不快なものは不快

  • 2016/07/31 11:17
  • Category: 映画
私は見始めた映画やアニメが不愉快な場合、さっさと席を立つことにしている。
貴重な視力と時間を、不快なもののために使いたくないからである。

一昨日、雪だるまが選んだアニメ『超時空要塞マクロス 愛・おぼえていますか』もその1つで
どっと引きたくなるようなタイトルといい、ラブコメ少年漫画風の画といい、


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劇中で歌われるアイドルソングといい、80年代の臭気ぷんぷんで、
それだけならまだ「実際、このアニメは84年の作なのだから
80年代のにおいがするのは仕方がない」と、諦めて見ることもできたのだが
話が始まって20分もしないうちに、ぽんぽんと男性優位主義的な発言が飛び出してきて
「アホかいや・・・」と、心底げんなり。
ついでにむらむらと腹も立ってきて、開始40分でさよーなら。
時間を有効に使うべく、庭に出て畑と花壇への水まきを始めた。

マクロスの主人公は、一条輝(いちじょう・ひかる)君という18歳の地球統合軍パイロット。
これにリン・ミンメイという16歳くらいのアイドル歌手、
一条の上官である早瀬未沙などが絡むのだが、
まず引っかかったのが、早瀬に対するエースパイロット、ロイの物言い。
ロイにとって早瀬は同僚、あるいはもしかしたら上官かもしれないのに
(ウィキをチェックしても二人の階級差がよくわからない)
その早瀬に向かって「職務を離れたら、少しは女らしくしろ」とか
「女は男の言うことを聞くもんだぜ」とか真顔で言うのである。

このロイ、設定では1980年代の生まれのはずなんだが、
頭ん中はこのオハナシを考えたおっちゃんたち(ほぼ40年代生まれ)のまんまである。
外見が絵に描いたようなコケイジアン、身長2mを超える金髪の大男なのも
力の優位性を誇示するようで、こちらの反感を誘う。
態度がデカい上に図体もデカいときては、憎々しさ100倍である。

おまけにこのロイという兄ちゃん、色恋に関しても“力の誇示”路線まっしぐら。
一条や早瀬、他の仲間たちと一緒に酒場に繰り出し、
そこで「好きな女は力ずくでモノにするもんだ」と説教したあげく、
「こういう風にさ」と、隣に座るGFのクローディアに
彼女が嫌がっているにもかかわらず、無理やりキスするのである。
ったく、いつまで「女はやっちまえば、こっちのもの」というアナクロ世界に
生きているんだか・・・。ほとほと愛想が尽きる。
百恵ちゃんが「坊や、いったい何を教わってきたの?」と歌ったのは78年である。
なのに阿呆なおっさんたちは、80年代になってもまだ作中人物たちに
こんなせりふを平気で吐かせていたのである。
いくら30年前のアニメとは言え、これが怒らずにいられようか。
不快なものは、何年経っても不快なり。

もっともこのアニメ、ウィキを読むとそのコンセプトには面白いものもあり
もしかして不快を我慢して最後まで見れば、「おお、なかなか」と思えるところもあった
のかもしれない。
私は年と共に著しく忍耐心が低下してきているので、再鑑賞の可能性はかなーり低いが。
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チッピーのえさ籠

  • 2016/07/28 08:55
  • Category: 動物
最近、チッピー用のえさ入れを変えてみた。
今までは、チッピー用ピーナツは小皿に入れたり
またはデッキの上にそのまま置いたりしていたのだが
最近、うちの庭にブルージェイがよく出没するようになり
皿の上やデッキの上にそのまま置いたのでは
チッピーが取る前に彼らが取ってしまうので
やむなく蓋つきというか、覆い付きの籠に変更。

籠なら、口を庭の方ではなく家の方に向けておけば
ブルージェイからは中のピーナツが見えず、
仮に見えたとしても、身体の大きな彼らが
籠とフランス窓の間に回り込んで、中のピーナツを取るのは相当困難。
一方、チッピーは籠の中に入り込めるくらい身体が小さいので
まったく問題なし。
事実、この籠を使い始めてから、ピーナツはまだ一つも
ブルージェイに取られていない。
なかなか具合がいいである。


