“disarm”

  • 2011/10/31 19:56
  • Category: 雑記

香港ではフラット住まいで、当然ながら建物入口には暗証番号入力パッド、または暗証番号+管理人、エレベータには監視カメラ、フラット入口は鍵付きスチール製シャッター、その次に鍵付き木製ドア、窓は全部はめ殺しのフェンス付き(一部開閉式あり。ま、これは侵入防止というより、子供の窓からの転落防止だったと思うが)と、三重四重に守られた住居に住んでいた。そしてそれを当然だと思っていた。内側の木製ドアに鍵が1つしかないのを“不用心”と思っていたくらいだ。

 

しかしカナダの田舎に引っ越してみたら、戸建てにもかかわらず入り口ドアには閂式の鍵が1つ付いているだけ。パティオに出るフランス窓の鍵は、猫でも開けられそうなほど簡単な掛け金式。寒冷地ゆえ窓は全部二重ガラス窓だが、それでも割って侵入できないほど頑丈なガラスが入っているとは思えない。庭は道とつながっており、出入り自由。(実際、夏場は子どもが通り抜けていく。犬猫、リスに至っては季節に関係なく通り抜けていく)

 

しかも田舎にもかかわらず空き巣は頻発しているようで、先日もおばさんちが空き巣に入られた。幸い物色されただけで盗られたものはなかったようだが、気持ちわるいことに変わりはない。別のおばさんの家の近所でも夏場、3、4軒の家に空き巣が入ったそうである。(こちらは何か取られたらしい)

 

都市伝説かもしれないが、フランスの働いている病院の同僚の家では、ある晩裏庭に置いておいたBBQセットがなくなった。がっかりしたが、使い古したBBQセットの盗難を警察に届けるのも今一つためらわれ、放っておいたら翌晩、手紙付きで戻ってきた。手紙には「緊急に必要だったので無断で借用した。迷惑をかけて済まなかった。お詫びのしるしにこれを同封する」と言って、あるショーのチケットが2枚入っていた。同僚夫婦は喜んでショーに出かけた。帰ってきたら、家の中は空っぽだった。留守の間に一切合財持ち去られていたのである。

 

前置きが長くなったが、そんなこんなの状況で、防犯アラームをつけた。費用が月額3000円程度と手軽だったので、「そのくらいなら払えるねえ」と踏み切った。人が出入りできる入口にはアラーム、居間と地下室にはモーションセンサーもついている。出かける時や夜寝る時はアラームをセットし、帰ってきたら(起きたら)アラームを解除する。解除には専用の小型リモコン、あるいは暗証番号の入力が必要である。たとえ自分で鍵を開けて入ったとしても、60秒以内にアラームを解除しないと、警報が鳴り響く。

 

で今のところ就寝前のアラームセットは雪だるまの役目(奴の方が遅くまで起きている)、朝のアラーム解除は私の役目(私の方が早起き)となっているのだが、解除するたびに録音された音声が“System disarmed. Ready to arm.”と宣言するので、一瞬妙な気分になる。“arm”とか“disarm”とかいう言葉は、私の頭の中で小火器と分かちがたく結びついており、“arm”と言われると拳銃を腰の後ろに突っ込んでいる自分、“disarm”と言われるとそれを取り上げられた自分が脳裏に浮かんでしまうのだ。

 

明らかにある種の探偵小説の読み過ぎなのだが、ある言葉を聞いての連想ばかりは制御のしようがない。

スポンサーサイト

男の料理

雪だるまは最近料理に目覚め、先週はベジタリアン・シェパードパイ(ケベック的にはパテ・シノワ)を作り、昨日は黄桃フレーバーのレア・チーズケーキを作った。シェパードバイはひき肉の代わりにオーツとブレッドクラム、ヒマワリの種を使い、ケベックでのお約束、コーンが入ったバージョンだったがなかなかイケたし、昨日のチーズケーキは「お店で売れるよ」というくらい絶品だった。

 

で今日はベジタリアン・ジャンバラヤを作ると言ってレシピをコピーし、あれこれ材料を揃え、スーパーでベジタブル・ブロスまで買い込んで「いざ!」という感じだったのだが、午後4時を過ぎても仕事部屋から上がってこない。(シェパードパイの時は、3時過ぎからいそいそ作り始めた) 「ジャンバラヤはシェパードパイほど時間がかからないのか?」と思ってはみたが、5時を過ぎても上がってこないのでさすがに心配になり、「仕事が忙しいなら、私が代わりに何か作るけど?」と声をかけたら、一瞬きょとんとした顔をし、次に「わあ! かんっぺきに忘れてた!」と叫んだ。

