再度LとR

  • 2017/02/21 11:07
  • Category: 言葉
先日、仏作文の練習をしていて“タイトル”という語を綴る必要に迫られた。
「本のタイトル」とか、映画の字幕「サブタイトル」で、“タイトル”という語はおなじみ。
特に考えることもなく、“title”と綴ったのだが、LとRの違いにはからきし弱い私のこと。
ふと心配になって、一応辞書を当たってみた。

すると、なんと“title”という語は、仏語辞書にはない。
「そんな、馬鹿な!」と、今度は和仏で「タイトル」と当たってみると
綴りはなんと“titre”!

「えー、私は今の今まで“タイトル”は“title”だと思い込み、
過去40年以上そう綴ってきたが、あれは全部間違いだったのか?
きゃー、なんてぇこったい・・・」と、学生時代からお仕事時代にかけて作成し、
諸方面に提出したり、発送したりしてしまった数々の書類の中にちりばめられた
ミススペリングの数を思って、一度は「きゃー」と赤くなった顔が
次にはサーッと紙のように白くなる思いだったが
それにしても私の耳と頭は、40年以上勉強し続けてきたこの年になっても
いまだにLとRを区別できないのかと思って、つくづく情けなかった。
何しろ私はその少し前にも、“Link”と“Rink”を間違え、
“ゴルフリンク”の“リンク”は“Link”なものだから、
“スケートリンク”も“Skating Link”のような気がして、
そう綴って雪だるまに大笑いされていたのである。

だからこの時も、「またお馴染みの間違いをやらかしてしまった」と
LとRの混同自体には驚きはしなかったものの、間違えた語が
“タイトル”という超基本語であったので
「こんなのすら間違えて覚えていたとは、情けなさ過ぎて涙が出る・・・」と
つくづく自分に愛想が尽きる思いだった。

で、仏作文の添削に雪だるまのところに行ったとき
「さっき、“タイトル”でもLとRを間違えちゃったよ。
私、今の今まで“タイトル”はLだと思い込んでいたんだよねー」と愚痴ったら
雪だるま「titreはRだよ」と言った後で、「でも英語のtitleは、Lだけど」と付け足した。

私、愕然。
「え、じゃあ何かい、“タイトル”はフランス語ではRで、英語ではLなのか?」
と質したら、その通りだと言う。
(注:厳密には、titreは“ティトル”といった発音で、“タイトル”ではありませんが)

まったく、再度「なんてぇこったい!」である。
どうして、語源が同じ(どちらもラテン語の titulus から来ている)で、同じような意味を持つ単語が
フランス語ではRになって、英語ではLになっているのか?
まるでLとRを区別できない日本語話者を惑わすために
いつかの時点で、わざと綴りを変えたかのようである。

それでなくてもフランス語と英語には、carotte(仏)と carrot(英)とか
adresse(仏)と address(英)とか、recommander(仏)と recommend(英)とか
意味はほぼ同じで綴りだけ微妙に違う単語がごろごろし過ぎている。
それだけでも厄介なのに、その上さらに当方には区別できないLとRまで
入れ替えられている単語が存在するのでは、こちらはお手上げ、バンザイ、降参である。

ああ、誰か、LとRを聞き分ける機能が付いた補聴器でも
発明してはくれないものか。
ついでにスペイン語話者等向けには、BとVの識別機能、
中国語話者等向けにはDとT、BとPの識別機能を付ければ、売れるぞ、これは。



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風呂

  • 2017/02/16 00:07
  • Category: 雑記
最近、時々某サイトに行っては眺めているのが、これ。


bathtub.jpg


いかにもな女性モデルがいるのが、画像としては少々邪魔なのだが
要するにこれは風呂桶。ポータブル・バスタブというやつである。
右上に見える電動ポンプがついていて、空気で膨らませて使う。
よって、使わない時は小さくしてしまっておける。

子ども用プールを小さくしてカバーと頭支えをつけたようなもので
デザインといい、作りといい、お値段(CAD100以下)といい
明らかに中国製で、「ほんとに、だいじょうぶかいな?」と思わないでもないのだが
ア〇ゾンなどのレビューを見ると、そこそこ使えるらしい。
カバーがついているので湯が冷めにくく、おまけにカバーの上に雑誌など置いて読書も可能。
ついでに飲み物ホルダー(モデルの右手側に見える穴がそれ)もついていて
便利至極だそうである。
したがって、デザインに目をつぶれば、極楽気分が味わえそう。

