『État de siège』

  • 2015/10/31 11:03
  • Category: 映画
70年に実際に起きた事件がモデルとは言え、そこはそれ映画のことであるから、描かれたことが全部史実かどうかはわからない。しかし見終わっての感想は「いかにもありそうな話」で、60年代から70年代にかけての中南米諸国と米国との関係に、改めて目を向けさせてくれる映画ではあった。

舞台は70年代初めのウルグアイ。都市ゲリラグループ“トゥパマロス”が、米国籍の民間人サントーレとブラジル大使館領事を誘拐する。しかしトゥパマロスによる尋問の過程でこちらに明らかになるのは、民間人と見えたサントーレは実はFBIエージェントで、CIAのアドバイザーも務める、対暴動活動の専門家であったこと。彼は交通・通信関係の技師という肩書を隠れ蓑に、実際はウルグアイ政府や警察に反政府勢力に対する諜報活動、爆発物の仕掛け方や自白を引き出すのに効果的な拷問の方法などを指導していたのだ。

トゥパマロスの尋問に対しサントーレは、終始「私はただの民間人だ」とCIAの関係者であることを否定し続けるが、政府内部や軍、警察内部にもメンバーを持つトゥパマロスの周到な情報収集により、彼の否定はひとつひとつ覆されていく。

私が最も面白いと思ったのは、この尋問の場面だ。ゲリラや軍によくみられる、暴力や拷問により相手の自白を引き出す凄惨な尋問とは全く異なり、言葉つきは丁寧で冷静、人質は拘束されてはいるが、身体的苦痛は加えられていない。その中でゲリラ側は、注意深く集められた資料を基に理詰めでサントーレの嘘を突き崩していくのだ。

たとえばサントーレに1枚の写真を見せ、「この2人の人物を知っているか?」と聞く。写真は何かの会議の場面を撮ったものらしく、制服姿の男たちが何人か写っている。サントーレはちらりと見て「いや、知らない」と答える。「本当ですか? もう一度よく見てください。この右の人物は軍の××、左の人物は△△です」「いや、面識はない」ゲリラは写真の他の部分を覆っていた紙を取り除ける。するとそこには彼らと一緒に座っている当のサントーレ本人が写っている。

またたとえば、サントーレはウルグアイに派遣される前、南米の他の国にも派遣されていたが、そこでの仕事を尋ねられ「物流関係のコンサルティングだ」と答える。するとゲリラ側は、当時のその国の内戦状況および経済状態を指し示し、当時、物流システムや設備が必要とされる状況にあったとは思えない、あなたの本当の任務は反政府勢力の掃討と活動の弾圧にあったのではないかと指摘する、といった具合。

パリ破壊を思い留まらせようと、言葉を尽くして駐パリ・ドイツ軍の将軍を説得するスウェーデン大使の映画“Diplomatie”を見た時にも思ったが、こういう、力ではなく言葉と論理で相手を落としていくというやり方は、本当にすてきだ。惚れ惚れする。

もちろんそれはただ単に立て板に水のような言葉の洪水で相手を圧倒するのでも、詭弁を弄して相手を煙に巻くのでもなく、真摯な言葉と明快な論理で相手を説得する、人間の理知に訴えるということで、だからそれは言葉を発する方だけでなく、言葉を受け止める方にも、それをわかるだけの力量が必要になるのだが、幸いこの映画では尋問される側のサントーレも、言葉に対して言葉で応えるという態度を保ち続けた。最終的には彼はゲリラに処刑されてしまうのだが、陰惨な印象がないのは、そのあくまで理詰めな双方の態度に負うところ大のように思える。

この映画『État de siège』(邦題:戒厳令)は、『Z』『L’aveu(告白)』と並んでCosta Gavras監督の三部作と呼ばれる。72年の作品だが、古さは感じられない。ただ一つ引っかかったのは、ウルグアイが舞台なのに、登場人物全員がフランス語を喋っていること。だいたいイタリア系アメリカ人であるはずのサントーレですら、終始流暢なフランス語を喋っていて(イヴ・モンタンが演じているのだから当たり前だが)、私は最初、舞台と人物と言語が噛み合わなくて、混乱してしまった。ウルグアイが舞台でフランス語なんて、日本が舞台で中国語を喋っているようなものだと思うのだが、そういうことは気にしなくていいのだろうか?
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家事は目休め

私が掃除や料理などの家事をするのは、もちろん必要に迫られてでもあるが
最近ではむしろ、目を休めるために掃除機を取り上げたり
包丁を取り上げたりすることの方が多い。

読書にしろ編み物にしろネット徘徊にせよ
私の好きなことはみな目を酷使することばかりで、
よってこれらの好きなことばかりしていると、目が大変に疲れる。
目の調子の悪い時はなおさらである。
なので目が疲れて来ると、おもむろに立ち上がって
掃除をしたり料理をしたりする。
掃除や料理にも目は必要だが、酷使するというほどではないので
ちょうどいい目休めなのである。
したがってこのところ我が家では、私の目の調子の悪い時ほど
手のかかる料理が出てきたり、掃除が行き届いていたりする
という現象が起きている。

今日も同様。
朝からどうも今ひとつ、頼みの綱の右目の調子が悪く
ものを見ているのがしんどいので、編み物は早々に切り上げ
サラダ用rにビーツを煮たり、人参の薄切りを作りためたり
肉じゃがならぬ“肉にんじん”を作ったりした。
“肉にんじん”と書くとまるで“毒にんじん”みたいで(1字しか違わないし)
全然おいしそうに聞こえないが、これは要するに肉じゃがのじゃがいもを
人参に替えただけのもので、他の材料(肉と玉ねぎ)や調味料は同じである。
よほど丁寧に作らない限り大しておいしいものではないが、
人参の大量摂取はできる。
人参は目によいそうなので、それが目的でこのところ毎日つくっている。
肉が入っているので雪だるまは食べず、わたし専用。

そして午後は散歩に出た。
今日はくもりで気温も6度前後とあまりよい日和ではなかったが
運動と目を休めることが目的なので、天気の悪さはまあ我慢。
この間買った防寒スノーパンツを履いたら、6度で風が吹いていても
あまり寒いと感じなかった。
うん、これはなかなかよいものだ。

というように1日、目をあまり使わずに過ごしたのに
やはり右目の調子悪さは変わらず、なんだか頭痛もしてきたので
今日はこれまで。
音読が済んだら、温湿布でもして早く寝よう。
眠るのは最高の目休めである。
眠っていると他のことができないのが難点だが。

土曜日、天気がよかったので、また散歩に行った。
この前と、ほぼ同じコース。

歩いたのは、こんなところ

IMG_0468.jpg


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こうして写真で見ると、人里離れた深い林のように見えるが
それは私が写真を撮る方向を選んでいるからで、
実は周りにはアパートや工場、事務所があったりする。
何しろこの林、“Boulevard Industriel”に面しているもので

それでも、どんどん、どんどん奥へ入り
隣の村との境の方へ30分以上歩いていけば、人家はなくなる

途中でキノコを見つけた
なかなか気持ちの悪い形状

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クロスカントリースキーコースの看板

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2番目の“L'érablière”(楓林)の方へ歩いてみたのだけれど
途中まで行ったら道が水没していて、それ以上進めなくなった
けっこう深そう
この先へ行きたければ、長靴を履いてくるか
あるいは雪がみっしり積もる頃まで待つしかない

