Annuler

  • 2013/11/30 08:00
  • Category: 言葉
昨日は当地に来て初めて、雪だるまの助けなしにフランス語での交渉事に成功。自力でできたことが嬉しくて、凍りついた病院の駐車場で足取りが弾んでしまった。

事の起こりは病院からの腸ガン検査日の連絡。例の私が体調不良で寝込んでいた日のことだったので、代わりに電話を受けた雪だるまから日取りを知らされても、実のところ朦朧とした頭には何も入っていなかった。

しかし正気に戻ったあとメモされた日付をよく見ると、その日はばっちり学校のある日。しかも私のお気に入りブラジルのマノエルがプレゼンをする日である。ええーっ、この日に学校を休むのか? なんでよりによってこの日なんだ? と俄然、気乗りがしなくなってきた。しかも今はクラスメート2人を乗せて学校に行っている身。私が休むと、彼らも学校に行けなくなるのだ。私一人の問題ではない。どうせなら検査は来年、学校が夏休みの間か、それが無理ならせめて授業のない午後がいいよなあ。ここで検査を半年後に先送りし、それにより(あるかどうかわかりもしない)ガン細胞の発見が半年遅れたところで、死亡する確率が飛躍的に高まるわけじゃなし、大勢に影響はあるまいよ。よおし、検査はキャンセルしよう!と決心した。

しかし私が「ガン検査はキャンセルする」と告げると、雪だるまはかなり強硬に反対。「いや、君は行かなければならない」と強い口調で言う。ふだんは私の意思を尊重する雪だるまなので、むっとして「なぜ?」と問うと、「なぜなら僕がそう言っているから」と理屈も何もない理不尽な回答。ますますむっとして「その日は学校がある日だ。私は学校に行きたいから検査には行かない」と言うと、「ケベックでは検査はキャンセルしないことになっている。いったんキャンセルしたら、次に順番が回ってくるのはいつになるかわからないから、人々はみな何とか都合を付けて行く。だから君も行くのだ」「嫌だ」「ガン検査なんか、みんな嫌いだ。しかし早期発見には検査しかない。行きなさい」「いやだ、行かない!」

まさに反対されるとますます態度を硬化させる、わたくしの意固地な性格を丸出しにした会話である。しかし上にも書いた通り、私は検査が嫌だから行かないと行っているのではない。その日は学校へ行きたいから、検査に行かないと言っているだけである。別の学校がない日、時間帯なら喜んでとは言わないが、まあ穏当に検査に馳せ参じるわけで、検査そのものを拒否しているわけではない。それにそもそも、たとえ父親は胃ガン、母親は大腸ガンで死亡という高リスクの私(だからファミリードクター→病院ルートで検査を割り振られたわけだが)でも、検査をするしないの選択肢は医者や病院の側ではなく、あくまで患者予備軍であるこの私にあるはずである。いくら医療保険完備、検査費用無料のケベックでも、まるでベルトコンベアに乗せられたヒヨコか何かのように、システムの言うまま唯々諾々と、自らの都合や意志をすべて消し去って検査されなければならない法はあるまい。主体は私だぜ。

というわけで、検査に行かないならいったん承諾してしまった予約をキャンセルしなければならないのだが、ふだんなら私に代わって病院に赴いたり、電話したりしてくれる雪だるまも、今回ばかりは代わりにはやってくれそうもない。自力でやるしかないぜと、昨日学校の帰り、のこのこ病院へ出かけて行った。私の仏語では、音声だけが頼りの電話でキャンセルに成功するとは思えなかったからだ。

病院ではキャンセル担当がどこだかわからなかったので、とりあえず総合受付へ行った。朝と違い、午後の受付は空いている。待つほどのこともなく私の順番になり窓口のお嬢さんに「ここで予約のキャンセルができるか?」と聞くと、「ここではない」との答え。そして彼女は私の顔を見、言葉で説明してもわかるまいと思ったのか、窓口から立ち上がって外に出ると、何と通路の先のやや離れた薄暗がりにあるキャンセル窓口まで私を案内してくれた。なんて親切! 厚くお礼を言ったことは言うまでもない。キャンセル窓口でも担当の女性は大変親切で辛抱強く、「予約を完全にキャンセルしたいのか、それとも日時を変更したいのか」と手ぶり付きで聞いてくれ、私ができれば変更したいと言うと、あっさり翌週の日取りをくれ、メモする私に日付と時間を2回繰り返してくれた。感動的なまでに親切! しかも時間は、授業のない午後! 完璧。

