『マッドマックス4』

  • 2015/09/26 03:17
  • Category: 映画
『マッドマックス4』を見た。

ジェリーの感想: 「風呂にも入らないで何日も砂漠をうろついていた奴ら(注:マックス、フュリオサ一行のことを指している)が、あんなにきれい(clean)なわけはない!」

私の感想: 「このコミュニティに未来はないな」

雪だるまの感想:「ふーん・・・」

ポスト・アポカリプスの世界なんだから仕方がないとはいえ、私には登場人物たちのプリミティブさがやりきれなかった。フュリオサたち、独裁者イモータン・ジョーを倒してシタデールに帰ったけど、彼らを歓呼の声で迎えた一般民衆はその態度、行動から見て民主制が成り立つレベルにはなく、とすれば誰かが指導者となって今後、水の分配や食料の生産を管理していかなければならないが、クーデターを実行したフュリオサ一行の中にすら指導者となれそうな器はほとんど見当たらず、ましてイモータン・ジョーの元部下たちの中には暴力担当はいても、真っ当な頭脳で管理に当たれそうな者は皆無。次期指導者は育っていないのだ。となると残された道はイモータル・ジョー時代同様の独裁制。たとえば成り行き上フュリオサが指導者になったとして、武器を持つ戦闘集団ウォーボーイズや、本能だけで動いているような無知蒙昧な民衆を抑えきれるか、私には疑問だ。

ワイブスたちにしたところで、一時は「私たちはモノじゃない!」と叫んでフュリオサと行動を共にしたが、イモータル・ジョーがいなくなったことにより、“独裁者の妻”という特権的立場は失われた。ジョーの所有物、子どもを産むための出産母体としてのみ扱われることは嫌っていたとしても、シタデールの住人たちの中では例外的に衣食に不自由せず、労働もしていなかった優雅な女たちだ。今後、新しい独裁者の下でそうした特権がなくなり、一般民衆と同じ扱いを受けるようになれば、たとえ頭ではそれが正しいとわかっていたとしても、心のどこかで不満に思い始めることは確実。その不満が積もり積もれば、ある日、戦闘集団の中の誰かを抱き込んで、新たなクーデターを画策しないとも限らない。(いつの世でも、どこの世界でも、色と欲に引っかかる男には事欠かないし) いずれにせよ、このシタデールというコミュニティの未来は、ばら色 とは言い難い。

とまあ、ソファに寝転がって2時間、ペシミストの私は上記のようなことをぐたぐだと考えていたわけだ。『マッドマックス』はそういうことを考えるための映画ではなくて、ウォー・リグ、ギガホースなどそこに登場するケンランゴーカな乗り物とか、軍用トラック?の上で火炎放射器付きエレキギターを掻き鳴らす、ぶっちぎりサイケなお哥さんとか、ながーい棒の先っぽに取り付いて、びよーん、びよーんと相手を攻撃するボーイズとか(どうでもいいけど、あの棒、もし人間が支えているのだとすると、すごい力だと思う)といった豪壮華麗なヴィジュアルと、埃まみれではあるが勇猛果敢に華々しいアクションの数々を楽しむための映画であるとは思うのだけど。
その前に古い政治映画、Costa Gavrasの70年代の作品を見たのがいけなかったのかもしれないな。しかしまあ、その話はまた次回。


ギターおにいさん

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今年は自宅学習

  • 2015/09/20 08:36
  • Category: 言葉
今まで3年間参加していた仏語教室、今年は行かないことに決めた。理由は以前にも書いたが、町の規模が小さく1クラスしか作れないため、常にその年新たに入った初級者のためABCからの再スタート。どう頑張っても、授業内容の大半が前年の繰り返しになってしまうからである。自分自身が初級者だった1年目、2年目はそれで十分勉強になったし、こうした機会を州政府、自治体が無料で提供してくれることに対しては今も深く感謝してはいるのだが、3年目の去年は語彙はともかく文法的には完全に前年の繰り返し。全く先へ進めず、かなーり退屈して「これなら家で勉強した方が、よほど効率的かも・・・」と、学校の行き帰りよく考えた。

