを売り始めた。ううむ、クリスマスだねえ。美心のパネトーネは、イタリア人が食べたら「こんなのパネトーネじゃないっ!」と怒りそうな、どっちかっていうと“オレンジピールも入った、やわらかいぶどうパン”と言った方が近そうな代物であり、まちがっても天然酵母パネトーネ種なんかは使っていそうもないのだが、常に常に1つ100元以上もする本物のパネトーネは買っていられないので、これはこれでいいのである。18元なら、許す。(それでも昨年より2元値上がり。別メーカーのブラックオリーブ・クラッカーも14元から17元に値上がり。ご当地のインフレ進行を実感)

■ ながーいネックレスを二重にして首に巻いていたら、徐々に一方が下がり、一方が上がって、首締め状態に。く、苦しい。開いたシャツの胸元がさみしい気がしたので巻いてみたのだが、おしゃれと実用はなかなか両立しないものだ。おしゃれのためにハイヒールをはいたり、伊達の薄着ができる人を、えらいと思う。わたしも「ここ一番!」という勝負時なら少しは頑張れるが、毎日はとても無理である。すぐに易きにながれ「足痛いから、運動靴ねー」とロックポートをはいてしまい、「お腹苦しいから、ストレッチ・パンツねー」とライクラの入ったパンツを選んでしまう。こうして世のおばさんは、“すてきなおばさん”と“ふつうのおばさん”に分かれていくのだなあ。

犬と飼い主

  • 2006/12/06 17:36
  • Category:
■ わたしはむかーし、むかーし、イングリッシュ・コッカ−を飼っていた。子犬の時は金色で、頼りないほど小さくて、上目遣いにこちらを見る目が何とも恨みがましく、常にいじけてすねているように見えるところがかわいい犬だったのだが、当時は一人暮らしであったためしつけが行き届かず、犬の学校にも入れてみたが、トレーナーさんの言うことは聞いても、わたしの言うことは聞いてくれず、彼女との毎日は食事とトイレをめぐっての、根競べの格闘だった。

■ それでも毎日の散歩は楽しかったし、彼女のおかげで近所のこどもたちとも仲良しになり、「うんちをする」「おしっこをする」等の非常に役に立つわりには、学校では教えてくれない広東語表現を覚えることができた。当時住んでいたアパートの裏には、かなり急な岩山がそびえ、資材置き場のようなちょっとした広場もあって、夕暮れ時、子どもたちや犬と遊ぶにはちょうどよかったのだ。

■ 子どもたちは小学校低学年くらいで男女3〜4人、元気な盛りだから犬といっしょになって走り回り、私が Sarahと名付けた犬を「シアラ」と呼んでかわいがってくれた。あれからすでに10年近く経つから、あの時の子どもたちはもう少なくとも高校生くらいにはなっているはずで、昔住んでいたあたりをうろうろしてみたところで、逢えるあてはないが、その頃犬といっしょに撮った写真を見ると、みんないかにも子どもらしく、かわいく写っているので、どんなふうに大きくなったのかちょっと知りたい気もする。

■ 朝は朝で、子どもたちではなく、犬を連れて散歩する近所のじいさん、ばあさんに遭った。よく言われることだが、飼い主は犬に似ているのである。坂道の途中で遭う、ポメラニアンを抱いた初老の女性は、きらきらした丸い瞳がポメラニアンそっくりで、高い声も服装に気を使っている様子も、自身が愛玩犬そのまんまだし、年をとって足下がふらつき気味の大型長毛雑種犬を連れたじいさんは、自身洗いざらし、擦り切れたような服をまとい、ぱさついたごま塩の髪と疲れた足運びが犬同様、初老を物語っている。そういう私自身、当時は今より7〜8kgは細く、長い髪をくるくるのカールにして、イングリッシュ・コッカ−の長い巻き毛の耳そっくりだった。おもしろいものである。

■ Sarahとは双方のよんどころない事情により別れたが、ここ数年のわたしはコッカ−のような長毛種の犬ではなく、ブルテリアや、パグのような短毛の小型犬に惹かれており、なかでも胸きゅんなのが、フレンチブルドッグである。あのつぶらな瞳、愛嬌のある顔立ち、がっしりした体格と、短く太い足。どれもこれも、びんびんとわたしの琴線に触れるのだが、“飼い主は犬に似る”からすると、わたしの姿かたちはコッカ−からフレンチブルに変貌しつつあるのだろうか。

