卒業式の小振袖&袴

  • 2010/09/30 17:21
  • Category: 着物
大学の卒業式は3月だが、もうすでに卒業式に着る小振袖&袴選びが始まっているようである。上司殿のお嬢さんも来年卒業なので、ご両親あて「どれがいい〜?」と写メールをたーくさん送ってきた。私も知り合いの日本人として意見を聞かれたので、ご本人が選んだ赤地の小振袖に合いそうな濃紫の袴を推薦しておいた。今は袴も刺繍つきだのぼかし染めだのがあるようで、百花繚乱の小振袖と合わせ、大変に華やか。しかもこの上さらに髪には大きなお花の飾りをつけるようで、振袖に限ってはこっくりした色合いの古典柄好み、髪型は控えめ上品好みの私としては、やや目を白黒。まるで“アゲ嬢卒業式ヴァージョン”に見えるんだが、これが普通か、今は。


でもってお値段は、付属品など含め小振袖一式&袴を1日レンタルし、写真を撮ってもらって、あと何かいろいろサービスがついて約10万円だそうである。「ひょー」なお値段だが、まあ彼女は日本語学校+大学の5年半、寮生活やらバイトやらずいぶんよく頑張ったし、まじめに熱心に勉強して立派な成績を修めたし、ご両親としても卒業式の時くらい、ご褒美に大判振る舞いしたい気持ちなのだろう。経済的に困っている家じゃないのだから、それもいいだろう。お嬢さん、ほっそりした子なので、着物もよく似合っているし。

話は横道にそれるが、私はどうもほっそりした着物姿の女性が好きなようである。毎日いろいろな着物ブログを拝読
/拝見させていただいているが、気にいって継続購読させていただいているブログの主様は、そろってほっそり美人ぞろいである。細いうなじや華奢な肩、夢二の絵のようにくびれ気味の帯まわりに、うっとりと「萌え〜」そして「いいなあ、こういう着姿・・・」とでれでれと見とれている。




本人、がっしりと力強い肩、堂々たる横幅、肩か首か判然としない逞しいうなじ、なのだから、こうしたほっそり美人さんたちの着姿を拝見してもなーんの参考にもならないどころか、鏡の中の自分の着姿とのギャップに激しく意気消沈するのがオチで、だからどうせならもっと自分の体型に近い方のブログを徘徊すればよさそうなものだが、それはできない。だって見てて楽しくないんだもん。


役に立たなくてもいい。きれいなものが見たい!のだ。
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ごはん係り

  • 2010/09/29 20:46
  • Category: 雑記
今日はジムに行かない日なので、退社前に雪だるまに「帰りに古本屋に寄る。夕ごはん前には帰る」とメールを出したのだが、考えてみれば夕ごはんを作るのは私なのだから、どんなに遅くなったところで夕ごはんに遅れるわけはないのであった。ああ、つまらない。たまにはオクサンが夕ごはん作って私の帰りを待っていてくれる、っていう風にはならないのだろうか。

枕相手に帯結び

  • 2010/09/28 17:29
  • Category: 着物
先週末、ふと思いついて帯結びの練習。大学時代は発表会のたびごとに、学生同士、お弟子同士で帯の結びっこをしたものだが、30年経ったらほとんど忘れていて、貝の口も文庫も「れれれ?」の連続。まあ人のを結ぶのと、鏡を見ながら自分のを結ぶのでは勝手が違うのでやむをえない部分もあるのだが、今後は自力更生しかありえないので、練習、練習。とりあえず手順を確認するため「鏡を見ながら自分で」は止め、手近な枕を人体代わり。軽いし汚れないし、暑いだの何だの文句は言わないし、ちょうどよかった。


最初は指南役として『別冊NHKおしゃれ工房 一人で着るデイリー着物』を見ていたのだが、文庫や貝の口はともかく、お太鼓はこのテキストのやり方だと“て”と“たれ”の処理が、いまひとつよくわからない。写真を見、説明を読んでやってみてもどうするのかわからず、ぐちゃぐちゃになってしまったので、この方式はあっさり放棄。


「別の方式でいこ」と指南役を変え『手ほどき七緒 永久保存版』シリーズの『大久保信子さんの着付けのヒミツ』を参照する。こちらはすすーとわかり、1回できれいに結べた。“て”と“たれ”の交点を三角に折り返し、帯枕の台にするというのが大変わかりやすく、また後ろすっきりで気持ちよし。



枕相手にきれいにお太鼓結べても、実戦で役に立つかどうかはかなーり疑問だが、暑いさなか自分で袷の着物着て、汗だらだら流しながら帯結びの練習をする気にはなれない。着物や帯にさわりたいという欲望が満たせればいいのだ。 

これで雪だるまが、オトモダチの某
Aさんちのご主人のようにほっそりした体つきならば、立たせておいて練習台にするのも可だが、いかんせんあいつの胴回りはどう見ても1メートル20以上ある。胴に二巻きしたら“て”の分も“たれ”の分も残りそうもないので、×!  

