訃報

肝臓がんで余命宣告され、中国に帰ったクラスメートの息子から
彼女の訃報が届いた。
息子と共に中国へ発ったのが先月の25日。
亡くなったのが、(たぶん)今月の22日。
(たぶんと書くのは、日付が書かれていないので
メールに書かれた「今朝」というのが何日の朝なのかわからないから)

故郷に帰って1か月も経たないうちに亡くなってしまったわけで
そのあまりのあっけなさに、何とも言いようのない気持ちになった。

息子からのメールによれば、中国に帰り、中薬(漢方薬)を飲み始めてから
腹部の腫れや脚のむくみがなくなったので、快方に向かっていると思っていたのだが
しかし、むくみがなくなった代わりに食べられなくなり
彼が作るお粥や湯(スープ)をほんの少し口にする程度で
本当に骨と皮ばかりになってしまった。
おまけに下痢がひどくて、1日に20回以上がお腹が下る。
だんだん歩くことも難しくなって、ほとんどベッドに寝たきりになった。
そして(たぶん)今月の21日、朝お粥を食べさせようとしたら
すでに腰を曲げることもできず、ぼうっとした様子で
どこを見ているのかわからない目になってしまったので
急いで病院に連絡を取り、入院させたのだが
すでに医師にもどうしようもなく
その翌日の早朝、彼女は静かに逝ったのだと言う。

彼女が中国に帰る日、私は彼女に会いに行って
「帰ったら食べたいものを食べて(彼女は常日頃から、ここケベックには
美味しいものがないと言っていた)、会いたい人に会って、
やりたいことをやって過ごして」と伝えたのだが
そして、たとえ完治は無理でも、調子のいい日があれば
そうしたことができるだろうと思っていたのだが
そんな楽観的な想像はこちらの勝手な思い込みに過ぎず
現実には彼女は好きだった海鮮や白切鶏を口にする時間もなく
逝ってしまった。

私と彼女はものすごく親しい友人だったわけではない。
ただ家が近所だったから、車のない彼女のために学校への足を提供し、
その行き帰りの車中で、あれこれの世間話をしていただけの仲である。

それなのになんだか、ずっしりと彼女が逝ったことが身に染みるのである。
なんで私より若い彼女が、20代の息子を一人残して、逝かなくてはならないのか。




息子からのメールの最後に「N(彼女の夫)に亡くなったことを知らせて
葬式に参加するか、参加するとしたらいつこちらに来られるか
連絡するよう伝えて欲しい」とあったので
メールを受け取った朝すぐに、近所に住むN氏に雪だるまが電話をしたが
彼はすでに医師から連絡を貰ったとかで、飛行機の手配も済ませ
明日発つ、彼女の息子にはすでに到着日と便名を知らせた、というので
雪だるまは型通りの悔やみの言葉を述べて、電話を切った。


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二大イベント

さて「コロノスコピー、山場は前日」の理由はもちろん、「絶食」と「2リットルの下剤」という二大準備イベントが前日にででーん!とあるからである。

特に絶食。ふだんから小食で、「朝は食べない、忙しければ昼食抜きでも平気!」なんていう人にとっては、1日飲み物だけで過ごすことなど何でもないだろうが、このワタクシ、食事は必ず1日3回。どんなに朝早い出発だろうと、朝食抜きで家を出ることなどあり得ず、昼食も夕食も常にしっかり食べ、食べることが好きなものだから、たとえ食事の直後であろうと「さて次は何を食べようかな」などと、次の食事のメニュをあれこれ思案できるような人である。

であるから、1日中固形物なし、口に入れていいのは透明液体のみと言われた時には、本当に目の前が真っ暗になる思いだった。しかし正しい検査のためにはどうしても腸が空っぽであることが必要とあれば、たとえ真っ暗闇夜のような1日になろうとやらねばならない。だって、せっかく検査してもらうのに準備の不備で病変を見逃されたり、見誤られたりしては元も子もないし、それで去年の手術みたいに「はい、もう1回!」なんてなったら目も当てられないからである。

というわけで前日は戦々恐々、指示を忠実に守りつつ、かつ我が旺盛なる食欲を抑え、誤魔化すために色々と準備した。まず飲み物はりんごジュースとレモネード。透明、果肉なしであること、赤色または紫色でないことが条件なので、そうなると該当するのはこの2種くらいなのである。オレンジジュースは果汁100%のものは果肉入りが多いのでだめだし、当地のミックスジュースはだいたいブドウ、ベリー系が入っていて赤いか、あるいはネクター風にねっとりと濃いので“透明”という条件から外れてしまう。

