小豆、至福

この間ファラフェルを作って以来、どうも豆が気になって、近頃豆ばかり炊いている。
ひよこ豆の次には乾燥グリンピースを炊き、黒レンティル(日本では毛蔓小豆または黒緑豆といい、
もやし豆として使われるらしい)を炊き、
雪だるまが「豆乳を作る!」と言うので買ってはみたものの一向実行されず、
すでに4年が経過したヒネ大豆を炊き、と手持ちの豆を次々と鍋に投入。
おかげで冷凍庫の中は今、豆でいっぱいである。

こうなると当然、食卓は豆づくしで、たとえば昨日の雪だるまの夕飯は、
乾燥グリンピースのポタージュに豆腐ステーキ、豆サラダと、あっちを見てもこっちを見ても、豆、豆、豆。
私も似たようなもので、普段だったらシリアルを食べる朝も、
今日は昨日の残りのグリンピースのポタージュにトルティーヤで、
なんだか少しメキシコの田舎の気分。

そしてそうやって朝から豆を食べていたにもかかわらず、今日はその上さらに小豆を炊いた。
2年ほど前、アジア食品店で買ったまま死蔵していた「日本あずき」で、あんこを作ろうと思ったのである。
この小豆、袋には「日本産あずき」とあるのだけれど、なんだか書体(フォント)が中国風で、
「君は本当に日本から来たの?」と思わないでもなかったが、ま、中国産でも小豆は小豆。
味の違いをぴたりと当てられるような優秀な舌は所持していないのだから、別にいいのだ。
それに第一、炊くのは私だし。

小豆餡を作るには、一度豆を炊き、その後また改めてその炊いた小豆に水と砂糖を加えて餡にするらしいが、
ものぐさな私はふつふつと鍋の中で踊っている小豆を見ているうちに、
なんだかこのまま砂糖を入れてもいいような気がしてきて、ついつい戸棚から黄砂糖(yellow sugar)を出して、
大さじで1、2、3、4と適当に投入。味見をして「ま、こんなものかな」というところで止め(都合7さじくらい入れたと思う)、
ちょっとやわらかめくらいに煮詰まったところで火を止めたつもりだったが、
しばらくして鍋を覗いたら、これが結構かための粒餡に変身していて、
「しまった。餡こは冷めるとかたくなるんだった・・・」と思ったが、時すでに遅し。

それでも久しぶりに食べた小豆餡は、なんだかとてもおいしく感じられて、
お昼は作り置きの餅を電子レンジでチンして、お汁粉。
しみじみ小豆餡の甘さを味わった。
そして夕食にも、デザートに小鉢に盛った餡をスプーンで食べた。
格別あんこが好きではない雪だるまは横目でこちらを見ていたが、私は恍惚、至福の表情。
ああ、しあわせ。
体重増加の問題はまた後日考えることにして、しばらくはこの甘い幸福に酔うのだ。
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ファラフェル

冷凍庫の中の豆の備蓄が少なくなってきたので
「ひよこ豆でも煮るか」と、夜、1袋(約1kg)を水に漬けておいた。
で翌朝、豆を煮るための大鍋を引っぱり出したのだが
ふと思いついて、2カップ半ほど別に取り分けた。
水に漬けただけの豆を見ているうちに、
久しぶりにファラフェルが食べたくなったのである。

ご承知の方も多いと思うが、ファラフェルというのは
中東のひよこ豆のコロッケのようなもので、
水煮した豆ではなく、水に漬けただけの豆をつぶして作る。
つぶすには、伝統的には石臼(ストーングラインダー)とかを使ったのだろうが
最近ではフードプロセッサを使うのが一般的だ。
パレスチナ出身のモハメッドに聞いた時も、
フードプロセッサを使うと言っていた。
私も当然フードプロセッサ。
戸棚から出すのと、後で洗うのが面倒くさいが
この方が早いし、確実につぶれる。

が実はわたくし、ファラフェルを豆から作るのは初めて。
今までは不精をして、いつも市販のファラフェルミックスを使っていたのである。
なのでネットで検索して、水煮缶を使う簡便型ではなく
ちゃんと煮ていない豆から作る伝統型のレシピを探し
それに従ってやってみた。
一緒にプロセッサにかけたのは、玉ねぎ半分、ニンニク2かけ、
小麦粉大さじ1、塩小さじ1弱、クミン(粉)小さじ1
コリアンダー(粉)小さじ1/2、コショウ、カイエンヌペパー各少々。
ほんとはパセリも入れるはずなのだが、買い置きがなかったので省略。
そして「ハモスではないのだから、つぶし過ぎてはいけません」と作り方にあったので
豆が細かい粒粒になったくらいのところでやめた。

で、このタネを冷蔵庫で1、2時間寝かしてから
ボールに丸めて油で揚げるのであるが、
私はこの「冷蔵庫で寝かす」という工程を忘れ
プロセッサにかけた後すぐ、小判型に丸めて揚げ始めてしまったが
別段支障はなかった。
ちなみにボールではなく小判型にしたのは
その方が油の量が少なくて済むからである。

