連綿と続く

  • 2015/12/30 11:18
  • Category: 雑記
ジムでトレッドミルをしながらTVを見ていると、時々Ancestor.comのCMが入る。音声はないので画面から想像しているだけなのだが、どうやら祖先について調べてくれるサービスらしい。現在の自分から両親、祖父母、曽祖父母、と、どんどん枝を広げて遡っていくようすがCGで示され、それぞれの名前とそれらしいセピア色の肖像写真が、ふっふっと浮かんでは消えていく。そうした祖先たちの出身地も、ある人は英国ヨークシャーから、ある人はスウェーデンからと、地図の上にマークされ、浮かんでは消える。その世界地図の上に点々と広がるマークを見ていると、なんだか大河ドラマのようで、なるほど、カナダのような移民国家だと、自分の祖先について調べてみるのは、なかなか面白いかもしれないなあ、と思う。

そういえば去年のクラスメートZ君も、そうしたサイトの一つを使って、自分の祖先を調べてみたと言っていた。彼の場合は高祖父母くらいまでしか遡らなかったようだが、もともと英国系(Z君はオンタリオ出身)の親族の中でも、オランダから来た人がいたり、米国から来た人がいたりで、「へええ」と思ったそうである。また我が配偶者、雪だるまはフランスからの移民の13代目だそうだが、彼がそうと知っているのは親戚の誰かが調べたからだそうで、ここにも一人、自らの祖先に興味を持った人がいたということである。

もっともこうした祖先調べ、米国やカナダのように祖先がどんなところから来たのか、今ひとつよくわからない移民国家だと調べ甲斐があるし、波乱万丈のロマンがありそうで胸躍るが、先祖代々ずうっと同じ村に住み、田畑を耕していたとしか思えない我が祖先の場合は、どう調べてもさほど面白いことがあるとは思えず、まったく意欲をそそられない。いくら遡っても「出身地:前に同じ」「職業:農業」では、面白くもなーんともないではないか。せめて先祖の中に盗賊とか、それがだめなら芸人でもいてくれれば調べ甲斐もあるが、私自身を含め平々凡々たる人生を送っている親戚一同の顔を思い浮かべてみれば、そんな可能性はあるはずもなく。

それに、これを言っては身もふたもないが、こうした祖先調べ、家系調べというのは、やはり子孫がいる人がやることだよなあ、と思う。私たちのように子どもなし、義弟のジェリーは独身、妹夫婦も子どもはいないとなると、雪だるま側も私の側も家系はここでお終い。ファミリーツリーの枝はぷつりと断ち切られて、もう伸びない。何百年だか、何千年だか、連綿と続いてきた染色体の継承はそこで終わり、The End、完ということだ。続きはないとわかっていることを、調べたところで何になろう? 調べても、家族の歴史を伝える相手はいないのだ。「子どもがいなくて本当によかった」と思ったことは何度もあっても、「子どもがいたらよかったのに」と思ったことは一度もない私には、それを残念に思う気持ちは全くないけれど。
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24日、25日

  • 2015/12/27 11:36
  • Category: 雑記
24日から始まった頭痛と眼痛がいまだに遠雷のように響いているので少しだけ。

24日、réveillon
夜11時少し前、お義父さんたち到着。クリスマスがらみの映画『It’s a Wonderful Life』をBGM代わりに流しておこうとしたら、ジェリーが「勘弁してくれ」というので、アニメ『Asterix』に変更。まあ、古き良き時代の善意に溢れすぎたハリウッド映画など、ジェリーの好みでないことはわかりきっていたのだから、もうちょっと選択を考えるべきだった。シュリンプや生ハム、チーズなどつまみながら、12時になるのを待つ。今年は身内5人だけだし、みな年々齢を取って食が細くなって来ているので、ごく簡単なものしか用意しなかった。5人の平均年齢64歳では、夜の夜中にそんなに食べられるわけがない。食べ盛りの少年少女がうようよいる若い家族とは違うのだ。

それでもプレゼント交換は、賑々しくやる。時計が12時を打つのを待って“Joyeux Noël !”のあいさつを交わし、木の下(うちの場合はクリスマスツリーではなくて、鉢植えのユッカなんだが・・・)に置いたプレゼントを持ち寄って、いそいそと交換。そしてその場で開けて見せ合って、“Merci !”と言い合って、ひとしきり談笑してから食卓に着く。Réveillonの定番、tourtière(ミートパイ)を食べるのだ。でもこれも、その前におつまみを食べたりしているので、みんな1切れずつしか食べず、デザートのBûche de Noël(薪型ケーキ)に至っては、誰一人手を出さず。出したBûcheはそのまままた冷蔵庫に逆戻りした。

