愛想

きのうお客様と一緒に某銀行のカウンターに行って、現金の引出しを依頼した。窓口嬢は「請等等」(少々お待ちください)と言って、本人確認のためのパスポートを受け取った。窓口嬢の対応をずっと見ていたお客様「愛想ないっすねえ」と一言。わたしはそのコメントを聞いて逆に「え?愛想ないですか?」とまん丸目。


私としては彼女はパスポートを丁寧に受け取ったし、「請等等」と「等等=待って」に「請=〜ください」がついていたし、「態度いいじゃん」と思っていたのだ。しかし日本人の目から見ると、彼女の態度は木で鼻をくくったように、ぶっきらぼう&無愛想だったのか? ららら。


確かに言われてみれば、彼女はにっこりと満面の笑みで迎えたわけではないし、日本で若い女の人がよく使う、高く甘い声ではなく、HKの女の子にごく一般的な低めの飾らない声だったし、いろいろ総合して全身から若い娘としての愛嬌が溢れんばかりに滲み出ていたわけではないが、しかし決して無愛想というわけではなかったのだ。少なくともHKの基準で考えれば、彼女の態度は『中〜上』に属していた。


一般的に言って、HKの女の子は仕事の際、日本の女の子のような甘い愛想を示すことはない。この点、どちらかというと欧米に近い。航空会社のCAさんたちの態度を比べてみればよくわかる。JALCAさんたちは時として「ホステスみたい」と形容されるほど至れり尽せり、かゆいところに手が届くどころか、かゆくないところまで手を伸ばしてくれるほど、“親切”だ。表情も「これで長距離フライトは疲れるだろう」と同情したくなるほど常ににこにこだし。しかしHK地場のエアライン、キャセイのCAさんたちは違う。にこにこの度合いはJAL60%減くらいか。サービスにしても頼んだことはしてくれるが、気を回して頼まないことまでしてくれたりはしない。赤ん坊に返り、わがままを言って駄々をこねたいオトコや、女王様になりたいオンナをあやしてくれるような種族ではないのだ。


でわたしはそういうHK女性の態度に慣れてしまっているので、上記窓口嬢の態度を『中〜上』に分類したが、日本人の目から見ると彼女はどうやら『中以下』。ギャップ歴然。


しかし、ということはですよ、普段の私の態度も日本人の目にはぶっきらぼう&無愛想に映っているということ? どうも、そうだよな。だって私HK基準で行動してるもんな。これからは日本人客に対しては、態度を改めた方がいいだろうか? いまさら「にこにこおばさん」になる? なれますかいな。

   
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月餅の季節

もうすぐ中秋節(103日)なので、例年どおり巷に月餅が溢れている。なんと私までお客さんから、4個入りのを1箱貰ってしまった。先週にもバラで小2個、大1個貰ったし、自分でも白い皮の冰皮を2種類買ったので、今年分の月餅はもう十分という感じ。


十数年前の中国留学時代は甘いものに飢えていたので、中秋節前にはわざわざ同級生に自転車を借りて、近所の餐庁まで月餅買いに走ったが、HKに移動していつでも好きな時に甘いものが手に入るというか、甘いものが溢れている(チョコレートとか、チョコレートとか、チョコレートとか)環境になって、月餅に対する情熱もだいぶ薄れた。いま食べたいと思うのは、求肥の上生菓子を思わせる風味の冰皮だけだ。


同じ白皮の冰皮でも、メーカーによって中の餡は違うので、全部合わせると餡の種類は50種類以上あるのではないか。そのうち私が今年買ってみたのは、「特濃朱克力」と「楊枝金露緑豆餡」。「特濃朱克力」は文字通りねっとりと濃厚なチョコレート餡、「楊枝金露」の方は、マンゴー+ポメロー+ココナツミルク餡といったところ。2種類ともそれなりにおいしかったが、上生菓子の代用品としては餡の選択をまちがえた。定番過ぎる感はあるが、緑豆餡か紅豆餡にしておくべきだった。むむむ。

ことば

  • 2009/09/25 17:08
  • Category: 言葉
一部法規が変更になり、仕事で作る書類にも変更箇所が出た。でさっき昼休みに、新しい書式への記入方法の説明会があったのだが、こういう会に出席していつも思うのは「まったく、器用だねえ」ということ。
他のローカル企業に就職したことがないので、他社さんがどうやっているかは知らないが、ウチの場合たいてい配られる資料は英語で、説明に使われる言語は広東語だ。つまり説明者は英語の資料を見ながら、広東語で説明する。しかもごく自然にそれをやる。器用なものだな、と思う。


私だったら英語の資料を見ながら日本語で説明するのは、つまりある言語で見た情報を違う言語にして発信するのは、隔靴掻痒というか、1クッション置いた感じというか、不便な感じがするのだが、少なくとも今30代以上で、ある程度の教育を受けたHK人はあまり感じないようだ。


英国の植民地でなくなって12年経って、HK人一般の英語力が低下してきたと言われる昨今なので、今後は喋る方だけでなく資料も中国語になるかもしれないが、30代以上の人が会社の中核にいる限り、“書類は英語”の状況はしばらく続きそうだ。契約書とか重要な書類は今でも、たとえ中英両言語で作成してもだいたい「英語を正文とする」となっているし。


