染み抜き

  • 2010/09/20 15:08
  • Category: 雑記
お気に入りのジムTシャツに汗染みがつき異臭もするので、液体酸素系漂白剤を買ってきて手持ちの重曹と混ぜ“ミラクルクリーナー”を調合。作り方にある21で混ぜよ、というのが重量での21なのか、容量での21なのかわからずしばし迷ったが、まあいいや適当で、と匙で計って容量比に。


できた片栗粉の水溶きみたいなものを汗染みに塗り「やかんの湯気をあてよ」とあるところを「鍋の方が湯気がいっぱい出るよね」と小鍋でやってみたら、湯気が四散してしまいこれは失敗。たとえ広範囲の汗染みであろうと、やかんの口から集中的に出てくる湯気の方が当てやすいんであった。指示はみんなそれなりに理由のあることなのね。


で湯気に当てると、液を塗ったところがしゅわしゅわと泡立った。おお、某番組で放送した時と同じ! そして徐々に汗染みの色が抜けてきた。しゅわしゅわが下火になったところで止め、他のものと一緒に洗濯。洗い上がりは新品同様!とは言えないが、汗染みも異臭もほぼ消え、満足。これでまたしばらく着られる。

ただし同時にやってみた雪だるまのタンクトップの方は、長期に形成された汗染みのせいか、液を塗り湯気に当てると同じようにしゅわしゅわはするものの、汗染みは抜けなかった。まあ4年も着て、しっかり染みを定着させた後で抜こうったって無理な話かも。雪だるまの汗は私のより強烈だし大量だし。



*********

 
『序の舞』も『鬼龍院花子の生涯』も見つからないので、代わりに買ってきた『寒椿』。確か20代の頃に読んでおり再読だが、50になってもこういう本の読み方はわからない。戦前の高知と満州での芸妓、娼妓の生活に興味があるのなら資料として読むのは面白いだろうが、私は今のところそのあたりに興味はなし。では資料としての興味を抜きにして、話の筋が面白いかと言われれば別段そんなこともなし。男女間の情の機微に関心がないので、4人の女それぞれの相手の男(達)とのあれやこれやには「ああ、そう」と思うだけ。こういう場合、こういう本の何を読めばいいのだろう? 
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Comment

雪見

こないだ近松門左衛門の心中物を読んだときに思ったんですけど、日本人って娼婦を主人公にするのが好きなんですよね。普通の素人の女じゃなくて。その伝統がけっこう最近まであって、花柳界の女(って言えば美しいけど要するに水商売)が登場するのが多かったと思います。吉行淳之介とか水上勉とか、出てくる女が水商売でなくてもなんとなく水商売的に見ている気がする。だけど西洋の文学って椿姫は大きな例外として、娼婦が恋愛の相手として取り上げられることってないと思うんですよね。
なんでかというと(今考えた)やっぱり西洋では身体を売ることは罪だからで賛美するわけにはいかなかった。でも日本では流転の人生を送る哀しい女が好まれたということでしょうか。その伝統がやっと最近なくなったようで、いいことだと思います。
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  • 2010/09/20 17:51
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loutra

水商売の女性と言えば、なんと言ってもワタナベジュンイチセンセイですよ。千葉敦子さんが昔書いていたでしょ。「銀座の女しか知らないから、普通の女が描けない」という意味のことを。ま私はセンセイの小説は好みではないのであまり読んでおらず、したがって千葉さんの説が真実かどうかはわかりませんが。
平安時代の貴族は例外として、かつ戦国から安土桃山の文学は知らないので抜いて、思うに江戸から近代まで、素人の女というのは日本では色恋や性愛から乖離した存在と見られていたのではありますまいか。以下資料に当たらず書いておりますので、誤りも多々あろうかとは思いますが、素人の女は何より家を守るべき妻であり母であって恋人でも愛人でもない。とするなら色恋や快楽としての性愛の相手は玄人しかありえない。だからこそ好色一代女も、元は姫でも快楽に溺れて娼婦に堕ちていくのだし、桜姫も自分を強姦した相手である盗賊が忘れられず(ありえるかよ、そんなこと!何考えてるんだ鶴屋南北!)娼婦に堕ちていく。好色一代男の相手も大部分は商売女。日本の男はもしかして娼婦にすべてを受容する聖母を見ているのでは?(客にダメ出しする商売女はいませんからね)あるいはそこまでは言えないとしても、金で買われた女は手足をもがれた女であり、男が勝手な幻想の対象とすることができるが、一方、素人女の方は”すべてを受容”するわけはないので、男は精神的不能に陥り、色恋はささやけない、とか。日本はついこの間まで、親兄弟のために苦海に身を沈めるのは親孝行だと言われてた国ですからねえ。売春というか、結婚というサクラメントを経ていない男女間の性交は罪だった国々とは扱いがちがいますよねえ。
ところで私「心中天の網島」が全然わかりませんでした。なんでみんなしてそんなに思い詰めるの?
  • URL
  • 2010/09/21 22:09
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雪見

万葉集以降の和歌には妻を想う気持ちが描かれていますよね。たしかに江戸は変です。そして時代が安定していたのにどうして女性作家が出ていないのでしょうね。
>日本の男はもしかして娼婦にすべてを受容する聖母を見ているのでは?
これは鋭いかも。曽根崎心中では、冒頭に主人公の娼婦がお客と大阪の三十三箇所の巡礼をするのですが、観音様をお参りしたように書いてたと思います。ダメな男を受け入れる娼婦は観音様なんだと思います。
渡辺淳一、わたしも読んだことないんですけど、きっとそうなんでしょうね。あと昭和の作家で女が描けない男の作家は実に多いけど、やっぱり奥さん以外の女をまともに知らないからだろうと思います。そして奥さんはもうエロスの対象じゃないんですよね。
  • URL
  • 2010/09/22 08:08
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loutra

江戸時代の女性作家って浮かびませんねえ。いないのかしら? そもそも江戸時代(300年間をいっしょくたに括っていいのかという問題はさておき)って、歌舞伎とか浄瑠璃の原作はあっても、小説というジャンルが乏しいような気が。黄表紙くらいしかなかったの? わたし知識がないのでこれ以上書けませんが、雪見さん、ニコニコ大学国文科あたりに詳しいお友達いらっしゃいませんか?
ところで、さっきふと思い出しました。そういえば女性器のことを観音様っていいますよね。あと女性器を露にすることをご開帳ともいう。女性は昇華されたイメージの中ではホトケさまになっちゃうんですかね?
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  • 2010/09/24 09:44
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らうとら

Author:らうとら
ドロシー・L・セイヤーズ、ローリー・R・キング、P.D.ジェイムズ、ディック・フランシス、水村美苗、高村薫、戸塚真弓、ヘレン・ミレン、シャーロット・ランプリング、ソフィ・マルソー(40代以降に限る)、ヘレナ・ボナム・カーター、アンジェリーナ・ジョリー、三代目金馬、小さん、枝雀、エンヤ、クイーン、ドゥルス・ポンテス、マドレデウス、J・S・バッハ、ちあきなおみ、トケイ・ピノ・グリ、アール・グレイ、自転車(冬季を除く)、あらゆる犬と猫
以上、私を幸せにしてくれる方々(敬称略)

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