『現代やくざ 人斬り与太』

  • 2013/09/08 10:28
  • Category: 映画
相変わらず特に何もなければ毎晩1本ずつ映画を見ているのだが、先日「今日はアクション映画が見たい気分だなあ」と言った私の言葉に対し、雪だるまが選んできたのが何と菅原文太さん主演、’72年の東映映画『現代やくざ 人斬り与太』で、「えええ、これですかあ?」と思わず声を上げた。

私が“アクション映画”と言った時、脳裏に浮かべていたのはブルース・ウィリスの『ダイ・ハード』シリーズとか、マット・デイモンの『ボーンシリーズ』で、決して、決して、腹にさらしを巻いた哥さんたちが、プラスチックの桜の花が街灯に浮かび上がる、猥雑かつ貧相な日本の夜の街を、匕首やチャカを片手にバタバタと走り回る映画ではなかったのだが、雪だるまの頭の中では高度経済成長期の日本のヤクザ映画も、“アクション映画”のカテゴリーに分類されているのか。エキゾチシズムは時として、2つの文化の間に思わぬ乖離を発生させる。

しかし雪だるまにとってはある種エキゾチックな日本のヤクザ映画も、私にとっては子供の頃からおなじみの、新味のない金太郎飴。深作欣ニ監督はヤクザを美化した任侠映画ではなく、現実のヤクザを描いた実録ヤクザ映画を撮りたかったということのようだが、現実的になればなるほど、この映画で菅原文太さんが演じたような大物にはなりきれない中途半端なヤクザという存在は、本能に直結したような行動だけで動き回る、サル並みの頭しかない存在であるということがしみじみと見えてしまって、あまりの馬鹿馬鹿しさに、見ているこちらまでサルまで堕ちたような気分になる。

この『現代やくざ』シリーズは、当時けっこう人気があったシリーズだというが、どうして当時の人々がこんな頭カラッポの人間を主人公とする映画を好き好んで見たいと思ったのか、てんで見当がつかない。同じ昭和のヤクザ映画でも、もう十年遡った’60年代のヤクザ映画には、もう少し“面白い”と思えるものがある。たとえば篠田正浩監督の『乾いた花』(’64年 池部良、加賀まりこ)は、池部の虚無的なストイックさと、当時20歳そこそこの加賀の、可愛らしいベビーフェイスとは裏腹の人生に飽いたような乾いた表情が印象的で、ヤクザが主人公ではあるものの、一味違ったヤクザ映画になっている。(ついでに言えば、素人のお嬢さんである加賀さんが手本引きをやる場面も面白い)

また鈴木清順監督の『関東無宿』(’63年)や『東京流れ者』(’66年)も、ストーリー自体はなんてこともないが、ところどころに鈴木清純さんらしいメリハリの利いた色使い(白い背景にぱっと浮かび上がる赤い照明とか)が、後年の『ツィゴイネルワイゼン』『陽炎座』等を連想させて興味深い。

というように挙げてくると、何のかんの言いつつもけっこう日本のヤクザ映画を見ていることになるのだが、かの有名な『仁義なき戦い』シリーズと『緋牡丹博徒』シリーズは見ておらず、片手落ちというか画竜点睛を欠くというか。『仁義なき・・・』はともかく、『緋牡丹』での藤純子さんの艶姿は是非とも拝みたいところなのだが。
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ドロシー・L・セイヤーズ、ローリー・R・キング、P.D.ジェイムズ、ディック・フランシス、水村美苗、高村薫、戸塚真弓、ヘレン・ミレン、シャーロット・ランプリング、ソフィ・マルソー(40代以降に限る)、ヘレナ・ボナム・カーター、アンジェリーナ・ジョリー、三代目金馬、小さん、枝雀、エンヤ、クイーン、ドゥルス・ポンテス、マドレデウス、J・S・バッハ、ちあきなおみ、トケイ・ピノ・グリ、アール・グレイ、自転車(冬季を除く)、あらゆる犬と猫
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