バッテリ臨終

  • 2015/02/27 12:03
  • Category: 雑記
最近、たまに電源に接続せずにこのPCを使っていると、何分もしないうちに突然、プツンとシャットダウンしてしまうことが続いた。「あれ、充電は十分なはずなのに、おかしいな」と思いつつも、特に深く考えず、電源に接続し直してそのまま使い続けていたのだが、一昨日とうとう「バッテリを交換してください」というメッセージが出てしまった。どうやらバッテリの寿命が尽きてしまったらしい。このPCを買ったのは2011年の夏だから、たった3年半でバッテリが使い物にならなくなったわけで、何とも早いご臨終だったと言えるが、そうなったのは別に添付されていたバッテリが不良品だったとかではなくて、ひとえに私の使い方が悪かったせいである。

何しろ私、ノートブック型を買っておきながら、ほとんど外に持ち出すことなく、家の中で常に電源に接続して使い続けていたのだ。充電が十分でない時はもちろん、「100%充電されました」と表示が出た後も電源への接続を切ることなく作業を続けたし、作業が終わり蓋を閉めてスリープモードにした後ですら、電源に接続したままにした。つまり、常時バッテリを過充電状態にしておいたわけで、3年半でご臨終となるのは当たり前、むしろよく持った方と言えるのかもしれない。

PCのバッテリが死んだと言ったら、雪だるまは「ジミーのところに持って行って、バッテリ交換してもらったら?」と言ったが、私はその気なし。どうせ外には持ち出さないPCである。常に電源のある家の中で使うだけなら、バッテリが死んでいても何ら不都合はないのだ。不都合がないことに100ドルも200ドルも出してバッテリ交換し、出費を増やす必要はない、という考えである。それに後2、3年も経てば、PCそのものも寿命になるだろう。バッテリと違い、PCはなくてもOK、とはならないので、たとえ100ドルでも200ドルでも資金はその時のために取っておいた方がよい。以前に比べれば、PCの価格は下がってきているけれど(20年前、私が最初に買ったノートブックは、20万円以上した)、それでも安い買い物ではないのだから。

そして、この次PCを買ったら、その時は過充電に気をつけて、なるべくバッテリを長持ちさせようとは思うけれど、のど元過ぎれば熱さを忘れる私なので、ほんとのところどうなるかはわからない。
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『Dreaming Spies』

  • 2015/02/23 11:01
  • Category:
ローリー・R・キングの新刊が出た。書籍で出たとたんオーディオブックでも出たので、さっそくDLして聞き始めた。新刊のタイトルは『Dreaming Spies』。お馴染みメアリ・ラッセルシリーズの13作目で、どうやら今度は日本が舞台のようす。まだ1時間くらいしか聞いていないのだが、すでに船客の一人として「サトウハルキ」という名前の日本人女性が登場した。大正生まれの女性の名前が「ハルキ」かあ?と思わないでもないが、ま、これは小説。架空のオハナシなのだから、多少の?には目をつぶるのだ。

キングさんに限らず、最近、英語の小説は読むのではなく、オーディオブックで聞くことが多い。数年前から“Audible”の会員になっていて、毎月2冊ずつ比較的手ごろな価格でDLできるせいもあるし、目が悪くなったせいで英文字を追うのがしんどいというせいもある。貴重な視力は、日本語と勉強中のフランス語のために取っておこうという魂胆なのである。だいたいは編み物などの手仕事をしながら聞いているが、目が疲れて、目を開けているのもしんどい時は、電気を消してベッドにぬくぬくもぐり込み、暗闇の中でPCから流れてくるオハナシに耳を傾ける。テキストなし、ただ耳から聞いているだけだから聞き落としている部分も多いとは思うが、好きな作家の小説はそれでも十分楽しめる。