IMG_0474.jpg


ところで、先日木々が伐採された裏の林
月曜からアパート建設の工事が始まった
パワーショベルやらダンプやらが入って、
地鳴りのような振動が、ウチにまで伝わってくる
基礎を打つために地面を掘り返しているようで
そうなるとウチの林の木々の根も傷むだろうなあと思うと
泣きたい気持ちになるが、どうしようもない

先日、アニメ『Astérix: Le domaine des dieux』を見たのだが
その中に一晩で大木になる魔法のどんぐりが出て来て
私と雪だるまは二人して「あれ、ほしーい!」と叫んだのだった。
このどんぐりさえあれば、裸になった裏の林を一晩で元に戻せる!
(楓林がオーク林に変わってしまうが、ま、贅沢は言うまい)

そういえばアニメ自体も、ローマ軍がアステリックスたちの村のすぐそばに
豪華アパートの建設を計画。森の木を伐り始めたので
アステリックスたちが魔法のどんぐりを使って計画を阻止!という話だった。

ウチの裏の林もそうできればいいのだけれど、
いかんせん魔法のどんぐりは手元になし。
せいぜい残った木々を大事にして、大きくするしかなさそうだ。




動物のお医者さん

  • 2015/10/27 11:09
  • Category:
今日はようつべに、ドラマになった『動物のお医者さん』がアップされていることを発見した。
繰り返し、見た。
一日、幸福だった。
悪意が出て来ないドラマというのは、編み物のお供に最良だ。

最近とみに不快なものに対する耐性が落ちていて
“見る”ものや“読む”ものに少しでも気に障るところがあると
もうそれ以上、見(読み)続けられない。
雪だるまと一緒に映画を見始めても、「いやだ」と思えば
さっさと途中でパスする。
貴重な時間を、楽しくもない、好きでもないことに使いたくないのである。
意固地度、鋭意上昇中。

それにしても『動物のお医者さん』
ドラマを見たら、また漫画を読みたくなったが
愛蔵版で全6巻。5000円超+送料
電子書籍版で5000円弱、当然送料不要
うーん、しかしPCで読むのは目にしんどいしなあ。
うーん・・・


般若のチョビちゃん

chobi.jpg

ハイテクトイレ

  • 2015/10/26 09:55
  • Category: 雑記
雪だるまはウチのトイレにハイテクトイレを導入したがっている。
人っ子一人いない林の奥の一軒家に引っ越したいと心ひそかに思っている私とは異なり
このお家大好きの雪だるまは、大好きなお家をもっと大好きにするべく
芝生を張り替えたり、デッキの一部に屋根を付けたり、エアコンを入れたりと
お家をよりよくすることに余念がない。
その雪だるまの最後の改善ターゲットがシャワー&トイレなのである。

もちろん今あるシャワーだってトイレだって、別に壊れているわけではなく
不具合があるわけでもなく、十分機能を果たしているのであるが
雪だるまとしては便座にヒーターがついていたり、ウォッシュレットが付いていたり
人が近付くと自動で蓋が開き、人が立ち上がると自動で水が流れて蓋が閉まったりする
あのハイテクトイレをウチにつけたくて仕方がなく、
折に触れて各社ウェブサイトをのぞいては、はあと♡目でページを眺めている。

そんな雪だるまが最近見つけたのが、Kohler社のハイテクトイレ“numi”
どんなハイテク具合かは、まずはビデオをご覧あれ






カクカクと四角っぽいデザインは、なんだか古代エジプトの玉座か

   (こんなのですね ↓)
egyptian.jpg


あるいはもっと近しいところで言えば、古代ローマのトイレのようで


romantoilet.jpg


大体において丸みをおびた形状の現代のトイレとはかなり趣を異にしているのだが
それより何より笑っちゃうのが、ビデオにおけるその設置場所である。
見せびらかしたいのはわかるが、それにしてもトイレをペントハウスのリビングとか
サロンとかに置いちゃうのか?
しかも透け透けガラスで囲まれたまん真ん中に?
ビデオにはエレガントな服装の男女が登場していたが
まさかグラスを片手に談笑している途中おもむろに、
「あ、ちょっと失礼」と言って、軽やかにこのトイレに近づき
人の気配を察して「さあ、どうぞ」とばかりに蓋を上げたトイレに
優雅極まりない動作で腰を下ろす、という場面を想定しているのだろうか?
全部自動だから、グラスを持ったままでOKとか?
しかもこのトイレ、足元には柔らかな温風が吹いて足を温め、
耳に心地よい音楽(音姫さまではない)も流れるのだ。
あまりに至れり尽くせり過ぎて、とても米国企業の製品とは思えない。
(Kohler社というのは、オーストリア移民の John Michael Kohler さんと
Charles Silberzahnさんが19世紀に設立した会社だそうだが)

ただし、いくらトイレでもここまでフルスペックだとお値段の方もそれなりで
USD6,650 とのこと。
さすがの雪だるまも値段を見て即、諦めていた。
それでもまだ顔の方は未練たっぷりに
「宝くじが当たったら買いたい!」とでも言いたげな表情ではあったが。

しかしもし万一宝くじが当たったとして、ウチの場合どこに設置するのだろう?
ウチにはペントハウスはないのだから、代わりに庭の真ん中?
庭の小鳥やチッピーを眺めつつ優雅に用を足すために
中から外は見えるが、外から中は見えないガラスで囲って?
まあそれもいいが、下水管の設置とか、面倒くさいよなあ・・・

編み針

目下、靴下祭り開催中のわたくし、毎日せっせと靴下を編んでいる。
例のCox Sox は、すでに2足目の終盤戦。たぶん明日には出来上がると思う。

ただ前回、セキセイインコ靴下を編んだ時には、地糸と配色糸を
いちいち指に掛け直して編んでいたので、割とゆったりした編み地になったが
今回は地糸は左中指、配色糸は左人差し指に掛けっぱなしで編んだため
糸のテンションが高くなって、ちょっときつめの編み地になってしまった。
同じ一周60目でも、セキセイインコの方はするりと履けるが
Cox Sox の方は目一杯編み地を引っ張って、足を入れる感じ。
次回この編み方で編み込み靴下を編む時には、
64~66目くらいに増やした方がいいかもしれない。
ウール100%糸の靴下は、洗うと縮む分でも伸びたりはしないから
(注:マシンウォッシュOKのソックヤーンを除く)

もうひとつ、私はふつう靴下はDPNs(5本棒針)で編んでいるのだが
どうもDPNsで編み込みをすると、針から針へ渡るときの目が緩みがちで
編み目がでこぼこしてしまうことを発見した。
単色なら糸は1本しかないから、引き加減に気を配れるし
第一、針から針へ渡るときも、ずっと同じ糸で編んでいくので
緩む余地がないのだが、地糸と配色糸と2本あると
私の場合、休んでいる方の糸がどうも緩んでしまうのである。

見れば見るほどでこぼこが気になるので、2足目の後半からはDPNsを止めて
32インチの輪針を使い、マジックループで編み始めた。
これなら針から針へ渡る時が2回しかないから(甲側→かかと側、かかと側→甲側)
緩む目の数が半分に減る。