そしてファラフェルにはタヒニソース(胡麻ペースト)がつきものなのだが
これも手持ちがなかったので省略。ヨーグルトソースで代用。
だいたい突然思いついて作るから、いろいろあれもない、これもない
となるのだが、まあ、思いついた時が作りたい時、なのだから仕方ない。

それでもこの豆から作ったファラフェル、市販のミックスを使ったものより
スパイスが強過ぎなくて、雪だるまには好評だった。
それに、挽き立て(?)の豆を使うせいか
口の中にふっくりと豆の味が広がる感じなのである。
一緒に挽いたニンニクもほどほどに香ばしく
不精にミックスを使うより、ずっとおいしい。

確かに豆を水に漬ける時間(1晩)とか
タネを寝かす時間(1、2時間)とか、ミックスと違い、
夕食の30分前に思いついても間に合うというわけにはいかないが
水に漬ける時間や寝かせている時間は、ただ待っているだけなのだから
実働時間はそう違わず、それでこれだけおいしいなら
これからずっと豆から作るぞ!である。

ちなみに簡便バージョン、水煮缶のひよこ豆を使う場合は
つなぎに粉を多めに入れるとか、卵をいれるとかしないと
揚げる段階でボールが崩れるそうである。
煮ることによって、豆同士がくっつかなくなるのかな?


ピタにはさんだファラフェル。
そういえば私が初めて食べたファラフェルも、この形だったなあ。


falafel.jpg


PCなくては仕事にならぬ

  • 2016/02/23 09:54
  • Category: 雑記
金曜日、雪だるまのPCの調子が悪くなって、ジミー君のところに入院してしまった。日曜夜が締め切りの仕事があったので、雪だるま「急いで直してくれれば追加料金を払う」と、ジミー君の目の前にニンジンをぶら下げてみたのだが、とりあえずざっと調べたジミー君、「メモリーチップがダメになっているし、他にもおかしいところがあるので1日、2日では直らない」と連絡してきた。ついでに日曜は仕事をしないことになっているともおっしゃり、ニンジン作戦も空振り。仕事も大事だが生活も大事、ということらしい。見上げた“ワークライフバランス”なり。

仕方なく雪だるまは依頼先に、PC不調により締め切りには間に合わないと事情を説明するメールを私のPCから出した。そして完全休業に入ったのだが、私以上に“何をするにもPC”の雪だるま、PCがないと、なーんにもすることがない。本を読むと言ったって、1日中読んでいられるわけではなし。映画だって、1日3本も見れば、もう十分。やることがなくなった雪だるま、せっせと雪かきをしたり、ドライブウェイの氷割りをしたり、バードフィーダーに餌を補給したり、普段は見ないバスケやホッケーのゲームをTVで見たりしているが、暇を持て余していることは明々白々。あんまり暇そうなので「編み物でもしてみる?」と聞いてみたが、その興味はないそうである。編み物、暇つぶしにはもってこいなんだがね。

ちなみに、PCがなくては仕事にならない雪だるま、以前から予備にラップトップを買おうかと言っていたのだが、まだ実行していない。彼も私同様、考えてはいても実際に動き出すまでには時間がかかるタイプなのである。しかしこうして実際に困った事態に陥ったからには、ラップトップ購入が実行される日も近いかも。
一方、昨年末、頻繁にプフッと電源が切れて画面真っ暗になっていた私のPCは、だましだまし使っているうちに何とか調子が上向いてきて、最近は“プフ”の回数が減ってきた。このままあと1、2年、死なずに持ってくれるとありがたいのだが、さてそんなにうまくいくかどうか・・・

コンポジットレジン

木曜日、歯医者に行った。
3週間ほど前、昼食にシリアルを食べていたら突然ガリッという音がし
何かと思ったら、下の奥歯の充填剤が欠けてしまったのである。

「なんで柔らかいシリアル食べて、充填剤が欠けるの?」とは思ったが
考えてみれば、この歯を治療したのはたぶん30年位前。
いくら金属(金銀パラジウム合金)製でも、いいかげん寿命だったのかもしれない。

欠けたとは言っても穴が開いたわけではなかったので
別に痛くはなかったが、放っておくわけにもいかないので
行きつけのラコンブ先生に電話した。
そしたらもらえた予約が、今週の木曜だったのである。
いくら痛みがないとはいえ、3週間後まで予約で一杯とは
ラコンブ先生、ずいぶんとお忙しいようす。
ご商売繁盛のようで何よりなり。

さて、その欠けた歯の治療だが
これが、あっという間に終わった。
麻酔を打って、10分待って、薬が効いたところで
カリカリカリと古い充填剤を削って
中をきれいにして、新しい充填剤詰めて
噛み合わせを確かめながら、充填剤を削って整えて、
はい、おしまい。正味40分くらい。

