列車で

どうやら私たちは来月、トロントに行くらしい。雪だるまの学生時代からの友人で、香港でもいっしょだったジョゼ&ブライアン組を訪ねるのである。トロントは地図上の直線距離だとここから南西方向に600kmくらい。一般的にはモントリオールから飛行機だが、私たちはあえて列車で行く。よく渋滞しているモントリオール市内を抜け、空港まで車で行くのが面倒くさいのである。

といっても列車で行くのが特に簡単というわけでもない。ウチから10kmくらいにある最も近い駅からは、田舎のこととてモントリオール行の列車は2日に1本しかなく、しかもモントリオールでの接続があまりよくない。いくら暇な私たちでも、たかだか600kmの移動に2日がかりというのはあんまりなので、もちょっと遠い(70kmくらい?)が接続がややましで、駅そばに無料の駐車場もあるドラモンヴィルまで車で行き、そこから列車でモントリオール→トロントと移動することにした。

モントリオール→トロントは約550kmなので、ちょうど東京→大阪と同じくらいかなと思うが、東京と大阪を結ぶ新幹線が、いろいろ取り混ぜ15分に1本くらいはあるのに比して、モントリオール→トロントの列車は1日に10本くらいしかない。私たちが考えている日を例にとると、朝6時台に2本出た後、次は10時台に1本。続いて11時台、12時台に1本ずつ。1時間休んで(お昼休みか?)、14時台から17時台まで1本ずつの計9本でおしまいである。トロントまでの所要時間は、短いので5時間弱、長いのだと6時間半。どんな列車か知らないが、新幹線に比べだいぶのろい。

しかし、のろいということは車窓に広がる風景をじっくり楽しむ時間があるということで、これはこれで悪くない。飛行機では、たとえ窓側に座ったとしても風景を楽しめる時間はほんのわずかだし、車では助手席に座っている人はともかく、運転者は風景を楽しむ余裕などない。(それに高速道路から見える風景は、どこを走っても、原野、農地、点在する家々、たまに現れる店舗の看板くらいで変わりばえがしないし)

その点、列車なら雪だるまも私もゆったり座席に座って、お弁当でも食べながら、モントリオール→トロント間の漠々と広がる風景を楽しむことができる。地図で見ると沿線はのっぺりした丘陵地帯で、あちこちに小型の湖があるほかは特に何があるわけでもなさそうだが、何にもないとは言っても砂漠ではないのだから草や木ぐらいは生えているはずで、飛行機で前の座席の灰色の布地を見ているよりましである。沿線の町々の名前でも知るために、地図でも買いにいこうかな。グーグルマップを印刷するという手もあるが、レターサイズの紙をとっかえひっかえするのもナンだしな。
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雑記

  • 2013/06/26 20:52
  • Category: 雑記
どうも調子がいまひとつで長い文章が書けないので箇条書き

■ 庭の芍薬。開きそうで開かない蕾のまま、ずいぶん長い間天を睨んでいたが、気温がぐんと上がった一昨日、ついに開花。そして一つが開いたと思ったら、次々と他の蕾も開き、あっという間に20輪以上。濃い牡丹色に目がチカチカし、居間のソファからだと数えるたびに数が違い、いくつ咲いているのだか一向にわからない。

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■ 庭関連。季節柄、最近は鳥も親子連れ多し。グラッコーもキツツキも、子どもを連れてフィーダーに現れ、親が口移しで餌を与えている。キツツキなど、親と同じ大きさくらいに育っているくせに、自分はフィーダーに留まっているだけで、親がスエットを口に入れてくれるのを待っている。たまに練習なのか、フィーダーをつんつんつつく真似をするが、つついているのはカンカン音がするフィーダーの吊り金具部分。君、そこをつついてもエサは出て来んぞ。

■ 昨日、雪だるまが運転免許の実地試験を受け、1回で合格した。やっほー。最後の路上練習の後、そのまま教習所の車でSAAQに行き、ウチの車を持って来た(乗って来た)私と合流。試験はウチの車で受けた。車がなければ借りることもできるが、当然費用がかかるし、第一慣れている車の方が失敗が少ない。車の屋根に「試験中」という看板を乗せ、試験官と共に出発。その間私は日陰で読書。30分と言われていたが、彼らは15分ほどで戻ってきて、「はい、合格」 その場で写真を撮って、お金を払って、おしまい。2年間有効のProbationary licence(試験期間免許証?)は、来月初めに届くそうだ。

