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トイレットトレーニング

  • 2018/02/25 11:15
  • Category: 言葉
先日、雪だるまに「君の発音では、生徒がわかるかどうかわからない」と言われた話を書いたが
そのあとで「ならばどうして音読の時、私の発音を直さなかったのだ?」と聞いたら
「だって、直しても直しても、しばらく経つとまた元に戻っているから」との返事だった。

なるほど、ありそうな話である。
私の脳と耳と口は日本語発音で固まっているから、直された直後はかろうじて発音できても
しばらくするとまたするするーと、慣れ親しんだ日本語の音に戻ってしまうのであろう。
【ɛ】の鼻母音然り、狭い【e】然り、口をとんがらかす【u】然り・・・(ありすぎて書ききれん)

が、しかし、このままでは困る。
で、私は雪だるまに頼んだ。
「直らなくても、無駄だと思っても、とにかく直してくれ」と。
そしてこれは犬のハウストレーニング(トイレットトレーニング)と同じなのだ、と説明した。
子犬がどこで用を足すべきかを覚えるまでには、しばらくかかる。
犬によっては、いつまで経っても覚えられない犬もいる。
(私が昔飼っていた某イングリッシュコッカーなどは、最後まで粗相をし続けた)

しかし覚えられないからと言って、叱るのをやめてはいけない。
叱るのを止めれば、犬は「これでいいのだ♪」と思ってしまう。
発音矯正もまた然り。
間違えるたびに直されなければ、私の脳は「これでいいのだ♪」と思ってしまうのだ。
そしてそのまま楽な日本語的発音で固まってしまうのだ。
私の脳は、犬並みなのだ。

何度も何度も同じ音を直さなければならない雪だるまには災難だが
そこはそれ、出来の悪い配偶者を持ったのが運の尽き、と諦めてもらう他はない。

だって他にしようがないではないか。
聞いている人がわからないのでは、喋る意味ないのだから。

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青空あたま

水が半分入ったコップのたとえ話は、いろいろなところで引き合いに出されるので
いまさら説明するまでもないと思うが、「半分ある」か「半分カラ」か
「まだ半分ある」か「もう半分しかない」かという楽観、悲観の2つの見方に分けるなら
私は間違いなく「半分カラ」「もう半分しかない」と見る、悲観的なタイプである。
新奇なアイディアを聞けば、まず失敗するだろうと予想するし
「石橋を叩いて渡る」どころか、叩いて強度を確かめなければならないような橋は
はなから渡らない。落ちるに決まっている、と思うからである。

こういう性格はよく言えば慎重、堅実。“しっかり者”と人から評されることもあるが
本人としては微妙である。
何しろジンセイ、楽しくない。
何かをやってたまたまうまく行き、一瞬ぱあっと喜んだとしても
次の瞬間、「次回はこんなうまいことは行くまい」だの
「うまくいったように見えただけで、実際のところは失敗だったのではないか」だの
悲観的見方が暗雲のように視界を覆ってきて、一瞬のうれしさを帳消しにしていく。

うまく行ったように見える時でこれだから
失敗などしようものなら大変である。
どっと落ち込んで、胃の中にじっとりと重たい石を抱え込んだようになり、
そのことばかりが頭をよぎって、ぎゃあ、ぎゃあと悲鳴をあげ続けることになる。
およそ健康によろしくない。
それに第一、苦しい。

なので、失敗しても極力落ち込まないよう気持ちを前向きに、
失敗したことをくよくよ思い悩むのではなく、
今後に向け、建設的改善策を考えて失敗の苦しさから逃れようとするのだが
そのように頑張ってみても、落ち込みから抜け出すのはなかなか難しい。

実は昨日もそんな失敗をし、夜中、ぱっちり眼が冴えてしまって
なかなか寝付かれなかった。
寝付かれないので、文珍さんのと吉朝さんのと枝雀さんのと
「地獄八景亡者戯」を3つきいて、それから寝た。

朝起きた時には少しはましな気分になっていて
失敗の痛さもやや薄らいでいたが、
それにしてもこの物事を悲観的に見る性癖、
やり損ねたことばかりが頭の中をぐるぐるし、
自分に向かって「ばか、ばか、ばか!」と言い続ける、
万年軽度鬱病みたいなアタマは、なんとかならないものか。

ああ、一度でいいから、抜けるような青空に輝く太陽、みたいな
明るい人になってみたい。

雪が降る 除雪車が来る

今日も雪が降っている。
この冬は、一時零下30度近い寒い日々が続いたが、その後気温が上がり
最近では寒くても零下15度くらいと、わりあい暖かい日が続いている。
「零下15度で“暖かい”のか?」と聞かれるとちょっと困るが
このあたりの基準でいけば、零下15度は特に寒いとは言えない。
ごくごく平均的な冬の気温なのである。
だからマダムたちとのお散歩も、続行されている。
みなダウンジャケットにスノーブーツ、マフラーに毛糸の帽子にサングラス
と重装備ではあるが、気温を理由に出てこないということはない。
むしろ、なまじ気温が0度近くまで上がって雪が融け、
それが再び凍って道路がアイスバーン状態になったりすると
「道が滑って危ないから、今日の散歩は中止」と連絡が入る。
気温が高い方が、歩けなかったりするのである。

