いろいろ

  • 2014/07/31 11:07
  • Category: 雑記
庭仕事がないと、爪に色が塗れる。
夏だから、かなりカラフルでもだいじょうぶだ。
先々週の爪は、こんな感じ。


IMG_4353.jpg


中指はもちろんシールである。
これで右手はキャンディピンク、フューシャ、パステルピンクとピンク系にしてみた。
色が尽きたので親指は塗らなかったが
左右それぞれ4本ずつ、全部違う色を塗ったということである。
手を見るたびに思わずにやにやしてしまうくらい、楽しかった。
仕事をしていた間は、さすがにこういうのはできなかったなあ。

2週間塗りっぱなしにしたので、今週は何も塗らずお休みの週にしているが
今日フリーペーパーと一緒に入った折込広告によると
明日から近所のドラッグストアでサリー・ハンセンのネイルがセールになるらしい。
ミントグリーンのネイルが欲しくてうずうずしていたところなので、まさに渡りに船。
ちょうどニベアも切れたことだし、明日の午後は自転車でドラッグストアまで行ってこよう。


"Mint Sorbet" 色も名前も涼しそう

mintsorbet.jpg



スポンサーサイト

やっぱりね

  • 2014/07/30 12:05
  • Category:
6月、You○beにアガサ・クリスティのオーディオブックがupされていることに気づいてから、
ずううっとその数々のオーディオブックを聞きながら編み物に励んでいたのだが、
昨日突然、そのすべてのオーディオブックが消えてしまった。
オーディオブックの出版元であるハーパー・コリンズさんから、著作権侵害の申し立てがあったらしい。

やっぱりねえ。
クリスティさんはすでに故人だが、まだ死後50年は経っていないし、
そもそもオーディオブックなので、その本を朗読しているナレーターさんの著作権もあるだろう。
なんでタダで聞けるのか不思議ではあったのだが、そうか、出版元が気づいていなかっただけだったのか。

著作権についてあまり深く考えもせず、アップされているのをいいことに1か月以上にわたって20冊近く聞いてしまったので、
なんだかハーパー・コリンズさんとナレーターのヒュー・フレイザーさんに申し訳ないような気がしているが
さんざん楽しんだ後でしゅうんと反省しても、今さら遅い。
ただ聞いている途中で削除されてしまった「殺人は容易だ」は、その後の成り行きが知りたかったので
オーディブルで(ちゃんと有料で)DLして最後まで聞いた。

犯人は、やはり予想した通りの人物だった。
「この人が犯人ぽいが、それではあまりに見え見えなので、きっと真犯人はこっちだろう」と
思った通りの展開。もう1回くらいひねってあると、もう一味楽しいのだが。

楽しいと言えば、聞いた中で一番楽しかったのは「ホロー荘」。
ヘンリエッタ(彫刻家)、ジョン・クリストゥ(医者)、ガーダ(その妻)、レディ・ルーシー(ホロー荘の女主人)など
登場人物たちの性格描写と心理描写が面白いのだ。
恋人が死んだ時でさえ、彫刻での表現が頭に浮かんでしまうヘンリエッタ、
自身の研究対象については真摯だが、その他の点では自己中としかいいようのないジョン、
ジョンを盲目的に崇拝し、しかし自分に自信がなく優柔不断で、昼食の肉を温め直すべきかどうかさえ
考えれば考えるほどどうしたらいいかわからなくなってしまうガーダ、
浮世離れした言動、振る舞いでふわふわしているかと思うと、
時折妙に鋭い洞察を見せて人をぎょっとさせるレディ・ルーシー
(頭の回転が速すぎて? 立て板に水のように饒舌、話がとびやすいあたり、ピーター卿の母君、
デンヴァー公爵未亡人に似ている)

発表は1946年だから、すでに70年近く前の話で
ちょっとノスタルジックな感じが、却って興を添えていてよい。

サイクリング

  • 2014/07/27 08:39
  • Category: 雑記
学校は休みだし、夏の盛りは庭仕事も暇なので、最近よくサイクリングに出かける。サイクリングと言っても、トゥール・ド・フランスみたいなかっこいい装備に身を固め、極細タイヤの自転車で風を切って道路を疾走するようなのではなくて(このあたりの道路には、そういう人が多い)、家の中にいる時の服装のままふらりと自転車にまたがり、ヘルメットもかぶらず畑の中の田舎道をのんびり走る長閑なやつである。