本当なら、英語で読むのがしんどいのなら、私が最も楽にわかる言語、骨の髄までしゃぶれる言語である日本語で読んでから英語で聞けば、聞き落としも少なく、聞き違いによる誤解も少なくなるのだろうが、いかんせん、キングさんのメアリ・ラッセルシリーズは、第7作目の『The Game』までしか邦訳が出ていない。しかも今アマゾンでチェックしたら、その邦訳されているものですら新品はなく、すべて中古である。日本ではキングさん、人気がないのだろうか? メアリ・ラッセルシリーズも、ケイト・マーティネリシリーズも、面白いのにねえ。

ちなみにキングさんの世界では、メアリ・ラッセルはホームズのパートナー(兼妻)ということになっている。1854年生まれのホームズに対し、メアリは1900年生まれだから、随分年の離れたカップルだが、シリーズをお読みいただければわかる通り、メアリは当時の“妻”という概念には全く収まらない、知性に置いても身体能力に置いてもホームズと対等の、パートナーとしか呼びようのない存在であるので、お話はあくまで2人の探偵がその類まれなる頭脳と行動力で事件を解決するという筋書きであり、家庭内の諸事雑事や夫婦間の感情的やりとりなどは、全く出て来ない。色恋沙汰もない。実にすっきりしていてよろしい。ホームズは元々コナン・ドイル氏が描いた通り常に常に理詰めの人だし、メアリもまたその頭脳ゆえに何よりもまず理知の人なのだ。なんたってオックスフォードでの専門が数学と神学、私は本の中のホームズ同様、彼女の常に冷静で論理的な思考力に惚れているのである。それでなくてなんで13作目まで、追っかけを続けようか。

それにもう一つ、シリーズには時々、実在の人物がちょろり、ちょろりと出てくるのも面白い。11作目の『Pirate King』にはポルトガルの詩人フェルナンド・べソアが通訳として出て来たし、12作目の『Garment of Shadows』には、フランス保護領モロッコの初代総督であるウベール・リヨテ将軍が、ホームズのまたまた従弟か何かとしてまんま登場した。架空のオハナシなのだから登場人物も架空だろうと思っていると、するり足をすくわれるところがなかなか楽しい。今聞いている『Dreaming Spies』には今のところ実在の人物は登場していなそうだが、これから誰か出てくるのかな。ただ今、ホームズとメアリは神戸から人力車で有馬温泉に到着。温泉に浸かった後、按摩をしてもらって、うとうと極楽気分のようすだがさて。

いえい!

  • 2015/02/21 03:56
  • Category: 雑記
この家に引っ越してきて3年、
先週ついに、ついに、トイレの便器の水垢落としに成功した!
今や我が家のトイレは、内も外も真白である。
ああ、この静かなる幸福・・・

思えば過去3年、トイレの掃除をするたび、否、トイレに座るたびに
真っ白い便器に染みついた、水垢と尿石が結合したらしい薄黄色の縦染みが、
いやでいやでならなかったのだ。
それがついに無くなった。キリスト者なら「ハレルヤ!」とでも叫びたいくらいの
気分である。

トイレに水垢など付けたこともないみなさまは
薄黄色い染みになるまで放っておくなんて、どんだけ掃除をさぼったのだ?
と思われるかもしれないが、ウチのトイレのこの染みは
実は引っ越し当初から染みついていたのである。
家の他の部分の清潔さから判断して、前オーナーが掃除をさぼっていたとは
思えないのだが、前オーナーが去って私たちが入るまでの空白期間に
汚れが染みついてしまったのか、私たちが入居した時にはすでに
階下、階上の便器2つとも、薄黄色の縦染みがしっかり染みついていた。

もちろん、さっそく買ってきたトイレ用洗剤&ブラシで徹底掃除を開始しはしたのだが、
カバーや便座の汚れはトイレ用洗剤やアルコールで落ちたものの、
便器にこびりついた薄黄色の染みだけは、ブラシで力一杯こすっても、
一向に落ちなかった。

普通の洗剤ではだめとわかったので、その後漂白剤入りの洗剤を試したり、
台所用のクレンザーでこすってみたりしたのだが
頑固に染みついた薄黄色は全く落ちない。
敵方、あくまでしつこくこびりつき、徹底抗戦の構えである。
日本には「サンポール」なんていう塩酸入りのトイレ用洗剤があったが
こちらには似たような品すら見当たらず。
おかげで当方は敗戦に次ぐ敗戦。