昔々、私が子供の頃は、歯の治療というと2、3回通うのが普通で
しかも痛くて、歯を削る時いやなにおいがして
歯医者と聞いただけで、げんなりしたものだが
それから早×十年。
最近の歯医者は、まず痛くないし、嫌なにおいもしないし
治療室は明るくきれい。そして早い。
科学技術は進歩しても、人類がより良い方向へ進んでいるのか
どうかについては、時々大きな疑問符が頭に浮かぶ私ではあるが
医学、医療技術の進歩に関してだけは、心底有り難いと思う。

今回も治療中に「何か見慣れないものを口の中に入れているなあ」と思ったら
充填剤のコンポジットレジンを固めるための光が出る照射器だったらしい。
2年前に別の歯を治療した時には、こんなものは使わなかったので
ラコンブ先生、新しく導入したのかもしれない。
家に帰ってきてからネットで調べてみたら、この照射器ができたことで
レジンが固まる時間が大幅に短縮されたのだそうである。
(おかざき歯科クリニックさんのサイトが、大変わかりやすい説明を
してくださっているので、ご興味のある方は下記をご覧ください。)

おかざき歯科クリニックさんのサイト 

このレジン、色も歯とほとんど同じ少し黄色みがかった白で
見た目、非常に自然。
金属より強度は劣るそうだが、別なサイトで平均耐用年数を見てみたら
金属が5.4年、レジンが5.2年で、あまり差がなかった。
それに耐用年数は日ごろのメンテ具合によっても変わるそうなので
長持ちさせたかったら、せっせとお手入れに精を出せ、ということか。

まあ私、歯並びが悪いもので、歯磨きは1日3回、
デンタルフロスも使っているし、歯間ブラシも使っているし
1年に1回、クリーニングと検査にも行っているし
できる範囲のことはしているつもりだが、
それでも今回のように、壊れる時は壊れる。
人事を尽くして、待つのは天命?

しかしできれば天命が下るのは、ずっと先が良い。
だってケベックの場合、歯科は保険外なんだもの。
今回も治療費は177ドルと、とほほ・・・の料金。
生活に余裕があるとは言えない義弟ジェリーが
「歯医者へは、もう25年くらい行っていない」
と言うのも頷ける結構なお値段である。
やっぱりお手入れに励まなくては・・・

999

  • 2016/02/19 05:20
  • Category: 映画
雪だるまが“日本アニメ月間”に入ったらしく、なんだかいろいろ届いたので、あれこれ次々と見ている。

先日は『銀河鉄道999』シリーズ3本(銀河鉄道999、さようなら銀河鉄道999、銀河鉄道999エターナル・ファンタジー)を、順番に見た。アニメ版の1作目『銀河鉄道999』(1979年)が公開された時、私はすでに子どもではなかったのでこのアニメは見ておらず、しかし当時一世を風靡したと言ってもいいくらい話題になったアニメだったので、それなりに大人の鑑賞にも耐える作品なのだろうと楽しみに見始めたのだが、豈図らんや、絵はともかくストーリーが単純、大味過ぎて、子供なら夢中になれても、大人が見るには少々忍耐心がいる作品だった。

ファンタジーに科学的な正確さを要求するのはお門違いだろうが、それにしても冥王星近くに来たら急に寒くなって列車の窓が曇ったり(太陽系の中では太陽から一番遠いから“寒い”ということなのかもしれないが、各惑星の表面温度はともかく、宇宙空間では温度ってどこでもほぼ同じじゃなかったっけ? もちろん宇宙空間でも、そこに物体(宇宙船とか)があれば、太陽の光が当たっている時は非常に熱く、逆に陰に入った時は非常に冷たくなるんだろうけど、しかしその温度差が船内に影響しないよう、船の外壁は十分断熱されているはずで、だから内にいる鉄郎が“寒い”と感じるはずはないと思うんだけど。それとも999断熱不十分? そりゃ危ないぜ)、どこの星に行っても地球型の環境になっていて、着いたとたん、みんな特別な装備もなしに呼吸できるし、活動できるし(各惑星の重力とか、大気の組成とか、考え始めると面倒くさくてやってられないから、完全無視!に出るのはわからなくもないけど)、それどころか地球型の木とか草とかも生えていて、言われなければ地球だと思ってしまいそうな惑星ばっかりだし。鉄郎が行くところ、行くところ、全部それなんだから、すべてヒトに合わせて改造したんだとすれば、すごい科学力&資源力だ。

ま、もっともこんなつまらないことにいちいち引っかかるのは、999を見始めた前日にリドリー・スコットの『The Martian』(主演はマット・デイモン)を見てしまったからかもしれない。この映画、専門家はどうだか知らないが、素人を納得させる程度には十分科学的だったから。

そして冒頭に書いた“大味なストーリー”だが、機械人間とふつうの機械化されていない人間との対決という図式は単純過ぎ。対象年齢が主人公の鉄郎と同じローティーン、少年の成長を描く冒険活劇という設定では仕方のないことかもしれないが、そもそも機械人間を作ったのは人間のはずで、それが逆に機械人間に支配されるようになったからには、人間の側にも何らかの非があったのだろうし、また今は支配者の側に回っている機械人間の側にも、それなりに心理的葛藤や逡巡があるだろうと思うのだが、子供用アニメではその辺は描かれない。話はあくまで人間=善、機械人間=悪で、単純である。そのあたりが、ひねた大人にはつまらない。

