再来年なんて

  • 2007/08/31 15:29
  • Category: 雑記
昨日は予定通り髪を切りに行った。
そして美容師Sさんにアジア・リゾートの話を振ってみたら
ものすごく熱く「ランカウイがいかによかったか」を語ってくれた。

Sさんは今まで伺った趣味が、気ままなピアノの練習や、ゴーカート、
ロッククライミングなどだったので、アジアのビーチでのんびりがお好きな方とは
お見受けしなかったのだが、昨日のお話ではランカウイのほか、
セブやボラカイやバリ、クラビなどにもご家族で出かけられており
その中でもランカウイは、もう別格によかったのだそうだ。

何がそんなによかったかというと、まずは何と言っても自然との近さ。
もちろん観光客用のホテルがあるからには、それなりに開発はされているのだが
ホテルの周りにも自然が豊かに残り、つくりものの中にいるという感じがしない。
ビーチパラソルの代わりに、空に向かって伸びる木々が気持ちのよい影をつくるビーチ、
ちょろちょろと現れる猿たち、道を横切る大トカゲなど、動物もふつうにそこにいる。
静かだから、何もせずに、ただのんびりしたいなら、最適な場所だという。

もうひとついいのは、アクセスのよさ。
HKからなら朝出れば、午後3時頃にはもう遊べる。
これとは逆にボラカイ島に行った時には、マニラでの乗り換え待ちが半日くらいあって
距離的にはさほど遠くないはずなのに、行くだけで1日がかりになってしまった。
自営業で長い休みを取れない身としては、これは辛かった。
などなど、ふだんはボソボソ、淡々と気がなさそうに話すSさんが、
昨日ばかりは表情も明るく、はさみの手を休め、鏡の中の私の顔を見ながら
生き生きと話すのが大変印象的だった。
実のところランカウイの話よりも、そうやって話すSさんを見る方が
新鮮で面白かった。

Sさんがあまりに熱く勧めるので、私の「行きたいな」リストの中でのランカウイの順位は
急上昇しているが、問題はウチの白くて丸い奴である。
今年はもう休みを使いきり、9月の入院に必要な分が残るだけだし
来年は恒例のカナダでの夏休みの他、日本の私の実家への顔見せ興行も予定されているため
「休みに余裕がない」と、それ以外の場所へ出かけることに全然乗り気でない。

確かに資金的にも有給日数的にも、今年後半と来年は余裕がないのだが
再来年(!)なんて、それまでに出張の飛行機が墜落するかも知れず
思わぬ大病に再起不能となっているかもしれず
とてもではないが、そんなに長く待つのはいやである。
もっと早く行きたい。行きたいぞ。
ひとりで行っちまおうか。
んー、でもどうせなら二人の方がいいしなあ。
どうしようかなあ。
スポンサーサイト

会話

  • 2007/08/30 14:52
  • Category: 言葉
昼休みの夫と私の会話
「もしもし、〇〇ちゃんですか?」(注:夫の名前は1音節で、呼び捨てにするとやけにぶっきらぼうに響くので、私はちゃんづけで呼んでいる。さんづけでは、ちょっとヘンな名なのである)
「はい、そうよ」
「あのね、〇〇ちゃん、私は今日、髪を切りに行くことにしましたから」
「そうか」
「〇〇ちゃんはジムに行きますか?」
「うん、そのつもりよ」
「そうですか。O.K. じゃあまた夜にお会いしましょうね」
「はい、そうしましょうね」
「ばいばい」
「ばいばい」

私はこの日本人同士の夫婦ではありえない、妙に丁寧で、微妙にずれた会話こそ
日本語を母語としない人物と結婚してしまった者の、数少ない楽しみのひとつと思っている。
日本語を“学習”して覚えた夫には、どこがおかしいのかよくわかるまいが
私にしてみれば、夫というかなり親密な存在に対し、あえて
「じゃあまた後でお会いしましょうね」と丁寧な教科書日本語で話しかけ、
それに対し同じように丁寧な「はい、そうしましょうね」と返ってくるのは、
思わず口元がほころぶくらいの楽しさだ。
日本人同士なら「じゃまた後でね」「うん」となるのが自然なところで
「〜しましょう」に対し「はい、そうしましょう」と返ってくるのは
ほとんど『ラジオ日本語講座』のノリである。

夫にしてみれば、単に“See you later”の日本語版を言っているつもりなのだろうが
実は似て非なるものであることを、私は教えるつもりはない。
ずいぶん前にムーンバスさんが、ご主人が彼女に対し「奥さん」と呼びかけるのが
微妙に楽しいと書いていらしたが、同じ感覚だと思う。

私も英語で同じようなことを言っていて、夫が内心「ぐふふふ」と笑っている場面があるのかもしれないが、まだ指摘されたことはない。
お互い、楽しみを放棄するつもりはないのだ。

Sugar Baby

  • 2007/08/29 14:36
  • Category:
まもなく同僚マンディさんの誕生日。お中元ではないが「お世話になってるあの方に」と、何か調達すべく階下のショッピング・モールに出かけた。
下へ降りるエレベータでは「さて何にしよう?」とぐるぐる迷っていたのだが、さらに下に降りるエスカレータ上で「おお、そうだ。あれだよ」と、突然ひらめいた。べた甘ピンクの化粧品ブランド“Sugar Baby”である。前からちょっと気になっていたのだが、買うものがないのに化粧品カウンターを覗くのは大変に危険なので、いつもは思いっきり横目で見ながらも素通りしていたのだが、今回は何しろ目的がある。人へのプレゼントならば、自分にはまったく似合わないものでも遠慮なく買える。チャンスである。