たぶん緩み防止に一番いいのは20~23cmの輪針を使って
ぐるぐるぐるぐる編んでいくやり方だろうと思うが
いかんせん、以前買ったaddiの20cm輪針は
身長の割に手の大きい私には何とも使いづらくて
折に触れて試してはみるものの、2段と編み続けられない。

クロバーさんが出している竹製の23cm輪針とか
近畿編み針さんの非対称(右と左で針部分の長さが違う)編み針の23cmのとかなら
3cm長い分、編みやすいかなあと、いろいろレビューをチェックしてみたが
やはりこれらも、手の大きい人にはしんどそうで。
それに第一、カナダのショップでは、これらの編み針はほとんど扱っていないのだ。
(私が調べた限りでは1店だけ。それもクロバーだけで近畿は取扱いなし)
米国では何店か扱っているところがあるが、商品の値段にカナダへの送料を加えると
すごい金額になってしまって、ちょっと手が出ない。
日本のショップも同様。

中国メーカーのHiyaHiyaの23cmなら、カナダのショップでも比較的手ごろな値段で
扱っているのだが、使い勝手が今ひとつ心配で。

Cox Sox の次には ペルー風の模様が配されたこれ(↓)を編みたいと思っているのだけれど
やっぱりDPNs かマジックループで編むしかないのかなあ。
せっかくだから、ちゃんときれいに編みたいんだがなあ。

chuncho.jpg







そうだ、そうなのだ

  • 2015/10/24 10:39
  • Category:
上野千鶴子さんの『ナショナリズムとジェンダー』がおもしろい。

-歴史とは、「現在における過去の絶えざる再構築」である。-とか
-歴史に「事実 fact」も「真実 truth」もない、ただ特定の視角からの問題化による
再構成された「現実 reality」だけがある-とか、
序文の1ページ目から「そうだ、そうなのだ!」と膝を打ちたくなる言葉が並んでいて
今までぼんやりと考えていたことが、明確な言葉ですっきりと整理されていく楽しさに興奮。

2で論じられる「従軍慰安婦」問題でも
-被害女性の告発に対して、当初、「民族の恥を表に出すな」という
まことに家父長的な抑圧の声が、韓国内でも日本でも起きた-(中略)
ここでは女の「貞操」は、男の財産の一種であり、その財産権の侵害に対しては
日韓両国の家父長制の利害が語られ、女性の人格や尊厳は少しも顧みられなかった。-
という文の後で、「強姦がふたつの家父長制のあいだの闘争のシンボルとして利用されるという
歴史に私たちは事欠かない」として、19世紀のインドで、イギリス人植民者による現地女性の強姦が
民族主義的な憤激と動員のシンボルとして利用された例を挙げている。

だが例を19世紀インドに求めるまでもなく、現在でもまだ多くの国で
強姦された女性は「家」の恥であり、「家」の名誉を守るためにその女性の父や兄弟が
強姦した男ではなく、当の被害女性を殺害することが行われている。
「名誉殺人 honor killing」と称されているのがそれだ。

これなども、上記の文脈で考えれば容易に理解が可能だ。
女性および女性の貞操(この言葉およびそれが意味するところ自体、
噴飯ものの二重基準、腹立たしい限りなのだが)というものが
男/家父長の財産に過ぎないから、自分の名誉が汚されたと思えば
躊躇うことなく処分できるのだ。

先日見たエチオピア映画「Difret」でも、非難されたのは学校帰りの少女を集団で誘拐し、
無理やり妻にしようとした男ではなくて、監禁場所から逃げ出したところを見つかり、
追い詰められた挙句に男を殺してしまった少女の方だった。

まったく世界中どうしてこうもミソジニーと二重基準に溢れているのか
私にはとんと合点がいかない。
そういう世界だということは分かっているが、どうしてそうなのか
ちっともわからない。
だれか明確な言葉と論理で説明してはくれまいか。

散歩

  • 2015/10/23 10:54
  • Category: 雑記
今日は午前中は雨だったが、昼過ぎになると太陽が顔を出し
青空も広がって、すてきなお天気になって来たので
近くの林に散歩に出かけた。

寒かった昨日とは打って変わって、気温も14度
風もなく、ほんわりと暖かい。

最近、だいぶ林が伐採されて、雨後の竹の子のように
あちこちにアパートが建ってしまったウチの周りだが
それでもまだいくらか雑木林が残っている。
そのうち一部は、冬場はクロスカントリースキー用のコースになる。

が、雪のない今は、ただの林の中の散歩道。
紅、黄、茶の落ち葉がぎっしり敷き詰められた道を
ひとりざくざくと歩いていくのは気持ちがいい。

人にはほとんど遇わない。
今日も1時間ほど歩いて、見かけたのはほんの数人。
しかも半分は遠くを歩いている人影を見ただけで
実際にすれ違ったのは3、4人なのだから
混み合っているとは言えない。
車の音も人の声も聞こえない林の中を
ただざくざくと歩いていく。

落ち葉を踏んで歩いていると
いつも子どもの頃読んだ詩の一節を思い出す。
「シモーヌ 木の葉の散った森へ行こう、
落葉は 苔と石と小径を被うている。
シモーヌ 君は好きか 落ち葉ふむ足音を?」
という部分だ。

今検索してみると、これはルミ・ド・グールモンの
「落葉」という詩らしい。
訳したのは堀口大学氏。
私はこれを、『りぼん』で読んだのだ。
そう、漫画雑誌の『りぼん』
一条ゆかりさんやもりたじゅんさん、
まだデビューしたての山岸凉子さんが描いていた頃の『りぼん』
何が記憶に残り、何が記憶から消えるのか。
そこには何か選択が働いているのだろうか。





L君

  • 2015/10/22 09:46
  • Category: 中国
2、3日前、7月に亡くなった元クラスメートの息子L君からメールが来た。L君もお母さんと一緒に仏語教室に来ていたし、雪だるまが通訳として病院に行く時には、いつもお母さんに付き添って一緒に行っていたので、クラスメートの中では割と付き合いのあった方だったろう。一度だけだが犬の散歩の途中、ウチに寄ったこともあった。

母一人子一人だったので、お母さんが中国に戻りたいと行った時、L君はお母さんと一緒に中国へ帰り、つききりで看病して最期を看取った。

そして今、お母さんの遺産の相続手続きを進めているようなのだが、これがまたどこの国でも同じだが、用意しなければならない書類がいろいろあって、なかなか大変らしい。メールにはそのあたりのことが事細かに記され、ついてはお母さんの夫であるN氏(カナダ人)の署名も必要なのだが、N氏から来たメール(フランス語)の内容がよくわからない。××は△△という意味だろうか?と困った様子で書いてあった。

L君のメールにコピペされていたN氏からのメールを読むと、早めに連絡を取った方がよさそうな内容だったので、大意を中訳し「なるべく早く連絡した方がよい」と返信した。

そうしたらまた2、3日して、N氏が中国に来るにはビザが必要だが、そのビザを取るのに必要な邀请函(招聘状)の書き方がわからないというメールが来た。ネットで調べたのだが、わからなかったのだそうだ。へえ?と思って、試しに「訪問中国 邀请函 様本」のキーワードでググってみると、あっさりヒット。中国にはグーグルはないが、百度とか他の検索エンジンがあるはずで、L君、君は一体どんなキーワードで検索したのだ?とは思ったが、そんなことを言ってみても始まらないので、とりあえず使えそうな「中国签证申请服务中心」のアドレスと、見本の書式をコピペして送った。