それに加えてあいつは超暑がりの超汗かきだ。
1回練習しただけで、帯が汗染みだらけになりそう。いくらお出かけ用には難ありの練習用の帯でも、それではあんまり悲し過ぎる。学生相撲の稽古用廻しじゃないんだからねえ。

ああ、くだらねえ

  • 2010/09/27 15:51
  • Category: 雑記
日曜朝、Sunday Morning Postの一面を見た雪だるま「こりない人だね」と一言。例の船長さんのニュースである。見出ししか読めないが「また行く」と意気軒昂のご様子。覗き見たわたし曰く「そうは言っても、これ以外の態度は取れんでしょ」と一言。


ご本人が本当はどう考えているのかは新聞からは知りようはないが、中国人としてはここで「世界情勢と両国の友好的発展を鑑み、次回の魚釣り島行きは慎重に」なんて発言したら、「臆病者!」だの「裏切り者!」だの「非国民!」だのと、轟々たる非難の対象となり、自分だけでなく一族郎党、孫子の代まで村八分にされてしまうであろうことは想像に難くない。アジアでも欧米でも中東でも、男子として最大の侮辱は「臆病者」「裏切り者」と呼ばれることであり、それに比べれば「ばか」だの「あほう」だのといったレッテルは、非難とも呼べないくらいだ。


したがって世の男子、ましてマッチョな船乗りとしては、これ以外の態度は取りえない。毒食わば皿まで。死ぬまで魚釣り島にしがみ付き、五星紅旗を打ち振るしかないのだ。


ということはわかるが、それにしても「ああ、くだらねえ!」だし、日本政府の及び腰も「やれやれ、ため息」だし。広大な領土と世界一の人口、日ごとに増大する経済力を背景に、中国はアジアのいじめっ子/ガキ大将(bully)になるのかと言ったのは、土曜日ウチに遊びに来た台湾系カナダ人のデイヴィッド。いくら中国系でも台湾人から見れば、そうとしか見えないよなあ。

ウォークイン○○

  • 2010/09/24 16:35
  • Category: 雑記
さっき書類を書いていて日付を2090年にしてしまった。「・・・」 80年後だよ、わたし絶対生きてないよ。
いくら日付は重要ではない書類でも、まさかそのまま白ばっくれて提出するわけには行かないので、鉛筆型砂消しでちょりちょり消して直した。ステッドラー社よ、ありがとう。


でも80年後ってどんな世界だろね。ブレードランナーがちらりと頭に浮かぶ。




ところで先月買ったカナダの家は寝室が2つしかない。ひとつを客用に確保すると、残るは主寝室のみ。いくら大きな部屋でも、主寝室兼私の書斎兼雪だるまの書斎にするのはいやなので、したがって私と雪だるまの机は地下室に置かれるもようだ。ついでに雪だるまの大量のDVDも地下室に収納され、巨大ホームシアターが出来上がるらしい。聞いた私が「じゃあさあ、私の本はどこに置くわけえ?」と尋ねたら、しばし黙考した雪だるま「ウォークインクロゼットに置けるよ」と答えた。


雪だるまは「どうせ私たちには、あのクロゼットがいっぱいになるほどの服はない。いっぱいどころか四分の一も埋まらないだろう。そうだ!空いたスペースに本棚を置けばいい!」と思いついたのだろうが、これって嬉しいような悲しいような。ウォークインクロゼットの棚いっぱいに本が積んである家って、どんな家よ? 女主人の女子力のなさを、まざまざと見せつける状況だよなあ。

腰巻きスカート

  • 2010/09/22 19:43
  • Category: 雑記

この間買ったゾウさん柄のスカートは、なかなか気持ちがいいということを発見。日曜に街市に行くのに穿いてみたのだが、ちょうど風の強い日だったせいもあって、スカートが大きく風をはらんだり、裾がひるがえったりするようすが面白く、大いに楽しんだ。涼しいのも◎だった。

 

ゾウさんスカートが面白かったので、ついでに前から気になっていたネパールの腰巻スカート“lungi”も買ってみた。ウチの近所ではネパールおばさんたちが、ふだん日常的に着ていて、朝夕よく見かけるのだ。

