ペン

  • 2014/01/28 22:15
  • Category: 雑記
ああ、もう、どうしてこう北米では、細字のゲルインクボールペンを売っていないのだろうか。ドラッグストアに行っても、文房具屋へ行っても、アマ○ン・カナダを覗いても、私好みの0.4/0.5ミリのゲルインクボールペンは、壊滅的にない! 唯一見つかったのは、パイロットのG2。それとて私的には太過ぎの0.7ミリである。そりゃあ最近、視力落ち気味の私であるから、ふつうにノートを取るだけなら0.7ミリでもいいのかもしれないが、私が日々の予定を書き込んでいる手帳は2ページで1か月。1日のスペースは1.5㎝角くらいしかない。そこにどうやって0.7ミリのペンで予定を書き込めというのか? 4~5字書いたら、マスが埋まってしまうぜ。

思えば香港時代はよかった。街には日本製の文房具があふれ、会社の帰りでもジムの帰りでも、ちょこっと文房具屋に寄り込めば、パイロットでも三菱でもゼブラでも、よりどりみどりでさまざまなゲルボールペンが手に入った。色だって、銀座伊東屋さんほどではないが、黒赤青の定番色はもちろん、ピンクでもオレンジでも黄緑でも楽しい色がたくさん揃っていた。

それが北米に引っ越したとたん、ペンと言えば油性インクのボールペンばかり。しかも太字で色も黒、青、赤くらいしかない。たまに「あ、12色セットだ!」と目を輝かせて手を伸ばせば、お絵かき用のサインペンだったりする。まったく、がっかりを通り越して、むらむらと腹が立ってくる。

いや理由はわかっているのだ。北米での筆記具の主流が太め(0.7~1ミリ)のボールペンなのは、当地で書かれる文字が構成的に超単純なアルファベットだからなのだ。漢字に比べ著しく画数の少ないこの文字は、太字のボールペンという無粋な筆記具でも、十分明瞭に書ける文字なのである。

しかし漢字はそうはいかない。たとえば「会議」の「議」。0.7ミリのボールペンで、この字をはっきり読めるように書くには、1cm角くらいのスペースが必要なのではあるまいか? それ以下では線と線がぶつかり合い、真っ黒けな塊りとなって判読不能となるような気がする。まして「鬱」という字を書かねばならない事態となったら…。私見だが手帳に書き込むのならば、0.5ミリでも危うく、0.3ミリでやっと、なのではあるまいか。

それに第一、私は油性ボールペンが嫌いなのだ。遥か昔、ワープロもパソコンもなかった時代の私は、10代の頃から万年筆&つけペンを愛用していた。水性インクのさらさらした書き心地、書き手の癖に馴染んだペン先から流れ出る細い線、インクにペンを浸しつつ書くという古風な典雅さ。当時はパイロットがまだガラス瓶入りのインクを作っていたし、美しいパッケージで有名なウィンザー&ニュートン社の絵画用インクも街の文房具店にあったので、私はありきたりの黒ではなく“Jet”、青ではなく“cobalt”、目先を変えて紫、緑など、さまざまな色で字を書いて楽しんだ。私にとっては、油性インクのあのねっとりした風合いとチープな大量生産プラスチックボディは、実用一点張りで雅趣に欠けたのだ。


wn1.jpg


Widsor&Newton社の drawing ink。私は確か上段左から2番目のオレンジと
下段一番右のブルーを持っていた。

wn2.jpg

箱だけでなく、中の瓶もきれいなのだ。


しかしそれから30年。さすがに世の中は変わり、今、つけペンを愛用しているのは漫画家かペン習字をなさる方くらいではあるまいか。私も世の中の流れに従い、いつからか万年筆、つけペンを使うことが少なくなり、ここ10年くらいは専ら書き心地が一番万年筆に近いゲルインクボールペンを使うようになってきた。だからこそ手近でゲルインクボールペンが手に入らないのは、とても困るのだ。一昨年、日本と香港に行った時、念のため何本か確保してきたのだが、それもそろそろインクが尽きかけている。うーん、どうやって次を手に入れようか…
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絆創膏

