還暦祝い

もうすぐ雪だるまの誕生日なので、靴下を編み始めた。
1955年生まれの雪だるまは今年ちょうど60歳。還暦である。
であるから最初は赤いちゃんちゃんこでも編んであげようかと思ったのだが
冬場もせいぜい厚手のスウェットシャツくらいで、セーター類は全く着ない雪だるまが
毛糸のちゃんちゃんこ(しかも赤!)なんかに袖を通すはずはなく
手間暇かけて編むだけ無駄なので、その案は即座に却下して
靴下を編むことにした。色は黒。
編み込み模様も地模様もない、シンプルな基本型。

おかげで編むのは簡単だが、一方でかなり退屈でもある。
セーターなどの身頃で、編んでも編んでも終わらない延々続くメリヤス編みを
よく“メリヤス砂漠”と呼ぶが、リブの靴下も似たようなものである。
ずっと同じことの繰り返しで、天気のいい午後などに編んでいると
だんだん眠くなってくる。

しかも色が黒で、光を吸収するせいか、編み目が見えない。
メガネをかけても、見えない。
よって一度目を落としたり、間違えたりすると、
直すのに普通の3倍くらいの時間がかかる。
まったくもって「とほほ・・・」という感じで、
いくら雪だるま用でも、黒ではなく濃灰色くらいにしておけばよかった
と少し後悔した。

今、2つめのかかとが終わったところだが
誕生日まであと3日。がんばらねば・・・


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くたびれた

  • 2015/11/26 11:22
  • Category: 言葉
久しぶりにお義父さんちの近所に住む叔母さん夫妻を訪ねた。ろくにわからないフランス語の会話を聞き続けるのは難行苦行以外の何物でもないので、最初雪だるまに「一緒に行く?」と聞かれた時には、「いや、家に残る」と答えたのだが、学校に行かなくなって以来、フランス語を聞く機会も話す機会も激減しているし、話せないからと言って逃げてばかりいるとますます自己嫌悪が深まるので、嫌がっている7割の自分を、残りの3割で何とか叱咤して出かけた。

この叔母さんはお義母さんの一番下の妹で、年が離れていた分、お義母さんは「姉というよりお母さんみたいだった」のだそうで、その大好きだったお姉さんの息子の配偶者ということで、私にも何かと気遣ってくれる。ブル―ベリー狩りやら何やらに連れ出してくれたのも、この叔母さんである。お義母さんの兄弟姉妹の中では達者に英語を話す方で、だから以前は常に英語で話してくれていたのだが、最近は「それでは私のためにならない」ということで、完全にフランス語になってしまった。有難いと思う反面、「そこまで徹底なさらずとも・・・」と泣きたい気分でもある。

叔父さんに至っては、もともと英語は話せないので、常にフランス語。しかも雪だるまでさえ時々聞き取れないようなケベッコワなので、私にはまったくちんぷんかんぷん。会話の中から単語を拾い出すことすら難しい。叔父さんの発言で私にわかるのは“Tabarnak”“Câlisse”(どちらも罵り言葉)だけである。あら、情けなや。

というわけで今日もみっちり3時間、わからないフランス語を聞き続け、何か聞かれるとなけなしの単語をはたいて質問に答え、ついでのことにBGMにかかっているテレビもフランス語のソープオペラというフランス語漬けで、最期には膝に乗っている猫までフランス語で啼いているような気がしてきた。

くたびれた。

25,000人

カナダは今年末までに、25,000人のシリア難民を受け入れる計画だそうだ。聞いた時は「そうか」と思っただけだったのだが、よく考えたらもうあと1週間で11月も終わる。今年末までというと、実質1か月くらいしかないのだった。実際に難民受け入れに当たる担当職員たちは、クリスマスどころか眠る間もないほど忙しいのではあるまいか。

もっとも、リベラル新政権が打ち出したこの難民受け入れ計画に、カナダ国民がもろ手を上げて賛成しているわけではない。IPSOSの世論調査によると、全国平均で60%の人がこの計画に反対だそうだ。いちばん反対者が多いのはアルバータで、反対70%、賛成30%。次はサスカチュワン/マニトバの反対66%、賛成34%。わがケベックは反対62%、賛成38%。以下、ブリティッシュ・コロンビア:反対60%、賛成40%、大西洋州:反対57%、賛成43%、オンタリオ:反対56%、賛成44%。いずれにしても、過半数以上の人が難民受け入れに懸念を示しているということ。

人々が心配しているのは、もちろん治安、安全の問題だ。政府は受け入れに際してはスクリーニングをすると言っているけれど、戦火の現場で、いったいどの程度のスクリーニングができるというのか。スクリーニングをかいくぐり、難民を装ってテロリストがカナダに入って来るのではないか? あるいはまた、受け入れた難民の中からテロリストが生まれ、将来カナダの社会に脅威を与えるのではないか、と。今回のパリ同時テロの首謀者(?)がベルギー生まれだったことを考えれば、懸念はあながち的外れでもないのだろうが、しかしそういう疑いの視線自体がテロリストを生むとも言えるわけで。それに、難民を受け入れなければ現在も将来も安全が保障されるのかといえば、そういうわけでもあるまい。そもそもイスラム教徒でもなければアラブ系ですらなかった、オンタリオ出身の赤毛の若者がISに参加するためにシリアに行き、プロパガンダヴィデオに登場したりしているのである。こちらから行くくらいなのだから、向こうからだって来るさ。いまさら鎖国なんかできるわけないし。