チッピー用水入れと、ピーナツ籠。
籠の方は風で転がってしまっては困るので、一応ストッパーとして竹串を刺してある


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ついでにチッピー近影。この子はしっぽがながーい

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残念

私が毎日飲んでいるタモキシフェン(抗エストロゲン剤)の処方箋の有効期間は1年で
だから毎年4月に、主治医のDre.Mに新しい処方箋を書いてもらう。
そしてそれを持って薬局に行き、1か月分ずつ処方してもらうわけだが
今年の4月にもらったそれは、医師殿、忙しさのあまりついうっかりしたのか
服用量が2倍の20mgになっていた。

もともとタモキシフェンは、年齢とか病状に応じて
毎日20mg服用する人と、その半分の10mg服用する人とがいるようで
去年書いてもらった時も、「あれ、あなたは10mgでしたっけ? それとも20mgでした?」
と聞かれたくらいなので、聞かれなかった今年、
処方量が20mgになっていても、びっくり仰天というわけではなく
「ははあ、Dre.M、間違えたね」と思っただけ。

それに私が服用しているアポ・タモックスの場合、1錠中のタモキシフェン含有量は20mg。
10mgの私は、だから毎月薬をもらうと、あらかじめ全部を半分に割って
半錠にしたのを毎日1個ずつ服用しているのである。
少なく間違えられるのは困るが、多い分には一向に困らない。
むしろ、お間違いの処方箋で1回に30錠、つまり2か月分もらえるのなら
今まで毎月だった薬局通いが、2か月に1回に減る。
手間が省けてラッキー♪ てなもんである。

しかもしかも、薬の量が2倍だから薬代も2倍かと思ったら
これがなんと約1.5倍にしかならず(15錠で約14ドル→30錠で約19ドル)
ますますラッキー。
どうも薬代は2倍になっても、薬局の調剤料は2倍にはならないから
こちらが支払う料金は割安になるということらしい。
私は「しめしめ、このままで行けば毎月4ドル浮くぞ。1年では48ドルだぞ」と
Dre.Mに処方箋を訂正してもらう気などさらさらなく、ひとりほくそ笑んでいたのだったが

しかし、今日、5月に2か月分もらった薬が終わりかけたので薬局に出かけたら
今回薬剤師殿が手渡してくれたのは、正しい服用量の15錠。
今まで通りの15錠。
どうやら前回、薬局で「服用量が2倍に増えたのか?」と聞かれ
「否」と答えたので、薬剤師が医師に確認し、処方量が正しく訂正されてしまったらしい。

手渡された薬瓶を見てかなりがっかりしたが、文句を言えた筋合いではなし。
「1年で48ドル浮く♪」夢は、あっけなく消えた。
残念。

ブルーベリー

昨日に引き続き、今日も庭仕事。
一昨日、ガーデンセンターのそろそろ店じまいセールで
(秋の早いこのあたりでは、庭木や草花を植えるのは
せいぜい7月いっぱい。8月には園芸シーズンは終わりである。
あ、もちろんチューリップとか秋植えの球根は別)
前から欲しいなあと思っていたブルーベリーの木と
ウェイジェラ(ウツギ)の木を買ったのだ。

で昨日、ブルーベリーは先日処分したフォックス・グローブの跡地に
ウェイジェラはこぼれ種で生えたコスモスを移動させて場所をつくり
穴を掘って植えた。
ウェイジェラの方は「周りにマルチをせよ」と説明書きにあったので
指示通りマルチもした。

ブルーベリーには、すでに実がついている。
まだ緑色で全然熟していないが、早速つまみ食いしたジェリーによると
ちゃんとブルーベリーの味だそうである。

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一昨年までは近所の空き地に大きなブルーベリーの木があって
夏になるとヨーグルト容器にいっぱい、ブルーベリーが採れたが
去年、そこにアパートが建ってしまい、当然ながらブルーベリーの木はなくなった。