私が住んでいる町は、住宅は小高い丘の上に広がり、その下、南側の斜面はなだらかな起伏の農業地帯になっている。だから南斜面に下る3本の道のどれを採っても、住宅地と農業地帯の境目は長い下り坂。その長い下り坂を一気に走り下りると、目の前にぱあっと青々とした農業地帯が広がる。道沿いにぽつり、ぽつりと農家が点在してはいるが、視界の大部分は茫々と広がるトウモロコシ畑やじゃがいも畑だ。それが延々と続く。遠くの丘は青く霞んでいる。


IMG_4393.jpg


IMG_4394.jpg


別に何があるわけでもないのだが、その茫々とした風景の中をきこきこ自転車で走っていると、だんだんと気が晴れてくる。人は通らない。車もたまにしか通らない。道端の水路にはガマやススキに似た草が茂り、丈の高いワイルドフラワーが青やピンク、黄色の花をつけている。畑を渡る風が、農家の庭のポプラの葉を白く光らせる。葉が鳴るさらさらという音が、空に響く。ポプラというのは、風の音を聞くための木だという気がする。

ウチから一番近い Rang St. Michelを下り、南斜面を横断する形のRang St. Pierre を走って、Rang St. Mathieu を登ると、ほぼ南斜面を一周したかたちになる。あるいはもう少し足を伸ばし、Rang St. Mathieuの代わりに109e Rueを登れば、もっと大きな一周になる。(Rang は、この辺りでは日本の農道のような田舎道を指す) 一回りしてだいたい10kmくらいだろうか。起伏のある道をのんびり走り、途中、農家の庭に山羊や馬が出ていれば、自転車を降りて眺めても、1時間ちょっと。夏の午後の気晴らしには、もってこいのエクササイズだ。

チッピー

  • 2014/07/24 11:05
  • Category: 動物
昨日は夕方から調子が悪くなり、洗ったシーツ類を取り込みはしたものの、ベッドメイクをする気力がなくて7時には寝てしまった。寝る前、雪だるまに「自分でベッドメイクできるよね?」と、自発的行動を促す発言をしておいたのだが、今朝彼の部屋に行ってみたら、雪だるまは全然ベッドメイクせず、洗ったシーツ類を片寄せて隙間を作り、マットレスパッドの上にそのまま寝ていた。まったく、どれだけ物ぐさなんだか! 少しは夏の間中せっせとエサ集めに奔走するチッピーたちの勤勉さを、見倣っていただきたいものである。

さてそのチッピーたちだが、個体識別が困難なのではっきりとは言えないが、今ウチの裏庭にはたぶん3、4匹が生息していると思う。猫か何かに噛み千切られてしっぽの短いのが1匹、普通に尻尾の長いのが2、3匹である。みな庭石のあたりと、デッキの下あたりをねぐらにしているようだが、同じ裏庭、言わばひとつ屋根の下に住んでいるのだから、お互いに仲良しだろうと思ったら大間違い。彼らのテリトリー意識はなかなかに先鋭的かつ戦闘的で、かわいい顔には似合わず攻撃的である。

最初の頃はそれがわからず、たまに庭石の上と下に並んで座っていたりしたので、仲のよいカップルか兄弟なのかと思っていたが、とんでもない。一見“仲良く日向ぼっこ”風に見えたのは互いの存在に気が付いていなかったからで、いったん相手の存在を認識するや否や、彼らは互いにはっと身構え、一触即発、ぴりぴりの緊張状態。そしてじりじりと間を詰め、ある一線を越えたところでどちらかがどちらかに跳びかかり、ものすごい追い駆け合いを始める。動きがあんまり速いので、どっちがどっちを追いかけているのか、ちっともわからない。

この遭遇がエサ場で発生しようものなら、もっとすごい。それぞれ相手を排除しようと、大事なピーナツすら蹴散らして追い駆け合う。決して「まあ、どうぞ、そちら様からお先に…」と互いに譲り合ったり、2匹の飼い猫のように頭を並べておとなしくエサをはぐはぐしたりするような場面は出現しない。

いくら毎日エサを与えていても、チッピーはペットではない。相手の生存は自分の死、かもしれない野生動物なのだから、仲よくなんかしてられないのは当たり前なのである。「みんなで仲良く食べてよねー」なんて思うのは、こちらの身勝手で。