キズが付く心配のない金属製の鍋釜なら、ここで洗剤付きスチールウールたわしの登場!
となるところだが、いかんせん便器は陶器製。
なんでもぴかぴかになるあの秘密兵器を使うわけにはいかない。
実は私は一度香港時代に、トイレ掃除に金属たわしを使って陶器表面にキズをつけ
真っ白だった便器の内側に、無数の灰色の擦過傷(?)を作ってしまった経験があるのである。
薄黄色の水垢&尿石汚れも汚らしいが、灰色の擦過傷群も見場の悪さは相当なもの。
おまけに尿石汚れなら将来落とせる可能性があるが
陶器表面に付けてしまった傷は、いくら懸命にこすったところで取れる見込みはない。
元通り真っ白にしたければ、便器そのものを取り換えるしかないのである。

それがわかっていたので、ここでまた同じ失敗をしてはいけないと
いくら落ちなくてもひたすらトイレ用ブラシでのみこすり
落ちない薄黄色の染みにため息をついて
「やっぱり便器そのものを取り換えるしかないのかなあ」と、
便器2台+工事費の総計をぶつぶつと胸算用していたのが旅行前だった。

しかし旅行から帰ってきて約10日。
時差ボケが解消し、徐々に元気が出てくるにつれて
旅先で泊まったホテルのぴかぴかに白いトイレと
我が家の染み入りトイレの差が、ひしひしと胸(と目)に迫ってくるようになった。
なにしろ他をどんなにきれいにしようと、この黄色い染みがある限り
我が家のトイレは永遠に汚らしくも不潔な印象を免れないのだ。
いやむしろ、他の部分が白くなればなるほど、便器内部の黄色い染みが
よりいっそう目立ってくる。
このディレンマ!

でとうとう週末のある日、我慢ができなくなって
私は禁断の金属たわしを持ち出した。
もちろん前回の失敗があるので、まさか力一杯こすったりはしない。
クリーム状のクレンザーをたっぷり塗って
少しずつ少しずつ、慎重に慎重に、ほとんど力を入れずにこすった。
するとほどなく、黄色の染みが取れ始めた兆しが・・・
これに力を得た私は、それから約1時間
金属たわしとナイロンたわし、クリームクレンザーの力を借りて
黄色い染み落としに邁進した。
そしてとうとう便器2つの黄色い染み落としに成功したのである!
ナイロンたわしはぼろぼろになったし、はめていたゴム手袋も
右手人差し指に小さい穴が開いて使い物にならなくなったが
しかしトイレは真っ白!
なんという気分のよさ!

以来私はトイレに座るたびに、にまにまー、にまにまーと笑っている。
3年来の懸案を解決できたのが、嬉しくてならないのである。

ちなみに私がトイレの染み落としに邁進したのは2月14日
人々がチョコレートだの花束だの愛の言葉だのにうっとりしている時に
私は便器にかがみこんで、せっせせっせと染み落としをしていたのである。
なんてすてきなヴァレンタイン。

ディクテは楽しいが

  • 2015/02/17 22:45
  • Category: 言葉
退屈だとかなんとか言いながらも、相変わらず比較的まじめに仏語教室に通っている。お楽しみは、たまにジョジアンがしてくれるディクテ(書き取り)だ。ディクテをすると、自分が何に弱いのかよくわかって、実に面白い。

先日も『Vendredi Treize(13日の金曜日)』と題する、たった8行ばかりの文の書き取りをしたのだが、自分が間違った箇所をあらためて見ると我が弱点がありありで、しみじみ「なるほどねぇ」と感心した。

随分前にも書いたことがあるが、私は音を聞き分けるのが実に下手くそだ。たとえばLとR、BとVなど、日本語で区別しない音は、まず確実に聞き分けができない。英語と違い、フランス語のLとRはまったく似ていないのに、それでも時々間違える。どうやら耳から脳に入ったとたん、どちらの音も日本語の「らりるれろ」に変換してしまっているらしい。だから知っている単語ならともかく、知らない単語の場合、平気でLをRと書き、RをLと書く。我ながら、何とも情けない。