そのほか、甘いジュースばかりでは飽きてしまうので、白菜と人参、豚肉と生姜でスープも作った。調味料は塩と胡椒少々。汁をすくった時、実が入ったりしないように野菜は大きく切った。そして一応固形でもゼリーは食べていいと書いてあったので、オレンジ味のJell-Oも作った。

で前日は朝はりんごジュースとゼリー少々、昼はスープとリンゴジュース、夜はスープとゼリー、レモネード、合間にお腹が空くとジュースかスープを飲んで誤魔化すという風にして1日過ごした。何しろ日曜で、出かける予定も来客の予定もなし。好き勝手に過ごせるのはよかったが、1日中家の中にいると、キッチンカウンターの上の果物だの、コーヒーテーブルの上に残されたクッキーの鉢だの、そこここに置かれた食べ物が目につくのにはまいった。ふだんは何ということもなく見過ごしているのだが、空腹でしかも「食べてはいけない」と言われると、やたら目に留まる。我が家がこんなにも食べ物に溢れた家だったとは、この日この時まで気が付かなかった。

しかしまあ、こうした小さなことを別にすれば、絶食そのものは何とかやり通すことができた。固形物はだめでも飲み物は摂れるので、本当に何も口に入れられない時のように、力がなくなってふーらふらという事態にも、空腹で機嫌が悪くなって家人に当たり散らすという事態にも陥らずに済んだ。しかしこれは私が家で好き勝手にしていればいい人だから何とかなったのであって、仮に仕事のある人、会議とか接客とか肉体労働とかをしなければならない人だったら、1日飲み物だけというのはかなりきつかっただろうと思う。病院側の都合もあるだろうけれど、仕事のある人は絶食日が日曜に当たるよう、月曜を検査日にするのが安心かと思う。

そしてもう一つのイベント「2リットルの下剤」については、これは何というかやってみると実にあっけなかった。病院からの注意書きに「下剤により悪心、嘔吐感が起こることもありますが、実際に嘔吐することは稀です。飲みづらくても、少しずつちびちびと飲むのではなく、ごくごくと一気に飲んでください」とあったので、「はあ、絶食の上に嘔吐感ですか?」と飲む前はそれこそ嫌な虫でも見るように、テーブルの上の薬の箱を見ていたのだが、実際に飲む段になって、粉薬を1リットルの水に溶いてみると、1リットルというのは私が思っていたよりも少なく、かつ想像していたほど気持ちの悪い味でもなかった。透明で微かに酸味のある甘ったるい味は、ちょっと調整を間違えたスポーツ飲料といった感じ。しかしそうは言っても「おいしい!」という味では決してないので、ここはしみじみ味わったりせず、指示通り「ごくごく一気に」1回分250㏄を飲み干す。そしてタイマーをかけて10分後にまた250㏄、そのまた10分後にまた250㏄というように合計4回で1リットル。つまり30分で1リットル飲む勘定である。

*注)以下、主題が主題ですので、些か話が下がかります。お食事間近の方、また、その手の話題は苦手という方は、どうぞお読み飛ばしくださいませ。

1リットル飲み干した後はさすがに胃がこぽこぽする感じだが、幸い悪心や嘔吐感は起こらず、やれやれとほっとした。そして私は下剤というのは飲んですぐ効果が現れるのかと思っていたが、実際にその気が起きて来たのは1時間後。起き始めてからはかなり頻繁にトイレに通ったが、薬による便意は病気による下痢とは違い、腸が引き絞られるようなお腹の痛みも、身体から力が抜けていくような疲労感もないので、実にあっけらかんと楽ちん。「あ」と思ったらトイレに行って、とーっと出しておしまい。おまけに最初のうちこそ昨日までの名残の食物の残滓などがあったが、2回、3回とトイレ通いが重なるにつれ、排出されるのはほとんど液体ばかりとなる。日本語では尿を出すことを排尿、便を出すことを排便というが、この下剤の場合、当該行為の最も正確な表現は「排水」だなあと、トイレに座りながらしみじみ考えたりした。