 

近所のネパールおばさんの店で買ったのだが、広げてみたら1枚布ではなくて輪状に縫ってあった。巨大な布輪っかである。で“ルンギーの巻き方”というウェブサイトを見ながら巻いてみたのだが、これがなかなかうまくいかない。巻いた直後はちゃんと腰に止まっているのだが、歩いたり動いたりしているうちにだんだん巻きが緩くなってきて、そのまま放置するとずりずりと下に下がってくる。

 

ウチの中で下がってくる分には「ったく、もう!」と言いつつバッと広げて巻きなおせばいいのだが、外でそうなったらコトである。見ているとネパールおばさんたちは、かなーりゆったり巻いているように見えるのに、ちゃんと腰に止まっていて、歩いても落ちてくるようすはない。あれはどうなっているのだろー?ピンか何かで留めているのだろうか? どなたかご存知の方がいらしたら、ぜひぜひ教えてください。よろしくお願いしますです。

『Whatever Works』

  • 2010/09/21 17:13
  • Category: 映画
ウディ・アレンの映画は苦手である。デビュー作の『何かいいことないか、子猫チャン』(1965年)くらいなら、まあ心穏やかに見ていられるが、本領発揮以降はだめである。彼の作品は多すぎるので、何をどう見たかははっきり思い出せないが、「だめだ・・・」と私に決定的に思わせたのは『Small Time Crooks』(2000年)だ。


この映画に限らないが、ウディ・アレンの映画の登場人物は実によく喋る。時には23人いっぺんに、字幕が追いつけないようなスピードで立て板に水と喋ったりする。英語は外国語の私にはとてもではないが付いていけない。


しかも英語という道具の問題だけでなく、聖書から現代小説までの西欧の一般教養的文学の素養とか、昔のラジオ、テレビ番組、そこで流されたCMから人気コミック、ふつうの人が毎日ふつうに使っているさまざまな商品、食べ物、飲み物に関する知識、イメージといった文化的素養の問題もある。ギャグ・ライターでもあったウディ・アレンは、地口や駄洒落だけでなくこういう“みんなが知っていること”を下敷きにしたジョークも多いのだ。


仮に私が北米育ちであれば、私の嗜好からしてそれらの“素養”は難なくクリアでき、ウディ・アレンが飛ばす皮肉の利いた冗談に「かははは」と笑い転げることができるのだろうが、いかんせん私は日本で育った。有名どころの和歌や俳句や川柳は諳んじ、『ひっこりひょうたん島』や『サイボーグ009』は知っているし、“バカボンのパパ”がどういう人物であるかも知っているし、日本の食文化における“親子どんぶり”の位置づけもわかっているが、しかしそれと同程度に雅歌やシェイクスピアのせりふを諳んじていたり、『バットマン』を知っていたり、“ポットロースト”の位置づけを知っていたりはしない。朝食べるシリアルの名前も知らない。


それでも別段の素養など必要としない大部分のハリウッド映画を見る分には、何の差し障りもないが、ウディ・アレンの映画ではこれらがないと楽しむのが困難になる。面白い部分をぜんぶぼろぼろ落としながら見ることになるからだ。おまけに楽しめない=理解できないことが身に染みて、自己嫌悪にもなる。「あーあ、やんなっちゃうぜ」である。


だからこの10年くらい彼の映画はパスしてきたのだが、先日久しぶりに『Whatever Works』(2009年)を雪だるまに付き合って見た。そしてそれなりに楽しめたことに「へえ」とびっくりした。もちろんせりふが聞き取れない上、字幕が読みきれなくて(字幕も英語)、一時停止してもらったところもあるし、何がおかしいのかわからなくて雪だるまに解説してもらったところもあるが、皮肉屋の元大学教授、性格がよくて美人だが頭のやや軽い女の子、その両親の典型的南部ミセス&ミスター、フラワーチルドレンを引き摺っているようなアーティストABなど、これでもかというような紋切り型の人物がわさわさ登場し、ああだこうだと喋りまくり、どたばたを繰り広げるコメディを最後まで見られたのは成果。彼の映画が見やすくなったのか、私に耐性がついたのか。どっちだがわからんが、まあいいや。

染み抜き

  • 2010/09/20 15:08
  • Category: 雑記
お気に入りのジムTシャツに汗染みがつき異臭もするので、液体酸素系漂白剤を買ってきて手持ちの重曹と混ぜ“ミラクルクリーナー”を調合。作り方にある21で混ぜよ、というのが重量での21なのか、容量での21なのかわからずしばし迷ったが、まあいいや適当で、と匙で計って容量比に。