子音でこれだから、日本語より格段に数の多い母音となると、我が聞き分けの出来なさ加減は、ほとんど感嘆に値する。先日のディクテでも、「un」と「en」と「an」の区別ができず、全部「あん」に聞こえて、頭の中が「???」になった。見直しの段階で、文脈から考えてここはこれだろうと、耳ではなく頭で判断して、それぞれ適当と思われる単語を書き入れたが、「en」と「an」(ともに[ɑ̃])はともかく、「un」は [œ̃] で全く違う母音なのだから、聞き分けができる耳を持っていれば、この3語がごっちゃになるはずはないのである。然るに、我が耳ときたら…

ちなみに、上記の例でもわかるとおり、聞き分けができない耳を持っている場合、聞き取りが難しいのは長い単語ではなく、短い単語だ。1音節なんてのは、最難関。だって音が1つしかないのに、その音が聞き分けられないとなったら、もうお手上げ。推察のしようがないからだ。その点、長い単語は楽ちん。長ければ長いほど手がかりが多くなるし、同音異義語も減る。正しく綴れるかどうかは別として、あれかこれかと迷う余地は減る。

思い返してみれば、この「短い単語ほど難しい」のは、中国語でも同じだった。だから最初の頃、文章ではなく単語の書き取りが主だった頃は、聞き分けられなくて、毎回「ぜつぼー」とか思っていた。何しろ中国語の場合、単音節の語が多く、しかも日本人の耳には区別が難しい音がぞろぞろあるのだ。私の耳に「ちー」と聞こえる音など、「ji」「qi」「zhi」「chi」と4つもある。ひとつ、ひとつ比較するかたちで順番に発音してもらえば違う音だということはわかるのだが、突然ひとつだけぽん!と出て来られると、瞬間どれだか全然わからない。「鶏(ji)」と「枝(zhi)」を間違える所以である。

況や、ひとつ、ひとつ発音してもらっても違いが判らないフランス語の母音においてをや。「deux(2)」と「dou(やわらかい)」、「vous(あなた)」と「veux(欲する)」を、どちらともつかない中間音で発音していることなど、しょっちゅうだ。[e]と [ɛ]も区別できないので、この間も「série【seri】」を[s ɛ ri]と発音して、雪だるまに「その音じゃないよ」と注意された。注意されたので、その場で彼の口真似をして何回か【seri】と発音しようとしたのだが、これができない。私が「え」というと全部 [ɛ] になってしまう。

まったく、こんなろくでもない耳と口しか持っていないのに、どうして毎日、毎日、外国語の学習が必要な環境に身を置いているのか、我ながら時々わけがわからなくなる。

ああ、日本語の音韻体系で耳が固まってしまう前に、さまざまな外国語の音を聞ける環境にあれば、もう少し苦労が少なかったであろうに。

手帳

  • 2015/02/13 22:41
  • Category: 雑記
私はいまだに時間を知るためには腕時計を、スケジュール管理には手帳を使っている。スマホどころかケータイすら持っていないので、そういうアナログな品に頼るしかないのである。

で、ここ3年、手帳は近所の1ドルショップで売っている、ちょっと大きめのポケットサイズ、四角いマスが並んだ見開き1か月タイプの簡便な品を使っていたのだが、どういうわけだが今年はそれが見つからない。いつも通り年末に1ドルショップに出かけたのだが、カレンダーは大小いろいろあったものの、手帳は高校生が使うような派手なプリントの表紙の、A5くらいの大判のものしかないのである。いくら大は小を兼ねると言っても、書き込む予定は医者とのアポと誰かの誕生日くらいしかない退職者。こんな大部なものは要らない。第一、A5判、厚さ1cmではバッグやバックパックに入れて持ち運ぶのに不便でかなわない。あまり小さくて字が書けないようなのも困るが、あまり大きいのも困るのである。

