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Vicki Sawyer さん

  • 2019/07/28 20:31
  • Category: 雑記
この絵が好き。 とても好き。

sv chippies


こういうのも、ある。

sv rabbit



vs chippie

描いたのは、Vicki Sawyer さん
彼女のサイトは こちら  
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フリクションは便利なんだけどね

  • 2019/07/24 21:23
  • Category: 雑記
ブルネイに行った知り合いから、きれいなモスクの絵の絵葉書が届いたのはよかったが
文面が9割方消えていて、何と書いてくれたのかほとんど判じ物状態。
かろうじて読めるのは「汶莱(=ブルネイ)」「旅行」「綺麗」の3語と、最後の「元気でね」だけ。
どうやら彼女、この絵はがきを書くのにフリクションペン、例の摩擦熱で文字が消えるペンを使ったらしい。

パイロットのフリクションシリーズは、ペンでありながら文字を消せるのが便利で私もよく使っている。
ことに昨今は手書きする機会が減っているので、たまに書くとよく字を書き間違える。
そういう時、ペンのお尻できゅきゅきゅとこすればきれいに消えるのは
修正テープで消したり、そこここに黒い塗りつぶしの水玉もようを残すよりずっと見場がよくて、
こちらの気分もすっきりする。

そして、それ以上に便利なのが、手芸の時だ。
フリクションならペンにしろマーカーにしろ、ふつうの手芸用印付けマーカーより細いので
裁縫時の小さい印付けや、クロスステッチ時の目印の線引きが正確にできる。
また、私はしないが、刺し子の際の下準備、さらし布への5ミリ方眼描きにも
フリクションは便利だと聞いた。
特に近年は、フリクションカラーズなど20色以上の色があるので
布の色や刺繍糸の色に合わせて、一番目立つ(あるいは逆に一番目立たない)色を選べる。
この点でも、水色、ピンク、紫くらいしかない手芸用マーカーより、すっと選択肢が広い。
しかも、つけた印はすべてアイロンで消える(摩擦“熱”で消えるのだから、アイロン“熱”でだって消える)のである。
裁縫にしろ刺繍にしろ、仕上げにはアイロンをかけるに決まっているので
消す手間さえ要らない。

というように重宝至極なフリクションシリーズなのだが
今回のように、消えてほしくないものが消えてしまうのは、ちょっと困る。
ブルネイからカナダに輸送される途中、郵袋の中でこすれて消えてしまったのか
あるいは郵袋が積まれた機内(船内?)が異常に暑かったのか、
理由はわからないが、とにかく絵葉書の文面が消えてしまったのでは、読むに読めない。

もっともこれ、消えたのが左半分の文面の方だったのは、不幸中の幸いだったのかもしれない。
これが右側の住所の方だったら、カナダに着いた時点で宛先不明となって
どこかの郵便局のごみ箱行きになっていたはず。
(旅先からの絵葉書であるから差出人住所はなく、よって差出人に返送されることもない)
文面が消えていても、筆跡から誰が送ってくれたのかはわかったし
表側のきれいなブルネイのモスクの絵はしっかり見えるし
ブルネイ国王と思われる凛々しい肖像の切手も鑑賞できるのだから
まあ、いっか、である。

がしかし、私を含めフリクションご愛用のみなさま
遠方に郵便物を出す時だけは、フリクションを使うのはやめましょう。
今回のように郵袋の中で肝心の文面or住所が、消える可能性あり、です。

『Une langue venue d‛ailleurs』

  • 2019/07/21 11:01
  • Category:
夏休みに入ってから、音読を再開した。
去年、読み始めたものの、日本語の授業の方が忙しくなって余裕がなくなり、
放りっぱなしにしていた水林章さんの『Une langue venue d‛ailleurs』である。

相変わらず、単語の意味を全部調べても文章の意味は今ひとつよくわからない
という箇所がそこここにあるし、
わかったと思っている箇所も、実は読み間違えている可能性大で、
とどのつまりは誤読の積み重ね、読めたような気になっているだけで
ほんとは全然読めていないのかもしれないが
それでも静かで思索的な文章は、読んでいて気持ちがいい。
手間暇かけて、母語ではない言語で書かれた本を読むのである。
どうせなら読む甲斐のある、読んで気持ちがいい本を読みたいではないか。

それにしても、氏の御父上に関するエピソードのところでは
なんというか、これの前に読んだ本(『Petit éloge de l'errance』)でも感じたことだが
あの時代に、人間の理性と精神の自由を心から愛し、軍国主義を憎むことができた
御父上の人となりには心打たれる。
いかにも「この父にしてこの子」である。

