またしばらく

  • 2009/04/22 11:21
  • Category: 雑記
今朝ほど妹から母が亡くなったと電話ではなくメールで連絡があった。なんか知らないが、電話が不調で受けることはできるが掛けられないんだそうである。いつにも増して電話が必要な時に不便な話である。


とりあえず飛行機を予約し、明日日本に行くことにした。


というわけでまたしばらくお休みします。5月には戻ります。
みなさま、それまでごきげんよう。

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“The Stone Angel”&“Strangers in Good Company”

  • 2009/04/21 16:00
  • Category: 映画
昨日は日曜に見た『海は見ていた』がつまらなかったと書いたが、逆に面白かったのは、土曜に見た2本のカナダ映画。ひとつは“The Stone Angel”もうひとつは“Strangers in Good Company


Stone Angel”は自己を恃み、自身の意思のまま他人の言うことなど聞かず、奔放に人生を歩む頑固で鼻っ柱が強くて負けず嫌いの女(おおお、誰かを見るようだ)の話。やや記憶が怪しくなりかけ、しかも病気持ちでもある94歳の今も、老人ホームへ行くのを拒否してバスで遁走するくらい元気がある。


ただし彼女の選択は常に正しいとは限らない。次男の言葉を借りれば、“always bet a wrong horse”なのだ。夫の選択にしても然り。二人の息子のうち、より自分の一族に似た顔立ちの次男の方を贔屓にしてしまったことも然り。
だから彼女の人生は“平穏な幸せ”とは無縁に過ぎていくのだけれど、そんなことは全然意に介さず、大型トラクターのようにバリバリと、足元の草をなぎ倒しながら進んでいく彼女の強さが好きだ。(なぎ倒される草の方は、たまったもんじゃないけど)


この映画は1964年に出版されたMargaret Laurenceの小説をベースにしているそうで、映画の出来もよかったことから、機会があったら読んでみてもよいかと思った。19世紀末から20世紀初めのカナダの田舎町(舞台はマニトバ)の様子を読むのは、面白かろう。


もう1本“Strangers in Good Company”の方は、みな70代以上と思われる7人の老婦人が、バスの故障により、まわりになーんにもないカナダの田舎で立ち往生してしまう話。
何しろ人っ子ひとりいないカナダの田舎。見渡す限り緑の草原とつややかに光る木々、林、山ばかり。7人のうちのひとり、ナンだという老婦人がバスの修理を引き受け、他の6人は風に揺れる草原をよちよちと歩いて、近くに見つけた廃屋になった農家に腰を落ち着ける。
何しろ運転手の黒人女性を除き全員が70歳以上なので、動きがとてもゆっくりしている。歩き方もゆっくりなら、納屋に捨て置かれた古マットレスや藁を集めて、それぞれのベッドを作る動きもゆっくり。数少ない手持ちの食べ物を分けあい、小さなりんごを7等分するナイフの動きも、時が止まったかのようにゆっくりだ。


バスはいつ直るかわからず、食べ物はなく、人も通らない。助けが来るあてはない。やきもきして当然の状況なのだが、老婦人達は疲れた顔をしながらも、野生のラズベリーを摘んだり、原始的な方法で湖の魚を捕ろうとしたり、蛙を捕まえて脚をローストにしたり、特に焦る様子もなく、静かにおしゃべりをしながら、日を過ごしていく。その間には各人の若い頃のフラッシュバックが挟まれる。フラッパーだった娘時代の写真。初めての子どもに頬ずりする若い母親としての柔らかい笑顔。


映画は特に大事件もなく、老婦人達の動きを静かに描いていく。色のほとんどない淡彩画のようだ。


そのうちバスの修理を諦めたナンが、1人で歩いて助けを求めに行く。それを見送る他の老婦人達。
最後にはナンに導かれた水陸両用の飛行機が湖に着陸し、老婦人達は助かるのだけれど、一種サバイバルゲームのような状況に置かれながらも、互いに争うこともなく、特にめそめそしたりもせず、ちょっとベッドを作ってみたり、ストッキングで魚網をつくってみたり(ちゃんと魚が掛かった)、与えられた条件の中で“生活”しようとする老婦人達の強さが印象的だ。

これが
7人のティーンエイジャーの男の子では、こうは行かない。バス故障後、12時間以内に争いが起こることは必至。子どもでもだめだ(『蝿の王』を見よ)。もしかして世の中で一番賢いのは、人生経験を積んだ老婦人?

週末

  • 2009/04/20 10:36
  • Category: 映画
ゆうべは11時に本を読むのを止め、電気を消して目をつぶったのに、全然眠くならず、ついでに後から後から咳が出て、結局12時過ぎまで電気を付けたり消したり、のどスプレーを取りに行ったり、鼻水が出てきたのでティッシュでちーんとやったり、忙しくうろうろ過ごしてしまい、7時間の睡眠時間確保に失敗してしまった。ちぇー。
ついでに今朝は久しぶりに右ふくらはぎが激しくつり、激痛で飛び起きた。そういえば最近のどの薬を飲んでいるので、カルシウム剤を忘れがち。そのせいだろうか?