そして次の問題は費用。生活保障や医療その他、難民を受け入れれば費用がかかる。政府がやるのだから、使われるのは当然税金だ。他国からの難民に使う金があるなら、自国民の社会保障や福祉をもう少し何とかしろという意見に同調する人は多いだろう。だが私が読んだ新聞記事が正しければ、カナダに来て1年目の難民一人に支給される金額は、高齢者に支給される年金よりも少ない月800ドル程度だそうで、しかも難民がカナダへ来るためにかかった渡航費用は、後で政府に利子つきで返済しなければならないのだそうである。このため難民たちは、当初から何千ドルもの借金を背負うことになり、これがカナダでの生活基盤を確立する上で大きな足かせになっているのだそうだ。カナダに来れば安全で豊かな生活が待っている、というわけではないのである。

移民で成り立っている国とはいえ、移民は難民ではない。大部分のカナダ人にとって、シリアの状況は“明日は我が身”でないところが、一番の問題なのかもしれない。

ぼちぼち

  • 2015/11/22 10:31
  • Category: 雑記
目と頭の調子が悪くて、しばらく更新が途絶えておりました。
少しましになりましたので、またぼちぼち始めます。

水曜日、『Monsieur Ibrahim et les fleurs du Coran』を読み終えた。読み始めたのが10月18日だから、ちょうど1か月。基本的には1日おきに5ページずつ音読していたのだが、雪だるまの仕事が忙しい日は音読はお休みなので、正味60ページ程度の本に1か月かかったわけ。
でもこの本は、無理やり読んだ『80日間世界一周』とは違い、読んでいてとても楽しかった。モモにかけるイブラヒムおじさんの言葉が、心の底からの静かな愛情にあふれていて、読んでいるこちらまでやさしい気持ちになれるのだ。最後、再開したお母さんとのやりとりもいい。
この間見た同じ著者の映画『Oscar et la Dame Rose』も、死んでいく子どもが主人公ではあるけれど、からりとしたユーモアと、死んで行くことを悲劇にしない力強さが印象的だった。これから色んなことができたかもしれない子どもが死んで行くのはそれだけで十分悲しいのだから、これでもかというようなお涙頂戴的な演出など、ない方がいい。
それにしてもEric-Emmanuel Schmittという人、戯曲、小説、映画と実に多才で羨ましい。

金曜日、天気がよかったので散歩に出た。林の中を歩くのに飽きたので、ふと思い立って墓地を散策。隣の村との境にあるCimetière St. Michelは高い針葉樹に囲まれた広大な墓地で、いつもはその真ん中を通る並木道を歩くだけなのだが、今日は墓地の中に入り、墓石を見て歩いた。町の真ん中にある墓地とは違いこの墓地は新しいので、碑文も読めないような苔むした墓石はないが、それでも亡くなった人たちの名前を読んで歩くのは面白い。私が見た限りでは眠っているのはほとんど全員、Boisvert、Gélinas、Cotéなどフランス系の名前の人たち。たったひとつ、XXXskiという名前の墓石があったが、東欧かロシアあたりからの移民だったのだろうか。
墓地の中は、ひとつひとつの区画が広い家族用、1人が眠るだけの個人用、ヘッドストーンがなく、銘盤だけのエリアなど、いくつかに分かれている。片隅には、幼いうちに亡くなった子どもたちの墓石が並ぶエリアもあった。そのうちの一つの墓石の前には、小さいワニのぬいぐるみが置かれていた。2歳くらいで亡くなった男の子らしい。生前、そうした小さいおもちゃが好きだったのかもしれない。

『Swades: We, the people』

  • 2015/11/16 09:03
  • Category: 映画
インド映画『Swades: We, the people』を見た。
NASAで有能な科学者として働いている青年が
長く世話になった乳母を米国に連れて来るべくインドに帰り、
思いもよらぬほど田舎の村で暮らしていた乳母を訪ねることによって、
電気も満足にない村での暮らし、いまだ根強く残るカーストによる差別、
女の第一かつ唯一の仕事は子供を産み育て、家を守ることで、
だから女には教育や外での仕事は要らないといった
インド古来の“伝統”と“文化”を知る。

青年はそうした考え方に反発し
村人の生活をよりよいものにするべく
子女を学校に通わせるよう村人を説得し
どの家でも電気を使えるようにと
村人の協力を仰いで小型のダムを作り
水力発電を試みる。
そして休暇が終わり、いったんは米国に戻るのだが
最先端の科学を駆使する日々の仕事の間にも故国のことが忘れられず、
最期にはNASAでの仕事を辞してインドに帰る。

インド映画にはよくあることだが、3時間超の長い映画で
私たちも2日に分けて見た。
ボリウッド映画らしく、歌もあれば踊りもあり
美しい風景と美しい女優、
その美しい女優が纏う色鮮やかな衣装といった
インド映画のお約束は全部備えているのだけれど
見終わった後、どうもなんだか娯楽映画の形を借りた
民衆教育プログラムを鑑賞させられたような後味が残って
ちょっと笑ってしまった。