以前にも書いたが、私はこの病院で嫌な思いをしたことが一度もない。医師、看護師、事務担当者、みな信じ難いくらい親切である。私を知る人はみな同意してくれると思うが、私はごく普通の中年アジア人で、特に感じがいいわけでも、全身から“よい人オーラ”を発してキラキラ虹色に輝いているわけでもない。それなのに、この病院の人々のこの親切さ! まったく病院の責任者当てに御礼の投書でもしたいくらいである。ああ、それにしてもフランス語で、人の力を借りずに自力で何とかすることができて大変にうれしい。一歩人間に近づけた気がする。

*表題の「Annuler」はフランス語でキャンセルするの意。この日初めて覚えた。
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気温が零下に下がり、雪が3、4回降っても、まだ本格的な冬にはなっていない気分でいる。秋の終わりというか、冬の初めくらいの気分。まだヒー○テック下着も着てないし、雪かきもしてない。いくら雪があっても、雪はこの先4月末くらいまであるのだから、今から「冬だ」と思っていたのでは、冬が長すぎる。

しかし世の中が冬に向かっていることは確か。先日、例のコストコにお買い物に行ったのだが、冷蔵・冷凍食品をたくさん買う予定だったのに、保冷バッグを忘れたことに走り出してから気が付いた。「しまった!」と思ったが、次の瞬間、「あ、だいじょうぶだ…」
だってその日は零下10度。しかも結構な強風。家の中が暖かいのでつい勘違いしがちだが、外は全然暖かくないのだ。別に保冷バッグなんかなくても、車のトランク内は十分寒く、食品が融ける気遣いはないのだった。冬の間、カナダの車のトランクは冷蔵庫。

ウチは(さぼって)まだ雪かきをしていないが、除雪車はこの間、1回来た。今年初。そして初めてで慣れていなかったせいだか何だか知らないが、道路の除雪のついでに、ウチの芝生も幅30センチ、長さ2メートルくらいに亘って削り取って行った。途中で「まずいっ!!」とばかりに、急遽軌道修正したタイヤの跡が道路に歴然。
かわいそうに削り取られた芝生は帯状にひっくり返って、かちんかちんに凍っていた。
ここに住んで3年目になるが、こんな間抜けな除雪車ドライバーは初めてである。いくら雪で見えづらいとはいえ、道路と庭の境くらい認識してくれよ、である。芝生を直そうにも土が融けないと直せないし、ああ、かわいそうな芝生…

プレゼン2

  • 2013/11/24 02:50
  • Category: 雑記
プレゼンが終わった。いやー、準備に結構時間がかかり、昨夜は夜遅くまでPC画面を見ていたので、本日少々眼痛→頭痛気味。もともとは前に書いたように、説明は手短に済ませ、あとは画像をスライドショーで流してお気楽に楽しんでいただく、だけのつもりだったのだが、月曜にプレゼンをしたマリツァが結構手の込んだパワポを作ってきて、なかなかのプレゼンをしてくれたので、私も奮起して仕事を辞めて以来長らくご無沙汰していたパワポに再アクセス。昔取った杵柄とやらで54ページのパワポを作成し、説明もいろいろ考えてメモを作り、本日のプレゼンに臨んだ。

が、実際やり始めてみると、メモで暗記したつもりだった説明文は空の彼方に消え去り、残ったのは基本動詞の現在形と過去形から成るごくごく単純な「これは××です」「その頃は、××でした」のみ。我ながら情けないフランス語に終始してしまった。

が、とりあえず日本がどこにあるかは説明したし、日本の歴史もざざっと流したし、日本語についても説明した。クラスメートに一番受けたのは、この日本語についての説明、特に同じ語でも中国語とは発音が全然違うということや語順が違うということ。そしてもうひとつは着物着用の実演だった。