夕食時に熊井啓監督の『海は見ていた』を見る。私が最後まで見た映画の中では、たぐいまれにつまらない映画だった。私には主演の遠野凪子さんも、脇を固める清水美砂、永瀬正敏、吉岡秀隆などのみなさんも、信じられないほど不自然で下手くそな演技だったように思えるのだが、日活90周年記念映画として公開されたところを見ると、関係者一同、あれでいいというか、一定以上の水準に達していると判断したのだろうから、「下手くそ〜」と思ったのは私の大いなる勘違いかもしれない。


ついでに、これは女優さんたちの罪ではないが、遠野さんも清水さんも肩が大変立派で、着物を着ると首の下に肩がずずんと左右に張り出しているのが、全然江戸の女っぽくなくて笑ってしまった。(最後、二人で屋根の上に座っている場面とか)
戦前や戦後すぐの映画を見ると、登場している女優さんたちはほとんど肩がない。美人女優といわれた人ほど、肩幅がない上になで肩で、その上に頭が乗っているものだから、大変頭でっかちに見える。たとえて言うならこけしに日本髪のかつらを乗っけた感じなのだ。今から見ると不自然に肩がないのだが、私の祖母やその姉妹の体型を思い出してみても、当時はあれが普通であり、したがって江戸時代まで遡れば、女たちの肩は当時以上に細かったと思われる。
まあ160センチ以上の身長が普通の今の女優さんたちに、そんなことを言ってみても無理な話だが。

報告
金曜の会食は無事おわりました。いつもどおり可もなく不可もなくの料理ができあがりました。しかしいくら下準備をしておいても、客人と同時に家に帰り着き、それから料理に取り掛かったのでは、客人を30分以上待たせることになると、よくわかりました。
レンティルと同じ大きさに、ピーマン2個&玉ねぎ1/3個を切るのは大変です。

何とか食べられるものが出来上がりますように

調子のよい日と悪い日が交互に来る感じ。今日は調子の悪い日。朝5時半に目が覚め、来客の用意もあるのでそのまま起きた。
食卓の上の雑多な日常生活用品を片付け、ランチョンマットを敷いて皿とカトラリーを並べ、3人分の席をセット。
普段用のマットなのでアイロンをかけていないことに気付くが、いまさらどうしようもない。許せよ、D


料理はゆうべ下準備できることはし、パンも彼女が着く頃焼き上がるようにセットしたが、あとは帰宅してからの30分勝負。この前作っておいしかったレンティルのサラダとほうれん草とチーズのフリッタータ、ファラフェルを作るつもりだが、さて出来や如何に。別に料理に命を賭けているわけではないが、失敗すると23日惨めである。何とか食べられるものが出来上がりますように。

子連れ狼と女囚さそり

  • 2009/04/16 16:37
  • Category: 映画
日中、上司殿はご自分のPCに小型スピーカーを繋ぎ、事務室内にBGMを流しているのだが、このところそのBGMの中に『子連れ狼』のテーマソングが入っており、影響されてふと気が付くと道を歩きながら ♪帰ればいいぃが、帰らぬときは〜♪ と鼻歌交じりになっていたりして、困惑する。


ここはHKなので、道行く人が私の鼻歌を聞いて「あ、子連れ狼歌ってるぅ」と気付く恐れはないが、「歩きながら“子連れ狼”を歌っているわたし」という図がいやである。上司殿はこの歌が『子連れ狼』のテーマソングであることを知ってて流しているんだろうか? たぶん知らないんだろうなあ。


そういえば先日、同じく70年代を代表する漫画原作の映画『女囚さそり』を2本見た。雪だるまがアマ○ンUKかどこかから3作入りのボックスセットを買ったのである。
連休中に2本見て、感想は「なんと見事に70年代ニッポン!」
撮影手法、演出、テーマなど、当時としては非常に斬新な映画だったのはわかるのだが、今見ると何とも泥臭く、男性優位主義が露骨で、お世辞にも面白いとはいえない。唯一の楽しみは、梶芽衣子さんの冷たい美貌を見られることくらいか。しかしその梶さんの役どころ(松島ナミ)にしたところで、男にだまされ捨てられ、冤罪で実刑。しかも刑務所でもさんざんに扱われて、その間そうしたひどい仕打ちをした男達への恨みをつのらせ、脱獄して次々と復讐していく。というまるで演歌か浪花節みたいな筋書き。


確かにだました男は卑劣だし、その結果ナミが被った被害も半端ではないが、日常生活的には、腹の中に沸沸と晴れぬ恨みをたぎらせる以外にもすることはあるだろ?と思わずにはいられない。
だって第一、“恨む”というのは非建設的で楽しくないのだ。そういうネガティブなことばかり考えていると、ジンセイそのものがネガティブになる。たとえ復讐を考えるにせよ、一方ではちゃんと自分の生活を軌道に乗せ、今以上に不快な目に会わないように努力しなくちゃ意味ないじゃん。だました男への復讐のために、自分の生活をとことん犠牲にし、自ら奈落の底に引きずり落とすようなことをするなんて愚の骨頂としか思えないのだが、私の考え方って身も蓋もなさ過ぎだろうか?


それに毎日復讐のことしか考えていないにしては、ナミの復讐方法は稚拙というか、場当たり的というか、何ともお粗末でどん臭い。刑事に復讐するのに、白昼堂々警視庁の玄関前で斬りつける奴がいるか? すぐ応援の警官やら刑事やらが駆けつけてくるに決まっているではないか。派手な立ち回りを演じてマスコミの関心を引き、メディアの力を借りて復讐するというのならわかるが、ナミは裁判でも何にも喋らないんである。これでは自ら罪をひっかぶるようなものだ。ワケわからん。それとも昔の女って、そういう風にどん臭かったの?