しかしそのトイレ通いも1時間ほどでおしまい。つまり病院の指示どおり夜8時から薬を飲み始めると10時には終了→お寝すみなさいという段取りで、実にうまくできている。私も朝までぐっすり眠った。そして朝5時に起きて、また1リットルの下剤を飲んだわけだが、今度は本当に出てくるのは水ばかり。前日から液体しか口にしていないのだから当たり前だが、実に楽ちんな「排水」作業だった。終わった後は胃も腸も、きれいさっぱりすっからかん、という感じで、身体が軽い。試しに体重を測ってみると、ふだんより2kgばかり軽くなっていた。偉大なり、絶食と下剤!だが、この減った2kgのうち1kgは、検査が終わって普通に食事を摂り始めたとたん、即刻戻った。残り1kgはまだ減ったままだが、これも戻るのは時間の問題と思う。この私が、減ったままでいられるわけがない。

と長々書きましたが、これでおわかりの通り検査も準備も、想像するよりずっと楽ちん。お住まいの国、地域によって、手順や準備に多少の違いはあるでしょうけれど、当地と同程度の医療水準のところならば、だいたいまず似たようなもの。痛い思いや不快な思いをすることなく検査が受けられるでしょうから、検査が必要だったり、提案された場合は、あまり思い悩まずにお受けになることをお勧めいたします。下剤は特におもしろいです。

無事終了

さて月曜のcolonoscopieは、無事に終わった。結果は「異状なし」で、めでたし、めでたし。
以下、検査当日の顛末。

朝8時半に前回と同じ「Chirurgie d’un jour(日帰り手術)」の窓口に出頭。お決まりの本人確認、問診のあと、ホスピタルガウンに着替え、ベッドに横になって自分の番が来るのを待つ。

当町の病院の術前、術後を過ごす待合室(?)は、真ん中にナースステーションがある大部屋。たぶん20床くらい並んでいると思うのだが、個々のベッドはカーテンで仕切られているので、隣に誰がいるのかは見えない。今回私は待っている間に血圧と脈拍の測定、ついで点滴開始。にこにこと感じのよい看護師さんに「○○の薬を点滴で入れます」と言われたのだが、肝心の○○の部分が聞き取れず、よって何の薬が我が体内に流入しつつあるのかは不明。

そのうち別の看護師さんが来て、点滴つきのままカラカラと内視鏡検査室に連れて行かれ、鼻腔カニューレを装着。なんで酸素が必要なのかはわからないが、とにかく装着。すーす―鼻に入って来る酸素が冷たくて気持ちいい。そして右手人差し指に繋がれたセンサーが脈拍を、左腕に巻かれた血圧計が何分かごとに自動で血圧を測定しているのはわかるが、かなり首をひねってみても頭の後ろにあるスクリーンの数字は見えず、よって本日ただ今の脈拍、血圧は不明。残念。

そうこうするうち今度はまた別の看護師さん二人組が来て、点滴に痛みを和らげる薬を入れますと告げられ、ついで左を下に横向きに寝て、両脚をほぼ直角に曲げ、足をベッドわきの桟に入れて固定する検査姿勢を指導されたのまでは覚えているのだが、さてその後の記憶がない。Dre.Mが来たのも覚えていないし、内視鏡が挿入されたのも覚えていない。どのくらいの間、検査が続いたのかも覚えていない。記憶ほぼゼロである。しかし夢うつつのうちにも時々腹部に痛みを感じて「痛いなあ、もう・・・」とか思っていたのは覚えているので、全身麻酔のように完全に意識がなくなっていたわけではないと思う。

しかし次に完全に意識が戻った時には、私はすでにカーテンを引かれた待合室(?)のベッドにいて、周りには看護師さんもおらず、検査はとっくの昔に終わったという感じ。時計がないのでどのくらいの間意識なく眠りこけていたのかはわからないが、検査自体は15分程度で済むとのことだったので、いろいろ考え合わせても夢うつつだったのはたぶん30分ほどかと思う。

というわけで、検査そのものは半睡半撹、夢うつつの内にあっさり終了。拍子抜けするほどあっけなくて、絶食とか2リットルの下剤とか前日の準備段階の方がよほどしんどかった。どなたか日本で検査を受けられた方もおっしゃっていたが、大腸内視鏡検査のクライマックスは前日。当日の検査そのものは付け足しみたいなもので、山場というか見せ場というか佳境というか、とにかく正念場は前日にあるのだなあと、しみじみ思った。

よって、その楽しい、楽しい前日の模様についても書きたいと思いますが、これは書き始めると長いのでまた次回。この世に50年以上生きてまいりましたが、絶食するのも、下剤を飲むのも初めての経験で、いろいろ新しい発見があって大変面白うございました。特に下剤は面白かった。あれは、またやってみたいかも。