すると今度は、その見本書式に準じて書かれた下書きが送られてきて、「これでだいじょうぶかな?」と聞いてきたので、「だいじょうぶだ」と返信し、そしたらまたまた折り返し「これって英語かフランス語で書くの?」と聞いてきたので、「いいえ、中国語です。N氏に中国ビザを発給するのは、中国政府であってカナダ政府ではありません。したがって英語またはフランス語で書く理由はありません」と返信した。中国人が中国大使館あてに出す書状を、なんでわざわざ外国語で書く必要がある? そんな面倒くさいこと、せんでもよろし、である。

L君、相続手続きが全部終わったら、またカナダに戻りたいと書いていたが、どこで暮らすつもりなのだろうか。N氏は亡くなったお母さんの夫ではあっても、L君の父(継父)であるという意識はほとんどなさそうに見える。短期ならともかく、N氏がL君を長期家に置くとも思えない。それにそもそもN氏は中国語を解さないから、L君のフランス語が格段に上達しない限り、意思の疎通すら難しい。L君のお母さんは亡くなる前、「お前程度のフランス語では、ここで働いていても将来性があるとは思えないから、中国へ戻った方がいい」と言っていたが、L君自身は別の考えのようだ。彼の望みどおり、うまくいくといいのだが。

圧勝

選挙は自由党が圧勝した。
選挙前たった34議席だったのを150議席も増やして
過半数以上の184議席にしたのだから、大躍進である。
その分、保守党は166→99、新民主党は103→44と、どちらも大幅に減らした。

よって次の首相はジャスティン・トルドー氏。
素晴らしくキレる政治家だったお父上とは異なり、
なんだかアイドル歌手みたいなお名前とお顔立ちで、
メディアでもよくからかいの対象になっているけれど
雪だるまたちに言わせると「ハーパーより悪いってことはないだろ」

それにしても当選政党別に色分けされたカナダの地図を見ると
地域差が実にくっきりと出ていて、おもしろい。
ものすごく大雑把に分けると、東は赤(左)で、西は青(右)。
コピペがうまくいかなかったので、詳しくはこちらをご覧ください。
ちなみにウチの町は、まっかっかです。

CBCニュースのサイト 

ところで、今日ジムで、頭をピンクのフードでぴったり覆い、
上はお尻を覆う丈のTシャツの上に長袖のパーカ、
下は足首までのレギンスにシューズと、
全身をくまなく衣服で覆った女の子を見かけた。
ジムには暖房が入っているし、第一運動していると暑くなるから、
だいたいみんな冬でも半袖Tシャツやタンクトップにショーツで
動き回っていることが多いのに、その子は上も下も重ね着。
肌の露出にためらいを感じる70代、80代ならともかく
身体つきや服の色合いから見て明らかに20代と思われる女の子が、
全身をくまなく覆った服装をしているのに注意を引かれた。

私は遠くから後姿を見ていたのだが、その髪を見せないフードの被り方といい、
極力肌を露出しない服装といい、これはとうとう我がジムにもモスレムの女の子が入ったか!
と思って雪だるまに、「ねえねえ、あのカウンターのところにいる子、
モスレムの子かなあ?」と言ったら、そちらをちらり見た雪だるま、
あっさり「何言ってるの、あれはジェシカだよ」と一言。

私は後姿しか見ていなかったのでわからなかったのだが、
どうやらウチのジムで働いているジェシカ(正真正銘のケベッコワ)が、
外を走るために重装備していたらしい。
事実、彼女はその後、ぱたぱたと曇天の屋外に出て行った。

いやはや、早合点。
先日ニュースで、モスレムの女の子のスカーフ着用を巡る問題について
あれこれ言っていたので、つい連想がそっちに行ってしまった。
よくよく考えてみれば、モスレムの女の子が運動したいと思ったら
(その出身国にもよるが)たぶんウチのような男女混合のジムではなく
女性のみを対象としたジムか、あるいはコースを選ぶのではないか。
事実、元クラスメートのファラやマラック(共にモスレム)は、
一時「運動したい」と言ってダウンタウンのジムでズンバのクラスに参加していた。
インストラクターも女性なら、参加者も女性だけで、
だからあれこれ気を遣わなくてもよくて楽だったそうである。

スカーフも被らなければ半袖も平気で着るファラ(モロッコ出身)に比べ
マラック(パレスチナ出身)は、男性がいるところでは真夏でも長袖、長ズボン、
頭にはスカーフだったから、女性だけのクラスでなかったら
運動などできたものではなかっただろう。

カナダに来たんだからカナダの習慣に従えばいいだろうと言う人もいるが、
モスレム女性は同じモスレムの男性としか結婚できないから
とどのつまり家族は全員モスレムなわけで、ついでにカナダにいようがどこにいようが
親戚(当然みんなモスレム)や友人知人(だいたいみんなモスレム)もいるわけで、
異国に来たからと言って、即、自分が属するコミュニティから逃れられるわけではないのだ。
スカーフを取れ、という人たちは、その辺を簡単に考えすぎていると思う。

投票日

本日、カナダ連邦議会選挙の投票日
雪だるまはもちろん、ふだん選挙、ことに州や町ならともかく
連邦の選挙なんか無視しまくりのジェリーですら、今回は投票に行った。
理由はただひとつ、ハーパー氏を追い出したいから、である。

話の様子では二人とも自由党に入れたようだが、
それは別に自由党の政策を支持しているからではなくて
保守党を勝たせないため、反対政党の中で勝ち目がありそうなところに入れた
ということらしい。

当選挙区の場合、6名が立候補しているが、
そのうち中道左派は自由党と新民主党。
左の雪だるま兄弟としてはどちらに投票してもいいようなものなのだが、
左派の票が2つに割れることで、保守党に漁夫の利を攫われてはいかん!
ということで、汚職収賄その他もろもろには目をつぶって、
より勝ち目のありそうな自由党に1票なのだそうだ。

カナダ市民権を持たない私は投票権はないので、ただ傍観。
さっきネットで開票速報をチェックしたところでは、当選挙区の得票率は
自由党が40%、新民主党が21%、ブロック・ケベッコワが19%。
まだ開票率が16%でしかないので、今後逆転とかあるかもしれないが
すくなくとも当選挙区では保守党はトップ3に顔を出していない。
全国的にも自由党がリードしているようだが、
全部の結果が出るのは今夜半くらいらしいので、まだ安心はできない。

余談だが、ウチの町の候補者の中には、“カナダ・マルクス・レーニン主義者党”
(Marxist–Leninist Party of Canada)の人がいたそうで
雪だるまは、「そんな党があるなんて、今の今まで知らなかった!」と言って
けたけた笑っていた。
新聞でもネットでも、他の5名の候補者についてはいろいろ書かれていたが
このマルクス・レーニン主義者党の候補者については、一言も言及がなかったそうで
可哀そうに、余りに弱小すぎて、メディアにハナも引っかけてもらえなかったのだろうか。
まあなあ、今時“マルクス・レーニン主義”を標榜するのは、いささかアナクロが過ぎるかもなあ。