1ドルショップがだめなら他の店はどうかと、その後ウォ○マートなどにも行ってみたが、あるのは『フローズン』やミッキーマウスなどのキャラクターもの。おなじキャラものでも、ミドリが出している「オジサン」シリーズとか、米津祐介さんの動物シリーズなら、むしろ大いに嬉しく使わせていただくが、ディズニーはさすがに勘弁である。なのでその時は「1月末、どうせ日本/香港に行くのだから、その時向こうで買おう」と考えて、手を出さなかった。


米津さんの描く動物たち。他にもいろいろあり、みなのんびりと可愛らしい

yonezu3.jpg




しかし日本に行ってみると、1月末という時期が悪かったのか、はたまた今はもうみなさん紙の手帳などでスケジュール管理はしないのか、ポケットサイズの手帳はもうほとんど残っていなかった。大好きな伊東屋さんあたりに行けばまだ何かしらあったのかもしれないが、今回は東京で買い物する暇などなし。「ならば香港!」と、香港に探索の場所を移し、用事を片付ける合間に地元の文具店や、日系のLog-Onなどに行ってみたが、ここでも状況はさほど変わらず。しかしここで調達しなければ、この後カナダの田舎に帰って今年の手帳を手に入れられる見込みはまずないので、最後、尖沙咀のLog-Onで、多少妥協のすえ日本製の手帳を入手。とりあえず「手帳を手に入れる」という目的は果たした。

この手帳、どういうわけだか2月始まりで、だから2月の時点でも売っていたのだろうと思うが、1月始まりでも、4月始まりでもなく、2月始まりとは、いったいなぜ? 最近の日本では、2月に何か特別の意味があるのか? とやや訝しく思ったが、まあ当方に不便はないので、深くは追求せず。大きさはほどよいし、私好みの四角いマスが並んだ見開き1か月の仕様だし、紙質もいいし、まずはよい買い物だったと思ったのだが、こちらに帰ってきて「しまった…」と思った点がひとつ。この手帳、日本製だからカナダの祝祭日や記念日が、まったく載っていないのである。考えてみれば当たり前の話なのだが、先日学校で、「今年のPâques(復活祭)はいつ?」という話になり、「4月じゃないの?」と思いつつ手帳を開いて、Pâquesの記載がないことに気付くまで、まったく念頭に浮かばなかった。

その後あらためて見てみれば、建国記念日だの天皇誕生日だの、日本の祝日はすべて載っている上、大安だの友引だの六曜まで載っているが、欧米の祝日は全く記載なし。しかしカナダ在住の身として当地の祝祭日が書かれていないのは何とも不便だし、第一、銀行や役所の休日がわからないのでは困る。まったくもって「しまったあ…」なのだが、今さら遅し。仕方ない、薬局で貰った当地のカレンダーを見ながら、年間の祝祭日を全部手帳に書き込んだ。
来年は早めにアマゾン・カナダあたりで、ご当地製の手帳を手に入れた方が得策かも。デザインは今ひとつでも、少なくとも当地の祝祭日は載っている。




ああ、びっくり 2

さて、前回はこの2年半における香港の物価の上昇ぶりに吃驚したという話を書いたのだったが、実のところ、物価の上昇などより何より私を驚かせたのは、香港の道や店や地下鉄の駅に溢れる中国本土からの観光客の数だった。尖沙咀や旺角、銅鑼湾などの繁華街では、それこそ歳末大売り出しのアメ横並みに観光客がひしめいているのだ。その数だけでも混み合うのは必至なのに、どういうわけだかみなカラカラと小型~中型のスーツケースを引っ張って歩いているので、その混雑ぶりたるや並大抵ではない。本土観光客に人気の化粧品店や貴金属などは押すな押すなの盛況で、聞こえるのは普通話ばかり。香港の第一言語である広東語で客と話している店員など、ほとんど見かけなかった。

もともと観光は香港の主要産業のひとつだし、2003年に中国本土人の香港・マカオへの個人旅行を許可する「港澳個人遊(港澳自由行)」が始まり、その対象が03年の10都市から、現在の49都市へと拡大するにつれ、本土からの観光客は年々、増えてきてはいたが、しかし私たちが住んでいた最後の2010/11年当時は、ここまで多くはなかった。

