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インド屋さん

  • 2019/04/26 11:37
  • Category: 雑記
モノ関連三連発その2

最近、ネットをうろうろしていると、そこここで「Mirraw.com」というところの広告が
ポップアップするようになった。
極彩色の装身具や衣装の写真がちらちらしているので行ってみると
案の定、インド屋さんであった。

私はインドの民族衣装や装身具を見るのが好きである。
自分で買う気はないし、身に着ける気はさらにないが
あの鮮やかな色彩、過剰とも思える装飾性、
控えめに耳たぶに真珠を一粒なんていう飾り方ではなく
頭のてっぺんから耳、鼻、首、胸元、手首、足首、足指に至るまで
全身満艦飾に装身具をてんこ盛りする絢爛豪華さが大好きだ。
しかも身に着ける女性たちが、これまたケンランゴーカ。
彫りの深い顔立ちに、くっきりと弧をなす黒い眉。
その下で、ぬれぬれと光る大きな目、長い睫毛。
ふっくらと柔らかそうな、しかしあくまでも赤い唇。

そして艶やかな色の衣装に負けない、程よく豊かな身体つき。
昔どなたかが「歩く極楽絵図」と形容していらしたが
いや、まさに。

Mirraw.comはインド屋さんであるから、そこに並ぶモノたちは当然
そうした美女たちに似合いそうな品々で、というか、
そうした美女たちでなければ似合いそうもない品々のオンパレードで、
私の口をついて出る感想は「はあ」とか「いやはや」とか「これはこれは」とか
およそ衣料、装身具サイトを覗いているとは思えない感嘆符ばかり。

だって、たとえばこんな手の大きさの1/3はありそうな指輪、
いったい誰が、どこで身に着けられるというのか。

ring2.jpg

この大きさは欧米ならブローチ、
日本なら下手すれば手鏡とかコンパクトの大きさじゃないのか。
本物ではなさそうだが、色石と小粒の真珠がふんだんに使われて
実に豪勢である。

これとかも、大きさが半端じゃないよなあ。
(指を入れる輪の大きさと、上の装飾部分の大きさを比べてみましょう)
好きだなあ、こういうの。
身に着ける機会は絶対ないだろうけど、持ってるだけで楽しいかも。

ring3.jpeg

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future cat

  • 2019/04/23 22:49
  • Category: 雑記
軽いことしか書きたくないので、モノ関連三連発その1。

その昔、10年くらい前、プーマに“フューチャーキャット”というシリーズがあった。
今、北米プーマからこのシリーズはほとんど消え、
日本プーマでも、残っているのは男性用と子供用だけのようだが
昔はちゃんと女性用もあった。

2008年の春、旅行用にかさばらないスポーツシューズが欲しかった私は
旺角だったかのスポーツ店で、黒のフューチャーキャットを買った。
下に貼り付けた写真のモデルは、私が買ったのとはちょっと違う気もするが
おおよその特徴は同じである。

puma 3



極めて細身、底も薄く、大変に軽い。
私の場合それまで履いていたのが靴底の厚い、クッション性に富んだ靴だったので
この靴底の薄さに慣れるまでに1月ほどかかったが
慣れてしまえばこれほど歩きやすい靴はなかった。
そして何よりも気に入っていたのが、写真でもはっきりわかる
アシンメトリーな靴紐の位置。
わざわざこの位置にした構造上の理由は全くわからなかったが
デザインとしてはなかなか面白く、私は上から靴を見下ろしては
ひとりで「満足、満足」とにこにこしていた。

が、あんまり気に入って毎日、毎日はき続けていたため
この愛しのアシンメトリー・フューチャーキャットは2年ほどでだめになり
次に買ったフューチャーキャットは、名前は同じでも
すでにアシンメトリーではなくなって、靴紐は普通に真ん中についていた。
でも細身、薄底、軽量はそのままで、
私はこの靴も大変に愛した。
愛しすぎて、買ってから10年経った今でも大事に持っているくらいだ。