日本語作文練習のためのブログなのだから、たとえくだらない内容でもできるだけ毎日書き、更新した方がいいのか、それとも「書く」という行為の根本は「考える」ことにあるのだから、考えていない、日常些事を綴っただけの文章をだらだらと大量に垂れ流すよりは、たとえ1週間に1回しか更新できなくても、多少は思考した結果を文章にするよう努力した方がいいのか、少々悩むところである。もちろん考えた結果の文章を頻繁に更新できるのが一番いいのだが、頭の中にしゅーしゅーと隙間風が吹く私、そのようなことは出来かねるところに悩みの種がある。
よって以下の文章は、日常些事垂れ流し綴り方。

昨日クリニックでもらった絆創膏、どうやら私の皮膚には合わなかったらしい。夜シャワーの後にガーゼを取り換え、貰った絆創膏で貼り直したら、貼って20分もたたないうちに、貼ったあたりの皮膚がひりひりと痛くなってきた。最初は貼り方が悪くて皮膚が引き攣れているのかと思い、なるべく皮膚を引っ張らないよう、ゆるく貼り直してみたがひりひりは治まらない。むしろだんだんひどくなり、まるで唐辛子チンキでも塗りたくったかのようにビリビリしてきたのでぎょぎょっ。明るいところで見てみると、なんと絆創膏を貼ったあたりの皮膚が赤くなっている。

「こりゃ駄目だ」と、あわててバスルームに戻り、痛痒い絆創膏を剥がして、もともと使っていた別の絆創膏に取り換えた。これは自分で薬局で買った絆創膏で、手術直後から2週間以上使ってきたが、かぶれも何も起こさなかった安心な代物である。クリニックで貰ったものと見た目はほとんど同じなので、一体何がどう違うのかよくわからないのだが、何かが違う。気のせいなんてものではなく、実際こちらに取り換えたとたん痛痒さは薄らぎ、しばらくして赤くなっていた部分もほぼ普通の色に戻った。あまりに劇的に違うので、ちょっと感心した。

そういえば昼間クリニックでガーゼを取り換えてもらった時から、絆創膏部分が引き攣れるような感じで不快感が強く、どう姿勢を変えても楽にならないので1日中くさくさしていたのだった。多分この時点ですでに皮膚に合わなかったのが、シャワーという刺激の後で、発赤→掻痒と一気に出て来たのだろうと思う。

さてこの使えない絆創膏、昨日クリニックでは次回診察日(火曜)までの分として、けっこうな量の絆創膏をくださったが、私が持っていても宝の持ち腐れ。次回行った時にお返しすべきか。もともと納税者の税金で賄われている当地の医療費である。無駄なことをすれば回り回って自分のところに返ってくるのであるから、使えないものは死蔵したりせず、誰かほかの人の役に立つようクリニックに返すべきかと思うが、こういうものは衛生的理由から、いったん患者が持ち帰ったものを他の患者に使用したりはできないのだろうか。たとえたかが絆創膏でも。

マープル物

  • 2014/01/24 10:51
  • Category: 映画
せめて2日に1回は当ブログを更新しよう!というのが、密かに立てた今年の目標のひとつだったのだが、本日、すでに前回の更新から4日経っている。こうなったのはここしばらく頭の調子が今ひとつで、PCに向かう気になれなかったからである。
目標をないがしろにしているわけではないのだが、なにしろ寄る年波。今後も更新が間遠になることはあると思う。その際は「ああ、きっと頭か、目か、身体の調子が悪いのだな」とお考えいただき、お許しいただければと思う。無職のわたくし、「忙しくて更新できない」ということは、ありませぬゆえ。

ところで昨日はふと思いついて、ようつべでマープル物の映画を検索し、いくつか見てみた。クリスティの作品では、私はポアロよりミス・マープルの方が好きなのである。静かな田舎の村に住む老嬢という設定や、第二次世界大戦前後という時代背景が、(たとえ虚像であっても)古き良きイギリスの雰囲気を色濃く醸し出し、紅茶や暖炉やコテージガーデンに囲まれている気分にさせてくれるからだと思う。