■ 手の爪を黄緑色に塗ってみた。なかなかヘン。2、3本黄色も混ぜた方がよかったかもしれない。黄緑一色というのは、どうも変だ。

■ 庭仕事用に新しい長靴を買った。去年買ったのは、どういうわけか冬を越したら左右とも側面/背面にひび割れができてしまい、ダクトテープで補修して履いていたのだが、そのダクトテープも2、3回履いたら切れてしまい、ちっとも防水の用を為さないので、諦めて新しいのを買ったのである。と言っても雨の多い日本や香港と違い当地は長靴の需要が少ないのか、どこに行ってもろくな品がなく高い(30ドルくらいする)ので、うんざり。幸い某店でセール品だった品の中にサイズの合うのがあったので、それにする。13ドル。味もそっけもない黒のオジサン長靴。

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仏語教室も最後

  • 2013/06/21 21:01
  • Category: 雑記
今週水曜は仏語教室の最後の授業で、教室での講義の代わりに、みんなで近所の公園にピクニックに行った。

昨年10月に12人くらいで始まったクラスは、途中、出産やら仕事の開始やらで相前後して9人が抜け、しかし代わりに新規の移民者が入れ代わり立ち代わり8人入ったので、最終的な人数はほぼ同じ。とは言うものの、顔ぶれはその時その時で常に変わり、結局初めから終わりまでクラスにいたのはカティ、張さん、私の3人だけ。出入り自由の無料クラスらしい、変化の激しさだった。そもそもクラスに来ていたのは私や張さんなどを除き大部分20代から30代前半の人たちで、これから人生を作っていく年代だったのだから、仕事があれば仕事を優先するのは当然だったのだ。ここでの生活にフランス語は不可欠とはいえ、クラスに来なくとも仕事の中で覚えていけるし/覚えていかざるを得ないし、その方がより実践的かつ実用的だし。(個々の仕事の上で必要な専門的な語彙など、クラスでは出て来ない)

そういえば私が学校への足を提供していたキューバからのR君も、4月半ばから本格的に仕事を始め、クラスには出て来なくなった。以前にも書いたようにR君はホテルの客室係の仕事から始め、しかしその仕事はパートタイムなので、近所の観光施設での仕事(同じくパートタイム)を追加し、ついでに新聞配達というか、このあたりで週一配布されるフリーペーパー&広告の各戸配布の仕事まで始めて「え、3つも仕事してるの?」と私をびっくりさせたが、その頃はまだクラスに来ていたR君が、私の車での行き返りに語ったところによれば、R君はできればお母さんをこちらに呼びたく、だからお金が欲しいのだそうだ。R君の家にはR君のほかにも子どもはいるはずだが、もともと貧しい(R君の弁)家庭だったのが、警察官として曲がりなりにも一定の収入があったR君が抜けて、一家はより困窮の度を増したのではないか、と想像する。イースターの頃だったか、キューバに一時里帰りする計画を立てていたR君は、病気がちなお母さんのための薬もいろいろ用意したといっていたし、いろいろな面で不自由なことが多いキューバより、別な面での不自由があるとは言え、自分がおり、物質的にはキューバより豊かなこちらにお母さんを置きたかったのだろうと思う。

そのキューバへの里帰り計画を立てていた後、R君は隣町にフルタイムの仕事を見つけ、クラスに出て来なくなった。その当時のR君の仏語力は、片言もいいところの私よりさらに劣る程度のものだったので、私は内心「だいじょうぶかいな?」と心配していたのだが、その後1月ほどして、同じくクラスメートのドーラが開いたメキシカンレストランに皆が集った時、R君も奥方と一緒に元気な姿を見せた。宴半ばに近付いて「元気? 仕事はだいじょうぶ?」と聞くと、以前よりはよほど流暢なフランス語で「元気。仕事も順調」と答え、奥方とふたり、にこにこしていた。そして最後のダンスタイムでは、私にサルサのステップの指導もしてくれた。私には生粋キューバンの彼の真似はできなかったが、楽しそうな彼の様子に安心した。

ちなみにR君が辞めた後、例のホテルの仕事はクラスメートのアイリスとカタリーナ(ともにキューバ出身)が引き継いでいるようで、キューバンコネクションかと、ちょっと笑った。若い移民たちは、そうやって仕事を始め、子どもを育て、20年、30年と経つうちに、この地の人になって行くのだと思う。同じ移民でも、私の場合、20年、30年後は土の下だが。
でもまあ、“この地の人”という点では土の下の私の方が上かもな。

石ひろい

  • 2013/06/18 22:21
  • Category: 雑記
最近、楽しいと思うことは何かなあ、と考えてみる。
過去40年以上にわたって私の最大のお楽しみだった読書は、
最近はちょっと根を詰めると視界がチカチカして字を追えなくなるので
楽しくないわけではないが、昔のように寝食を忘れて読みふけるという快楽はない。
庭仕事は熱心にやっているが、これは半ばは必要に迫られた義務のようなもので
しかも「本葉が出たばかりのナスターシウム1列全部食いやがったのは、一体どこのどいつ(虫)だろう?」とか
「アリウムが日陰で枯れてしまった」とか「パンジーが徒長しているぅ」とか「ゼラニウムが咲かない」とか
楽しいことより心配なことの方が多く、眉間のしわが消えない。
フランス語の勉強は… これはもう、絶望一歩手前である。
夏のお楽しみチッピーも、今年は春先に2度ほど姿を見せたきりでお見限り。
庭には鳥しかいない。
今年は天候も今ひとつでなかなか気温が上がらず、ただ今(朝8時半)の気温は12度。
空は曇り。