 

私は代わりの即席夕食を用意しながら、つくづく「男の料理というのは、イベントなんだなあ」と実感。女は、というか家庭の主婦は、それが勤労だろうが、専業だろうが、“ご飯をつくる”ことを忘れることはない。何かに夢中になって「わっ!もう、こんな時間!」と慌てることはあっても、また「あーあ、めんどくさ。今日は店屋物にしよか」食事作りをさぼることはあっても、食事の支度をすること自体を“忘れる”なんてことはありえない。主婦にとってはご飯作りは逃れられない日常のルーティン。昼を過ぎれば、意識するしないは別として、頭のどこかで「夕ご飯、何つくろ」とぼんやり考えているものだ。

 

然るに、ご飯作りが日常のルーティンでない男性諸兄は、仕事や遊びに夢中になると、あっさりと“ご飯作り”という役目を忘れる。いや、男性諸兄と限定しては不公平かもしれない。ご飯係(一般的には母親や姉妹、まれに父や兄弟、お手伝いさんなど)を確保しており、自分では日常的にご飯を作る必要のない立場の者は、性別に関係なく“忘れる”ことが可能だからだ。(たとえば親と同居の独身娘は、朝は「今日はあたしご飯作るから」と言っていても、会社帰りにオトモダチにばったり遭遇したりすると、そんな約束はころり忘れる。あてにしていた母あるいは父は、いつまでたっても帰ってこない娘に、ため息つきつつ米を研ぐことになる)

 

主婦/夫にとってはご飯作りは、睡眠や排便(失礼!)と同レベルの選択の余地なしの役目。完全なるケ。しかし非主婦/夫にとっては、自己の技術と感性を発揮するクリエイティブな行為。ぴかぴかのハレ。位置づけが全く異なるのだ。

 

それでも私としては、たとえたまにでも雪だるまがご飯を作ってくれた方がありがたい。その昔、料理は趣味のひとつだったが、最近は飽きが来ていて料理に時間をかける気がしない。ついでに40年近く慣れ親しんだガスレンジから電熱式のレンジに変わって火加減がうまく行かず、作り慣れた料理を作っても出来が今ひとつだし。(電熱式は、ゆっくりじっくりの加熱には向くが、強い火力で一気にという料理には向かない。中華の“チャオ(炒)”なんか絶対無理である)

 

雪だるまは来週末の親戚を招いての食事会の時もメインとサラダとデザートを作ると言っており、私はポタージュとなにかもう1品だけ作ればいいそうである。肩の荷が下り、ラッキー至極。

本棚

  • 2011/10/29 05:43
  • Category: 雑記

やっと自分用の本棚を2つ買った。引っ越して3か月、本来なら真っ先に買うはずの本棚を今まで買わずにいたのは、雪だるまがDVD収納庫と一緒にオーダーすると言ったからだ。以前から拙ブログをお読みくださっている方はご存じのとおり、雪だるまは7000本近いDVDを所持し、かついまだに増え続けている。並みのDVD棚ではまったく追いつかない量だし、たとえ無駄な空間のほとんどないジャストサイズの棚を作ったとしても、ふつうの開架式では地下の仕事部屋の壁一面あるいは二面を占領してしまい、仕事部屋だかDVD部屋だかわからなくなるので、雪だるまは引き出し式の収納庫、日本のスライド式本棚(↓)のようなのを欲しがっていたのだ。


   

    すみません。画像は某通販さんからお借りしました。

      ちなみにこちらは29800円で、送料無料です。


 

しかし最初にあたりをつけていた職人さんは背中を傷めて仕事ができないという返事(8月の話だ)、二人目は「今、他の仕事が入っていてちょっと忙しい」との返事で、二人ともだめ。引っ越し当初は他の家具の手配で忙しかったせいもあり、急ぐ話でもないからとしばらく放っておいた。

 