人の好みは

  • 2006/12/05 15:23
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■ 昼休み、郵便局に行って小包用の箱を小・中2つ買ってきた。クリスマス・ギフト送付用。別に普通の箱を使ってもいいのだが、手持ちに適当な箱がないし、郵便局で売ってる箱は住所欄とか印刷されていていて、そのまま透明ガムテープで封をして出せるから、便利なのだ。

■ お義父さん用のプレゼント、やっと決まる。今年はモーツァルトのCDにした。息子と違って彼はクラシックを聴くし、といって〇〇(作曲家の名前)の××(曲名)なら、△△(指揮者or演奏者名)でなきゃというほど凝っているタイプでもないので、“Relax”“Energy”“Sleep”とシチュエーションにあわせて選曲し、CD3枚に分けて収めたお気楽に聴けるタイプのにした。「眠れない時、聴いてください、お義父さん」である。ただ中に入っている解説書がなぜか中国語で、お義父さんには読めないのが、玉にキズ。しかしCDはCDだし、ご当地とカナダでCDの形に差があるわけではないから、去年のようにジャスミン茶をジャスミンの種と間違えて、植木鉢に植えてしまうような間違いは起こるまい。それともやはり念のため「お義父さんへ。これは音楽のCDです。CDプレイヤーに乗せて、プレイ・ボタンを押してください。すると音楽が流れます」とメモを貼り付けた方がいいだろうか?

■ 上に“息子と違って”と書いたが、我が夫であるところの息子も含めて、彼の息子は二人とも古典音楽は聴かない。先日も一緒に行ったCD&DVDショップで、わたしが探しているGil Shaham(板前さまに教えていただいた)の某CDがないと文句を言っていたら、それは誰だと聞くので、「ゆうべ私がヴァイオリン曲聴いていたでしょう? あれを演奏していた人。きれいな音色だったでしょう?」と言ったら、「いや、わたしはあの音はとても annoying だと思った」と返してきた。あら、まあ、である。私が文字通りうっとりと聴き惚れていた音色を、我が夫が“いらつく、神経にさわる”と形容するとは・・・。人の好みは、本当にわからない。なんであの美しい音が、神経にさわるのだろう? 夫が嫌うもうひとつの音楽ジャンル“日本・韓国・香港の歌謡曲”については、わたしもまあ半分は納得なのだけれど。

■ ただ夫の場合は、“神経にさわる”と感じても、わたしに対して「だからヘッドフォンで聴いてくれ」とは言わない。相手が好きで聴いている(見ている / 読んでいる)ものについては、たとえ自分はどう思っても、一応尊重していてくれるのである。そうでなければ、30年以上好き勝手に生きてきたもの同士、仲良くは暮らせない。

外地での子女教育のネックは

  • 2006/12/04 15:10
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■ 昨日の朝、ゆったりと8時まで朝寝坊したせいで、夜12時を過ぎても眠くならず、思い余っていつもより大量のナイトキャップを飲んだら、変な夢をたくさん、たくさん見た。おまけに今日は朝から頭痛。二日酔いなんかで貴重な頭痛薬を消費するのは、誠に誠にもったいない。が、せっかく1カ月近く頭痛なしで過ごしてきたのだから、こんなことをきっかけに、慢性頭痛を呼び込みたくはない。しかたないから、貴重な2錠を飲んだ。頭痛よ、このまま、去ってくれ。“再見”はごめんである。

■ ところで、昨日友達の家に遊びに行って、そこの男の子(幼稚園児)の家庭学習と思われるものに、「學校」だの「課堂」だの漢字がたくさんあるのを見て「え〜、幼稚園でもう漢字があるのお?」と言ってしまってから、はた!と思った。考えてみれば、中国語には漢字しかなかったよ。ははは。ひらがな、カタカナ完備の日本語じゃあるまいし、漢字しかない中国語で“字”を書くとき、漢字以外の何を書けいうねん? である。しかもご当地だから繁体字。日本でいうところの旧漢字。画数の多さたるや、涙なしでは語れまい。幼稚園児が「がっこう」と書こうとして、16画の「學」に悪戦苦闘しているのかと思うと、ほんと半分は笑っちゃうが、半分はまじめにかわいそうである。「学」なら半分の8画だものねえ。