豆、収穫

「暑くて、冷たい飲み物ばかり口にしている」と書いたのは7月の初めだったか。
しかし実は書いた翌日あたりから、まるで憑き物が落ちたかのように涼しさに逆戻り、
朝晩は14、5℃、日中でも25度を超えなくなった。
ただ今(朝6時半)の気温も14度。正直、かなり肌寒くて、カーディガンなしでは外に出られない。
“冷たい飲み物”の代わりに、熱いミルクティーばかり飲んでいる。
ちっとも夏らしくない。

それでも花や野菜はまあ順調に成長し、ぼちぼちと花を咲かせたり、実をつけたりしている。
特に元気がいいのは豆たちである。
7月初めの暑さがよかったのか、黒龍江豆もその後蒔いた普通のサヤエンドウ(snowpea/mange-tout)も
立派に実をつけ始め、このところは毎日20個近く収穫できる。
初心者としては上出来である。

ただ驚いたのは黒龍江豆の大きさ。
ちょっと放っておくと、すぐ10cmくらいに成長する。
タネで貰った時から大きい豆だなあ、とは思っていたが、
播種用に乾燥させていない、実際に蔓からぶら下がっている時の豆は、もっと大きかった。


ほらね、ちゃんと4インチ(約10cm)以上あるでしょう?

IMG_4349.jpg


ふつうのサヤエンドウとの比較

IMG_4378.jpg


この豆たち、ちょうど遊びに来たお義父さんに採れたてをあげたら、
お義父さんはその場で、洗いもせずに、パリパリと食べてしまった。
農薬も何も使っていない豆だから別に危険はないと思うが、
豌豆はゆでて食べるものと思っていた私は、ちょっとびっくりした。
しかしその後自分でもやってみると、これがなかなかおいしい。
生の野菜特有のシャッキリした歯ざわり、豆のほんのりした甘み。
莢に残る微かな苦味も、サラダに混ぜたりすると他の葉物野菜との対比が際立ち
双方の味が引き立ってよい。

豆を植えるのは初めてでどうなるかわからなかったので
今年は黒龍江豆を5株、サヤエンドウを20株くらいしか作らなかったが
来年はもう少し増やしてみよう。
手がかからず、播種から2か月で収穫できるエンドウは、実に初心者向きだ。


最初の収穫(6月30日) 真ん中の小さい1つだけサヤエンドウ、他は黒龍江豆

IMG_4348.jpg

unfair!

  • 2014/07/15 10:36
  • Category: 雑記
香港の知り合いが亡くなったとの知らせがあった。雪だるまの元上司兼同僚の奥様である。正確な年齢は知らないが、まだ40代であったろうと思う。非常に親しかったわけではないが、彼らの結婚式には招かれて出席したし、その後二人でウチに食事に来たこともあるし、私たちが香港を去る前日にはディスカバリーベイの彼らの家を訪ねて、子どもたち2人と共に楽しく夕食をした。

子どもは男の子2人で、当時5歳くらいと3歳くらいだったろうか。くったくなくよく笑い、遊ぶ素直な子たちで、母親であるところの彼女は「この子たちが笑うのを見ていると、疲れた気持ちも吹き飛ぶ」と言っていた。

その彼女が、子どもたちを残して亡くなってしまった。しばらく前からガンの治療中であるとは聞いていたが、まさかそれほど悪いとは想像もしていなかった。今日の電話での話では、西医ではなく中医(漢方)で治療していたのだそうだが、果たしてそれでよかったのか。治療法を選ぶのは患者の権利だし、香港人の彼女が中医を選んだ気持ちはわからなくはないが、もしかしたら西医でなら、もう少し長く生きていられたのではないかと思えてならず、無念な気持ちが残る。

もう一人、ここ数か月ブログを読ませていただいていた女性も、先日亡くなった。彼女もまだ40代で、3人の子どもたちは高~小学生だ。まったく、なぜ子どものいる人たちが亡くならなければならないのだ? なぜ、子どももいなければ介護の必要な老親もいない私ではなく、まだ母親が必要な子どもたちがいる彼女たちが亡くならなければならないのだ? まったく、unfairだ。実に、実に、unfairだ。小さな子どもたちがいる人は、亡くなってはいけないのだ。