あんまりびっくりしたので、この実感は統計数字で裏付けられるのだろうかと香港旅遊局のウェブサイトを見てみたら、2014年の訪港外客数はなんと6084万人(前年比12%増)で、うち7割が本土からの観光客! 香港自体の人口は約723万人(2014年8月香港統計局)だから、年間で人口の9倍近い観光客を受け入れているわけで、いやはや恐れ入りましたという他はない。ちなみに同じ2014年の訪日外客数は1341万人で、これでも過去最高だそうである。

いくら金を落としてくれる観光客でも、ここまで数が増えると当然ながら問題も出てくる。まずは単純な数の増加による公共交通機関や道路の混雑。雪だるまの元同僚の一人は、朝、道を横断するスーツケース集団をやり過ごすだけで、15分は余分にかかると言っていた。また繁華街の商店は観光客に占拠された形で、地元の香港人はほとんど買い物できない。(私も旺角の某商店で買い物するつもりだったのだが、あまりの人の多さ、レジまでの行列の長さに早々に諦めて店を出た。ま、私は今回は観光客で、地元民てわけではないのだが) 

そして買い物する観光客が増えれば、商業用店舗の家賃は上がる。上がった家賃が払えない店は、どこかもっと安い場所に移動するか、店をたたむか。実際、かつて地下鉄旺角駅のすぐ上、ネーザンロード沿いのビルにあった私たちのジムは消えていたし、そのジムの上にあったお気に入りの精進料理レストランは、今回、旺角駅と油麻地駅のちょうど中間、つまりどちらの駅からも余り近くない、ネーザンロードから1本裏に入った、あまりぱっとしないビルの4階に移動していた。精進料理では、一等地のビルの家賃は払いきれなかったと見える。

しかし、たとえ家賃が払える店でも、その上昇分は一定程度商品価格に転嫁されるわけだから、当然ながら物価を押し上げる。前回書いた物価の上昇、不動産価格上昇の一因は、本土からの観光客の激増にあるのだ。おまけにその高くなった家賃が払えるような店は本土観光客相手の店が大部分だから、目抜き通りで目立つのは「周生生」「周大福」「莎莎」「卓悦」といった貴金属、化粧品店の看板ばかり。そして薬局。近年、中国国内では品質粗悪、場合によっては有毒な食品や乳幼児用粉ミルクが販売される事件が起きており、ために安全な品を香港で買って帰ろうとする観光客が多いのだ。これは私が住んでいた頃からそうだった。ウィキによれば、化粧品店、ドラッグストアの数は2004年から2013年の10年間に、15倍に増えたそうである。逆に減ったのは、地元民相手の食料品店や家庭用品店、新聞スタンドや文具店で、それぞれ30%、25%減。前掲の雪だるまの元同僚も、昔近所にあった小さなレストランや食料品店は、みんな薬局(粉ミルクを売っている)になってしまったと言っていた。“みんな薬局”というのは多少大げさな物言いだろうが、長くそこに住んでいる彼女の実感としては、そういうことなのだろうと思う。

外の人から見れば、中国の一部である香港に、中国本土からの観光客が押し寄せているだけではないか。結局のところ同じ中国人同士ではないかと思われるかもしれないが、香港は中国ではない。確かに1997年に香港は中国に返還され、英国の植民地から“中華人民共和国香港特別行政区”となったが、1949年の解放以降、大躍進、文化大革命、改革開放といった共産党支配下における歴史を歩んできた中国本土と、アヘン戦争の結果による1842年の香港割譲以降、英国植民地としての歴史を歩んできた香港では、言葉だけでなく文化や生活習慣、人々のメンタリティが相当程度違う。香港人は自身と中国本土人(大陸人)を、明確に区別している。表面はどうあれ、香港人の心の中には本土の中国人を“あか抜けない田舎者”として蔑視する感情が確かにあるし、現在はそれに加えて“金だけはある成金”といったやっかみ半分の見方もちらちらしている。香港人に対し“同じ中国人”などと言ったら、怒りはしないまでも不快に思う人が大多数だろう。だからこそ、この本土からの観光客の増加は、文化摩擦をも引き起こしているのだ。