この着物の着用、モデルは背丈が私と同じくらいのキューバのアンヘリカにお願いした。着物を着るといっても、もちろん肌襦袢から始めるきちんとしたものではなくて(まさか教室で下着姿になってもらうわけにはいかない)、服の上から着物を羽織って帯を結んだだけの「なんちゃってキモノ」である。彼女、その日はちょうど髪をアップにしていたし、細くて服の上から着物を羽織っても、問題なく帯が結べて大変簡単至極。ちなみに着物は小紋、帯は半幅で、文庫。

日本人が見たら目を剥きそうな着物姿ではあったが外国人受けはよく、着付けの途中から皆わあわあと寄ってきて写真を撮り始め、アンヘリカも嬉しそうにしゃらしゃら歩いてみせたりして、けっこう場が涌いた。パワポによる説明だけではなくて、何かをやって見せるのは聴衆の興味を維持するのに役立つ。とらこさんには「唱歌を歌ったら?」とご提案を戴いたが、私は音痴もいいところだし、歌詞を仏訳するのも面倒くさいので、こちらにした。(とらこさん、“実演”のご提案、ありがとうございました)

その後は日本料理と和菓子の写真を流し、最後はキャラ弁の写真で〆た。「あ、ピカチュー!」とかの声も上がって、こちらの反応も良好。

********* と、ここまで書いて体調不良により2日間中断。学校も1日休んだ。ああ、しんどかった。 ***********

しかし受けはよかったとはいうものの、この私の日本についてのプレゼン、その直前にやったパレスチナのアミールのプレゼンと比べ、なんとも平和で呑気で、私としてはやや忸怩。
アミールは6年前、12歳くらいの時にパレスチナを出ているのだが、大勢いる兄弟姉妹のうち年上の何人かは今でもガザに住んでいるし、ネットその他で連絡を取り合っている。何年かに一度は兄弟たちに会いに、ガザに戻ったりもしている。彼にとってパレスチナは、遥か彼方の幻の故郷ではなくて、常にすぐ隣にある現実の故郷なのだと思う。

アミールのプレゼンで紹介されたパレスチナは、イスラエルの圧倒的な武力による支配、各地に設けられた検問所、イスラエルにより沖合3海里(5.56km)のみに制限されている漁、爆撃で壊れた家々、内部で爆弾を製造しているとの理由でイスラエルの攻撃の対象となった学校、犠牲になった子供など、重い写真が続く。
凧で遊ぶ子供たちや食料生産のための温室が並ぶ写真、果物、野菜が豊富に並んだ市場の写真もあったが、そうした食料も生産は自給用に限られ輸出は許されていない(=外貨獲得はできない)、電気の供給も不定期に止まる等々、私が紹介した日本の、あるいはこのケベックの田舎でののんびりした日常とは似ても似つかない。

アミールは別に激した調子でプレゼンをしたわけではなく、ただ淡々と「こんな感じなんだよ」といった調子で説明をしただけだったのだが、私は爆撃で壊れた学校と、ピカチュー弁当との差を思って嘆息した。

まあ日本だって平和一筋というわけではなく、第二次大戦中のアジア諸国への侵略(日本側がどう理由をつけようと、相手側にとってはあれは侵略だ)や、最近ではフクシマの問題など言いだせばいろいろあるのだが、クラスメートにはフィリピン人も中国人もいるし、それより何より私のフランス語が追い付かないので、微妙な問題は敢えて避けて通り、表面的でお気楽な紹介に留めたのだが、今から思うとお気楽過ぎたかもしれない。

言葉ができないということは

  • 2013/11/19 12:31
  • Category: 言葉
今年仏語クラスに復帰した王さんは、ウチの近所の張さんと同じく家族でコンビニを経営している。そしてこれまた張さんと同じく4歳児の母でもある。違うのは張さんちは男の子、王さんちは女の子ということくらいだ。

これは王さんから直接聞いた話ではなく、張さんとのお喋りで知った話であるが、忙しい家業をおいて今年王さんがクラスに復帰したのは「このままでは子どもの仏語力に付いていけなくなる」と思ったからだそうである。