えー、長くなったので他に「やれやれ・・・」と思った点を挙げると
  • 梶芽衣子さんの真中分けストレートというヘアスタイルと、女囚たちの藍白だんだら横縞のワンピース(!)という制服。いくら何でもヒッピーやフラワーチルドレンじゃないんですからさ、受刑者でこれはないでしょう?しかもある場面では、この服装でゾーリを履いていた気がする。洋服に下駄とか、洋服にゾーリって、いかにも昭和。
  • ナミが初めて男と寝る場面で、白い画面の真中にぱーっと丸い赤い染みが広がる。同じ手法は確か由美カオルさん主演の『同棲時代』にもあったが、白地に赤で脳裡に一瞬日の丸がダブり、何ともダサい。「ほんとに勘弁してくれよ」な演出である。
  • 全編セクハラ、パワハラの連続。この手の映画でこれを言っちゃあおしまいだが、それにしても時代を感じる。
  • 2作目の『女囚さそり第41雑居房』では、社員旅行のおっさんたちのうち1人がバスの中で、兵士として支那にいたとき、いかに思う存分姑娘を姦ったか得々と語る場面が出てくる。今なら中国政府から厳重抗議が来、中国のブログで徹底的に叩かれそうだが、この映画が公開されたのは7212月。日中国交正常化は729月だから、制作中は誰も中国政府や中国人の反応は気にしなかった? しかし今、HKでこんなものを見せられては、いたたまれないである。

また客人が

  • 2009/04/15 17:08
  • Category: 雑記
ここ23日、体調がいまひとつ。咳に加え微熱って、私は結核か?である。
しかも上司殿のゲホゲホは治っている。なんで夜な夜な飲み歩いている(接待だけど)上司殿が治って、養生に努めている私が治らないのだ? やっぱり病院行かなきゃだめかなあ。めんどくさいなあ。


金曜日、雪だるまの友人(台湾系カナダ人)がウチに食事に来ることになった。ひょえー、メニュ考えなきゃ。ひょえー、掃除しなきゃ。うわー。

現況報告

  • 2009/04/14 10:41
  • Category: 雑記
妹とはメールで現況報告をし合っているのだが、それによると実家トイレに、掴まるためのバーをつけたそうである。洋式トイレでも、腰かけたり立ち上がったりする時に、バーがあった方が容易かつ安全ということなのだろう。社協(社会福祉協議会)からのレンタルで、月150円だそうだ。
 
で、その次に、母が自殺を企て、しかし父に発見されて未遂に終ったというニュースが書いてあった。「・・・」
トイレにバーをつけた話の後に書いてあるあたり、妹が母のこの企図を重要視していないことは見え見え。聞かされた私自身も「あらまあ、やれやれ」と思っただけである。

理由はいくつかあるが、まずは
1.     実行時間や方法から見て、母にこの企図を絶対に成功させようという強い意志が感じられない。どちらかというと「皆さんに長期間迷惑をかけないように、一応私も努力しましたよ」というジェスチャーのための自殺未遂であるように思える。
2.     またたとえ強い意志があり企図が成功したとしても、自殺を悪いことだとは思っていないので、特に困惑を感じない。私自身、過去に自殺を企図したことがあり、私は自殺を自分の人生をコントロールする手段のひとつだと考えている。自らを生存させる権利があるのなら、自らを殺す権利があってもいいだろうということである。したがって私同様、自分の人生をコントロールしたい性格の母が、医者や自然のなりゆきではなく、自分の意志で自分の寿命を決めようとするのは、容易に理解できる。自殺しようとしたからと言って、可哀想だとか哀れだとかは思わない。
2点が挙げられる。


1.については、未遂に終った翌日、母はけろりとしていつもどおり流動食を食べていたそうで、ふさぎこんで食欲もないという状態ではない。また自殺を試みる一方で「父を一人残すのが心配だ」と言っており、どうも言動に矛盾がある。私と妹としては「一人残すのが心配なら、自殺するなよ」「父をねちねち苛めるなよ」と言いたいところだが、母の性格から考えて、言えば火に油を注ぐことになりかねないので、とりあえず何も言っていない。
2.については、特に付け加えることもない。キリスト教では自殺は罪ということになっているが、私も母もキリスト者ではない。その他の宗教に帰依してもいない。宗教的禁忌がなく、道徳的にも悪いと考えていなければ、残るは違法適法問題だが、日本の刑法では自殺は処罰の対象ではない。自殺教唆や自殺幇助や同意殺人は刑法上犯罪だが、自殺そのものは犯罪ではない。つまり私の側にも母の側にも、自殺を止める理由はないということだ。正確には、自殺幇助と見られては法的にうまくないので、未遂状態で発見した場合、私の側としては助けるべく努力した方がよいが。


それにしても、私も妹も母の問題となると、どうしてこうも無感情なのだろう。昨夜妹から珍しくメールではなく電話があり、30分ほど話したのだが、「看護士さんとか、ヘルパーさんとか、みんな私の方が精神的に参っちゃうんじゃないかって心配してくれるんだけど、わたし全然、なーんにも感じてないんだよね〜」と言っていた。外見は全然似ていない私と妹だが、こういうところは似ている。

さて、ごはん作りだ

  • 2009/04/11 12:00
  • Category: 雑記
テレビとDVDプレイヤーとの配線は、朝雪だるまがちょこちょこっといじったら無事直った。ほっとした。