そして9月末、おじさんの一人から作り付けのキャビネットとかを作るデザイナーを紹介された。バカンスやら身内の葬儀やらのアクシデントで実際に連絡が取れたのは10月。ウチに設置場所を見に来て、私たちの希望を聞いて帰り、ラフスケッチができてきたのが2週間後。どうも家が大きく、スペースの節約なんか考える必要のないカナダでは、引き出し式の本棚/DVD棚というのはポピュラーではなりらしく、デザイナー女史にコンセプトをわかってもらうまでにしばらくかかったし、デザイナー女史が了解した後も、必要な部品を手配するのが大変だったらしい。

 

できあがったラフスケッチは23のささいな修正点を除いてほぼ雪だるまの希望通りで「おお、なかなか」という出来だったのだが、材料費込の概算料金が19000ドル(約150万円)と聞いて、雪だるま絶句。

 

ついでに雪だるま用の本棚(高さ2m幅3mくらい)と、私用の本棚(2m×2m;文庫と新書のサイズに合わせ、棚1段を低めに、奥行きを浅めにした特注品)は、ともにメラミン製でも約2000ドル(約15万円)。

 

雪だるまと二人「一晩、考えます」と言って、にこにことデザイナー女史の事務所を後にしたが、私は事務所のドアを閉めるや否や「わたしは要らないからね!」と宣言。いくら文庫と新書のサイズに合わせた特注品とはいえ、たかが白色メラミン製の本棚2つ、なんで2000ドルも払わねばならぬのだ? イケアなら本棚1つ69ドルで買えるぜ!(チャチにできているので、すぐ棚板がたわんじゃうけど)

 

雪だるまはそれでも一晩、うんうんうなりながら考えていたが「やっぱり1万9000は高すぎる・・・」と断念。デザイナー女史に断りの電話を入れると、女史はあっさり「オケ」と言ってにこやかに電話を切り、別段値下げのオファーもなかったそうである。ということは断られるのは、はなから予想済みか。最初からオーダーを受ける気はなかったのか。なんか、ようわからん。

 

わからんが、私はとにかくすぐにも本棚が欲しかったので、その週末近所のウォールマートで小さいのと大きいのと本棚を2つ買った。〆て78ドルだった。これもまた大変チャチにできており、文庫を前後2列に並べたら、さっそく棚板がたわみ始めたが、まあたわむだけで落ちることはないだろう。文庫、新書用としては、少なくとももう2枚、棚板が欲しいところだが、さてこの辺ではメラミン板はどこに売っているのだろう?

練習

  • 2011/10/21 07:07
  • Category: 着物

先日の夜、お義父さんとフランスが遊びに来て、フランスが着物を着てみたいというので、着せてみた。彼女の背丈は私とほぼ同じ。胸は豊かだが肩幅は狭く、全体にほっそりした体つき。だから私の着物は楽々着られるはず、と思ったのだが、これが着せてみたら肌襦袢省略でブラ+Tシャツの上にウソツキ半襦袢→着物だったせいか、胸が前にどーんと出、ついでにほっそりしているように見えたウエスト周りも実際には結構寸法があって、なんだか円柱に着物を着せたような具合になってしまった。アジア人とコケイジアンの骨格の違いを、またまた実感。細く見えても、彼らは厚みがあるのだ。

 

しかし本人は白地にピンクと紫、薄青の花綱が散らされた着物+金茶の桜模様の半幅帯を文庫結び(外国人にはお太鼓は不評だから。帯揚げと帯締めをちゃんと締めるのも大変だし)に大変満足したようすで、今月末のハロウィーンダンスにこれを着たいという。

 

「ハロウィーンのコスチュームが着物ですかあ?」とは思ったが、本人大乗り気だし、お義父さんもにやにやと嬉しげだし、着物も正絹とはいえベイで30ドルくらいで落札した安物で、かつ花綱の色合いがあまりにきれいだったのでうっとりして落札してはみたものの、私には似合わないはんなりと優しすぎる小紋でこの先着ることがあるとは思えないので、「着たいのならば、お貸ししましょ」とOKした。

 

そして人に着せてみたら自分も着たくなり、翌日の午後、えいやっ!と濃緑に暗赤色で小さい壺がぎっしりならんだお召を着て、ベージュの本筑なごやを偽角出しに結び、ついで夕飯を作る都合があったので、その上にこの間日本に行ったとき巣鴨で買ったバテック風の割烹着を着てみたら、があああん! 鏡の中から私を見返しているのは、小料理屋の女将。しかも神田あたりの粋な小料理屋ではなくて、私鉄沿線または地方都市の駅前通りにある、肉じゃがあたりが看板料理の、いまいち冴えない小料理屋の女将!