ついでにいえば、テレビアニメ版に比べ、映画版では鉄郎の年齢が5歳引き上げられて15歳になっているそうだが、絵を見る限り15歳というより12、3歳の感じで、その鉄郎がきれいなメーテルに惹かれて恋心を抱くのはわかるが、見た目27、8歳、実年齢不詳のメーテルの方が、鉄郎に惹かれるというのは、私には納得しがたい。メーテルは「あなた(=鉄郎)といっしょに暮らしてもいい」などと言ったりするが、こんな中高生のガキと一緒に暮らしてどうするの?である。もっとも母親代わりに世話を焼きたいというのなら、わからなくもない。実際、メーテルは鉄郎の母の身体を貰ったことになっているから、鉄郎にとってはメーテル=母のようなものだし、それならそれでお約束のエディプス・コンプレックス、ついでに3作目の『エターナル・ファンタジー』で鉄郎は父と思しき人物を殺してもいるから、父を殺して母を取ってとなれば、ギリシア悲劇一丁上がり。なんだかわかりやす過ぎである。まあティーンネイジャー用アニメを60婆さんが見るから悪いんだけど。

雪かきの服装

今年は例年にない暖かさで、今のところ零下20度以下になった日は、ほんの数日。
先週は木曜あたりからちょっと寒くなって、朝の気温が零下22~24度くらいだったりしたが
この寒さも火曜にはまたゆるんで、最高気温が2度という予想。
とても冬とは思えない。
おかげで雪も少なくて、いつもならこの時期は路肩に雪がうず高く積まれて
交差点では左右から来る車が見えにくくなるのだが、今年はそれもなし。
雪の高さはせいぜい1メートルくらいで、視界すっきり、見通しばっちりである。

しかしそれでもさすがにカナダ。
雪が少ないとは言っても、雪かきをしなくて済むほど少なくはないので、
たまにはスクープを持って、雪かきに繰り出す。
昨日も朝起きたら雪が20センチばかり積もっていたので
昼前にちょこちょこっと雪かきをした。

昨日は気温が零下17度くらいと、ちょっと低めだったので
雪は湿り気が少なく、さらっさらのパウダースノー。
スクープにすくったのが風で空中に舞うほど軽くて
実に楽ちんな雪かきだった。

暖かい地方にお住いの方は、零下20度と聞くとどんなに寒いかと
想像するだけで身がすくむ思いかもしれないが
実際のところ、それなりの服装をしていれば、さほど寒さは感じない。
もちろん同じ零下20度でも、風がある時とない時では
体感温度にかなりの差が出るが、たとえば昨日のように風がほとんどない時の
雪かきの服装は、上半身は家の中にいる時の服装(タンクトップ+半そでのTシャツ+
フリース)に腰丈のダウンジャケット、頭に毛糸の帽子、手にスキー手袋。
下半身はジムパンツ+薄手のスノーパンツ、毛糸の靴下にブーツ、といったところである。

風がない時は、マフラーはしない。マフラーをしていると中に熱がこもり
雪かきをしているうちに暑くなりすぎて、背中を汗がたーらたら、になるからである。
外気温が低いのに、身体がむっと熱くて汗が流れる状態というのは
かなり気持ちが悪い。ついでに流れた汗が冷えると、
今度は背中がじっとり寒くなって、風邪をひきそうな気分になる。
雪かきは結構な作業量なので、運動する時同様、着過ぎてはいけないのである。

これは散歩のときも同様で、あまり着過ぎると暑くて閉口する。
今年は運動も兼ねて、よほどのことがない限りジムへは歩いて行っているが
朝9時台の行きと、11時台の帰りとでは気温が違うことが多く
先日など朝はなかった太陽が出てきてやたら暖かくなり
おかげで私は、まずフードを外し、次に毛糸の帽子を脱ぎ
ついで手袋を外し、マフラーを取り、コートの襟もとを開けて
「あー、暑いー」と言いながら、帰ってきた。
寒くて凍えそうになるより余程ましだが、あんまり暑いのも困りものである。

ベジの食卓

雪だるまはベジで、肉も魚も海鮮も食べない、アジア人ではないから米を主食にしているわけでもないと言うと、「じゃあ毎日一体何を食べてるの?」と聞かれることが多い。アジア系でも非アジア系でも、肉/魚/海鮮を一切使わない食事というのは、かなり想像しにくいらしい。

私自身も最初は「さて何を作ったものか・・・」と夕食の献立に頭を悩ませたが、20年近く経って今では、その時そこにあるもので適当に献立をでっち上げられるようになった。もっともこれは雪だるまがベジの中では最も制限のゆるいラクト・オボ・ベジタリアン(肉魚介は食べないが、卵、乳製品は食べる)で、ベジにしては食べられるものの範囲が広いから、というせいもある。これが卵も乳製品も×なヴィーガンだったら、食事作りが大変とまではいかなくても、変化をつけにくくはなるだろう。

