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『Noces』

  • 2018/04/14 23:00
  • Category: 映画
その縛りがどれ程強いかにもよるが、自らが属する共同体の宗教、慣習、伝統を拒否し、別の生き方を選択するのは、生易しいことではない。共同の規範からの逸脱者、裏切り者に対する共同体の制裁は厳しい。社会的に抹殺されるだけならまだしも(いや、それだって冗談ではないが)、時には本当に生命まで奪われる。しかもそうして殺されたところで、制裁はそれで終わりではない。当の本人が死んだ後でも、親や兄弟姉妹、場合によっては親戚まで咎を負わされ、排斥され続けるのだ。よって、なまなかなことでは逸脱者になる踏ん切りはつかない。

ベルギーに暮らすZahiraはパキスタン系でイスラム教徒だが、大学に通い、親の目を盗んで夜、友人たちとクラブに出かけたりと、周りのベルギー人たちと何ら変わるところのないような西欧的生活を送っている。家庭は円満で、雑貨店を営む両親や兄姉、妹とも仲が良く、経済的にも特に不自由はない。勉強や遊びに忙しい、欧州や北米のどこの街にもいそうな、ふつうの18歳の女の子なのだ。

が、周りの女の子たち同様普通だったのは、ここまで。ある日、両親は彼女に3人の花婿候補者の写真を示し、この中から結婚相手を選べと言う。写真だけで結婚相手なんか選べないと言うと、母親はスカイプで話して人柄を知りなさい、と言うのだ。そのために朝早く起こしてあげる(パキスタンとベルギーの時差3時間)から、と。

別れたとはいえ彼氏がい、また他の友達もいる彼女は、パキスタンに住む、全く会ったこともない男と、2、3度コンピュータ画面を介して話しただけで結婚する気になど、とてもなれない。で、両親にそう言うのだが、両親はまったく取り合わない。「私達もそうやって結婚したんだ。でもほら、うまくいっているだろう?」「不安なのは当然だけど、心配はいらないわ」「お前の姉さんも幸せに暮らしているじゃないか」等々。

彼女の意思とは無関係にどんどん結婚話が進んでいくことに焦ったZahiraは、友達の家に逃げ込んだりするが、仲のよい家族と絶縁状態になることに耐えられず、また彼女が結婚を拒否し続けることで、両親や兄弟姉妹に累が及ぶことを恐れ(結婚しない娘がいては、親は世間に顔向けができず、面目を失って故郷に戻ることもできない。当然、兄弟姉妹も結婚できなくなる)しぶしぶ家に戻る。そして家族の懇願に負け、3人のうちの1人と形ばかりの結婚式(ここでもスカイプが登場!)を挙げる。結婚式をしたところで、彼女は今まで通り家族と一緒にベルギーに暮らし続けるのだし、相手は遠く離れたパキスタンにいるのだし、実質的には何も変わらないと、Zahiraは高を括っていたのかもしれない。

が、話はそれだけでは済まなかった。いつの間にやらZahiraは、パキスタンで盛大に挙行される自らの結婚式に送り出されることになっていたのだ。手伝いのためにいそいそと嫁ぎ先から戻ってくる姉、次々と準備されていく旅行荷物。一度パキスタンに入ってしまったら、もう二度とこちらには戻ってこられないかもしれない。いよいよ焦ったZahiraはある夜、友達の1人とオーストラリアへ逃げ出す決心をするのだが・・・

ネタばれになるのでこれ以上は書かないが、この映画の中で一番私の印象に残ったのは、望まない結婚をZahiraに強いるのは止めるよう説得に来たベルギー人の友人に、父親がいう言葉だ。彼はこの古くからの友人に「この通りだけで、結婚していない女が何人いるか知っているか? 15人だ、15人! パキスタン全体より多い。彼女たちは幸せか? とんでもない! あの不幸そうな様子を見てみろ!」と言うのだ。