このBûche de Noël 、雪だるまが「クリスマスにこれがないと淋しい」というので、出来合いのケーキを買ったのだが、円形のケーキが薪型になるだけで値段が20%増しくらいになるのが腹立たしいところ。円形だろうが薪型だろうが、材料とデコレーションする手間はあまり変わらないし、こんなことなら来年は自分で焼いてみようかと、スーパーのパティスリーコーナーで一瞬考えたが、終わってみれば誰も食べなかったBûche、手間暇かけて作るほどのことはないか・・・

25日Noël
お義父さんちで夕食。ご馳走が並ぶクリスマスディナーではなく、ごく普通のメニュだったが、お義父さん自慢のドーナツ、ファッジブラウニー、各種クッキーにフルーツサラダとデザートが盛りだくさんで、ついつい食べ過ぎる。おまけに帰りには、これらデザートを詰め合わせたお土産まで貰ってきた。嬉しいのだが、同時に大変危険でもある。それでなくてもこの時期は会食続き。これを書いている今日26日は何もないが、明日27日は雪だるまの従弟の家で会食、中2日おいて30日は某さんの誕生会、1日おいて1月1日はまたお義父さんちで会食である。合間合間は野菜スープくらいにしておかないと、体重がえらいことになるし、第一胃がもたない。明日は出かける前に、大鍋いっぱいの野菜スープを作ろう。

雪が降った

  • 2015/12/23 11:09
  • Category: 雑記
いつまでたっても雪が降らず芝生が見えたままなので、今年はグリーン・クリスマスかと思っていたら、昨日の夕方になって雪が降り始めた。そして夜間も降り続き、しっかり10センチほど積もって、あたりが雪景色になった。なんだかようやく“冬”になった感じである。

もっとも天気予報によると、明日あたりからまた気温が上がり始め、クリスマス・イブの木曜には最高気温12℃(!)になるそうなので、この雪景色もたぶん明日いっぱい。たかだか10センチの積雪では、12℃の気温に歯を食いしばって耐え、ホワイト・クリスマスを維持、というわけにはいくまい。

それでも今日は雪で自転車に乗れないので、歩いてジムに行った。うちからジムまでは、雪道歩行だと30分弱。ちょっとした運動である。スノーパンツはいて、長い方のコートを着て、マフラー巻いて帽子かぶって手袋もして、その上からスノーブーツはいて、出動。

たかだか10センチの雪だから別段歩きづらいことはあるまいと高をくくって歩き始めたのだが、これがなんと滑る、滑る。気温0℃前後という、雪が融けそうで融けなそうでという中途半端さが災いしたのか、そこここでふわりと積もった雪の下に氷の部分ができていて、足を乗せるとつるっと滑る。うちから1ブロック行かないうちに、4、5回も滑った。一度など滑った挙句にバランスを崩し、雪の上に斜めにすっ転がるというカナダ在住者にあるまじき失態を演じてしまい、大いに恥じ入った。後方にいた除雪車のおじさんは、私を見て笑い転げていたに違いない。(そう、たかだか10センチの積雪なのに、除雪車が出ていたのである。仕事始めがしたかったのかもしれない)

行きはそんなだったが、帰りはより気温が上がったせいか、人と車がたくさん通って雪がじゃりじゃりになっていたせいか、だいぶ歩きやすくなっていて助かった。それでもジムで1時間半運動した後で、また30分歩いて帰るのは結構疲れた。が、クリスマスまであと2日。うかうかしてはいられないので、帰り着いてすぐに昨夜から準備していたフルーツケーキを焼き、そのあとクッキーを焼いた。クッキーは日曜日にクリスマスの定番ジンジャーブレッドと、去年好評だったクランベリー入りのを準備したので、これで3つめ。あともう1種、チョコレート味か何かを焼けば、十分間に合うだろう。今年はお友達にあげる分がないので、焼く量もいつもより少なくて済むし。

実は去年、お散歩友達のマダムBのところにクッキーを持っていったら、「おいしいし、すごく嬉しいけど、来年はもう焼かないでね。ついつい食べ過ぎて、太って困るから」と言われたのだ。確かにマダムBは去年、ジムに来ていたにもかかわらず確実に体重を増し、1年の間に“やや過剰”から“かなり過剰”に移行しつつあったので、私も「わかった。もう焼かない」と約束して、事実今年は焼かなかった。そしてマダムBは今年の夏、食事制限と運動で8キロほど体重を減らし、かなりすっきりした姿になって、秋からは「Zumbaの方が面白いから」と言って、別のジムに移っていった。最近は会っていないが、Zumbaでよりいっそうすっきりさわやかになっているかもしれない。