できた片栗粉の水溶きみたいなものを汗染みに塗り「やかんの湯気をあてよ」とあるところを「鍋の方が湯気がいっぱい出るよね」と小鍋でやってみたら、湯気が四散してしまいこれは失敗。たとえ広範囲の汗染みであろうと、やかんの口から集中的に出てくる湯気の方が当てやすいんであった。指示はみんなそれなりに理由のあることなのね。


で湯気に当てると、液を塗ったところがしゅわしゅわと泡立った。おお、某番組で放送した時と同じ! そして徐々に汗染みの色が抜けてきた。しゅわしゅわが下火になったところで止め、他のものと一緒に洗濯。洗い上がりは新品同様!とは言えないが、汗染みも異臭もほぼ消え、満足。これでまたしばらく着られる。

ただし同時にやってみた雪だるまのタンクトップの方は、長期に形成された汗染みのせいか、液を塗り湯気に当てると同じようにしゅわしゅわはするものの、汗染みは抜けなかった。まあ4年も着て、しっかり染みを定着させた後で抜こうったって無理な話かも。雪だるまの汗は私のより強烈だし大量だし。



*********

 
『序の舞』も『鬼龍院花子の生涯』も見つからないので、代わりに買ってきた『寒椿』。確か20代の頃に読んでおり再読だが、50になってもこういう本の読み方はわからない。戦前の高知と満州での芸妓、娼妓の生活に興味があるのなら資料として読むのは面白いだろうが、私は今のところそのあたりに興味はなし。では資料としての興味を抜きにして、話の筋が面白いかと言われれば別段そんなこともなし。男女間の情の機微に関心がないので、4人の女それぞれの相手の男(達)とのあれやこれやには「ああ、そう」と思うだけ。こういう場合、こういう本の何を読めばいいのだろう? 

読みたい、食べたい

  • 2010/09/16 16:50
  • Category: 雑記
ここしばらく「これを読みたい!」という本がなく、しかし読まずにはいられないので、あてもなく昔読んだ本など拾い読みしていたのだが、久しぶりにちきりんさんのサイトへ行ってみたら、おもしろそうな本が数冊紹介されていたので、道楽本と併せてbk-1に注文。SALだから10日もすれば届くだろう。楽しみ。


そもそも読みたい本がない時というのは元気がない時で、事実ここ2週間ばかりは毎日ぼおおおっとした顔をして、家と会社とジムを往復するだけの日々。エネルギーレベルが落ちていて、ものごとに興味が湧かない。だから読みたい(=知りたい)ものがない。何もしたくない。


考えてみると、「読みたい!」は「食べたい!」と同じだな。だってからだの調子が悪い時は、食べたくないもんな。どちらもエネルギーレベルのバロメータか。

A→B→C

  • 2010/09/15 14:43
  • Category:

きのう宮尾登美子さんの「序の舞」か「鬼龍院花子の生涯」が読みたくなり、帰り道にある古本屋に行ってみたが、どちらもなかった。文庫の「蔵」だけはなぜか3セットもあったが、あとは随筆が2冊とハードカバーの「湿地帯」「仁淀川」くらい。新本の方を見てもなし。

「鬼龍院・・・」はかつて映画にもなり、例の有名なせりふは一世を風靡したし、「篤姫」も大人気だったから、新本が一冊もないのはとても意外だった。たまたま全部売れたところだったのか、私が見落としたのか、はたまた店主殿のお好みでないのか。今日は昼休みに別の古本屋に行ってみよう。


宮尾さんが読みたくなったのは、先日幸田文さんの「きもの」を読んだためだ。「きもの」から隣に積んであった宮尾さんの「きものがたり」につながり、宮尾さんをウィキしようとして松岡正剛さんの千夜千冊で「鬼龍院・・・」について読み、ではと古本屋に出かけたら空振りだったという次第。こういう時、外地住まいは不便だ。では神田へ、もできないし、アマ○ンで翌日お届け、1500円以上なら送料無料!もできない。無念。日本語キンドル、早く出てくれ。ところで幸田文さんの「きもの」だが、たしか再読のはずなのに、初めから終わりまでなーんにも覚えていなかった。人に物を上げるときのあれこれの気遣いやら、月日とともに人が変わっていくようす、姉妹同士や母娘の間の気持ちの行き違いなど、今読むとあちこち思い当たるところがこれだけ多い本の、ひとつの文すら覚えていなかったのは我ながら不思議。もしかして読んだつもりで読んでいなかったのだろうか。