『Bande de filles』

  • 2015/07/20 08:45
  • Category: 映画
“フランス人”という言葉から、人が頭に思い浮かべるのはどんな人だろう? たぶん白人。ブロンドかシャタンの髪。軽いノリの洒脱なタイプ、あるいは皮肉っぽい理屈屋、女性ならキュートでコケティッシュ、または気位の高そうなマダムか。

『Bande de filles』(英題: Girlhood)に出てくるフランス人たちは、このどれでもない。
まず彼らは白くない。髪も金色や栗色ではない。
黒い皮膚に黒い髪、濡れたように光る黒い目だ。

その“黒い”彼らは、パリ郊外と思われる高層団地に住んでいる。悪名高い“Banlieue(バンリュー:郊外)”だ。もともとは単に“郊外”という意味でしかなかったこの言葉が、“移民”“貧困”“犯罪”という固定化したネガティブなイメージで使われるようになったのは、いつからだろう? 70、80年代、大都市近郊に大量の高層住宅が建設され、そこに旧仏植民地からの移民が大量に住み始めた頃からか。コンクリート舗装された敷地の中に、同じくコンクリートの建物、灰色の四角い箱が、すいっ、すいっと空に向かって立っている。維持に手間と費用がかかる木々や花々は、ほとんど見えない。装飾らしきものは、同じくコンクリートで作られた噴水とスケートボードパークくらいだ。灰色の敷地の中の灰色のオブジェ群。

主人公のマリエム16歳も、母親、兄、二人の妹と共にそこに住んでいる。母親はホテルの掃除係として働き一家を支えているが、彼女が留守の間、妹たちの面倒を見るのはマリエムの役目だ。2つ、3つ年上らしい兄は何をしているのか。働いている様子はない。だがそれでも彼は家の中のただ一人の“男”で支配者だ。女で年下であるマリエムたちは彼に従うのが当然であり、その規範から逸脱することは許されない。体力、体格的に兄に敵わないマリエムは、理不尽だと思っても従わざるを得ない。

マリエムは学校へ行き、女子サッカーのチームにも属しているが、学校でもチームでも彼女の周りにいるのは全部彼女と同じアフリカ系だ。鮮やかな顔立ちの、黒い皮膚の女の子たちが画面にあふれ、それだけ見ていると、ここがフランスなのだか西アフリカのどこかなのだか判然としなくなる。そのくらい彼女の生活圏には白人がいない。社会の主流から切り離された、移民だけの世界。

だから、この映画に出てくる白人は、すべて“部外者”として描かれる。小遣い稼ぎのカツアゲの相手、彼女がドラッグを“配達”する先で、賑やかにパーティに興じているのは白人だが、彼らはあくまで別の世界の住人。彼らの生活と彼女の生活は交わらない。それを証拠に、パーティに出入りするために着飾ったドレスやかつらは、アパルトマンを出たとたん、脱ぎ捨てられる。

学校で、普通高校に行きたいと懇願する彼女に「成績が十分でない」と言って職業高校を勧める学校教師に至っては、顔すら画面に出て来ず声だけだ。それは教師という個人ではなく、ただ彼女の前に立ちはだかる壁、彼女を拒絶する社会の壁なのだ。

行きたい学校へは行けない。家では兄が支配者で、押さえつけられる。学校をドロップアウトしてギャングの仲間に入ってみるが、そこでも男のボスがトップというヒエラルキーからは逃れられない。BFのイスマイルは「結婚しよう」と言ってくれるが、同じティーンエイジャーの彼と結婚し、16、7歳で子供を持ったとして、その先いったいどんな未来があるというのか? 

最後、彼女は1人で暮らしていたアパルトマンから母や妹たちが暮らす郊外の団地に戻り、入り口のインターコムを鳴らすが、結局、開けかけたドアをまた閉めて立ち去る。団地の中の広場、ブルーグレイの空の下、遠くにパリの高層ビル群を眺める見晴らしのよい場所で、彼女は「どこにも行く場所がない」と呟く。

見終わって、社会の低層に置かれ、そこから抜け出す道のない移民たちの閉塞感に、じわじわと蝕まれるような映画だ。監督は Céline Sciamma。私は彼女の『Tomboy』が大好きだったのだけれど、今回のこの映画もいい。楽しくはないが、いい。


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colonoscopie

月曜にえいこら自転車で病院に行ったばかりだというのに、火曜日また病院から電話があった。
何事かと思ったら、これがcolonoscopie(大腸内視鏡検査)のご連絡だった。急に空きが出たのか何だか知らないが、「来週の月曜にやりますので、薬局に薬を取りに行ってください」とのお達し。