それにこの冬は、道路の除雪状態がよい。
道路の除雪は町が専門業者と契約し、雪が降ると深夜あるいは早朝に
大型除雪車が来て、ガガガガーッツと除雪していくのだが
昨冬はこの除雪車がこまめに来ず、しかも除雪の仕方がいい加減だったので
残った雪で道路がでこぼこになったうえ、そこここに大きな雪だまりができて
道幅が狭くなり、車が走りづらくて困った。当然、人も歩きづらい。
2車線ある幹線道路ならともかく、もともと片側1車線しかない住宅街の道は
路肩の雪で道幅が狭くなると、すれ違いもままならなくなる。
歩行者も、車が来るたびに路肩の雪の中に避けなくてはならない。
歯に衣着せぬたちのジェリーなどは、業者のいい加減さに不満たらたらで
うちに来るたびに、ぶうぶう文句を言っていた。

もっとも除雪業者の仕事に不満だったのはジェリーだけではなく
またこの町内だけでもなかったようで、昨秋の町長選の時には
新しい候補者3人全員が、公約の一つに「除雪の改善」を挙げていた。
「なるほど、みんな不満だったんだな」と、ちょっと可笑しかった。
うちの町は15年ほど前に7町が合併してできた町で、
人口は5万くらいと大したことはないが、面積は広い。
だから、この広い町の中を網の目のように走っている道路すべてを
きれいに除雪するのが容易でないことはよくわかるのだが
公共交通機関がないも同然の田舎町では、車が命綱。
しっかり除雪してもらわないことには、仕事にも買い物にも行けず
日常生活に支障を来すのだ。

ちなみに町長選の結果は、現職の再選となったが
昨冬の除雪に対する不満は、彼の耳にも十分届いたようで
おかげでこの冬の除雪は大幅改善。
この記事を書き始めたのが昨日で、今日も引き続き雪なので
たぶん今夜か明日の早朝には、また除雪車がごおんごおんとやって来ることだろう。
除雪車が通ると、うちの前にスノーバンクができる。
明日の朝は、また雪かきだな。

浮遊物

去年の秋、雪だるまが「視野にゴミのようなものが見える」と言い出した。
目を動かすとそのゴミみたいなものも一緒に動く、というので
たぶん飛蚊症だろうと思ったが、同時に閃光のようなものが見えることもある
とも言うので、一応眼科医に診てもらった。

眼科医の診断はやはり飛蚊症とのことで、網膜剥離や網膜穿孔ではなかったので安心したが
残念ながら飛蚊症は加齢に伴う生理現象のようなもので、治療法はない。
現状では剥がれてしまった硝子体を元に戻すことはできないので
視野に漂うこのゴミのようなものは、いったん出現したらずっとそのまま。
消えることはないのだそうだが、幸い(?)、しばらくすると脳の方が無視することを覚えて
次第に気にならなくなるのだそうである。
実際、雪だるまも、3、4週間たったら気にならなくなったと言っていた。

とまあここまでは、夫婦とはいえ他人事だったのだが
今年になって私の視野にも黒いゴミが出現しだした。
雪だるまより5年も早い出現である。
しかも出現したのは、いい方の右の目。
まともにモノを見ることができない左の目なら諦めもつきやすいが
なんでよりによって頼みの綱の右の目に飛蚊症が起こるのか?

年を取るということは、こういう身体の衰えや不調と折り合いをつけ、
無理をせず、といって諦めきって活動を制限したりせず
身体を騙し騙し、やりたいことをやっていくことなのだとわかってはいるが
それでもだんだんにやってくるさまざまな衰えを「やれやれ…」という思いなしに
受け入れるのは難しい。
ついつい「もっと早く医学が進歩して、人工眼が実用化されればいいのに」と
草薙素子ちゃん並みの義体化を夢見てしまう。
スペアの目、欲しいなあ。

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らうとら

Author:らうとら
ドロシー・L・セイヤーズ、ローリー・R・キング、P.D.ジェイムズ、ディック・フランシス、水村美苗、高村薫、戸塚真弓、ヘレン・ミレン、シャーロット・ランプリング、ソフィ・マルソー(40代以降に限る)、ヘレナ・ボナム・カーター、アンジェリーナ・ジョリー、三代目金馬、小さん、米朝、枝雀、エンヤ、クイーン、ドゥルス・ポンテス、マドレデウス、J・S・バッハ、ちあきなおみ、トケイ・ピノ・グリ、アール・グレイ、自転車(冬季を除く)、あらゆる犬と猫
以上、私を幸せにしてくれる方々(敬称略)

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