いずれにしても、ひとからの贈り物でも、欲しくない時は欲しくないとはっきり言う態度は、大変好もしいと思う。そういうことは言ってくれなければわからないし、一方は迷惑とも知らずに贈り続け、一方は内心困惑しつつ受け取り続けるより、ずっといい。それでお友達関係が壊れるわけではないし。

10に変えたら

  • 2015/12/21 11:13
  • Category: 雑記
コンピュータはまだ何とか動いてくれている。時々突然スイッチオフ状態になって、フッと画面まっくら、音声消えて不気味な沈黙になったりしてはいるが、1、2秒待ってスイッチを入れると、また動き始めるので、少なくとももうしばらくは使えるのではないかと思う。

そういう調子が今一つの時にOSを変えるのはどうかなあ、とは思ったが、この頃頻々と「Windows10に変えましょうよ♪」というメッセージがポップアップし、うるさくてかなわないので、昨日ソフトをDLして10に変えた。「PC、買い替えないとだめかなあ」と思ってDellのサイトを見ていたとき、すでにOSはすべてWindows10に変わっていて、もう7を搭載した機種など売っていないのだと知ったせいもある。

そしてコンピュータの調子が今一つの割にはアップデートはうまくいって、1時間ちょっとで「完了しました」メッセージが出てきた。そしてアイコンやタスクバーのデザインなどに多少の変化はあったものの、基本的な操作に大きな変化はなく、「ファイルはすべて元の場所にあります」メッセージの通り、ファイルが見つからないというトラブルもなく、こうしてワードも使えているし、ネットへも支障なくアクセスできているし、今のところOSのアップデートにつきものの様々なトラブルには見舞われていない。

ただひとつ、アップデート直後にオーディオブックを聞くためのソフトを使おうとしたら、「再生できません」メッセージが出たのには慌てた。ソフトの中に入っている100冊以上の本のどれをクリックしてもだめ。目が悪くなり活字を追うのがしんどくなった私にとって、オーディオブックは生活における大きな楽しみのひとつなので、これがなくなるのはかなり悲しい。
エクスプローラでCドライブを見ると、コンテンツのファイルはそこにあったので、ファイルそのものがなくなったわけではないと知って少し安心したが、でも聞けないのではないのと同じ。なんとかしなくては・・・とそれから2時間以上、オーディオブックサイトへ行って、再度オーディオブックをDLしてみたり(購入した本は複数回のDLが可能)、リスニングソフトのアップデートを試みたり、Windows Media Playerなら聞けるかとそちらを試したり、必死にあれこれいろいろやってみた。その間ずっとPCの画面を凝視し続けたので、後半、目が痛くなったが、目薬さしながら頑張った。

最終的には、コンテンツのファイルをMedia Playerに移したり、また元に戻したりしたのが奏功したのか、それとも何度か再起動するうちに新しいOSがリスニングソフトを認識するようになったのか、はたまた別の理由か、コンピュータについては何も知らない私には判断できないのだが、あれこれ試しているうちに突然聞こえるようになって、以来、問題なく使えている。ほっと一安心である。

編み物のお供に、また寝入る前の子守歌代わりに、そしてフランス語の音読練習に、私の生活にオーディオブックは欠かせない。収入がなくなった今でも、オーディブルの会費だけは払い続けているのはそのためだ。You○ubeでもオーディオブックは聞けるけれど、頻々と入る広告がうるさいし、著作権の問題もあってアップされている本には偏りがある。LibriVoxなどのヴォランてティアによる朗読は、中には上手な方もいるが、一般的にはあまり聞きやすいとは言えない。心地よい朗読が聞きたければ、やはりお金を払うしかないのである。餅は餅屋

故障?

  • 2015/12/19 09:23
  • Category: 雑記
今朝からコンピュータがおかしい。
電源は正常に入っているにも関わらず、
2度、作業の途中でフッと画面が消え、
ログオフ状態になってしまった。

そしてさっきはスリープモード中にログオフしてしまったらしく
フタを開けても、画面真っ暗なまま。
しかもスイッチを押してもオンにならず
一瞬 「ひゃあ、本格的に壊れたか?!」と、胃が冷たくなった。

私、通信も情報取得も何もかもコンピュータに頼っているので
これが壊れると、手足をもがれたのと同じくらい困る。
編み図すらネット頼りなので、コンピュータがないと
編み物すらできない。