曰く「カーストで差別してはいけません」「女の子にも教育を受けさせましょう」
「女性が結婚した後も仕事を続けるのは、立派なことです」
「“伝統”と“文化”も大事ですが、それを口実に“進歩”を拒否してはいけません」等々。

インドには「社会正義・エンパワーメント省(Ministry of Social Justice and Empowerment)」とか
「女性・子ども開発省(Ministry of Woman and Child Development)」とかが
あるのだそうで、そうした省庁がよってたかってこの映画を作った
と言われれば、そのまま信じられる。

3時間見て楽しんで、そしてちょっと考えて
それで少しずつでも変わっていけるなら、こんないいことはない。

Swades.jpg

ねずみの季節

  • 2015/11/13 09:37
  • Category: 雑記
またまたネズミが家の中に入って来る季節になってしまった。
4、5日前の明け方、壁の向こうを何かが走り抜ける乾いた微かな音を聞き、
ふと気が付けば、ガレージに置いた鳥のエサの大袋に穴が開いて
周りにタネやら穀物の粒やらが、たくさんこぼれている。
明らかにネズミ君たちの仕業である。

私も雪だるまも、ネズミが嫌いなわけではなく
チッピーのように家の外に住んでいて、たまにエサを拾いに来るだけなら
冬の間中、デッキにエサを置いておいてあげてもいいくらいなのだが
いかんせん、彼らは家の中に入ってきてエサを漁り、
電気配線を齧ったり、壁の間の断熱材を巣作りの材料にしたりする。
車のエアフィルターの中に、ヒマワリの種やらピーナツやらをしこたま貯め込んで、
整備のお兄さんと私たちを仰天させたこともあった。

おまけに彼らは増える。
それこそネズミ算式に増える。
ハツカネズミなど、1年間に30~60匹の子どもを産むそうである。
しかも生まれた子どもも、生後5週間ほどで繁殖可能になる。
冬の初めにはオス、メス各1匹しかいなかったとしても
冬が終わる5カ月後にはいったい何匹になるのか・・・
考えるだに恐ろしくて、計算する気になれないが
とにかく、いくら可愛くても彼らとの共存は不可能。
下手に情けをかけると、軒を貸して母屋を取られることになりかねない。
なにしろウチの人口は、たったの二人なのだ。
いくら小さくても、何十匹ものネズミの大群に攻められては、
こちらに勝ち目はない。

で、一昨日からガレージにネズミ取りを仕掛けはじめた。
エサはチーズ。
そうしたら、さっそくその夜、1匹かかり、
昨夜もまた1匹かかった。
可哀そうだとは思うが、仕方がない。

ウチが農家だったら、納屋とか家畜小屋とか
ネズミがいてもまあ許せる建物があるのだろうが
この家には、母屋しかないのだ。
どうか、他所へ行っておくれ、ネズミ君。
南の方へ行くと、農家がいっぱいあるよ。







ひさしぶり

  • 2015/11/11 09:41
  • Category: 雑記
昨日、近所のディスカウント系スーパーに買い物に行き、
ふと冷凍食品ケースの方を向いたら、そこにR君がいた。
なんとそのスーパーで働いていたのである。
思わず「Rxxx!」と呼びかけたら、こちらを振り向き
私を認めて顔を輝かせて、「久しぶり!」と、
板に着いたembrasserで挨拶してくれた。

聞くところによると、すでに4、5か月、この店で働いているそうで
住まいも店から15分くらいのところに引っ越したそうだ。
「歩いて?」と聞いたら、「いや、自転車で」とのことで
「じゃあ冬は寒くて大変だね」と言ったら
「うん、でも仕方がない」と笑っていた。

こちらは暇な買い物客でも、彼の方は仕事中だったので
ほんのちょっとの立ち話で別れたが、
フランス語が格段に上達しているのに
びっくりするとともに嬉しくなった。

2年半前、私の車で仏語教室に行っていた頃は、
ほんとに片言のフランス語しかわからなくて
それでもキューバにいるお母さんたちに仕送りするために
仕事を2つ掛け持ちして、それでも足りずに3つ目も始めて
学校の方は通い始めて3か月もしないうちに
「フルタイムの仕事が見つかったから」と言って、来なくなってしまった。

そしてそれから1年くらいして、同じキューバ出身のクラスメートから
奥さんと離婚したらしいと聞き、
それからまたしばらくして、隣の町で2軒目のコンビニを始めた張さんから
「うちの店によく来るから、近くに住んでいるのかもしれない」と聞き
「そうか、奥さんと離婚して隣町に移ったのかな」と思っていたのだが
どうやらまたこの町に戻って来たらしい。

細々した事情はどうあれ、店で見た彼は学校に行っていた頃より表情が明るかったし
フランス語も随分と上手になっていたし
全体として以前より生活がうまくいっているようで
こちらまで明るい気分になれた。

そういえば、もう一人のキューバン、J君も
奥さんに捨てられた後もめげずに別の町で元気に働いていると
これもクラスメートが言っていた。
こんな小さな町でもキューバ出身の子はけっこういるから
なんやかや消息は入って来るのである。