大人の生活に手放しの喜びなどあるはずもなく
まして生まれつき脳内にエンドルフィンが不足している厭世人間では
どんなことが起ころうと多幸感や高揚感など生まれようもないのだが
石を拾っている時だけは純粋に楽しいということを、最近発見した。

石拾い。
文字通り、その辺に落ちている石を拾うのである。
一番手近なのは、横の空き地。
「A VENDRE(売地)」の看板は立っているが、特に管理されているようすもなく
夏はあちらこちらに雑草が生え、黄色い花が咲く。
バケツ片手にそこをうろうろして、落ちている石を拾う。
私は丸っこい石が好きなので、そういう石ばかり集める。
尖った石は無視する。
大きさは日によっていろいろ。
こぶし大の石を集める日もあれば、500円玉くらいの小さい石を集める日もある。
集めてどうする、という当てがあるわけではない。
たまに植木鉢の底石に使ったり、何かの目印に庭に置いたりもするが
大部分は庭の隅にただ積んである。
時々ぼんやり眺める。
石の丸さに、なんだか気分がよくなる。

もっと大きい石が欲しい時は、車で隣町の原野に続く道に行く。
舗装道路から外れたそこは、その先のハンティングゾーンに行く人くらいしか
通る人もなく、道のあちこちにも、両側の林にも大きな石がごろごろしている。
そこでシャベル片手に、半分以上土に埋まった石を掘り出す。
ここでも丸い石だけを集め、尖った石は無視する。

一抱えもあるような大きな石がたくさんあって本当に楽しいが
雪だるまでも持ち上げられないような大きな石は、重機を持たない私たちには
当然ながら拾いたくても拾えず、したがって拾うのは持ち上げられ、かつ
車に積み込める程度の大きさの石だけだが、それでも一際大きくて丸い石を
見つけた時には、嬉しくて思わず顔がほころんでしまう。
なぜだかは、わからない。
石は硬いのだが、その丸い線の柔らかさが好きなのかもしれない。
去年は2度ほど行って、拾った石は花壇の縁どりに使った。
丸い石はたのしい。


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父の日

今日は父の日ということで、家族で集まって夕食をする。
サブウェイのサンドイッチというのがM家の“父の日伝統メニュー”だそうで
一応お祝いの日、ハレの日の食事にしては、ずいぶん手抜きだなあと思って、
「いつからの伝統なのだ?」と聞いたら、「去年から」だそうだ。

去年わたしは日本に行っていて、こちらにはいなかったので知らなかったのだが
私の不在中、面倒くさがりの息子二人が、手がかからず、安価で、
かつそれぞれの好みに合わせてベジはベジサンド、
ミートイーターはハムやベーコン入りが選べるということで
サブウェイのサンドイッチを買って父の日を祝ったのが、“伝統”の始まりらしい。
(それ以前は雪だるまは当地にいなかったので、伝統の作りようがなかった)
ちなみにデザートもスーパーの出来合いのケーキである。

いつもは会食というと何から何まで手づくりなので、
たまには思いっきり手抜きのこういうのも悪くない。
とはいうものの、サンドイッチとケーキだけではあんまりなので
チーズなどの簡単なオードブルとサラダは用意したが
それらもただ切って、盛り付けただけ。
“手抜き”という伝統は、あくまで守らねば。

ARROSAGE

日照りだった去年とは異なり、今年は今のところ順調に雨が降っている。むしろやや降り過ぎなくらいで、今朝は庭にキノコが生えているのを発見した。大豆くらいの大きさのキノコが密集して生え、ひとつひとつのキノコの周りがやや黒ずんでいるところは、まるで黒カビが生えた納豆のようで、些か気持ちの悪いキノコだった。

しかしそんな天候でも先週だったか町から係りの人が来て、「ARROSAGE」なる表題のリーフレットを配り、当町の方針について説明していった。「ARROSAGE」の文字通りの意味は「水撒き、散水」だが、日本語で表題をつけるなら「節水のお願い」といったところだろうか。

2つ折りになった簡単なリーフレットには「水は私たち全員の問題です。責任ある利用をしましょう!」から始まって、それぞれの番地に基づいた、ホースによる散水を行ってもよい曜日と時間、スプリンクラーを利用してもよい曜日と時間のほか、新しい芝生や植樹したばかりの生垣のために毎日の水遣りが必要な場合は許可を取ることとか、洗車に当たっての注意事項など、水の使用に関する種々の決まりが、いろいろと記されている。