というわけでピンクと水色の“Sugar Baby”カウンターに足を踏み入れた。ほとんどすべての製品に50年代調のポップでキュートな女の子のイラストが配され(下図参照)、パッケージのピンク色とあいまって、綿菓子の中にからめとられたかのような、あまあまの雰囲気。





同じピンクの服を着たBAの女の子の勧めるまま、リップ・バウムやシマ−・パウダーを試すと、これがまたつーんとくるほど甘い果物やキャンディの香りで、全身砂糖菓子になったような気分である。会社用の黒服とぜぇんぜぇん合わないところがおかしいが、こういうの、別に嫌いではないのだ、実のところ。
で面白がって、マンディさんには死ぬほど甘いフランジパニの香りのボディ・クリーム。ついでに、いかにも可愛いパッケージがローティーンにぴったりと思ったので、クリスマス・プレゼント用に、ラファエル&ガブリエラ姉妹に、ティン・ケース入りのリップ・バウムをひとつずつ買った。おばさん、大いに満足。おまけに合計金額が400元を超えたとかで、ボディ・グラスとバター・クリーム・ソープのセットも貰い、なんだかとっても得した気分。

全身黒の人間が、スウィート・ピンクの紙袋を2つさげて、にこにこ歩いているのは些か滑稽だったろうが、たまにはこういう買物もいいものだ。また機会があったら、行ってみよう。

2歳の時に

  • 2007/08/28 22:25
  • Category:
先日、大学時代の後輩で、かつよい友人でもあったSちゃんに、14年ぶりで連絡した。その朝実にリアルな彼女の夢を見たのだ。夢の中では彼女は最後に会った20代の姿のままで、生き生きと動き回っていたが、当然ながら現実では彼女もすでに40代。当時2歳ちょっとで、まだ日本語もろくに喋れなかった上のお嬢さんは今高校2年生で、日本語どころか英語まで流暢に喋っているそうだ。進歩のないこちらとは、えらい違いである。

彼女の話によると、両親とも国語教師の娘であるにもかかわらず、お嬢さん(以下Mちゃん)は国語には大して興味はなく、好きなのは英語。格別塾に通ったりしたわけでもないのに、人が驚くほどきれいな発音だそうである。そしてその原因の一端はわたしにあると彼女は言うのだが、説明を聞いて私が思ったのは、むしろ母親の差である。

14年前の当時、中国に留学していた私は、おみやげのひとつとして「Mちゃんにね」と言って、中国語の童謡のテープを2本ばかり上げた。母親であるSちゃん自身、中国語を勉強したことがあり、短期ながら北京に留学したこともあったから、面白がってもらえるだろうと思ったのだ。童謡のテープ自体は日本円で100円もしないちゃちなもので、歌詞カードもついていたかどうか、はっきりしない。そんな安物であったにもかかわらずSちゃんは喜んでくれ、意味はわからないながらMちゃんも気に入って、当時保育園児だったMちゃんの送り迎えの車では、いつもこのテープをかけていたのだそうだ。あんまり何回も何回も聞いたので、テープの中のお誕生日の歌は、今でも親子で歌えるくらいだそうである。で彼女は、そうやってまだ日本語もろくに喋れないうちから、日本語にはない音がたくさん出てくるテープを聞いて、一緒に歌って、日本語以外の言語の発音に耳が慣れていたのが、その後の外国語の学習にプラスになっているのではないか、だからMの英語の発音がいいのは私のおかげだ、と言うのだが、私に言わせればそれはこじつけが過ぎるというものである。確かに私はテープを上げたし、耳が固まる前にいろんな発音を聞いたことが、外国語の聞き取りに役立っているのも事実かもしれないが、上げたテープを聞かせ、一緒に歌い、Mちゃんを楽しませたのは彼女である。上げたテープを「ありがとう」と言ったまま聞かずに放っておいてもそれまでだったのだ。
実際、当時私はもう一組の母子にも同じテープを上げている。母親の年齢も同じくらい、子どもの年齢も同じくらい、住んでいるところも、県は違っても共に北関東の田舎と条件はほぼ同じだ。ただこちらの母親の方は中国語を勉強したことはなく、したがって残念ながら歌の意味はまったくわからなかった。そのため母子は「意味がわからないテープはつまらない」と正直に言ってくれ、わたしは「うーん、ごめんね。今度はおもちゃとか、楽しめるものにするね」と謝ったのだった。

別にたったひとつの事例で、子どもに対する母親の影響の多寡を論じるつもりは毛頭ないし、“子どもは与えられたものをすべて吸収する”なんてことはないことは、自分自身の来し方を振り返ってみれば明々白々であるが、今日も直された我が発音のまずさを思うにつけ、「ちぇー、わたしが2歳の時には、周りには日本語しかなかったもんなー」と思わずにはいられない。

夏休み終り

  • 2007/08/27 15:26
  • Category:
ゆうべ夫が帰ってきた。うう、これで私の夏休みも終りだ。(泣)
髪とひげ(髭&鬚&髯)を1ミリ程度まで刈り込んでおり、違う人みたい。
おまけに脚が悪いにも関わらず大荷物を引き摺りながら帰ってきたので、全身汗だく。
彼が部屋に入ったとたん、もわ〜と熱気が広がった。
人ひとりの発熱量は60Wの電球程度と昔読んだが、夫の場合は軽く100Wはあるような気がする。人間発熱機である。雪山で遭難した時にはこういう人のそばにいるに限るが、熱気が熱気を呼ぶHKでは、そばにいるだけで暑苦しい。とことん雪国仕様の人である。