なんて書いていると、うちを知る方には、
「あれ、お宅にはバスタブがあるのでは?」と言われそうで
実際うちのトイレ兼洗面所兼浴室には、白くて四角い大きなバスタブが
浴室のまん真ん中に、でーんと鎮座ましましているのだが
このバスタブ、実のところ大きすぎて実用に適さない。
だいたい給湯タンクの容量より、バスタブの容積の方が大きいのだ。
満タンに湯を張ろうにも、7割方湯を満たしたところでタンクはすっかり空になり、
後はシャワーを使おうにも出てくるのは水ばかり。
次に湯が出てくるのは、いったいいつになることやらという始末では、
おちおち湯に浸かってもいられない。
バスタブに張った湯にしたところで、表面積が大きい分冷めるのも早いから
あっという間にぬるま湯になるだろうし、そうなると当地の湯船には
日本のような追炊き機能はないから、いったん入ったが最後
出るに出られず、肌寒いような湯の中で震えていなくてはならない。
極楽とは程遠い。

そこで、このポータブル・バスタブの登場である。
置くのは当然、役立たずの大型バスタブの中。
バスタブの中に設置すれば、湯を張るにも便利だし、排水も簡単。
こちらは暖かい湯にぽっちゃりと浸かって、ぬくぬくと読書や音楽を楽しみ、
くつろげるという寸法である。

まあ普段はシャワーで充分で、実際、旅行に行ったとき以外、
過去5年半、風呂には入っておらず、それで別段支障はないのだが
たまに古い日本映画などを見て、登場人物が銭湯でがやがやと喋っていたり、
旅先の薄暗い宿で、もうもうと湯煙の上がった湯船に浸かっていたりするのを見ると、
なんだか無性に懐かしくなって
「ああ、そういえば、お風呂ってものがあったねえ」と
俄然、たっぷりとした温かい湯に首まで浸かれたら気持ちがいいだろうなあ
と夢想してしまうのだ。

本当はビニールのポータブル湯船なんかではなくて

こんなのとか

bt 2


こんなのとか

bt 3


こんなのとかだったら

bm bath


もっと気持ちいいだろうなあ、とは思うのだが、
こんなゴーカなのは、夢のまた夢。ただ画像で見て楽しむだけである。

ちなみに一番下のは、ベット・ミドラーさんのマンハッタンのペントハウスの
バスルームだそうで、シンプルな作りに、檜(と思われる)の湯桶がすてきである。





しゃがむ

  • 2017/02/10 11:26
  • Category: 雑記
ところでラティ君が棲んでいる(と思われる)デッキ下だが、
実は去年の夏の終わりに、ジェリーと二人で潜り込んでみた。
夏に私を2回も刺した例のマルハナバチが、
まるでホーバーリングをするようにデッキの床付近を飛び回り
ついでスピードを落としてデッキの床板と床板の間の隙間から
すううっとデッキ下に入っていくので、
「これはこの下に巣があるのではないか」と、ジェリーと二人興味津々だったのである。

しかし、いくら興味津々でもハチが盛んに飛び回っている間は
危なくてそばに寄れないので
秋風が吹いてハチがいなくなったのを見定めてから
二人でデッキ下に潜り込んでみた。

ちなみにデッキの下部は清水の舞台のように吹きさらしというわけではなく、
トレリスのような斜め格子で覆われているのだが
横手の一部がドアのように開いて、中に入れるようになっている。
高さは155cmの私が、しゃがんで頭が付くか付かないかという程度。
両手、両膝をついた四つん這いの姿勢なら、体はどこにもぶつからないが、
いかんせん下が石混じりの砂利で手をつくと痛いので
私はしゃがんだ姿勢のまま、ちょっと頭を下げ気味にして、よちよちと前に進んだ。

そしてハチたちが盛んに下りて行ったデッキ右端の下あたりを
懐中電灯片手に、あちこちきょろきょろと覗きまわってみたのだが
ハチの巣らしきものは、影も形もなし。
落ちているのは、風で舞い込んだらしい枯れ葉と
鳥やリスたちが食べこぼしたヒマワリの種やピーナツの殻くらいで
床を支える柱に何かがくっついていた痕跡もなければ
地面に何かが作られていたような穴も、跡もなし。

床下に潜れば、スズメバチの巣のような大きな造形物が見つかるのではないか
と期待していた私とジェリーは、なーんにもなかったのでかなりがっかり。
「骨折り損だったな」と言い合ったのだが、その後、ふと真顔になったジェリーが
私を見て「それにしても、どうしてあんな格好で移動できるんだ?」と聞いた。

