言葉ができないということは

  • 2013/11/19 12:31
  • Category: 言葉
今年仏語クラスに復帰した王さんは、ウチの近所の張さんと同じく家族でコンビニを経営している。そしてこれまた張さんと同じく4歳児の母でもある。違うのは張さんちは男の子、王さんちは女の子ということくらいだ。

これは王さんから直接聞いた話ではなく、張さんとのお喋りで知った話であるが、忙しい家業をおいて今年王さんがクラスに復帰したのは「このままでは子どもの仏語力に付いていけなくなる」と思ったからだそうである。

実際のところ、王さんは日常会話程度のフランス語は話せ、発音も私や他の中国人クラスメートに比べればずっとましなのだが、それでも人の話が十分わかったり、新聞・雑誌が支障なく読めたりするという程度ではない。早い話、幼稚園からの通知すら、辞書なしで読むのは辛い。今はまだ子どもも片言程度だからよいが、今後小学校、中学校、高校と進むにつれ、当地で生まれ、当地の学校に通う子どもの方は、たぶん支障なく仏語を身に着けていけるだろうが、親の方はどうだろう? 成人後に学習して覚えつつある言語に過ぎない仏語が、準ネイティブの域に達するには相当な努力が必要だが、夫も中国人で家族間のコミュニケーションに仏語を使うことは全くない王さんちの状況では、家庭で学習すると言っても限界がある。このままでは小学校の初年から、教科書の内容がよくわからないので子どもの勉強すら見てやれず、先生との意思疎通にも事欠き、将来的には子どもとのコミュニケーションにも支障が出るのではないか、というのが王さんの懸念で、そうならないよう何とかしようと今必死なのだそうである。

そしてそう話した張さん自身も同じ懸念を持っており、だから毎日真面目に仏語教室に通ってきてはいるのだが、家の中で仏語を使う環境にないことは張さんちも同じ。今のところ幼稚園の先生との面談や子どもを医者に連れて行くときなどは、毎回、中仏両語ができる人に通訳を頼んでいる状況で、ケベックに住んで5年経ってもこれでは先が思いやられると張さんも悩んでいる。

そういう話を聞いていると、家族の中に現地の言葉ができる人が一人もいない移民家庭は本当に大変だとつくづく思う。クラスメートの大部分は、私同様ケベッコワと結婚したためにファミリービザで移民してきたという人たちで、だから家族内に仏語が話せる人がいないというケースは、当地のような田舎ではまれではあるのだが、たまには張さんたちのように投資移民ビザで当地に来て、家族全員非現地人という場合もある。そうした家族の場合、毎日の買い物からゴミ出しの仕方、税金の申告まで、日々わからない言語と格闘しつつ、何とか自分たちで片付けていかなければならない。もちろん同胞ネットワークはあるだろうし、以前書いたSANAのような支援組織もあるが、そうした組織にしたところで、まさか政府から来た通知の一つ一つを代わりに読んで翻訳してくれるわけではない。結局のところ自力更生しかないのである。

その困難さを思って嘆息している私に雪だるまは、「それはどこの国でも、移民家庭がみんな経験してきたことだよ」とあっさり言うが、遅々として進歩しない我が仏語力にげんなりして、時々ぼんやりと英語圏への引っ越しを夢想してみたりしている私にしてみれば、彼らの日々の苦労は他人事ではないのである。子どもがおらず、その教育に気を病む必要がないだけまし、と言えばましだが、自らの意志や意見を十分表明できない薄ら馬鹿に成り果てたような劣等感は、常に私の中にある。言葉ができないというのは、言葉ができないだけの問題ではないのである。

追記:拙ブログに出てくる「張さん」とか「王さん」とか、あるいは「アミール」「リーナ」などの個人名は、もちろんすべて仮名です。私が適当にそれらしい名前をつけているだけで、それぞれの本名とは何の関係もありません。したがってこれをお読みの皆様のお知り合いの中に、ケベック在住の「張さん」「王さん」や「アミール」がいらしたとしても、それは全くの偶然であります。ここに言明いたします。

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梨の木

王さんの気持ち、わたしも同じですねぇ。

現実的なことを言うと、子どもの現地語の取得ってものすごく早いんですよ。
幼稚園時代はまぁ何とかなります。でも小学校に入って勉強が始まると途端にメリメリ伸びて。うちはまだ小学校2年生ですが、わたしは中学までは持ちこたえられないかもという気がしています。かといって子どもの日本語も家庭だけだと思うように伸びないですし。将来何語でコミュニケーションすることになるのだろうと考えると、やはり今自分がフランス語をやっておくにこしたことはない。といって、やるしかないとわかっていても脳細胞はギシギシで思うように働きませんし。

家族内に複数言語があるって、結構大変なことですよね。
  • URL
  • 2013/11/19 19:22

らうとら

本当に、二重あるいは三重、時には四重言語の環境で子どもを育て、教育していくのは並大抵ではないと思います。それでも周囲/個人の条件により「これ」と決まった母語(第一言語)が獲得できる状況にあればまだいいですが、移民の時期や家庭の状況によっては、複数言語がわかるけれども、どの言語も中途半端な「セミリンガル」に育ってしまう可能性もあるわけで、親としてはどこまで子どもに負担をかけてよいものか、子どもの適性も考えつつ習得させる言語を考えていかなければならず、日々悩むところなのだろうと思います。

実は今日も、これはフィリピンからの移民のお母さんが「子どもには仏語を第一に、仏英両語を学ばせたいと考えているが、移民などほとんどいない小さい村に住んでいることから、英語という周囲が話さない言語を学ばせていくのは容易ではなく、子ども自身も周囲と“違って”いることに抵抗を覚えるようだ。明らかにアジア人の容貌であるお母さんに対する差別も、その村に住んで8年経つ今でもチラチラ見え隠れするし、子どもも時々いじめの対象になっているようだ。一体どうするのが一番いいのだろう?」と教師であるジョゼに相談していました。

複数言語に加え人種差別となると、最善の道を選ぶのも一筋縄ではいかず、実に頭の痛いところです。
  • URL
  • 2013/11/21 05:36
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ドロシー・L・セイヤーズ、ローリー・R・キング、P.D.ジェイムズ、ディック・フランシス、水村美苗、高村薫、戸塚真弓、ヘレン・ミレン、シャーロット・ランプリング、ソフィ・マルソー(40代以降に限る)、ヘレナ・ボナム・カーター、アンジェリーナ・ジョリー、三代目金馬、小さん、枝雀、エンヤ、クイーン、ドゥルス・ポンテス、マドレデウス、J・S・バッハ、ちあきなおみ、トケイ・ピノ・グリ、アール・グレイ、自転車(冬季を除く)、あらゆる犬と猫
以上、私を幸せにしてくれる方々(敬称略)

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