それはともかく、大荷物の中にはいっしょにアマゾンに頼んでおいた私の本も入っており、ほくほく。出発前の7月末にオーダーしておいたのに、届いたのは出発前3日の先週の水曜とかで、あやうく間に合わないところだった。あぶない、あぶない。米国のアマゾンはどうしてお届けまでにそんなに時間がかかるのだろう。20冊近く頼んだようだから、中に在庫のない本があり、そのために全体が遅れたのかもしれないが、それにしても3週間は長い。日本なんか24時間以内にお届けなんてサービスもあるのにねえ。まあ国の広さが全然違うのだから、比べても仕方がないが。

夫は最近、神サマ関係の本に興味津々らしく、今回もそんな本がちらほら。神サマと書いたのでもわかるとおり、宗教を信じる側ではなく、宗教(ことにキリスト教。インテリジェント・デザイン含む)の非論理性を検証する側の著作をあれこれ拾い、面白がって読んでいる。60年代までケベックはカトリック教会の権力が非常に強く、日常生活の隅々まで教会の力が及んでいたが、50年代半ば生まれの夫自身は、全く宗教的な人間には育たなかった。義父母も私の知る限りでは、さほど熱心な信徒ではないから、家庭環境+時代環境+本人の資質でそうなったのだろうと思うが、私自身も日本人としてはごく普通に“何も信仰しない”人なので、この点では有り難い。何の宗教であろうと、宗教を信仰している人と暮らすのは、私には難しいと思う。神社仏閣で敬意を表して手を合わせるのと、神を信ずるのとは全く別のことである。

ちなみに私が頼んだ本は宗教とは何の関係もなく、うち1冊は雪見さんお薦めのミュリエル・スパークの“The Driver’s Seat”が入った中編集。ハードカバーなので、持ち運びに不便。家で寝る前に読むだけで、読み終わることができるだろうか。

雪辱戦

  • 2007/08/24 16:24
  • Category:
先日のマカオではリングに上がったものの、あらゆる方向からこてんぱんにやられ、情けなくも泣きながら逃げ帰ってきたので、近い将来その雪辱を果たすべく、ご近所の東南アジア・ビーチリゾートへ行ってやるう!と、「リゾートガイド」なんかを見ている。地図で見る限り一番近いのはフィリピンだが、マレーシアのランカウイ、インドネシアのロンボク島も捨て難い。バリももちろん惹かれるが、退職後の生活を十分楽しんだ後ならいざしらず、20年以上働き続けた挙句、たまの休みにバリに行ったら爆死したなんてことになったら、悔しくて死んでも死にきれず、そのままウブドの森の幽霊になりそうなので、まだバリには行かない。(ま、そんなこと言い出したら、フィリピンだってどこだって、それなりに危ないのだが)

それにしても、いろんなガイドやらウェブサイトやらを見ていると、世の中には周辺環境から乖離した、絵のように美しいビーチリゾートがたくさんあるなあと思う。どこぞの巨大資本が金に飽かせ、建築とホテル経営の粋を集めて創り出すソフィストケイトされた空間、桃源郷なわけだが、そういうネガティブな面を勘定に入れても、「ああ、このプールで/ヴィラで、ぼんやりと寝そべり、風に吹かれてみたい・・・」と思わせるだけの魅力がある。

ただ問題は同行者だ。ウチのあいつは、野菜と果物と穀類と豆しか食べず、脱脂乳と豆乳とジュースと水しか飲まない。こういう奴を連れてシーフードが売りのビーチリゾートなんかに行ってしまった場合、奴は食べるものがあるのだろうか? 欧米人の多そうな(=菜食主義者の多そうな)ところを選べば問題ないのだろうか。もうひとつ、奴は暑がりだ。22℃以上のところへ連れて行くと、舌を出してはあはあ言い出す。然るに大体のビーチリゾートは22℃以上あり、しかも普通屋外には冷房はない。私が楽しく遊び歩いている間、奴は常に屋内にいなくてはならないのか。(それでは外に出すと溶けてしまう雪だるまだな、まるで。白くて丸いところもそっくりだ)どうしたものだろう? でも行きたい、行きたいぞ。ああ、海に溶け込むホリゾンタル・プール。


茶談義

  • 2007/08/23 14:50
  • Category:
マカオから逃げ帰った後3日間は、ほとんど家におこもり状態で過ごした。なんたって平日、お友達と遊びたくとも、お友達はみんな仕事中だ。唯一失業中で暇なはずだった友達まで、杭州にヨガを教えに行ってしまい、「ごめんね〜」というメールが来た。臨時インストラクターとはいえ、帰ってくるのは1〜2ヵ月後だそうだ。