だからこのブルーベリーは、その野生ブルーベリーの代わり。
もっともうちの庭に合わせ、あまり背が高くならない種類を選んだので
成木になっても、ヨーグルト容器いっぱいの実はならないかもしれないが。

ウェイジェラは、こんな感じ。

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花壇のアクセントに葡萄酒色の葉っぱの木が欲しくて、これを選んだ。
日本でも、公園や街路によく植えてある木だそうだが
これもまた庭の大きさに合わせ、成長しても縦横90㎝ほどにしかならない
種類を選んだので、日本のものよりはだいぶ小ぶりかもしれない。
これは春にピンクの花が咲く。

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フォックス・グローブがなくなり、コスモスが移動し
代わりにブルーベリーが加わり、ウェイジェラが加わった。
庭はこうして毎年変わっていく。


ガーリックキーパー

  • 2016/07/18 11:58
  • Category: 雑記
去年の夏、例の狼男小路の叔母さんの家に遊びに行った時、台所の流しの横にガーリックキーパーが置いてあるのに気が付いた。叔母さんが使っていたのはニンニクの形をしたきれいな白のキーパーで、なかなかしゃれたデザインだったので飾りに置いているのかと思って聞いてみたら、ちゃんと実用なのだと言う。そのキーパーに入れておくと、ニンニクの持ちが違うのだそうだ。

それまで私は、ニンニクや生姜はペーパータオルにくるんで冷蔵庫に入れてみたり、ラップできっちり包んで冷蔵庫に入れてみたり、あるいはそのまま小さい籠に入れて流しの横に置いてみたり、いろいろ試してはいたのだが、どれも保管方法としては今一つ。一度など、見た目はまったく“異常なし”に見えた丸ごとのニンニクを割ってみたら、異常なしなのは外側の白い皮だけで、中身はぜーんぶスカスカに干からびてミイラ化していたことすらあった。この時はさすがに、「あれ、まあ」と、手の中のミイラニンニクを見つめ、しばし立ちすくんだ。

保存が効かないなら、こまめに使って、腐ったり干からびたりする前に使い切ってしまえばいいのだろうが、食べる人間が2人しかおらず、かつ中国系でも韓国系でもイタリア系でもないウチの食卓では、ニンニクや生姜の出番はそうはない。またあったとしても1回に使う量は、ニンニクなら1、2カケ、生姜なら薄切り2、3枚。使い切るのは、なかなか難しいのだ。

だからガーリックキーパーで持ちがよくなるなら、私にとっては大いなる朗報。さっそくいろいろ調べてみると、キーパーの素材として一番いいのは素焼きの陶器。植木鉢などでよく見かけるテラコッタだそうで、同じ陶器でも釉がかかっているのは通気性が劣るのでだめ。ましてプラスチック製のものなどは論外、使う意味なしだそうである。

で、買いました。テラコッタのガーリックキーパー。なかなか見つからなかったのだが、この前、台所用品を扱う店に行ったら、たまたまあった。小さいニンニクなら2個半くらい入る大きさで、約6ドル。使ってみると、確かに持ちがいい。私はニンニクだけでなく生姜も入れているが、切り口が少々乾燥するだけで、カビもせず、腐りもせず、なかなか具合がいい。ニンニク、生姜の保存にお困りの方には、お薦めである。


私が買ったのは、このタイプ

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60年代サムライ映画

  • 2016/07/15 08:56
  • Category: 映画
そもそも座頭市シリーズを見ようと思ったのは、その前に見た60年代のサムライ映画が、予想外に面白かったからである。

雪だるまが買ったボックスセットだったのだが、その名も『Rebel Samurai : Sixties Swordplay Classics』と、お上に盾突くサムライを主人公にした映画ばかり4本、集められている。誰が選んだのか知らないが、これがなかなかの秀作ぞろいで、まず話がしっかりしている。よくあるチャンバラ映画のように、紋切り型に勧善懲悪、滅法腕の立つ浪人が悪代官一味をばっさばっさと斬り捨てて大団円、ばんざーい!なんて話は1本もない。どの話もそれぞれに、裏の裏を掻くように、一捻りも二捻りもしてあるのである。