そしてその状況は今年も変わらないようで、一昨日の木曜日、2015-16の仏語教室の説明会に参加したのだが、出席した14、5名の大部分が新しい人で、かつ校長やジョジアンからの簡単な挨拶や授業の説明にそれぞれ英語、スペイン語の通訳を必要としたところから見てほぼ初級者。私も含め去年のクラスメートも何人かいたが、今年も参加すると言明したのは2名だけ。残りは説明会には来てみたが、学校に行くかどうかはわからない、と。

去年に引き続き教師を務めるジョジアンは、中級者向けの内容も加えるとは言っていたが、上記の人数比率から考えて初級者主体の授業内容にならざるを得ないことは火を見るより明らか。それならば私は今年は自宅学習。家でネットと本と雪だるま相手に、ぼちぼち勉強することにした。

どうせ今でも毎日家で勉強しているのである。学校に行っていた時のように、毎日午後1時から4時までみっちり3時間なんてことは意志薄弱なのでできそうもないが(午後は天気がよければサイクリングや散歩がしたいし、編み物もしたい)、夜はお勉強の時間。視力と相談しながら、今やっている音読とディクテと練習問題を続けていきたい。進歩がほとんど見えないので時々モチベーションがぐーっと下がるのだが、止めてはいけないと思う。

ディクテと言えば、今は以前ジョジアンが紹介してくれたこのサイトでやっている。学年(?)別になっていて、それぞれ「繰り返しなし」版と「繰り返しあり」版があるので、私のように一回では聞き取れないのろまには大変便利。内容は環境保護とかケベックの歴史とか、教育的なものが主だが、ケベックへの移民の多さを反映して旧仏植民地アフリカ関連も多い。ものすごく面白い!とは言えないが、語彙とか、まあ役には立つ。

だいたいはひとりでやって、ひとりで答え合わせをして「とほほ・・・」と肩を落としているのだが、先日たまたま雪だるまがやってきて、面白がって一緒にやった。私は雪だるまが手伝ったのだからほぼ正解だろうと、お気楽に「答え合わせ」をクリックしたのだが、これがなんとお間違い14カ所! まあ私がひとりでやると、初回は30カ所以上間違えるのでそれに比べればはるかにましではあるのだが、それにしてもネイティブのくせに小学生用のディクテで14カ所も間違えるとは・・・ 

雪だるまの場合、聞き取れないわけではなく、内容は完全にわかっているのだが、綴りを間違えたり(特にアクサン)、動詞や形容詞を主語/名詞の性・数に合わせて変化させるのを忘れたりして、×が14個もついたのである。だいたい複数を表す語尾のsは普通は発音されないから、リエゾンでもしない限り耳には残らない→つい付けるのを忘れる、という次第。たぶんフランス語で教育を受けた人なら、このあたりほとんど習慣として自動的に正しく書けるのだろうが、いかんせん雪だるまフランス語による教育は小学校2年生で終わっている。支障なく喋れはするが、正しく書けるとは限らないということである。なかなか面白い。

ちなみにこのディクテサイト、ケベックのサイトなので発音はケベック風だと思う。(私には判断できない) ケベックフランス語に興味のある方は、どうぞお試しを。

ジムに行けずに編み物三昧

昨日はジムに行くはずだったのだけれど、朝、雪だるまに急な仕事が入って取り止め。そして今日も、すでにジムに行くつもりで着替えていたのだけれど、またまた急な仕事(昨日、急ぎ仕上げた書類の内容に大幅な変更が出たのだそうだ)が入って、取り止めになった。フリーランスだと、こういうことはよくある。自由なようで、自由でないのがフリーランスなのである。たとえば先週の木曜も、買い物に行く予定だったのだけれど、急な仕事が入って取り止めになった。

まあ私は毎日暇にしているので、朝突然その日の予定が変わっても別段支障はない。「あ、そう」と言っておもむろに要らなくなった準備(たとえばジムバッグ)を片付け、さっさと違うことを始めるだけである。

そんなわけで昨日は朝から編み物三昧。ちょうど編み終わりかけていたカーディガンを仕上げてブロッキングした。そして次の編み物に取りかかった。

ブロッキングしたカーディガンはアルパカレース2、メリノレース1の3本取りで編んだので、ふわりと軽く、かつ柔らかく大変気持ちがよい。前立ての縁がアイコードで、慣れぬもので固く編み過ぎたのか少々つり気味だったのだが、ブロッキングで少しずつ少しずつ、ゆーっくり引っ張って固定したら、まあまあ真っ直ぐの裾線になった。


