係累なしの身は

  • 2013/09/10 10:24
  • Category: 雑記
子どもがいないということは、未来につながる現在に対して限りなく無責任になりうるということだろうか、と時々考える。子や孫がいれば、たとえ気が滅入るような現状ばかりだろうと、「この子(たち)のために、少しでもましな状況を作ろう」と、取り得る策を真剣に考え、真摯に実行する気にもなるのだろうが、次世代に係累がいないと、老い先短い自分と“これからの人たち”との間に、なんだか透明な膜が存在しているような感じで、“これからの人たち”がそれでいいのなら、今後生きたとしてもせいぜい20年程度の私、しかもすでに現役引退の身が、あれこれ言うことはないのではないかと、最近は思えてならない。

シリアのことも、エジプトのことも、だから対岸の火事どころか遥か宇宙の彼方の出来事の如し。東京五輪についても、聞いた瞬間は唖然としたが、しばらくしてそれもいいのだろう、と思い直した。現に日本に住み、その空気を呼吸し、その水を飲み、その作物を食べている人たち、そこで暮らし、働き、税金を納めている人たちが、フクシマについては見ない、聞かない、考えないことにして、オリンピック招致による経済効果でデフレを脱却したいのなら、20年も他国のカネを稼ぎ、他国の食物を食べ、他国の政府が与える恩恵の元に暮らして、日本の浮沈と一蓮托生というわけではない私が一体何を言えるだろう。

ヒトという種は、全体としてみた場合、進歩しないわけではないが知恵の進み方が偏っていて、特に徳性面の伸びが破滅的にのろい。物事に関する知識が増し、より正しく認識し、思考できるようになったら、徳性もそれに応じて伸びたらよさそうなものだが、これがなかなか伸びない。私自身も含め、好きなのは楽しいことで、不快なことは知りたくないのだ。不安を呼ぶようなことは考えたくないのだ。
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ドロシー・L・セイヤーズ、ローリー・R・キング、P.D.ジェイムズ、ディック・フランシス、水村美苗、高村薫、戸塚真弓、ヘレン・ミレン、シャーロット・ランプリング、ソフィ・マルソー(40代以降に限る)、ヘレナ・ボナム・カーター、アンジェリーナ・ジョリー、三代目金馬、小さん、枝雀、エンヤ、クイーン、ドゥルス・ポンテス、マドレデウス、J・S・バッハ、ちあきなおみ、トケイ・ピノ・グリ、アール・グレイ、自転車(冬季を除く)、あらゆる犬と猫
以上、私を幸せにしてくれる方々(敬称略)

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