クリスティの作品はよく映画やTVドラマになっているので、ミス・マープルも今まで何人かの女優さんによって演じられているが、その中で昨日私が拾って見たのは、Joan Hicksonさんのシリーズである。数多いるミス・マープルの中では、私はこの人が一番、本の中のミス・マープルのイメージに近いと思う。柔らかい白い髪に薄青の目、一見したところ未だヴィクトリア時代に生きているような優しくおとなしそうな老嬢だが、その実、人間観察と人間性に対する洞察力が深く、犯人を当てる推理力は抜群、というのが本の中のマープル像で、Joanさんの外見や表情はそのイメージにぴったりなのだ。


joan hickson


たとえば同じくマープルを演じたなかでは、Geraldine McEwanさんやJulia McKenzieさんも悪くはないが、

geraldinemcewan.jpg

Geraldine McEwanさん


Julia-McKenzie.jpg

Julia Mckenzieさん

外見と雰囲気からマープルを選ぶとすれば、やはりJoanさんが一押しだと思う。

そしてこれらの方々とは全く別に、全然マープルらしからぬマープル、豪傑マープルを演じた女優さんとして、Margaret Rutherfordさんがいる。実は私はこの方のマープル映画を3本持っているのだが、どれも1960年代の白黒映画で、それぞれクリスティの作品を元にしてはいるが、お話の方は大幅に端折ったり、キャラクターを変えたりして、改変されている。たとえば『パディントン発4時50分』を元にした『Murder She Said』では、ルーシー・アイレスバロウではなく、ミス・マープル自ら家政婦となってクラッケンソープ家に入り込み、死体を発見するのである。Margaretさんは1892年生まれだから、61年のこの映画制作時はすでに70歳近かったはずで、それが死体探しの口実にゴルフクラブを振り回して庭をうろうろしたり、鉄道員の扮装をして線路際をつつき回ったり、挙句の果てはその率直な物言いと料理の腕、溢れんばかりのバイタリティを買われて、クラッケンソープ老人から求婚までされてしまうのだから恐れ入る。本の中の“控えめでおとなしい”ミス・マープルとは似ても似つかない。この方の場合、体躯もまた堂々たるもので、“楚々”なんて形容詞は、どう頑張っても使えない。
最初映画を見た時には、あまりのイメージの違いに呆然としたが、慣れてしまえばこれもまた可。
本と全然違うマープルも、それなりにおもしろい。


margaret rutherford

今年は何を

ここ2日ばかり、朝起きると傷口から出血していて、ガーゼを取り換えたり、染みにならないよう即刻パジャマの洗濯を始めたりせねばならず、大変気分が悪い。日中はほとんど出血しないので、なぜ夜寝ている間だけ出血するのか、皆目見当がつかない。私は格別寝相が悪い方ではないし、朝起きた時のきちんと整った掛布団の状態から見ても、夜中ベッドの上で一人、大格闘技大会をしているとは思えないのだが、まったく「寝ている間、何をしているんだ、自分?」という感じである。

まあ考えられる一番まともな推論は、起立時と仰臥時では傷口にかかる圧力の方向が異なり、起立時は傷口が閉じる方向にかかるが、仰臥時は傷口が開く方向にかかるため、出血しやすくなるのではないか、というものだが、いずれにせよ素人の推論。明日の朝も出血しているようなら、病院に電話して、どうするのが最善か聞いてみよう。どうせ土日は、病院も休みだ。

ところで世界はまだまだ雪景色ではあるが、先週あたりから続々、春植えのタネや球根のカタログが届き始めた。大輪のダリアやオリエンタルポピーの鮮やかな色が、紙面から溢れんばかり。各種苗店とも、○月○日までに注文すれば、X%引き!など早割も盛んで、ついつい「早く注文しなくちゃ」と、こちらをその気にさせる。