また高校の物理教師だった当時、「1時間の授業には4時間の準備が要る」とおっしゃり
(私自身、日本語の授業にはそのくらいの準備時間が要るが、それは私が未熟なためで
知識と経験に富んだプロの教師が4時間かけるのは並みのことではない)
4歳の息子さん(章氏の兄上)を音楽に触れさせようと、
昭和30年代当時はまだ非常に珍しく、かつ高価であったピアノを買い入れ、
(搬入の日には、隣近所が総出で見物に来た)
あるいは、ヴァイオリンの才能ありと認められた同息子さんを
毎月2回、東京へレッスンに通わせ、それに自身が付き添う。
豊かとはいえない家計をやり繰りして通わせるのであるから
山形から東京までは夜汽車の三等席である。
床にゴミが散らばり、人いきれでむっとするような列車の中で
10歳にもならない息子さんは窓に頭をもたせかけて朝まで眠る。
隣の御父上は果たして眠っていたのかどうか。
そして東京に近づくと、御父上はそっと息子さんを起こし
トイレに連れて行き、水を飲むかと聞き、
それから先生の前でのレッスンに備え、指慣らしをさせ、曲を練習させる。
朝まだきの列車の中に、ヘンデルのソナタがやわらかく響く。

レッスンに付き添うだけでなく、合間には息子さんの代わりに理解しようと、
カール・フレッシュの『ヴァイオリン演奏の技法』を読み解くべく努力する。
丁寧にカバーがかけられ、御父上の手でそこここに下線が引かれ、
書き込みが施された本を、水林氏はずっと後になって偶然、発見する。

またフランス語に夢中になった高校生の水林氏が、
ラジオ講座を録音するために録音機が欲しいと言えば
昭和30年代のアップライト・ピアノほどではないにせよ
一般家庭にとっては高価であり希少であったテープレコーダーを
取り寄せてくれる。

モノの問題ではない。
水林氏も書いておられるが、この場合のピアノやテープレコーダーは、
モノというより意思の象徴、御父上の子供の教育のためにはできるだけのことを
(文字通り、できうる限りのことをとことんまで)してやりたいという意思の象徴である。

「勉強しろ」と子どもの尻をひっぱたくだけなら、誰でもできる。
モノを買い与えるだけなら、(金さえあれば)誰にでもできる。
しかし、子どもに何が必要なのか、何を与えればその子の中にあるものを
花開かせてやることができるのか、常に考え、試行錯誤し、
時間を惜しまず子どもと向き合える親は、そうそういるものではない。
感服という他はない。 

夏の日々

  • 2019/07/16 05:14
  • Category: 雑記
書きたい文章がまとまらないので、代わりに雑記でお茶を濁す。
ホテルに缶詰めになった作家みたいに、日がな一日、画面を睨んでれば
なんとかまとまるだろうが、いくら夏休み中でもそんな暇はないのだ、わたし。

火曜
天気が大変よろしかったので、夏の恒例、農場地帯サイクリングに行った。
Rang St. Michel の急坂を、シャツの裾をパタパタパターー!と思いっきりはためかせて下る。
風を切る耳が飛びそう。

農場地帯とは言っても、もう牛牧場も羊牧場もなくなってしまい寂しい限りだが
まだ畑はある。
茫々と広がる緑と黄の起伏を眺めつつ、きこきこ自転車を漕ぐのは楽しい。

もっとも行きはよいよい、帰りはこわい。
帰り道の難所は、農場地帯から住宅街へ戻る上り坂。
行きに下った坂より、もっと傾斜の緩やかな坂ではあるのだが、上りは上り。
元気がない時は自転車では上り切れず、降りて自転車を押して上る。
が、この時は何とか行けそうだったので、ギアを最低に落とし、
ぜえぜえ喘ぎつつ、それでも最後まで何とか自転車で上った。
「おお、いけたじゃん」と思ったが、この時の無理は土曜になって出た。
太腿の裏が、じんじんと筋肉痛。
涙目で筋肉痛用軟膏を塗って寝た。
しかしそれにしても、4日後に出るなんて、どんだけ年寄りなんじゃ、わたし。

水曜
芝生屋が設置したスプリンクラーの試動に来た。
公園とかでよく見るスプリンクラーは円形に水を撒くので、うちのもそうかと思い、
それにしては、芝と花壇の境目近くの端っこにばかり
設置しているのはなぜ?と不思議に思っていたのだが、
試動しているのを見ると、うちのは円形ではなく半円形、扇形に水を撒くのであった。
なるほど、道理で。
しかしこの芝生屋、1時間ほど試したのち、すすすと帰ってしまった。
今日はこれで終わりか。