『Berserk』

  • 2014/07/14 12:33
  • Category: 映画
映画大好きの雪だるまだが、アニメも好きなので結構いろいろな国のアニメを仕入れてくる。圧倒的に多いのはやはり北米、欧州ものだが、たまにはアフリカのもあるし、アニメ大国日本のももちろんある。しかし見たことのある作品を買うのではなく、見たことのない作品をレビューを参考に買うので、当然当たりもあれば外れもある。たとえば去年見て、その無駄にペダンチックなセリフ(今時ミルトンの『失楽園』を読む人が、いったいどれくらいいると言うのか? 渡辺淳一センセイのなら20年位前に流行ったけど)と、香港を彷彿とさせる濃密な風景描写に心奪われた『攻殻機動隊』は私的には大当たり、先週見て後味の悪さに4、5日嫌な思いをした『Berserk』は大外れ、というところか。もっとも『Berserk』はその強烈な不快さゆえに、いつまでも貧しい日本のアニメにおける性描写と、その根底にあるのであろうミソジニーについてつらつらと考えたから、その点では有意義と言えないこともないが。

私は読んでいないのだが、アニメ映画『Berserk』は、三浦建太郎さんの漫画『ベルセルク』が原作だと言う。ウィキによれば漫画『ベルセルク』は、“緻密に描き込まれた重厚な画に加え、長大な俯瞰とモブシーンの多用、主要キャラクターの内面と感情的な繋がりを表現するストーリー、壮大な世界観が特徴”なんだそうだが、コミックス12巻分の内容を90分前後のアニメ3本に無理やり詰め込んだアニメ映画版『Berserk』は、“緻密に描き込まれた重厚な画”もなければ“主要キャラクターの内面と感情的な繋がり”の表現も今ひとつ、何より惜しいのは“壮大な世界観”というやつが微塵も感じられなかったことで、私は終始仏頂面で戦闘、殺戮シーンの連続と、野望を胸に秘めた策士、天下無敵の剣士、男勝りの副長など、ステレオタイプなキャラの通り一遍な描写、後半、突然という感じに現れた幽界(かくりよ)とそこに属する魔物たちのおどろおどろしい姿を、うんざりしながら見ていたのだった。

しかしまあ、それだけなら遥か昔、懐かしくも健全至極な『鉄腕アトム』から最近の『エヴァンゲリオン』まで連綿と続く日本アニメの伝統、“怪獣/魔物と戦うスーパー戦士”というラインを踏襲するアニメがもう一つ出てきたというだけだから、その新味の無さにうんざりはしても腹は立ちはしない。見て、あくびをして、忘れて、おしまいである。それがそうならず、その後4、5日も後味の悪さを引きずったのは、『Berserk』における性交描写と、女性剣士キャスカの扱いがとことん不快だったからである。

まったく、世界はすでに2014年、平成だって26年になるのだから、いいかげん性交にあたって女に「いや…」と言わせるのは、止めていただきたいものである。なぜいつもいつも「いや…」と言わなければならないのだ? シャルロット姫などグリフィスに恋焦がれて、何とか会える手段はないものかとあれこれ考えていたくらいなのだから、たとえかなり唐突だったにせよグリフィスに忍び込まれて「いや」なはずがないではないか。キャスカだって同じことだ。ガッツのことを憎からず思っている鷹の団のNo.3、歴戦練磨の女剣士が、なぜコトに当たって「いや…」と言わなければならないのだ? 制作者たちの頭には、「いや」と言う女を無理やりやるのが快感、あるいは女の「いや!」は「OK」なんていう時代錯誤の幻想が、いまだに色濃く残っているのだろうか?
 ロリコンのアニメオタクたちは、そういう設定でないと萌えないのか?

しかも『Berserk』においては、女は常に常に姦られる対象なのだ。キャスカが鷹の団に入るきっかけは、強姦されかけたところをグリフィスに救われたから。戦いの場面でもキャスカは常に相手から“女=姦る対象”と見られていることが、相手の揶揄の言葉によって示される。そして挙句の果てに、最後、転生したグリフィスにガッツの前で凌辱されるのである。当たり前だがグリフィスはキャスカを姦りたいからではなく、捕らわれたガッツに己の無力さを思い知らせ、辱めるためにそうするわけで、キャスカはそのための単なる道具。まったく救われない。