このまま頻々と故障が起こるようなら、
一度ジミー君のところに持って行かなければならないが
世の中そろそろクリスマスだし、どうも時期が悪い。
2011年に買ったPCだから、まだ5年しか使っていないんだけど
もう寿命なんだろうか?
困ったなあ。

というわけで、近い将来、しばらくブログ更新が滞ることがあるかもしれません。
修理にしても買い替えにしても、お金と手間がかかりますので
そんなことにならないことを願っているのですが・・・
(と、ここまで書くのも、またいつフッと消えるかと、おっかなびっくり)

『Tarte aux guimauves, aux bananes et au chocolat』

まだ仏語教室に通っていた頃のある日、クラスメートのファラが
料理の本を2冊、私にくれた。
どちらも御主人からのプレゼントだったらしいが
「他にいっぱいあるし、うちではあんまり使わないから」と言って私にくれたのだが、
1冊は昔の百科事典並みの大きさで、厚さも3センチくらいある
ケベックで定番および人気のメニュを集めたらしい本。
前菜、スープからサラダ、赤身肉、白身肉、家禽に魚介
米、パスタ、ソースにディップにサンドイッチ、ピッツァ、デザートと
あらゆる料理が網羅されているが、アルファベット順の料理名だけで
10ページもあるだけあって、ずっしりと重くて片手では持ち上げられず
ぱらぱら見るにも大部すぎて、使いやすさという点では今ひとつ。
おかげで貰いはしたものの、一度ざっと目を通したきり本棚に置きっ放しで、
中のレシピを試したことはない。
ファラも、この使い勝手の悪さを嫌ったのかもしれない。

そしてもう1冊はチョコレートのデザートばかりを集めた
『Le Chocolat : DIVINEMENT DÉCADENT!』。
こちらはほどほどの厚さで扱いやすく
しかも載っている写真がどれもよだれが出そうにおいしそうで
ついつい熟読玩味し、熟読すると今度は作ってみたくなって
いくつか試した。
私も雪だるまも日ごとに脂肪を蓄積しつつある身なのだから
こんなものを作ってせっせと試食していてはいけないのだが
デザート類の誘惑には情けないほど弱い私たちなのだ。

でその試してみた中のひとつ、先日の合同お誕生会用に作った
『Tarte aux guimauves, aux bananes et au chocolat』が
割合かんたんで、しかもおいしかったので、以下に作り方を記す。
2005年にモントリオールで発行された本で、
ア○ゾン・カナダですら、すでに中古でしか手に入らないので
著作権については、請ご容赦ということで。

マシュマロとバナナとチョコレートのタルト

作り方(注:カナダの1カップは250ml)
1. ボールに細かく砕いたチョコレートビスケット1カップ半、溶かしバター1/4カップ、ブラウンシュガー1/4カップを入れてよく混ぜ、タルト型の底と側面にきっちり敷く
2. 鍋に牛乳175ml、ミニ・マシュマロ3カップを入れ、火にかけてマシュマロを煮溶かす
3. タルトの底に、バナナの輪切り2本分を並べ、その上に煮溶かしたマシュマロを注ぐ
4. 冷蔵庫で3~4時間冷やす
5. 食卓に出す時、表面にコポ(くるんと丸まったチョコの飾り)を飾る

このタルト、実は作ったのは雪だるまで、私は最後のコポを作っただけ。
(うちは料理は私、デザートは雪だるまの担当なもので)
レシピにはないが、彼はタルト生地にジンジャー(パウダー状)を混ぜ、
バナナの薄切りの上にシナモンを振っていたもよう。
スパイシーなのがお好みなら、それもよいかも。
ついでに、菓子にはよくあることだが、味がなじむせいか
作った当日より翌日の方が美味しかった。

ちなみにコポ(copeaux;おがくず、削りくず)の作り方は、以下の動画をどうぞ。
私は作る前にこれを見なかったので、私のコポはくるんと丸まらず、
文字通り単なる削りカスにしかなりませんでした。
ま、味はたぶん同じですがね。

ミニ樹氷

今年の冬は異常に暖かくて、12月半ばの今になっても地面に雪がない。
初雪が降ったのは10月半ばで、それ以降も何度か雪模様の日はあったのだが
いずれもちらつくか、ほんの少し積もる程度で、
翌日にはあっさり融けてしまって跡形もなし。
例年だったら、すでに1、2回は雪かきをし、除雪車も出ている頃なので
こんなのはほんとに珍しい。
このいつにない暖かさは、エル・ニーニョの影響だとのことで
天気予報サイトによると12月はこのまま、あまり寒くならずに
過ぎていくらしい。
なんたって最低気温がマイナス7~8度なのだ。
ケベックの12月とは思えん。