スプリンクラー設置&芝張り替え作業を始めて早や数週間。
一体いつになったら緑の芝生を見られるのやら・・・
予告した日時に現れた試しがない芝生屋なので、まったくわからない。

雪だるまは「でも彼は、すごくフレンドリーなんだよ」と言うが
私は気難しい偏屈親父でもいいから、予告した日時にきちんと現れ
予告した工期でちゃんと仕事を終えてくれる人の方が好きである。
職人にフレンドリーさなど、なんぼのもんや。

木曜
夕方、「でーお、でーお、でーーーーーーーお!」という声が道の方から聞こえたので
誰かがウェンブリーのフレディ・マーキュリーの真似でもしているのかと思って
外を見たら、白いTシャツ姿の男の子が、道を行ったり来たりしていた。
この子はその午後、玄関先にいた私に
「僕の猫を見なかった?」と聞いた子である。
「見なかったけど、どんな猫? 名前は?」と聞いたら
「白と黄色。名前はテオ」だと言っていた。
男の子は「でーお」ではなく、「てーお」と叫んでいたのだ。

それからほどなく、このあたりは物凄い夕立になったのだが
あの男の子は無事に家に帰り着いたのだろうか。

そして、それから3日後の昨日の夕方、うちの庭に白と黄土色のブチ猫が現れ
はっとした私が試しに「テオ」と呼んでみたら、ぴくりと振り返ったけど
あの猫はあの男の子の猫なのだろうか。
振り返っただけで捕まえさせてはくれなかったから
首につけられたピンクの名札を確かめることはできなかったけれど。

名刺つくった

  • 2019/07/07 11:24
  • Category: 雑記
きのう「夏休みだ、いえーい!」と書いておきながらナンだが、
実は本日午後は海ちゃんの授業。
夏休みにもかかわらず、日本語のお勉強にやって来る高校生っていうのは
やはり自分が何がしたいのか、何が欲しいのか、よくわかっている子なんだろうな、と思う。
月1の授業で、それをどれくらい手伝えるのかは、ちっと疑問なんだが。

ところで先日、名刺を作った。
12月のクリスマス・バザーの際、買ってくれた人、興味を持ってくれた人に
「作ったのはわたくしであります。不都合がありましたら、こちらへどうぞ」と、
苦情連絡先を知らせるための名刺である。
客とはいえ、見ず知らずの、不特定多数の人に渡すのであるから、
名前と編み物屋としての名は入っているが、自宅住所、電話番号は載せていない。
連絡先として載せてあるのは、メルアドだけである。
製造物に対する責任とは言っても、モノが編み物であるから
“欠陥により他人の生命,身体又は財産を侵害”することがあるとはあまり考えられず
せいぜい「遊んでいたらクマの腕がもげた」とか「帽子のポンポンが取れた」くらいの被害だと想定するので
この程度の製造者情報で勘弁、ということである。
いろいろな人に姓名や電話番号が知れ渡るのなど、まっぴら。
私はできるだけ目立たず、ひっそりと生きていたいのであるよ。

とは言うものの、名刺を作ること自体は面白かった。
仕事をしていた頃はもちろん名刺を持ち歩いていたが、
それは会社のお仕着せの名刺。
紙質からデザインまですでに決まっていて、全員同じ。
違うのは名前と職名だけというやつで、面白くもなーんともなかったが、今回は違う。
自分の好きな色、形、デザインで、自分の載せたい情報だけ載せて
好き勝手に作れるのである。
業者提供のテンプレートを見ながら、「どーれにしようかな♪」と、あれこれ見比べるのも楽しいし
いくつか候補を選んだあとで、それぞれに名前やら何やら入れてみて、
どんな感じになるかシュミレーションするのも楽しい。
もちろん業者提供のテンプレートに好きなのがなければ、
オリジナルの画像をアップロードして使うこともできる。

私はそこまでする気はなかったので、おとなしくテンプレートの中から1つを選択。
地色をライトグレーにするかピンクにするか少し迷ったのだが
クリスマスだし編み物だし、明るい方がいいだろうと
薄ピンクの地の上部に、金や白の小さい水玉が飛び
下半分に名前やらメルアドやらが入るデザインにした。

大きさ、紙質はごく標準型を選んだので、名刺100枚で約8ドル、
それに送料8ドル+税で、17ドル弱だった。
一番安い「通常便:約2週間でお届け」というのを選んだわりには
注文後4日でオンタリオからここまで届き、十分快速。
名刺自体も画面で見た通りの出来で、満足、満足。