やっと読了

  • 2015/10/19 11:15
  • Category:
一昨日、やっと、やっと『Le Tour du monde en 80 jours』を読み終えた。
6月2日から読み始めて、すでに4か月超。
最初は毎日読んでいたのだが、中盤からディクテと1日おきにしたため
余計時間がかかった。

「フランス語の音を口から出す」ということが目的だったので、
意味がよくわからないまま読んだところも多々あったし、
発音も、できない音は最後までできなかったし、
200ページも読んだ割には、覚えた単語はお話にならないほど少ないが
それでもまあとにかく読み終えた。

次は何を読もうか、いろいろ迷ったのだが
結局手持ちの中から『Monsieur Ibrahim et les fleurs du Coran』にした。
雪だるまに見せたら、「これの映画はウチにある」というので
さっき、夕ご飯を食べながら見た。
50年代頃のパリのユダヤ人街で小さな食料品店を営むイブラヒムおじさんと
そのそばに住む男の子モモの物語。
映画では、後半に出て来るカッパドキアあたりと思われる風景が非常に印象的だったが
本の方にも、あの辺りが出て来るのだろうか?
原作と映画とでは話がまるで変ってしまうことも多いので
こればかりは読んでみないとわからない。

中高生くらいが対象と思われるたった70ページほどの本だし、活字も大きいので、
1日おきに読んだとしても1か月くらいで読み終えられるかなと思うが、どうだろう。
今日は5ページ読んだ。モモがブタの貯金箱を壊して、200フランを懐に
リュ・ド・パラディに娼婦(立ちんぼ)を買いに行く冒頭部分。
お父さんと2人暮らしのモモ君、いろいろと鬱屈するものがあるのである。

しかし考えてみると、中高生対象でのっけから娼婦買いの話ってのもなんだな。
相手をしてくれたおねえさんに、“ちょっとしたプレゼント”を持ってくるのを忘れて
急いで家に取って返し、自分の“くまのぬいぐるみ”をあげるあたりは
やたら可愛かったりするが・・・(映画では、ぬいぐるみを貰ったおねえさんは、
あらまあという顔をした後、クスッと微笑うのだ)

さて、次回はどんな展開になりますか・・・




防寒対策

なんと、もう雪が降った。
朝起きたら、生垣の上や庭の芝の上にうっすらと白いものが積もっていて、びっくり。
「ひゃー、いくら何でも早すぎないか?」と思ったが
天気予報も「氷雨または雪」で、現実を裏書き。
まだ紅葉も散りきらないというのに、なんてえこったい、という感じである。

もっとも今季、わたくし自身の防寒対策は完璧。
零下30度の真冬に向かい、準備万端整えて間然するところなし。
ヴィク(またはガールスカウト)同様、標語は“備えよ、常に”である。

まず、早朝自転車で病院に行って耳が凍りそうな思いをした翌々日だったかに、イヤーマフを買った。
選んだのはフェイクファーのボンボンをカチューシャでつないだような伝統的なやつ。

このタイプですね

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最近よく見かけるこのタイプ(↓)は、私の頭には今ひとつフィットせず、
ずるずる落ちて来てしまうので却下。


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ボンボンマフ、自転車でジムに行く時にはいつも付けているが、
5ドルというお手頃値段だった割りにはなかなか快適である。
使用に当たっては、まず毛糸の帽子をかぶり、次にボンボンマフで耳を覆い、
最後にパーカのフードを被れば完璧。
0度近い日でも、少なくとも耳だけはぬくぬくである。

その次、真冬の散歩用に今年はとうとう、当地で“pantalons de neige(スノーパンツ)”と呼ばれている物も買った。
これは普通のパンツの上に重ねて履く防寒パンツで、ナイロンの表地にフリースの裏地がついた薄手のものから、
ダウンジャケット並みにもこもこの中綿が入ったものまで、用途と好みに合わせて各種ある。
お値段も20ドル程度から200ドル超まで、それこそピンキリ。
私は散歩する時に履くつもりなので、あまり厚手では動きにくいし、
第一歩いているうちに暑くなるので、フリースの裏が付いているだけの薄手のものを選んだ。
Sを選んだにもかかわらず丈がちょっと長過ぎだが、足首に紐が付いて絞れるようになっているので、
雪道で裾を踏んでひっくり返ることはないと思う。
これはまだ試していないが、部屋で履いてみた感じでは、薄手でも結構暖かくてにんまり。

そして最後、室内用のもこもこブーツも買った。
昨年、室内履きをキルティングタイプのに替えたら、それまで冬場履いていたモカシンタイプの室内履きに比べ
格段に暖かかったので、味をしめて今年はもう一段防寒度の高いブーツタイプを購入。
私は血行が悪いのか、冬場、身体は暖かくても、足首のあたりだけツーンと冷たくなってしまうことが多い。
今まではレッグウォーマーを履いたり、膝掛で足首を覆ったりしていたが、今年の冬はブーツで解決!である。


もこもこー

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それにしても寒いのが大嫌いで、だからこそ中国留学にあたっても北京でも上海でもなく広州を選んだ私が、
何の因果で零下30度にもなるカナダくんだりまで来てしまったのか、考えるとよくわからない。

ブルージェイ

  • 2015/10/17 08:17
  • Category: 動物
チッピー用にデッキに置いているピーナツだが
たまには他の動物も取りに来る。
この前来たのはブルージェイ


ねらってー

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取ってー

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ささっと逃げる!

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この鳥、羽はきれいな青色だが、声はよくない。
そしてけっこう警戒心が旺盛で、人間が見えるとさあっと逃げる。
人間がいようがチッピーがいようが、警戒心のカケラもなく
ピッ、ピッ、と高い声で啼きながら短い脚でよちよちとデッキに登ってくる
ウッドペッカーとは大違いである。

椅子

  • 2015/10/16 08:41
  • Category: 雑記
火曜、注文していた家具がメゾン・コルベールから届いた。先週電話があって、火曜には届けると言っていたので、楽しみにしていたのだ。その中にはもちろん私の椅子と小テーブルもあって、早速、設置。

お役御免となったソファの方は、まるで家具の配送に合わせたかのようにお義父さんが遊びに来て、聞くと「もう要らない」と言うので、これまた申し合わせたようにやって来たごみ収集トラック(火曜は我が地区のごみ収集日なのだ)にそのまま積まれてさようなら。あまりにスムーズに事が運び過ぎて、4年間お世話になったソファとしみじみ別れを惜しむ間もなかった。薄情な捨て方でごめん、ソファ。

さて交換してさっそく使い始めた椅子だが、これがなんと、微妙に座り心地が悪い。店頭で座ってみた時には何の問題もなくて、むしろすっぽりと心地よい座り心地だったからこそ選んだのだが、そして確かに座り始めの10分くらいはごく快適なのだが、30分を過ぎたあたりから腿の裏側に圧迫感が広がり始め、しびれたようになるのだ。