考えてみると、ある種の男の頭の中では、女は常に道具なのかもしれない。モノだから、精神なんかないのだ。

夏の鳥

  • 2014/07/11 11:23
  • Category: 動物
最近、スエットの減りが激しい。冬の間は一度詰めれば1週間くらいはもっていたスエットが、この頃は2日ほどで4つの穴とも空になる。ひどい時には朝詰めたスエットが、夜にはきれいさっぱり空っぽになっている。まったく呆れるほどの鳥たちの食欲である。

ひとつには夏は子育ての時期で、スエット大好きのキツツキたちが子ども連れでやって来ては、ピィピィと大きな口を開けてうるさくエサをねだるヒナたちに、親がせっせと口移しでスエットを与えているからなのだが、ヒナと言ってももう大きさは親鳥とおなじくらいに成長している彼らは実によく食べる。途中で親の方がくたびれ果てて、ヒナの口にエサを運ぶのを小休止するくらいよく食べる。人間の家だったら身上が潰れかねないほどの食欲だが、頭でっかちで羽もまだぼわぼわしているヒナたちがエサをねだる様子は実にかわいらしいし、くたびれたお父さん(子連れでやってくるのはどういうわけだかオスが多い。キツツキのオスは頭に赤い斑点があるので、すぐわかる)が、自分と同じくらいの大きさのヒナにせがまれるまま、スエットを突つき取っては与えているのも面白く、見ていて飽きないので、私と雪だるまはエサの減りの速さを嘆きつつも、せっせとスエットを詰めているのである。

ただ、旺盛な食欲を発揮しているのがキツツキ親子ばかりならよいのだが、実はもう1種、グラッコー(grackle/クロムクドリモドキ)もスエットが大好きで、集団でやって来てはスエットを攻撃するので困る。

このグラッコー、体長30cmくらいの黒い鳥で、ちょうどカラスを小型にしたような感じ。啼き声もカラスとよく似ていて、ギャッギャッというだみ声である。それが上にも書いたように、たいてい5、6羽から10羽くらいの集団でやって来ては、スエットやピーナツを漁って行く。

鳥たちのために置いているバードフィーダーなのだから、鳥ならどんな鳥が食べてもいいはずではあるのだが、どうもこのグラッコーだけは歓迎する気になれない。たとえば小さい野鳥たちのためにエサを置いておいたら、カラスが集団で来て残らず食べてしまったというような状況を想像していただきたい。私たちが今ひとつ歓迎できない気持ちでいるのも、お分かりいただけるかと思う。

というようなことを言うと、野鳥連合あたりから「鳥種差別主義者!」とか「羽色や大きさによる差別ハンターイ!」とかの非難の声が上がりそうだし、実際私たちも「こんな風に差別するのは、よくないかなあ」と思いはするのだが、そうは言っても小さい黄色い鳥や青い鳥が庭を飛び交っているのはなかなかよいものだが、大きな黒い鳥が庭のあちこちに止まっているのは、不吉というか不気味というか。しかも啼き声がギャッ、ギャッでは、凶々しさに拍車がかかる。真っ黒なのも、啼き声が悪いのもグラッコー自身には責任はないのだけれど。


Grackle君 よく見ると首のあたりは玉虫色に光っていてきれい

grackle.jpg

田舎暮らし

  • 2014/07/08 04:57
  • Category: 雑記
書くほどのことがないからと間を置けば置くほど、日本語が出て来なくなることに気付いたので、格別の事件はないが書くことにする。

この、ブログの話題に事欠くような平穏かつ単調な生活になって3年、脳の軽量化が進み過ぎてほとんど空っぽに近くなっているという問題を別にすれば、私はこの“何も起こらない”日常を楽しんでいる。昔、まだ仕事をしていた頃、お客様の一人に「仕事を辞めてカナダの田舎に引っ込んだりしたら、退屈で死んじゃうんじゃありませんか?」と言われたことがあったが、その時の私の答え「いいえ、そんなことはないと思いますよ」の通り、3年経った今でも私は退屈のために死んだりはしていない。むしろ意に染まない仕事をしなくてもいい気楽な生活を、大いに楽しんでいる。