ただオトモダチによると、最近は新聞の記事やブログ、ネット上の掲示板などにおいて、広東語の比重が増しているそうで、オトモダチはこの傾向を憂いていた。なぜかと言うと、基本的に広東語というのはあくまで話し言葉であって、書き言葉ではなく、文章を書く場合には国語(標準語)で書くのが正式だからだ。非常に乱暴なたとえ方をすれば、生粋の東北弁や大阪弁で文章を書くようなもので、地方色を出した小説などにはよいが、学校のレポートや新聞記事でそれをやっては、読んだ方に何やら違和感が・・・ということになる。


それでも国語も書けるけど、でもこれは掲示板だから親しみを感じる広東語で、と使い分けをしているのならよいが、オトモダチのみるところ、どうやら国語を書く力がないから普段喋ってる広東語をそのまま書いているようで、そうなると英語も書けなきゃ正式中国語も書けない、つまり文章による表現力が低下してきているということで、これはやっぱり困ったことだ。日本で「メールは書けるけど、報告書は書けない」人が増えていると言われるのと同じかも。

毎日同じ服

  • 2009/09/24 17:00
  • Category: 雑記
日本の某メディアのニュース・キャスター兼記者の方が、待ち合わせ場所で本人確認ができるように送ってくださったご自身の写真を見て目を丸くした。だってー、右斜め45度から撮ったスタジオ写真で、着ているお洋服が下着みたいに薄い白のレースつきチューブトップで、首、肩、ぜんぶ丸出しだったんだもん。圧倒的な量の肌色に、PC画面が急に明るくなった気がした。表情も「モデル・オーディションですか?」と言いたくなるくらい、カメラ目線で口をややすぼめた“作った”表情だったし。
なんというか、私の場合仕事で見る写真は、だいたいスーツ着て真正面を向き、生真面目な表情をしたものが多いので、突然の朝からのセクシーショット出現に、口あんぐり。いやー、お会いするのが楽しみだわん。HKはまだ暑いから写真どおりのお洋服で現れてくれるかなー?

 
(上記記者さんとの昼食後)
残念でした。記者さんはセクシードレスではなく、胸も肩も十分覆ったふつーのニットをお召しでした。いくら外は暑くても、室内は冷房ガンガンですから、当然といえば当然ですが。


ところで衣服といえば、わたしはここ数カ月毎日同じ服で出勤している。正確にはTシャツは毎日取り替えているのだが、パンツは同じデザインのを洗濯しながら交互に着ているだけだし、Tシャツの上に着ているセーターは月曜から金曜まで全く同じだ。
もともと衣服に多大な情熱を持っている方ではなかったのが、道楽にうつつを抜かすようになって、ますます関心が薄れた。暑くなく、寒くなく、着ていて楽で、人から見て見苦しくなければそれでよい。自己プレゼンの一種としての衣服という面から見ても、毎日同じ白のTシャツに黒のパンツとセーター、黒のプーマ+バックパックという私の服装は、今の私を十分に表している。私はこの無味乾燥な服装から想像されるような人なのだ。
この服装は簡便かつ実用的でもある。洗濯機でじゃばじゃば洗え、簡単に乾き、アイロンも要らない。毎日着る服が決まっていれば、洗濯して乾いたのを順番に着ていれば済み、「何を着ようか」とか「げ、この組み合わせは合わん!」などと考えて、時間と労力を無駄にしなくてもすむ。被服費もほとんど要らない。ショッピングモールの上に会社があるので、昼休み散歩がてらに洋服屋を覗きに行くことはあるが、ほとんど買わない。「ああ、これすてき!」と思うことはあっても、今の細長い人に似合うようにデザインされた服は、太短い私には9割方似合わないからだ。試着するだけ無駄というものである。


こういう衣服に対する態度は、雪だるまも全く同じだ。彼も服には関心がない。同じデザインのシャツ6枚、パンツ2枚をタンスに並んでいる順に着ていくだけ。ネクタイは毎日同じだ。衣服や靴を買うのは、今着ているのが着用に耐えないほど傷んだ時だけで、「このデザインを着てみたい」という理由で服を買うことはない。


とどのつまり、2人ともまったくおしゃれではないのである。日本だったら男性はともかく、会社勤めの女性が毎日同じ服というのはまずありえないと思うが、ご当地では平気だ。「タンクトップやミニスカートなど肌の露出の多い服装はオフィスにふさわしくないので慎むように」という通知が回ったことはあるが、「毎日同じ服で出社しないように」という通知が回ったことはない。(そんな人、私以外にはいないから当然だが) 上司殿も次席も、何も言わない。何か思っているかも知れないが、口に出しては言わない。


したがってHKの気候に大変動が起こるとか、急に服を着ることに目覚めるとか、若いツバメを飼うとか、何らかのきっかけが発生するまで、わたしの“毎日同じ服”状況は続くと思う。
道楽の対象であるお人形さんたちの服は、毎週せっせせっせと新しいのを作っては着せ替えているのだからおかしなものだとは思うが、お人形さんたちは私と違って何を着せても似合いますからな。その点、大きく大きく違います。着せ甲斐があるというものです。