が、さすがに表皮がところどころ擦り切れて色が変わり
底も薄くなり過ぎて、外歩きには適さなくなったので
去年からは春秋用の室内履きとして(冬はこれでは寒く、夏はビーサンの方がよい)、
スリッパ代わりに家の中で履いていたのだが
この間出してみたら、また一冬越したためか、いよいよくたびれた様子になっていて、
靴クリームとブラシで丁寧に手入れしてみても
瀕死の白鳥というか黒鳥状態であることは、隠しようがなかった。

で仕方なく「新しいの買うしかないかなあ」とネットをうろうろしてみたのだが
冒頭に書いたように、北米プーマにはこのシリーズの女性用はすでにない。
私のサイズなら子ども用でもいけるんじゃないかと、子ども用も見てみたが、
サイズはともかく値段が素敵過ぎて(10年前、HKで買った時の2倍強!)手が出ない。
他のブランドも見てみたが、細身、薄底、軽量というのはなかなかない。
ましてや、ちょっとひねったアシンメトリーな靴紐位置なんてスポーツシューズは
どっこにも、ない。

ああ、10年前、HKのプーマアウトレットにどーっさりあった
フューチャーキャット、全部買い占めておけばよかった・・・
そうすれば一生、フューチャーキャット履いていられたのに・・・
(まあ全部買い占められるだけの資金力は、当時もなかったのだが
せめてもう1足、買っておけばよかったよ。愛しのアシンメトリー・フューチャーキャット!)

『西遊記』

  • 2019/04/20 09:08
  • Category:
最近、TO DO List が満杯気味で、常に「やらなければならないこと」に追いかけられている感じ。今日はそれでも4つ片付けたが、あといくつ残っているのだろう? やや、恐怖。

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ところで、ここ何日か編み物のお供に『西遊記』(宇野浩二さん訳)を聞いているのだが、うーん、これはやはり聞くより読んだ方がいいかも。なぜかというと、耳から聞いただけでは登場人物の名や、場所の名、数々出てくる面白そうな武器の名が、ぜーんぜんピンと来ないのだ。

たとえば初っ端、孫悟空は「とうしょうしんしゅう、ごうらいこく」にある「かかざん」という山で石の卵から生まれ、周りの猿仲間や他の動物たちとわいわい遊び暮らしていたのだが、あるとき滝壺に飛び込んでその底で「かかざんふくちすいれんどうどうてん」を発見、「かかざん」あたりの猿たちの王となって「びこうおう」と名乗った、というのだけれど、「とうしょうしんしゅう」にしても「ごうらいこく」にしても、音をきいただけでは、いったいどんなところなのか、さっぱりわからない。「すいれんどう」も同様。「びこうおう」という名に至っては、最後の「おう」は「王」だろうとわかるが、「びこう」とは、はて何のことか。まさか「備考」ではあるまいし、「微光」とか「微香」も違う気がするし、ではもしかして「尾高」? 孫悟空、サルだからな、とか編みぐるみを編みながら、愚にもつかない推測をしてしまったが、音だけ聞いているからこういうことになるので、活字を目の当たりに“読んで”いるのなら、こんなお馬鹿な想念は浮かびようがないのである。

もっとも、こんなことをぶつぶつ言っているのは、私が子どもの頃『孫悟空ものがたり』という絵本を読んだきりで、その後ちゃんとした『西遊記』は一度も読んでいないからで、読んでいる人なら「とうしょうしんしゅう」という音を聞いて「東勝神州」が浮かぶだろうし、「ごうらいこく」が「傲来国」であることも知っているだろう。そして私が「水練堂?、水泳の練習をするところかね?」と思った「すいれんどう」が実は「水簾洞」で、水簾(みずすだれ)の奥の洞であることも、知っているだろう。表音文字であると同時に表意文字でもある漢字を見ながら読んでいるのなら、意味は自ずと知れるのだから。

知らない言葉の意味を、音だけで正確に推測することはほぼ不可能である。上に挙げた「すいれんどう」 にしたところで、「すいれん」という音しか手掛かりがなければ、私のように「水練」と思う人もいるだろうし、「睡蓮」と水辺に咲く美しい花を連想する人もいるだろう。漢字を見なければ、それが「水簾」であろうとは、知りようがない。