そういえば遥か昔、確か2年くらい前、「家族を大腸がんで亡くしているあなたは罹患リスクが高いので、colonoscopieを受けた方がよいでしょう。予定に入れておきます。日時が決まりましたら連絡します」とは言われていたが、何しろ昔のことだし、その後、別の超初期がんが発見されて手術だの放射線療法だのやっていたので、colonoscopieのことはすっかり忘れていた。というか、どう考えてもあまり楽しくなさそうな検査なので、連絡がないのをこれ幸いに過ごしていたのである。

それがここにきて急に「では来週」とは・・・。うーん、病院は忘れていなかったと見える。ならば仕方がない、と本日薬局まで行って来た。処方箋薬の窓口でその旨伝えると、渡されたのは『Bi-Peg Lyte』という縦横13㎝、厚さ6㎝くらいの小箱。中には錠剤3粒と、水に溶かして服用する粉薬が2袋。“Bowel Prep Kit”とあるので、「腸管前処置キット」つまり下剤のセットである。やれやれ。

箱と一緒に渡された説明書きによれば、
1. 検査日前日の午後4時頃に、錠剤3粒を服用
2. 夜8時頃に、粉薬のひとつを1リットルの水に溶かし、10分ごとに1カップ(250cc)ずつ、4回に分けて服用
3. 夜12時以降は、飲食禁止
4. 検査当日、出発3時間前に残りの粉薬1袋を同じく1リットルの水に溶かし、また10分ごとに1カップ(250cc)ずつ、4回に分けて服用
だそうである。

「夜12時以降は飲食禁止」と言っておきながら、また朝に下剤を飲むのか? 下剤は“飲食”に入らないのか?と突っ込みを入れたいところだが、薬剤師さん相手にそんなことを言っても始まらないので、そこはぐっと我慢。

ついでに言えば、説明書きの上部には「検査前の1週間は、ナッツやタネは食べないでください」とあり、例としてgraine de lin(亜麻)、tournesol(ヒマワリ)、sésame(胡麻)が上げられていたが、実は私はその朝、シリアルに混ぜてgraine de linを食べたばかり。「んなこと言ったって、今さら遅いぜ!」である。そもそも検査前1週間を切ってから連絡をくれるから、こういうことになるのである。が、とにかく食ってしまったものは今さらどうしようもない。薬剤師さんに「今朝、亜麻食べてしまいました」と告げると、薬剤師さんは一瞬「え?」という顔をしたが、「ま、問題ないでしょう。ただ当日その旨、医師に話してください」と、あっさりしたもの。まあね、食べたと言っても量はせいぜい小さじ2杯程度。検査までの5日間に、大方は排出されてしまうだろう。なんたって下剤キットもあることだし。

もひとつついでに言えば、検査日前日は固形物の摂取は禁止。常に食欲旺盛、「お腹が空いた」が口癖で空腹にとことん弱い私は、こう聞いただけで目の前が真っ暗になる思いだが、それに追い打ちをかけるように、前日は飲み物までも制限付き。飲んでいいのは“透明な液体”だけだそうである。例として挙がっているのは、清涼飲料水(セブンアップ、スプライト、ジンジャーエール)、コンソメ、ゼリー(果物や固形物が入っていないもの)、果肉なしのジュース(りんごジュース、レモネード)、水、お茶、ハーブティー、コーヒー(ただし牛乳、牛乳加工品、コーヒー用着色料を加えてはいけない)、アイスキャンディー(ポプシクル)、ゲータレード(赤色のものを除く)。なんだか空きっ腹に、水だけかぽかぽしているような、もの悲しいイメージ。

おまけに、牛乳で飢えをしのごうかと思っていた私にダメ出しをするかのように、「いかなる形の乳製品(produit laitier)も禁止」とある。がーん・・・ これでは一体、何で飢えをしのげばいいのか? 私は空腹だととことん力が出ず、しぼんだ風船のようにへたり込んでしまう人なのである。夏の盛りの楽しい日を、そんな状態で1日過ごすのか?

そういえばドイツにお住まいの医師「くまさん」(『黒い森の白いくまさん』)は、同じ検査の時、ノンアルコールビールで飢えをしのいだ、さすが“飲む栄養、液体のごはん”と言われるだけあって、ビールは腹持ちがよかったと書いていらしたが、うーん、私はビールの味、苦手だしなあ。でもお腹が空いてへたり込むよりはましだから、明日あたり買いに行ってこようかなあ。

と、なんだか気乗りしていないのが見え見えの文章を書いてしまったが、こうして当地の医療システムに乗っかり、検査してもらえること自体は、有難いと思っているのである。上記の下剤セットは有料(税込み33カナダドル)だが、検査自体は無料だし、これで早めに異常が発見されて措置してもらえれば、病気が進行してから発見されるよりずっとよい。前日の絶食&下剤服用も、ダイエットの一環(方法が私の好みよりは過激だが)と思えば、我慢できないことはあるまい。

ちなみに担当医師は、今週月曜に会ったばかりのDre.Mである。彼女、外科が専門の何でも屋さんなんだろうか?