たとえば1本目の『上意討ち・拝領妻始末』(67年、監督:小林正樹)。粗相のあった藩主の側室の厄介払いに、家臣の一人に妻として押しつけ、しかし正室が生んだ嫡男が急死し、側室の子が世継ぎとなると、世継ぎの生母が家臣の妻では何とも具合が悪いと、今度は下賜した側室を城へ返せと言ってくる。

そうした藩主やその取り巻きたちの身勝手に振り回されるのは常にその下にいる家臣たちであり、またその妻であり母であり娘である女たちだ。主命とあればどんな理不尽もご無理ごもっとも、「否」は言えないのが武士社会である。そこに理は入らないし、情も入らない。

『上意討ち・拝領妻始末』の主人公、側室を下賜された藩士とその父は、最後、主命に抗って家に立て籠もり、藩からの討手に討たれるが、たとえ傍からは犬死と見えようと、父子にとっては本望。ことに父の方は婿養子に入って以来30数年、家付き娘の尻に敷かれ続けてきた男が最後に見せた意地なのだ。これを本望と言わずして何とする。

2本目の『獣の剣』(65年、監督:五社英雄)も同様。藩財政を助けるため、山中に隠れ住み、藩命で幕府領の砂金を盗掘していた某とその妻は、立派にその任務を果たしたにも関わらず、最後、約束通り藩士に取り立てられるどころか、砂金を受け取りに来た家老たちに口封じのため殺される。そしてその某と生前些かの関わりがあった浪人も、実は騙されて上司を斬り、その娘から仇と追われる身になった男。共に“藩”の政争や権力争いに巻き込まれて、馬鹿を見た男たちだったということだ。

しかしいくら馬鹿々々しい武家社会でも、その中に生きるものはその掟、しきたりに従わざるを得ない。「あほくさ」と逃げ出し、町人や遊び人になってみたところで、暮らしが楽になるかといえば、まさかそんなはずもなく、気楽は気楽でも腹はくちくならない。

それでも逃げ出してみたのが、『斬る』』(68年、監督:岡本喜八)の源太であり、逆に「武士になりたい」と剣術の腕を磨いているのが田畑半次郎だ。方や元武士の遊び人、方や農民上がりの武士志願と立場は逆だが、ここでも二人は藩の権力争いに巻き込まれ、敵味方に分かれて戦うことになるが、結局最後は田畑も武士の世界の堅苦しさと権謀術策に嫌気がさして、百姓に戻ろうと裃を脱ぎ捨てる。

この映画では特に、源太役の仲代達矢さんが何とも言えずいい。いかにも世慣れた遊び人らしい剽軽な物言いに加え、あのぎろりと大きな目が茶目に動いて、さらりと軽妙。この、世の中の裏も表も見尽くし、知り尽くした上での身ごなしの軽さは、私のお気に入り『幕末太陽傳』(57年、監督:川島雄三)のフランキー堺、居残り佐平次を思わせるところもあり、おかげで最初の数分で「これは、これは」と引き込まれてしまった。

それにそもそも、『黒い河』(57年、監督:小林正樹)を見て以来、私は若い頃の仲代達矢さんのファンなのだ。彼が出ているのなら、どんなつまらない映画でも見てみたいと思っているくらいだ。(もっとも彼はあまりつまらない映画には出ていないようだが)

そして彼だけでなく、最初に挙げた2本で主役を演じている俳優たちも、三船敏郎、加藤剛、司葉子(拝領妻始末)、平幹二朗、加藤剛、岩下志麻(獣の剣)など、錚々たる顔ぶれ。脚本がよくて、俳優がよくて、監督がよければ、つまらない映画になるはずがないではないか。