試しに日曜から今日までの夕食の献立を主菜と副菜に限って並べてみると
日曜:カテージチーズローフ
マッシュトポテト、甘玉葱のソテー、プランテーン(バナナ)のソテー、サラダ
月曜:カテージチーズローフ(昨日の残り)
マッシュトポテト(同じく昨日の残り)、ビーツサラダ、サラダ
火曜:豆腐ソテー
グリンピースとポートベローきのこのソテー、サラダ
水曜:アボカドとチーズを挟んだトルティーヤ
ほうれん草と玉葱のクリームソテー、ビーツサラダ、サラダ
木曜:野菜春巻き
甘玉葱のソテー、豆サラダ、サラダ

毎日献立に“サラダ”が入っているのは、雪だるまはその日の主菜が何であろうと、毎日小ぶりのサラダボウル一杯の生野菜を食べるからで、この“サラダ”は、ただ野菜を洗って切って並べただけで、ドレッシングもディップも何もなし。中身はレタス、ミニ人参、キュウリ、ピーマン(緑/黄/赤)、フェンネルといったところが定番。夏はこれにセロリやトマトが加わっていたのだが、最近は高くて手が出ない。レタスも高いことが多いので、1個2ドル以上の時は白菜で代用。雪だるまはこの切っただけの野菜を、そのままポリポリ食べる。簡単である。

そして献立にソテーが多いのは、雪だるまが煮た野菜を好まず、そうなると野菜の調理法としては炒めるかオーブンで焼くかくらいしか選択肢がないからである。私自身は煮野菜が好きで、「キャベツのスープ煮なんかおいしいよねえ」と思っているが、雪だるまは煮たキャベツや煮た人参は最低!と言っている。

ちなみに、日曜の主菜カテージチーズローフは、カテージチーズにみじん切りの玉ねぎと胡桃、イタリアンパン粉を加え、つなぎに卵を入れてオーブンで焼いたもの。カテージチーズ約500gに対し、玉ねぎは半個~1個、胡桃は100~120g、卵は3~4個で、パン粉の量は適当。多めに入れれば固くしっかりしたローフになるし、少な目なら柔らかく崩れるローフになる。肝心なのは胡桃をケチらないことで、カリカリした胡桃の歯触りがないと、このローフは間の抜けた出来上がりになる。

そしてプランテーンは、元クラスメート、ドミニカ共和国から来た男の子フェルディナンドが、「好きな食べ物」に挙げてから、ウチの食卓の常連になった。彼はいかにもラティーノらしい陽気で快活、ちょっとセクシーなかわいい子だったので、彼が好きだというのなら食べてみるか、と好奇心が湧いたのである。
この大型のバナナみたいなプランテーン、普通はまだ若い緑色のを薄切りにして油で揚げるのが定番らしいが、ウチは老人二人。ディープフライしたのではカロリー取りすぎになるので、もっぱら薄く油をひいて焼くソテーにしている。そしてソテーの場合は、若く硬い緑色のではなく、皮が黒っぽい茶色になり、身がねっとり融けかけたようになったものの方がおいしい。ウチでは緑色のうちに買って台所に置き、茶色くなるのをじいっと待っている。時々待ちすぎて「ありゃりゃ」ということもあるが、たいていはだいじょうぶである。


バナナとプランテーンの比較。大きさ以外、私にはほとんど同じに見える

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緑のプランテーンと黒くなったプランテーン
このくらい黒くなると、皮をむくのがちょっと大変


plantain2.jpg

朗読者が変わると、面白さも変わる

  • 2016/02/08 13:00
  • Category:
今日はスーパーボウルの日で、雪だるまは6時過ぎからジェリーと一緒にTVの前に陣取っている。一方、私はゲームには全く関心がないので、さっきハーフタイムにビヨンセは見に行ったが、あとは2階で好き放題。さっきまではクリスマスに貰ったギフトカードで買った毛糸で、新しい靴下に取りかかっていた。BGMはジャネット・イヴァノヴィッチのステファニー・プラムシリーズ。先日このシリーズを発見して以来、編み物のお供にはずっとこればかり聞いている。なにしろ朗読者のローレライ・キングさんが、類いまれに上手いのだ。声だけで複数の役柄を完璧に演じ分け、しかもそれぞれの人物が、みな生き生きしている。作者には失礼かもしれないが、もしかしたら文字を追って自分で本を読むより、ずっと面白くなっているのではないかと思う。

実はステファニー・プラムシリーズは、もう一人、C・J・Crittさんも朗読しているのだが、二人の朗読は大げさに言えば天と地ほども違う。私はキングさんの朗読を2本(『To the Nines』と『Ten Big Ones』)聞いた後、クリットさんの『Four to Score』を聞いたのだが、ステファニーもルーラも他のキャラクターも、みな突然20歳くらい老け込んでしまったかのように平板になり、躍動感ゼロ。一応ミステリ仕立てなので、結末が知りたくて無理やり最後まで聞いたが、正直、聞いているのが苦痛なくらい面白くなくて、途中何度も止めようかと思ったほどだ。

