クリスマスに引っ越しかね

  • 2010/11/12 16:38
  • Category: ビザ
ウチの会社、グループ全体でひとつのビルに集結すべく、現在徐々に部門ごとの引越しを進めているのだが、先日一斉送信されたメールによると、ウチの部門の引越しは1224日、25日だそうである。


「・・・・・・」 なぜ、よりによってこの日? そりゃ社内に正真正銘のキリスト教徒は多くないだろうが、クリスマスはHKでは一応公休日である。何も公休日に引越ししなくてもいいだろう?と言いたい。しかも「週日はマーケットがあって引越しできないんだから仕方ないじゃない」と言った次席本人は、24日から旅行で不在なんだそうである。そりゃーないぜ、と言いたい。私と上司殿だけで引越しかよ? ぶーぶー。



水曜夕方から木曜で、書類獲得ゲームは大幅な進展を見せた。水曜の夕方、広州公証処と電話がつながり、そこで「学生だったのなら、大学と連絡を取ってね」と言われて、なつかしの○大の国際交流なんたら課に電話。電話を取ってくれた細い声の若いお嬢さんは私の話をふんふんと聞いた後「ではまずメールをください」と言って、メルアドをくれた。でメールを出したら翌日午後ほんとに返事が来て、当時どこに住んでいたのかとか、自費か国費かとか、パスポートのコピー送れる?とか、いろいろ聞いてきた。


大学とは言え中国の機関から、24時間も経たないうちに返事が来たことに私は心底感激。思わず返事を“非常感謝〜”から始めてしまったくらい、かんどーした。


それにしても「当時どこに住んでいたのか?」という問いには、しみじみ時代の変化を感じた。だって90年代初め、外国人学生は留学生楼に住む以外、選択の余地はなかったのだ。大学を休学して中国に来た世界各国の20代のワカモノも、前年までは別の省で英語を教えていた50代の米国人女性も、東南アジア、アフリカの華僑の子女も、みーんなコンクリート打ちっぱなしの留学生楼にがやがやと住んでいた。


そもそも住居はすべて“単位”(会社とか機関とか)の所有で、その人の“単位”での地位に応じて“分配”されるもので、個人や民間所有の住居なんかなかったのだから、学外に住みたくても土台無理。住居の個人所有が奨励され始めたのは、私が広州を去った95年以降。今みたいにお金さえ出せば市内にマンションを借りられるような状況とは、まったく異なる状況だったのだ。それが今は「どこに住んでたの?」という問いが当然のようになされるとは。まさに隔世の感。
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ドロシー・L・セイヤーズ、ローリー・R・キング、P.D.ジェイムズ、ディック・フランシス、水村美苗、高村薫、戸塚真弓、ヘレン・ミレン、シャーロット・ランプリング、ソフィ・マルソー(40代以降に限る)、ヘレナ・ボナム・カーター、アンジェリーナ・ジョリー、三代目金馬、小さん、枝雀、エンヤ、クイーン、ドゥルス・ポンテス、マドレデウス、J・S・バッハ、ちあきなおみ、トケイ・ピノ・グリ、アール・グレイ、自転車(冬季を除く)、あらゆる犬と猫
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