 

我ながら愕然とし、ついで「ちがーう!!」と激しく思った。この着姿、これは私ではない。どこをどう間違えたのかよくわからないが、とにかくこれは私ではない。私の性格の悪さが、まったく出ていない。なんともはや、普通の善人、仕事帰りのお父さんが気軽に「ちょっと一杯」ひっかけに寄るような小料理屋の、料理の腕はいまひとつだが愛想のよさと人のよさ(この私が!)が売り、のような女将に見えているのだ。冗談もほどほどにせぇよ、自分!である。

 

さすがに我ながら気持ち悪く、なんでこうなってしまったのかつくづくと考えた。これはたぶん着物の問題というより着方の問題で、着るにあたって教科書通りに律儀に襟をきっちり合わせ過ぎ、帯も帯締めもきちんと四角四面に結び過ぎたのが敗因だと思う。その上さらに中途半端な長さの髪をうなじでシニヨンにまとめたから、野暮ったいほど真面目で人のいい小料理屋の女将になってしまったのだ。ああ、失敗。

 

着物は着始めたばかりだし、思うように着られないのは仕方がない。しかしそうは言っても本来の私と似ても似つかない姿になってしまうのは困る。私がうっとり見とれる着姿は、たとえばマルファクトリーの着物に刺繍をしていらっしゃる三原佳子さんや、更紗のコレクターで“歩く美術館”と言われた菊池信子さんなどだが、年季も資質も段違いすぎて、まさか真似はできない。思うように着られるようになるには、せっせと着るしかないか。


************************

 

本日、また着てみた。こんどは黒地のお召しに青緑の帯。襟をゆったりめに合わせ、帯もあまりきっちり結ばず、「まあ、これなら善人には見えないな」という姿になった。ちょうどつけていた黒のピアスも、そのままでぴったりだったし。しかし着物のまま夕飯を作っていたら、割烹着を着ていたにもかかわらず、右袖が濡れてしまった。絹物に水は禁物とは言われても、濡らさずにご飯作るのは難しいぜ。

うろうろ

  • 2011/10/19 02:52
  • Category: 雑記

車の運転は徐々にうまくなってきている。先週水曜、金曜も車で買い物に出かけた。車で来る客が相手のこの辺の店は、よほど大型の家具でもない限り配達はしてくれないから、食料品以上の大きさのものを買いたいときには車で行くしかないのだ。しかし少し慣れたとは言え、やはり時速100キロ以上で初めての道を走るのは緊張する。たとえそれが何にもない丘陵地帯に、茫々と伸びる自動車道だったとしても。

 

車の運転はうまくなりつつあるが、フランス語の方はまったくうまくなっていない。勉強していないうえ、家の中では相変わらず英語/日本語で会話しているのだから、うまくなりようがない。しょっちゅう遊びに来るお義父さんも私には英語で話しかけるし、義弟ジェリーは完璧なバイ(バイセクシャルではなく、バイリンガル)で、私たちと話すときは英語だし。

 

政府がやっている新移民用のフランス語教室に入ろうかと思ったが、そこは新移民と確定(=ビザ取得)後の人が対象のようで、ただの旅行者(私だ)では無理のようす。そりゃそうだよな、州民の税金使って、ただの旅行者にフランス語教えるほどケベック政府ひまではないよな。田舎過ぎて近所に語学学校などないし、フランス語の本格的な勉強はカナダ&ケベック政府が、私にビザをくれたら考えることにする。

 

仕事の方はぼちぼちとやっている。が、今やっているのが最後で、これを納品すると仕事ゼロ。仕事ゼロ=収入ゼロなので、黒雲が胸をよぎる。嫌でも何でも歯を食いしばって営々と働くアリさんの生活から、貯金を食いつぶしつつ遊び歩くキリギリスさんの生活に移り、本性がアリの私は時々大きな不安に襲われる。フリーランスの請負仕事は、常時あるわけでも永遠にあるわけでもない。ビザ取得したら、当地で働くことを算段した方がよいのではないかと思うが、義弟ジェリーの不安定な職位や従妹ソフィがつい先週突然解雇されたことを考えると、当地の雇用状況も良好とは言い難く、フランス語もろくにしゃべれない新移民に仕事があるかどうかかなり疑問。うむむ。