ただ奥さんとうまくいかなくなった子たちのことを考えると
やはり経済的に劣位にある国からの男の子の移民は大変なのかな、と思う。
母国ではそこそこの仕事に就いて、それなりと立場と経済力があった子が
移民してここに住み始めたとたん、言葉もろくに喋れず、
ために半端な仕事しかなく、たいていは車の免許もないという
子どもより無力な状態に置かれる。
(経済力と移動手段を持たない点は子どもも同じだが、少なくとも子どもは喋れる)

女は―たとえどんな国の女でも―そういう無力な状態に置かれることに慣れていて
二級市民扱いされても、しぶとく生き延びられるが
男の子がそういう状態に置かれるのは、自尊心が決定的に傷つくのかもしれない。
ましてR君やJ君はラティーノ。
良くも悪くもマチズモは骨の髄まで染み通っているだろう。
妻(女)より無力な自分という像を受け入れるのは、なかなかに大変だろうと思う。

省エネになるのか

  • 2015/11/09 09:28
  • Category: 雑記
今日は天気がよかったので、しつこく洗濯物を外干ししたが、外に干すのもそろそろ限界かもしれない。気温が5℃前後になって、風でもあると洗濯物を干すのも取り込むのも、半分震えながらだ。
おまけに取り込んだ洗濯物が、きいーんと冷たい。夏の、あの太陽に温められてほんわりと暖かい、さわるだけで幸せな気分になる洗濯物とは雲泥の差だ。

ご近所には、真冬、気温が零下20℃前後になっても、太陽さえ出ていれば洗濯物を外干ししているお宅もあって感心するが、一方で「あれは本当に乾いていくのだろうか?」と少々疑問でもある。タオルなど干したとたんにかちんこちんに凍って、一枚板になってしまいそうな気がするのだが・・・

さて外干しできなくなったらどこに干すのかというと、当然、家の中である。折り畳み式の1つと、玄関に置くコートハンガーみたいなの2つを使って、小物から大物まで全部干す。コートハンガーみたいな方は上部に穴があって、2つを離して置けばそこに棒を通すことができる。私は前オーナーが残していった長尺のカーテン・ロッドをそこに通して、シーツや大きくてハンガーに掛けたのでは乾きにくい雪だるまのTシャツなどを広げている。冬場は暖房が入るので、かなりの大物もこれで結構乾く。

ただひとつ乾きにくいのはタオル類。薄手のハンドタオルくらいなら何とかなるが、バスタオルや厚手のバスマットは、ヒーターのそばに干しておいてもなかなか乾いてくれない。そしてそのうち何だか臭いが付き始める。生乾きの洗濯物が発する、あのいやーな臭いである。なので仕方なく、タオル類だけは乾燥機を使っている。1週間に一度まとめて洗って、まとめて乾かすのである。消費電力の大きい乾燥機を使うのは、環境にはよろしくないよなあとは思うのだが、タオルが乾かないのも困るので痛し痒し。扇風機で風を送ったら乾きがいいかもと思って、試してみたこともあったが、(少なくともウチの場合は)ほとんど効果がなかった。

先日、アルバータ州のタールサンド開発と環境汚染のドキュメンタリーを見て、快適さのためにエネルギーを消費する生活を送っている自分たちに、内心忸怩たる思いを禁じ得なかったのだが、といって今さら家電や車のない生活に戻れるはずもなく。せいぜい無駄な消費をしないよう心掛けるのみ。この夏、雪だるまがエアコンを入れたのも、今この家の各部屋に設置されている電熱型のヒーターに比べ、冬場の消費電力が半分で済む!という触れ込みだったからである。それが本当かどうかは、今後ハイドロ・ケベック(電力会社)からやってくる電気料金の請求書を見てみるまで分からないが、とりあえずここ2、3週間、エアコンだけでヒーターは入っていないが、家の中は快適に暖かい。1台のエアコンで地下から2階まで、都合3フロアを暖めているのだから大したものである。ま、それはウチが地下から2階までほぼ吹き抜けの作りであるというせいもあるが。家の真ん中にある地下から2階までつながる階段が温風の通り道になって、全フロアを暖めているのである。(注:エアコンは階段の踊り場、1階と2階の中間に設置されている) そして暖かい空気は上に登るので、実は私が夜勉強したり遊んだりしている、そして眠ったりもしている2階が一番暖かい。去年までは机に向かう時は、毛布を膝掛代わりに、腰から下をぐるぐるに覆っていたが、今年はそれが要らない。例のもこもこ室内ブーツも、実はまだ使っていないくらいである。

まあ冬はまだ始まったばかり。これから気温があと30℃ばかりは下がるはずなので、そうなればブーツの出番もあるだろうとは思っているが。さてエアコンはどこまで頑張ってくれるだろうか。セールスマダムの言によれば「零下20℃まではだいじょうぶ」で、20℃を下回ったらヒーターと協力して頑張るんだそうである。本当かいな。

プロダクト・ニッター

ニッターでデザイナーでライターでもあるステファニー・パール‐マックフィーさんは、その著書『Casts off』の中で、編み物好きを、作品を生み出すことに喜びを感じるプロダクト・ニッターと、編むという行為そのものを楽しむプロセス・ニッターの2つに分けているが、彼女の分け方でいけば、私は明らかにプロダクト・ニッターだ。