孫悟空が乗って飛ぶ雲、「きんとうん」や、頭の輪っか「きんこじ」にしても、同じだ。私は「きんとうん」を「きんとんうん」と聞き違えて、不覚にも栗きんとんを連想してしまったし、「きんこじ」の「きん」は「金」かと思って、「金居士?」と出来損ないの戒名みたいな三文字を頭に浮かべてしまった。そんなへんちくりんな名であるはずはないのに。

そんなこんなで、どう頑張っても音だけでは西遊記のイメージがおかしくなるばかりなので、途中でウィキに当たって漢字を確認した。(宇野浩二さん訳の西遊記のテキストを探したのだが、見つからなかった。もう著作権は切れていると思うのだが、青空文庫にもなかった)
案の定、「きんとうん」は「觔斗雲」、「きんこじ」は「緊箍児」であった。「觔」は「筋」の異体字、「觔斗」を中日で引くと「もんどり打つ、とんぼ返り」とあった。悟空が乗る雲がこの名なのは、悟空がとんぼを切って雲に乗ったからだそうである。(なーにが、栗きんとんだよ、私のあほー!)

そして「きんこじ」は漢字を見れば一目瞭然。「きつく締め付けるタガ」。最後の「児」はr化の接尾語だろう。日本語で考えると「児」から「児童」を連想してしまうが、中国語で考えれば「あ、そっか」である。私自身は南で中国語を習ったので、r化には余り馴染みがないけれど。

というわけで、漢字てんこ盛りの西遊記を耳からだけで楽しむのは難しい。これはやはり、目で読むべき本である。目で見て、一つ一つの漢字を楽しみ、漢字で遊ぶべき本である。本当なら原文を読んで、音と字と両方で楽しめれば最高なのだろうけれど、ちらと見た感じでは、とてもではないが歯が立ちそうもないので、あっさり諦め、どなたかが訳してくださったのか、あるいは翻案してくださったので、するすると読み進めたいところだ。中野美代子さんのがいいかなあ、とは思うが、今チェックしたら、全五巻。電子でも5000円超。うーん。

タモの影響?

12月初めの定期検診で担当医殿から「1月からタモキシフェンを飲まなくてもいいですよ」と言われた私は、「1月から飲まなくていいのなら、今やめても大差はあるまい」と考えて、手持ちの薬がなくなった12月半ば、タモを飲むのをやめた。毎朝忘れず飲むのは結構めんどうくさかったので、止められて「いえーい!」である。

で止めた後しばらくは別になんということもなかったのだが、3月あたりから何だか前より調子がいいような気がしてきた。もともと頭痛持ちだから、時折頭痛がやってくるのは今まで通りだが、以前のような頭がガンガンして動くのもしんどいような頭痛は減り、遠雷のような、頭の中で微かにゴロゴロいっているような頭痛が増えた。痛いなあ、とは思うが、動くのに差し障りがあるほどではないし、ご愛用のイブプロフェンを飲めば、たいていの場合かなり軽くなって、ほとんど忘れていられる。

そして時折やって来ていた、ものすごい疲労感もなくなった。ここ何年か時々身体が沈み込むように疲れて、動くのも大儀なことがあったのだが、それが最近、ない。たとえば週1の食料品の買い出し、いつもジムの後に行くので、以前はスーパーを3店回るともうへとへとで、4店目は足を引き摺って入り口に向かうような有様だったのだが、ここ数回は4、5店回っても平気。帰って来て椅子にへたりこんだまま動けない、というようなことはなくなった。

タモキシフェンは抗エストロゲン薬だから、ふつう副作用としてまず挙げられるのは更年期の諸症状。そして更年期といえば「肩こり、頭痛、ほてり、疲労感、気分が沈む」といったところが定番だから、タモ服用中、しょっちゅう頭が痛かったり、やたら疲れやすかったりしたのも道理かな、とは思うのだが、50代の私はしかしたとえタモを服用していなくても更年期真っ最中のはずで、だからどこまでが薬の影響で、どこまでが元々の更年期の症状だったのか、ほんとのところはわからない。なにしろ私という人間は一人しかいないので、同じ時にタモを飲んでいる私とタモを飲んでいない私で対照実験!というわけにはいかないのだ。