豆のスープ

火曜、水曜と左目の調子が悪く、また霧のロンドン状態に逆戻りかと、かなり鬱々。目を酷使して調子が悪くなったのならまだ合点がいくのだが、毎日毎日輝くばかりに上天気なのをいいことに、先週水曜から仕事もせずサイクリングやドライブ、落ち葉かきと遊び歩いた揚句の眼痛と充血だったので、「目を使ってもいないのに、なんで調子が悪くなるのだ?」と途方に暮れ、昨夜などは何もする気にならず、9時にもならないうちにふて寝。

 

しかしたっぷりの睡眠が奏功したのか、朝はまだ調子が悪かったものの、午後には眼痛もうちばになり、夜の今はほとんど通常(=ほんの少しの違和感と目の渋さ)に戻った。ほっとした。ビザなし、公的医療保険なしの身では、医者に行くのもままならぬから。

 

ところで昨日はお義父さんからレシピを貰った豆のスープを煮てみた。“レシピ”と言っても、実のところ記述は3行。1.豆(yellow pea2カップをざっと洗う。2.鍋に豆と水8カップ、塩漬けの豚の背脂(3インチ角程度)、荒いみじん切りにした玉ねぎ大1個を入れ、45時間煮る。3.好みで胡椒をふる

 

貧しくて子沢山だった時代のケベックの伝統料理である。材料は安価な豆と玉ねぎ、塩漬けラード。ただ煮るだけで、手間もかからない。できあがりは豆が煮溶けて濃厚なポタージュとなり、パンと合わせて食べれば、それだけでお腹は十分くちくなり、身体はほかほか温まる。

 

このスープ、今でもけっこう人気があるようで、缶詰にもなっている。作っているのは地元ケベックの食品メーカーである。

 

ラードが入るので、一応雪だるまに食べるかどうか確認してから作ったのだが(幼い頃の母の味だからか、あるいは作り方を伝授したお父さんの手前か、雪だるまは「食べる」と回答)、途中、玉ねぎとラードの煮えるにおいが、日本のインスタントラーメンを煮た時のにおいにそっくりで、かなり笑えた。そうか、なるほど。ラード+玉ねぎは食欲をそそる芳香なのだな。

一面の赤と黄色

車に乗って、外に出た。夏、引っ越し当初、自転車に乗って走り始めてみたものの、途中で遥か向こうに上り坂が見え、挫折した林の中の道を、今度は車で走った。






ずううっと、ずううっと、向こうまで続く1本道








空はあくまでも青い








そして紅葉が始まっている






目が覚めるような赤や







黄色






私の写真では色の鮮やかさが数段失われ、「ただの紅葉」にしか見えないが

実際は胸が痛くなるような赤と黄色の洪水である。



なんだか今一つ気の晴れないことの多い中で、

この時ばかりは、木々の美しさと幸福感に目が眩みそうだった。






帰ってきて、自分の家の庭を見たら、庭の楓もちゃんと紅葉していた。






もっと光を!

  • 2011/10/09 09:51
  • Category: 雑記

サーバの故障で、814日以降のデータが全部消えたそうだ。ちと残念だが、まあ仕方ない。

 

70年代に欧州の室内装飾について書かれた本を読んだとき「日本では、どの部屋も天井から吊るした蛍光灯で、真昼のように照らすのが主流だが、これはいただけない。欧州の家庭では部屋全体を蛍光灯で煌々と照らすことはまれで、代わりに部屋の各所に置いたフロアランプやテーブルランプの柔らかく温かみのある明かりで、陰翳とくつろぎを演出する」というような意味の記述があり「へえ」と思ったが、その後移動した中国と香港では、蛍光灯ではないにしても日本同様“天井からの灯りで煌々と”という照明が主流であり、これはこれで風情はなくとも便利ではあるので、その無粋さなど別段気にしてはいなかった。雪だるまも、人が来たときなど部屋の灯り全部を点け、昼間より明るいくらいにしていたし。

 

しかしカナダのこの家に移り住んで、事情は一変。夜は常にうす暗がりの中で過ごすこととなった。何しろどの部屋にも、“ひとつで部屋全体を照らす”タイプの照明がないのだ。あるのは部屋の一部を照らす部分照明のみ。しかも照度はかなり低め。設置されている照明全部をオンにしても、昼間のような明るさには程遠く、否応のない“陰翳礼讃”状態だ。

 