去年はいろいろな花を種から育ててみたが、成功したのもあり、失敗したのもあり。夏の短いケベックでは、たとえばゼラニウムなどはいくら冬のうちから室内で育て始めても、花が咲くまでに時間がかかり過ぎ、実際に庭でその花を楽しめるのはほんのわずかの間。この種の花は、春先、すでに花が咲いている苗を買ってきて植えた方が、手間もかからず、長い間花を楽しめると知った。ベゴニアも同様。去年の春、隣村の種苗店で買ったベゴニアは1株2ドルちょっとという値段だったにも拘らず、春先から秋の初めまで5か月間、鮮やかに咲き続けた。

その他パンジーやヴィオラは去年植えたのが冬越しできるはずなので、今年はお休み。ヴィンカも発芽率が50%くらいとあまり高くなかったうえ、花も今ひとつだったので、今年はお休み。シャーレイポピーも、花自体は大変きれいだが、どうもウチの花壇には向かないようなので、今年は止めておこう。

逆に今年育ててみたいのは背が低い種類のマリゴールド。去年は間違えて草丈90㎝にもなる背高のっぽのマリゴールドをたくさん育ててしまったが、彼らは春先の寒さにも負けず、夏の日照りにも負けず、劣悪な土壌にも負けず、夏中花を咲かせ続けて、明るい黄とオレンジで目を楽しませてくれた。なので今年はぜひ、背の低いタイプのを花壇のふちに植えてみたい。

そして去年もうひとつ発見したのが、ダイアンサス(ナデシコ)の美しさ。種苗店で見るダイアンサスは1株ずつポット植えされており、そこに小さい白やピンクの花がちょこんと咲いているだけなので今ひとつ見栄えがしないのだが、この花は大量にマッスとして植えると大変きれいだ。背の高い花の足元に、隙間ふさぎに植えると引き立ちそうだし、寒さに強い多年草で一度植えれば何年も楽しめそうなのも、面倒くさがりの私には有難い。


dianthussweetness.jpg


同じくカリフォルニアポピーも、去年「へえ」と感心した花のひとつ。1年草なのだが、一昨年蒔いたのがこぼれダネで発芽したらしく、去年は花壇のあちこちで黄色い花を咲かせてくれた。一つ一つの花は短命だが、次から次へと途切れることなく花をつけるので、見ていて大変楽しい。気に入ったので去年の秋には、せっせと種を集めておいた。古封筒にどっさり溜まって、春の種まきが楽しみである。

もうひとつcleome(フウチョウソウ)も、ちょっと風変わりできれいだった。アニュアルカットフラワーというシードミックスに入っていてのだが、別名スパイダーフラワーというだけあって、ボール状に集まった小さい花から、蜘蛛の脚のような長いしべがつんつんと出ている。色は薄いピンクから濃い牡丹色。今年は他の花とのミックスだけでなく、単独売りのタネもあるようなので、試しに注文してみようかと思っている。


cleome.jpg


というようにカタログを見ていると、あれもこれも欲しくて妄想が止まらないのだが、植える場所は限られているし、かけられる手間も限られている。どこかで線を引かねばならないのだが、難しいのだ、これが。

黒リス

  • 2014/01/15 22:30
  • Category: 動物
ここ1週間ほど異常に暖かい日が続いていて、昨日はとうとう気温が0度を超えた。この時期の普通の気温は零下10度~20度くらいだし、事実、元旦前後は零下30度まで下がって、激しい結露で家の窓ガラスの内側にまで厚い氷が張ってしまったりしていたのだから、氷が融け、雪が融ける0度以上に気温が上がるのは、やはりちょっとおかしいのだ。