どうやらパキスタンでは、人はみな結婚するもので、“結婚しない男”とか“独身の女”というのは考えられない存在らしい。人は結婚し、家庭を持って初めて幸せになれるのであって、成人で未婚というのは、すなわち不幸、なのだ。このお父さんの発言に、私と雪だるまは思わず「結婚してて不幸な人だっていっぱいいるぞー。結婚してみたもののうまく行かなくて悩んでいる人や、ろくでもない相手と結婚してDVやモラハラに苦しんでる人が、どれだけいると思ってるんだあ?」と叫んでしまったが、イスラム教では結婚を“奨励”しているのだから、結婚しないことはすなわちイスラムに背くことになるのかもしれない。それにしてもだからって、なんでろくに知りもしない相手と無理やり結婚しなくてはならないのだ? 周りの他の女の子(非ムスリム)が、自由に恋愛して、くっついたり別れたりしながら、最終的に自分が気に入った相手と結婚していく様子を見ている在欧米のムスリム、Zahiraみたいな女の子が自分たちの慣習に疑問を持ち、拒否したくなるのも無理はない。他の子が持っている選択肢を、なぜ自分は持てないのか?

そう言うZahiraに、親の言う通り会ったこともない相手と結婚し、しあわせに暮らしている(本人談)姉は言う。「不公平? 当たり前でしょ。世の中は不公平なものなのよ。お金持ちもいれば貧しい人もいる。才能のある人もいれば、ない人もいる。容貌だって生まれつき美しい人もいれば、そうでない人もいる。公平なことなんて、何一つないわ」「でも人間は、不公平をなくすために戦うべきでしょう?」「戦う? 家族みんなを犠牲にして? Zahira、変えられないことに対して私たち女ができることは、受け入れることだけよ」

絶句。おっしゃる通り世の中は不公平なものだが、それに対して私たちが取りうる行動は“受け入れる”ことだけか? お姉さんのいう“Nous sommes femmes.”が、やけにぐさりと私の胸に突き刺さった。女にできることは受け入れることだけ、なんて勘弁してくださいよ、である。もっともイスラムの教えは女だけに適用されるわけではないから、男も同様、見も知らない相手と結婚しなくてはならないわけだが、そしてそれに抵抗を覚える男も多数いるようだが、宗教と慣習の縛りは厳しい。そこに家族に対する愛情が加われば、拒否することはほぼ不可能だ。縛られるのが嫌なら、死ぬしかない。


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リスたち

  • 2018/04/05 03:49
  • Category: 動物
今日は朝ジムに行って、その後食料品の買い出しにいくはずだったのだが
昨晩からみぞれ混じりの雪が降り始め、風も強くて、天気予報はと見れば
「冬嵐注意報」。絶好のお出かけ日和とは言い難いので、雪だるまと二人
出かけるのは止めて、家に引きこもっている。
せっかく庭の雪も融けだして、芝生も見え始めていたのに
また冬景色に逆戻りである。
ケベックの4月はまだ冬だ、とだめ押しをされている気分。
普段はちょろちょろデッキに顔を出す黒リスも赤リスも灰色リスも
冬嵐の今日は1匹も来ない。
我々同様、みんな巣の中に引きこもっているのかもしれない。


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この子はうちに顔を出す灰色リスのうちの1匹。
デッキに来ては、こうやってガラス戸から中を覗き込む。
こちらがピーナツを手に戸を開けると、やったー!とばかりに駆け出し
デッキの左側に行って、投げられたピーナツを受け取ろうとする。
少々臆病なのか、他のリスのようにこちらの手から直接ピーナツを取って行ったりはしない。
いつもちょっと離れたところで、顔をきょときょとさせて
「投げて、投げて!」と待ち受ける。
まるでパスを待つフットボール選手か、キャッチボールをしている子どものようなので
私たちは彼(彼女かも)を、キャッチボールグレイと呼んでいる。

その他、レッド・ロケットと呼んでいる赤リスもしょっちゅう来るのだが
彼は“ロケット”と異名をとるだけあって動きがものすごく素早く
庭を横切ってデッキに来たかと思うと、あっという間にピーナツをかっさらって
飛ぶように走り去るので、なかなか写真に撮れない。
灰色リスのようにぼーっと後足で立って、ガラス戸から中を覗き込むようなことは
およそしない、やたら気ぜわしい子なのである。