だから、今「なんか調子いいな」と思っているのも、たまたま調子がいいだけで、タモキシフェンを飲まなくなったこととは何の関係もないのかもしれないが、しかし「調子いい」と思えること自体、ここ何年かなかったことなので、タモキシフェンと関係があってもなくても、私としてはどうでもいい。ただ、うれしい。

そして実はもうひとつ、なんとなく服用していた頃と違うなあと思っていることがある。2年くらい前だったか、いつもの定期検診の時に担当医殿から「この薬を飲んでいると体重が増える傾向があるけれど、我慢しなさい」と言われたことがあり、そう言われると天邪鬼な私は却って「増やしてたまるか!」と、あれこれ体重コントロールに励んだのだったが、これが結構大変だった。ちょっと油断するとてきめんに体重が増え、元に戻すのに一苦労。「たかだか1キロ減らすのが、なんでこんなに大変なのか」と、毎朝体重計に乗っかっては天を仰いでいたものだったが、それがこの頃はちょっと食べるのを控えると、すぐ体重が減る。あるいはちょっと食べ過ぎたりして体重が増えても、その後2、3日すると元に戻る。不思議である。運動量を増やしたわけでもないし、上に書いたように体調はいいのだから、何かの病気で体重が増えにくくなっているのだとも思えないし、これもやっぱりタモを飲まなくなったことと関係があるのだろうか。
よくわからない。

今日の編み物

去年の春に編み始めたものの、その後編みぐるみ作りが忙しくなっていて放りっぱなしになっていたサマーセーター、土曜日にやっと編み上がった。
着てみたら結構よかったので、夏用のセーターというのは案外便利かも、と思い、2枚目を編むことにした。1枚目がヨークに色々模様編みの入るデザインだったので、2枚目はごくシンプルに半袖Tシャツ型。ただしまるっきり何にもないのではつまらないので、背中の真ん中に何段おきかに穴を開けることにした。背筋に沿ってぽつぽつと水玉が並ぶ感じ。

糸は麻70%、綿30%のチェインネット状で、ちょっとぶつぶつしているが、指にひっかかって編みづらいというほどではない。昨夜やっと首周りの引き返し編みが終わったので、これからはひたすら表目だけの楽ちん作業。ただし楽ちん過ぎて、睡眠不足の時に編むとやたら眠くなるのが難点。昨日も午後、毛布にくるまって編んでいたら、急激に眠くなって困った。こういう時はBGMの朗読も、ほとんど子守歌と化す。眠気を振り払うには、立ち上がって掃除か料理でもするしかない。さすがの私も、立って掃除機をかけながら居眠りをする、というような芸当はできない。掃除機、うるさいし。

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アルバトロスに行ったら、またキツネとアライグマの依頼を受けた。アライグマは3匹目か。キツネは何匹目か、もうわからん。同じパターンで編んでいても、編む度ごとに増やし目の位置を変えてみたり、色変えの方法を変えてみたり、改良を試みているので、結果、1匹目より2匹目、2匹目より3匹目の方が出来が(多少)よくなっている。1匹目を買ってくださった方には申し訳ないが、まあ勘弁してください、である。だって編んでるとつい「こうした方が可愛いんじゃないか」とか「この方が色変えのアラが目立たないんじゃないか」とか思って、試してみたくなる。文字通り試行錯誤しつつ編んでいるのだから、出来に多少の差があるのは、仕方のないことなのである。同じパターンで30個も40個も作っているようなプロの方なら、常に一定の水準を保てるだろうが、当方は素人。最善を心がけていても、かわいいアライグマとよりかわいいアライグマ、そして少なく可愛いアライグマができてしまうのである。すまん。

ぶつぶつ日記2 『Santa y Andrés』

  • 2019/04/09 08:41
  • Category: 映画
今日も雪である。
しかも風が強く、ほとんど吹雪状態。
本日の予想積雪量20㎝だそうだが、実際、玄関横の吹き溜まりには
午後1時現在で、すでにそのくらいの雪が積もっている。
夜までには、いったい何センチになることか・・・
ジムでちょっとお喋りしたマダムCは、
「あーあ、1週間でいいから雪のないとこへ行きたいわ!」と言っていた。
同感である。
昨日見たキューバ映画の中の、あくまでも青く広がる空と、素晴らしく透明な青い海!