自信満々

  • 2009/09/23 16:20
  • Category: 雑記
米国のダンス・オーディション番組“So You Think You Can Dance”の再放送があり、前回は見逃したオーディションの初期の模様を見た。何しろ篩い分けの一番最初の段階なので、あらゆる水準の人が混在しており、いや、なかなか、オーディション後半の技術、表現力とも卓越した水準の参加者たちの、うっとりするようなダンスを見るより、考えさせられることが多く面白かった。


ダンス・インストラクターとして子ども達に教えている身でありながら、技術も表現力もまるっきりずぶの素人並みで、しかしそれを審査員に指摘されると「ひどい! 彼らは意地悪だわ!」とカメラに向かい泣きながらオーディション会場を出る人や、「踊ることは人生そのもの。僕からダンスを取ったら何も残らない。何しろダンスが好きなんだ。22時間踊り続けたこともあるよ!」と言いながら、たった5分程度のダンスで息を切らし、酸素吸入を受ける男の子(しかも彼はまったく踊れておらず、ただ飛び跳ねていただけ)、目を覆いたくなるようなダンスを披露しておきながら、自分のダンスと容姿とセックスアピールに自身満々で、審査員の評価に猛然と抗議する男性。実は彼は去年も同じオーディションを受け、落ちた人だ。いくら言っても納得しない彼にうんざりした審査員が「去年と較べて何が変わったのか?」と聞くと、彼は顔を耀かせて「よりトレーニングを積んで技術が向上し、ダンスに打ち込む深さも増した」と答えるのだけれど、彼のダンスは、とてもダンスと呼べるような代物ではないのだ。しかもこの彼には彼そっくりのママもついてきていて、息子同様審査員に向かい「こんなすばらしいダンサーの息子に向かって、ダンサーにはなれないと言うとは、あなた方は恐ろしく間違っている。誰も人から夢を奪うことはできない」と噛み付くのだ。まるで自分が信じる神を、異教徒に否定された狂信者のよう。


わからないのは、なぜ彼らには現実が見えないのかということだ。生まれてこの方一度も他人のダンスを見たことがなく、ダンスというものの一般的水準がわかっていないなら、自分のダンスを「うまい」と誤認することもありえるだろうが、彼らはみんなダンスのメッカ、ニューヨークの周辺に住んでいて、TVでもナマでもあらゆる種類のダンスを見る機会があるはずなのだ。それでどうして自分の水準が見えない?


彼らのダンスが、良し悪しの評価はその時の審査員の趣味によるような、卓越したレベルにあるのなら「あなたの評価の方が間違っている!」と審査員に噛み付くのもわかるが、素人の私が見てさえ、彼らのダンスは「踊る」ということの最低水準にさえ達していない。


自分自身を客観的に評価するのは難しいことだし、周りだって常に常に本当の評価を言ってくれるわけではないが、それにしても「踊る」ことの表現面ではなく、技術面に目を向ければ、ある動作ができる、できないの判断は、間違いようがないだろうに。それに世の中にはヴィデオってものもあるのだ。自分のダンスをヴィデオに撮って見てみればいい。下手さは一目瞭然だ。(ん? 彼らの目にはすばらしいダンスに見えてるのか、もしかして?)


(非常に大雑把な一般論として)欧米の教育が子どもに対するポジティブな評価、ひとりひとりのいいところを大切にし、子どもに自信を持たせる教育を心がけているというのはよく聞くところで、その教育法はマイナスの評価ばかりして、自分に自信のない卑屈な子どもにしてしまう教育法よりはずっといいと思うが、誉めて自信を持たせた結果、現実が見えないほど自分を過信した大人になってしまうのは、いかがなものか。

自分に対する評価はポジティブだから、自信満々に明るく楽しいジンセイを送れるかもしれないが、世間一般との評価の差に悩んだり、悩んだ挙句、自分を容れない世間を恨んだりする可能性もありそうで、そうなると楽しいとばかりも言っていられない。

病気になったら

  • 2009/09/22 15:07
  • Category: 雑記
日系企業からローカル企業に移り、会社の医療保険のカバー範囲が狭くなってから、ほとんど医者に行かなくなった。普通の風邪くらいなら、まず行かない。どうせ風邪に効く薬はないのだから、暖かくしてじっとしてればいいと思っている。この間、咳が1ヶ月以上続いたときには、さすがにうんざりして医者に行ったが、それを合わせてもこの6年間で34回くらいか。当然、定期検診など受けていない。だから7月に献血に行くまで、貧血だと気がつかなかった。癌検診も、もちろん受けていない。血圧すら測っていない。特に大きな不調がないのに、邦貨3万円以上払って、検診を受ける気はしないというのが本音だ。民間保険会社の医療保険にも入っていない。正確には去年の10月までは入っていたのだが、過去26年間、保険料を払うばかりで一度も利用できたことがないのにげんなりして、解約してしまった。長年払った保険料の何分の一かが戻ってきたが、半年後に発生した母の葬式代できれいに消えた。