というわけで読書三昧。軽い読み物ばかりを、あれこれ平行して読んだ。そしてその合間には、がぶがぶという勢いで紅茶を飲んだ。どうしてだかわからないが、やけにのどが渇いたのだ。そして気づいた。ティーバッグ紅茶は、ポットで淹れるよりも、直接マグにティーバッグを放り込み、熱湯を注いだ方がおいしい。私の舌が馬鹿だという可能性もあるが、しかし考えてみればわたしが飲んでいたのは英国はトワイニングの普及版アールグレー。話によると最近の英国では、きちんとリーフティーを使いポットでお茶を淹れるなんてことは少なく、職場はもちろん家庭でも、各自のマグカップにぽんとティーバックを放り込み、熱湯を注ぐという淹れ方がほとんどだそうである。だとしたらトワイニング社がそうした淹れ方に合わせてティーバッグの葉っぱを按配していることはありそうなことであり、ポットで下手に丁寧に淹れたお茶よりも、マグにティーバッグを放り込んでがさつに淹れたお茶の方が、おいしいということは大いにありえることだと思う。

これはもちろん各社の普及版ティーバッグ紅茶の話であり、どこかのやんごとなきブランドのリーフティーの話ではないので、念のため。試したことはないが、リーフティーを直接マグに入れて熱湯を注ぐのは、あまりおいしくないと思う。この辺、リーフティーでも元々そういう淹れ方をする中国茶とは違う。中国語の先生のとこでは、いつも龍井の葉っぱを直接茶碗に入れ、湯を注いで出してくれる。まろやかで美味い。友達からもらった老樅水仙も、茶壷(ポット)で淹れるより茶碗に葉っぱ直接の方がおいしい。理由はわたしにはわからない。

逆に茶壷で淹れた方が絶対においしい中国茶には何があるだろう? ご当地でお馴染みの普洱(ぽうれい、ぷーあーる)は茶壷で淹れた方がおいしい気がするが、これは単に習慣の問題かもしれない。それから、わたしの好きな菊普(こっぽう、菊茶と普洱を混ぜたもの)となると、乾燥した菊の花と普洱茶を混ぜるという性質上、茶壷なしで淹れるのは難しい。烏龍茶もふつうは茶壷、あるいは蓋碗を使った方がおいしいと言われるが、わたしが茶碗に直接のほうがおいしいと思っている老樅水仙も烏龍茶の一種であり、その伝でいけば茶壷で淹れた方がおいしいはずなので、よくわからない。

話は違うが、日本でよく売っているペットボトル入りや缶入りのウーロン茶は、中国の烏龍茶とは別のものなのだろうか。いくら冷やしたって、烏龍茶があの味になることはあるまいと思うのだが。

雨風には負けなかったが・・・

  • 2007/08/21 23:23
  • Category:
根性なしにも24時間といられず、8時前に朝食を済ませると、そのまま荷物をまとめ、2泊目はキャンセルして逃げ帰って来た。雨風には負けなかったのだが、喧噪と俗悪に負けた。いったい何鴻■(スタンレー・ホー、■は火3つの下に木)たちは、マカオをどうするつもりなのだろう?

新聞や雑誌でSandsやWynn(中国語名は金沙と永利。どちらもラスベガス資本のカジノ)の単体の写真を見たときには、「あらまあ、ずいぶん派手なの建てちゃって」としか思わなかったのだが、実際に街の中に建つ建物としてそれら、赤や金のネオンサインの満艦飾、思いっきり派手で巨大な、形だけの建物がずらり並んだところを見せられたら、あまりのあくどさ、あまりの空っぽさにほとんど正視に堪えず、「いったい、どうしちゃったのよ、マカオ・・・」とつぶやかずにはいられなかった。そしてこれにとどめを刺すのがスタンレー・ホーのグランド・リスボア。元のリスボアも何風ともつかないキッチュな建物だったが、マカオのギャンブルの帝王、スタンレー・ホーがラスベガス資本に対抗して建設中(一部オープン済み)のグランド・リスボアは、とても正気の沙汰とは思えないデザインで、しかもマカオのどこからでもその偉容が目に入る。これがあり、Sandsがあり、MGMがあるだけで、マカオはその景観において、まがい物の街、虚飾の街に成り果てる。たとえその巨大建物の間にある昔からの石畳の裏道がどんなに情緒にあふれ、うつくしく、風情あるものであっても。

   

グランド・リスボアとMGM。2つとも異様な偉容

マカオのGDPの4割、政府歳入の約7割は観光、カジノ産業からで、しかも2006年にはマカオのカジノの売上高はラスベガスを抜いて世界第1位という凄まじさなのだから、各ホテルが軒並み“娯楽場”(=カジノ)の拡張に力を入れるのは当たり前、マカオ政庁がカジノ産業を後押しするのも当たり前、カジノの繁栄で仕事が増えて、建設ラッシュで景気が上向いて、マカオの人々の生活が豊かになるのなら、外から来た観光客が“猥雑”だの“虚飾”だのと文句を言い立てるのは、それこそ大きなお世話、余所者の無責任な物言いに過ぎないのだろうが、砂漠の中に造られたラスベガスとは違い、マカオは元々人々がそこに住み、生活していた歴史ある街なのだ。巨大な金ピカの建物の脇には昔からの路地、中国語の看板のかかる店々があって、その裏寂れた風情と金ピカの建物との対比が、よけい街を醜く見せる。濹東綺譚の頃の向島にディズニーランドのお城が突然出現したくらい相容れない。