もちろん私は編むことが好きだから編んでいるのだし、両手に針を持って座り込み、毛糸の玉から伸びる糸に右針の先っぽを引っかけ、その引っかけた糸を左針にかかっている糸の輪っかに通して引っ張り出すという、こうして書くと何が面白いんだかちっともわからない行為を、日々、心の底から楽しんでいるけれど、そうは言っても最終目的は役に立つものを作ること。いくら面白そうと思っても、絶対に着ないとわかっているレース模様のカーディガンや、使い道がわからない大判のショールを編んだりはしない。

このところセーターを編むのを止めて靴下ばかり編んでいるのも、ひとつにはこの“役に立つものしか編みたくない”という実利精神のせいだ。去年までは毎日学校に行っていたので、ほぼ毎日セーターを着ていた。車とはいえ、冬は零下の気温の中を行き来するのだし、教室自体もさほど暖かいとは言えなかったから、セーターが必要だったのだ。だからせっせと編んだ。しかし今年はそれがない。学校に行かなくなった私は、ほぼ1日中、家にいる。寒い外に出ないなら、Tシャツにフリースといった服装でいるのが、一番合理的でかつ楽である。フリースは軽くて暖かいし、ポケットがついているし、汚れても簡単に洗濯機で洗える。セーターでは、こうはいかない。

それに私は最近、頻繁にホットフラッシュに襲われていて、突然かーっと暑くなることが、日に何度もある。で温度調整のために、しょっちゅう服を脱いだり着たりしているのであるが、頭から被って着るセーターでは脱ぐのも着るのもやっかい。その点、前ファスナーのフリースなら、簡単に脱ぎ着でき、またちょっとファスナーを開けるとかの微調整もできる。便利なのである。で、生活にセーターが必要でなくなったら、急速にセーター編みたい熱が冷めてしまった。「着ないもの編んでも、しょうがないじゃん」ということなのである。

反対に靴下は、家にいるようになってからその必要性が高まった。私は市販の靴下は履き口のゴムがきつくて好きではないのだが(日本では履き口のゆるい靴下を売っているようだが、当地にはない)、外に出る=靴を履くとなれば、もこもこ厚くなる手編みの靴下では靴が履けないので、学校に行く時は仕方なく市販の靴下を履いていた。しかし家にいるのなら、好きなだけ履き口にゴムの入っていない手編みの靴下を履ける。しかも手編みの靴下は暖かい。編み込みも楽しい。結果、ここ何週間か、靴下祭り絶賛開催中。セキセイインコを編み、Cox Sox を編み、Toy Boxを編み、ただ今4足目にかかっている。そしてまだ「次は何を編もう?」とRavelryを見ながら舌なめずりしている。


Cox Sox はこんな感じになりました。
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子どものおもちゃがいっぱいの Toy Box
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夏のセールで買ってしまった着分のセーター糸、どうするんだ?という思いが時々頭をよぎらないでもないが、ま、毛糸は腐らない。いつかまた出番が来るまで、箱の中で眠っていてもらおう。ずっと出番が来ないまま、私の方が死んでしまうかもしれないが、その時はその時。冒頭のステファニーさんも言っていた“ニッターは死んでもスタッシュ(在庫糸)は残る”と。そして他のニッターに引き継がれていくのだ。私も遺贈先を指定しておいた方がいいかもしれないな。誰か欲しい人、いる?

10年の歳月

今日は最高気温17℃と、この時期には珍しく春のように暖かかったので、午後サイクリングに出かけた。明後日以降はまた-1℃~8℃といった気温に戻るという予報なので、自転車で遠乗りができるのも、たぶんこれが最後と思ったせいもある。

出かけたのは私のお気に入り、南に広がる農業地帯。実はここ何日かちょっと気になっていることがあって、それを確かめたくて南の農道に出たのである。

10年前の2005年の夏、私と雪だるまは夏休みにこの町に来ていた。夏休みが3~4週間もある雪だるまとは違い、私の休みは1週間ほどしかなかったのだが、それでもフランスの自転車を借りて、毎日あちこち走り回っていた。で、ある朝、南の農道をどんどん進んでいったら、牛がたくさん放牧されている牧場があった。夏の朝の光の中で、のんびりと草を食む牛たちのようすは長閑そのもので、私は自転車を停めてしばらく牛を眺めた。

それから6年経って私はこの町に住むようになり、今度は自分の自転車であちこち走り回るようになったが、ふと気が付くと、いくら南の農道を先へ先へと進んでも、あの牛がたくさんいた牧場にたどり着かない。10年前の出発点、お義父さんの家は町の西の端、今わたしが住んでいる家は町の東の端で、だから10年前とは真逆の方向から農業地帯に入っているのではあるけれど、それにしても、もし今でも牛がいるならあんなに大きな牧場を見落とすはずはない。