おかげで今日など雪の代わりに雨が降っている。
ただ気温が0℃近いので、庭のサクランボの木や樅の木に付いた水滴が
そのまま凍って、きれいなツララになっていた。
遠くから見ると、きらきらしていてなかなかきれいである。


サクランボの木

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sapin bleu 青モミ

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おしゃべり

  • 2015/12/13 11:54
  • Category: 言葉
今日は久しぶりにV君が遊びに来た。この前ウチに来たのは10月の上旬だから、丸々2か月ご無沙汰だったわけで、「はて、病気にでもなったか?」と少し心配し始めたところだったので、元気な顔を見てほっとした。

もっとも今日は、日本語の勉強はなし。V君と一緒に元クラスメートのJちゃんも来たので、雪だるまも交え、4人で3時間ほどあれこれお喋りして楽しんだだけ。ウチの近所に住んでいるJちゃんは、すでに何度もウチに来ていて雪だるまとも親しいし、V君はV君で、V君の弟とJちゃんの元カレが親友同士で、その縁でウチに日本語の会話練習に来るようになったくらいなので、Jちゃんとは仲良し。特に最近V君は中国語の勉強も始め、中国人のJちゃんに中国語の単語を発音してもらったりしているので、Jちゃんに新しいchum(男友達、カレ、BF)ができ、弟の親友がカレから元カレに降格になっても、友達付き合いは途絶えていないもようである。

だだ、このV君、Jちゃん、雪だるまに私の組み合わせだと、全員が比較的楽に喋れる共通言語というのがない。V君はフランス語が母語で日本語も流暢だが、英語は喋らないし、中国語はまだ勉強し始めたばかりで、それで会話ができるところまではいっていない。Jちゃんは中国語が母語で英語も達者だが、フランス語は私といい勝負の初級者、日本語は大学時代に少し齧っただけ。雪だるまはこの中では最強のメンバーで、英仏中日なんでもいいが、中と日は最近あんまり使っていないのでやや錆びついている。私に至っては、最近は母語の日本語ですら錆びつき始めているくらいなので、他は推して知るべしという体たらく。

が、英語または中国語だとV君が参加できず、日本語だとJちゃんが参加できないので、結局「ここはケベックだし・・・」と、ご当地に敬意を表して主にフランス語で喋ることになった。“主に”と書いたのは、その時々で英語が入ったり、中国語/日本語が入ったりしたからである。誰かがわからない時は、他の誰かが説明や注釈を入れてくれるので、それで十分何とかなった。というより、その言語のごちゃまぜ具合が、何とも言えず面白かった。あることを表現するのにフランス語だとこうなって、英語だとこうなって、中国語と日本語ではこんな風に似ていて、あるいは違っていてと比べながら喋るのは、いろいろ発見があって楽しかったのだ。おかげで午後の3時間は、あっという間に過ぎた。私とJちゃんのために手加減して喋ってくれたせいか、V君のフランス語は大変聞き取りやすくて、楽に会話の流れを追うことができたし。ふだんお義父さんや親戚のおじさん、おばさんの言うことは4分の1もわからなくて、毎回毎回意気消沈してウチに帰ってくるのとは大違い。単語、構文共に易しいものを選び、ゆっくり丁寧に発音してくれたから聞き取れたのだということはわかっているけれど、たまにはそうやって「わかる♪」という気持ちに錯覚させてもらうのは嬉しい。いつもいつも「わからない」ばかりでは、勉強しようという意欲を維持するのが難しいのだ。人間、たまにはアメとかニンジンとかご褒美とかが必要なのですよ。

**************

それにしても、私がフランス語を勉強しているのは、お義父さんと喋りたいからなのだが、実のところ私にとって一番わかりづらいのがお義父さんのフランス語で、いまだにお義父さんの言う言葉はほとんど聞き取れない。V君が言うには「お年寄りのケベッコワは聞き取りにくいから」だそうだが、そうは言ってもこのままでは一生お義父さんとは、彼にとっては母語ではない英語で話し続けることになりそうで、それが私は悲しい。言葉は意思疎通のための道具で、だから意思の疎通ができるのならどんな道具を使ってもよいのかもしれないが、でも「母語」には道具という立場を超える感情が籠っているように私には思えて、だからお義父さんにはフランス語で話しかけたいのだが、私がお義父さんのフランス語を聞き取れないのと同様、お義父さんも私の訛ったフランス語は聞き取れないのだ。ああ、このぜつぼーに終わりは来るのか・・・

相殺?