たぶんそのお客様から見ると、香港の金融会社で働き、あちこち出張していろんな企業の経営者と会ったり、プレゼンしたり、ツアコンとして通訳したりする毎日は、エキサイティングで面白く、やりがいのある日々であるように思えたのだろうが、私自身は全くそのように感じておらず、そういう毎日を楽しいとも思っていなかったので、仕事を辞め、田舎に引っ込むことに何のためらいも感じなかった。そして今も、全く同じ気持である。唯一、視力の悪化で翻訳のバイトが続けられなくなり、収入ゼロになったのは少々痛いが、まあ大して金のかかる生活をしているわけではなし、あと数年は何とかこのままで行けるだろう。数年後のことは、またその時考える。うまくいけば、事故か何かでこの世とおさらば出来ているかもしれないし。

もっとも私が田舎の“何も起こらない”生活を楽しんでいられるのは、私が都会でしたかったこと、仕事や遊びを日本と香港でほぼし尽くした50代だからかもしれない。ジンセイの本番はこれからという20代、30代、仕事も遊びもし足りない若者がここの生活に放り込まれたら、何の刺激もない毎日、やりたいことが何もできない生活に、不満と焦燥で爆発しそうになるかもしれない。20代のワカモノに鳥を眺めて暮らせと言うのは、土台無理な注文なのだから。

たとえば冬の終わりに一緒に食事をした隣町に住む日本人女性Fさんは、ここでの生活に半ば以上うんざりしている様子だった。カナダの田舎での生活が、100%嫌だというのではない。しかしここに住んで10年、家にいて子どもを育てているだけで、仕事もないし、特別に親しいという友人もいない。映画や芝居、コンサートが、よりどりみどりに提供されているわけでもないし、近所にはウォ○マートと小さいモール、食品スーパーくらいしかないから、ショッピングの楽しみすらない。あらゆるモノ、娯楽にあふれていた東京育ちの彼女にしてみれば、これは辛いだろう。おまけに1年の半分は冬で、ウィンタースポーツ大好き!というのでもない限り、屋内に閉じこもった生活になる。このままここで、何もできないまま/しないまま老いて行くのか・・・と考えたら、暗澹たる気持ちになるであろうことは想像に難くない。

日本人だけではない。キューバから来たKも、パートタイムの仕事はしているがここでの生活をつまらないと言い、頻繁にモントリオールに息抜きに出かけている。片道150km、往復300kmの距離は近いのか、遠いのか。

田舎の生活は基本的に閉空間だ。いくらインターネットが発達しようと、そこで提供される情報、娯楽はバーチャルで、現実の生活、人間関係は狭い範囲で閉じている。週一で配布されるフリーペーパーの紙面の8割は、事故、死亡、誕生など近隣4、5市町村の話題で埋まっているのだ。毎日、毎日、同じ顔を見、同じ言葉を交わしながら、ずっと暮らしていく。毎日同じ顔を見ているのは都会でも同じだ、と思うかもしれないが、都会ではある個人が属するグループ自体は小さくても、そうした小グループが無数にあるし、グループ構成員の移動も激しい。限られた数のグループしかなく、構成員の移動も少ない田舎とは違う。いろいろやりたい盛りの20代、30代の人が、こうした毎日に満足して暮らしていくのは、容易なことではないと思う。

低湿度

洗面所の引出の奥で、ヘアワックスやらムースやらスプレーやら、持っていることすら忘れていたヘアケア製品の数々を見つけた。ワックスとムースは固める度合いに応じて“ナチュラル”も“ハード”もあり、そういえば昔は常に常にサウナの中にいるような香港の湿度と戦いながら、何とか髪の毛をまともにしようと悪戦苦闘していたっけなあ、と懐かしく思い出した。

当時、仕事の大部分はオフィスに閉じこもっての翻訳だったから、普段は服装も髪の毛も超手抜きの放りっぱなしでも何ということはなかったが、それとは別に結構頻繁にあったプレゼンやツアコン、売り上げに直結するお客様相手の仕事の時は、それなりの服装と髪の毛に整えて文字通りpresentableにならねばならず(presentationをする人がunpresentableでは話にならぬのだから)、そのための必需品がワックスであり、ムースであり、スプレーであったわけだ。金融商品というろくでもないものをそれらしく見せかけて売るからには、せめてセールスパースンくらいお客様に対し好感と、可能ならば信頼感なども与えねばと、当時は無理を承知でいろいろと頑張っていたのである。