背中に斜め井桁模様?あり。デザイナーは Isabelle Kraemer さん

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あとはこの間Eベイで買ったボタンが届くのを待つのみ。中国からだと1か月以上かかるが、香港からだから2週間くらいで何とかなるか? 買ったのは20ミリの灰色の貝ボタン。


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何も遠路はるばる香港からなど買いたくはなかったのだが、近所のウォル○ートでは貝ボタンは扱っておらず、といってお隣の米国は、近いのは近いが元々の値段が高い上、送料も高いので、懐の寒い私は手が出ず、やむなくお値段手頃の香港ショップという次第。ただ、今回50個買ったので(そんなに要らん!とは思ったのだが、ロットが50個だったのだ)、今後、上から下までボタン留めのロングコートでも編んだりしない限り、たぶんもう一生、20ミリの貝ボタンは買わなくて済むと思う。

そして実はその前に、やはり同じ貝ボタン、ただしサイズは15ミリを100個(ロットが100個だったのだ )、中国から買ったので、こちらもまた、たぶんもう一生、同じものは買わなくて済むと思う。編み物系で、ボタンをいっぺんに100個も使うようなガーメントは、私には想像できない。

ケチ臭い私は150ドルを惜しんでアークトレイナーに移行

  • 2015/09/14 09:03
  • Category: 雑記
春先から初夏にかけての庭仕事シーズンから、冬籠りに向けての編み物シーズンへの移行とともに、体重が増加傾向になる。植えたり刈り込んだり雑草取りをしたり、あるいは水道と花壇を何度も往復して水/肥料を撒いたりの庭仕事とは違い、編み物はぺたりソファに座りこんで、動かしているのは手先だけなのだから、太るのは当たり前だ。去年はこれで1キロ太り、未だ解消できないでいる。(例の大腸内視鏡検査で減った分は、あっという間に回復した。驚異的な速さだった)

それでなくても私は元々“痩せている”方ではないのだから、毎年1キロずつ増やしては、すぐに医者が言うところの“望ましい体重”を超えてしまう。それはまずい!と先日「ランニングを始めてみようか」と考えた。お散歩友達のマダムBが、この夏せっせと走って12ポンド(約6キロ)の減量に成功し、目に見えてほっそりした姿でジムに現れたのがきっかけだ。スポーツサイトによれば、走るのは全身運動で体重を減らすにはもってこいの上、特別な用具や設備は要らないというお手軽なスポーツだ。不器用な私だって、できる。

で思い立ったが吉日と、先々週あたりからジムで軽く走り始めてみた。ジムであるから走るのはトレッドミルの上。ミルは速度も傾斜角度も調整可能、いかようにも負荷を変えられる便利なマシンだが、当方走るのは20余年ぶり。しかもアラフォーどころかアラフィフ、いやむしろアラカンに近い。急にたくさんは走れない。よって最初は5分走ったら2分休み、また5分走るというような断続的なランニングをやってみた。こんな走り方でも合計20分も走れば、満身大汗になれる。しかも走った後は、いかにも「運動をした!」という感じがして、なかなか気分がよい。じりじりと右肩上がりだった体重も、横ばい傾向になって来た。これが株価だったら眉が曇るところだが、体重ならば望むところ。

が、気を良くして週3回走っていたら、そのうち膝と左足首が痛み始めた。膝はたぶん寄る年波、左足首は大昔、捻挫したところに負担がかかった結果らしい。「うーん、これはやはり専用のシューズが必要か」と思い直した。実はこの間履いていたのはプーマのスポーツシューズで、運動用ではあっても膝や足への負担を和らげる、ランニング用の靴ではなかったのだ。ミルの上を軽く20-30分走るだけで、タイムを競うわけでもないし、ハーフやフルマラソンに出ようというわけでもないのだから、専用シューズでなくてもだいじょうぶだろうと思っていたのだが、どうやら年寄りの身にはそれなりの装備が必要だったらしい。

そういえば雪だるまの友人のひとり、トロントのドーンは少し前まで熱心に走っていて、フルマラソンにも参加するくらいだったのだが、走り込み過ぎて膝と脛骨(スネの骨)を傷め、最近は走っていないそうである。ドーンは私と同い年。マラソンに出るくらいだから、ちゃんとしたランニングシューズを履いていたのだろうに、それでも走り込めば故障は出るということか。