しかしこうしたマカオに金を落としているのは、大陸からの中国人なのだ。カジノのVIPルームで一晩数千万香港ドルの賭け金を張るのも中国人、マカオにひしめくホテルに観光バスで押し寄せて、金を落としていくのも中国人。中国に返還されたマカオに、中国人が来て金を落としていくのを、日本人であるわたしが首を振り振りため息つくのは、お門違いだろう。
ただ、どこの国の人間であっても、大挙して押し寄せる時の観光客のマナーは、お世辞にも褒められたものではない。15年前泊まったときの静かなリゾートといった雰囲気を期待して予約したホテルが、屋上に“ギリシャ神話カジノ”の紅いネオンサインを載せた団体客の押し寄せる観光旅館と化し、正面入り口前にはネプチューンとおぼしき稚拙な彩色の立像、ロビーの正面階段上にはゼウスらしき巨大座像と、ギリシャ軍の図だかローマ軍の図だか判然としない壁画がめぐらされているのを見たときには、思わず「なんだ、これ?」と口あんぐり、もうその場で帰ろうかと思った。しかもフロント前にはチェックインを待つ人の長蛇の列。初めは何の行列だかわからず「この人たち何してるのかしら」とぼんやり見ていたのだが、自身チェックインしようとしてフロントに向かったところで、行列の先端がフロント係に接していることに気づき、この長い、長い列がチェックイン待ちの列だと気づいた。優に70〜80人はおり、列に並んでからカウンターにたどり着くまでに、本当に30分以上かかった。日曜午後のチェックインで30分! しかもロビーは走り回る子ども、声高に喋る大人たちでごった返しており、禁煙ではないのでそこここから煙草の煙が漂ってくる。合間合間には灰皿に向かって吸い殻を投げる人、痰を吐く人も目に入る。それがすべて喧噪の中で進行するのである。なにが静かなリゾートだ! しかも、しかも行列が前に進むにつれ、カウンター近くに置かれた案内板が目に入ってきたのだが、それにはなんと「改装工事中につき、1階プールは閉鎖中です」とある。があああああん!である。ウェブサイトで館内設備をチェックしたときには、そんなことは一言も書いていなかったくせに、いったいいつから改装工事が始まったのだ? プールが閉鎖中なんて、わたしは一体なんのために、マカオくんだりまでフェリーに乗ってやってきたのだ? チェックインに30分以上かかり、プールは閉鎖中、しかも部屋に入るとエアコンは中央管理なのか、部屋の壁についたエアコン・スイッチをオフにしても冷風が止まず、ぎんぎんに冷えた風が容赦なく吹きつけてくる。踏んだり蹴ったりどころか、ぼこぼこに殴られてる心境である。プールサイドで本は読めず、じゃあといって部屋の中も寒すぎて長居はできない。外に出れば雷雨警報はどこの話か、かんかん照りで暑くて公園で読書というわけにもいかない。わたしは行けるところがなくなってしまった。マカオはすでに5度目である。4回見た観光スポットをもう一度回る気にもならない。一瞬、このホテルをキャンセルして、他のホテルに移ろうかとも考えたが、街中にあふれる大陸からの観光客を見れば、どこに移ろうと似たり寄ったりの喧噪であることは想像に難くない。コロアネのウェスティンあたりまで逃げれば、多少は静かかもしれないが、いかんせん料金が3倍である。しかも大陸のお金持ちが集まって、もっといやな雰囲気になっているかもしれない。

その夜はそれでも後学のためにとWynnのカジノを見学し、一応マカオのエッグタルトを一つ食べ、大会堂そばの八角亭が健在であることを確かめてホテルに戻り、本を読みながら寝た。そして翌朝7時半からの朝食に時間通り降り、すでに客でごった返しているのを見て「あ、そうだ。大陸の人は早起きなんだった」と、中国国内での経験を思い出し、何か食べるものはあるかなとブッフェを見渡せば、案の定メニューは物の見事に中国人仕様となっていて、朝から冷たい叉焼包と冷たい焼きビーフンを食べる。保温器の上に乗っているのに、冷たいのは何故だろう? これを明日も食べるのか、と思った時点でぷつんと糸が切れて、紙コップのコーヒーを飲み終えると部屋に戻り、さっさと荷物をまとめて8時過ぎにはホテルを出、9時のフェリーに駆け込んで、11時前には家に帰り着いた。都合マカオには24時間もいなかったわけだ。収穫はフェリー乗り場の免税店で買ったポルト1ぽん。それから目に焼き付いたグランド・リスボアとMGMの偉容。文化が「形」で、「形」が外在化された精神なら、あれらの精神はいったい?

雨にも負けず、風にも負けず

  • 2007/08/19 10:29
  • Category:
これからマカオに行く。
「プールサイドでひとり本を読む婦人」になるべく
1週間前にタイパのホテルを予約したのだ。

そして昨日、SPF50の日焼け止めを新たに買い、
スーツケースに大量に水着を詰め、サングラスを詰め、
本もいろいろ入れて、準備万端整えたのに、
マカオのお天気をチェックしたら
今日: 晴れのち雷雨
明日: 大雨
あさって: 大雨