この風情のある照明、人と話したり、ゆっくり音楽を聴いたり、映画を見たりするにはよいが、いったん何か作業をしなければならないことになると、たちまち往生する。先日の夜も、仕事が一段落して暇だったので、着物を引っ張り出して着付けの練習を試みたのだが、練習していたベッドルームの照明が暗くて、細部が見えない。ベッドルームには大型天井扇に付随した天井灯と、壁一面のクロゼット前に、2つの照明がついているのだが、全部点けても部屋はほのかに柔らかく照らされるばかりで、姿見に映る我が姿はうすぼんやり。「おはしょりの衽線と、上前の衽線は一直線になるよう合わせること」と着付けの本に命じられても、その衽線が見えないのだ。見えないものを、いったいどうやって合わせろと?

 

あんまり見えないので、部屋の天井と四方の壁をじいっと眺め、追加の照明を付けられそうなところを探してみたが、天井に穴をあけて電気の配線をするのは素人には無理だし、と言ってクリップ型の照明を付けられそうな棚も出っ張りもない。この部屋を作業ができる程度に明るくするには、スポットライト型強力フロアランプでも設置するしかなさそうである。やれやれ。(ちなみにベッドサイドのランプも、当初は7W!の電球しかついていなかった。これでは本どころか雑誌すら見えないので、引っ越してすぐに60Wのに変えた)

 

もっともこの部屋は照明が付いているだけまだましなのだ。居間に至っては、もともと付いている照明はゼロ。フロアランプかテーブルランプを置かないと、夜は真っ暗闇である。ファミリールームだった地下室は、壁沿いに小型スポットライトが6個ほど付いているが、これもまた全部点けても本を読めるほどには明るくない。食卓の上の明かりも同様。食事には十分だが、本を読むにはやや暗い。台所だけはさすがに調理ができる程度に明るく、実のところ楽に本が読めるのはこことトイレくらいなのだが、しかしレンジの前に突っ立って読書に励むってのも・・・。

 

ついでに言えば、この家はDK部分を除き、昼間も十分には明るくない。窓は大きいのだが、そのせっかくの大きな窓の前にほとんど動かせないパネル型のカーテンが下ろされて、光を遮っているのだ。昼間暗いのが大嫌いな私は、この鬱陶しいパネルカーテンを撤去しようとしたのだが、レールも金具も外れないうえ、雪だるまの強硬な反対にあって挫折した。雪だるまはこのスタイリッシュなカーテンがお気に入りなのだ。

 

この昼の直射日光不足と夜の暗さは、ときどき私を気違いじみたイライラに突き落とし、私を爆発させる。そのたびにパネルカーテンをバッサバッサと鋏で切り落とし、燦々と降り注ぐ陽の光を浴びて「ざまあみろ!」と雪だるまに舌を突き出してやりたくなるが、一筋残る理性がそれを押しとどめ、代わりに電球買いや照明買いに走らせる。9月に爆発した時はデスクランプを買い、10月に爆発した時(つい昨日だ)は、電球が2個付くフロアランプを買った。

 

しかしさっきフロアランプを点けてみたところ、たとえ2つの電球を点けても、広大なマスターベッドルームの暗がりには焼け石に水であることが判明。さすがに手元だけは明るいが、光源から2メートル離れると、もう定規の数字が読みづらい。まったくこの部屋で夜間、ストレスなく裁縫や手工芸に励むには、いったいいくつ照明を足せばいいんだか。風情なんかなくてもいいから、会社や工場みたいな天井に一列に並んだ蛍光灯が欲しかった。

Pagination

Utility

プロフィール

らうとら

Author:らうとら
ドロシー・L・セイヤーズ、ローリー・R・キング、P.D.ジェイムズ、ディック・フランシス、水村美苗、高村薫、戸塚真弓、ヘレン・ミレン、シャーロット・ランプリング、ソフィ・マルソー(40代以降に限る)、ヘレナ・ボナム・カーター、アンジェリーナ・ジョリー、三代目金馬、小さん、枝雀、エンヤ、クイーン、ドゥルス・ポンテス、マドレデウス、J・S・バッハ、ちあきなおみ、トケイ・ピノ・グリ、アール・グレイ、自転車(冬季を除く)、あらゆる犬と猫
以上、私を幸せにしてくれる方々(敬称略)

カテゴリー+月別アーカイブ

 

FC2カウンター