会社の保険のカバーは少なく、民間医療保険にも入っていないわたしの状況は、まるでマイケル・ムーアの映画「シッコ」に登場するアメリカのロウワーミドルの労働者みたいだが、実のところ“みたい”なのではなく、まんまなのである。なにしろ定期検診を受けていないから、たとえ癌とか○×病とか、比較的深刻な病気にかかっているのだとしても、本人は知らない。不調が看過できないほどになって初めて病院に行き、「えーっ!」ということになるのだと思う。それが今後2年以内(=ご当地に住んでいる間)に発生したらどうするか? 病気の種類にもよるが、私にはご当地の私立病院で入院加療ができるほどの資力はたぶんない。と言って公立病院の順番待ちをできるほど状況は悠長ではないとなったら、日本政府と国民の皆さまには申し訳ないが、私は日本に帰って日本で治療を受けるかもしれない。この10何年、日本には一銭の税金も払っていないくせに、国籍があるからという理由だけで日本のどこかに転入し、即刻国保に加入して『国民皆保険』の恩恵に浴そうというのは虫が良すぎるとは思うが、働き始めた最初の10年間、毎月保険料は払っていたが、医者にはあまり行かなかったことに免じてお許しいただければと思う。


米国民は「大きい政府はよくない」「皆保険になって保険加入者が増加すれば、税負担も増加する」などの理由で、オバマ大統領が進めようとしている医療保険制度改革に反対している。確かに日本の国民皆保険制度には問題山積だし、日本同様高齢化が進み、政府の負担を増やしがちな移民の流入も多い米国で国民皆保険を実施したら、幸いにして職があり、まじめーに働いている人たちの税負担が増えるのは当然だ。『自力更生』が好きな、真面目で働き者の保守層が反対するのはわからないではない。
そもそも生まれつき身体が弱かったり、不幸な事故が重なったりして病気になる人や、ちゃんと就職もできず、そのため保険もないような負け犬は、まともな医療が受けられなくても仕方ない。それで早死にするのは本人の責任。弱者の遺伝子は残さない方が、優生学上もプラス。なんてことまで考えての発言だとすれば、「ははあ、恐れ入りました。適者生存てやつでございますね」と答えるしかないが。

書類命!

  • 2009/09/18 16:58
  • Category: 仕事
最近、口座開設の際の審査が無駄に厳しくて難儀する。さっきも審査部から「署名が本人のものと思えない」と、ある書類が返されてきたが、それは実際に本人が署名した書類なのである。署名するのを目の前で見ていた私が言うのだから間違いない。それを違うといわれては、私は一体どうしたらいいのか?


その前はその前で、オリジナルの書類に「コピーにつき不可」のメモがついて返されてきた。しかし、これもまた実際にホンモノのオリジナルだったのである。審査部は「署名の上に水をたらしてみたが、滲まなかった。だからコピーに違いない」というのだが、最近の水性ボールペンのインクは、品質が向上して滲まないのだよ。つまんねー言いがかりをつけないでくれ、である。


また署名する場所をはっきりさせようと、上司殿が赤ボールペンで×印をつけたら「鉛筆はいいが、赤ボールペンで×を書くのは不可」と言われた。あほくさ。
「赤だろうが何だろうが、署名がちゃんとしていれば十分だろうが」と思う私は、瑣末な細部に周到にこだわる事務屋の本分を忘れ、過度に大陸化(=本土中国人化。よく言うとおおらか。悪く言うと、おおざっぱ)してしまったのだろうか。


書類ってのは事務を円滑に進めるために作るんであって、事務を煩雑にするために作るのではないと思うのだが。“書類命!”の事務屋はそうは考えないのだろうか。ウチの審査部、HK人で構成されているとはとても思えん。

頭痛

  • 2009/09/17 17:04
  • Category: 雑記
寝ている間から、激しく頭痛。夢かと思ったら、現実だった。起きて鎮痛剤を飲んだが、相変わらずガンガン。私、寝ている間に何かしたか?


もともと頭痛もちなので、頭痛はちょっとしたきっかけでひょいとやってくるが、面白いのはジムで力を振り絞っている時、がががーん!とやってくる頭痛だ。実は昨日もベンチプレスで95ポンド(たかが!)を挙げていたとき、7回目で予兆が、8回目で本格的にガンガンがやってきた。たぶん力を入れることで頭の血管が広がり、そばの神経を刺激するのだろうが、重いモノを持ち上げている最中に、ガーン!!と頭痛がやってくるのは、なんとも具合が悪い。しかも止めたら消えるわけではなくて、しばらくガンガンし続けるのだ。意欲萎え萎えである。


しかし雪だるまは重いモノを持ち上げても、頭痛が来たことはないそうである。昨日なんかベンチで320ポンド以上を挙げていたくせに、ぜえんぜえん平気。まったく不公平だ。

『Tenue de soiree』 ほか5本

  • 2009/09/16 15:20
  • Category: 映画
月曜はお客様が次から次へと現れ、臨時仕事が多くて予定が狂い、火曜は台風で2時間遅れの始業だったにも関わらず、いつもと同じ量の仕事を詰め込んだので、ばたばたと多忙。あわただしい2日間だった。