健康維持のためにやっている運動で、身体に故障を起こしては元も子もないので、今後も走るつもりなら靴を買うしかないかと、ネットでいろいろ調べてからスポーツ店へ行ってみた。そして驚いた。アシックスのニンバスとか、スポーツサイトで膝や足への負担を和らげると推薦されていた靴は、どれも軽く100ドルを超えている。中には200ドル近いものもある。もちろん50ドル前後の手頃な価格の物も並んでいたが、そういうのは履いて歩いてみた時の感じが全然違い、故障軽減には貢献してくれそうにない雰囲気である。これでは買う意味がない。が、かと言って、週に3、4回、ちょっと軽く走りたいだけ、本格的にランニングを始めようと考えているわけではない私に、150ドル近い投資をするだけの覚悟があるかと聞かれれば、それは否である。

で結局わたしは、20分近く店内をぐるぐるしてはみたものの、何も買わずに帰って来た。そして考えた。ランニングをするには靴が必要だ。しかし靴を買ったところで冬が長く厳しい当地で、外を走れる期間はごくわずか。結局1年のうち大半は、室内(=ジム)で走るしかない。そしてジムで運動するのなら、何も膝と足首に負担のかかるランニングをしなくても、他にも有酸素運動はある。たとえばエアロバイク、たとえばステアマスター、たとえばアークトレイナー等々。そしてこれらはみな、ランニングに比べ格段に膝への負担が軽く、衝撃吸収材の入った靴を買わなくてもできるのだ!

そんなわけでケチ臭い私は3週間続けたランニングを止め、アークトレイナーに切り替えた。これも(負荷のかけ方にもよるが)15分も続ければ、全身が汗ばんでくる。しかも傾斜角度を変えることによって、鍛えたい筋肉を集中的に鍛えることができるのだそうだ。唯一の欠点はトレッドミルと違いマシンにTVがついていないので、大好きなホーム&ガーデン番組が見られないこと。まあもっとも、10分を過ぎて額に汗が浮き始めると、呼吸のリズム以外のことを考える余裕はなくなるから、TVが見られなくても「ものすごく残念」というわけではないのだが。

ちなみにアークトレイナーとは、こういうもの。文章で動きを説明するのは難しいので、動画を貼り付けておきます。



Carey Mulligan

  • 2015/09/10 09:53
  • Category: 映画
『Never let me go』(2010)では、さほどとは思わなかった。キーラ・ナイトレイとシャーロット・ランプリングに気を取られて、おとなしい役柄の彼女には目がいかなかったのだ。次に見たのはたぶん『An education』(2009)で、これは映画そのものは大変面白かったが、主役のJennyを演じたのが彼女だったとは、これまた気が付かなかった。

「あれ?」と思い始めたのは『Drive』(2011)からだ。無口で控えめで、常にひとの陰に隠れているような女を演じたのに、妙に存在感があって、この時初めて彼女に注目した。そして一昨日見た『Far from the madding crowd』では最初から彼女に惹き付けられ、彼女を見たいがために、このあまり女にやさしいとは言えないトーマス・ハーディ原作の映画を最後まで見たのだった。

Carey Mulligan(カタカナ表記は“キャリー・マリガン”らしい)は別に絶世の美女というわけではないし、若い頃のヘレナ・ボナム・カーターのように、エキセントリックな魅力で目立っているわけでもない。笑うとえくぼの浮かぶ可愛らしい顔立ちではあるが、化粧で作り込まなければその辺のどこにでもいる女の子、という感じである。目立たない。そして背は高め(170cmだそうだ)だが、豊満というには程遠い華奢な身体つきで、だから実際より小柄に見える。ますます目立たない。