ぼちぼち

  • 2015/07/14 21:46
  • Category: 雑記
先週から雪だるまの仕事が立て込んでいる。
そもそもは前回書いた叔母さんちに行くために「来週の水、木は不在となります」と
契約している3社にお知らせしたら、「あ、それなら出かける前にこれを」と
3社全部から仕事が舞い込んだのがケチのつき始め。
(有難い仕事の依頼を“ケチ”などと言ってはバチが当たるが、
こなしきれないような量の仕事が一時にどっとやってくるのは
“うれしい悲鳴”状態ではなく“うれしくない悲鳴”状態である)

その時依頼された仕事は、朝から晩まで机にしがみついて仕上げ
何とか身軽な状態で叔母さんちに出かけることが出来たのだが
木曜夜に帰ってきて一応メールをチェックしたら
また新たな仕事の依頼が、どっと一山。
おかげで以来雪だるまは、ジムに行く以外、自由時間はほとんどなしで
仕事にかかりきりになっている。
昨日は「時間がない」と言って、日課の夕食時の映画すら見なかった。
ついでに今まで雪だるまがお楽しみ半分でやっていた芝生のハゲ部分の補修作業も
私に降ってきた。
「とてもやっている暇はないから、悪いけど君がやって」だそうである。
芝がしっかり根を張る前に冬が来てしまうと、その部分は死んでしまうので
できれば今週中に種まき&目土入れをして、充分な生育時間を確保したい
ということであるらしい。
学校もなく、毎日したいことをしているだけの私であるので、もちろん承諾した。
どうせ毎日庭に出ているのである。ひとつぐらい仕事が増えたところで
何ということはない。

も一つついでに、昨日は術後の定期検診も一人で行って来た。
ふだんは雪だるまと2人で行くのだが、何しろ今彼は忙しい。
どうせ定期検診は、触診して、「変わったことはありませんね?」と簡単に問診して
おしまいである。複雑な状況説明や、治療方針などの説明があるわけではない。
それに第一、定期検診担当のDre.M は、いざとなれば英語を話せる人である。
私一人でも、別に困らないんである。

というわけで、自転車に乗って一人で出かけた。
病院に自転車で来る人は少ないので、外来者用駐輪場は
いつもガラガラ。昨日も自転車は私のが1台だけ。
午後の熱い陽射しの中、自転車で15分ばかり走ったので
診察室に入った時は、顔も身体もじんわりと汗ばんでいたが
大忙しのDre.M がやってくるまで、30分以上待ち時間が合ったので
汗は自然に引いた。ほっとした。
いくら仕事でも、汗だくの身体を触診するのは気色のいいものではないだろう。

そしていつもの「こんにちは、変わりはありませんか?」の挨拶の後
一人の私を見てDre.M が「このままフランス語でいいの?」と聞くので
「はい、フランス語で試してみたいです」と答えて続行。
なにしろ5、6回目の定期検診なので、目新しいことはない。
質問に答えて、こちらも質問して、特に不都合なこともなく無事に終わった。
「おし、これからはいつも1人で行くぞ」と決めた。
術後の定期検診は少なくとも5年は続く。
ながーいおつきあいなのである。

関係ないが、叔母さんちから帰った翌日
お義父さんもバラを持ってきてくれた。
同じように水を張った鉢に浮かべて来てくれたのは、
こちらの習慣か?


叔母さんちのに比べ、こちらは大輪。
1輪で、鉢にいっぱい


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もひとつ、おまけ

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叔母さんちの庭

狼男小路の叔母さんちから帰って来た。
幹線道路から折れて、車1台通るのがやっとという小道の奥
というロケーションに変わりはなかったが
何年か前に行った時より近所に家が増えた感じで、
そのせいかどうか、狼男は出なかった。

叔母さんちは傾斜地に建っているので、当然ながら庭も起伏に富んでいる。
高低差のある庭というのは、それだけでも趣があるものだが
叔母さんちはもともとは林を切り開いて建てられた山荘だけあって
そこに丈高い木々がさまざまに生い茂り、
草花が自然な風に植えられ、
そしてところどころにぽこっと陽の当たる草地が作られていたりするので
何回歩いても、全然飽きない。
しかもしかも、庭の一隅には渓流といっていいような小川まであるのだ!
なんという豪奢!