どうも私の身長が北米平均に達しておらず、よって脚およびスネの長さ(というか短さ)も北米平均以下であるため、本来なら座部に付かず離れずであるはずの膝の裏側および腿の裏側が全面的に座部に押し付けられ、そこに脚および一部上半身の重さがかかるため痺れて来るのだと推測された。

靴屋で試し履きしてみた時には快適至極だった靴が、1日履いてみたら痛くて夕方には歩けなくなったのと同じような感じで、つくづく椅子選びの難しさを思い知らされたが、そうは言ってもまさか家具店で、「4、5分座ってみただけではわからないから」と言って目当ての椅子なりソファなりにぺたり座り込み、1時間ばかり編み物をしてみるというわけにはいかないではないか。マットレス売り場などでは客が横になってみられるようになっているところもあるが、それだって大部分の客はちょっと寝転がってみるだけで、まさか1晩そこで眠ってみてから購入するという客はいない。

加えて服や家電なら「具合が悪いから」と言って返品や交換を頼むことも可能だが、家具の返品というのはイケア以外ではあまり聞かない。第一、この椅子はレザーの色と脚の色を選んで作ってもらったセミオーダー品だから、そもそも返品不可なのだ。

困った私は座り方を変えてみたり、毛布を敷いてみたり、背にクッションを置いてみたり、さんざんいろいろ試したあげく、足の下にバスタオルをたたんで作った薄―い足載せを置くことで、何とか解決した。バスタオルを畳んだだけだから、高さにしたらほんの3、4センチの差でしかないのだが、その3、4センチがけっこう偉大で、おかげで脚の痺れや腿の圧迫感はなくなった。が、まだ100%満足というところまでは行っていないので、今後もあれこれいろいろ試してみるつもりでいる。なにしろこの椅子とは今後ながーく付き合う予定なのだ。ちょっとやそっとで諦めるわけにはいかない。たとえば座部に薄い低反発シートかなんか敷いたらもっと気持ちいいのではないかと思うのだが、どうだろう? 

リハビリその2 アイヒマン

  • 2015/10/15 10:18
  • Category: 雑記
ところで、昨日の『Hannah Arendt』だが、もうひとつの論点はアイヒマンという人間だ。アーレンとに言わせれば彼は「考えることを止めた凡人」。彼は42年から始まった絶滅収容所へのユダヤ人移送の中心人物として、その後の2年間に500万人に上るユダヤ人を移送。戦況が進み、移送列車の確保が困難になっても、交通省と折衝して輸送列車を確保するなど、任務の忠実な執行に努めた。

しかし彼は裁判で、この任務の遂行を「ユダヤ人をガス室に送ったのは自分の意志ではなく、単に命令に従っただけだ」と主張した。つまり責任を問われるべきはその命令を下した上層部であって、命令を実行した自分ではないと言いたいわけだ。また彼は裁判の前に行われたイスラエル警察での審問で「戦争中には、たった一つしか責任は問われません。命令に従うという責任です。もし命令に背けば軍法会議にかけられます」と述べ、「あの当時は『お前の父親は裏切り者だ』と言われれば、実の父親であっても殺したでしょう。私は当時、命令に忠実に従い、それを忠実に実行することに、精神的な満足感を見出していたのです。命令された内容はなんであれ、です」と述べて、命令に忠実に従うことが彼の本分であり、命令を疑うとか、その是非を考えるなどということはあり得なかったという彼の主張を補足している。

やったことがやったことだけに、命令に対する疑問も浮かばず、良心の呵責も葛藤も感じなかったなんてあり得ないだろうと人は思うかもしれないが、人間、その気になれば考えるのを止めるのは簡単だ。止めた方が身を守れるとなれば、なおさらだ。おかしいと思っても、間違っていると思っても、上官の/上司の命令だから従う。度重なれば、おかしいこともおかしくなくなる。間違ったことも、普通になる。程度の差はあっても、こうしたことは宮仕えをしたことがある人なら、誰でも経験があるのではないか。私だって、さんざんやった。私は通常の自分の感性を一時停止することを「お仕事モードに入る」と呼んでいた。お仕事モード≒是非判断の一時停止。つまり私もアイヒマンになれるということだ。

だからこそアーレントは「悪は悪人が作り出すのではなく、思考停止の凡人が作る」(“The sad truth is that most evil is done by people who never make up their minds to be good or evil.”)と言ったわけで。 善悪を考えるのを止めて毎日を平々凡々と送っていると、いつの間にか巨悪を為す歯車と化しているかもしれない。考えない毎日は楽ちんだからね。

ところで、上記の「悪は・・・」はアーレントの言葉では最も多く引用されるものの一つだが、今日アーレントを検索していて、もっと楽しい引用句を見つけた。これ。
“There are no dangerous thoughts; thinking it-self is dangerous.”
そう、考えることはキケンなのだ。

『Hannah Arendt』

  • 2015/10/14 09:29
  • Category: 映画
3週間近く続いている頭痛を口実に、日本語を読むのも書くのもサボっていたら、てきめん今まで以上に日本語が書けなくなっていて、唖然茫然、意気消沈。読み返してみるまでもなく、最近の私のブログの文章の切れの悪さときたら、お話にならないほどなまくらで、これではトマトどころかキュウリすら切れそうもない。刃こぼれ、ぼろぼろ。
昔は少なくとも日本語だけは真っ当に使えると自負していたのに、いまやどの言語でも満足に自己表現ができないセミリンガルになりかけている気がする。ああ・・・

やはり書く能力というのは、マメに鍛錬していないと急速に衰えるのだな。自分以外、その言語を使っている人がいない環境ではなおさらだ。今後は頭が痛くても、目が痛くても、書くほどのことがなくても、「なるべく毎日書く」ことにしようと思う。練った、長い文章は書けそうもないので、日によっては箇条書きのような文章になるとは思うけれど。

というわけで、リハビリ開始
一昨日、ドイツ映画『Hannah Arendt』(2012)を見た。ドイツ出身の思想家、哲学者ハンナ・アーレント(1906-75)を描いた半自伝的映画だが、主題は63年に彼女が発表したアイヒマン裁判についての記事が巻き起こした大論争だ。自身ユダヤ人であり、ナチス政権を逃れてアメリカに亡命した身でありながら、一見アイヒマン擁護と取れる文章をニューヨーカー誌に発表したことで、彼女は世界中から轟々たる非難を浴びる。当時も今も、ホロコーストを引き起こしたナチスを擁護する、あるいは擁護していると見える態度を取ることは、絶対的なタブーだからだ。

実際には彼女はアイヒマンを擁護したわけではなく、ただ彼の裁判を傍聴し、彼の言動を観察し、そこから知り得たことを分析、思考した結果「(アイヒマンは)人が想像するような極悪非道、邪悪な人間というより、単に思考することを止めた凡庸な人間だ」と言っただけだ。それを同僚の学者や友人を含め大衆は、彼女の文章をろくに読みもせずにその上っ面だけを捉え、あるいは周囲の非難の言葉を鵜呑みにして付和雷同し、彼女をナチのシンパ、ユダヤ人社会の裏切り者だと糾弾した。また彼女にあるのは論理だけで、感情がないと非難した。