古い壊れたテレビと古いDVDプレイヤー、VCRは午後家電買い取りのお兄さんに電話して引き取ってもらった。テレビは200元、DVDプレイヤーは30元、VCRはもう需要がないからということでゼロだった。テレビの200元というのは、この間ただで翻訳して貰ったから、儲けなしの大サービスだそうである。(しばらく前に、「つまんない」だの「くだらない」だの文句いいつつ翻訳していた幽霊話は、彼から頼まれたものだったのだ) ウチとしてはこんな大きくて重い物、引き取って貰えるだけでも有り難いので別に只でもよかったのだが、200元貰えて、ほくほく。どうもありがと、陳さん。


さて今日はこれから掃除と買い物とごはん作り。メニュは一応、
さつまいものキャセロール
レンズ豆と緑&赤ピーマンのサラダ 粒マスタードドレッシング
大根と人参の千切りサラダ
ミニ豆腐ハンバーグ+ブロッコリ
ひよこ豆と玉葱のカレー炒め
モルト粉の自家製パン
クッキー&クリームアイスクリーム+ぶどう、キウィ、梨

玉葱のタルトを作ろうかと思ったが、フランスのアニメを見ていたら時間がなくなったので止めた。手のかからないものばかりの、お手抜きメニュ。パンだって、ホームベーカリーが焼くんだし。

テレビ、壊れた

  • 2009/04/10 22:57
  • Category: 雑記
本日からイースターホリデイで4連休。明晩会食に来るジョゼ&ブライアンのため、メニュを決めなければならないほかは、ジムと映画鑑賞だけが予定の、典型的な休日になるはずだったのだが、夕方なんとテレビが故障!
スイッチを入れてもしばーらくは反応せず、忘れた頃に音声だけは出てきたが画像はゼロ。テレビの配線をいじったわけではなく、今日は掃除すらしていない。配線その他に不具合を来す理由はないのだ。3時間前には問題なく作動していたのに、どうして急に壊れるわけ?

配線を確認したり、しばらくいろいろと試したのだが回復する様子がないので、夕食後旺角電器街に、テレビを買いに出かけた。早ければ4ヶ月、遅くともあと2年ちょっとでHKを去るこの時期に、カナダで使えないテレビを買うのはいやなのだが、映画観賞用のモニターとしてテレビ受像器は我々には必須。突然の大きな出費にうんざりしながらも、やむなく買い物に出かけた。

04年に今のテレビを買った時のレシートを見ると、29インチのCRTテレビに8000元以上、払っている。当時すでに薄型テレビは出ていたのだが、同サイズだと2万元近くとあまりに高価だったので、手が出なかったのだ。市場からすでにCRTが消えた今、今回のお値段はいかに?とやや戦々恐々として出かけたのだが、電器店に行って「あれれ?」。有名メーカー製すら、値段が5年前の半分くらいに下がっている。「これ、どこのメーカー?」という聞いたこともないブランド名のものなら、30インチ弱で2000元台だ。びーっくり!!

何軒か見比べた結果、「陳列品限り」というLGの32インチのにしたが、お値段は2880元だった。安くなりましたねえ、薄型テレビ。そして、頑張ってますねえ、韓国メーカー。5年前は韓国メーカーのテレビは対象外だったのだが、今回は最初から「たぶん韓国メーカー」と思って出かけた。品質に問題のないことはすでに証明されているし、なにしろ値段がお手頃だ。(値段のお手頃さだけなら、中国メーカーの方が上だが、品質という点が今ひとつ、ちょっと何というか)
見比べたのも基本的にLGとサムソンで、買ったのはLG。「こうして日本製家電はハイエンド商品を残して駆逐されていくのねえ」と我ながらやや感無量だった。

で、買ってきたテレビだ。夜8時過ぎから雪だるまが取説片手に配線に取りかかったのだが、こうした作業に明るいとは言えない雪だるまが、TV+2台のDVDプレーヤー&VCR&ケーブルTVコンバーターの配線を、TV+2台のDVDプレーヤー&ケーブルTVコンバーター(これを機会に調子が悪くてほとんど使っていないVCRをお払い箱に)へと配線し直すのは結構大変らしく、12時近くになっても完了せず。DVD2台とも、画像は出るが音声が出ないのだ。単純に端子をつなぐ箇所を間違っているだけなのだと思うが、どこを間違えたのかわからない。明日また再開である。しかし明日は、会食用の買い物と料理&掃除もしなければならないのだ。やれやれ。あーめんどくさい。

ゲホゲホ

  • 2009/04/09 15:02
  • Category: 雑記
ゲホゲホが始まってから、上司殿もわたしもありとあらゆる治療法を試している。

上司殿が試したもの:
市販総合感冒薬(幸福傷風素。「幸福」というのはブランド名です、念のため)
市販咳止め薬(幸福止咳素)
話梅(中華圏で売られている甘塩辛い干し梅)
トローチ(得果定Dequadin
ガム(ミント味の強い、スース−するもの)
リステリン


わたしが試したもの:
桔梗湯(日本にいたときドラッグストアで買った。湯とあるが顆粒状)
のどスプレー(お茶らけた商品名で有名な某製薬会社製)
市販薬(幸福化痰素)
話梅(上司殿に薦められて。わたしもたまには人の言うことを聞くのだ)
蜂蜜湯(次席に薦められて。わたしもたまには人の言うことを聞くのだ)
ミャンマー製非精製糖(ジョゼのお土産。茶色い粗糖の塊。なめていると喉が落ちつく)
Airwave1種ののどあめ。軽い喉荒れなら、これで十分なのだが)


二人とも「とりあえず何でもいいから試してみる」姿勢が見え見えである。ことに上司殿のリストの最後“リステリン”は、どっちかっていうと口臭予防、虫歯予防の口腔洗浄薬で、のどの炎症には効かないと思うのだが、上司殿は「いや、効きます。口の中がスーっとすると、のどもスーっとします」と言っている。