もっともこの映画(『Santa y Andrés』)で晴れ晴れとした心持になったのは
上記の真っ青な空と海が画面に現れた時だけで、映画そのものはどちらかというと重苦しい話だった。
反革命的と判断されて筆を折られ、東部の辺鄙な村のそのまた外れの崩れかけたような小屋に
半軟禁状態で暮らす作家と、その彼を監視 - 近隣で国際フォーラムか何かが開催される間、
彼が会場に現れて西側の記者たちに反政府アピールなどしないよう見張る女性。

まともなドアも窓もないような小屋だから、当然家具もほとんどなく
監視の女性はわざわざ木の椅子持参で石ころだらけの道を上って現れ
小屋の前の、かんかん陽の照る庭、白く乾いた土だけで植木も何もない庭
に座って、作家がどこにも出ていかないよう無言で監視する。


santa.jpg


実は作家は政府に批判的であるだけでなく、ゲイでもあって
その点でも“反革命的”で“矯正対象”なのだ。
昔の仲間は、すでにみな死んでいたり、亡命していたりして
キューバに残っているのは彼だけ。

ある日、作家は禁止されている執筆を続けていると密告され、家宅捜索される。
幸い隠した原稿は発見を免れたが、捜索にあたった村の政府機関の男たちは、
“唾棄すべき裏切り者、反革命分子”である作家をさんざんに侮辱し、暴行を加える。
そして地面に転がり、痛さと屈辱感に嗚咽する作家の前で
キューバ国旗を広げ、直立不動で国歌を歌うのだ。

最後、作家はついに亡命を決意し、友人に電話する。
そして青く透明な海に浮かぶ小型船に向かって泳ぎ始める。

映画を見た後、キューバの本が読みたくなって、随分昔に買った小説を引っ張り出した。
父親がアメリカに亡命したため、キューバでは将来に対し何の希望も持つことができない男の話。
生活物資の不足、恒常的な停電、常に言動に気を付けなければならない毎日。
在ハバナの作家による小説だけあって、そうした細部が細かく描写されている。

いつかキューバに行ってみたいとかねてから思ってはいるのだが
しかし観光客向けのホテルに泊まって、連日ビーチとプールサイドで日向ぼっこしてるだけじゃ
行ってもしかたないしなあ。






ぶつぶつ日記

  • 2019/04/07 08:42
  • Category: 雑記
昨日、春だ、春だ、初自転車だ!なんて記事を書いたら、
昨晩から今朝にかけて雪。
起きたらドライブウェイがまたしっかり白くなっていて、げんなり。
いったい天気の神様は、いつまで雪を降らせる気か?
もう4月だぞ、4月!
ちっとはやる気を出して春に向かえ、ケベック!

昼近くになり空腹を覚えたので、例の上司殿お土産の「辛ラーメン」を作る。
この韓国ラーメンを食べるのは、たぶん8年ぶりか。
人参と青菜と葱を入れ、麺は硬めが好きなので
ちょっとほぐれて来たくらいのところで、火を止める。
そして同封のスープの素と薬味?を入れて混ぜ
「いっただきまーす!」と食べ始めたはよいが、これが辛いのなんのって。
辛くて辛くて、鼻水は出てくるし、舌と唇はぴりぴりするし、
麺は何とか食べられたが、辛スープをたっぷり含んだ野菜は
舌が刺激に耐えられず、ついでに胃も「辛いよう!」と泣くので
仕方がない、スープを捨て、白湯を入れて野菜を洗い
何とか完食にこぎつけた。

このラーメン、香港時代は時々買っていて
その頃はふつうに食べられていたのに、
今は辛くて食べられないとは、この8年で味付けが変わったのか
はたまた私の舌が辛味のほとんどない当地の料理に慣れ過ぎて
少しの刺激にも耐えられなくなったのか。
理由はわからないが、とにかく同封のスープの素を全部入れたら
私には食べられないことだけは、よくわかった。
次回は、スープの素は半分だけにするか、あるいは全く入れずに作ろう。
(それだと、何のための“辛”ラーメンだか、ちっともわからないが)