それなのに『Far from the madding crowd』では最初の数シーンで、彼女に魅了された。役柄もよかったのかもしれない。ヴィクトリア時代が舞台ではあるが、キャリーが演じるバスシーバはしっかりした頭の自立心に富んだ女性で、優しくないわけではないが、気の弱さや優柔不断さは持ち合わせていない。小作農と共に朝から夕まで農場に出て働き、女主人として男たちと対等に渡り合って、叔父から受け継いだ農場を立派に経営している。唯一の欠点と言えば、男を見る目がないことくらいである。おかげで目もあやな緋色の軍服の、気障ったらしい軍人にころり騙されて、臍を噛むことになるのだが、これはまあトーマス・ハーディの描く女はテスにせよ、この『Far from the madding crowd』に出てくるもう一人の女性ファニーにせよ、男で身を誤るのが相場となっているので、致し方ない。それでもテスやファニーとは違い、バスシーバは最後には古くからの友人かつ真っ当な男と結婚して「二人は静かに幸せに暮らしました」となるので、まあましだが。

話は逸れるが、このトーマス・ハーディとか、彼より少し前のブロンテ姉妹とか、英国のヴィクトリア時代の小説は、私にはどうも今ひとつ面白さがわからない。ハーディは『テス』を学生時代にざざっと斜め読みしただけで、複数の作品をしっかり精読したことはないので、ああだこうだ言う資格はないのだが、たとえば『テス』など、男にだまされたことがきっかけでずるずると転落していく女の話のどこが面白いのかちっともわからなかったし、エミリー・ブロンテの『嵐が丘』に至っては、今までに少なくとも3回は読んでいるはずなのに、感銘を受けるどころか、話の筋さえろくに覚えていない。世界的に有名なゴシック恋愛・復習譚も、私にとっては記憶できないほど印象に残らない話だということである。なんでかなあ。ヴィクトリア時代ではないが、ジェーン・オースティンも、よく書けているとは思っても、面白いとは思わなかった。あの時代、中産階級の娘および娘を持つ親たちにとって、いかによい結婚相手を見つけるかということが人生最大の関心事であったことはわかるが、そうした話を今、この21世紀の、人が結婚、離婚を繰り返し、あるいは結婚することなく共同生活することが普通で、たとえ結婚したところで、その相手が異性であるとは限らない時代に読んでも、なんだか全然感情移入ができないのである。あの時代の雰囲気に浸るために、あるいはあの時代を知るために資料として読むのなら、まあ面白いのだろうけれど。

閑話休題。もともとはキャリー・マリガンの話でした。彼女をご覧になるのなら、私のお薦めは『Far from the madding crowd』と『An education』だが、彼女はレオナルド・ディカプリオ主演の『The Great Gatsby』にも、デイジー役で出ているようだ。デイジーと言えば、私は遥か昔のミア・ファローのデイジーがすぐ頭に浮かんでしまうけれど、キャリーのデイジーもいいかもしれない。


『ギャツビー』のデイジー

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『Far from the madding crowd』のバスシーバ。この時はブルネット

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『Drive』のアイリーン

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私のコンピュータには問題があるそうだ

  • 2015/09/06 12:38
  • Category: 雑記
今日は土曜日だというのに朝8時前から電話が鳴り、
何事かと思って出てみれば、これが
「マーム、あなたのコンピュータには問題があります」
という引っかけ電話。
強い南アジアアクセントの英語で、背後にはコールセンター特有の
複層しているが一方的な話し声と、卓上ターミナルを操作する際の機械音が
微かに聞こえる。

この手の電話、私が受けたのは初めてだが
雪だるまのところにはしょっちゅうかかって来るので、もう慣れっこ。
アホらしいが、まあ相手も食べていくために、やむなくこのうんざりするほど単調で
低賃金の、嘘つき仕事をやっているのだろうし、怒って切るほどのことでもないので
電話に出る直前まで、あちこちのサイトで遊んでいたことなどおくびにも出さず
「あのー、でも私、コンピュータ持ってないんですけど」と白々しく返したら
「あ・・・」と言ったきり、切れてしまった。
簡単・・・。

今時、たとえどんな家庭だろうと、コンピュータのない家など
カナダ、米国では、まず存在しないだろうと思うのだが、
私の、中年で女性で東アジアアクセントの英語が
「移民→びんぼー→コンピュータすらない」という図式にぴたり当てはまって、
「コンピュータを持っていない」という私の言葉がすんなり信じられたのか
はたまた私の言葉を信じはしなかったが、「持っていない」という人間に
「そんなはずはない!」と言ったところで、相手の状況が見えない電話では
永久に水掛け論で時間の無駄だから切ったのか。