■ このお友達は、私としてはご当地で初めての、子どもさんのいるお友達なので、ご当地の子ども関係、学校関係のお話を聞くのが、大変おもしろい。「そっかー」とか「へー」とか感心することしきりである。幸か不幸か、ウチには子どもはいないし、今後も子どもを持つ予定はないので、外国住まいの場合の子女の教育の難しさに、ない頭と懐を悩ます必要はないが、先日“万が一”の“仮定”の話として、もしウチに子どもがいたら・・・という話を夫とした。そして話し始めて3分もしないうちに、「ウチでは子どもは持てんな」という結論になった。なにがダメかって? 一番問題なのはまあ、親としての資質の欠如だろうが、それは“子どもと共にの成長”に期待するとしても、次なるネック“経済的問題”というやつが、どーんと立ちはだかるのだ。なにしろウチは両親(私と夫のことである)とも広東語が話せないので、地元の公立学校には入れられない。親として広東語では先生方と意思の疎通がうまく図れないことはもちろん、子どもが広東語を第1言語として育ってしまったら、親子のコミュニケーションまであやしくなる。じゃあといって、日本人幼稚園 → 日本人学校という選択も、いまひとつ。私としては日本語を覚えて欲しい気はするが、半分しか日本人でなく、しかも一生日本をベースとすることはないと予想される子の第1言語を日本語にするのは、少々無理があるだろう。となると一番妥当な選択は、ご当地のインターナショナル・スクールに入れることだが、インター校は学費が恐ろしく高いのだ。上記友人の話によると、ご当地で一番質がよいとされるインター校の学費は、1カ月8000〜9000元(12万〜14万円)だそうである。しかも当然、学費の他に諸経費やら、寄付やらがある。課外活動やら、生徒同士のおつきあいもあるだろう。子ども自身の習い事もあるだろう。一切合財となったら、いったいいくらかかることか。とてもではないが、ウチの収入で、にこにこと負担できる額ではない。もちろん、もっと安いインター校もあるし、両親が中国語を母語としない子女のための公立学校もあるそうだが、場所柄、南アジア系の子ども達が多いと思われるそうした公立学校に、毛色の違った日加混血児を放り込んでよいものか、少々悩む。小事にこだわらない、大変ポジティブ(大雑把ともいう)な性格の子どもならよいが、私と夫の子どもではどう考えてものろまで内向的な性格になりそうで、あっという間にいじめられっ子になって、登校拒否しそうである。それでなくともマイノリティなのに、マイノリティの中のマイノリティでは、かなり辛かろう。したがってやっぱりインター校に入れざるを得ないのだが、それは経済的にきつい。ならばどうするか。子女の教育のため、一家揃ってカナダに戻るのか。しかしそうなると、親の方の仕事があるかどうかわからない。あちらを立てれば、こちらが立たず。まこと、難しい。

■ 日本でも「教育にお金がかかるから、2人目は無理」という人がいるが、私たちの場合は、「一人すら無理」のようで、出稼ぎ労働者は子女の教育にも四苦八苦というところか。

クリスマス・ショッピング

  • 2006/12/02 18:13
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■ 今月から夫の会社も週休2日になった。今までは土曜も昼まで勤務があったため、交代で出勤していたのだが、それがなくなった。代わりに月〜木まで勤務時間が30分延長されたが、それでも土曜休みの方がいい、と彼は喜んでいる。

■ クリスマスまでの土日で空いているのが今日だけなので、いっしょにクリスマス・プレゼントを買いに行った。今年の夫のリクエストはバックパック。今使っているのが傷んで来たから新しいのが欲しい、と。いっしょにモールの中のスポーツショップに行き「値段にかまわず、好きなの選んで」と言ったのだが、夫はざっとディスプレイを見渡し、大きめの黒いバックパック2つを手にとって、矯めつ眇めつ。しかし5分もたたないうちに、「こっちにする」と1つを差し出した。「え、そんな簡単でいいの? 他の店とか見なくていいの?」と聞いても「うん、これでいい」と誠にあっさりしたもの。あっちこっち、うろうろするわたしのお買い物とはえらい違いである。おまけにレジで告げられた値段は、たったの129元(2000円弱)。夫よ〜、年に1回のクリスマスのプレゼントが、こんなのでいいのかあ? あなたがきわめて物欲に乏しい人だということは、よーくわかっているけれど、それにしても、もう少し何か欲しいものはないかね? 医者に体重を減らせと言われているから、好きなチョコレートや甘いケーキを買ってあげるわけにはいかないし、酒は飲まないし、たばこも吸わないし、ジムとPC以外、趣味はないし。うむ、こうなったら「釣りバカ」の最新DVDを買ってあげるしかないな。よし、今晩amazonに注文しよう。