実際のところ、王さんは日常会話程度のフランス語は話せ、発音も私や他の中国人クラスメートに比べればずっとましなのだが、それでも人の話が十分わかったり、新聞・雑誌が支障なく読めたりするという程度ではない。早い話、幼稚園からの通知すら、辞書なしで読むのは辛い。今はまだ子どもも片言程度だからよいが、今後小学校、中学校、高校と進むにつれ、当地で生まれ、当地の学校に通う子どもの方は、たぶん支障なく仏語を身に着けていけるだろうが、親の方はどうだろう? 成人後に学習して覚えつつある言語に過ぎない仏語が、準ネイティブの域に達するには相当な努力が必要だが、夫も中国人で家族間のコミュニケーションに仏語を使うことは全くない王さんちの状況では、家庭で学習すると言っても限界がある。このままでは小学校の初年から、教科書の内容がよくわからないので子どもの勉強すら見てやれず、先生との意思疎通にも事欠き、将来的には子どもとのコミュニケーションにも支障が出るのではないか、というのが王さんの懸念で、そうならないよう何とかしようと今必死なのだそうである。

そしてそう話した張さん自身も同じ懸念を持っており、だから毎日真面目に仏語教室に通ってきてはいるのだが、家の中で仏語を使う環境にないことは張さんちも同じ。今のところ幼稚園の先生との面談や子どもを医者に連れて行くときなどは、毎回、中仏両語ができる人に通訳を頼んでいる状況で、ケベックに住んで5年経ってもこれでは先が思いやられると張さんも悩んでいる。

そういう話を聞いていると、家族の中に現地の言葉ができる人が一人もいない移民家庭は本当に大変だとつくづく思う。クラスメートの大部分は、私同様ケベッコワと結婚したためにファミリービザで移民してきたという人たちで、だから家族内に仏語が話せる人がいないというケースは、当地のような田舎ではまれではあるのだが、たまには張さんたちのように投資移民ビザで当地に来て、家族全員非現地人という場合もある。そうした家族の場合、毎日の買い物からゴミ出しの仕方、税金の申告まで、日々わからない言語と格闘しつつ、何とか自分たちで片付けていかなければならない。もちろん同胞ネットワークはあるだろうし、以前書いたSANAのような支援組織もあるが、そうした組織にしたところで、まさか政府から来た通知の一つ一つを代わりに読んで翻訳してくれるわけではない。結局のところ自力更生しかないのである。

その困難さを思って嘆息している私に雪だるまは、「それはどこの国でも、移民家庭がみんな経験してきたことだよ」とあっさり言うが、遅々として進歩しない我が仏語力にげんなりして、時々ぼんやりと英語圏への引っ越しを夢想してみたりしている私にしてみれば、彼らの日々の苦労は他人事ではないのである。子どもがおらず、その教育に気を病む必要がないだけまし、と言えばましだが、自らの意志や意見を十分表明できない薄ら馬鹿に成り果てたような劣等感は、常に私の中にある。言葉ができないというのは、言葉ができないだけの問題ではないのである。

追記:拙ブログに出てくる「張さん」とか「王さん」とか、あるいは「アミール」「リーナ」などの個人名は、もちろんすべて仮名です。私が適当にそれらしい名前をつけているだけで、それぞれの本名とは何の関係もありません。したがってこれをお読みの皆様のお知り合いの中に、ケベック在住の「張さん」「王さん」や「アミール」がいらしたとしても、それは全くの偶然であります。ここに言明いたします。

プレゼン

  • 2013/11/16 08:40
  • Category: 雑記
来週の水曜、日本を紹介するプレゼンをやることになったので、今グーグルイメージでせっせと画像を集めている。他人様の画像を無断拝借するのは失礼かつ知的所有権の侵害かと思うが、しかしここ何年も日本で写真など撮っていないし、そもそも“富士をバックに桜”とか、“紅葉の嵐山”とか、すっとんで“寿司と刺身と天ぷら”の写真なんか撮ったことがないのだから、手持ちで間に合わせるのは土台無理な話なのである。