なんて予報が出ていやがった。
なんだ、なんだ。なんで雨なんだ?
しかも「雷雨」と「大雨」って、私は天気の神様に何かしたんだろうか。

でも、いいのだ。私は行くのだ。
豪雨になっても、海を渡るのだ。
雨に煙るプールが私を待っている。

仕事選び

  • 2007/08/17 16:03
  • Category:
出張中、私はふつう助手席に座るので、自然運転手さんとおしゃべりしたりするのだが、前回のRさんは「クルマが好きだからこの仕事を始めて、最初はクルマで走り回れるだけで嬉しかったんだけど、だんだん年をとってきて将来のことを考え始めたら、心配になってきた。だって将来性が全然ない」と嘆じていた。話によると彼は今43歳、20代後半で日本の大学を卒業した後、この仕事に就き、今はミニバン・ハイヤーの運転手、バイク便など3つの仕事を掛け持ちしている。
3つ掛け持ちしていても、生活にゆとりがあるわけではない。というか、ゆとりがないから無理して3つ掛け持ちしている。1日中同じ姿勢だし、事故(複数)でけがをしたこともあって、40歳を過ぎたら肉体的にもしんどくなってきた。といって今更日本でどこかの会社に就職できるとも思えない。日本語はそこそこ喋れるけど、仕事で使えるほどかどうかはわからないし、第一日本人でさえ40歳過ぎたら就職が難しい昨今、外国人となったらほとんど絶望的だ。仕方ないから今は大陸(中国国内のこと)に行って仕事を探そうかと思っている。日本より景気がいいし、日本語喋れるのはウリになるだろうし、まだ可能性がありそうだ。でもそれも早くしないとだめだから、来年にはこの仕事を辞めて中国に行こうと思う等々、知り合いの知り合いという気安さも手伝ってか、5日間よく喋った。

若い時には“いい仕事”でも、年をとってくると同じ仕事が“しんどい仕事”になって来るのは、よくあることだ。世の中の景気がいい時は、それでもその時々でうまく転職できたりするのだが、昨今の情勢ではことはそううまく運ばない。

実は夫の弟君も同じ情況にある。ロック少年からロック青年となった弟君は、肉体労働が好きで、9時−5時の仕事が嫌い。だから若い時から定職に就くことなく、あちこちの現場で半端仕事をして、貧しいながらも心楽しく暮らしてきたのだが、50の声を聞くようになり、さすがに肉体的にしんどくなってきた。今も建設関係の仕事をしてはいるが、雪深いカナダのこととて冬場はどうしても仕事が少ないし、第一60、70まで肉体労働に勤しめるとは思えない。といって若い時から半端仕事しかしてないので、十分な蓄えもない。と、まるでアリとキリギリスのキリギリス君そのまんまの弟君なのだが、最近夫との会話で、若い頃は馬鹿にしていた頭脳系の専門技術や、親の「定職を持て」という小言を、「今となってみると、一理はあった」と述懐していたそうである。20代の時にされた提言を、50に近くなってから「なーるほど!」と思ってもあんまり役には立たないのだが、若いときというのはまあそういうものなので、仕方がない。

夫は、弟君がいよいよ食うに困るようになったら、未来の我が家の未来の離れ(西欧家屋に離れはあるのか?)あたりに弟君を住まわせる気でいるが、森の中の一人暮らしが理想という弟君が果たして街中に越してくる気になるか、兄夫婦のそばに住む気になるかは疑問である。もっともその頃には3人とも老人だろうから、なんとか助け合って暮らせるだろうか。3人して認知症になってたりしたら目も当てられないが。

「中央肉備蓄管理法」

  • 2007/08/15 15:50
  • Category:
■ 月曜から同僚一人夏休みにつき、毎日多忙。朝から晩まで休みなくPCに向かう。目はちかちか、手首はぎしぎしで、帰宅後ブログを更新する元気はなし。許されよ。

■ 本日の新聞記事の中に、きのう中国商務部と財政部が共同で「中央肉備蓄管理法」を発表したという報道あり。思わず脳裡に石油コンビナート並みの巨大建物群、そしてその中にぎっしりと詰め込まれた豚肉の山、の図が浮かんでしまう。壮観なり。
もっとも中国政府だって、何もないところで突然、肉の備蓄を思いついたわけではなく、この記事の前段は、中国のインフレ。おととい発表された7月の中国の消費者物価指数は、前年同月比で+5.6%と過去10年で最も高い伸びだったのだが、この主因が豚肉の値上がり(同+12.3%)。供給不足から値上がりしたようだが、業者の売り惜しみや、示し合わせての値上げ、値上がりを見込んでの買いだめもあるようだ。お堅い(?)経済記事の中にしょっちゅう『豚肉』という語が出現して、わたしの微笑を誘う。『牛肉』や『羊肉』という語はおかしくないのに、なぜ『豚肉』だとおかしいのだろう? やはりあのころころと愛らしい豚ちゃんの姿が、まぶたに彷彿とするからだろうか。
ちなみに政府は中秋節(家族一緒にご飯を食べる決まり)や国慶節などのハレの日に、豚肉が手に入らないなんてことのないよう、供給を確保するそうである。ふーん、祝祭日には豚ちゃんか。そういえば結婚式にも仔豚の丸焼きは付き物だなあ。愛されるゆえに食される豚ちゃんか。

ミステリは楽し

  • 2007/08/12 20:47
  • Category:
■ きのうはお友達と二人、お買い物三昧。空港近くのアウトレット・モール→空港内の新しいショッピングモールと1日歩き回り、最後に日本語古本屋で締めて上がり。大変充実した1日だった。実際に買ったのはタンクトップ1枚にTシャツ1枚、あとは食料品程度で大した量ではなかったが、道中ずっとしゃべり続けており、そちらの方の収穫が大か。話して楽しい人と出かけるのはよいものだ。

■ ノルウェーの法務大臣を務めたという作家が書いた推理小説を読んだ。話そのものは面白くなかったが、ノルウェーの人口が460万人強(2006年1月)と知って驚く。面積は日本とほぼ同じで、人口は東京都の36%程度?(東京都の人口は約1270万人。2007年7月) これでは人口からだけ見れば、国というより都市のようだ。人口500万というと、中国なら雲南省の省都 昆明あたりか。こういう国の統治方法と、人口1.2億の国の統治方法と、人口13億の国の統治方法が違ってくるのは当然だ。