いずれにしても辻井喬さんがこれを指して“教養小説”とおっしゃったのは実にうなづける。ただすでにほとんど失われてしまった種類の“教養”ではあるけれども。


もうひとつ、るつ子とお祖母さんとの会話の口調が、『幸田文の箪笥の引き出し』に登場する幸田文さんと娘である青木玉さんの会話の口調とそっくりで、笑ってしまった。あの時代の、あの背景の人たちの、今は聞かれない言葉遣い、歯切れのよさ。

歌詞

  • 2010/09/13 17:12
  • Category: 言葉
知人に頼まれて歌詞を翻訳。お代はアイスクリーム・コーン、大体の意味がわかればいいというのでお気楽にやってはいるが、それにしてもジャパノイズ?、サブカルチャー系の曲に限らず、歌詞は他国語には訳しにくい。「親は東北、いつも音くもりで」とか「五月の空から抜け出した、魚が私の袖口を手を引くように触れていった」とか、意味が通るような通らないような文句の真意を探していると、眉間にしわが寄ってくる。


そもそも歌詞とか詩とかは、ひとつひとつの語が内に抱え持つ膨大な量の情報、ひとつひとつの語から無限に広がるイメージを駆使して織り出していくものなので、ある語を単純に他言語中の近似語に置き換えただけでは、出来上がるのは似て非なるものだ。たとえば「東北」の一語から生じるさまざまなイメージを、一体どう外国語にしたらいいのだ? 私の手には余るぞ。

アジアの化粧品市場

  • 2010/09/10 18:44
  • Category: 雑記

今日お客様から戴いた情報誌は、一面がアジアの化粧品市場。資生堂によると、日本を除いたアジアの化粧品市場は毎年9%ずつ成長しており、2013年には554億米ドルと世界最大のマーケットになる見通しだそうだ。市場をリードするのはやはり中国で、今は150億米ドル程度だけれど、いずれ日本(554億ドル)を追い抜くのは確実と。

 

ここでも“成長する中国市場と停滞する日本市場”という図式があからさまで、毎日そんな記事ばかり見ている私としてはいささか食傷気味なのだけれど、事実その傾向なんだから仕方ない。いくら「マンネリ」「厭きた」と言ったところで、事実は変わらない。

 

アジア市場が伸び、日本市場が停滞しているからこそ、資・カ・コの三大手だけでなく、ファン○ル、D○C、井○ラボラトリーズ等々までアジア市場で大々的に展開しているのだし、そのおかげで私自身、安いドラッグストア系の日本製化粧品を簡単に手に入れられるようになっているのだから、文句を言えた筋合いではないのだ。(15年以上前は、そういう安い日本ブランドは街でほとんど見かけなかった。今はササでもボンジュールでも、日本製のプチ・プライス化粧品は、よりどりみどりだ。安物好きのおばさんとしては、大変うれしい)

 

ただひとつ記事の中で「へ?」と思ったのは、化粧品市場そのものとは直接関係ないが、「結婚しても化粧品のランクだけは落としたくない」「化粧品のブランドが、今まで積み上げてきた頑張りの証しだから」とおっしゃる女性(日本人)が紹介されていたくだり。

 

いやそれは、高級感のある化粧品を使うことで贅沢感を味わい、気持ちにゆとりを持ちたいという気持ちがわからないわけではないが、使ってる化粧品のブランドが今まで積み上げてきた頑張りの証しって、それはないんでないの? 内側も外側も含め、自己投資して努力して今の自分を築き上げてきたなら、化粧品のブランド落としたって、その築き上げてきたものはなくならんと思うよ。ことに能力とか、スキルとかは。外貌に限っても、良否を左右するのは使う化粧品のブランドというよりかける手間暇のような気がするが、如何? 

 

安い化粧品を愛用している上、手間暇もかけておらず、したがってそれなりの状態でしかない私としては、はっきり「そうだ!」と断定できるだけの根拠はありませんが、そんな気がいたしますです。違いますでしょうか?