本日はお客様の来社も少なく、通常業務に戻っていつもどおりの仕事。眠気を誘うくらい穏やかな日というのも、悪くはない。


先週末は金曜夜も合わせて映画6本。

Tenue de soiree86年。若き日のジェラール・ドパルデューがシリアスな顔して登場。ダンスホールで出会ったミウミウとミシェール・ブランの夫婦に近づくが、彼の目当ては実はミウミウではなく、ハゲでチビの夫ミシェールの方(ドパルデューはバイなのだ) 最初は逃げ回っていたミシェールも、歯の浮くような甘い言葉で迫られ続けているうちに、つい情にほだされて(?)彼の恋人に。しかし不実なドパルデューはミシェールの目の前で、若いホットな青年とよろしくやったり、ミウミウを追っ払うために女衒を巻き込んだりして、関係はドタバタ泥沼に。首がなく、肩幅が広く、どこもかしこも分厚い身体つきのジェラール・ドパルデューが、彼の1/3くらいの体重しかなさそうな小柄なミシェールに、ハーレクィン小説の作者でも顔を赤らめるようなロマンチックな言葉を真顔でささやくのが超おかしい。この映画を撮る時は、NGの連続だったに違いない。いくら役者でも、こんなせりふを吹き出さずに言うのは至難と思える。

Shawn of the dead04年。ある日突然人々がゾンビ−化。で、まだゾンビ−になってない人々は生き残りをかけてバトル開始。クリケットのバット(イギリス映画だから)で、ゾンビ−を滅多打ちという血しぶき炸裂のゾンビ−コメディ。しかしこういうゾンビ−物はもうさんざん見ているので、私は途中でパス。雪だるまはよく厭きずに見られるもんだ。

Contact97年。私は前に1度見ているのだが、雪だるまは見ていないというので再鑑賞。ジェームス・ウッド演じる国防省高官の考え方、動き方はいかにもいかにもで、ついにやにやしてしまう。しかしプロットそのものには言うべきことなし。SFとしては新味はないと思うのだが。

LApartment96年。ショートボブのモニカ・ベル−チがとてもキュート。相手役のVincent Casselもスキンヘッドだった『The Hate』の時とは打って変わって、まじめそーな会社員をやっているところが新鮮。
ラブ・サスペンスで、途中はまるで『君の名は』だが、しかしこの結末はこれでいいのか? モニカがかわいそー。おっとー、いまimdbをチェックして初めて知った。なんとVincent Casselはモニカ・ベルーチの夫!? いやカッコイイとは思ったが、モニカを射止めるほどとは。いやはや尊敬(?)

12 Angry men57年。これも以前に見てるのだが、再鑑賞。すでに50年以上前の映画だが、色あせない。各役柄があまりにステレオタイプに描かれ過ぎという気もしないでもないが、最後までちゃんと見せるところは、やはり名画か。それにしても12人の陪審員全員が白人で男というのが時代を感じさせる。

Amelie01年。これも再鑑賞組。この映画の後、オードリー・T主演の映画はたくさん見たが、やはりこれが一番いいかなあ。アメリの服装やアパートの装飾も含め、細部の楽しさがいっぱい。(ぶたの電気スタンド!) ムフタール街とかサクレ・クールあたりとか、パリの街を見るのも楽しい。『LApartment』のパリより、もっとファンタジックに見え、まるでお伽の国みたい。私のジンセイにおける好きな映画ベスト10に入ることは、間違いない。

どうしよ?

  • 2009/09/10 15:51
  • Category: 雑記
性格が意固地で天邪鬼だと、普通の人、意固地でも天邪鬼でもない人と物事に対する対応が違ってしまい、そのつもりはなくとも人の感情を傷つけてしまったりして時々困る。


同僚の女性が病気になり、昨日手術、今日退院、1週間ほど自宅で休養となった。なにしろ1日で退院してしまったので、病院に見舞いに行く暇はなかったのだが、はてさてどうしたらよいものか。
友だちなら簡単である。何が好きで何が嫌いか大体わかっているし、気心も知れているので、好きそうな手土産でも持って「ぐあい、どう?」と週末に見舞いに行けばよいのだが、彼女は会社ですぐ隣に座っている同僚ではあっても友だちではない。特に親しくもなく、プライベートでの付き合いはない。どうしたらよいのか? 