何のことだ?と聞き返すと、「さっき、しゃがんだ姿勢のままで前に進んでただろ?
しゃがむだけでもしんどいのに、その上、足を動かして移動するなんて
人間技とは思えん。少なくとも俺にはできない」と言う。
言われてみれば確かに、ジェリーは軍手をはめ、膝あてを付けて、
四つん這いの姿勢で床下を移動していた。
私より背が高く、しゃがんだだけでは頭がつっかえるから
四つん這いになっていたのだろうと思っていたが
彼が言うには、もちろんそれもあるが、たとえ頭がつっかえなかったとしても
彼にはしゃがんだ姿勢のまま足を動かして移動するなんて芸当はできない。
そもそも上手にしゃがめない。
映画や街の映像などで、アジア人たちが道端にしゃがみこんで“くつろいで”
いるのを見るのは、ほんとに驚きだ。
股関節の柔軟さが違うのか、膝と足首の動きが違うのか
理由はわからないが、とにかく俺たちにはあんな姿勢はできない。
むりやりしゃがんだりしたら、3秒と経たないうちに後ろにひっくり返るか
前につんのめるか、いずれにせよ、あの姿勢で“くつろぐ”なんてありえない。
と言って、ついでに実にぎこちない動きで、「しゃがめない」実演をして見せてくれた。
ジェリー以上に体の硬い雪だるまに至っては、はなから「無理」と言い切って
実演すら拒否。

私にしたところで、椅子の生活に慣れてしまって、
しゃがむ姿勢は楽とは言えないし、
ことに膝を付けた状態で、踵を床に付けてしゃがむことはもうできない。
(膝を開けば、踵を付けてしゃがめるが、あまり美しい姿勢とは言えない)
そういえば2、3日前に見た香港映画『阮玲玉』で、主演の張曼玉が
「駆け出しの頃は、よくこうやってしゃがんで、ずっと出番を待ってたわ」と
ほっそりした旗袍の裾をきれいにたくし込みながら
膝をそろえてしゃがんでみせたが、あれは彼女がヒールのある靴を
履いていたからできたことで、ぺたんこの布靴ではああはいかなかったろう。
ヤンキー座りだって、画像で見る限りみんな膝は開いているし
身体の柔軟さでは定評のある猫だって、座るときは膝、開いているものね。
(って、関係ないか。ハチの話が、なぜか猫で終わる)

ラティくん

  • 2017/02/06 11:09
  • Category: 動物
この冬、うちの庭の動物軍団に新しい仲間が加わった。
ネズミのラティ君である。
ラティというのは要するに ratty で、まんま rat なのだが
シマリス(チップモンク)がチッピーで、黒リスがブラッキーで、
茶リスがブラウニーなら、ネズミ(ラット)はラティでいいだろうと雪だるまが言うので
そういうことにした。

このネズミくん、ラティという名前の通り、毎年冬が近くなると家の中に入り込んでくる
ハツカネズミ(mouse/souris)の2~3倍、茶リスとほぼ同じくらいの大きさで
だから私は、ある雪の日の早朝、まだ薄暗いデッキの上をサササッと茶色いものが移動した時
茶リスが朝ご飯に来たのかと思ったのだが、走り去る後姿を見たら、しっぽが細長い。
茶リスならふさふさした太いしっぽのはずなので「あれ?」と思ったら、それがラティくんの初登場だった。

彼はどうやら、うちのデッキの下に巣を作ったらしく、
雪をかぶった生け垣を抜けてサササッとデッキの上に上がって来ては、
鳥たちが食べこぼしたピーナツやヒマワリの種を拾って食べ、
またサササッとデッキの下に戻っていく。
最初のうちは警戒していたのか、まだ薄暗い早朝か、
夕方、日が暮れてからしか来なかったのだが
誰も追い立てず、また猫や犬など彼を捕まえて取って食おうというものもいないとわかってからは
白昼堂々デッキに現れ、大胆にエサ漁りをするようになった。

(以下、ネズミの画像があります。この手の齧歯類が苦手の方は、どうぞ飛ばしてください)


最初に現れた頃のラティくん。早朝なので画像もぼんやり
(左上の白いものは雪、ラティくんの下はデッキに敷いてあるビニールシートです。
鳥たちが食べこぼすので、シートを敷いておかないと春の掃除が大変)


IMG_0916.jpg



しだいに慣れ、真昼間に登場。日向ぼっこ中か

IMG_0943.jpg


こうして見ると、しっぽが長い

IMG_0927.jpg


そして目が小さい

IMG_0947.jpg


今のところ、うちのデッキ下に棲んでいるのはラティ君1匹だけと思われるが、
何しろネズミのこと、そのうち家族連れで現れる可能性、無きにしも非ず。
そうなるとコトはちと面倒だし、いずれにせよ、ラティ君をうちの庭に置いておけるのは冬の間だけ。
春になって雪が融ける頃になったら、捕まえて森にでも放さなければならないとは思っている。
いくら可愛くても、ネズミはネズミ。はっと気が付いたら昔のケベック並みの大家族になっていて
うちの庭中、ネズミだらけ、というは、さすがにちょっと困るのだ。
ラティ君がカトリックの修道僧よろしく生涯独身を通し、デッキ下に引きこもって
禁欲生活を送るというなら、引き続き棲んでくれても構わないのだが
じいさんネズミならともかく、若い(と思われる)ラティ君にそんなことしろって言っても無理だろうなあ。