しかしこの辛ラーメン、上司殿がたくさん持ってきてくれたので
日本人のお友達だけでなく、ケベッコワの友人にも分けたのだが
彼女はこの味で問題なく食べられたのだろうか?
今のところ何も言ってこないところをみると、食べられたのかもしれないが
だとすれば、彼女の舌はケベック人には珍しく
辛味に対し耐性があるのかもしれない。

ところで昨日、初自転車でどこに行ったのかというと
2キロほど離れたドラッグストアへ、ヘアカラーを買いに行ったのだ。
通常の半額ほどの値が広告に示されていたので
「これは買わずばなるまい」と、開店直後をねらって行ったのである。

そしてヘアカラーの棚の前で色味を見比べていると
例の如く店員さんが「何かお探しでしょうか」と声をかけてきたのだが、
それが私の身の回りにはなかなかいない、ぴかぴかのブロンド、ばちばちの長い睫毛、
のうら若い娘で、私はそのうら若い娘に直近で見つめられて平常心を失い、
それでなくても下手くそなフランス語がますます下手くそになって
「一番黒に近い茶色」という言葉を、英仏ごちゃまぜで言ってしまい
彼女に???と怪訝な顔をされた。
慌てて言い直そうとしたが、焦れば焦るほど言葉はおかしくなる。

最終的には何とか欲しい色を抱えて店を出られたが
帰りの自転車では、「あほ、ばか、まぬけ」と自分を罵り続けた。

**********************************

この頃思うのだが、現地の言葉をうまく話せない土地で暮らすということは
日々こうした自己嫌悪、無力感、劣等感、フラストレーションに囲まれて
暮らすということである。
よって、強靭な精神力(自身の失敗を失敗として認め、
それでもなお前進しようという強い気力)の持ち主でない場合は
代わりに鈍感力(失敗、挫折を、ぱっぱらぱーと深く気にしないでいる力)で日々を乗り切るしかない。
全部を深く受け止めて気にしていたら、生きていけないでありますよ。

初自転車

  • 2019/04/06 01:38
  • Category: 雑記
本日、初自転車。
雪だるまは先週、自転車でジムに行って初自転車を済ませていたが
私はその日、所用でジムに行けず、翌日はまた雪が降ったりして、道がぐちゃぐちゃ。
自転車に乗れるような状態ではなかったので、4月5日の今日が初自転車。

とは言っても今年の冬は例年になく雪が多かったので
路肩にはまだ大量の雪が残っているし、日陰の道には氷も張っていたりするので
自転車で走るのには、注意が必要。

ついでに言えば、私が出かけた時の気温はマイナス3℃で、別に暖かい!という感じではない。
よって服装は当然、防寒ジャケットにスノーパンツに帽子に耳あて、手袋というフル装備。
が、しかしブーツじゃなかったし、手袋は1枚だけだったし、マフラーもなしだったので
手袋2つにマフラーぐるぐる巻きでないと寒くて自転車に乗れない初冬よりはだいぶまし、ということか。
実際、マイナス3℃でも太陽は暖かかった。
冬のうっすらと白っぽい弱弱しい太陽とは違い、4月の太陽の光には強さがある。
陽の光に、こちらを温めてくれる熱を感じるのである。
ながーい、ながーい冬が終わって、とうとう春が来たか、という感じ。

先月買ってはみたものの、外の雪を見るたびにその気が失せていた花の種蒔き、
そろそろ始めた方がいいかもしれない。
あんまり遅くなると、花が咲く前に秋が来てしまう。

ルーフトップトレーニング

  • 2019/04/02 22:52
  • Category: 雑記
最近のジムはどこでもそうだと思うが、
うちのジムもそこここの壁にモニターが設置してあって
同じような動画をエンドレスで流している。
だいたいは、やたらガタイのいいお兄さんたちが
見るからに重そうなダンベルやバーベルを手に
歯を食いしばってトレーニングに励んでいる動画だ。