で今日は、まず10年前に撮った写真をじっくりと見て、サイロや牛舎の形を覚え込んでから出かけた。ただし何しろ10年経っているのだから、サイロや牛舎がそのままの形で残っているという保証はない。当時ですら余り新しくは見えなかったのだから、すでに建て直されているかもしれないし、あるいは取り壊されて跡形もなくなっているかもしれない。どこでも農業経営は大変なのか、去年は羊や山羊を放牧していた農場も、今年行ってみたらすでに動物は一頭もおらず、柵の前に「売地」の看板が立っていたこともあった。

さて、10年前の写真では、教会の尖塔のようにそびえ立つ2棟のサイロが、遠目にも目立つ牧場なのだが、住宅地から農業地帯に入るあたりで見回しても、それらしきサイロは見えない。「やっぱり、もうなくなってしまったのかなあ」という思いが頭をよぎる。
それでも起伏のある土地のこと、もしかしたら丘の陰になっているのかもしれない。第一、お義父さんの家から走った時も、けっこう遠かった記憶がある。もうしばらく走ってみよう、と農道をさらに南に進んだ。すでに11月。農道の両脇の飼料用トウモロコシ畑はとっくに刈り取りが終わり、薄茶色の切り株だけが延々広がっている。寂寥感、ひしひし。

きこきこ自転車を走らせながら、両脇の景色を確かめる。出かける前に、10年前、牧場に至る道々で撮った写真も見たが、遠くの丘の描線は変わらなくても、木や納屋の様子は変わっているので、あの写真の景色はここだ!という風景にはなかなか出会わない。せいぜい「ここかなあ。なんとなく似てるなあ」という程度。

それでも20分ばかり走ってみたら、前方左手の木々の陰に何やらそれらしきサイロの先っぽが、ぼんやり見えてきた。「お、あれかも!」と思って急ぎ近付くと、果たして出発前に写真で確認した通り、先端が赤と白のチェック柄になったサイロ。写真よりはだいぶ古びた感じだが、まだしっかりと立っている。その横の大型牛舎も健在。
ただし、この時間ならまだ放牧されているはずの牛は、一頭もいなかった。
どこかほかへ移された可能性もなくはないが、よく見ればサイロもだいぶ傷んで、しかも使われている感じがない。人の姿も見えない。音もしない。
どうやら、やはり10年の間に、牧場は廃業されてしまったようである。ケベックで最も最初に電化された町のひとつとして、昔は数々の工場があったこの町も、今ではほとんどの工場が閉鎖あるいは移転された。若者の人口は減り、高齢者ばかりが増えている。農業も例外ではないのだろう。しんどい割に儲かる仕事でもないし。

しばらく空っぽの放牧地を眺めてから、またきこきこ自転車を走らせて帰途に就いた。帰りは上り坂なので、けっこう苦しい。途中、馬が2頭、のんびり草を食んでいる小さい牧場があった。私が自転車を停めると、やや大きい方の馬がゆっくりと寄って来た。柵の端まで来て、じいっとこちらを見ている。柵と道の間には小さい堀があるので、触れるほどには近づけないが、目の色が見えるほどには近い。馬の目は薄い灰青だった。そのうちやや小さい方の馬も近付いてきた。こちらの目は茶色。やはりこちらをじいっとみていたが、そのうち飽きたのか大きい方の馬の腹の下に首を入れて、くちゅくちゅ音をたてはじめた。どうやら母子だったらしい。「親とほとんど同じ大きさのくせして、まだ乳を飲むのか?」と思ったが、馬の年齢は私には皆目見当がつかないので、あれはああ見えてもまだ仔馬なのかもしれない。そのうち馬の母子はゆっくり離れて行った。エサもくれなければ遊んでもくれないこちらに、関心を失ったのだろう。私もまだ自転車に乗って、家に向かった。カメラを持っていなかったので、馬の母子の写真は撮れなかった。南の農道に来られるのは、今年はたぶんこれが最後。あの農家が馬を飼うのを止めていなければ、来年の夏また会えるだろうが、人の家の事情はわからない。羊たち同様、来年は消えているかもしれない。


10年前の牛たち。遠くに点々と見えるのも牛

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さつまいも5kg

今週は某スーパーでさつまいもがセール
9ポンド(約4kg)で6ドルとお手頃価格だったので、
ちょっと多いかなあとは思ったが、一応当のスーパーに行ってみた。

そもそも普段この辺りで売っているさつまいもは、
色は鮮やかなオレンジ色できれいだが
味はほくほく、こってりした日本のとは違ってかなり水っぽく、
ポタージュやピュレ、グラタンにするにはいいが
ふかし芋や煮物には、あまり向かない。

なので引っ越してきたばかりの頃は
日本の紅あずまや紅小町あたりが懐かしくて仕方がなく
買って料理してみてもがっかりするだけなので余り手を出さなかったのだが
最近は諦めがついた。

それにたまにだが皮の紫色が濃く、味も少しだが日本の“ほくほく、こってり”に近い
小ぶりのさつまいもが出回ることもある。
これは他のよりはるかに美味いので、見つけたら買うようにしているのだが
今週のセール芋がまさにそれで、これなら9ポンドでも消費できる!と勇んで買い込んだ。

そして早速、1袋(3ポンド)の半分を、きれいに洗ってから
調理時間短縮のためまず電子レンジで5分ほどチン。
ついでオーブンに30分ばかり放り込んで、焼き芋にしてみた。
結果は、日本のに比べるとまだ少し水っぽかったが、
いつものオレンジ芋よりは、ずっとこってりと甘く
皮まで食べられて、繊維質の大量摂取に貢献。