中国本土で普通語を勉強した者として、私は香港人のこの大陸人に対する根深い蔑視を容認するものではないが、しかし異なる生活習慣を持つ人々を大量に迎え入れざるを得ない香港人の困惑と不快も、よくわかる。

しかも香港には、観光客だけでなく本土からの移民も年々増えているのだ。2014年8月に香港統計局が発表した数字によれば、同年7月1日現在の香港の人口は723.48万人で前年同期比4.73万人(+0.7%)増。そしてこの4.73万人中、自然増は1.33万人で、残りの3.4万人はほとんどすべて中国本土からの新移民なのだ。そこに中国政府の意図が働いているか否かは別として、この調子で本土からの移民が増え続ければ、かつて新疆ウイグル自治区に漢族が大量入植して人口構成比ががらりと変わったように、香港の人口構成比が大きく様変わりして、たとえ普選が実施されても、何の問題もなく中央政府寄りの候補者が選出される日も近いかもしれない。総面積1104平方キロと、東京都の半分程度の面積しか持たない香港が、この調子で移民を受け入れ続けることができるのかどうかは別として。

ああ、びっくり 1

引き続き丑三つ時にぱちりと目覚める時差呆け生活を送っている。
今、午後2時。眠い。
香港とカナダ東部の時差は13時間。
完全なる昼夜逆転を元に戻すのは大変なのだ。

それはともかく、今回2年半ぶりに香港に行って、そのあまりの変貌ぶりにほとんど言葉を失った。変化の速さ、変わり身の早さが売り物の香港とはいえ、この2年間の変化は、かつて住んだ16年のうちのどの2年間よりも大きいという気がした。

まず驚いたのが物価の上昇ぶりだ。元の住まいの近くにホテルを取ったので、チェックインを済ませるとさっそく洗濯(磅洗)と買い物に出かけたのだが、10年以上通った馴染みのスーパーは場所と作りだけは元のままだったものの、売られている食品が、牛乳もジュースもカップ麺の類いも、思わず「え?」と我が目を疑いたくなるような値段で、雪だるまと二人、棚の前で出しかけた手を引っ込めて、まじまじ値札を見つめてしまった。

その後行った街市も同様。かつては10元で4~5個は買えたりんごが、今は10元で3個。同じく盛りで売られている梨や火龍果(ドラゴンフルーツ)も、値段が同じなら数が少なく、数が同じなら値段が上がっている。雪だるまが好きで、香港に行ったら食べようかと言っていた柚子(ポメロー)も1個22元では、かつてその半値程度で買っていたことを覚えているだけに、手が出ず仕舞い。

香港政府の統計では、この3年間の物価上昇率は累計で20%弱のようだが、香港在住の友人や元同僚などに聞くと、実感としての物価上昇率は30%超のようで、「以前は20元台だったマックのセットが、今は30元台」「茶餐店の定食も40元以上が普通」と、このところの物価の上がり具合を、あれこれと例を挙げて説明してくれた。

しかも物価は上昇しても、給料はそれに見合って上昇してはいないそうで、実際、香港統計局の数字では全業種における給与の中央値は2013年(2014年はまだ出ていない)で14,000元程度。今は円安だから換算すると約22万円になるが、ボーナスはほとんど期待できず、あっても1か月分程度の香港であってみれば、月収22万円の場合、年収は約286万円。300万円を切るのである。別に多くない。

それでいて家賃は相変わらず目を剥くほど高い。買い物ついでに近所の不動産屋も覗いてみたが、かつて私たちが住んでいたマンションの、同面積のフラット(3LDK)など、700万元台(1億円超)の値段が付いていて、それこそ仰天した。このマンション、私たちが出た2011年当時は400万元台だったのである。しかも3LDKとはいっても、実質面積は70平米程度。築25年の中古で、内装に凝っているわけでもなく、全く普通の中間所得者向けとしか言いようのないアパートなのだ。それがこの値段では、もう庶民には全く手が出ない。