これが立場が逆で、手術&自宅療養中なのは私だとした場合、同僚の彼女に何をして欲しいかというと、実のところ何もして欲しくない。彼女とは性格や好みが違い、共通の話題もないので、手術後痛さや気持ち悪さに苦しんでいる時に、自宅なんぞに来て貰っても対応に苦しむばかりである。放っておいてもらうのが一番嬉しい。
 

しかーし、ここで問題になるのは彼女の性格だ。彼女は私みたいな天邪鬼な性格ではなく、人付き合いが好きで賑やかなのが好き。しかも寂しがりや。ご夫君が彼女にあまり優しくないせいもあって、愚痴をこぼせる相手が欲しい。つまり私みたいに「放っといて貰うのが一番うれしい」というタイプではないのだ。
 

しかも今回の手術は無事に済んだが、今後再発するのではないかという心配、そうなったら、それでなくても彼女を思いやることが少ない夫君は、ますます彼女を疎んじるようになるのではないかといった心配が彼女の頭にはあり、孤立感と孤独感を深めている(と推察される)。
 

したがって私が自分の流儀で「放っとくのが最良」なんて対応をしたら「誰も私のことを心配してくれない」と、ますます世を嘆きかねない。うぐー。やっぱ何か行動せねばならぬな。いくら“性格悪し”でも、人を苛めるのが楽しいほどの天邪鬼ではないから。本復を祈念して自宅にきれいな花でも送るか。

リスク?

  • 2009/09/09 10:54
  • Category: 雑記
昨日は午後ずっとお出かけになってしまい、残業もくっついたのでブログの更新ができなかった。お出かけといってもお客さんにくっついて会計事務所と銀行に行き、待ち時間には○×コーヒーでアイスラテなんか飲んでいただけで、至ってお気楽なものではあったのだが。


最近、ご当地の銀行は中国語(広東語か普通話)か英語で意思の疎通ができない人には、口座を開いてくれなくなった。銀行側の言い分は「お客様とコミュニケイトできないのでは、お客様がリスクを被ることになるから」だが、本音は当然「話も通じない顧客相手の取引は、銀行にとってリスクだから」だ。ここ何ヶ月かの間にウチが連れて行ったお客様の中でも、うち2人は口座開設を断られてしまった。銀行側の言い分もわからないではないが、まったく面倒なことである。


で昨日のお客様も初回は開設を断られたのだが、今回は会計事務所経由で法人口座を開き、そのついでに個人口座もということだったので、英語喋れなくてもOK。こじんまりした応接室で優雅に座っていれば手続きはするすると進む、はずだったのだが、お客様の名前とパスポート番号を入力した担当者は途中で渋い顔をし始めた。
どうやらこのお客様は以前この銀行に口座を持っていたのだが、その後本国に帰国してしまい、口座の利用が減ったついでに残高も減り、残高が減って最低維持残高を下回ると口座管理手数料がかかるのだが、残高不足でそれも引き落とせなくなって、銀行が口座を強制閉鎖したという経緯があったらしい。


本人にとっては「へ?そんなこと、ありましたかいな。そら、えろうすんまへん」程度のことなのだが、銀行はいろいろサービス付きの口座(=最低維持残高が高い)を開くことを拒否。最も基本的な普通預金口座しか開かせてくれなかった。ま、その方が最低維持残高も低いから楽でいいけど、まったく吝いことでございますな。別に融資するわけじゃないんだから、どんな口座だろうと銀行にリスクはないと思うんだけど。

『Rampo』『Nunsense』『Duplicity』『Divorce Italian Style』『寝ずの番』

  • 2009/09/07 16:18
  • Category: 映画
朝コーヒーを淹れ、ポットに詰めたのにウチに忘れてきてしまった。あほー。今日はインスタントで我慢するしかないな。で、さっき急に、本日お客様との接待ランチにつきあうよう上司殿に依頼された。こんなことならコーヒーじゃなくお弁当忘れればよかったよ。世の中うまくいかないのう。


雪だるまが帰ってきて、また週末5本の映画を見る生活に戻った。昨日、一昨日で見たのは『Rampo』『Nunsense』『Duplicity』『Divorce Italian Style』『寝ずの番』
いっしょに見始めても、映画がつまらなければ私は途中でパスするのが常なので、5本とも最後まで見たということは、すべて一定以上の水準だったということだが、しかしジュリア・ロバーツとクライヴ・オーウェンの『Duplicity』は、実のところ余り面白くなかった。予想したとおりのオチになるか、確認するために最後まで見ただけで。騙しあいというのは洒脱でなければ、おもしろくない。ジュリアとクライヴも、あんな疑心暗鬼に張り詰めた神経戦の騙しあいではなくて、もう少し楽しそうに騙しっこすればよかったのに。


Rampo』は江戸川乱歩(竹中直人)氏を主人公とした、小説と現実が錯綜するドラマ。主演の羽田美智子さんの魅力と、昭和初期の風物のおもしろさで見続けた。いかにも作り物な熱海の海辺に建つ、豪壮な古い洋館、還暦にもなって亡くなった美しい母親が忘れられないマザコンで女装趣味の公爵(平幹二郎)、その囲いものの羽田さん。ちょっと鈴木清順風?といえなくもないが、鏝でウェーブをつけたような羽田さんの髪型、悲哀を秘めた切れ長の強い目、紅い唇が美しかった。


打って変わって『Nunsense』は5人のナン(修道女)を主人公にしたオフ・ブロードウェイのミュージカル。あったりまえだけど、みんな歌がうまい。演技もうまい。そしてそこら中にちりばめられた、自然に笑いを誘うナンセンスな駄洒落の数々。英語を母語としない悲しさで、全部が全部わかったわけではないけれど、わかった部分はすごくおかしかった。楽しい映画が見たいときは、おすすめ。