ま、どちらにしても、何かのサービスまたはモノを買わせんがための詐欺電話。
それを証拠に、「問題がある」といわれた私のコンピュータは、その時も今も何の問題もなく使えている。

こんな見え透いた、子供だましの手口に引っかかる人がいるのだろうかと思うが、
雪だるまは「人を雇って詐欺商売を続けているからには、引っかかる人がいるんだろう」との意見。
確かに、コールセンターの場所や機器を用意し、たとえどんなに低賃金だろうと複数の人間を雇って
電話をかけさせ続けているからには、商売が成り立つ程度には引っかかる人がいるのだろう。
信じ難いが、それが事実らしい。

菜食主義者の日常

このあいだ買った10ポンドの人参、毎日毎日せっせと食べて、
やっと袋の半分くらいまで漕ぎつけた。
このままいけば、しなびる前になんとか食べきれそうである。

どうやって食べているかというと、もっぱら生か、炒めるか。
雪だるまが一番好きな野菜の食べ方は「生」で
洗って切っただけの野菜を、そのまま食べる。
塩もドレッシングもディップも、何もつけない。
野菜の味をそのまんま、ぱりぱり、ぽりぽりと食べる。
調理の手間が要らず、簡単、手軽である。
そして確かにそうやって食べてみると、
それぞれの野菜の持つ味が、よくわかる。
ピーマンなどは、しみじみと甘い。

炒める場合は、千切りか薄切りか。
人参の千六本の胡麻炒めなどなかなか美味いが、うちはベジ。
野菜は副菜ではなく主菜なので、たとえ2人分でも一般のご家庭の倍量は
千切りにせねばならぬ。
1、2本ならともかく、3、4本の人参を千切りにするのは、結構手間である。
第一、野菜を千切りにする時のあの音は、なかなかにうるさく
耳と頭にがんがん響く。
なので最近わたしはもっぱら薄切りばかり。
それも皮むき(ピーラー)で、ながーく引く。
それを炒める。薄切りだから火も通りやすいし、
味もつけやすい。(といってもだいたい塩胡椒しかしないのだが)
彩りに細ネギを、歯ざわりの変化に胡麻かピーナツ、カボチャのタネ、
ヒマワリのタネを入れることも多い。
この薄切り人参は、冷凍するにも便利。
炒める時は解凍せずに、そのまま炒めればOK。

冷凍といえば、冷凍庫の豆のストックが減って来たので
この間、緑豆を1キロばかり煮た。
豆は同じく炒め物に使ったり、サラダに入れたり、カレーにしたりと
ベジの食卓には欠かせないので、だいたいいつも2、3種類は
冷凍庫に入っている。入っている豆の種類はその時々で異なるが
よくいるのはヒヨコマメ(皮つき、皮なし)、黒豆、インゲンマメあたり。
レンティル(レンズマメ)もよく使うが、あれはすぐ煮えるので
わざわざ冷凍にはしない。
黒豆は先日、炊いたご飯に混ぜてみた。
いつだったかキューバのカティが作ってくれた料理のまねっこ。
カティはふつうの白米を使っていたけど、うちは紅米+糯米。
雪だるまが白米嫌いなので。

というように、人参の薄切り炒めとか、豆カレーとか、豆ご飯とか
ふつうのケベッコワとはかなり異なる食事をしているので
人を呼ぶとなると、メニュ作りには相当な頭の切り換えが必要で
毎回、けっこう悩む。
うちの“ふつう”は、世間的には“かなり珍奇”で、
ふだんのメニュをそのまま作ったのでは、みなのフォークが空中で止まること
請け合いだから。





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プロフィール

らうとら

Author:らうとら
ドロシー・L・セイヤーズ、ローリー・R・キング、P.D.ジェイムズ、ディック・フランシス、水村美苗、高村薫、戸塚真弓、ヘレン・ミレン、シャーロット・ランプリング、ソフィ・マルソー(40代以降に限る)、ヘレナ・ボナム・カーター、アンジェリーナ・ジョリー、三代目金馬、小さん、枝雀、エンヤ、クイーン、ドゥルス・ポンテス、マドレデウス、J・S・バッハ、ちあきなおみ、トケイ・ピノ・グリ、アール・グレイ、自転車(冬季を除く)、あらゆる犬と猫
以上、私を幸せにしてくれる方々(敬称略)

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