買うのは諦め借りるにしても、3LDKで家賃月額22~25000元(33~38万円)では、夫婦二人で働いても給料ほとんど丸々家賃で消える計算である。払えるわけがない。もちろん香港の場合、夫婦に子供2人程度なら3LDKなどには住まず、よくて2DK、下手をすると1DKのフラットでも普通だが、それにしたところで家賃が13000元~では生活はかつかつ。家賃を払うために働いているようなものである。不動産価格が上がって喜ぶのは、自分の住まいのほかに賃貸用の物件を持っている人か、仲介業者、開発業者くらいのもの。無産の庶民の不満が爆発するのは当然だ。

しかしまあ、物価の上昇だけなら、世界中どこにでもある話。もっとインフレの激しい国・地域だってあるのだから、私も驚きはしても「私が知っていた香港はもうない…」などと、深い嘆め息をついたりはしない。今回、私がしみじみ遠い目になったのは、別のことが要因だ。しかしそれについては、また次回。なにしろここまで書くのに、2日かかっている。時差呆けの頭は、実に動きがのろく、お話にならない。帰ってきて今日で4日。いったい、いつになったら正常に戻るのか…

時差呆けバリバリ

  • 2015/02/06 13:22
  • Category: 雑記
帰って来た。
しかし、時差呆けバリバリ、疲労困憊

それでなくとも年と共に時差に対する適応度が落ちているというのに
今回、香港→バンクーバーの便が
飛行機のやりくりが付かなかったのか、約2時間遅れで出発
ためにバンクーバーでの乗継便に間に合わず
同地のホテルで1泊
予定より1日遅れてモントリオールに到着した。

中継地で一泊すれば、時差呆けは緩和されてもよさそうなものだが
本来なら半醒半睡でいるはずの時間に
エア・カナダ手配の、今回の旅程の中では最も上等と思われるホテルで
心地よく眠ってしまったせいか、体内時計がよりめちゃくちゃに狂ってしまったようで
昨夜12時半に寝たのに、今朝2時半には目が覚めてしまい
どう頑張ってもそれ以上眠れない。仕方がないので、諦めて4時半くらいに起きた。

そして同じく眠れなくて起きて来た雪だるまと共に
雪かきやらバードフィーダーの補充だのをした後、
空っぽの冷蔵庫の補充に買い物に出たのだが
買い物から帰ってきて、軽いお昼を食べたとたん猛烈に眠くなり
午後1時半から6時まで爆睡
これ以上眠っては、また夜眠れなくなるので無理やり起きて夕食の準備をし
香港で買ってきた『テルマエ・ロマエ2』を鑑賞しつつ夕食をとり
後片付けをして、シャワーを浴びて、そして今11時
またもや眠くなってきたが、さて何時まで眠れるか

今回、カナダ→日本/香港では、時差呆けが直るまでに5日くらいかかり
雪だるまと二人、最初の数日は毎日午前2時頃には目が覚めてしまって
本当に往生したのだ。

旅行は嫌いではないが、寄る年波。
今後は地球を東西に移動する旅行は、出来るだけ避けたいと、つくづく思う。
そして飛行機に5時間以上、乗るのもしんどい。
となるとここから行けるのは、赤道付近の南米止まりか
それならそれで、暖かくてよろしいが・・・

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プロフィール

らうとら

Author:らうとら
ドロシー・L・セイヤーズ、ローリー・R・キング、P.D.ジェイムズ、ディック・フランシス、水村美苗、高村薫、戸塚真弓、ヘレン・ミレン、シャーロット・ランプリング、ソフィ・マルソー(40代以降に限る)、ヘレナ・ボナム・カーター、アンジェリーナ・ジョリー、三代目金馬、小さん、枝雀、エンヤ、クイーン、ドゥルス・ポンテス、マドレデウス、J・S・バッハ、ちあきなおみ、トケイ・ピノ・グリ、アール・グレイ、自転車(冬季を除く)、あらゆる犬と猫
以上、私を幸せにしてくれる方々(敬称略)

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