こんな庭があったら、夏の間中どこにも行けなくても
庭に出るだけで幸福感でいっぱいになる。
事実叔母さんは、朝起きるとコーヒーを手に庭を一回りするのが
何よりの楽しみだそうだ。


庭の一角には池があり

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蛙がいた。

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叔母さんによると、蛙は6、7匹いるそうである。

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そして、水連が咲く。

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叔母さんが庭の薔薇を摘んで、水を入れた鉢に浮かべた

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草の上に、置いてみた。ひとつひとつ、みな色が違う

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庭の一角に、なぜか鳥居がある

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そして鳥居の上には、なぜか赤い龍がいる
日本と中国と混然一体

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庭の一隅を流れる小川
夜、窓を開けて寝ると、からころと流れる水音が枕元に聞こえる。
まさに“枕の下を・・・”という感じだが、カナダの山の中の渓流に
祇園の艶っぽさはない。

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小川から上の庭に出る石段

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本当はもっと写真を撮りたかったのだが、まぬけなことに電池切れ。
続きは次回、と言いたいところだが、今年はもう行かないと思うので
次回は早くても来年の夏。
その頃にはまた庭も変わっているかも。

95 lb × 10

  • 2015/07/07 11:34
  • Category: 雑記
今日、去年の手術以降初めて、ベンチプレスで95ポンドを10回挙げることができた。
最盛期には95ポンドなんて準備運動みたいなものだったが、それから早10年。引越やら手術やら寄る年波やらで、拳上重量は年々低下の一途。特に去年は1月に手術して、3月にまたやり直しの手術をして、その後は放射線療法と、あれやこれやで半年くらいまともなトレーニングができなかったので、拳上重量はガタガタに落ちまくり、かつては軽く挙げていた95ポンドすら、7、8回がやっとという体たらく。

まあ、私は雪だるまとは違って根性なしだから、ぎりぎりまで負荷をかけるような筋力トレーニングはしないし、けがや故障もまっぴらだから(健康維持のためにやっている運動でけがをしてどうする?)、無理だと思えばさっさと止めるので、それで拳上重量が上がるはずもないのだが、今日はどういうわけだか調子がよくて、いつもなら7回目ぐらいから腕が震えて挙げられなくなる95ポンドが、するするとでもないが10回、挙げられた。

うーん、これはどうしたことか。
手術から1年半を経て、大胸筋および上腕三頭筋、三角筋等々が、元の力を取り戻したのか。それとも“寒ブリ胴体”を避けるために最近力を入れ始めた腹筋運動が功を奏し、腹筋が強くなることによってベンチプレスの拳上重量も上がったのか。(ベンチプレスで主役となるのは大胸筋だが、もちろん腹筋だって使う)

なんにしても、挙げられなかったものが挙げられるようになるのは、嬉しい。今、私のマックスは105ポンドなのだが、ぼちぼち鍛えればまた、最盛期の135ポンドは無理でも、115ポンドくらいは挙げられるようになるだろうか。

ベンチに寝転がって重いものを持ち上げたからと言って、何が変わるわけでもない。友人の一人には昔、「なんの意味があるんですか? くっだらない!」と言われたが、これはまあ要するに、毎日少しずつ努力して、できないことをできるようにする、ということのひとつで、つまり語学とか何かの習い事と同じ。ついでに言えば、筋力を維持して寝たきり老人にならないようにする、という大義名分もあり。それですべてが防げるわけではないけれど、脆いよりは頑丈な方が、本人も周りも便利だ。

***************

ところで全く関係ない話だが、水曜から1泊の予定で叔母さんちに出かける。
自分で運転して叔母さんちに行くのは初めてなので、ナビに入れるためにお義父さんに叔母さんちの住所を聞いたら、これがなんと“Chemin Loup-garou” 日本語にすると“狼男小路”という感じで、一度聞いたらまず忘れないユニークさ! 
叔母さんちは確かに、山の中のガタガタ道をくねくね上った奥にあるのだけれど、それにしても“狼男”とは・・・ 
まあ“Chemin Vampire(吸血鬼小路)”とかよりはましか。