  • 2015/12/11 10:59
  • Category: 雑記
「物欲:大」とは言えない大人へのプレゼント選びは、本当に大変だ。
うちの家族はどういうわけか12月生まれが多くて、ついでに12月にはクリスマスもあるから、一つ選び終わったと思ったら、またすぐ次を探さねばならず、まさに一難去ってまた一難。毎年頭が痛い。

特にお義父さんなんて、80代。お元気ではあるけれど、身の回りのものにしろ、趣味のものにしろ、欲しいもの、必要なものは、もうみな持っている。「これを上げたら、喜びそう」というものがないのである。家電にしたところで、家庭を構えて60年、すでに一通り以上のものが揃っている。具合よく何かが壊れてくれれば、それを贈るという手もあるが、残念ながら今のところすべて順調に稼働中。あげられるモノがない。

しかもふつうこういう時に使われる万能の切り札“よく行く店のギフトカード”ですら、「親父、××のギフトカードは腐るほど持ってるぜ」とジェリーに言われて、あっけなく没。どうやらプレゼント選びに頭を悩ましているのはみな同じのようで、結果、ついつい皆ギフトカードに頼ってしまい、そうやってみんながギフトカードを贈るものだから、さすがのお義父さんも使いきれなくて、財布の中にどーんと貯まってしまった、ということらしい。これが都会ならいろいろなお店があるから、ギフトカードが重なるということもないのだろうけれど、残念ながらここは田舎。店の数は多くない、と言うか、はっきり言ってウォ○マートとカ○ディアンタイアの2店しかない。よって人が選ぶギフトカードも当然その2店に集中し、同じマークのカードが人々の間を飛び交うことになるのである。(私ですら、財布の中には人から戴いたこの2店のギフトカードが入っている)

モノもだめなら、ギフトカードもだめと、万策尽きた雪だるまは今年、お義父さんの誕生祝いにお金を上げることにした。味もそっけもないが、とりあえず役に立つし、あっても邪魔にならないし、要らないなら銀行に入れればいいし、という心積もりだったのである。

ところが、合同誕生パーティの席でプレゼント交換した雪だるまとお義父さんは、お互いバースディカードを開けて大笑い。なんと二人とも同じ金額のお金をプレゼントとしてカードに入れていたのである。どうやらお義父さんも、プレゼント選びに困り果てていたのは同じだったらしい。

2人は大笑いした後、「同じ金額だし、相殺しようか。その方が面倒が少ないし」と言って、お義父さんは雪だるまから贈られた小切手を返し、雪だるまはお義父さんから贈られた現金を返して、±ゼロにしていた。なんだかちょっとさみしいような気もするが、でも実際、交換したところで同じことなのである。お金が行ったり来たりしているだけ。相手を思う気持ちや、祝う気持ちがないということではなくて、そうした気持ちを表すのにモノを必要とする間柄でないということなのだと思う。

それから2、3日して、雪だるまに「クリスマスに何が欲しい?」と聞かれた。「毛糸!」と元気よく答えたら、「それは誕生日にあげるから、それ以外に何かある?」と言う。そう言われてしばし考えたが別に何もない。逆に雪だるまに何が欲しいのか聞くと、「別に、特に欲しいものはない」と言う。もっともこれは毎年同じで、いつ聞いても「欲しいものはない」のである。だから私は毎年、「本でもDVDでも、好きなものを買えばよろし」と誕生日もクリスマスも、アマ○ンのギフトカードを贈っている。そして雪だるまの方も、私にギフトカードを贈ってくれている。つまりお互いカードを贈り合っているのである。金額も同じで、まさに上に書いたお義父さん&雪だるまと同じ状況。「お義父さんと同じだね」と雪だるまに言ったら、「じゃあ私たちも相殺しようか?」と返って来た。ま、それでもいいかもしれない。どうせ同じ金額が行ったり来たりするだけなのだし。モノがないとさみしいというような歳でもないし。


厳しい冬の寒さに備えるべく
脂肪の蓄積に励んでいるリスの写真
まんまるー


fat sq

さて、いつまでもつか

  • 2015/12/10 11:57
  • Category: 雑記
昨日、悪戦苦闘中と書いたクリスマス飾り、
今日の午前中、やっと出来上がりました。
途中、ボールが足りなくなって、
またダラーショップに走るというアクシデントもありましたが
一応見える部分には全部ボールをくっつけ終り
昼過ぎには玄関脇に据え付け。