こうしたなりふり構わぬ努力の甲斐あって、二人とも昨日あたりから咳が減ってきた。まだ時々はゲホっとやっているが、以前よりはずっとまし。のどのイガイガ感もだいぶ減った。あと34日すれば“ほとんど回復”ではないかと思う。


日本のみなさまはそんなにゲホゲホしているなら、なぜ医者に行かないの?と思っていらっしゃることと思うが、その理由は上司殿はたぶん「忙しいから」(昼間は仕事で、夜は仕事上のつきあいで忙しい)で、わたしの場合は「医者に行ったってどうせ劇的な改善は見込めないし、その割に高いし、保険の使える医者は遠いし」だ。一昨年だったか、やはり咳が止まらなかった時、一度だけ医者に行ったのだが、別に医者の薬で咳が止まったりはしなかった。効かない薬に200元も払うくらいなら、市販薬(25元)とのどスプレー(42元)飲みながら、蜂蜜湯でも舐めていた方がいいや、ということである。虫歯と違って、こういうものはいつかは治る(普通は、ね)

  • 2009/04/08 16:53
  • Category: 雑記
実家にいる妹とはメールで状況報告をし合っているのだが、それによると両親は本当に5月からは二人暮しに戻るようである。妹の有給介護休暇は4月いっぱいで切れるので、それはまあ可能であるなら喜ばしいことなのだが、ほんとに二人だけでだいじょうぶかいな? 月木に看護士さん、火金に介護ヘルパーさんが来てくれるという計画で、これらの計画は日本にいた頃の元同僚で今でも親しいオトモダチのMちゃんが、社協の担当者として立ててくれたのだが「Mちゃーん、ほんとにだいじょうぶかあ?」である。
Mちゃんは福祉関係の仕事をするにふさわしい、大変面倒見のよい人なのだけれど、ウチの両親の性格を考えるとわたしはとても心配だ。


ところで妹からは車関係の報告もあった。実家は何しろ田舎で、車がなくては病院はおろか、スーパーに買い物にも行けないので、帰って3日目に二人で中古の車(金30万円ナリ)を買ったのだが、その車の整備が済んで先日届いた。届いたので税金を払い(27,000円)、保険に入ったら、保険料が11万円(!)だったと。
ひえー、忘れてました。車って物入りだったのねえ。


しかしいくら保険料が高くても、妹とわたしの運転技術を考えると、自賠責だけってわけにはもちろんいかず、任意保険は必須。特にわたしが運転する場合は要注意だ。免許の更新だけはし続けたものの、ペーパードライバー化してすでに十×年。まっすぐ走らせることに問題はないが、たとえば右折で道路に出る時とか、車線を変える時とか、どうも勘が元に戻らない。車庫入れも「れれれ〜、入れないぞお」だ。


おまけに車(中古車屋さんが只で貸してくれた代車&二人で買った中古車)はオートマ。何を隠そう、過去わたしが運転していた車は全部マニュアル車で、オートマチック車を運転するのは、今回が初めて。妹に教わって少し練習したのだが、カーブを曲がる時など左足が幻のクラッチを踏んでおり、長年身体になじんだ動きは一朝一夕には消えないと痛感。妹にも「発進のとき、アクセル踏みすぎ」と指摘された。だってさー、マニュアル車はアクセル踏んでエンジンの回転数上げてギアチェンジしていくんだもん。右足が勝手に動くんだあ、である。


しかし下手っぴいながらも今回なんとかオートマ車を運転できたので、カナダで運転する自信が少しついた。間違わずに右側を走り、カーブで曲がっても左車線に突っ込んだりしなければ、買い物くらいは何とか行けるだろう。あの国の田舎は、日本の田舎以上に車必須だ。運転できないと話にならない。

『ミラノ 霧の風景』

  • 2009/04/07 14:24
  • Category:
日本に2週間もいたのに、今回は1冊も本を買わなかった。実家からまともな本屋までは車で30分ほどかかり、掃除と病院通いの合間に、本を物色する時間を含めて2時間以上、家を留守にするのはなんとなく気が引けたからだ。


代わりに実家においてあった大量の本を整理し、埃を払い、うち3冊を持ち帰った。持ち上げることさえできればもっとたくさん持ち帰りたかったのだが、アダプタも入れて8キロ以上になる大型ラップトップ+大型スーツケースでは、これが限度だった。
持ち帰ったうち1冊は須賀敦子さんの『ミラノ 霧の風景』。白水社から最初に出た版だ。奥付に199012月第1刷、9110月第6刷とあるから、もう20年近く前になる。確か白水社とみすずと共同で出していた出版案内で知り、アマ○ンもネット書店もなかった当時、近所の本屋にはなかったから、クロネコヤ○トのブックサービスを利用して買った本だ。(当時を思い出すと何とアナログな環境だったのかと思う。紙に印刷された出版案内で本の出版を知り、専用の注文葉書に手書きで欲しい本を記入してクロネコさんに郵送すると、しばらくしてクロネコさんが本を配達してくれたのだ。ネットのネの字もない環境。たった20年前なのに!)