古い映画なのでレンタルビデオ店ではあまり見かけないかもしれないが、もし図書館などで見かけたら、ぜひ鑑賞をお勧めしたい3本である。

ところでボックスセットは4本組。残りの1本は『異聞猿飛佐助』(65年、監督:篠田正浩)なのだが、残念ながらこれだけは私の好みからは少々外れた。なのでストーリーもよく覚えていない。篠田監督のファン、あるいは猿飛佐助に興味のある方なら面白いと思われるかもしれない。

「座頭市」

  • 2016/07/10 22:03
  • Category: 映画
勝新太郎さんの「座頭市」シリーズを1から7まで7本見て、どうも市さんは私好みのキャラではないと、かなりはっきり悟った。

もちろん私だって昭和生まれ。「座頭市」の名前は子どものころから聞いていたし、その映画シリーズでは、勝さんが延々主人公の“市”を演じていることも知っていたが、しかし実際に映画を見たことは一度もなかったので、勝手に市さんも「仕掛け人梅安」みたいな、クールでニヒルな人物かと思っていたのだ。

ところがどっこい、映画の市さん、全然ニヒルではない。軽薄、とまではいかないが、けっこうひょうきんで、かなーり生臭い人物なのだ。それでも第1作、2作(ともに62年製作)では、まだ勝さんも“市”の性格を少々重めに設定していたのか、労咳病みの浪人・平手(勝の実兄、若山富三郎が演じている)との釣りを縁とするほのかな友情(1作目)や、兄・与四郎(またもや若山が演じている)との確執(2作目)が描かれたりして、それなりにシリアスだったりするのだが、カラーになった3作目あたりから、市のキャラがだんだん軽くなってくる。

何が軽いって、まずふだんの物言いが軽い。盲の按摩として「あたしなんて・・・」と妙にへりくだった態度でへらへら笑い、隅の方でちぢこまっていたりする。もちろん賭場でヤクザの兄さんたちとやり合う時には態度一変。凄みを効かせた口調で、兄さんたちを煙に巻いたり、恫喝したりするのだが、ふだんはあくまで気安くひょうきん。その態度はよく言えば軽妙、悪く言えば軽薄。

そして女にも弱い。飯屋や飲み屋では平気で女たちとふざけるし、行く先々で知り合う素人女たちとも、そこそこかかわりが出来たりする。(不思議なことに、女の方もまた市にけっこう関心を示すのだ) が、まあ、ふつうはかかわりができても、縁になった揉め事が終わればそれっきり、「はい、さようなら」なのだが、たまに本気で相手に惚れ、たとえばかつての師の妹(浪人とはいえ、腐っても鯛の武家娘)から思いを寄せられれば、「市は今日から真人間になります」なんて、あっさりその気になる。およそ単純である。

金も好き。金のためなら何でもする、なんてところはないが、腕を見込んで助っ人を頼まれれば
、その助っ人料を吊り上げるのに遠慮はしない。その代り、世話になった人や助けが必要な人には惜しげなく金を与えたりもするが、金がないのにある振り、「武士は食わねど・・・」的なやせ我慢はまずしない。(まあ彼は盲で按摩でやくざで、武士ではないのだから、当たり前といえば当たり前だが)

それに、それに、これを言ったらお終いかもしれないが、市さん、旅から旅へ明け暮れる流れ者の按摩にしては、栄養良すぎである。演じる勝さんが当時30代の若さだったのだから仕方がないのかもしれないが、もともとの丸顔に肉がたっぷりついて、つやつやと光り、身体つきもがっしりと太り肉。どこにも「按摩かみしも十六文」と、十六文(そば一杯と同じくらい?)で、全身マッサージを提供する、旅按摩の貧の影はない。

そしてこの脂ぎった丸顔、体躯でひょうきんな仕草をされたり、女とふざけられたりすると、その俗っ気がいっそう際立ち、生臭さが増すのだ。そういった気取りのなさ、気の置けない親しみやすさが勝さんの持ち味であり、人気の理由なのだろうけれど、ヒーローとしては理の勝った冷静沈着タイプ、あるいは飄々とした世捨て人タイプが好きな私の嗜好とは、およそ相容れない。誠に残念。