気づくまでに10年

  • 2006/12/01 14:57
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■ 今年はもう日本出張はなさそうなので、先日ネットで「Z ツェット」全2巻と「石の花」全5巻を注文した。アマゾンで検索すると古本でもありそうなので、最初はそちらを買おうかと思ったのだが、海外から注文すると、手数料&送料が1冊あたり800円もかかる。しかも同じ出品者に複数注文しても、手数料&送料は1冊ごとに計算という決まりらしく、それではコミックス1冊が1000円を超えてしまう。新本だって700円弱のコミックスである。しかも新本なら送料は合算が可能で、SAL便を使った場合の送料は、1冊あたり100円強というところだろう。いくら何でもまさか800円はかかるまい。ということで結局新本の方がお得なので、新本を注文した。一昨日「出荷のお知らせ」が来たので、来月半ばには届くだろう。ウルムチ・ツアー前に来るかな? それともクリスマス・プレゼント代わりに届くのだろうか。

■ 「Z ツェット」は言わずと知れた「エロイカ」の番外編、「石の花」は米原万里さんもご推奨の、ユーゴスラヴィアの民族紛争の中の人間達を描いた漫画。ずいぶん前から気になってはいたのだが、当然ながらこちらの本屋にはなく、日本に行った時も漫画まではチェックできず、数年が過ぎてしまった。今回は一念発起。

■ 話は違うが、年末家族で日本に旅行に行くマンディさんのために、ここ2−3日日本の旅行会社と連絡をとり、空室情況を聞いたり、予約をしたりしている。まあ同僚だし、ふだんいろいろお世話になっているので、代わりに電話するくらいは全然かまわないのだが、ひとつ「ふえ〜」と思っているのが、変更の多さ。いったん決め、予約完了してからも、希望がくるくる変わる。列車の時間を変え、部屋のタイプを変え、参加者の人数を変え、行先を変える。ひどい時には、電話している最中に「あ、やっぱり、××の方にする・・・かな」と言い出す。まったく「ちゃんと決めてから、頼めよ!」てなもんだが、マンディさん自身は、ほとんど気にしている風がない。で、わたしはさっきふと思った。日本では、私事でも仕事でも、いったん決めてからの変更は相当嫌われ、仕事なら相手先や上司から「きちんと計画立ててから行動しろ」と叱られるが、もしかしてご当地人の頭の中は「変更=普通のこと」になっているのではないか。少なくとも、日本人の頭の中のように「いったん決めたら、よほどの不都合がない限り変更はしないこと」というようなルールは、まったくないように思われる。そう思って振り返ると、上司殿も、お客様である中国・香港企業も、変更はしょっちゅう。ドタキャンも日常茶飯事。“変更は悪いこと”なんて認識は、さらさらない。私はこれを“中国・香港企業の柔軟性の発露”と呼んでいたが、考えてみれば企業だって、人だって同じである。仕事で柔軟性を示す人たちが、私事となったとたん突然、かちんこちんのきっちり人間になるはずがない。
マンディさんから変更を頼まれるたびに「またかよ」と思っていた私だが、こう考えるとなるほどと納得できる。“変更=悪いこと、迷惑”という考え方がなければ、そりゃあぽんぽん気軽に変更するわな。ふむ。よし、これからは変更やキャンセルを頼まれても「もー!」とか(内心)怒ったりせずに、そーゆーものなのだ、と思うことにしよう。しかし、これに気付くまでに10年かかるとは、私も相当のろまだな。

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らうとら

Author:らうとら
ドロシー・L・セイヤーズ、ローリー・R・キング、P.D.ジェイムズ、ディック・フランシス、水村美苗、高村薫、戸塚真弓、ヘレン・ミレン、シャーロット・ランプリング、ソフィ・マルソー(40代以降に限る)、ヘレナ・ボナム・カーター、アンジェリーナ・ジョリー、三代目金馬、小さん、枝雀、エンヤ、クイーン、ドゥルス・ポンテス、マドレデウス、J・S・バッハ、ちあきなおみ、トケイ・ピノ・グリ、アール・グレイ、自転車(冬季を除く)、あらゆる犬と猫
以上、私を幸せにしてくれる方々(敬称略)

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