もちろんクリットさんもプロのナレーターで、J・イヴァノヴィッチだけでなく、パトリシア・コーンウェルやメアリ・H・クラークなど、数多くの作家の作品を朗読している。だから技量がないわけではないと思うのだが、どちらかというと低めでザラリとした印象の声が、ステファニーの軽い脳天気なキャラと合わなかったのか、はたまた彼女の解釈だとこういう演じ方になるのか、その辺はこちらには何ともわかりかねるが、オーディオブックのレビューで彼女の朗読に対して複数の人が低い評価を与えているのをみると、そう感じているのは私だけではないのだと思う。

さっき「人物がみな平板だ」と書いたが、中でも興ざめなのが2人の主要男性キャラ、ジョーとレインジャーだ。ジョーは警官、レインジャーはステファニーと同じバウンティ・ハンターで、2人とも“かっこよくて、セクシー”な設定なのに、クリットさんの朗読だとこれが全然かっこよくなく、セクシーでもない。なんだかいつも、徹夜明けでよれよれ・・・といった風情なのである。それでも普通にセリフがあるジョーはまだいいが、だいたいいつもワン・シラブル、少ないセリフで危険なセクシーさを出さなければならないレインジャーに至っては壊滅的で、彼の定番の挨拶は“Yo…”なのだが、私はこんな間抜けな“Yo…”は初めて聞いた。クリットさん、米国人のはずなのだが、ヒスパニックの男の子が言う“Yo…”を聞いたことがないのだろうか?

そしてもう一人、グランマ・マゼール(ステファニーの祖母)も、キングさんとクリットさんでは、全然印象が違う。キンキンした高い声で演じられるキングさんのグランマが、エキセントリックだがどこかに可愛らしさもある印象なのに対し、クリットさんのグランマは低いだみ声で、口調も怖い。可愛らしさは微塵もない。

オハナシは文字で書かれているだけなので、どんな声を使うか、どんな口調にするかは、朗読者がそれぞれの解釈に基づいて作り出していくもので、だから100人の朗読者がいれば、100通りのステファニー/レインジャー/グランマが出来上がるのは当然なのだろうが、それにしても朗読者によってここまで違う印象になるのも珍しい。私は今までにも一人の作者の作品を、複数の朗読者で聞いたことがあるが、改めて朗読者の名を見なければ、朗読者が違うことに気づかないことの方が多かった。ましてAさんの朗読だと面白いが、Bさんの朗読だと面白さ半減と感じたことは、一度もない。素人の朗読は別として、プロの朗読者でここまで印象が違うのは初めてである。

キングさんもクリットさんも、どちらもYouTにあるので、興味のある方はどうぞお試しを。ちなみにシリーズの中で私が一番好きなキャラは、サイズ16のボディを、サイズ10のスパンデックスに押し込んだ元フッカーのルーラ。キングさんの演じるルーラは実に楽しい。


こちらはキングさん



こちらはクリットさん





次はこれ

  • 2016/02/05 10:12
  • Category:
さて、『La petite fille de Monsieur Linh』を読み終えて
次は何にしようかと少し考えたが、あまり迷わずに
『Allah n'est pas obligé』にした。
手持ちの本の中では、これが一番今の気分にぴったりくる感じだったからだ。


ahmadouK.jpg


カラシニコフを抱えた少年の表紙からもわかるとおり
これは12歳の少年が、リベリアで少年兵として殺戮に加わった経験を書いた物語だ。
著者はコートジボワール出身の Ahmadou Kourouma 氏。
私は最初、著者が自身の経験を回想した話かと思ったのだが
1927年生まれの氏は、2003年に亡くなっているので
実話に基づいた創作というわけではないのかもしれない。
まだ最初の20ページくらいしか読めていないので、そのへんはよくわからない。

それでも、少女のころは村で一番きれいな娘だったのに
結婚後、右脚にできたほんの小さな傷が悪化して
とうとう右脚を切断しなくてはならなくなり
主人公の記憶の中では、常に尻でいざって移動していた母親。
そして切断しても傷は完治せず、潰瘍となって痛み続け
小屋の中はいつも、その潰瘍につける煎じ薬の臭いがしていたこと。
数多い孫の中でも主人公を一番かわいがり
砂糖やマンゴーや牛乳などをもらうと、主人公のために取っておいてくれた祖母や
金(きん)の取引で儲け、多くの妻や馬、牛を保有していた祖父の話など
物語はアフリカのにおいに満ちている。

12歳の少年が語る物語だけあって、文章はさほど難しくない。
ペダンチックに洗練された言い回しもない。
その代わり、主人公の母語であるマランケ語の悪態が、しょっちゅう出てくる。
日本語で言うなら、「こん畜生!」とか「糞ったれ!」といった言葉が
段落の最後に、ぽんと添えられている感じ。
最初はその部分も真面目に音読していたのだが
なにしろマランケ語なので、どうも今一つ正しい発音がわからないし
文章に雰囲気を添えてはいるが、内容には直接関係ないし
第一私が音読している目的はフランス語の発音練習なので
この頃ではマランケ語の悪態部分は読んだり読まなかったり、
適当に処理している。
だって練習して上手に発音できるようになっても、使い道がない。
私は普通、あんまり悪態はつかないのだ。
まして西アフリカの部族語では・・・
大声で罵っても、誰も意味がわからん。