逆に『寝ずの番』は日本語での駄洒落と艶笑お座敷歌の数々。中島らもさんの原作だそうだが、まあ、よくもこれだけ艶笑物を集めたものだ。素直に感心。英語字幕も懇切丁寧で笑った。しかしこうしたお座敷歌の数々、芸者さんを上げて遊ぶことがなくなれば、だんだん消えていってしまうのだろうなあ。第一、歌詞に登場するのが、「十円札」とか「女学校」とか、明らかに戦前、戦中か、戦後直後の風物ばかり。新しい、平成の艶笑お座敷歌は生まれていないと見える。
ちなみにこの映画で初めて「死人のかんかん踊り」を見せてもらった。落語の「らくだ」はさんざん聞いたけど、なるほどこういう踊りだったのね。勉強になりました、はあ。


最後『Divorce Italian Style』は、言わずと知れたマルチェロ・マストロヤンニ主演のイタリア映画。いやはや、離婚できないカソリックは大変ですな。オチもとってもイタリア的だし。

薬の値段

  • 2009/09/04 14:33
  • Category: 雑記
毎日のように肉食し、鉄剤も飲むようになってから、身体の調子がよい。朝から「だるー」ということは、ほとんどなくなった。足首の痛みや、朝の手指のこわばり(←私は関節炎の初期かと思っていた)もなくなったし、こういう不調はほとんどすべて貧血のせいだったのだろうか? 本人、貧血などとは露ほども疑わず、時々の不調は単に「勤労意欲の欠如」と「寄る年波」が引き起こしたものと思っていたのだが。


ところで毎日飲んでる鉄剤だが、今回はカナダで買ってきてもらった。最初に買ったのがもう終わりかけているのに、ご当地のドラッグストアから一時的に鉄剤が姿を消してしまったからで、それ以外の理由はなかったのだが、買ってきてもらって値段を聞いて、その安さにびっくりした。Lifeというブランドの鉄剤なのだが、1びん100錠入りが5カナダドル弱(約420円)。成分がやや異なるので単純な比較はできないのだが、ご当地で買った方は同じく100錠入りで130元弱(約1560円)。 しかも鉄の含有量はカナダものの方が多いのだ。ご当地で買った方は米国ブランドで、つまりは輸入品だから輸送費・関税その他で高くなっているのかもしれないが、それにしても随分値段が違う。


そういえば昔、同じ薬でも米国よりカナダの方が安いので、カナダ国境近くに住む米国人は、処方箋を握り締めてカナダに薬の買出しに行くと聞いたことがあるが、カナダはこういうサプリ系のものも米国より安いのだろうか?

『異国の客』『氷姫』

  • 2009/09/03 08:44
  • Category:
この頃読んで楽しかった本


池澤夏樹氏の『異国の客』
先日の出張の帰り、成田で買った。機上でさっそく読み始めて、静かに幸せを満喫した本。池澤さんは『スティル・ライフ』と『マシアス・ギリの失脚』くらいしか読んだことなくて、「嫌いじゃないけど、作品全部読みたいほどでもなし」という程度の位置付けだったのだが、このエセーは気に入った。大都市から近からず遠からずのこじんまりした街で、静かに諸事を観察しながら考えるという姿勢がいい。そういう静かな生活がジンセイ後半に対するわたしの理想なのだ。なにしろご当地は『静謐』とは無縁、その対極にある街だから。


カミラ・レックバリ氏の『氷姫』
スウェーデンの小さな町を舞台にした推理小説。これも成田で買った。謎解きそのものは、いくらも読まないうちに「たぶん、こう」とおおよそ推察できてしまう程度だが、スウェーデンの小さな町の描写を読むのは楽しいし、脇役として登場する老人2人が実に生き生きしていてよい。1人は被害者のご近所さん。80歳近い老女だが「年をとったら、ちょっとは奇抜なことをしないとね」と言って、サンタの人形を1000体以上も集めて、クリスマス時期になると居間にずらり並べて人の度肝を抜いたり、クリスマスプレゼントに息子に貰ったという最新式エスプレッソ・マシンで淹れた超モダンなコーヒーと、「引退する前はケーキ屋をやっていたのよ」という、山のように積み上げた美味しい菓子パンで事情聴取に訪れた刑事をもてなしたり、何しろ楽しい婆さんなのだ。私もこういう婆さんになりたい。
もう1人は死体を発見する元漁師。長い長い間、口うるさい妻の圧制に耐え黙々と仕事をして暮らしてきたが、被害者にちょっとした仕事を頼まれ、しかもそのお礼が彼にとっては破格の金額だったので、その金を少しずつ少しずつ貯めて、ある日ある時出奔するのだ。寒いスウェーデンを離れ、陽光輝くスペインのコスタデルソルへ。近所の人に頼まれた半端仕事をしながら海辺のペンションに暮らす彼のしみじみと幸せなようすが、読んでいるこちらをも幸せな気分にする。私もこういう風に出奔したい。半端仕事をしながら楽しく暮らしたい。

一粒で二度

  • 2009/09/02 13:49
  • Category: 雑記
ダイエットに真剣になるためには、ジュリーの昔と今の写真を並べて貼っておくといいのではないかと、ふと思う。だって、だって、これは全然ちがう人だよ。あの妖しくも可憐だった20代半ば(良くん!)、普通に色っぽい30代前半、凄絶妖艶な30代後半から、ぼーんと20年すっ飛ぶと、着ぐるみモコモコで金色の髪をしたモフジュリーになってしまうなんて、とてもとても信じられない。これはどう見たって、ちがう人だ。だって、体型だけじゃなくて性格まで変わって見えるもの。ふつー、太ったからってキャラは変わらんよねえ? 変わるかな?