このプレゼン、別に私一人がやるわけではなくて、クラスのみんなが順番でやる。今週はフィリピンのルルドがやった。次、来週の月曜はコロンビアのマリツァ、火曜はパレスチナのアミールという具合に進む。同じ国、地域の人は、二人で一緒にやってもいい。

私の場合、日本出身者は他にいないので1人でやるしかないのだが、クラスで日本を紹介するに当たっては、まず日本がどこにあるかを知ってもらわねばなるまいなあと思う。中国出身の張さんたちはともかく、大多数の南米出身者は日本がどこにあるかなど、おぼろげにしか知るまいと思うからだ。日本人だってコロンビアとベネズエラとエクアドルの位置関係を正確に言える人は多くはないから、まあお互い様だが。

で、そのあとで東京、大阪、京都など有名どころの都市の位置を示し、大まかな気候の説明をし、ついで昨日中国出身の王さんからまた、例の「史記」に登場する徐福の話に端を発する「中国から渡った人々が日本人になったのだ」説を聞かされたので、たとえ秦の始皇帝の時代(紀元前3世紀)に、不老不死の薬を探して船出した徐福がたどり着いたとされる「平原広沢の地」が日本だったとしても、日本列島にはそれ以前、紀元前10万年くらい前から人類が住んでおりましたよ、したがって徐福とその3000人の同行者だけが現在の日本人の祖先ということはありえませんよと確認していただくために古代から現代までの日本史をざざざっと流し、ついでに日本語についても少々言及、説明する。なにしろこの間キューバ出身のリーナが「日本語と中国語って、フランスのフランス語とケベックのフランス語くらい似てるのよ」と同胞に向かって言っているのを小耳にはさんでしまったのだ。「冗談言っちゃあいけません、お嬢さん」である。日本語と中国語には漢字という共通の文字はあるが、しかしその発音は異なるし、そもそも文法が全く違う。2つは完全に別個の系統に属する言語なのだ。どっちかがどっちかの方言に過ぎないなんて誤った概念は、即刻捨てていただきたい。日本語と中国語がリーナの言うほど似ているなら、中国語圏に10年以上住んでいた私など、滞在の終わり頃には中国語の達人になっていたはずである。それが達人どころか、10年経っても相も変わらず小学生にも笑われるお間違いをしでかしていたあたり、私自身の能力の低さという点はあるにしても、両言語の近似性は甚だ低いと言わねばなるまい。それにしてもリーナは一体どこからこんな考えを拾って来たのか、ああ、やれやれ。

閑話休題。で地理と歴史と日本語についての概略の説明が終わったら、あとは集めた写真をスライドショー的に流して、主として視覚的に日本を知ってもらおうと考えている。喋る私の方も、聞くクラスメートの方も言語能力が限られているので、“見て”もらう方が楽なのである。そしてこのスライドショーでは、新旧の対比を切り口にして、フジヤマ、ゲイシャ、京都の寺社、桜、浮世絵、侍、忍者といった旧来の日本のイメージを代表する写真群と、東京の高層ビル、ニッサン、トヨタ、ソニー、キャノン、ニンテンドーなどの日本ブランド、現代のサラリーマン、原宿渋谷あたりの女の子、アニメや漫画などの“今”の日本を代表する写真群を交互に流し、どちらかだけが日本なのではなく、どちらも日本なのだと知ってもらいたい。

実際のところこんな大雑把すぎる説明では、クラスメートの間にまたまたおかしな誤解のタネを蒔くだけに終わってしまうかもしれないが、何しろプレゼンの時間は10分程度。しかも上にも書いたように、喋る方も聞く方も言語能力に限界がある状況では、私にできそうなのはこの程度。他には思いつかない。

しかしプレゼンは水曜日。これをお読みくださった方の中で「これも紹介した方がよい」とか「こういう風にしたら?」という提案をお持ちの方がいらっしゃいましたら、ぜひコメントくださいませ。まだ間に合いますです。