それはともかく、同書は200ページ超。
字が細かくて1回に3ページくらいしか進めないので
読み終わるにはしばらくかかりそうだ。
地道に頑張らねば・・・

呼び鈴

  • 2016/02/03 11:14
  • Category: 雑記
この家の玄関には、もともと呼び鈴は付いていなかった。
が、ノッカーがついていたので、不意の訪問者や配達の人は
ノッカーをカンカンと叩いて知らせ、それで事足りていた。
家にいる時は、私たちはだいたい1階か地下にいるので
ノッカーの音で十分聞こえたのだ。

ところが先日、雪だるまが温度計のセンサーを玄関脇に取り付けてから
困ったことになった。
訪問者がそのセンサーを呼び鈴と間違え、押すのである。
しかしセンサーであるから、もちろん鳴らない。
そして誰も応答に出てこない。
で訪問者はセンサーを手にしたまま、どうしたものかとうろうろ迷う。
呼び鈴を鳴らすのが商売で、およそ当地で使われている呼び鈴の形状、
形態には精通しているはずのUPSの配達員でさえ、
先日、センサーを呼び鈴だと思ってソケットから外し、
「どこを押すのかな?」とばかりに、あれこれ矯めつ眇めつしていた。
この時は幸い私が焦げ茶色のUPSトラックに気づき
玄関を開けたから事なきを得たが
これでは不便極まりない。

何とかしなくては、と私たちはありもしない知恵を絞り
センサーの位置を変えようかとか(これは玄関の外壁が凹凸のある石材で、
接着剤は効かないし、穴を開けるのも一苦労。結局いま取り付けてある場所
=玄関ドアの横しか取り付けられるところはないと知って、却下)
センサーの横に「これはセンサーです」という張り紙をしようか?とか
(張り紙なんて、ちょっとみっともないよねえ?ということで、却下)
あれこれ案を出した挙句、結局ホームセンターへ行って、
無線の呼び鈴を買ってきた。
電気配線の不要な無線、ワイヤレスなら、電気屋さんを頼まなくても
自分で設置できるからである。

で、取り付けてみたのだが、この呼び鈴、
その時によって鳴ったり、鳴らなかったり
実にてきとーな仕事しかしてくれない。
ドアに金属が使われているために電波が遮断されるのか
外が寒すぎてうまく機能しないのか、理由はわからないが
とにかく10回のうち、3回くらいしか鳴らない。

「まったく困ったもんだ」と雪だるまと二人ぶつぶつ言ってはみたが
せっかく買って取り付けた呼び鈴だし、たまには鳴るので
取り外すのも惜しくて、そのままにしておいた。

そうしたら今日、またまた問題が発生した。
UPSが配達に来てくれたのだが、
呼び鈴を鳴らしても誰も出てこないので
留守だと思って
ドアに不在通知を貼り付けて帰ってしまったのである。
しばらくして別な用事で玄関ドアを開けた雪だるまが
貼り付けられた不在通知を発見して、「Sxxx!」とぷりぷり。
どうやら届くのを楽しみに待っていた荷物だったらしく
それを持ち帰られてしまったのが、かなり腹立たしかったようす。

私も、「これでは役に立たないだけでなく、むしろ有害だ。
外した方がいいよ」と進言して、せっかく付けた呼び鈴だったが
1週間ほどで、さようなら。

その後、なんだか階下でプリンターの音がしているなあと思ったら
雪だるまが「これでどうだ?」と、プリンターから出てきたばかりの
紙をもって上がってきた。
名刺よりちょっと大きいくらいのサイズの四角に
「ここを叩いてください」と印字されている。
ノッカーの真下にこれを貼っておけば、間違えて温度計センサーを
手に取る人はいないだろうという心づもりなのである。
それがこれ。
ま、あまり見場はよくないが、仕方ない。
背に腹は・・・というやつである。


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『La petite fille de Monsieur Linh』

  • 2016/02/01 11:18
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一昨日『La petite fille de Monsieur Linh』を読み終えた。リンさんとバルクさんのためにハッピーエンドを願っていた私なのだが、果たしてあの結末はハッピーエンドなのかどうか。
最初に読み終えた時には、最後に来て突然リンさんの狂気を覗き見せられて、正直、すっと顔から血の気が引く思いだった。その後(音読のためには同じところを何度も読むので)何度も読み返すうちに、バルクさんは最初から知っていたのだし、これはこれでいいのかと、当初の突然狂気の世界に連れて行かれた薄気味の悪さはやや薄らいだが、それでも手放しでハッピーエンドとは言えない薄ら苦い後味が、いまだに澱のように舌に残っている。

(以下、重大なネタバレがありますので、同書をお読みになる予定の方は、以下の記述はお読みにならないよう、強くお勧めいたします)