ただ、情報のレイアウトにあたり、
「ここには社名、ここには名前、ここには住所、電話番号」とか
一応目安が示されているテンプレートをほぼ完全に無視して
好きな場所に好きな情報を入れたので、名前のフォントが結構小さめ
薄暗がりだと私の視力では読めない(!)大きさになってしまったのは少々誤算だったが・・・

でもまあその方が印象控えめ、極力目立ちたくないという私の希望を反映していて
好都合といえば好都合だから、別にいいのだ。

ついでに言えばこの名刺屋さん、名刺の他にも販促用のバナーとか
名入りのマグやペン、Tシャツ、ポストカードなども作っていて
「ははあ、こういうところに頼むと、こういうものも作ってくれるのねえ」と
なかなか勉強になった。
きれいなデザインのシールなんて、つい心そそられたが
「いつ使うんだよ?」と冷静に突っ込みを入れて自粛。
どうも私は文房具系に弱くていけない。

夏休み

6月いっぱいでアルバトロスも終わり、お散歩会も終わり
日本語の授業は火、木とも、すでに6月半ばで終わっているので・・・

夏休みだ、いえーい!!


日本だって学校には「夏休み」というのがあるから
当地で7~8月、学校が休みになるのは不思議とも思わなかったが
ここらあたりでは夏の声を聞くと、他のさまざまな活動も一時休止する。
最初はそれがちょっと不思議だった。

蒸し暑い日本の夏と違い、このあたりの夏はさほど暑くない。
7、8月でも気温が30度以上になることはまれで(去年はちょっと例外だったが)、
また、たとえ日中は30度を越えたとしても、夜にはつつーと気温が下がり
涼風というか、むしろ肌寒いくらいの風が吹いてくる。

したがって、お散歩なんて澄み渡った青空に白雲がぽんぽん浮かぶ夏の方が
より気持ちよく歩けるだろうと思うのに、なぜか7、8月はお休み。
毛糸を触るのも嫌なほど暑くなるわけでもないのに、編み物ボランティアも7、8月はお休み。

どうもみんな、夏は夏にしかできないことをしたいから、
冬でもできるようなことは、夏の間はしない。おやすみー、ということらしい。
そしてサイクリングや旅行や、キャンプや、シャレ―での休暇に出かけていく。

確かに当地で数年を過ごしてみると、その気持ちはよくわかる。
あまりにも冬が長いから、1年の半分は雪を見て過ごすから
この眩い太陽の夏は、貴重なのだ。
断熱材入りのブーツや、厚いジャケットなしで外に出られる夏、
暖房が要らず、窓を開けて外の風を入れられる夏、
風を切って自転車でそこら中を走れる夏、
さまざまな花が、ここぞとばかりに競い合うように次から次へと咲く夏、
(早く咲かないと、あっという間に秋が来てしまう)
この輝くような夏を、冬にもできるようなことで、つぶしてなるものか! ということである。

だから、こちらが長袖を羽織っているような時でも
当地の人はぴらぴらのTシャツやタンクトップにショーツ、サンダルでそこらを歩き、
晴れてさえいれば多少肌寒いような日でも、コンバーティブルの幌を下げて疾走し
裏庭のプールで青い水を撥ね散らかして、きゃあきゃあと歓声を上げるのだ。

だって、そうやって楽しまなければ、この短い夏は瞬く間に終わってしまうのだ。
この2か月の間に、できる限りの熱と光を取り込まなかったら
これからやって来る長い長い冬を、生き延びられないのだ。
また来年、夏がくるかどうかはわからないが
当地では冬は必ず、確実に来て、ずっとずっと続くのだから。


白く燃えている白露錦


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プロフィール

らうとら

Author:らうとら
ドロシー・L・セイヤーズ、ローリー・R・キング、P.D.ジェイムズ、ディック・フランシス、水村美苗、高村薫、戸塚真弓、ヘレン・ミレン、シャーロット・ランプリング、ソフィ・マルソー(40代以降に限る)、ヘレナ・ボナム・カーター、アンジェリーナ・ジョリー、三代目金馬、小さん、米朝、枝雀、エンヤ、クイーン、ドゥルス・ポンテス、マドレデウス、J・S・バッハ、ちあきなおみ、トケイ・ピノ・グリ、アール・グレイ、自転車(冬季を除く)、あらゆる犬と猫
以上、私を幸せにしてくれる方々(敬称略)

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