■ 上記つまらなかった本を読了し、ドロシー・セイヤーズの『学寮祭の夜』を読み始める。こちらは楽しい。第二次世界大戦前のオクスフォード大学女子学寮が舞台。古き良き時代の英国の、しかも象牙の塔の中の話とて、陰惨さなくうすらとぼけた感じになるのがよろしい。気に入ったので、夕方行った本屋でペーパーバックも2冊仕入れてきた。読めるかどうかは、わからないが。

■ ついでにホームズのオーディオブックも買う。最近、ホームズ物の朗読を聴きながら手作業をするのが好きなのだ。これで4つめ。NAXOSのは、途中に音楽も入っていて楽しい。

台風警報

金曜午後2時半、台風シグナル8発令により、マーケットもその15分後に終了。帰宅して良しとのことで、3時過ぎには会社を出たのだが、同様の人が地下鉄駅にあふれ、改札口の遙か手前から、初詣の明治神宮参道並み。さながら改札口が賽銭箱の位置か。会社を出る前、台風の進路を確認しようと、HK天文台(≒気象庁)のウェブサイトをクリックしたが、アクセス過多のためかつながらず。上司殿によると、携帯も通信過多で繋がらないそうだ。みんな互いに早い帰宅を連絡しあったり、子どもに安全な帰宅を指示したりしているのだろうか。

それでも10分はかからず改札口にたどり着き、ホームに降りたが、当然のことながらここも人の波。到着する列車がすでにほぼ満員状態で、かなり待たないと乗れないと思われたので、先に逆方向行きに乗り、隣の始発駅から戻ってくることにした。これから1本やり過ごすくらいで乗れる。

家では暴風雨にそなえ、漏水する窓の下にタオルを積み、窓3カ所にビニール袋を挟んでみる。ほんとは窓の外側に、窓を覆う大きなビニールを貼りたいくらいなのだが、窓は22階で外に足場もないとあっては、それもならず。(たとえ足場があってもやらないが。私は高いところが恐い。3階くらいまではまだいいが、22階の外には出たくない)

そして心静かに嵐の到来を待ったのだが、実際のところ夜半に到ってもウチのあたりは雨も風も大したことなく、備えは空振り。積み上げたタオルは少しも濡れることなく、一夜が明けた。翌朝にはシグナルは1になっていた。被害なく、早退だけが儲けもの。

エクササイズ

  • 2007/08/09 11:39
  • Category: 雑記
腿の筋肉が痛い。
きのうは台風接近の報により、ジムをさぼってさっさと帰宅。寝室窓からの漏水が心配で、ジムではあはあ有酸素運動をしている気分にはなれなかったのだ。
代わりにずいぶん前に買ったクラウディア・シファーのエクササイズ・ビデオを見ながら居間で運動。スクワットやらプリエやら、やけに下半身メニューばかり続くなあとおもっていたら、これは“lower body”用エクササイズのビデオだった。どおりで。
それにしてもほっそりと長身で手脚の長いクラウディアのビデオを見ながら、でっぷりと短身で手脚の短い私が運動をするのは、どうもナンだ。手脚のバランスが違うので、同じポーズをとっても同じに見えない。最初はポーズを間違えているのかと思ったが、そういうことではなかった。単に手足が身体に近すぎるので、違って見えるだけだった。とほほ。

ビデオに合わせ、30分ほどメニューをこなしたら、はあはあして腿が震え出した。なんとこのエクササイズはエアロバイク30分より筋肉を使うのか? どおりでこのビデオを買ったばかりの頃(=まだジムに行っていなかった頃)は、メニューの半分もこなすと疲れ果ててしまったわけだ。今は何とか全部こなせるが、疲れることには変わりはない。ただクラウディアがきれいなので、ビデオを見るのが心地よいのは幸い。

そういえば月曜にジムでバイクをこいでいた時も、モニターで女子新体操の競技会を流しており、選手達の演技があまりに美しいので、そちらに見とれ、なんとか退屈なバイクを時間どおり続けることができた。バレエのダンサーもそうだが、いくら訓練の成果とはいえ、あの柔軟性と筋力の強さ、バランス感覚はすばらしい。惚れ惚れするほど、うつくしい。

いわし

■ きのうは先生の都合で中国語クラスが休みになったので、日本語本の古本屋と日系デパ地下に遊びに行った。古本屋の方ではたいした収穫はなかったが、デパ地下の方では“いわし6尾30元”という品を見つけてしまい、さんざん迷った末、懐に抱えた。私はいわしが好きだが、ベジの夫の手前、普段は買わない。自宅で最後にいわしを食べたのは、数年前前、友達から誕生日のプレゼントに、いわしと納豆と餅(ともに当時は貴重品だった)を貰った時ではないか。

■ それはともかく、いわしを抱えた私はいそいそと家に帰り、うち2尾をさっそくグリルパンで焼いた。ふだんピーマンや茄子を焼いているグリルパンで、いわしを焼くのはどうかとは思ったが、魚焼も網もないので仕方ない。フライパンよりはましだろう。焼きあがるにつれ、いわしは大量の脂臭い煙を発生させ、台所と居間をいわしのにおいでいっぱいにした。グリルパンの底には、いわしの脂がたまった。