それによるとウチは奇数番地なので、ホースによる芝生への散水を行ってもよいのは毎週木曜と日曜の夜7時から10時までの間。自動スプリンクラーによる芝生への散水を行ってもよいのは同じく毎週木曜と日曜の朝4時から7時の間だそうである。(これはホースか自動スプリンクラーか、どちらか一方のみの利用を前提としている) また洗車は週1回、バケツや止水レバーのあるホースヘッドがついたホースで行いましょう。雪を融かすために水を使ったり、雨の日に水遣りをするのは止めましょう、などとも書いてある。

この最後の「雨の日に・・・云々」を読んだ時には、「はあ? いったい誰がわざわざ雨の日に水遣りなんかするわけ?」と思ったが、これは当地をよく知る雪だるまによれば、庭にスプリンクラーを設置している場合、タイマーで自動的に散水するお宅もあり、そうなると土砂降りの最中だろうが何だろうが、時間が来ると自動的に散水が始まってしまうので、そうならないようスプリンクラーを止めろという意味だそうである。ははあ、なるほど、である。

米国の某ウェブサイトによれば、夏場使用される水の80%は屋外で使用されるそうだから、より北にあって夏が短いとはいえ、当地でも似たようなものなのかもしれない。確かに庭にプールがあるお宅も多いし、三尺の雪に埋もれて芝生や花壇への水遣りなどあるはずもない冬場とは異なり、夏場は雨が降らなければ芝生や花壇への水遣りは欠かせないから、水の使用量は段違いに増えるのだろう。だからこそ係員の個別訪問による「ARROSAGE」リーフレットの配布および説明なのだろうが、日本の、節水や節電に対する比較的厳しい態度を知る者にとっては、当町の「お願い」は、かなり生ぬるい気がする。

そもそも芝生への水遣りは上記の通り週2回に制限されているものの、花壇や鉢植えに対する水遣りは、ホースによるものを含め制限なしなのである。芝生の面積に比べたら花壇の面積など知れたものだから、ということなのだろうが、ウチのように庭のあちこちに花壇があり、かつ着々と拡張を進めているような家では、花壇へ撒く水の量だって馬鹿にならない。庭のあちこちに花壇を作り過ぎてホースを伸ばせないので、今のところ6リットル入りの如雨露でちまちま水遣りをしているが、いったい何往復することか。文字通り、塵も積もれば・・・の世界である。

それに、私はいまだに日本&香港の習慣が抜けなくて、水を無駄にしないよう無意識に動いているが、実は当町には水道料金というものがない。引っ越し後、電気料金は請求書が来たものの、水道料金はいつまでたっても請求が来ないので不思議に思って雪だるまに聞いたら、当町では水道料金は固定資産税に含まれていて、個別の徴収はないのだそうである。つまり、いくら使おうと料金は同じ! 節水しようがしまいが、懐には関係なし!

これではいくら町が「責任ある利用を心がけましょう」などと呼びかけたところで、実効があるのかどうか。時々いっしょに散歩に行くマダムBによれば、お友達の某さんは美しい芝生を保つため、町の散水規則などハナから無視して水遣りに努めているそうだし、道を歩けば指定時間外にシャッシャッと散水しているスプリンクラーをよく見かけるし、人間、懐が痛まないとなると、規則を守るのはなかなか難しいと見える。

めんみ、味噌、豆腐

ところで今回のC氏宅訪問では、昼食の後に買い物に連れて行っていただいた。前回訪問した際、奥方がキッコーマンの「めんみ」を使っていらっしゃるのを見て、「そんなもの、どこで買えるのか」と尋ねたら、近所にアジア食品を売る店があるのだ。今度いらしたらご案内しましょうと言われ、楽しみにしていたのである。

私は“近所の店”という言葉から、何となく棚に中国製の瓶詰がちまちまと並び、主人が一人で店番をしているような、コンビニに毛が生えた程度の店を想像していたのだが、連れて行かれてびーーっくり。コンビニなど、とんでもない。そこは香港の普通のスーパーマーケットの数倍はある、巨大総合スーパーだった。

そしてアジア人が、たーーーくさん!! 普段うちの近所でアジア人といえば、張さんたちクラスメート3人ともう1軒のコンビニ経営者夫妻、あとは自分自身くらいしか見ていないので、巨大スーパーに溢れるたくさんのたくさんのアジア人を見て「わあ、香港みたいー」と、しばしぼおお・・・。

この“ぼおお・・・”は棚に並ぶ数々のアジア食品を見てさらに拍車がかかり、いちいち「あ、椎茸だ! あ、ニラだ! 海鮮醤、辣椒醤、豆豉もあるー。柔らかい豆腐もあるよ、わあ、どうしよう?」と、余りの選択肢の多さに却って困惑し、何を買ったらいいのかわからなくなってしまった。