ゾウさん

  • 2010/09/09 15:51
  • Category: 雑記
ひさしぶりに洋服を買った。ゾウさんもようの巻きスカート。







よくみると下段のゾウは人相が悪い。三白眼の悪相である。






が、そこがまたかわいい。



 
そういえば雪だるまの伯母さんの一人は、つい2年ほど前までゾウの置物を集めていた。一度彼女の家にお邪魔した時、ガラスケースいっぱいに、陶器製やら金属製、プラスチック、木製、写実的なのからアニメ風なのまでいろんなゾウが並んでおり、それはそれで結構おもしろかった。私と雪だるまも、インド風の装飾がいっぱいついた小さいゾウの置物をひとつあげた。


この伯母さん、子どもも孫もたくさんいるのだが今は一人暮らし。去年だったかその孫のうちの一人とどこかへ遊びに行く約束をし、楽しみに待っていたのだが、当日この孫娘は一言の連絡もなく伯母さん(彼女にとってはお祖母さん)に待ちぼうけを食わせ、しかも後日も「ごめんね」の電話すらなかったのだそうだ。伯母さんはかわいがっていた孫娘だけに大変傷心し、しばらく悲しそーにしていたそうで、この話をしたお義父さんは「あの子はほんとに甘やかされてるから」と親の躾の悪さを非難していた。


ほんとにねえ、お祖母ちゃんとの約束をすっぽかすにしても、一言「ごめんね」と言えばよかったのに。また親の方も、子どもが謝ったかどうか確かめ、謝ってなければそうするよう諭すべきだろうに。
なんてエラそうに書いたが、家族・親戚の付き合いについては、私は何か言える資格などないのだった。なんたって折々の時候の挨拶すら、もう何年やってないことか・・・

「着物の時間」

  • 2010/09/08 16:38
  • Category: 着物
先月オトモダチが、わたしが持っていない方のクロワッサンの「着物の時間」、つまり1の方を貸してくれた。以来、ほとんど毎日なめるように見ている。2もそうだが、なにしろクロワッサンなので、登場する方の顔ぶれも、その方々がお召しになっている着物も、いかにもいかにもで、『きものサロン』では上等すぎ、『七緒』では時として若すぎる私にとっては、大変楽しめる構成になっているのが嬉しい。


ことに1には、わたしがまだファッション誌を読んでいた頃のミューズたち、稲葉賀惠さんや神戸真知子さん、大楠道代さんなどが登場していて、ものすごーく懐かしかった。ファッション誌を読まなくなって久しいので、神戸さんなんてほとんどお名前も忘れかけていたが(失礼!)、お顔とお名前を拝見したら、当時の記憶がどおっと押し寄せ、前後のことなどもとりとめもなく思い出してやや感無量。さすがにお年は召されたが、藤色に竹模様の着物に黒地の帯がすっきりとお似合いで、惚れ惚れと眺める。


他にうっとりと眺めたのは、刺繍作家の三原佳子さん。誌面では茶色とベージュに見える生紬の着物にこげ茶の縮緬の羽織。帯は着物の茶より濃い目の茶、帯締めは墨色?帯揚げも茶と墨色に見えるがさて。この70婆さんでも地味な着物を、三原さんは襟元を開け気味にゆったりと着て、髪を襟足近くであっさりと髷に結い、簪1本。すうっと立った姿は、まこと匂うばかりにうつくしい。


ふえー、いいなあ。こういうのすてきだなあ。と思ったが、こういう着物は上に松園の美人画から抜け出てきたような三原さんの頭が乗っているから素敵なのであって、上に乗っている頭が信楽のたぬきでは、印象はおのずと異なってしまうのである。無念。



ところで先日「大○小町」を見ていたら、昔のトピだが海外で着物を着ることに対する手厳しい意見が延々載っており、かなりへこんだ。
まあねえ、海外であえて着物を着るってことは、好むと好まざるとに関わらず日本人であるということをアピールすることになるし、日本人/日本国に対して好意的な人/国ばかりではないという事実がある以上、あまり目立つことはしないのが得策という考えもわからないではないが、でも私着たいんだよねえ。自分のウチの中で着てる分には誰にも迷惑かからないわけだし、わたしにとっては半分コスプレみたいなもんだし、同じコスプレなら18世紀や19世紀の西洋女性の衣装を着るよりは周囲の顰蹙を買わないと思うんだけど。


それに私自身は今までウチの近所でネパールやパキスタンの人がそれぞれの民族衣装を着てるのを見ても、どこの国かわからないが子どもを連れた女性が、真っ黒で目のところだけ開いたアバヤを着ているのを見ても、インドネシアから来てお手伝いさんをしている娘たちがヒジャブを被っているのを見ても、「ああ、着てるねえ/被ってるねえ」としか思わなかったのだが、人によってはあれも「現地の文化に溶け込んでない」とか映るのだろうか。なんか、他者に対する目って、もっとゆるくていいんでないの?