そして今日は皮付きのまま輪切りにしたのを
またまた電子レンジでチンしてから、グリドルで焼いてみた。
これでもまだ水っぽさは完全には消えなかったが
雪だるまは気にならなかったらしく、おやつ代わりにぱくぱく。

これで1袋は終わったが、まだあと2袋ある。
さて、どうやって食べよう?
日本の料理サイトを見ると、さつまいものレモン煮というのが人気のようだが
はたしてこの少々水っぽいさつまいもでも、美味く仕上がるだろうか?
さつまいもが入っていた袋には、調理例としてピュレにしたさつまいもに
生姜を少々加えるとよいというようなことが書いてあったが
これはなかなか斬新。
芋類のピュレというと、バターや牛乳/クリームあたりを加えるのが定番で
生姜というのは全く念頭になかったが、なるほどこの甘さには
生姜のピリリとした辛みがよいアクセントになるかもしれない。
あさってあたり試してみよう。

『男流文学論』

  • 2015/11/04 12:27
  • Category:
『ナショナリズムとジェンダー』と並行して、『男流文学論』を読んでいるのだけれど、これがどうもよくわからない。上野千鶴子さん、小倉千加子さん、富岡多恵子さん、お三方の鼎談を起こしたものであるから、難解な術語が出て来るわけではないし、持って回ったような文章で書かれているわけでもないのだが、語られている内容がよく理解できないのである。

ひとつには、ここで取り上げられている作家および作品が、ほとんど全部わたしの興味対象外で、したがって昔々読んだことはあっても、ただ“読んだ”というだけで何一つ覚えておらず、よって何を言われても、反論もない代わり同意もない傍観者の立場に終始してしまい、忽然悟入するところがない→つまり「わからない」

もうひとつは、この本では、たとえば吉行淳之介が、島尾敏雄が、いかに“女”をわかっていないか、“女”を自分とは全く違う生物と見ているかが、その文章を通して分析されているが、私はそこで執拗に繰り返される“男”は“女”がわからず、“女”は“男”がわからないということがわからなくて、「ええっ? ある人間が理解できるかできないかは、性別とは関係ないんじゃないの。なんでここで性別でくくるかな?」と、しばらく頭の中を?でいっぱいにしていたのだが、昨日になってようやく、私は大前提の文脈をひとつ見逃していたのだということに気が付いた。

上の“男”は“女”が、“女”は“男”が・・・というのは、性愛の中に置ける男女の相互理解の不可能性の話だったのだ。私はその“性愛(恋愛でもいいが)の中に置ける”という前提をすっぽり見落としていたから、「でも私、雪だるまの考えてることわかるしぃ・・・」とか、かつての上司、同僚、友人の誰彼を思い浮かべて「男だから考えてることがわからないってことはないよなあ」とか考えては首をひねり、どうしてお三方はこうも執拗にこの問題を論じるのだろう? 相手を理解できるか否かは、性別の問題じゃないと思うが・・・などと考えていた。大まぬけ・・・

ただ、では上記の大前提に気が付いたら話が理解できるようになったかというと、それがそうは問屋がおろさず、性愛/恋愛の中に置ける男女の関係というのもまた、私にはよくわからないことのひとつなのだった。男女の関係というのをやらなかったわけではなく、あれこれ色恋の沙汰に励み、ひとのものを盗ったこともあるし、二股かけたこともあるし、なんだかんだ色々やったが、それで♪男と女の間には深くて暗い川がある(←古すぎ)と絶望的に思ったことがあるかというと、これが全然ないのだ。私は感情が浅すぎるか、実は相手を見ていなかったか、あるいはわかっていないということに気づいていなかったのかもしれない。

それに、性愛/恋愛関係の中における相互理解の不可能性というなら、別に異性間でなくても同じではないか。たとえば同性愛者だったら、性愛/恋愛関係において問題なく相手を理解できるかというとそんなことはありそうもなく、同性同士だってやっぱり相手が何を考えているかわからなくてやきもきしていそうだ。
うーん、なんかますますわからなくなってきた。

冬時間

  • 2015/11/02 10:53
  • Category: 雑記
今日から冬時間。
朝、家中の時計を1時間前に戻す。
コンピュータは自動的に変わるからよいが、
居間や洗面所や寝室に置いている時計は自動では変わらないので
毎年3月に1時間進ませ、11月に1時間戻さなければならない。
電子レンジや調理用レンジのデジタル時計も直す。
明日、車に乗ったら、ダッシュボードの時計も直さなければならない。
そのままにしておくと、ある日ふと見て「ぎょっ」となる。

11月初日の今日は1日中、雨。
散歩に行けず、運動不足と編み物のし過ぎで肩が凝ってきたので
午後は掃除と料理と、ついでにラジオ体操。
あとはチッピーにピーナツを与えて遊ぶ。
そろそろ冬眠の時期だと思うのだが、
ショーティも2匹のロングテイルも、いまだにデッキに来るので
冬籠りに備え、最近はかなり気前よくピーナツを与えている。

このあいだウィキの「冬眠」の項を読んでいて知ったのだが
冬眠と睡眠は全く別ものという説もあり、
この説によるとリスは冬眠し続けると睡眠不足になってしまうので
2週間おきに冬眠から覚めて睡眠を補うんだそうである。

寝ているのに睡眠不足になるなんて「???」なのだが
体温も心拍数も下がる冬眠は、通常の睡眠とは違うと言われれば
確かにそんな気もする。
ウチのチッピーたちも、時々冬眠から起きて、睡眠したりしているのだろうか?