だって大部分の品はウチの近所では補充がきかないのだ。下手に慣れ親しんでしまうと、無くなった時悲しさが増す。たとえば私が歓声を上げた“柔らかい豆腐”。日本のみなさまに“柔らかい豆腐”と言っても何のことかわかるまいが、これは例の日本でおなじみの、みそ汁に入れたり、冷奴で食べたりするごく普通の豆腐のことだ。

なぜそれをわざわざ“柔らかい豆腐”というかというと、ウチの近所では揚げる前のがんもどきをぎゅうぎゅうパックに詰め、四角く固めたようなものを“TOFU”と称して売っているからだ。これは白く柔らかく滑らかで、豊かに大豆の香りがする日本の豆腐とは全く異なるもので、西洋人が“TOFUステーキ”か、何らかのベジ料理に使用すべきもの。ぼそぼそ硬くて、冷奴どころかみそ汁の実にすらなりようがない代物だ。私も最初2、3回は買って炒め物に使ってみたが、大豆の味も香りもしないくせに1個3ドルくらいもするので、最近ではまったく買わなくなってしまった。あれは“TOFU”ではあるかもしれないが、断じて“豆腐”ではない。

ところがこのスーパーでは、日本式ではないものの、日本のによく似た中国の軟豆腐の大きいパック(700g入り)が、2つで3ドルという実に手ごろな値段で売られているのだ。私は思わず手を出しかけたのだが、危ういところで思い留まった。今日ここでこの豆腐を買って、2、3日は冷奴や豆腐サラダで楽しい思いができても、後が続かない。なまじ味など思い出しては、却ってその不在が心と胃袋に沁みると思ったからである。日本のラーメンも同様。身近で手に入らず、かつ1回限りで終わってしまうものには、手を出さない方がよい、とぐいぐい引かれる後ろ髪を振り切った。

しかし納豆の棚ではその決心を継続させることができずに思い切り悪く3個入りのパックをカートに放り込み、椎茸も「ああ、懐かしの椎茸!」と1パック放り込み、その他長持ちしそうな乾物と調味料-腐竹、米粉、もち米、豆瓣醬、めんみ、みりん、味噌(日本の味噌を手にするのは2年ぶりだ)などを買い込んで、うれしさににまにましながら帰って来た。

そして昨日さっそく、寿司用に買った米でご飯を炊き、めんみで和風のドレッシングをつくって大根(先週、珍しくスーパーに大根があったのだ。メキシコ産でLobokという名前だったけど)と胡瓜を和え、大事な納豆を1パック開けて、豪華な夕ご飯にした。大変、大変しあわせだった。

春の恒例行事

  • 2013/06/09 21:52
  • Category: 雑記
昨日は春の恒例行事“モントリオール近くに住む雪だるまの友人を訪ねる”のため、車で出かけた。昨年、行きも帰りもさんざん道に迷い、挙句の果てにフェリーでセント・ローレンスを渡ることになった例のアレである。今年はそんなことのないよう事前によくルートを学習し、紙の地図も持って出発。運転は雪だるまがした。

そして、そして、事前学習の効果か、ほとんど道に迷うことなく無事2時間で友人夫妻宅に到着。帰りも順調にオートルートAからB、BからCへと乗り換えて、やはり2時間ちょっとで家に帰り着くことができた。仮免しか持たない教習中の身の割には、雪だるまの運転は慎重かつ堅実、安定していてなかなか見事だった。この調子で頑張っていただき、今後運転はすべて雪だるまにしてもらおうという下心があったので、家に帰り着いたあと「すごいねえ、うまいねえ」と、大いに褒めておいた。

さてドライブの目的であった友人C氏だが、同氏は雪だるまの大学時代の同窓、80年代に一緒に台湾に留学したりもした30年来の仲良しである。ハンサムで大変礼儀正しく心優しく、誰とでも気軽に友達になれる明るい人柄で、台湾でもその人柄を発揮してたくさんの友達をつくり、おかげで雪だるまもその恩恵に与って色々な人と知り合いになれたとか。生粋のケベッコワだが、マギルという英語系の大学にいたくらいだから英語もよく話す。中国語は卒業後、翻訳、通訳で身を立て、政府の通訳もしていたくらいだから非常に堪能。ただし、この通訳時代の激務がたたって身体を壊し、一時は日常生活もままならないほどの全身の疼痛と倦怠感に悩まされてほとんど動けなくなり、雪だるまを心配させた。なにしろ通訳時代はカナダ側の代表団と共に中国に飛び、現地政府との交渉では1日中続く会議の通訳から、会議終了後の晩餐会あるいは会食での通訳、それが終わると昼間の会議の概要をまとめる書類作成まで、たった一人でこなしていたのだそうである。しかもそれが何日も続くのだ。本来なら最低でも2-3人で分担すべき業務量を一人で全部でこなしていたのだから、身体を壊すのも当たり前である。ある程度いい加減な性格の人なら、適当なところで流して息抜きもできただろうが、C氏の性格では誠心誠意、精一杯の力で業務に当たっていたに違いなく、だからこそFMS(線維筋痛症)を患うことにもなったのだろうと思う。(この病気は真面目で責任感の強い人がかかりやすいという。つまり私とは無縁である。喜ぶべきか)