しかしそうしてせっかく買った本だったのに、25ans娘だった当時のわたしは“ミラノ”から想像した華やかさが全く感じられないこの本に失望して、ざっと読んだきり積読棚に横置きして、その後の中国行きにも持っていかなかった。
須賀敦子さんのよさに気づいたのは、それから数年以上経ってからだ。きっかけが何だったかは忘れた。もしかしたら風杜マリアさんの文章で、絶賛という感じで紹介されていたからだったかも知れない。『コルシア書店』を始め、文庫で出ているものは、ほとんど全部買って読んだ。昔と違い、海外にいても本はインターネットで日本の書店に注文でき、クーリエなら34日、SAL便でも2週間で届くようになっていた。注文葉書に欲しい本の題名、著者名、出版社名をしこしこと手書きしていたあの日々は、遠い昔だ。


須賀さんの文章はしっとりと静かで、そういえば微かに霧がかかっているようだ。読んでいると私自身までその静謐さの中に包み込まれるようで、大変心地よいのだが、雑駁で意固地なわたしの性格とは決定的に肌合いが異なるため、好きな中にも距離というか、かすかな壁を感じる。翻訳家としての、学者としての須賀さんの真面目さ、真摯さが、わたしに後ろめたさを感じさせるためもあると思う。なんたってわたしは自他ともに認めるloutra(=lousy translator)だから。

布盒

  • 2009/04/06 11:48
  • Category: 道楽
金曜日、本屋で『第一次動手做布盒』という本を買った。これは駒沢由美子さんの『はじめてのカルトナージュ 〜リネンで作る布箱雑貨〜』を、台湾の出版社が翻訳したものらしく、構成や使われている写真は日本語版そのままのようである。


 
 こちらは中国語版







 
 こちらは日本語版




カルトナージュという言葉は初めて知ったが、要するに補強と装飾を兼ねて布を貼った紙の箱である。適切な布を選び丁寧に作ると、うっとりするほど美しい。紙にうつくしく布を張る技術は、写真立てや手帳の表紙などにも応用可能だ。
昼間、天下の虚業に従事しているせいで、週末は何か手を使ってモノを作りたくてたまらない昨今、この布箱つくりはビーズ手芸やクロスステッチに比べ格段に実用的でなかなかよろしい。

電話機のそばに置くメモ&ペン入れが欲しかったところなので、イースターで
4連休の今週末、さっそく作ってみようかと思う。近所の生地店にきれいな綿布があるといいのだが。なんかあの布屋さんは、お洋服用の派手な化繊のプリントが幅を利かせており、日本で好まれるシックな縞や小花柄などはあんまりないので心配だ。チャイナドレスみたいなきんきら金の龍の柄なんか、貼りたくないぞう。

丸大根

ところで実家では、妹が作ってくれたぶり大根も美味だったが、それと同じくらい美味だったのが、生大根である。毎日毎日昼と夜に、皿一杯の千切り大根を堪能していた。


原料の大根は父と母が丹精した丸大根(聖護院大根?)で、何しろ自家製ゆえ大きさは野球ボールくらいから、サッカーボールくらいまで数段階。畑から掘ってきた土つきのまま、物置の入り口いっぱいに転がされていた。
形がいびつだったり、キズがあったり、最初はあまりに見場が悪いので「何この大根?硬くて辛そう」と敬遠していたのだが、ある日妹が切ってみたら、大変みずみずしくジューシーな上、とても甘い。千切りにすると、ドレッシングなしでもさくさく食べられるほど美味い。
それからは毎日、厚く皮を剥き千切りにした大根をビニール袋いっぱいに用意し、妹と二人、昼と夜にせっせせっせと食べていた。


HKに帰ってくるにあたり、物置の丸大根もぜひ持って帰って来たかったのだが、何しろ1つ1つが大きく重いので、さすがに諦めた。HKではふつうの細長い大根は見るが、丸大根は見たことがない。検索してみると聖護院大根は京野菜のひとつのようで、だからまだ中国では栽培されていないのかもしれない。ただし近年日本の業者が、中国で長葱とか大葉とか日本市場向け野菜を栽培させることも多いので、そのうちHKの場末の市場にも丸大根が出現するかもしれないが。


もうひとつ、ところで。
ブログには書かなかったが、日本から引きずってきた不具合には皮膚の乾燥のほかに、のどの炎症による激しい咳というのがあった。これもまた冬場の北関東の超乾燥空気と実家の埃だらけの部屋部屋という環境が引き起こしたもので、1日中ゲホゲホゲッホーン!!!と激しく咳き込んでいた。咳き込むだけで熱も鼻水も出ないので風邪ではないのだが、終日のどがイガイガしているので大変不快だった。
こののどの炎症も、HKに戻ってだいぶよくなってはいたのだが、皮膚の乾燥ほどには劇的に改善せず、先週1週間会社でもゲホゲホしていたら、金曜には上司殿までゲホゲホ始めてしまった。おかしいなあ、これって細菌性ではないから感染はしないはずなのに。(それを証拠に、雪だるまは全く平気である) それとも実は日本でヘンな菌を拾ってきていて、それによる咳だったのだろうか?