しかし仕事を辞めてこちらに来て以来、そうしたものは全く使わなくなった。学校や、せいぜいどこかに買い物にいくくらいが関の山の日常では、“きっちり整えた髪”なんてものは要らないからという理由もあるが、それより何より平均湿度50~60%という当地の湿度の低さで髪の毛がさらさらと軽くなり、ワックスやムース無しでも跳んだり跳ねたりしなくなったからである。元々癖っ毛なので多少のウェーブは出るが、香港時代のようにひどいことにはならない。洗ってざっと乾かせば翌日にはそれなりの形に収まっており、ウチにいるだけならそれで十分。出かける時には軽くホットカーラーで巻いて癖を直すこともあるが、それでも大した手間はかからない。湿度の低さは偉大だ。

そういえば引っ越してきたばかりの頃、髪を洗った後、軽くドライヤーをかければ髪が乾くことにびっくりしたことを思い出した。香港では、同じ1000Wのドライヤーでも、かなーり時間をかけないと髪が乾かず、これが結構な手間だったのだ。この乾きの遅さは私だけの主観的なものではなく、香港時代お世話になっていた美容師さん(日本人)も、香港に来てからW数の大きいドライヤーに替えたと言っていた。日本にいた頃愛用していたドライヤーでは、乾きが遅くて仕事にならなかったからだそうである。さもありなん。

この湿度の低さのおかげで、髪だけでなく洗濯物もからりと乾く。部屋干ししても(暖房が弱まるが気温自体はまだ余り高くない春先の一時期を除き)、ちゃんと乾く。ほとんど1年中高温多湿で、ちょっと油断するとあらゆるものにカビが生えた香港とは天と地ほどの違いである。この地にいる限り、カビの生えたタオルやカビの生えた皮ベルトを、タンスの中で発見することはない。ああ、楽ちん。

鬱々の良薬は

  • 2014/07/02 20:53
  • Category: 雑記
■  鬱々の良薬は良書の閲読、ということで、池澤夏樹さんの「異国の客」を読み返している。人が静かに考え、記した文章を読むのは、しみじみと楽しい。この人の文章、小説ではなくエッセーか評論をもう少し読んでみたい。電子書籍はないようなので、読みたいとなれば紙の本。今から注文しても届くのは1か月後か。

■  夏の遅いケベックも先週あたりから急に暑さが増し始め、日中は30度を超えるようになった。冷房のない家なので、こうなると冗談でなく暑い。日中はだらだらと汗を流し、冷たい飲み物ばかり口にしている。冬の間は冷凍食品の間に埋もれて姿も見えなかった製氷皿が、俄然スポットライトを浴びて、忙しく活躍。雪だるまと二人、かちゃかちゃと氷を取り出しては、飲み物に放り込む。タフマグに飲み物を入れれば、氷が何時間でも持つのが有難い。(中国ブランドのタフマグ類似品は、断熱効果が今ひとつだった上、数回の使用で蓋が壊れた) ああ、日本メーカーの優秀さよ! 象印さん、ありがとう。

■  夏の訪れとともに鳥たちの声もかまびすしくなり、朝5時頃には窓の外で大量の鳥がピイッ、ピイッ(←キツツキの子ども)、ギャッ、ギャッ(←グラッコー) 啼き始める。鳥の声を涼しく聞けるのは、せいぜい2、3羽まで。10羽以上集まっては、ヒッチコックの「鳥」である。余りにやかましいので、最近は朝方になると耳栓をしている。そうでもしないと眠れない。先日のアライグマ君といい、野鳥たちといい、野生動物と隣り合って暮らすのはなかなかに大変である。

Pagination

Utility

プロフィール

らうとら

Author:らうとら
ドロシー・L・セイヤーズ、ローリー・R・キング、P.D.ジェイムズ、ディック・フランシス、水村美苗、高村薫、戸塚真弓、ヘレン・ミレン、シャーロット・ランプリング、ソフィ・マルソー(40代以降に限る)、ヘレナ・ボナム・カーター、アンジェリーナ・ジョリー、三代目金馬、小さん、枝雀、エンヤ、クイーン、ドゥルス・ポンテス、マドレデウス、J・S・バッハ、ちあきなおみ、トケイ・ピノ・グリ、アール・グレイ、自転車(冬季を除く)、あらゆる犬と猫
以上、私を幸せにしてくれる方々(敬称略)

カテゴリー+月別アーカイブ

 

FC2カウンター