私にはこれが全く理解できなかった。彼女は学者である。学者の仕事はその研究対象に関し、真摯に調べ、分析し、思考を巡らせ、自分自身の結論を導き出すことであって、その研究対象に対する好悪の感情を表明したり、善悪の判断を下すことではない。人間や社会を研究対象とする哲学や社会学では対象に対する価値判断を排除するのは困難かもしれないが、問題を物理や数学の分野で考えてみれば、コトは自明だ。ある仮説が発表され、論議の対象となった場合、そこで問題にされるべきはその仮説を立てるに当たり使用された実験データ等の資料が正確か否か、仮説を導き出す過程では論理が綿密で齟齬がないか、結論は妥当か否かだけであって、その仮説に対する研究者の感情や、その問題をどのように考えるべきかという社会の要請は全く関係ない。学問で問題とされるべきは、そこに「理」があるか否かだけなのだ。それなのに彼女の批判者は、彼女がアイヒマンを断罪しなかったと言って非難し、一部ユダヤ人のSSへの協力に言及したと言って非難した。(注:これは事実である) そこでは彼女の分析が正確か否か、論理が緻密か否かは全く問題にされず、ただユダヤ人を大量虐殺したナチスは問答無用で非難されて然るべきであり、それ以外の論調はあり得ないにもかかわらず彼女がそうしなかったことで非難されたのだ。彼女の長年の友人ですら「君は国(イスラエル)を愛していないのか?」(この発言はすぐさま私に“非国民”という言葉を連想させた)と言って、彼女に背を向けた。中世、教会の意向に反して地動説を唱えたガリレオ、皇国日本時代に天皇機関説を唱えた学者、50年代の米国で共産主義的発言をしたジャーナリストたちに対する扱いと、まるで同じである。

人はなぜ学問と道徳を結び付けようとするのだろう。私は学問が追及する「理」というものは、ある特定の時代、ある特定の政治体制が要請する“道徳”とは無関係に成立するものだと思うのだが、人がある特定の時代、ある特定の政治体制の下でしか存在しえない(正確には政治体制は地理的移動により変更可能だが、時代は個人の意志による変更は困難である。タイムマシンはまだSFの中の産物で、実現されていないのだから)以上、それらが要請する“道徳”―つまり、こう考えるべき、こう感じるべきという要請―から自由になることは、現実には難しいのだろうか。


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セキセイインコ靴下

編み物モードに入ってから、セーター(青灰)を1枚、カーディガン(濃灰色)を1枚編み、
2枚目のカーディガン(淡灰)を編み始めたところで灰色の連続に急に嫌気が差し、
なんだかものすごーくカラフルなものが編みたくなって
在庫糸の中から、ほとんどネオンカラーといえそうな鮮やかな青緑と黄緑、
それよりは少しやわらかい黄色を選んで、靴下を編み始めた。
模様は適当。Ravelry のフリーパターンの中から編んでみたいと思うものを好き勝手に選び
それをランダムに配置した。
編み方も適当。片方は爪先から編むトウ・アップ、もう片方は履き口から編むカフ・ダウン、
かかとも片方はショートロウ、片方はマチつきフラップヒール。
模様も違えば編み方も違う、ミスマッチくつした。

てきとーもいいところだが、でも右と左、てんでんばらばらな模様と編み方にしたことで
世界の靴下ニッターの間で頻繁に発生しているSSS(セカンドソック・シンドローム:2枚目靴下症候群?
=片方を編み終わったところで飽きてしまい、もう片方を編む気になれなくて放置してしまう病気)
にはまったく襲われることなく、すーらすらと2枚、無事編み終えることができた。
見るだけで明るい気分になれそうな鮮やかな色合いと、
糸が重なる編み込み模様のほっこりと厚い編み地は、
当地の寒い冬に重宝しそうで、けっこう嬉しくなっている。

ただひとつ、カフダウンで編むのは久しぶりだったので爪先が些か長くなりすぎ、、
サイズまで左右ばらばらになってしまったのは少々計算外だったが、
これはまあ後で直す。


編んだだけでブロッキングしていないのでしわしわの“セキセイインコ”靴下

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セーターとかカーディとか大物と違って靴下は早く出来上がるのでなんだか楽しくなってしまい
セキセイインコが終わったとたん、次の靴下を編み始めた。
Ravelry であれこれ編み込み模様を探していた時、ちょっと目に留まったパターンがあって
「次はこれ編みたいなあ」とチェックしていたのだ。

全体に模様が入る編み込み靴下なのは同じだが、
その模様がちょっと変わっている。
私は最初に見た時、ロケットが一面に並んでいるのだと思い
「お、かわいいじゃん」と思ったのだが、説明をよく読んだら
これが実はロケットではなかった・・・

本当はなんであるかは、Ravelryのページをお読みいただくとして
当の靴下はこんな感じである。
私は在庫糸の関係で、オレンジ系と白で編もうと思っている。
これも楽しい靴下になりそうだ。


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グリーントマト

明け方の気温が0度近くまで下がるようになってきたので、
土曜日、畑を片付け、日曜日、庭仕事道具を洗ってしまった。
今年はこれでもう畑仕事はおしまい。
あとは恒例の落ち葉掻きを残すのみ。

今年は4本植えたミニトマトが大変な豊作で
夏の盛りには食べ切れなくて困るほどだった。
ことに名札にただ“orange”とだけ書いてあった品種は
本当に大きくなって四方に枝を伸ばし、生垣にまで這い登って
大量の実をつけた。
しかもその実は酸味と甘みのバランスがよく、味わいが濃厚で、
トマト好きのジェリーは「これが一番うまい」と好んで食べていた。

そのほか“noire”と名のついたミニトマトもおいしかったが
これは黒というよりやや紫がかった緑という感じで
実の数は少なかったが、オレンジや赤よりも粒は大きかった。

ジョジアンがくれた苗は、きれいな黄色の洋梨形を実をつけた。
味は酸味も甘みも薄くて、ややインパクトに欠けたが
なにしろ実の形がおもしろい上、色がきれいだったので
サラダの彩りに重宝した。

しかしそれも、もうおしまい。
まだ枝には大量の青トマトが残っていたのだけれど
こう気温が低くなっては、これ以上、畑においておいても
赤くなる見込みはない。
そのうち霜でも降りて萎びてしまうか、腐ってしまうだけと思われたので
多少赤いのも、緑のも全部摘んで、苗は来年の肥料として
コンポストから持ってきた堆肥と一緒に、畑の土に埋めた。

トマトのほか、ケールも人参も、全部収穫した。

大量のケールは、さっそく夕食用にソテー。

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ミニ人参はこのままプラスチック袋に入れ冷蔵保存。
洗ってから保存すると、どうも萎びやすいようで。

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グリーントマト

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並べたら、こんな感じ。真ん中にちょこんとあるのは、育ちそこねたきゅうり。
この大量のグリーントマト、どうしようかと思ったが
ミニトマトでは“フライド・グリーントマト”にするのはなんなので
レリッシュというか、チャウチャウというか、要するにピクルスみたいなものを、作ることにした。