さていつまでもつか、甚だ心配ではありますが
取りあえず出来たということで、ほっとしております。


写真撮ってみましたが、今日はどんより曇り空なので
なんだかうすぼんやりとしか、見えません。
実物はもうちょっときらきらなんですがねえ・・・


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周りの松は、散歩の途中、道端で拾ったもの。
ボールも落ちていれば、経費ゼロで出来たのですが、
さすがにボールは道端には落ちていませんでした。


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クリスマス飾り

  • 2015/12/09 12:16
  • Category: 雑記
12月に入ると、家々の窓に、入り口に、外壁に、クリスマス飾りが灯り始める。商店や気の早いお宅では11月の半ばあたりから飾り始めたりするところもあるけれど、やはり大部分は「12月の声を聞いてから」のようだ。

うちも玄関ドアにリースを掛け、窓の電飾を点け始めるのは12月に入ってから。今年は2日に雪だるまとお義父さんの合同誕生パーティをしたので、それに合わせてサンタ人形やトナカイ人形を出したり、窓に雪片の飾りを貼り付けたりした。電飾は実は一昨年取り付けた時から、そのまま。それまでは毎年12月に取り出して飾り、1月半ばには外して箱にしまっていたのだが、去年の1月は私が手術直後で腕を自由に動かせなくて外すことができなかった。だから雪だるまに外して片づけてくれるよう頼んだのだが、雪だるま、お返事だけは「はーい」と元気がよかったものの、1月が過ぎ、2月になっても、3月になっても外してくれず、一方、私の方は3月にまた手術となってしまって腕が動かせず、そのうち春になって夏になって、「いまさら外しても、またすぐ付けなくちゃならないしぃ・・・」と、結局面倒くさくなってそのままにしてしまった。電飾を付けたり外したりするには長い方の梯子が必要で、それが重くて扱いづらくて面倒というせいもあるし、居間の電飾はパネルカーテンのせいで内からは見えず、玄関の電飾は白色の目立たない色合いなので、これまた灯さなければ飾りっぱなしであることに気付く人はあまりいないし、と高をくくっているせいもある。私は省ける手間はせっせと省く、ずぼらな人間なのである。

それでも今年は、家の外にももう少し飾りを増やそうかとあれこれ思案し、玄関脇のフラワーポット2つをコニファーと金銀赤のボールで飾ることにした。ピカピカと派手な飾りは好きではないし、あまり大げさなこともしたくないが、暖かいところとは違い、ここは冬場、色がない。輝くばかりの秋の紅葉が終わると、残るのは冬枯れの木々ばかり。針葉樹ですら、葉の緑がくすんで茶色く沈む。そして雪が積もり始めれば、あたりはなおさら灰色ばかり。人が行かない原野とは違い、住宅街の雪は白くはないのだ。だから12月から1月にかけてのクリスマス飾りは、沈鬱な冬のせめてもの彩り。花の代わりだ。

土曜日、散歩に行ったついでに風で折れたらしい松の大枝を拾い、日曜日、ダラーショップで金銀赤のボール(ツリーに飾る例のボール)を仕入れて来た。そしてその午後から組み立てを始めたのだが、なにしろやったことのない工作なので試しては失敗し、試しては失敗し、の繰り返し。3日目の今日、やっと何とか少し形になって来たが、発泡スチロールとアルミホイルで作った土台に、グルーガンでボールを留め付けているだけなので、大風でも吹いたらあっというまに土台から外れて飛んで行ってしまうのではないかと、かなーり心配。と言って他によい方法も思いつかない。テープとかボンドとか針金とかは、すでに失敗済みなのだ。家の中に飾るのなら大丈夫だろうけれど、フラワーポットを置くのは玄関脇。雨にも雪にも風にもさらされるのだ。外に出したとたん大風が吹いてガラガラ崩れてしまったりしたら、泣くに泣けない。

いずれにしても出来上がりましたら写真をアップします。
たとえ10分後にばらばらになったとしても、とにかく“作ったのだ!”という証拠写真を残さねば・・・


この間見つけた写真
記事とは関係ないけれど、可愛らしいのでアップ


car tree

鍋20歳

  • 2015/12/04 11:32
  • Category: 雑記
昨日、マッシュポテト用にじゃがいもを茹で、さて軟らかくなった、では茹で汁を捨てようかと鍋を持ち上げて傾けたら、なんとぽっきり鍋の柄が折れ、あやうく6人分のじゃがいも全部、流しにぶちまけてしまいそうになった。

私が思わず叫び声を上げたものだから、すでに到着していたお義父さんやフランスが「どうした?」と流しに飛んできたが、私の方は柄の折れた片手鍋を抱えて、必死に茹でじゃがいもを守るの図。まったく傍から見たら滑稽としか言いようのない格好で我ながらおかしかったが、でもこのじゃがいもをぶちまけてしまったら主菜の付け合せがひとつなくなる!と、わりあい真剣だったのである。