ピーナツだけでなく、たまにはりんごの芯も持って行く

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『L’aveu(告白)』

  • 2015/11/01 10:06
  • Category: 映画
『État de siège』を見てしばらくしてから、今度は『L’aveu(告白)』を見た。というか正確には半分だけ見た。雪だるまと一緒に見始めたのだが、主人公に対する秘密警察の取り調べ場面が余りに凄惨で、見続けることができなかったのだ。以前にも書いたように、私は最近“不快”に対する耐性が低下していて、過剰な暴力(精神的なものを含む)や悪意、暗愚が登場する映画や文章は、見て/読んでいられないのだ。

というわけで、『État de siège』同様、イヴ・モンタンが主役を演じた『L’aveu(告白)』、見たのはたぶん最初の40分くらいで、あとはパス。見ていないので、物臭くもウィキからのコピペでストーリーを紹介すると;
1951年のプラハ。スペイン内戦や第二次世界大戦中のフランスの対独レジスタンス運動に参加した輝かしい経歴を持つ外務次官のジェラールことアルトゥール・ロンドンは、ある日突然、秘密警察に逮捕される。
独房と取調室と廊下だけという暗黒の世界で、ジェラールは西側のスパイ容疑という身に覚えのない罪で想像を絶する苛酷な取り調べを受け、自白を強要されるが、頑なに拒絶する。
しかし、同じく逮捕された友人たちは次々と罪を“告白”し、ジェラールは次第に追い詰められていき、ついに罪を認めざるを得なくなる。
すべては共産党内部の権力闘争による、急進的スターリン主義者が行った大粛清の一環だったのだ。
といった具合。

どこの国でも、どんな体制下でも、こうした場合、逮捕された時点ですでに“罪状”は決まっており、後はあらゆる手を使ってその“罪状”に沿った“自白”を引き出すだけ。実際にやったかどうかなど、どうでもいいのだ。目的はターゲットとなったその人物/グループを政治的に抹殺することであって、真実を探ることではないのだから。

実際、この映画でも主人公は、食事もろくに与えられず、独房では座ることも横になることも許されず、常に歩いていなくてはならず、当然ながら眠ることもできない。たまに「眠る」許可が出ても、横になって目を閉じたとたん点呼で叩き起こされる。そして獄舎でも取調室でも、彼に向かって放たれる言葉は常に怒声だ。ふつうの口調、ふつうの声量でものを言われることは、まずない。
私はこの怒声の連続にまず参り、ついで描かれる状況の凄惨さと理不尽さを見ているのに耐えられなくなって、「もう、けっこう」となってしまった。

ただひとつ面白かったのは、これもフランス語の映画だったのだが、看守や秘密警察が主人公に対して“Marchez !”だの“Avouez !”だのvouvoyerで話していたこと。初級者の感覚だと、vouvoyerというのは日本語だったら敬語に当たるような、丁寧で礼儀正しい話し方で、したがって看守が受刑者に、取調官が被疑者に使うなんて考えられないのだが、彼らはずっとvouvoyerで話していた。ただし口調は丁寧さや敬意のカケラもない怒声。上の“Marchez !”だって、教科書でこれをみれば「歩きなさい」だが、この映画で看守がいう時の口調は明らかに「歩け!」だったし、“Avouez !”は「告白しなさい」(←これじゃあ教会の懺悔室みたいだがw)ではなく「白状しろ!」だった。

そういえばどこかで「vousで話すかtuで話すか、使い分けのポイントは丁寧さではなく、親しさだ。社会的、心理的に自分に近い人、距離のない人の場合、tuを使う」と読んだ記憶があるが、そしてその時は「ふうん」と思っただけだったのだが、こうして実例を見せられると、「なるほど」と納得できる。看守や取調官は主人公に敬意を表してvouvoyerしたわけではなく、社会的、心理的に自分とは離れている人、tuで話すような仲間ではないからvouvoyerしたのだ。Vousで話しても全く丁寧ではない場合があると知ったのは、なかなか面白かった。

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らうとら

Author:らうとら
ドロシー・L・セイヤーズ、ローリー・R・キング、P.D.ジェイムズ、ディック・フランシス、水村美苗、高村薫、戸塚真弓、ヘレン・ミレン、シャーロット・ランプリング、ソフィ・マルソー(40代以降に限る)、ヘレナ・ボナム・カーター、アンジェリーナ・ジョリー、三代目金馬、小さん、枝雀、エンヤ、クイーン、ドゥルス・ポンテス、マドレデウス、J・S・バッハ、ちあきなおみ、トケイ・ピノ・グリ、アール・グレイ、自転車(冬季を除く)、あらゆる犬と猫
以上、私を幸せにしてくれる方々(敬称略)

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