彼らの小山のように盛り上がり、くっきりカットが入ったうつくしい僧帽筋、
上腕二頭筋、三頭筋、大胸筋、エトセトラ、エトセトラを見せびらかすことによって、
こちらのモチベーションを上げようという魂胆なのだろうと察せられる。

私もトレーニングの合間に時々、口をぽかんと開けて見とれる。
DCコミックに出てくるスーパーヒーロー並みに超逆三角形のお兄さんたちが
ダンベルをブンブン振り回したり、シャフトがしなうほどウェイトをつけたバーベルを
わっしわっしと上げ下げするのを見るのは、けっこう面白いから。
あるいは、上記のお兄さん方が高タンパク、低脂肪の食事を自分で料理して
食べている図、なんていう動画もある。
彼らの巨大な手に握られると、フライパンやフライ返しが
ままごと道具のように見えて、おかしい。

という具合に流れている動画に出てくるのは、たいていは男性なのだが
たまには女性のトレーニング風景が流れることもある。
これもまた実に目に心地よい。
私は、隆々たる筋肉の女性が運動しているのを見るのが好きである。
ただガリガリに痩せているだけのファッションモデルが動くのを見ても
面白くもなんともないが、きっちり筋肉がついた人間は体形だけでなく
動きそのものが無駄なくうつくしい。ボディビルダー然り、ダンサー然り。

だから基本的には女性ビルダー動画、大歓迎!なのだが
ただ一つ、正視に堪えない動画がある。
それは何かというと、ルーフトップトレーニングの動画。
うちのジムで流れるのは、女性二人が登場する1分ちょっとの短い動画なのだが
私はこれを見るたびに、膝の裏がしゅううんと震える。
どうしようもなく、震える。
何しろ彼女たちが動き回っている屋上には柵がないのである。
ただぴろーんと広がったコンクリートの屋上で、
その向こうに見えるのは澄み切った青空と周りの高層ビルばかり。
他の建物は、はるか下の方に豆粒のように広がっている。

そこで彼女たちはペアを組んでトレーニングするのだが
高い所が怖い私は、これを正視することができない。
別に彼女たちはビルの端っこで、落っこちそうにトレーニングしているわけではないし
建物は新しそうで、彼女たち2人が跳んだり跳ねたりしたところで
床が崩れるとも思えないのだが、
それでも、向こうに見えるのが青空だけという状況は、私には理性を超えた恐怖で
落ちないとわかっていても、怖くて見ていられない。





もっとも私の「高い所が怖い」は、柵のない屋上のような素通しの場所が怖い
ということで、建物の中とか飛行機とかは平気である。
そこにしっかりした床と、しっかりした壁があって向こう側が見えなければ
たとえ50階だろうと、高度3000mの空の上だろうと、私は別に怖くない。
そうでなければ、自宅も会社も20階以上の所にあった香港で暮らせたわけはないし
飛行機でなければ行けない場所への出張を、平気な顔でこなせたわけがない。

ただ床が骨組みだけとか、壁がないとかは困る。
まったくもって困る。
考えただけで足がすくむ。
何度も言うが、これは理性を超えた恐怖なのである。
論理では、素通しの向こうに広がる青空を見たとたん
間髪入れずしゅううんとすくむ私の膝裏を納得させることはできない。

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プロフィール

らうとら

Author:らうとら
ドロシー・L・セイヤーズ、ローリー・R・キング、P.D.ジェイムズ、ディック・フランシス、水村美苗、高村薫、戸塚真弓、ヘレン・ミレン、シャーロット・ランプリング、ソフィ・マルソー(40代以降に限る)、ヘレナ・ボナム・カーター、アンジェリーナ・ジョリー、三代目金馬、小さん、米朝、枝雀、エンヤ、クイーン、ドゥルス・ポンテス、マドレデウス、J・S・バッハ、ちあきなおみ、トケイ・ピノ・グリ、アール・グレイ、自転車(冬季を除く)、あらゆる犬と猫
以上、私を幸せにしてくれる方々(敬称略)

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