La vie en rose

ついこの間まで私と一緒に仏語教室に通っていたキューバ出身のJ君、4月の初めに急にキューバに里帰りして以来、学校には戻って来なくなった。

その日の朝、私はいつも通り彼のアパートまで迎えに行ったのだが、時間になってもJ君は出て来ない。「あれれ?」と思ってドアチャイムを鳴らしてみたが、何の応答もない。「急に仕事でも入ったのかな」と思って(そういうことは時々あった)私はそのまま学校へ行き、そこで別のクラスメートから、実はJ君は奥さんのお母さんからキューバへのエアチケットをプレゼントされ、喜び勇んで旅立ったのだと聞いた。「なんだ、それなら一言連絡してくれればよかったのに」とは思ったが、お互い言語に不自由がある身であるのはわかっているし、急なことでもあったのだろうと別段気にしてはいなかった。

しかし彼は休暇の2週間が過ぎても学校には現れず、クラスメートたちは「仕事に専念することにしたのかな」と薄ぼんやり憶測していたのだが、先週になって、実は彼は奥さんから突然別れを告げられ、学校どころではなかったのだと知った。なんとプレゼントのチケットでキューバに帰ったJ君の元に、奥さんから“…c’est fini, mon chéri…”とか何とかいうメールだかテキストだかが届き、青天の霹靂的に奥さんから捨てられた、ということらしい。キューバへのチケットをくれたのがお義母さんだったことから見ても、奥さんの家族はみな事前に承知していたのだろうし、J君ひとり抵抗してみても衆寡敵せず。J君は今、奥さんと住んでいた瀟洒なアパートを出て、同じキューバ出身のG君の家のそばに小さいアパートを借り、一人暮らしをしているのだという。

J君の奥さんは、私は一度しか見かけたことがないが、ほっそりとした可愛らしい感じの人で、週に何日か働きつつ、大学院で心理学を勉強しているのだと聞いた。私は、一方は院で心理学を勉強し、一方は機械が好きで鉄工所で働いているのでは、何だか生活における嗜好の方向が全然違うようで、いったい共通の話題があるのかなと少々不思議だったのだが、若いうちは嗜好とか志向とか思考とかより惚れたはれたの方が重要なので、それなりにうまく行っているのだろうと思っていたのだが、どうやらたとえ20代のワカモノ同士でも、惚れたはれただけでは埋めきれない溝があったようだ。

おまけにJ君の話を聞いた翌日、同じくキューバ出身で、去年私と一緒に学校に行っていたR君も、すでに奥さんと離婚したと聞いて、「R君、君もか!?」と、がっくり力が抜けた。R君は一時、仕事を3つも掛け持ちして、何とかここでの生活の目途をつけようと頑張っていたのに、お義母さんとの同居で気を使い、またいろいろとままにならないことの多い生活に疲れたのだろうか。

J君にしろR君にしろ、結婚してカナダに来て1年になるかならないかで離婚という事態になってしまったのでは、(たとえ本人納得の上であっても)何のためにあれこれ書類を揃え、七面倒くさい手続きをこなし、2年も3年も待ってやっと取得したヴィザでカナダにやって来たのだか、まったく今までの苦労が水の泡である。残念という他はないが、ただ一方で、彼らは異国での生活を簡単に考えすぎていたのではないかとも思う。以前、J君は教室で、いい仕事が見つからないとこぼしていたが、ここで生まれ育ったケベッコワですら“いい仕事”に就くにはそれなりの技術や資格が必要で、ましてここで通用する資格もなく、フランス語もろくにわからない移民に、いったいどんな“いい仕事”があるというのか。カナダに来れば自動的にそこそこの給料を貰えるフルタイムの仕事が見つかり、ばら色の生活が始まると思っていたのだろうか。当たり前だが、そんなことは起こらないのである。
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ドロシー・L・セイヤーズ、ローリー・R・キング、P.D.ジェイムズ、ディック・フランシス、水村美苗、高村薫、戸塚真弓、ヘレン・ミレン、シャーロット・ランプリング、ソフィ・マルソー(40代以降に限る)、ヘレナ・ボナム・カーター、アンジェリーナ・ジョリー、三代目金馬、小さん、枝雀、エンヤ、クイーン、ドゥルス・ポンテス、マドレデウス、J・S・バッハ、ちあきなおみ、トケイ・ピノ・グリ、アール・グレイ、自転車(冬季を除く)、あらゆる犬と猫
以上、私を幸せにしてくれる方々(敬称略)

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