『Cloudburst』

  • 2013/11/12 06:38
  • Category: 映画
ステラとドッティは80代のレズビアンカップル。もう30年以上仲良く暮らしているが、なにしろ寄る年波。ドッティは目が見えないし、もう二人で暮らすのは無理でしょう、とドッティの孫娘(そう、ドッティは昔、男と結婚していたことがあるのだ)は、ステラの留守にドッティを無理やりホームに入れてしまう。

頭に来たステラは、ホームに忍び込んでドッティを救出。それから二人は、また引き離されたりしないよう、同性婚が認められているカナダに行って結婚し、二人の関係を正式なものにしようと計画、メイン州からカナダまでロードトリップを開始する。

というのがあらすじ(の半分)なのだが、度肝を抜かれるのがカップルの片割れ、ステラの口の悪さ! 80代の婆さんなのに、超辛口のユーモアの持ち主の上、ところ構わずFワードぼんぼん。マシンガン並みの速度で大量の放送禁止用語を連射するので、周囲の顰蹙を買いまくり、ヒッチハイクした車から途中で放り出されるほど。見ているこちらも、半ば呆れつつ、しかしついつい笑ってしまう。

このステラ、その昔『Moonstruck』(’87米)でシェールのお母さん役を演じたオリンピア・デュカキスが演じているのだが、その時の楚々とした美人の面影はどこへやら。この映画ではdyke(男性的なレズビアンを指すやや軽蔑的な語)のステレオタイプ的に、服装も行動もマッチョな婆さんになりきっていて、隣で見ていた雪だるまも「彼女がこんなFワード満載のセリフを口にするのは、長い女優人生の中でも初めてなんじゃないか」と爆笑しつつ、コメント。一方のドッティは、ステラと違ってFワード連発ということはないが、ユーモアのセンスは同じく辛口で、二人の掛け合いはかなりおかしい。

そして二人は途中で、ニューブラウンズウィックの病気の母親の元に帰ろうとしているダンサーの男の子プレンティスを拾う。道端でパンツをずり下げ気味にして女性ドライバーの気を引こうとしていたプレンティスだったが、ステラに「ズボンを上げな、坊主!」と言われておとなしくパンツを引き上げ車に乗り込むあたり、なかなか素直ないい子で(それにどっちにしても、80代のレズビアンカップルに腹の下を見せたところで意味ないし)、3人の珍妙な道中はドタバタしながら続いて行く。と書くと何だか下世話で猥雑なコメディのように聞こえるかもしれないが、年をとっても、目が見えなくなっても、お互いをいたわり合う二人の姿と、その二人を大切に思い始めるプレンティスとの交流は、こちらの心にしみじみしたものを残すし、メインからニューブラウンズウィックへ向かう道中の自然も息をのむように美しい。

以前にも書いたが私は婆さん映画が好きで、私の“My favorites”引き出しには、婆さん映画の一山がある。この映画も、もちろんそこに入った。久しぶりに楽しい映画だった。



CLOUDBURST!CLOUDBURST!
(2013/07/30)
不明

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終わりよければすべてよし

ケベック観光をご検討中の諸兄姉に告ぐ。“移動はすべて観光バス”というぬくぬくツアーを除き、ケベックへのご旅行は6月~10月を強くお薦めいたします。特に徒歩で名所旧跡を回ろうとのご計画をお持ちの場合、最適は6/7月あるいは9/10月でありましょう。11月以降はたとえ晴れていても寒さ厳しく、コートと帽子と手袋に身を固めようとも、石畳の街の冷気は足元から這い登ります。ガタガタ震えながらの観光は、少しも楽しくありません。だいたい花も紅葉もない枯れ野原の光景は寂寥感が増すばかり。人生の無常をしみじみと噛みしめたい方を除き、お薦めは致しかねます。

と上に書いたが、私たちはその寒い中歩き回るツアーをやってしまい、私自身は当日夜は脚の痛さに、翌日は疲れから来る頭痛と眼痛と厭世感で1日どんよりしてしまったが、他のクラスメートたちは結構楽しそうで、フェイスブックにでも載せるのであろう、ばちばちとそこら中で写真を撮りまくり、坂道も階段も元気に歩き回り、お昼には持参のお弁当をみなで分け合い(お昼は美術館の食堂で、小学校低学年と思われる子どもたちと一緒に、小さいテーブルと椅子にぎゅうづめになって食べた。遠足気分、倍加)、美術館の演習ではマスケット銃での射撃訓練(もちろん実弾なしのマネだけ)に7人くらいが参加し、例のお城ホテルではちょろちょろっとブティックをひやかしと、1日中歩き回るハードな日程を終始機嫌よくこなしていた。

