仏語教室も最後

  • 2013/06/21 21:01
  • Category: 雑記
今週水曜は仏語教室の最後の授業で、教室での講義の代わりに、みんなで近所の公園にピクニックに行った。

昨年10月に12人くらいで始まったクラスは、途中、出産やら仕事の開始やらで相前後して9人が抜け、しかし代わりに新規の移民者が入れ代わり立ち代わり8人入ったので、最終的な人数はほぼ同じ。とは言うものの、顔ぶれはその時その時で常に変わり、結局初めから終わりまでクラスにいたのはカティ、張さん、私の3人だけ。出入り自由の無料クラスらしい、変化の激しさだった。そもそもクラスに来ていたのは私や張さんなどを除き大部分20代から30代前半の人たちで、これから人生を作っていく年代だったのだから、仕事があれば仕事を優先するのは当然だったのだ。ここでの生活にフランス語は不可欠とはいえ、クラスに来なくとも仕事の中で覚えていけるし/覚えていかざるを得ないし、その方がより実践的かつ実用的だし。(個々の仕事の上で必要な専門的な語彙など、クラスでは出て来ない)

そういえば私が学校への足を提供していたキューバからのR君も、4月半ばから本格的に仕事を始め、クラスには出て来なくなった。以前にも書いたようにR君はホテルの客室係の仕事から始め、しかしその仕事はパートタイムなので、近所の観光施設での仕事(同じくパートタイム)を追加し、ついでに新聞配達というか、このあたりで週一配布されるフリーペーパー&広告の各戸配布の仕事まで始めて「え、3つも仕事してるの?」と私をびっくりさせたが、その頃はまだクラスに来ていたR君が、私の車での行き返りに語ったところによれば、R君はできればお母さんをこちらに呼びたく、だからお金が欲しいのだそうだ。R君の家にはR君のほかにも子どもはいるはずだが、もともと貧しい(R君の弁)家庭だったのが、警察官として曲がりなりにも一定の収入があったR君が抜けて、一家はより困窮の度を増したのではないか、と想像する。イースターの頃だったか、キューバに一時里帰りする計画を立てていたR君は、病気がちなお母さんのための薬もいろいろ用意したといっていたし、いろいろな面で不自由なことが多いキューバより、別な面での不自由があるとは言え、自分がおり、物質的にはキューバより豊かなこちらにお母さんを置きたかったのだろうと思う。

そのキューバへの里帰り計画を立てていた後、R君は隣町にフルタイムの仕事を見つけ、クラスに出て来なくなった。その当時のR君の仏語力は、片言もいいところの私よりさらに劣る程度のものだったので、私は内心「だいじょうぶかいな?」と心配していたのだが、その後1月ほどして、同じくクラスメートのドーラが開いたメキシカンレストランに皆が集った時、R君も奥方と一緒に元気な姿を見せた。宴半ばに近付いて「元気? 仕事はだいじょうぶ?」と聞くと、以前よりはよほど流暢なフランス語で「元気。仕事も順調」と答え、奥方とふたり、にこにこしていた。そして最後のダンスタイムでは、私にサルサのステップの指導もしてくれた。私には生粋キューバンの彼の真似はできなかったが、楽しそうな彼の様子に安心した。

ちなみにR君が辞めた後、例のホテルの仕事はクラスメートのアイリスとカタリーナ(ともにキューバ出身)が引き継いでいるようで、キューバンコネクションかと、ちょっと笑った。若い移民たちは、そうやって仕事を始め、子どもを育て、20年、30年と経つうちに、この地の人になって行くのだと思う。同じ移民でも、私の場合、20年、30年後は土の下だが。
でもまあ、“この地の人”という点では土の下の私の方が上かもな。
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ドロシー・L・セイヤーズ、ローリー・R・キング、P.D.ジェイムズ、ディック・フランシス、水村美苗、高村薫、戸塚真弓、ヘレン・ミレン、シャーロット・ランプリング、ソフィ・マルソー(40代以降に限る)、ヘレナ・ボナム・カーター、アンジェリーナ・ジョリー、三代目金馬、小さん、枝雀、エンヤ、クイーン、ドゥルス・ポンテス、マドレデウス、J・S・バッハ、ちあきなおみ、トケイ・ピノ・グリ、アール・グレイ、自転車(冬季を除く)、あらゆる犬と猫
以上、私を幸せにしてくれる方々(敬称略)

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