しかも日中はそうして気温が上がって雪、氷が融けても、夜半にはまた0度以下に下がる。すると融けた雪、氷が凍ってカチカチのアイスバーンになる。そこら中つるつるで、危なくてかなわない。日曜にジムに出かけた時など、玄関から出た雪だるまがまたすぐ戻ってきて「玄関の石段が凍っているから気をつけて」とわざわざ私に言い、そう言いながら出て言ったくせに、自分はしっかり石段の最後で滑って転んで、「やめた。ガレージ側から出よう」とまたまた戻ってきた。こうして書くと笑い話だが、転んだときに打ったお尻と肩が痛い雪だるまにしてみれば、笑い話ではない。私も昨日、学校の駐車場で転びかけた。駐車場は学校の陰になっている分、氷が張りやすいのだ。

しかし暖かくなって楽しいこともある。たとえば気温が上がり始めたとたん、黒リスが庭に出没し始めた。2、3匹でやってきて、鳥たちが散らかしたバードフィーダーからのおこぼれを熱心に漁っている。本当はフィーダーの中のピーナツやヒマワリのタネを直接食べたいのだが、鳥用のフィーダーは留まる部分が小さすぎて、小鳥の数倍の大きさの黒リスたちは、はっしと飛びつくことはできても留まることはできず、ずるずる滑り落ちたりしていて、見ているとかなりおかしい。

そして庭に来る黒リスたちのうち1匹は、他の黒リスに似ず大変好奇心旺盛で、かつ大胆。リスはふつう窓ガラスの近くに寄ってきたりはしないのに、彼は窓ガラスによってくるどころか、爪でガリガリとひっかいて中を覗き込んだり、窓枠の上に飛び乗ったり、一昨日は何と網戸をよじ登った。まるでチッピーである。他のリスは絶対そんなことはしないので、同じリスでも個体によって性格がずいぶん違うのだなあ、と感心する。彼は人間だったら前人未到の地の探検に出かけたり、素っ頓狂かつ革新的な発明をしたり、他の人が思いもつかないようなビジネスモデルの企業を立ち上げたりするタイプかもしれない。黒リス界のDr.リヴィングストンあるいはエジソン?


IMG_4093.jpg

彼が黒リス界の○○。曇りの日だったうえ、彼の動きが速いのでピンボケもいいところですが、
網戸の掛け金にしがみついているのが、見えますでしょうか?

前開きの服と言われても

今日は予定通りジムに行き、脚の運動4種、腰の運動1種、ストレッチとトレッドミル20分のメニュをこなした。いろいろな筋肉をほぐすことができ、ほどよく疲れて気持ちがよかった。左腕もだんだん上まで上がるようになってきたし、比較的早い回復に「よし、よし」と自己満足。

ただ、「だんだん上まで上がるようになってきた」とは言っても、左腕はまだ360℃自在に動かせるところまでは行っていないので、ふつうのTシャツは着ることができない。なんのかんの言っても腕を上げたり、曲げたり、伸ばしたりしながら着るTシャツ、スウェットの類いは、肢体不自由者のうちは着ることができないのである。入院時のお薦めパジャマが、ボタンなどによる前開き型になっているのはそのためだ。

実は手術日の服装も「ボタンなどで前が全部ひらくもの」と指定され、ふだん頭から被って着るTシャツやセーターばかり着ている私は「どうしよ? そんなの持ってないよ」と困惑。特に困ったのが下着だ。父は冬場よく、前がボタン留めになったラクダのシャツなど着ていたが、ヒー○テック流行りの昨今、女性用の下着で前がボタン留めになったものなど、日本でも見たことがない。まして北米にあるわけはない。考えあぐねた末、ハッと「そうだ、着物がある! 着物なら下着の襦袢も完全前開きだ!」と思ったが、さすがにケベックの田舎の病院で、看護師さんたちが目を丸くする中、襦袢に着物で廊下を歩く気にはなれず、同案は早々に却下。結局、その昔のお仕事シャツを下着代わりに、ジッパー開きのニットジャケット+フリースパーカ+ダウンと重ね着して体裁を取り繕うことにした。丸々着ぶくれておかしかろうと、着物よりは目立たない。