ブログ

  • 2010/09/07 16:32
  • Category: 雑記
先日知人たちと茶飲み話をしていた際、同席したひとりから「ブログって、あれ日記なんでしょ? 自分の日記を公開したり、ひとの日記を読んだりに一体何の意味があるんだろ」との発言があり、その時は「いや日記とは限らず、単なる情報発信の場としてブログを使っている人も多いから、意味のあるなしの判断はどんな情報をどの程度の精度で発信しているかによるでしょう」と返したのだが、さてほんとのところはどうだろう。


わたしは自分でもこうしてブログを書いているし、毎日お気に入りのブログを巡回して人様がお書きになったブログを読んで大いに楽しんでもいるので、ブログに対して否定的な考えはもっていないのだが、精度の低い情報、稚拙な、あるいはあくどい文章に辟易された方も多いのだろう。一応複数の人の目を通り吟味されてから世に出てくる出版物とは異なり、ネットは誰でもどんな文章でも発表することができる。玉石混淆になるのはやむを得ない。


読む側(情報を取る側)としては、ブログの文章が好みに合わない時は敬して遠ざけ、かつ書かれていることを鵜呑みにしないという態度で接するのが妥当な線かと思うが、さて。

理解は同意と同義なのか?

  • 2010/09/06 15:47
  • Category: 言葉
日本の某社から来たメール、日英二ヶ国語で書いてあったのはいいが、日本語の方は「××の条件で理解しました」とあり、英語の方は「…have agreed on the conditions …」とあったため、読んだ日本語のできる中国人某氏は、提示した条件に某社が同意したのかしないのかわからず首をひねった。


聞かれた私も次席も首をひねった。英語を見れば明らかに同意していると思えるが、日本語の「理解」に同意の意味はない。状況によっては「同意」の意味で「理解」を使うこともあるかもしれないが、ここでは企業同士が契約の内容を詰めているのだから、条件に同意するならはっきり「同意」と書くべきだろう。「理解」では契約条件を「理解」したことがわかるだけで、同意したかどうかはわからない。「ご提示の条件・内容は理解しました。しかしながら弊社としては同意しかねます」ということだってあるのだから。


日本人同士ならともかく、なんで外国人相手にこんな曖昧な表現を使うのかなあ。わかんないなあ。

荷物発見さる

  • 2010/09/04 17:54
  • Category: 雑記
昨日の夜9時過ぎ、雪だるまがメールをチェックしたら、キャ○イからの「荷物見つかった」というお知らせが入っていた。二人して顔を見合わせ「またオマチガイなんじゃないの?実際にスーツケース見るまでは、信じないからねー」と言っていたら、それからほんとに電話が入り、夜11時過ぎ男の子がスーツケースを届けに来た。訳のわからんタグがたーくさんついていたが、ほんとに雪だるまのスーツケースだった。中を改めたが、何もなくなっているものはなかった。

いやー、よかった。これで買い物に行かなくてすんだ! めでたい!!
雪だるまは「イエーイ!!」と部屋の真ん中でガッツポーズ。

それにしてもタグには「Emirates」の語も見えたのだけど、このスーツケース、ドバイまで行ってたのか? 何をどう間違うと、モントリオール発HK行きの荷物が、ドバイに着くのだ? わけわからん。

ぬか喜び

  • 2010/09/03 14:27
  • Category: 雑記
2003年にこの会社に入り、上司殿のもとで働き始めて7年。たとえ何年経とうとも、上司殿と日本のビジネスにおける常識との間に横たわるふかーい、ふかーい溝は、決して埋まることはない、と昨日改めて思い知らされた。


おかげさまで本日朝から頭痛。血圧も上がっているみたい。ふえーん、健康に悪い仕事だなあ。


おまけに昨日の雪だるまあての「荷物が見つかった」というお知らせは、キャ○イのオマチガイだったことが判明。ぬか喜びは、より以上に人を落胆させる。ああ、いったいどこに行ってしまったのだ、雪だるまの荷物? あんな大きなスーツケースが地球上から簡単に消えてなくなるとは、とても思えないのだけれど? 手品じゃないんだからさあ。

迷子の荷物、発見さる

  • 2010/09/02 14:59
  • Category: 雑記
もう見つからないものと半ば諦めていた雪だるまの荷物が見つかったらしい。キャ○イからの連絡によると、本日午後5HKに着くそうで、それから自宅まで(?)配達してくれるらしい。