さて座頭市シリーズは全26作。いま7作見たところだから、あと19作残っている。聞くところによると、シリーズ後半では市さん、徐々に渋みが出てくるという話なのだが、さて私好みのヒーローに変わってくれるのだろうか。それとも勝さんのことだから、40代、50代になってもぎんぎらぎんのままなのかなあ。


何しろこの丸顔だからなあ

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24分

  • 2016/07/08 10:20
  • Category: 雑記
先日ある本を読んでいたら、「近年、男性が家事・育児に費やす時間が、高度経済成長期に比べ2倍に増えた」という記述があったので、「おお、なんと画期的なこと! 日本の男性も変わりつつあるのだなあ」と感心して読み進めたら、その後のくだりで、「2倍に増えた」というのは、過去12分だったのが24分に増えただけなのだと知って、がっくりと力が抜けた。

この本、別に大昔の本ではない。2008年(平成20年)発行の本である。つまり平成10年代の統計で、上記のような結果なのである。
その後ネットで、そのちょっとあと、2011年(平成23年)の社会生活基本調査(総務省)の結果を見たが、そこでも既婚と推定される30代~50代の男性の家事時間は、平均30分~40分台で、同時期の女性の2時間半~4時間半に比べると、圧倒的に少ない。

今時、日本の普通の世帯で、正真正銘の専業主婦はそうはいないと想像されるので、つまり日本の女性たちは相変わらず、仕事をした上に家事育児の大部分をも担っているのである。

“イクメン”とか“カジメン”とかの言葉が数年前から登場し始め、一人で子どもを育てている若い男性を主人公にした映画もあったりしたが、どなたかも書いていらしたように、家事や育児に“積極的に参加”しているうちは、単なるお客様。「誰か他の人の仕事」を手伝っているだけで、自分の仕事という視点はないのだ。この言葉の主語を女性に置き換えてみれば、すぐわかる。家事や育児に“積極的に参加”している、なんて言う女性はいない。(女性は逆に“社会に参加”するのだ、伝統的語法では。 “女性の社会参加”という言い方はあっても、“男性の社会参加”という言い方はないように)

両親とも働いている家に生まれ、子供の時から家事をしてきた私が思うに、家事というのは半分以上、習慣みたいなものである。お利口さんな家電があれこれある現在、ふつう程度の掃除や洗濯、料理をするのに、特別な技術は要らない。要るのは子供のころから叩き込まれて身体に染みつき、半分反射みたいになった自動的な動きだけである。たとえば部屋の隅に埃の塊を見つけたら、しぶしぶでも掃除機を持ち出す。着るものがなくなってきたら、洗濯機を回す。腹がすいたら、何か作ろうかと腰を上げる。あったかいお日様がでてきたら、「ふとんでも干すか」と押入れを開ける、そういう自動的な発想。

ごくごく当たり前のことのように思えるが、子どものころからさせられていないと、なかなかこの“自動的な発想”というやつが、出てこないようである。うちの雪だるまを見ていると、つくづくそう思う。彼は頼めば嫌がらずにやってくれるが、頼まないと「家事をする」という発想が瞬かないようで、およそ何もしない。芝刈りと鳥のえさの補充だけはするが、その他のことは彼の眼に入らず、彼の脳を素通りしていくのである。まあ、彼のお母さんは生涯ずっと専業主婦で、子どもの彼が家事を手伝う必要はまったくなかったのだろうと想像されるから、家事をする習慣がつかなかったのは、仕方がないといえば仕方がないのだが。

というわけで、次代を担う子どもたちを育てている最中のカップルには、ぜひ積極的に子どもたちをこき使い、幼いころから家事に慣れさせていただきたいものである。子どもがやったのでは役に立たないどころか後始末が大変で、二重手間かもしれないが。