大雨の後には

大雨の後には

芝生にキノコが生える


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なんだかシメジに似ている気がするんだけど

食べられないんだろうなあ、これは

野菜、花

天気予報によると向こう2週間、最高気温が25℃を超える日はないそうである。今(29日朝8時半)も外気温は15℃。庭に出るにはジャケットが必要だった。

それでも陽射しは強いので、花や野菜はおおむね元気に育っている。先週から例の黒龍江豆が収穫できるようになったし、一昨日はサラダ菜を初収穫して食べた。いろいろ植えすぎて畑はいっぱいになってしまったので(もともとあるルバーブ4株に加え、今年はトマト4本、ししとう3本、きゅうり、豆、ケール、人参と欲張って植えた。強欲な根性が透けて見える畑である)、サラダ菜はコンテナに植えたが、まあ元気に育った。ほんとはまだ別のレタスの種も貰いものであるのだが、さすがにもう場所も鉢もない。これらは秋に室内で育ててみるか、あるいは来年に譲るか(来年でも芽、出るのかな)


緑のと紫のと、いろいろ混ぜ混ぜのサラダ菜

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パセリも芽が出たが、果たして夏が終わるまでにちゃんとパセリになるか、やや危うい

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花の方も6月は次から次へいろいろと咲く。一昨日は薄ピンクの芍薬“シャーリー・テンプル”のつぼみが、ついに開いた。この花は、おまけで貰った根を植えて3年目。2年目の去年は芽が出て茎が伸び、葉っぱをつけたが、花は咲かなかった。なので今年こそは花をつけるかな、と楽しみにしていたのだ。それが咲いた。

なぜ“シャーリー・テンプル”なのかは、よくわからない。
このピンクのふわふわ具合が、天真爛漫にかわいらしい彼女のイメージということか



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同じく根を植えて3年目の白のアスチルベも、今年は花が咲きそうだ。花茎が伸びてきている。春にタネを蒔けば夏には花が咲く1年草とは違い、こうした花木や多年草は時間がかかる。だいたい蒔いたその年は花は咲かず、咲くのは早くても2年目。株としてしっかり落ち着くのは4、5年目くらいからか。まったく長生きしないことには、庭の花も楽しめない。

そうして咲いた花はもちろん、大部分はそのまま庭で咲かせて楽しむのだが、たまにはちょんちょんと摘んできて、花束にしたりもする。その時咲いている花を適当に摘んでくるので、フラワーショップのきちんとアレンジされた花束とは違い、脈絡なくごたまぜでとりとめがないが、夏の庭の花なのだからそれはそれでいいと思っている。


フォックス・グローブ、ジェラニウム、なでしこ、カリフォルニア・ポピー、ルピナス、ガイラルディア、
コレオプシス、ネペタ、ヒューケラ etc.


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そういえばP・D・ジェイムズの「黒い塔」だったかに、入院中のダルグリッシュのもとにコーデリア・グレイから見舞いの花束が届くという箇所がある。親しい友人とは言えない、事件を通じての知り合いに過ぎない彼女からの花束は、他の人から贈られた“温室咲きのバラ”や“やたらと大輪の菊”、“作り物めいたグラジオラス”などとは対照的な、“自分で摘み、注意深くアレンジした小さな花束”で、いかにも彼女らしい個性に溢れたものだ。そしてそれを見てダルグリッシュは「彼女は最近、田舎(country garden)に行ったに違いない」と思うのだ。

「黒い塔」が出版されたのは75年だから、それから40年経った今ではもう、田舎の庭で摘んだ花束を人に贈る人などいないかもしれないが、春や秋、折々に咲く花を集めた花束は、素朴できれいだろうなあと思う。つい最近読み返した別の英国小説でも、主人公が庭のダリアと菊を摘んで居間の花瓶に挿すという場面があった。そしてそのダリアや菊の隣にはキャベツやセロリ、しっかり藁をかけたアスパラガスの畝などがあるのだ。ああ、英国の田舎の庭!

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プロフィール

らうとら

Author:らうとら
ドロシー・L・セイヤーズ、ローリー・R・キング、P.D.ジェイムズ、ディック・フランシス、水村美苗、高村薫、戸塚真弓、ヘレン・ミレン、シャーロット・ランプリング、ソフィ・マルソー(40代以降に限る)、ヘレナ・ボナム・カーター、アンジェリーナ・ジョリー、三代目金馬、小さん、枝雀、エンヤ、クイーン、ドゥルス・ポンテス、マドレデウス、J・S・バッハ、ちあきなおみ、トケイ・ピノ・グリ、アール・グレイ、自転車(冬季を除く)、あらゆる犬と猫
以上、私を幸せにしてくれる方々(敬称略)

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