幸い、ここ数年は体調もかなり上向いてきているようで、昨日も私たちと一緒に1日動き回っても、疲労困憊している様子はなかった。運動や何かは無理でも、普通に日常生活を送れるようになって、本当によかったと思う

ただ今度は奥方の方が、かつてのC氏並みに忙しいようで、もちろん責任ある地位にいるからこその忙しさなのだが、彼女の“真面目で誠実で、完璧に仕事をしなければ気が済まない”性格も忙しさに拍車をかけているようで、まったく夫婦そろって困ったお人柄である。雪だるまと私を見倣いたまえよ、と言いたいところだが、ま、真面目で誠実な人に「いい加減になれ」と言っても無理なんでしょうな。

この奥方、上海出身の中国人で、おかっぱ頭に化粧っ気のない顔、150cmもないような小柄さと、外見的には全くのアジア人なのだが、お祖母さんの一人がフランス人だったとかで小さいころからフランス語に親しんだらしく、大変きれいなフランス語を話す。中国語はもちろん完璧である。私より少し年上という年齢から考えて、外国人の血を引いている身では、文革の頃大変な思いをしたのではないかと思うが、まだ彼女と当時の話をしたことはないのでわからない。雪だるまは「聞いてみれば?」というが、私は「不敢」である。雪だるまの友人の奥方であって、私の直接の友達というわけではないし、文革の中にいた人としては思い出したくないこともたくさんあるだろうし、彼女が自分から話すのならともかく、こちらから敢えて話を向けようとは思わない。

ところで、上記の説明でわかる通り、つまりこの夫妻はともに仏語/中国語を能くする。会話を聞いていると、仏語から中国語へ、中国語から仏語へと、するすると移動する。中国語の中に仏語の動詞が入って、中国語の助詞「了」がついていることもある。(説明によると、このフランス語動詞の中国語活用?は、最近の二人の間のジョークなんだそうである) 

で、私は思った。このC氏宅に3か月ほど居候させてもらえれば、私の仏語と中国語も大いに伸びるのではないかと。なにしろ朝から晩まで、フランス語か中国語なのである。ウチみたいに日本語や英語が出てくることはない。昨日も会話をしながら、また会話を聞きながら「ああ、そうだった。こういう表現があるんだった」とか「ああ、そうか、この時の動詞はこれか」とか、思い当ることが多々あったのだ。やっぱりネイティブは違うぜえ、である。幸い、C氏宅では一人息子のJ君が最近独立し、モントリオールでのアパート住まいを始めたので、部屋も余っているはずである。夏場は庭仕事があるのでだめだが、何もない冬場、3か月ほど居候させてもらえれば、かなーり勉強になりそうなんだがなあ。食費+家事労働くらいで、何とか置いてもらえないかなあ。オペアとしては齢食い過ぎていて、だめかしらん。

處處聞啼鳥

  • 2013/06/07 09:42
  • Category: 動物
今朝は午前3時半にロビンの啼き声で起こされ、かの鳥が4時20分まで啼き続けたので
こちらは眠ろうにも眠れず、睡眠不足で頭痛まで起きて、1日不調だった。

いくら1年で一番日が長い6月だって、午前3時半はまだ真っ暗闇である。
それなのになぜ庭でロビンが啼き続けたのか、まったくわけがわからないのだが
まるで録音テープのように同じチューンの繰り返しで1時間近くも啼き続けた。
その調子があまりに一定で、かつ休みなく長時間続くので、
私は最初、雪だるまのPCのスクリーンセーバーが
鳥の啼き声を発しているのかと思ったくらいである。

しかし、ちょうどトイレに起きてきた雪だるまに聞くと
「いや、鳥の鳴き声のスクリーンセーバーはもう止めた。あれは本物だ」という話で
それでは止めようがないので私も諦めてまた眠ろうと努力したが
無視しようとすればするほど耳について、全く往生した。

キツツキもよくうちの庭で啼いているが、彼らは啼いてもせいぜい1、2分。
今朝のロビンのように1時間近くも啼き続けることはない。
真っ暗闇の中で、ひとり1時間近くも啼き続けるとは、まったくあっぱれな鳥だが
聞かされる側は感心してばかりもいられない。

明日の朝も同じ調子で啼かれ、二日続けて睡眠不足になってはかなわないので
今夜は雪だるまから耳栓を借りた。
雪だるまによれば、ワックスの耳栓は不快感が少なく
しかもかなり効果的に音を遮断してくれるそうである。

ちなみにウチに現れるロビンはこんな感じ。
ヨーロッパのロビン(体長約13センチ)より大型(体長25―28センチ)で、
お腹のオレンジ色が目印。
よく地面をつついて、地中の虫を食べているのを見かける。

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これは効く!