で本日のジムも、いつものつっかぶりTシャツは着られないので、代わりに去年の春だったかに買ったまま着たことのなかったタンクトップを、たんすから引っ張り出して着た。このタンクトップは襟ぐり、袖ぐりとも深くて身頃ゆったり、裾はひらひらなので、左腕が90度くらいまでしか上がらなくても着ることができるのである。しかも青系のサイケデリックな模様にシークインやらスタッドやらのキラキラがいっぱいついていて派手なので、気持ちも上向く。襟ぐりの深さゆえ傷口に貼られたガーゼと絆創膏がちらり見えているが、まあ気にしない、気にしない。明るい雰囲気の服装や小物で術後の気が引き立つのなら、それでいいのである。明日は真紅のしごきを、マフラー代わりにしてみよか。

うずうず

  • 2014/01/11 12:33
  • Category: 雑記
運動不足で、身体がうずうずする。体力が戻ってきているのだと思う。
昨日くらいまでは、夕ご飯を食べ終わるとくたびれて、8時くらいには「もう、寝よ」とベッドにもぐり込んでいたが、今日は10時を過ぎた今も眠くない。まだまだ活動できる感じ。

明日もこの調子なら、日曜にはジムに行こうかと思う。執刀医から「4週間後にチェックするまで、ウェイトを使った運動はしないでね」と言われているので、ジムに行っても簡単なストレッチやトレッドミルの上でぽくぽく歩くことくらいしかできないのだが、家で簡単な家事や編み物をしているだけでは、体力が余っていらいらするし、肩が凝るのだ。要運動。

今日から学校

月曜は朝7時前に病院に出頭、午前中はマンモグラフィを使った切除位置の特定で終わってしまい、実際の手術は12時過ぎから。しかしそれも2時間弱で終わり、夕方には家に帰って来た。

3年ほど前に子宮切除の手術をした時には、意識が戻ったとたん激烈な痛みと吐き気に襲われて、2分も経たないうちにナースコールして痛み止めを頼むはめになったが、今回は吐き気はゼロ。痛みもほとんどなし。手術前、麻酔担当医師に「前回の手術では、手術後かなり強い吐き気を感じた」と言ったら、「それでは吐き気止めの薬も入れましょう」と言ってくれたので、それが効いたのかもしれない。

痛みについても、手術直後痛みを感じなかったのは、まだ麻酔の効果が残っているせいかと思ったが、家に帰ってきてしばらくたっても痛みは別段強くならず、夜になってもそのまま。もちろん身体を切って縫ったのだから、それなりの痛みはあるが、30年来の頭痛もちで、頭の中でがんがん鳴り響く強い頭痛にしょっちゅう悩まされている私にしてみれば、皮膚の下数センチのズキズキなど、問題にするに足らず。全然使わなかった処方薬ハイドロモルフォンは、次回の強い頭痛用に有難く取っておくことにした。これは医師の処方箋がないと買えない強い鎮痛剤なので、思いがけず手に入って、うひひ、しめしめ、である。

で翌日、火曜は大事を取って家でおとなしくしていたが、今日水曜は雪だるまに運転してもらって学校に行き、帰りには食料品の買い出しをした。動き回ったら疲れたので午後には昼寝をしたが、夕方には起きてご飯を作り、ご飯を作って食べたらまた疲れたので、また1時間ほど眠り、しかしこの時間から寝ていると夜中に目が覚めて眠れなくなるので、さっきから起きてこれを書いている。ただ今、夜9時半。まとまりのない文章で気に入らないが、とりあえず記録としてアップ。

リーフレットも仏語なのよね

  • 2014/01/03 21:32
  • Category: 言葉
来週月曜はランペクトミーの予定なので、昨晩やっと2週間ほど前に貰ったものの半分読んだだけで放り出していた手術に関するリーフレット4種を解読した。半分で放り出していたのは、それが全部フランス語だったからで、辞書を引き引き2つ読んだところで気力が尽き「また後で、手術直前に読めばいいや。今読んでもどうせ忘れるし」と放り出したのである。