二人だけでって

  • 2009/04/03 13:42
  • Category: 雑記
昨晩の妹からのメールによると、母は本日午前退院の予定で、来月からは父と二人だけの生活を強く希望しているそうである。
わたしはやや目が点。
もちろん町の看護サービスと介護サービスは頼むのだが、基本的には末期癌でほとんど寝たきりの人間と、脳梗塞の後遺症で介護認定が出そうな人間二人で、どうやって家事をこなしていくつもりなのだろう? 掃除が行き届かずにまた汚屋敷化し、気温と湿度が上昇するこれからの季節、家中にカビと虫が発生し、癌ではなく伝染病で二人ともコロリといくのではないかと心配だ。


ついでに父に対してはモラハラ気味の母である。私が実家にいる間も、小さなことでねちねちと父を苛め、キレた父が声を荒げる場面がたびたびあった。今後ますます母の身体が利かなくなり、それとともに情け容赦のない舌鋒の方は逆にますます鋭さを増すようなことになれば、キレた父が母を撲殺しないとも限らず、これもまた難儀なことだ。


独立した娘どもに迷惑をかけたくない。二人だけで生活する!との覚悟は立派だが、気丈なのも大概にせえよ、母上。と言いたい。
もっとも妹にも妹の生活があることは事実だから、遠く離れた場所で資金援助係しかしていない私としては、妹に「心配だから実家にいてくれ」とは頼めず、したがって希望どおり母にやらせてみて、誰が見ても無理となった時点で態勢を変えていくしかないだろう。やれやれ。

やりたいことはできるうちに

  • 2009/04/02 15:28
  • Category: 雑記
そういえば、乾燥性湿疹は、HK到着後36時間でほぼ消えた。火曜の朝、シャワーの後気がついたのだが、上腕も腿もアバラも腰も全然かゆくない。皮膚にできていたポチポチもほとんど消えて、お肌しっとり。うーん、湿度70%超の力は偉大だ。


ただしいったん乾燥してしまった手指、爪のぱりぱりは、なかなか治らない。昨年キャセイに貰ったクーポンの有効期限が4月末で切れるので、機内でジュリークとロクシタンのハンドクリームセット総計9本(!)を買い、実家滞在中はもちろん、HKに戻ってからも、せっせ、せっせと塗りこんでいるのだが、効果はいまひとつ。28日間だとかいう皮膚再生サイクルが一巡するまでだめかしらん? 指先がいろんなものに引っかかって、不便でかなわん。


雪だるまの仕事は、ますます減っている模様。昨日も一昨日も、1日何もすることがなかったとかで「これでは6月末にクビ、または大幅な給料カットになることは間違いない」と戦々恐々としている。
そうなったらカナダに帰ることはほぼ決定なのだが、問題は世界的な“ほぼゼロ金利”により、当初もくろんでいた金利生活はできそうもないこと。二人ともまだ約50代で、おおむね健康であるため、自力で寿命を縮めない限り、あと少なくとも2030年は生きてしまいそうで、したがって預金元本に手をつけるわけにもいかず、そうなると「毎月の生活費をどこから得るのさ?」ということになる。


雪だるまの稼業、翻訳はEメールさえあれば世界中どこにいても遂行可能で、したがって今もたまにやっている翻訳のバイトは続けられるが、フリーランスの仕事の依頼には大きな波がある。臨時収入としては有り難くても、毎月の固定生活費にするのには向かない。
私はと言えば、フランス語を習得しないうちは、お掃除おばさんすらできない。
じゃあどうするか?


対策はふたつ。
1.     とりあえず、できる仕事を捜し貪欲にこなす。上に書いたこととは矛盾するが、ほんとのところお掃除おばさんてのは、言葉が不自由でもなんとかなるのだ。米国で働いているメイドさんを見よ! 大部分は英語があまり得意ではなく(ていうか英語が喋れないから、こうした3K仕事に就いているんだけど)、それでも仕事はこなしている。彼らにできるなら、わたしだってできるだろう。いや、やるのだ。この際「掃除はきらーい!」などとは言っていられない。で、雪だるまにも何か仕事を捜してもらう。失職により前倒しでリタイアするのだから、カナダに帰ってもしばらく仕事するのは仕方ないと諦めてもらおう。
2.     できるだけ生活費を切り詰める。衣食住のうち、住は家を買ってしまえば後は維持費だけだし、衣食にはもともとあまり経費のかからない初老二人組だ。会社に行かなくてもいいとなれば値の張るスーツなど要らないし、肉、魚類を買わないベジの食費は、一般的に言って非ベジの食費よりも安い。ウチは酒も飲まんし。経費で無視できないのは暖房費と生活の足、車関連費用だが、これもなるべく効率のいい暖房装置を設置し(一昨年だったか、暖房装置を新しくしたお義父さんは、暖房用石油の使用量が大幅に減ったと喜んでいた)、車については夏場は極力自転車での移動を心がけるしかないだろう。日々の買い物に便利なところに家を買うのも、ひとつの手だ。鹿ちゃんの来る林の中の家は美しいが、経費節約の点からは×。卵代を浮かせるため鶏を飼おうというのなら林の中の方がいいが、人間、鶏卵だけでは生きられんしな。
その他、娯楽費は大幅に削るしかないだろう。だいたい4000本以上あるDVD、毎日1本ずつ見たって死ぬまでに見終わるかどうか。本は、それでなくても最近は昔の本を読み返していることが多い。書籍購入費は年々減っている。記憶力が衰えて、一度読んだ本でも全く新しい本のごとく新鮮な気持ちで読めるのは、老年の特権かも。
あとは病気をしないことだ。カナダの医療保険制度は米国と違いまだ機能しているようだが、まるっきり無料で医者にかかれるわけでもない。身体に悪くなさそうな食事をし、適度な運動を心がけ、せっせと歯の手入れをして健康維持に努めるしかない。それでも病気になってしまったら・・・。諦めてさっさと死ぬ?