そうと知って思い返してみれば、最初から何度もそれを暗示する伏線はあったのだ。何が起ころうと、どんな目に会おうと、泣きも喚きもせず、いつもおとなしくいい子でいるサン・ディウ。何歳なのかはっきりしないが、いつもリンさんに抱かれていて、立ちも歩きもしないサン・ディウ。あまつさえ、ある朝、同じ宿舎に住む3人の子供たちが、サン・ディウを手から手へと渡して遊んでいたことがあったのに、それをそばで見ていた子供たちの母親は、止めさせようとはしなかった。それどころか、リンさんが驚いて駆け寄ると「子どものやってることじゃないか。遊びたいだけなんだよ」と言い、サン・ディウをしっかり抱きかかえるリンさんの背に向かって「ふん、老いぼれの気違い・・・」と小さく呟くのだ。私はこの箇所を読んだ時、いくら無教養で意地の悪い女でも、この反応はないんじゃないか?と思ったが、サン・ディウが本物の赤ん坊ではなくただの人形なら、この母親の反応は当然だ。

戦争で家を焼かれ、田畑を焼かれ、爆撃によって息子夫婦を、そしてたぶん本物の孫娘も殺されたリンさんが、つぶらな瞳につややかな黒い髪の人形を孫娘サン・ディウだと思い込み、孫娘はまだここにこうして生きている、この子のために生き続けなくてはと思わなければ、彼自身が生きていけないのはわかる。彼はすでに老齢だ。若者と違い一からやり直す時間はなく、失ったものを取り戻す時間もない。
そんなリンさんが、帰る家も村も国もない。家族も親戚も慣れ親しんだ友達もすべて失い、可愛がっていた孫娘すらもうこの世にはない、とはっきり認識してしまったら、彼を現世に繋ぎ止めるものは何もなくなってしまう。だから彼は人形を孫娘だと思い込み、その人形をあやし、可愛がり、食事を与え、着替えさせ、彼女が育っていくことを、可愛い女の子になり、少女になり、若い女性になっていくことを夢見ることで、かろうじてこの世界と繋がり、精神の均衡を保っているのだ。それはわかる。

が、しかし、それはあくまでリンさんの夢の世界、虚構の世界の話だ。現実にはリンさんが抱いているのは人形で、生きている孫娘ではない。ほかの面ではすべて正常で健康であっても、この1点でリンさんの精神は狂気の世界に滑り落ちる。サン・ディウが人形だとわかった時点で、リンさんは“孫娘を必死に育てている健気なお祖父さん”から“人形を抱いて狂気の世界を彷徨っている老人”にするりと変貌し、読み手は彼をそこに追いやった絶望の深さを思って、その暗さに寒気を覚える。

救いがあるとすれば、それはバルクさんとの友情か。言葉の通じない二人が友人になれるのかと言われれば、言葉が通じても友人になれない人はたくさんいるのだから、言葉が通じないからといって友人になれないとは言えないだろうと言うしかない。相手に好意を持ち、相手のために何かしたいと思う気持ちが友情なら、リンさんとバルクさんの間には、立派に友情が存在している。

それに夢の中では、二人は会話をしているのだ。お互いの夢の中にお互いが登場して同じ夢を見ていたなんて、なんだか『聊斎志異』の中にでもありそうな話だが、考えてみれば著者はフランス人。フランスでも異床同夢の話は、よくあるのだろうか?
ちなみに私がこの箇所を読んだとき雪だるまは、リンさんの夢の記述に丸々1章(12ページ)割かれているのを、「冗長、無駄なページ稼ぎ。私が編集者だったら絶対削る」と言い、私は「そんなことはない。これはリンさんのバルクさんに対する思いを強調し、二人の友情に確かな裏付けを与えるために必要なのだ」と反論したのだが、最後まで読んで、私はやはり私の方が正しかったと思う。たとえ夢であろうと、二人がリンさんの村で会い、いっしょに森を散歩し、息子の嫁が作った手料理に共に舌つづみを打ち、あれこれと会話を交わし、互いにわかり合った場面がなければ、リンさんのバルクさんに対する気持ち、バルクさんのリンさんに対する気持ちの深さに、説得力がなくなってしまう。この12ページは、決して無駄でも冗漫でもない。これは書かれなければならないものだったのだ。なんで雪だるまには、それがわからないのだろう? 私の読み方が下手すぎたからか?


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Author:らうとら
ドロシー・L・セイヤーズ、ローリー・R・キング、P.D.ジェイムズ、ディック・フランシス、水村美苗、高村薫、戸塚真弓、ヘレン・ミレン、シャーロット・ランプリング、ソフィ・マルソー(40代以降に限る)、ヘレナ・ボナム・カーター、アンジェリーナ・ジョリー、三代目金馬、小さん、枝雀、エンヤ、クイーン、ドゥルス・ポンテス、マドレデウス、J・S・バッハ、ちあきなおみ、トケイ・ピノ・グリ、アール・グレイ、自転車(冬季を除く)、あらゆる犬と猫
以上、私を幸せにしてくれる方々(敬称略)

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