さっきメールをチェックしたら、さっそく張さんから写真が届いていたので、ちょっと借りて貼り付け。


フェリーから対岸の Le Château Frontenac を望む

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近寄ると、こう

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Le Château Frontenac から降りてくる坂道の途中にあったアルルカンみたいな像

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Les plaines d'Abraham(古戦場跡)でエサ探しに余念のない黒リス

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私が撮った唯一の写真。フェリーのマスト(?)に登ろうとしているアミール

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ちなみに朝の集合時間をちゃんと守ったのは、やはりほんの数人だけでした。でもまあ遅れても5分くらいのものだったので、誤差範囲内でありましょう。みな事故もなく楽しく過ごし、無事に帰ってきましたので、それで十分。終わりよければすべて良しであります。

遠足

  • 2013/11/06 21:26
  • Category: 雑記
これは走り書きである。

明日わたしたちは仏語クラスの授業の一環として、ケベック市に遠足に出かける。ミニバスをチャーターするような金はないので、個人の車4台に分乗して出かける。運転するのはジョゼ、モハメッドと他のクラスメートの夫君2名(共にケベッコワ)である。モハメッドを除き、当町からケベック市への道順は熟知している人たちなので、途中で道に迷ったりすることはまずないと思う。

ここ2、3日、私たちは毎日ケベック市の名所旧跡および関連単語について学習しており、自分たちが何を見に行くのかは大体わかっているつもりだが、といって名所旧跡の傍らに立てられた説明看板の内容が手に取るようにわかったり、美術館の案内人の紹介がすべて聞き取れたりするレベルではないので、やはり大人の見学者というより、遠足に来た小学生の集団といった体であろうと思う。

だいたいそもそも日程表の集合時間に、“8h00 pile”(8時ちょうど)と書かれるあたりからして小学生なみである。常々生徒の時間に対する大らかさに困り果てているジョゼが、少しでも時間を守らせようと付け加えた“pile”なのだが、さてさて効果がありますかね。

いずれにせよ、明日の天気予報は「晴、ときどきにわか雨」で降水確率90%。気温は1~12℃だからさほど寒くはないが、美術館の駐車場に車を置いた後は1日中徒歩で名所旧跡回りの予定なので、雨の中傘をさして歩き回るのは結構な運動である。ケベック市の旧市街は高台の“Haute-Ville”とその下の“Basse-Ville”に分かれ、坂を登ったり下りたりしなくてはならないのも、運動量に貢献。お腹が空いて、お弁当がおいしいことでありましょう。

と、明日の弁当&副食の心配をするあたり、当の私も小学生気分。40年前に戻って、バナナとキャラメルでも持って行こうかね。(ん、しかし箱入りキャラメルなんて、当地にあったかな? toffyとかなら見たことあるが)

菓子?

  • 2013/11/02 21:51
  • Category: 雑記
初雪も降ったことだし、そろそろタイヤを冬用に替えなくては、と水曜日、予約してディーラーに出かけた。ウチの冬用タイヤはディーラーに保管してもらっているので、替えるにはディーラーに出かけるしかないのである。着いた時点で、タイヤ交換のほかにエアコンの点検も依頼した。夏、お義父さんたちと出かけた時にエアコンを入れたらけっこう雑音がして、ジェリーが「変だぜ、これ」と言うのでついでに見てもらうことにしたのである。

ショールームの椅子に座り、編み物なんかしながら待つこと30分余り。ウチの車が駐車場に戻って来たので「お、早いね、今回は」と帰り支度を始めたら、あれれ、また車が整備場の方に持って行かれてしまった。「???」と思っていると、しばらくしてショールームの受付と整備場との間の窓が開き、整備工の女の子が何やら薄いチョコロートの箱のようなものを、受付の女性に渡している。何か喋っているが私たちのところからは聞こえない。