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特定の商品を宣伝するのは好きではないが、これは効く!

今までは某他社の虫除けスプレーを使っていたのだが、ほとんど効果がなくて
庭仕事の度に、あちこち刺されまくりだった。
庭仕事だから、当然長袖シャツに長ズボン+長靴
手には手袋、頭には帽子で作業しているにもかかわらず
衣服の上から刺されるのである。
この間はあごや頬まで刺されて、もともと難アリの面相が
ますます難アリになってしまった。

余りのことにうんざりして、ネットを検索。
コンシューマーリポートだったかで、冒頭の品が「最も効果的」な製品のうちのひとつになっていたので
昨日さっそく、学校帰りにホームセンターに寄って買ってきた。

そしていつも通り衣服の上からスプレーして庭仕事にかかったのだが
効果てきめん! 全然刺されない! ぶーんと蚊が寄ってくる音すらしない!

夕食後、2回目の庭仕事に外に出た時にはお尻にスプレーするのを忘れ
そうしたらものの半時間と経たないうちにお尻だけ2カ所刺されたので
「昨日はたまたま蚊がいなかった」とかではなく、明らかにスプレーの効果なのだと思う。

このお品、日本では「ス〇ンガード」の名で販売されている品と同じものだと思う。
少なくともメーカーは同じで、外観もよく似ている。
オレンジ色の普通タイプと、緑色の強力タイプがあるところも似ている。
蚊のいない都会にお住いの方はともかく、郊外にお住まいで戸外に出る機会の多い方には
お薦めである。

Perennialを目指せよ、チューリップよ

咲きはじめは「ピンク系ミックスを植えたはずなのに、白ばかり咲く」と言って心配し、中間では「わあ、首がぽっきり折れてるー! あー、これもだぁ!」と言って首折れの頻出におろおろし、後半では「あ、散っちゃった! 早く印をつけておかないと、花色がわからなくなる!」と言ってあわてたチューリップが、そろそろ終わる。


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昨秋、穴を掘って埋めただけだったのに、5月第2週からの4週間、よく咲いてくれた。花色も中間からは淡いピンクや濃いピンク、黄色、オレンジの縁どり、黒に近いような濃色までとりどりに咲いたし、首折れも1割程度で収まったし、終わりよければすべてよし。余は満足なり。

ただし、このチューリップに来年も咲いてもらうためには、これから一仕事せねばならない。他の大部分の球根とは異なり、チューリップは植えっ放しではダメらしいのだ。ケベックのあちこちに住み、園芸歴×十年のおばさんたちが口をそろえて「チューリップはannual(一年草)よ。2年目は葉っぱは出てくるけど、花は咲かないの。だから毎年新しい球根を植えてるのよ」と言うし、そもそも種苗会社のカタログにしてから、植えっぱなしでも毎年咲くチューリップを特に“perennial tulips(多年生チューリップ)”と呼んで区別しているくらいで、ということはつまり、他のチューリップは1年限りで2年目は咲かない?

零下30度の地でも冬越えできるチューリップなのだから、冬の寒さが問題なのではないはずで、ならばなぜ?と思っていろいろ調べてみると、どうも花が終わった後、夏場、地中に眠る球根への栄養過多と水分過多がチューリップをannualにしてしまうらしい。

チューリップの原産地である中央アジアは、深い雪に覆われた厳しい寒さの冬と、それとは対照的な暑く、乾燥した夏で知られている。当然チューリップの記憶の底にはこの気候が深く刻み込まれているが、そのチューリップを植える我々の花壇にはペチュニアやマリゴールドなど他の夏咲きの花々も植えられており、それらの花のために夏場、肥料や水を与えるため、隣に眠るチューリップ球根も当然これらの栄養や水分を受け取ってしまい、結果球根が変調をきたしてダメになってしまうらしいのだ。

したがって来年もチューリップを咲かせたかったら、取るべき対策はただひとつ。中央アジアと同じ環境を与えること、である。参考にしたウェブページ“Don’t Plant Over Top of Your Tulips!”によれば、それは以下のようになる。

1. 葉や花茎がしおれるまで待ち、球根を掘り出す
2. 板切れで作った底のない箱に5-7㎝ほど土を入れ、球根を入れる。その上にまた土を乗せ、土→球根→土→球根と、箱がいっぱいになるまで続ける
3. 庭の裏の人目に付かず、スプリンクラーの届かないところに置き、水遣りはせず、自然の雨に任せる
4. 長雨が続くようなら、防水シートをかける
5. 秋になったら掘り出し、植える