ひとごと

クリスマスから新年にかけてのお休み期間が終わり、
1月の第2週から、またお散歩が始まった。
雪道にも負けず、零下の気温にも負けず、
マダムたちはお散歩を続けている。

私も、話が聞き取れなかったり、言いたいことが言えなかったりで
楽しいことより、意気消沈することや自己嫌悪に陥って「ばかばかばか・・・!」と
自身を罵りながら帰ってくることの方がずっと多いのだが
ここで止めるわけにはいかないので、重い足を引きずって
相変わらず週2回、出かけている。
ほんとは週3回あるのだが、3回通うだけの気力は、私にはない。
自己嫌悪にまみれ意気消沈するのは、週2回で充分だ。

で、お散歩会へは月曜と水曜に出かけることにしているのだが
今週の月曜は、例のケベック市での銃乱射事件の翌日。
私はてっきり、お散歩会はその話題で持ちきりだろうと思っていたのだが
豈図らんや、事件の話はちらりと出ただけ。
メンバーのうち一人は、その週ケベック市に出かけており
週末も市内に滞在していたにもかかわらず
話に出たのは、天気が非常によくて、外を歩いていてもあまり寒くなかったこと、
おかげで楽しく買い物や観光ができたこと、
食事をしたレストランが美味しかったこと、等々だけだった。

不思議だったので、一応「ケベックでは事件があったのでは?」と
話を振ってみたのだが、もう一人のマダムともども、もちろん事件のことは知っていたが、
さほど関心があるとは思えない様子で、「昨夜からずっとそのニュースばかり。
メディアはちょっと大騒ぎし過ぎだと」といった意味のことを言って
他の話題に移って行ってしまった。

これはもちろん、小学校低学年よりまだひどい私のフランス語力で聞き取れた範囲の話であるから
ものすごく誤解している可能性もあるのだが、しかし話の細部はわからなくても
何について話しているかくらいの見当はつくし、
言葉の調子や話すときの態度、表情で、関心があるのかないのか
くらいはわかるから、「関心なさそう」と感じた私の印象が大間違いである可能性は
まあ50%以下で、当たっている可能性の方が高いと思う。

リタイア後の悠々自適の奥様方の、社会的事件に対する関心度なんて
その程度でしょう、と思われるかもしれないが、
隣国でトランプ氏が当選した時には、メンバーたちはあれこれ言い合って
結構大騒ぎだったのである。
普段話していることを聞いていても、みなリタイア前は何らかの職業に就いて働き、
かつボランティア活動などもしていたような人たちで
政治や社会には全く関心がないという人たちではない。

それなのに、ケベック市での事件に対しては通り一遍の関心しか示さないというのは
これはやはり、移民ではない、生まれた時からのケベッコワーズにとっては
オルタナ右翼の青年が、モスクで銃を乱射し、モスレムたちを殺した
という今回の事件は、どう見ても他人事、自分たちには起こりそうもないこと
としか思えないからだろうか。

乱射した青年はケベッコワだが、報道によれば、彼はジョージ・W・ブッシュ氏やトランプ氏、
仏のマリーヌ・ル・ペン氏等を信奉し、外国人排斥、反移民、白人至上主義、
反フェミニズムなどに同調する反動的保守主義者とのことで、
どうみても「普通の学生」、自分たちの周りにいる甥っ子たちや孫たちと
同じ人間とは思えない。
そして乱射された側、被害者たちはと言えば、移民で、モスレムという異教徒で
女たちは、ここカナダに来てさえ、頭にスカーフをかぶり、夏でも長袖長ズボン/スカートという
周囲から浮きまくりの服装を変えず、これまた自分たちと同じ人間とは思えない。関係もない。

自分とは異なる人間が、自分とは関係ない人間を殺したとなれば
これは「他人事」。関心が薄いのも、道理と言えば道理だ。
モスレムではないけれど移民ではある私とは、感じ方が違うのも無理はないのかもしれない。


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プロフィール

らうとら

Author:らうとら
ドロシー・L・セイヤーズ、ローリー・R・キング、P.D.ジェイムズ、ディック・フランシス、水村美苗、高村薫、戸塚真弓、ヘレン・ミレン、シャーロット・ランプリング、ソフィ・マルソー(40代以降に限る)、ヘレナ・ボナム・カーター、アンジェリーナ・ジョリー、三代目金馬、小さん、枝雀、エンヤ、クイーン、ドゥルス・ポンテス、マドレデウス、J・S・バッハ、ちあきなおみ、トケイ・ピノ・グリ、アール・グレイ、自転車(冬季を除く)、あらゆる犬と猫
以上、私を幸せにしてくれる方々(敬称略)

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