箱を受け取った受付の女性はびっくりしたような顔をして箱を見やりつつ、受付カウンターを越えて私たちの方にやってきた。そして私と雪だるまの眼前にその箱を差し出し、何やら説明を始めた。薄い箱の中には茶色の生地の上にピーナツと黒っぽいナッツがたくさん散ったものが入っていて、ナッツたっぷりのブラウニーといった感じ。呑気な私は「なんだろ? お手製ブラウニーのおすそ分けかな。ちょうどお茶の時間だしな」などと考え、しかし勧められもしないうちに手を出してはいかんと礼儀正しく座っていたのだが、女性の言葉を聞いていた隣の雪だるまが驚愕の声を上げだした。「本当に?」とか「去年、ネズミが…」という単語が聞こえる。なんと、なんと、私が菓子の箱だと思ったのはウチの車のエアフィルターで、茶色の生地は天井裏の断熱材、びっしり詰まっているピーナツやヒマワリのタネは、全部ネズミたちがそこに貯め込んだ食料だった! それは本当に半端ではない量で、今まで故障もせずにエアコンが動いていたのが不思議なほど。周りに座っていた他の客も、びっくりした顔で覗き込んでいた。

驚き呆れて声も出ない私たちに、ついでヒーターの筒が見せられ(こちらも断熱材のかたまりと、幾ばくかの食料入り)、また整備場の方に呼ばれてグラブコンパートメントの裏側にぎっしりと貯め込まれた断熱材の束も見せられた。そこは普通にボンネットを開けただけでは見えない位置で、だから今まで気づかれずにいたのである。

確かに昨年の冬、私たちは何者かが天井裏で活動する音を聞き、今年3月には計11匹のネズミを天井裏と屋内で捕獲したが、なんと彼らは車の中にも入り込んでいたのか! 幸い車の中には生きたのも死んだのもネズミそのものの姿はなかったが、これだけの量のエサと断熱材を貯め込むには気の遠くなるような回数、天井裏とガレージを往復したに違いなく、彼らの勤勉さには全く頭が下がる。頭が下がるがしかし、まさかこの冬もウチの車を彼らの別荘として提供する気には全然なれないので、ネズミを寄せ付けないための第一歩、「エサを断つ」を早速実施した。ガレージには鳥用のエサであるピーナツやヒマワリのタネも袋のまま置いてあり、昨冬はこの袋を齧った形跡があったので、まずそれをなくそうと袋を止めて大型のプラスチックケースに替えたのである。蓋がきちんと閉まるタッパーウェアタイプのやつで、これならネズミも齧れまい、ということである。(それとも勤勉な彼らは、こういうものも手間暇かけて気長に齧り、穴を開けるのだろうか?)

本当ならエサになりそうなものは置かないのが一番いいのだが、庭にやって来る鳥を見るのは雪だるまと私の大きな楽しみであるし、といって約20kg入りの大袋で買っている鳥用のタネは、まさか冷蔵庫には入らない。とりあえずできる範囲の対策を実施するしかないのだ。

それにしても私が菓子だと思ったピーナツとナッツでぎっしりのエアフィルター、できれば写真に撮っておきたかったのだが、いかんせん私はケータイを持っていない。驚愕の画像は私の脳裏にしかなく、脳裏の画像はネット上にはインポートできない。誠に残念である。

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Author:らうとら
ドロシー・L・セイヤーズ、ローリー・R・キング、P.D.ジェイムズ、ディック・フランシス、水村美苗、高村薫、戸塚真弓、ヘレン・ミレン、シャーロット・ランプリング、ソフィ・マルソー(40代以降に限る)、ヘレナ・ボナム・カーター、アンジェリーナ・ジョリー、三代目金馬、小さん、枝雀、エンヤ、クイーン、ドゥルス・ポンテス、マドレデウス、J・S・バッハ、ちあきなおみ、トケイ・ピノ・グリ、アール・グレイ、自転車(冬季を除く)、あらゆる犬と猫
以上、私を幸せにしてくれる方々(敬称略)

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