今回、母の病気を目の当たりにし、また母の見舞いに来てくれた同年輩の方々の身体の衰えを見るにつけ「人間、やりたいことはできるうちにしておかないと間に合わない」と痛感した。
余命を告知された日、母は「お寿司が食べたい」と言ったのだが、流動食ですらうまく消化できなくなった今となっては、トロの乗った寿司など夢のまた夢だ。小さな小さなことだが、胸を衝かれる一言だった。
だからたとえビンボーでも、身体が利くうちに前倒しでリタイアできるのはラッキーなことであり、できることはやってリタイア生活を楽しむしかない。窓のないオフィスに1日中缶詰になるよりずっとまし、なのだから。もっとも食うに困り、寒さに震えるようになったら、そうも言ってはいられないが。

お片付け

  • 2009/04/01 16:41
  • Category: 雑記
今回、実家に着いてからの1週間は、病院に行っている時以外は朝も昼も晩も掃除に明け暮れた。久しい以前から我が実家は、片付けきれないモノがあふれ、掃除不足で埃とゴミがたまった「汚屋敷」と化していたのだが、母の病気により状況が悪化。まともな人間なら足を踏み入れるのをためらうような、ひどい状態になっていたようだ。


「ようだ」と言うのは、私が着いた時は、それでも妹がある程度片付けと掃除をしてくれていた後で、とりあえず人間の居場所があったからだが、それでも「いったい何をどうやると、何もかもみんな、こんなに汚なくなるのか」と、どこもかしこも信じられないような汚れ方、乱雑さだった。


念のため申し添えておくが、私は潔癖症ではない。HKでは掃除はせいぜい1週間に一度、他のことで忙しければ2週間くらいは平気で掃除をしないまま放っておくずぼらな人である。その私が“耐えられないほどひどい”“人間が住む場所ではない”と感じたのだから、実家の惨状がどの程度であったかは、想像がつくと思う。


でまあ、その実家クリーン作戦について昨日詳細を書いては見たのだが、読み返して余りにひどいというか、意気阻喪するというか、書かれた内容の建設性のなさに我ながら嫌気が差したので、ばっさり削除した。
そして代わりに、なぜこんな状況になったのか考えてみた。なぜなら同じような老人世帯でも、きちんと片付いている家は片付いているのだ。年齢は「汚屋敷」の理由にはならない。


我が実家が「汚屋敷」化した理由について考えついた最大の理由は
モノの要不要を判断できない
ということだ。だからあらゆるものを取って置く。数年前の町の広報でも、穴の開いた下着でも、壊れた鍋釜でも、戴き物の包装紙・紐でも、何でもみんな取って置く。そして取って置くために新たに収納容器や収納棚を買い、部屋に積み上げていくので、家の中にどんどんモノが増える。そして
整理整頓ができない
ので、それらのものが乱雑に積み上げられる。モノの置き場所が特定されていないので、とっさの思いつきで適当な場所にしまわれ、忘れられて、食品ならば賞味期限が切れ、衣類や道具類なら、必要な時に見つからないため“ないと見なされて、新しく買われる。そうしてまたモノが増える。


今回私と妹は、家のあちこちから食品保存用ラップ、アルミフォイル、ティッシュペーパーなどを見つけた。集めてみると、ラップは10個、フォイルは5個、ボックスティッシュは30箱以上あった。どう考えても当座の必要ストック数を越えている。


食料品も同様で、家のあちこちに1年〜数年前に賞味期限の切れた油、調味料、乾物などが仕舞われていた。そして当然ながらナマ物も戸棚や冷蔵庫の中で忘れられており、腐ったりカビが生えたりして悪臭の元になっていた。


潔癖ではないものの「整理大好き」「捨てるの大好き」で、モノの過剰≒視覚的過負荷に耐えられない私から見ると、信じられないような状況なのだが、要不要を分け、物を捨てるには技術が要るのだろうか? 写真や子どもの描いた絵など、感傷的価値のある物は別として、一般的な物の要不要は常識があれば判断できると思うのだが、それは私の勝手な思い込みなのだろうか。


それにしても今回、たかが家の中を掃除、整理整頓するだけで、妹と二人1週間かかった。これでも押入れの半分は、恐ろしくて手をつけていないのだ。両親が亡くなり実家を畳む時には、これに物置(!)が加わるわけで、想像しただけでめまいがする。実家に貯め込まれているモノの大部分は不要品と化すわけだから、きっとトラック何台分ものゴミが出ることだろう。あな恐ろしや。


そして(たぶん)その前に、我が家のHKからカナダへの引越。原田知津子さんの「すぐするすぐすむ快速家事」に倣い、極力余分なものは持たないよう努めているものの、1ヶ所に十数年も住んでいれば、自ずとモノは増える。コンテナで運ぶことになるので、容積制限はあっても重量制限はないと思われるが、ウチもぼちぼちモノの減量を始めた方がいいかも。ちなみに原田さんの上記著作を読んだのは20年近く前だが、家事、片付けに関し実に多くのヒントのある、役に立つ本だった。今でも手元にあり、折に触れて読み返している。絶版なのが惜しい、よい本である。

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らうとら

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ドロシー・L・セイヤーズ、ローリー・R・キング、P.D.ジェイムズ、ディック・フランシス、水村美苗、高村薫、戸塚真弓、ヘレン・ミレン、シャーロット・ランプリング、ソフィ・マルソー(40代以降に限る)、ヘレナ・ボナム・カーター、アンジェリーナ・ジョリー、三代目金馬、小さん、枝雀、エンヤ、クイーン、ドゥルス・ポンテス、マドレデウス、J・S・バッハ、ちあきなおみ、トケイ・ピノ・グリ、アール・グレイ、自転車(冬季を除く)、あらゆる犬と猫
以上、私を幸せにしてくれる方々(敬称略)

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