つまり人工的に“暑く、乾燥した夏”を与えるわけである。このウェブサイトは米国のようなので、より北にある当地もこれでうまくいくかどうかはわからないが、とりあえず今秋、この通りにやってみるつもりでいる。結果は来年の春のお楽しみ、である。

はあはあ、ぜいぜい

いつもお世話になっているVesey’sから“春植え球根在庫50%オフセール”のお知らせがあったので、雪だるまが以前から欲しがっていたトウド・リリーとヴァージニア・ブルーベル、私が欲しかったラナンキュラスを注文したら、ペオニー1根とアフリカン・コーンリリー(36個入り2袋)もボーナスギフトでついてきて、わーい!と躍り上がって喜んだ。ペオニーはこの秋、1株注文しようと思っていたところだったし、アフリカン・コーンリリーはスノウ・イン・ザ・サマーを蒔いたものの芽がでなくて困っていた隙間を埋めるのにぴったりで、まさに渡りに船!


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↑ 日陰が好きなトウド・リリー(Toad Lily)
  これは1色ですが、私は3色ミックスを買ったので、黄色系とか紫系も咲くはず


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↑ 同じく日陰が好きなヴァージニア・ブルーベル
  同じブルーベルでも、イングリッシュブルーベルは日向でもOK



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↑ おなじみラナンキュラス。ゾーン8-10で、ゾーン4aのここでは無理だと思っていたのですが
  寒冷地は春植えでもだいじょうぶなようで、今回「物は試し」とトライ



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↑ おまけでもらったアフリカン・コーンリリー。
  これもラナンキュラス同様、寒冷地では春植え→秋に球根掘り上げて保存


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↑ おなじくおまけのペオニー“サラ・ベルナール”
  ちゃんと咲いたらうれしいなあ。tuber(塊茎)から花が咲くのは何年後だろう?


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↑ スピレー“Little Princess” Spirea Japonica とタグがついていた。
  日本語ではシモツケ属というらしい(雪柳とかコデマリとか)
  この“Little Princess”は小振りで、ピンクの花が咲く。
  もうひとつ、雪柳のように白い花が枝垂れ咲く“Bridal Wreath”も欲しいのだが
  そんなにいっぺんには買えないし、うーん、来年かなあ



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↑ 白露錦。このピンクからクリーム色に変化する葉色が特徴
  しかし柳という割には、枝垂れていませんね


しかし実は今週は、このところ気になっていた葉色に特色のある柳“ハクロニシキ(白露錦)”がちょうどセールで、その他、入手しようともくろんでいたスピレーやデイリリー、ブリーディングハートにも手ごろなのが見つかったせいで、それでなくても色々と買い込んでしまっており、ついでに室内には“種から育てた植物第2弾”がこれまた大量に控えており、おかげで昨日から植え付け準備&作業に追われに追われた。

昨年の記事をお読みの方はご承知の通り、ウチの庭はハゲだらけとは言え一面芝生なので、何かを植えるにはまず芝生を剥がさねばならないのだ。今年は昨年作ったアメーバ型花壇の向かいも花壇にしようと、しばらく前から芝生剥がしにかかっていたのだが、先週は雨続きだったためなかなか作業がはかどらないでいた。そこにこの大量の球根&苗!

昨日は夜9時まで、今日は朝7時半から作業にかかったが、芝生を剥がしつつフォックスグローブを植え、アフリカン・コーンリリーを植え、ラナンキュラスを植え、スピレーを植え、昼食をはさんで“種から・・・”組のヴィンカを植え、ジニアを植え、最後、午後3時過ぎにハクロニシキにたどり着いた時にはもう疲労困憊もいいところで、身体じゅうギシギシ。とてもではないがシャワーを浴び着替えて、今週末、町の大通りでやっているお祭りに自転車で出かけていく気力はなかった。

子育て同様、庭仕事も体力勝負。経費と労力の削減のため、なるべく多年草/宿根草での庭造りを心掛けてはいるが、春夏の短い当地、その短い春夏に鮮やかな色を添える花々には一年草が多く、なかなか全部宿根草で、というわけにはいかないのである。せめて春夏くらい、いろんな色に囲まれたいからねえ。

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らうとら

Author:らうとら
ドロシー・L・セイヤーズ、ローリー・R・キング、P.D.ジェイムズ、ディック・フランシス、水村美苗、高村薫、戸塚真弓、ヘレン・ミレン、シャーロット・ランプリング、ソフィ・マルソー(40代以降に限る)、ヘレナ・ボナム・カーター、アンジェリーナ・ジョリー、三代目金馬、小さん、枝雀、エンヤ、クイーン、ドゥルス・ポンテス、マドレデウス、J・S・バッハ、ちあきなおみ、トケイ・ピノ・グリ、アール・グレイ、自転車(冬季を除く)、あらゆる犬と猫
以上、私を幸せにしてくれる方々(敬称略)

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