実はこれを渡された時の説明も全部フランス語で、そうとは知らずに雪だるまなしで一人で出かけた私は、かなーり往生した。病院からの電話では「血液検査と胸部X線と、あともうひとつナントカの検査」ということだったので、検査だけなら一人でも大丈夫と単身出かけたのだったが、行ってみたら検査の前に20分ほど、担当の看護師から問診と手術に関する説明があり、これが全部フランス語で「しまったあ!」と思った時には、すでに遅かった。

もちろん担当の看護師嬢はこの病院の常として、にこやかに明るく親切で、出来る限り私にわかるよう簡単な単語を使って説明に努めてくれたのだが、そうはいってもわからないものは、わからない。Hypoglycémie(低血糖)なんて単語、英語でも知りませんがな。幸い電子辞書を携帯していたので、聞いてわからなかったこの単語は彼女に辞書を渡して入力してもらい「おお」と了解したが、そしてその他も身振り手振り&推察により、大体の意味は理解したつもりだったが、それでも霧の向こうの像をぼんやり見ている感じというか、メガネなしで読んでる字幕というか、どうも今ひとつはっきりせず、すっきり明瞭に事情を理解したとは言い難かった。

ケベック州の公用語は仏語だけだし、患者はほぼ100%仏語話者という田舎の病院の職員たちが仏語しか話せないのは仕方がないが、カナダは国としては一応、英仏両語が公用語なのだから、せめてリーフレットくらい英語版も作っておいてくださいよ、と思ったが、需要がないんだろうな、たぶん。この際だから雪だるまにリーフレットを英訳させ、病院に寄付しようかしらん。似非ケベッコワの雪だるまでも、仏→英の翻訳はできるだろう。逆の英→仏は、やつはフランス語は喋れても書けないから無理だろうけれど。

謹賀新年

  • 2014/01/02 07:00
  • Category: 雑記
新年は単に祝日のひとつに過ぎない地域で長く暮らすうちに、年末というのはクリスマスで疲れた胃と身体を休める期間になってしまい、大掃除も何もしないうちに年が明けてしまった。松飾もなければお節もなしで、緊張感ゼロ。元旦の今日も特に行事はなく、零下27度にも負けずバードフィーダーに集まる鳥たちを眺め(さすがに零下20度を下回ると、鳥たちも防寒対策からか目一杯からだをふくらませ、まん丸くなってエサをついばんでいる)、明るいうちはせっせと編み物をし、さてあとは普段同様、野菜と豆のご飯を食べながら映画鑑賞で終わるかと思っていたら、さっきお義父さんから電話があって夕ご飯に呼ばれたので、最後に来てややNew Year's Dayらしく御馳走に与れるもよう。お義父さんちのご飯は下手なレストランよりずっと美味しいので、呼ばれるのは嬉しい。

さて2014年。
新たな年を迎えての抱負など特にはありませんが、目の状態も安定してきたので、今年はもう少し読書に精を出そうかと思います。何しろ去年1年間、折に触れて手持ちの本は読み返しても、日本語の新しい本は全然読まなかったので、少々反省。たまには新しい情報を頭に入れないと、頭の中でからからと、風が吹き抜ける音がいたします。頭がカラになっている証拠でございます。

同様に、当ブログもぼちぼちと続けていきます。日本語書かないと、書けなくなりますから。唯一の母語まで失っては、お終いでございます。

何はともあれ謹賀新年。
本年もよろしくお願いいたします。

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プロフィール

らうとら

Author:らうとら
ドロシー・L・セイヤーズ、ローリー・R・キング、P.D.ジェイムズ、ディック・フランシス、水村美苗、高村薫、戸塚真弓、ヘレン・ミレン、シャーロット・ランプリング、ソフィ・マルソー(40代以降に限る)、ヘレナ・ボナム・カーター、アンジェリーナ・ジョリー、三代目金馬、小さん、枝雀、エンヤ、クイーン、ドゥルス・ポンテス、マドレデウス、J・S・バッハ、ちあきなおみ、トケイ・ピノ・グリ、アール・グレイ、自転車(冬季を除く)、あらゆる犬と猫
以上、私を幸せにしてくれる方々(敬称略)

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