病、未だ癒えず

4月に突然憑りつかれて5年ぶりに再開した刺繍、
未だ病癒えず、毎朝早起きまでして、せっせと刺している。

最初の頃はずっとクロスステッチばかりで、以前に書いたように
まずビスコーニュ用のオレンジと黄の図案を刺し、
その色合いの明るさが気持ちよかったので次に同様にカラフルな猫を刺し、
(身体は万華鏡のように派手な花模様だが、長いしっぽやほっそりした身体の線は優美)

万華鏡猫

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この猫で、動物の身体を模様で覆うのは面白いと気づき
次には菱形模様で覆われたキウィ鳥を刺してみたが、これは失敗。
色の組み合わせが悪かったのか、平板で面白みのない仕上がりになってしまった。
よって写真なし。
編み物だったらほどいてしまうところだが、全面に刺したクロスステッチをほどくのは
とんでもなくホネなので、なかったことにして引き出しに死蔵。

気を取り直して、次にアフリカンモチーフ。
色々な動物やマスク、女性の姿などがアフリカ大陸の形に配されている。
左上に記されているサイトではキット販売のみでチャートはなかったので、
失礼して出来上がり写真を拡大してステッチ数を数え、
似たような色で刺してみた。


もとの写真はこれ

africa.jpg


刺したのはこれ。色とか、ところどころ間違えている

IMG_0768.jpg


そうこうするうちに、ちょっと複雑な雰囲気のものを刺してみたくなって
Papillon Creationsさんのフリーチャートの中から、ピーコックに手を出した。
糸は手持ちに同じ色番がなかったので、少し変えた。

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が、そうやってクロスステッチばかり刺していたら、
だんだんほかの刺繍がやりたくなってきた。
クロスステッチは何しろ基本×印の連続なので、
技術がなくても一応かたちになるが
その分、表現力には限りがあるし、
刺せる布にも限りがある。
(抜きキャンバスを使えば、evenweaveでない布にも刺すことはできるが)

その点、フランス刺繍なら、どんな布にも刺せるし
(私ができるかどうかは別として)
種々のステッチを使った幅広い表現が可能だ。
そもそもサテンステッチやロング&ショートステッチだけで刺しても、
クロスステッチよりは遥かに繊細で緻密な表現ができるのだ。

たとえばこんな作品や、

これは Helen Richman さんの作品

fox.jpg


こんな作品を見てしまうと

こちらは Chloe Giordano さん

ChloeGiordano6.jpg


その確かな技術に裏打ちされた精緻なステッチにうっとりと見惚れ、
なんて立派な仕事だろうかと、心底感心してしまう。
もちろんここまで来るには、長年研鑽を積まれたのであろうけれど
それにしても、1本、1本のステッチの美しさ、正確さ。
本当にため息ものだ。

わたしはもちろん、いくらお手本を見つめ、
動画を繰り返し見てステッチを練習したところで
こんな美しい作品を刺せる見込みはまったくないのだけれど
夢は遥かに美しく、志は身の程知らずに高く、で

まずはこんなのを練習。
図案は佐藤ちひろさんの「ちいさな刺しゅう」「やさしい刺しゅう」から。
どちらも4㎝くらいの小さなもの。
その割に、とうがらしの輪郭を刺すだけで半日かかったりしているが
才能のない者は、練習あるのみである。

とうがらし。サテンステッチとアウトラインステッチの練習

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カバ。こちらはアウトラインステッチのみ

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らうとら

Author:らうとら
ドロシー・L・セイヤーズ、ローリー・R・キング、P.D.ジェイムズ、ディック・フランシス、水村美苗、高村薫、戸塚真弓、ヘレン・ミレン、シャーロット・ランプリング、ソフィ・マルソー(40代以降に限る)、ヘレナ・ボナム・カーター、アンジェリーナ・ジョリー、三代目金馬、小さん、枝雀、エンヤ、クイーン、ドゥルス・ポンテス、マドレデウス、J・S・バッハ、ちあきなおみ、トケイ・ピノ・グリ、アール・グレイ、自転車(冬季を除く)、あらゆる犬と猫
以上、私を幸せにしてくれる方々(敬称略)

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