幸い、流しにこぼれたじゃがいもはほんの少しで、おかげでマッシュポテトは6人分の付け合せに十分間に合ったが、いやそれにしても、いくら樹脂製とはいえ、けっこう太い片手鍋の柄が、こうも突然ぽきりと折れるとは思いもよらなかった。

思えばこの片手鍋は95年に香港で一人暮らしを始めた時、最初に揃えた台所用品のひとつだから、今年でちょうど20年。手ごろな大きさが使いやすくて、ほとんど毎日のように使っていたのだから傷むのも道理、折れても文句を言えた義理ではないのだけれど、ステンレス製の鍋本体の方は、まだまだしっかり堅牢で、あと20年くらい使ってもびくともしそうにないので、柄がだめになったせいで鍋として使えなくなってしまったのは、誠に残念。

一応修理できないかと、折れた柄の付け根を分解してみたが、ねじが外れたとか金具が取れたとかではなく、柄そのものが途中から折れてしまっているので、修理は不可能と思われる。名の通ったメーカーの品というわけではないから、柄だけ交換なんていうサービスなんかあるわけもないし。

それでもなんだか、すぐに捨てるには忍びなくて、まだ台所のカウンターの上に乗せてあるのだけれど、さてこの柄なし鍋、何かに使えるだろうか。


分解してはみたけれど、直せそうにはない。
きれいな円筒形だから、鍋としてはだめでも、ゼリー型とかケーキ型としてなら使えるかなあ。


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どんより曇り

  • 2015/12/02 01:02
  • Category: 雑記
このところどこかが痛い日が多くて、ぐずぐずと元気なく過ごしている。
今日は左目。どうせろくに見えない方の目だから、右目が痛い時のようにパニクったりはしないが、それでも痛いのは不快。ちょうど雪だるまに急ぎの仕事が入ってジムがキャンセルになったので、朝からぺたり椅子に座り込み、毛布の膝掛をかけて、オーディオブックを聴いている。

実は今日は雪だるまの誕生日で、編み終えた例の黒靴下と、ドライフルーツ、ナッツ入りのチョコレート、アマゾンのギフトカードを、朝、テーブルの上に並べておいた。靴下は永年保証カードつき。穴が開いた場合、カードを提示すれば“free darning(無料穴かがり)”または“a new pair of socks(新品1足)”を請求できる。この「カードを提示すれば」というところがミソで、私は奴がカードを失くす方に賭けている。整理整頓が得意!とは言えない雪だるまなのである。

チョコレートは昨夜作ったのだが、どういうわけだか今朝になってもしっかり固まっていなくて、切り分けようとしたら、べたべたナイフにくっついて、にちゃにちゃチョコになってしまった。チョコと生クリームの比率が2:1の場合、いくら冬でも、やっぱり冷蔵庫で固めないとだめのようだ。反省。次回は冷蔵庫に入れよう。

アマゾンカードは、この春撮ったチッピーの写真を入れて、チッピーからということにした。
このカードに自分の写真を入れられるサービスは、なかなか楽しくてよい。今まで気が付かなかったけど、以前もあったのかな?

そして実は明日はお義父さんの誕生日で、ウチでパーティをする。来るのは身内だけなので、私たちを入れても6人。このくらいの人数が一番料理を作りやすくて、楽ちんでよい。朝から料理、掃除ということになるから、明日までにこの眼痛が消えてくれるといいのだが・・・

もうちょっと暖かければ、ジムの代わりに散歩に行ってもいいのだが、昨日から冷え込んでいて、午前11時の今も外気温は零下。太陽も出ていなくて、どーんより。それでも出かけた方がいいかな。家の中にいると、ついつい目を使ってしまうからな。

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らうとら

Author:らうとら
ドロシー・L・セイヤーズ、ローリー・R・キング、P.D.ジェイムズ、ディック・フランシス、水村美苗、高村薫、戸塚真弓、ヘレン・ミレン、シャーロット・ランプリング、ソフィ・マルソー(40代以降に限る)、ヘレナ・ボナム・カーター、アンジェリーナ・ジョリー、三代目金馬、小さん、枝雀、エンヤ、クイーン、ドゥルス・ポンテス、マドレデウス、J・S・バッハ、ちあきなおみ、トケイ・ピノ・グリ、アール・グレイ、自転車(冬季を除く)、あらゆる犬と猫
以上、私を幸せにしてくれる方々(敬称略)

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