でも考えてみるとジュリーは、一粒で二度美味しいジンセイを楽しんでいるのかもなあ。まだ10代のうちからトップアイドルで、それから10年以上もスーパースターで突っ走って、体型を維持するために食べたいものも食べられなかった日々から、「ま、いっかー」という感じで仲間とお酒飲んだり、裕子さんと差し向かいで食卓に美味しいおかずをいっぱい並べて、好きなだけご飯食べたりの日々に変わって、もう別にピタピタのレザーパンツなんか穿けなくてもいいし、ヴィスコンティ映画みたいなタキシードの似合い方しなくてもいいし、スリーサイズの中で真中の数値が一番大きくなっても「てへへ」てなもんだろうし、これはこれで楽しいのかも。


あ、いけねー、ダイエットとは反対の方向に思考が進んでしまった。


ところで、すでに時期を失した話題ではあるが、月曜朝ニュースで選挙結果を見て一番腹が立ったのは、福田康夫氏が再選されていたことだ。群馬4区の有権者諸兄よ、途中で「やーめた!」とか言って首相を辞任した人を再選するって、どういうことよ? 首相としてはだめでも、議員としては何かやれると思っているわけ? 事前調査では民主党のみやけ雪子氏の方がずっと優勢だったのに、なんてえこったい。おかげで私の一票はまた死に票だ。ま、比例区の方はなんとか1議席獲得できたから、もう一票の方は死なずにすんだが。

計画では、私は二度と日本に住むことはない見込みだが、雪だるまがいなくなれば(男性の平均寿命の方が短い上、やつは私より年が上だ)また日本に舞い戻るかもしれないし、その場合暮らしやすい国になっている方がよい。次回も懲りずに投票に行こう。

Sweets, sweets, sweets

  • 2009/09/01 12:58
  • Category: 雑記
日曜夜、汗びっしょりの身体で雪だるまが帰ってきた。久しぶりのHKの熱気と湿気に身体の方がびっくりし、大量の汗になって吹き出したらしい。たかだか駅前のバス停からウチまでで、こんなに汗びっしょりになるとは。ほんと亜熱帯アジアに住むには向かない人だ。


で、雪だるま、帰ってくるなりおもむろに大型スーツケースを開けて、お義父さんからとか、フランスからとか、雪だるま本人からとかのお土産を出してくれたのだが、それがぜーーーーーーんぶ甘いもの!
お義父さんから私に大きなチョコの箱、フランスから雪だるまと私に小さなチョコの箱、雪だるまから私に例の北米風の大型クッキー(1200kcalくらいあるクッキーが6枚入っている )、いろんなフレーバーのJell-O 6箱、二人で食べる用に甘そーなヌガー3箱。 これで終わりかと思ったら、翌朝「あ、忘れてた」と言って、もうひとつお義父さんから私へのチョコがけイースターエッグを出してくれた。そして曰く「僕の分はもう食べたけど、すんごく甘かった」と。


「・・・」
ったく、こんなものをこんな大量に消費してるから、北米人はぶくぶくと巨大になるのだ! 出張スーツがきつくなったからダイエットするつもりだったのに、こんなの全部食べたら体重は減るどころか右肩上がりの急カーブを描いて急速上昇してしまうではないか! 私のけなげな決心をどうしてくれるのだ?


食い意地は張っているが、衣服やら装飾品にはほとんど興味のない私へのお土産が菓子とか食べ物系になってしまうのはやむを得ないことだとは思うが、なんというかもう少しケンコー的な食べ物ってわけにはいかないのだろうか?
検疫の関係でナマの野菜とか果物とか持って来られないのはわかるけど、カナダにはスモークトサーモンとかビーフジャーキーとかもあるじゃない、ねえ?


ん? あ、だめだ、雪だるまはベジだった。

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らうとら

Author:らうとら
ドロシー・L・セイヤーズ、ローリー・R・キング、P.D.ジェイムズ、ディック・フランシス、水村美苗、高村薫、戸塚真弓、ヘレン・ミレン、シャーロット・ランプリング、ソフィ・マルソー(40代以降に限る)、ヘレナ・ボナム・カーター、アンジェリーナ・ジョリー、三代目金馬、小さん、枝雀、エンヤ、クイーン、ドゥルス・ポンテス、マドレデウス、J・S・バッハ、ちあきなおみ、トケイ・ピノ・グリ、アール・グレイ、自転車(冬季を除く)、あらゆる犬と猫
以上、私を幸せにしてくれる方々(敬称略)

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