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人によっては、トリやリスなどの野生動物にエサを与えるのはよくない。
ナショナルパークでも、動物には絶対にエサを与えないよう注意されるのだから
住宅地でも同じことだと言うが、自然の生態系が(一応)保たれているナショナルパークと
田舎とは言え住宅地とでは事情が違うような気がする。
何百年も前から人間が住み着いている大都市ならいざしらず
このあたりの住宅地は、ついこの間まで森や林だったのである。
それを人間が切り開いて住宅地にした。
つまり森、林を切り開くことによってリスや鳥たちの住居を奪い、エサ場を奪ったわけで
そうやって動物たちの生活を根底から脅かしておきながら、
野生なんだからエサは自分で探せというのは、一見理屈が通っていそうで
その実そこにあるのは人間側の身勝手、
壊し、奪っておいて、後は知らない、とうそぶく傲慢さでしかない気がする。

もっともこんなことをぶつぶつ言っているのは
ピーナツを介してリスと遊びたくて仕方がない自分自身を
正当化したいからだけかもしれないが。

うろうろと考える

  • 2018/04/02 10:16
  • Category: 言葉
日本語関係の本ばかり10冊、ネットの古本屋で買った。
海外発送はしてくれないので、妹に転送を頼んだ。
働いている彼女に面倒なことを頼むのは嫌だったのだが
事前にお伺いを立てたら、快く承諾してくれたので
好意に甘えた。

金田一春彦さんとか大野晋さんとか、この分野ではほとんど古典
と言っていいような本ばかりで、遥か大昔に読んだような気もするのだが
もうすっかり忘れているし、外地住まいでは図書館で借りるというわけにもいかないし
電子書籍にもなっていないようなので、仕方ないか、と紙の本を買った。
紙の本は、特に版の古い新書や文庫は字が小さくて、
年寄りには読むのが少々しんどいのだが
そうは言っても久しぶりに買った日本語の本なので、
なんだかうきうき。届くのが楽しみだ。

教科書の方は、候補として『みんなの日本語』と『げんき』を買ってみることにした。
紙の本をスキャンしたらしいpdf版もネットにはあるが、
自習用か、あるいは参考に見るだけならともかく
教えるためにはプリントアウトせねばならず、
ページ数を考えると、普通に紙の本を買った方がよほど簡便かつ安価なので
ネット書店で新本を購入。
SAL便なので、1か月もすれば届くだろう。

『みん日』にしろ『げんき』にしろ、レビューを読むとそれぞれ一長一短のようで
正直なところ、どちらの方がここの状況に合うのか、よくわからない。
知り合いの元教授によれば、モントリオール周辺の大学では
みな『みん日』を教科書に使い、生徒は漢字ドリルなどのワークブックなど含め
数冊をセットで購入(計100ドル超)する建前になっているらしいが、
“学ぶこと”が本業の大学生ならともかく、みなフルタイムで働く社会人で
日本語にかけられる時間も予算も限られているここの生徒たちに
そんなことを要求するのは、まず無理だ。
最少の経費と時間で最大の効果を上げるには、どうしたらよいのか?
って、語学にそんなもの、あるんかいな。

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らうとら

Author:らうとら
ドロシー・L・セイヤーズ、ローリー・R・キング、P.D.ジェイムズ、ディック・フランシス、水村美苗、高村薫、戸塚真弓、ヘレン・ミレン、シャーロット・ランプリング、ソフィ・マルソー(40代以降に限る)、ヘレナ・ボナム・カーター、アンジェリーナ・ジョリー、三代目金馬、小さん、米朝、枝雀、エンヤ、クイーン、ドゥルス・ポンテス、マドレデウス、J・S・バッハ、ちあきなおみ、トケイ・ピノ・グリ、アール・グレイ、自転車(冬季を除く)、あらゆる犬と猫
以上、私を幸せにしてくれる方々(敬称略)

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