さっき、キャベツやきゅうり、緑ピーマン、赤ピーマン、玉ねぎなどとともに刻み、塩をまぶした。
このまま13時間ほどおいて水出しし、その後ブラウンシュガー、各種スパイス入りの酢で30分ばかり煮て
瓶詰めにするんだそうである。
レシピには瓶の消毒法まで書いてあったが、実は私、ピクルス用の瓶など持っていない。
保存できないから、腐る前にせっせと食べなくては・・・
漬物だと思えば、ご飯のおかずになりそうな気はするが
しかし材料がトマトで、味付けが酢+ブラウンシュガーだからなあ。
なんだか違う気がするなあ。

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夏が終わり、秋が始まる

  • 2015/10/02 03:20
  • Category: 雑記
1週間前から続いていた頭痛がやっと少しましになってきたので、
しぶる頭をだまし、だまし、久しぶりにブログを更新。

月曜
裏の林からまたチェーンソーの音が聞こえ始めたので見に行ったら、ちょうど隣地の所有者氏が来て、これ幸いと境界確認。朝、ウチを訪ねたのだけれど留守だったのだそうだ。(確かに午前中は私たちはジムに行っていた)
お隣さんが雑木林を切り開いてアパートを建てるのは、これで8軒目か。広いガレージ付の2階建て、下に2世帯、上に2世帯の計4世帯×8棟。ウチからちょっと北に入ったあたりにも、たくさんの新築アパートが建てられているし、人口減少傾向にあるこの町で、そんなにアパート造って需要があるのかと思うが、お隣さんによれば彼のアパートは、生活に比較的余裕のある退職者および半退職者向けの、やや贅沢な造りのアパートなので需要は十分にあり、事実、これから建てる予定の物件もすでに2戸、賃貸予約が入っているそうである。
できれば林は林のまま残しておきたいウチとしては、一応「林を売る気はないか?」と聞いてみたが、土地だけで売ったのでは3、4万にしかならず、アパートを建てた場合と比較して50万ほど損になるのでだめだそうである。残念。

チェーンソーの音が響く中、林は2日ほどで裸にされ、うっそうと繁っていた雑木林はなくなった。残ったのはウチ所有の、幅9mの細長い部分のみ。シマリスや黒リス、チッキディーやナットハッチ、ウッドペッカーなど、いろいろな動物や鳥が棲み家にしていた広い雑木林だったのに、とうとうこんなになってしまった。こうしてソファに座って外を眺めると、すかすかの木々の隙間から向こう側のアパートが見え、なんだか街中に住んでいるみたい。
どこか人っ子一人いない林の奥に引っ越したくなってきた。

火曜
種苗屋から球根が届いた。今年頼んだのはチューリップ3種、ボーダーリリー、丈の低い白いアリウム、そしてワイルドフラワーミックス。あまり日を置いてはまずいので、午後さっそく穴掘りにかかる。チューリップは、本当は青杉の周りに植えたかったのだが、今年は杉の根が張りすぎていてチューリップを植えられるほど深く掘ることができず、やむなく青杉の周りは浅植えでも大丈夫なワイルドフラワーに変更。チューリップは別な場所に植えた。ワイルドフラワーミックスは、水仙、ムスカリ、スキル、クロッカス、原種に近いチューリップなどのミックスで、春先に咲く。白や黄、青などいろいろな色が混じって咲いたらきれいだろうと思うが、さてうまく咲くかどうか。

これは種苗屋さんの写真。こんなにぎっしり植えたわけではないので、まさかこうは咲かない。

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水曜
3月に従妹のソフィに切ってもらって以来放りっ放しだった髪がだいぶ伸びたが、美容院に行く気がせず、といってソフィに電話する気にもなれず、面倒くさくなって自分で切った。切り方は、髪を真ん中で2つに分け、切りたい位置のちょっと上あたりてゴムできっちり留めて、鋏でぶっつり。このやり方だと、当然耳の下あたりが一番短く、そこから前(または後ろ)に行くにしたがって長くなるが、だいたい私はくせっ毛だし、そのくせを矯正するためにカーラーを巻くので、長さが不ぞろいでも大勢に影響はない。
その後、人にも会ったが、何も言われなかった。うん、これで10ドル浮いた。毛糸が買える。
夜、だいぶ気温が下がってきたので、夏の間デッキに出していた鉢植えを室内に入れた。

金曜
朝一で病院。雪だるまともども、年に一度の血液検査&尿検査。8時前に病院に着くために、7時半過ぎに自転車で出かけたのだが、気温が10度なく、毛糸の帽子をかぶっていても耳がじんじんに冷たくなった。やはり気温が10度を切った中で自転車に乗るには、耳あてが必要か。どんな形のが一番温かそうか、ネットで研究。

月曜
ジェリーの誕生日。今までは直近の日曜にやっていたのだが、今年はジェリーが日曜仕事で、月曜が休みだというので、誕生日当日に食事会。出席者8人。ポーランド風ロールキャベツを作る。ひき肉のほかご飯が入り、トマト味で煮込むところがポーランド風ということらしい。レシピでは牛ひき肉だったが、私は自分の好みで合い挽き、玉ねぎの量を大幅に増やし、ご飯はもち米と紅米の混合といろいろ適当に変更。そして一昨年、お義父さんからクリスマスプレゼントにいただいたスロークッカーで8時間煮込んだのだが、その間中、家の中に煮キャベツにおいが漂って閉口した。欧米の小説では、煮キャベツのにおいといえば貧乏くささの象徴。実際、大量のキャベツが煮えるにおいというのは、あまりいいにおいではない。出来上がりに不安を覚え、失敗した場合の予備の料理を考え始めた。
が、時間が経つにつれトマトと肉のにおいがキャベツに勝ち始め、やや“おいしそう”なにおいになってきて、ほっと一安心。味の方もまあまあだったようで、とりあえず皿によそった分はきれいになくなった。ただし私個人は、トマト味の強さにちょっと辟易。ロールキャベツはやはり日本の料理本によくあるように、コンソメ味で煮た方が肉とキャベツの滋味が引き立つように思うのだが、どうだろう? この次はトマトなしで作ってみるか。

水曜
夏の盛りはバードフィーダーから落ちるピーナツばかり拾い集めていてちっともデッキに来ず、私たちにさみしい思いをさせたチッピーたちだったが、夏が終わりかける頃から、またデッキに姿を現すようになった。来るのは尻尾の短いショーティと、細長ーい尻尾のロングテイルの2匹。ショーティは裏の林を棲家にしていたようなので、木が伐採されたことでどこかに移動してしまったのではないかと心配していたが、相変わらずこの辺りにいるようで、ちょっと安心。2匹とも冬篭りに備え、せっせ、せっせとピーナツを貰いにくる。


これはショーティ

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ご覧の通り、尻尾が短い

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らうとら

Author:らうとら
ドロシー・L・セイヤーズ、ローリー・R・キング、P.D.ジェイムズ、ディック・フランシス、水村美苗、高村薫、戸塚真弓、ヘレン・ミレン、シャーロット・ランプリング、ソフィ・マルソー(40代以降に限る)、ヘレナ・ボナム・カーター、アンジェリーナ・ジョリー、三代目金馬、小さん、枝雀、エンヤ、クイーン、ドゥルス・ポンテス、マドレデウス、J・S・バッハ、ちあきなおみ、トケイ・ピノ・グリ、アール・グレイ、自転車(冬季を除く)、あらゆる犬と猫
以上、私を幸せにしてくれる方々(敬称略)

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