■ ダイエット中であるので、ご飯は省略し、焼きあがったいわしに醤油をかけ、豆腐とレタスのサラダとともに食べた。結構大きいいわしだったので、丸ごと骨までというわけにはいかなかったが、きれいに身をはがし、はらわたもしっぽもみんな食べた。頭は食べなかったが、頭の中の肉はほじって食べた。

■ さて、あと4尾ある。どうやって食べよう? 梅干煮? しかしウチには梅干はないしな。

反省

  • 2007/08/07 17:19
  • Category: 雑記
■ そういえば、今回の出張では苛立ちがつのった余り、同行者のひとりに意地の悪いことを言ってしまい、昨日1日猛烈に反省していた。たとえ何があろうと、同行者に棘のあることばを放つべきではなかった。これからはもっと忍耐心をもたねば。何があっても常ににこにこ冷静、穏やかにコトを運ぶのが客商売の最低限の心得。お客さんのわがままにいちいち腹を立てていては、客商売はつとまらぬ。反省、反省。ついでに上司殿をいぢめるのも止めねば。

■ もうひとつの反省点、それは食べ過ぎ。今回は昼、夜ともびっしり接待だったので、高カロリー、高コレステロールの品ばかり、これでもか!というほどテーブルに並んだ。ふつうだったらいい加減うんざりしているので余り食べないのだが、2日目はお客様の料理の選び方が大変うまく、「あれ、この店はこんなにおいしい料理を出す店だったのか」と開眼。どの皿も残すのが惜しく、つい全部食べた。3日目はレストランはなじみのお店で、格別目新しい料理ではなかったのだが、向かいに座ったお客様と意気投合してしまい、話が弾むとともに食欲も弾み、つい食べ過ぎ。意気投合した内容が「健康であることの不都合について」で、つまりこのお客様もわたしも大変健康で、かつ胃がじょうぶで、何を食べても胃腸に不調を来たすことはなく、しかも全部体内に吸収されて血肉と化す。つまり、要するに、太りやすいということなのだが、「ほんと、困るんですよねー」と言い合いながら、二人して皿を空にしていれば世話はない。反省、反省。4日目は夜のアポの前に食事をしておこうという上司殿の提案で、ラーメン屋へ。ここがまたこってりとうまいラーメンを出す店で、つい全部食べた。5日目はお客様がしゃぶしゃぶを食べたいというので、昼からしゃぶしゃぶ。しかもメニュの中で一番豪華なのをオーダーなさる。わたしは「いくらなんでもそれはまずいぞ」と一段下げたが、結局カロリー的には変わるまい。ふだん葉っぱや豆腐ばかり食べている人間が、こんな食事を1週間続ければ太るのは必定。帰ってきてからは極力野菜を増やし、炭水化物を減らし、甘いものを減らし(夫がくれたチョコも、まだ1粒しか食べていない)、ジムでのメニュを変えて有酸素運動を増やし、2kg減を目指しているが、はたして効果はあがるだろうか。ああ、寒ぶりを脱して秋刀魚になりたい。

ただいま

  • 2007/08/05 22:38
  • Category: 雑記
ゆうべ帰ってきた。前回と違い、今回の仕事はまあうまくいったので、ほっと一息。何のかんの言っても商品がよくなければ、いくら宣伝しても効果はない。出遅れの商品(前回)よりも、将来性のある商品(今回)の方が、うまくいくのは当たり前だ。前回など口上を通訳している私自身、つまんなくて棒読みになりがちだった。それに比べ今回はストーリーもわかりやすく、ポイント、ポイントでまとまっているので通訳も楽だったし、聞いている方も(前回よりは)楽しかったろう。調子のいい口上のどこまでが本当かは別にしても。

何はともあれ、終わった。代休をもらったので月曜も休み。この1週間、この休みだけを楽しみに仕事をしてきたのだ。“休み”ということばの、なんと甘美なことよ!

もっとも夫は先週木曜、すでに3週間の休暇に入りカナダに行ってしまった。「ふん、誰もいない、3日間閉め切りの、熱気でむっとした家に帰るのか・・・」と、空港からのリムジンバスではいささか不機嫌だったのだが、家に帰り着いてみたらダイニング・テーブルの上にゴディバの金色の包みがあり、きれいなリボンがかかっていた上、“A little something to remember me by while I’m away...”というメモがついていたので、「なんだ、妻のことなどころりと忘れて、ひとり楽しくカナダに逃げ出したわけでもなかったのか」と、食べ物をもらったから言うわけではないが、少しは置いていく妻のことも考えていたのだとわかって、大変大変うれしかった。

Pagination

Utility

プロフィール

らうとら

Author:らうとら
ドロシー・L・セイヤーズ、ローリー・R・キング、P.D.ジェイムズ、ディック・フランシス、水村美苗、高村薫、戸塚真弓、ヘレン・ミレン、シャーロット・ランプリング、ソフィ・マルソー(40代以降に限る)、ヘレナ・ボナム・カーター、アンジェリーナ・ジョリー、三代目金馬、小さん、枝雀、エンヤ、クイーン、ドゥルス・ポンテス、マドレデウス、J・S・バッハ、ちあきなおみ、トケイ・ピノ・グリ、アール・グレイ、自転車(冬季を除く)、あらゆる犬と猫
以上、私を幸せにしてくれる方々(敬称略)

カテゴリー+月別アーカイブ

 

FC2カウンター