いやー、よかった。何しろほとんどすべての下着と靴下とジム服が入っていたため、雪だるまは昨日もジムで着られる服がなくて困っていたのだ。金曜まで待って、それでも見つからなければ週末買い物に行くつもりだったのだが、全部買いなおすとなると、結構物入り。それより何より雪だるまのサイズはHK人の標準サイズとは言いがたく、買いに行ったからといって欲しいものが売っているとは限らないところが困る、と思っていたのだ。


見つかって嬉しさいっぱいの雪だるまからのメールは「Yeaaaaaaah!!!! JJJJJ」で締めくくられていた。ま、ね。気持ちはわかる。わたしもうれしい。



ここ
23日、来客もなくヒマなので、机の中と引き出しを整理。溜め込んでいた昔の資料をばっさばっさと捨てた。過去PRした企業の資料は、一応全部取ってあったのだが、それも一部を除き全部捨てた。23年前の決算資料やプレゼン資料なんか今後見るはずもないし、どうしても見たければ取引所や各企業のウェブサイトで見られる。


この仕事を始めたばかりの頃の資料を見ると、いろいろ書き込みがあって懐かしい。今なら辞書を引くまでもない単語にまで、日英の訳語が書き込んであって、当時最低限の知識もないまま、いかに危なっかしく仕事をしていたか、思い知らされる。いや今でも実力がないことは同じだが、ほんとにすっからかんのお櫃と、食べ残しの飯粒がそこここにこびりついてるお櫃くらいの差は、さすがにこの7年でついたから。こびりついてる飯粒を集めれば、一食にはならない分でも、なにかを貼り付ける糊の代わりくらいにはなるかと。

Haleem

先日、ウチの近所のパキスタン・デリの前を通ったら、見慣れない白いスタイロフォームのカップが並んでいたので、店番の奥さんに「これ、なあに?」と聞いてみた。奥さんは蓋を開けて中を見せてくれて「☆×▽□」と名前を教えてくれたのだが、当然ながら私には聞き取れなかった。


しかし見たところ薄黄色のカレー状のものだったので「じゃこれとライスちょうだい」と言ったら、奥さん「カレーは要らないの?」と聞き返す。「これカレーじゃないの?」と逆に聞き返すと、奥さんは考え考え「えーとねえ、これはチキンの入ったお粥みたいなものなの」という。そうか、粥ならライスは要らんと思い、☆×▽□だけ買って帰った。10元だった。


家に帰ってさっそく食べてみると、粥といっても米のつぶつぶは見えず、むしろ豆粥のようなかんじ。そこに細く裂いた鶏肉がたくさん入っている。そして大変大変スパイシー。


その日は病み上がりだったので「お粥ならちょうどよい」と思って買ったのだが、とーんでもない! 美味は美味だが、辛いのも辛く、胃の中がどんぶらこっこ、どんぶらこっとと言いそうなくらい各種スパイスが効いていた。おおー。


しかし美味かったので途中で止められず(←我ながら、意地汚い)全部食べた。はあはあした。横になって、しばらく胃を静めた。

それからまた
1週間くらいして、また白いスタイロフォームが見えたので、また買った。今度はおじさんが店番で、やはり名前を言ってくれたのだが聞き取れなかった。では、と「パキスタン、粥、豆料理」などのキーワードでぐぐってみたが、らしきものは発見できなかった。


そしてまた45日後、また店に寄った。今日こそという思いで、また名前を聞いた。今度は「ハリーム」と聞き取れた。奥さんに綴りを確認すると「haleem」だという。綴りがわかれば、ぐぐるのは簡単。ほら、出た。http://en.wikipedia.org/wiki/Haleem


ウィキによると特にラマダンの時にポピュラーなおやつのようで、そこでやっと、ああそういえば今はラマダンだったと思い当たった。友人にイスラム教徒がいないので、いつからいつまでラマダンかなんて考えもしなかったが、あのパキスタン・デリに白いスタイロフォームが並んだら、ラマダン月ということか。うむ、でも来年は食べられないねえ。残念。

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らうとら

Author:らうとら
ドロシー・L・セイヤーズ、ローリー・R・キング、P.D.ジェイムズ、ディック・フランシス、水村美苗、高村薫、戸塚真弓、ヘレン・ミレン、シャーロット・ランプリング、ソフィ・マルソー(40代以降に限る)、ヘレナ・ボナム・カーター、アンジェリーナ・ジョリー、三代目金馬、小さん、枝雀、エンヤ、クイーン、ドゥルス・ポンテス、マドレデウス、J・S・バッハ、ちあきなおみ、トケイ・ピノ・グリ、アール・グレイ、自転車(冬季を除く)、あらゆる犬と猫
以上、私を幸せにしてくれる方々(敬称略)

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