世間話

  • 2013/10/12 22:56
  • Category: 雑記
来週月曜が感謝祭のためか、今週は昨日の金曜から土日と合わせて学校が4連休になり、やっと一息つくことができた。授業にというより合間のお喋りに疲れ果て、木曜のアートセンター訪問では息も絶え絶えの気分だったので、学校が連休に入って本当にほっとした。

まったく意固地で因果でいやな性格だとは思うが、私はどうもsmall talk(世間話)というやつを楽しむことができない。やればできるし、社会生活上やってはいるが、全然楽しくないし、長くやっているとその空疎さに、こちらまで空っぽになる気がする。声を発するための空気を送っている気管の下あたりからじわじわと浸食が始まり、肺のあたりに大きな空洞が広がっていく感じ。身体の真ん中が空っぽになるので、当然そこからエネルギーがどんどん抜けて行き、立っているのもいやになるほど疲れ果てる。あげく苛々して攻撃的になるか、あるいは気分が落ち込み厭世的になるか。いずれにせよ、ろくなことにならない。

それでも日本語での世間話ならまだいいのだ。母語は考えなくても喋ることができるから、上滑りな会話を続ける一方で、別なことを考えていることができる。しかし外国語での世間話では、そうはいかない。英語にしろ、すでにかなり錆びついて語彙も発音もあやしくなっている中国語にしろ、相手の言葉を聞き取り、こちらも言葉を探して会話を続けていくには相当なエネルギーが必要で、それなのに会話の内容は当たり障りのない世間話に終始しなければならないのだから、これがエネルギーの無駄でなくて何であろうか。

そんなにいやなら世間話を止めて実のある会話をすればよいのだが、学校の行き帰りや15分の休み時間に世間話以上の話をするのは容易ではない。時間的な問題もあるが、そもそも相手がそれを求めているかどうか、相手の呼吸を測らねばならない。お茶漬けを求めている相手にカツ丼を供しても喜ばれないように、息抜きの軽い会話、場繋ぎを求めているだけの相手に、それ以外の話題を振っても迷惑なだけである。

だいたい世間話というのは会話の内容、中身が問題なのではなくて、重要なのは会話をするという行為そのもの。相手の存在を認め、相手に対し悪意を持っておらず、広い意味での仲間の一人として付き合う意志があることを示すのが目的で、会話による知識/情報の伝達や発見を目指しているわけではないのだ。したがって相手の不快や衝突を呼ばないためにもむしろ中身はない方がよく、ただにこやかに会話が往復すればそれでよいのである。つまり社会生活上の儀礼。

そう考えてくると、私が世間話を疎ましく思うのは、つまり社会生活が苦手なせい? 嫌いなのは世間話ではなく、それに代表される人付き合い? うん、かもな。やれやれ。
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ドロシー・L・セイヤーズ、ローリー・R・キング、P.D.ジェイムズ、ディック・フランシス、水村美苗、高村薫、戸塚真弓、ヘレン・ミレン、シャーロット・ランプリング、ソフィ・マルソー(40代以降に限る)、ヘレナ・ボナム・カーター、アンジェリーナ・ジョリー、三代目金馬、小さん、枝雀、エンヤ、クイーン、ドゥルス・ポンテス、マドレデウス、J・S・バッハ、ちあきなおみ、トケイ・ピノ・グリ、アール・グレイ、自転車(冬季を除く)、あらゆる犬と猫
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