ああ、びっくり 2

さて、前回はこの2年半における香港の物価の上昇ぶりに吃驚したという話を書いたのだったが、実のところ、物価の上昇などより何より私を驚かせたのは、香港の道や店や地下鉄の駅に溢れる中国本土からの観光客の数だった。尖沙咀や旺角、銅鑼湾などの繁華街では、それこそ歳末大売り出しのアメ横並みに観光客がひしめいているのだ。その数だけでも混み合うのは必至なのに、どういうわけだかみなカラカラと小型~中型のスーツケースを引っ張って歩いているので、その混雑ぶりたるや並大抵ではない。本土観光客に人気の化粧品店や貴金属などは押すな押すなの盛況で、聞こえるのは普通話ばかり。香港の第一言語である広東語で客と話している店員など、ほとんど見かけなかった。

もともと観光は香港の主要産業のひとつだし、2003年に中国本土人の香港・マカオへの個人旅行を許可する「港澳個人遊(港澳自由行)」が始まり、その対象が03年の10都市から、現在の49都市へと拡大するにつれ、本土からの観光客は年々、増えてきてはいたが、しかし私たちが住んでいた最後の2010/11年当時は、ここまで多くはなかった。

あんまりびっくりしたので、この実感は統計数字で裏付けられるのだろうかと香港旅遊局のウェブサイトを見てみたら、2014年の訪港外客数はなんと6084万人(前年比12%増)で、うち7割が本土からの観光客! 香港自体の人口は約723万人(2014年8月香港統計局)だから、年間で人口の9倍近い観光客を受け入れているわけで、いやはや恐れ入りましたという他はない。ちなみに同じ2014年の訪日外客数は1341万人で、これでも過去最高だそうである。

いくら金を落としてくれる観光客でも、ここまで数が増えると当然ながら問題も出てくる。まずは単純な数の増加による公共交通機関や道路の混雑。雪だるまの元同僚の一人は、朝、道を横断するスーツケース集団をやり過ごすだけで、15分は余分にかかると言っていた。また繁華街の商店は観光客に占拠された形で、地元の香港人はほとんど買い物できない。(私も旺角の某商店で買い物するつもりだったのだが、あまりの人の多さ、レジまでの行列の長さに早々に諦めて店を出た。ま、私は今回は観光客で、地元民てわけではないのだが) 

そして買い物する観光客が増えれば、商業用店舗の家賃は上がる。上がった家賃が払えない店は、どこかもっと安い場所に移動するか、店をたたむか。実際、かつて地下鉄旺角駅のすぐ上、ネーザンロード沿いのビルにあった私たちのジムは消えていたし、そのジムの上にあったお気に入りの精進料理レストランは、今回、旺角駅と油麻地駅のちょうど中間、つまりどちらの駅からも余り近くない、ネーザンロードから1本裏に入った、あまりぱっとしないビルの4階に移動していた。精進料理では、一等地のビルの家賃は払いきれなかったと見える。

しかし、たとえ家賃が払える店でも、その上昇分は一定程度商品価格に転嫁されるわけだから、当然ながら物価を押し上げる。前回書いた物価の上昇、不動産価格上昇の一因は、本土からの観光客の激増にあるのだ。おまけにその高くなった家賃が払えるような店は本土観光客相手の店が大部分だから、目抜き通りで目立つのは「周生生」「周大福」「莎莎」「卓悦」といった貴金属、化粧品店の看板ばかり。そして薬局。近年、中国国内では品質粗悪、場合によっては有毒な食品や乳幼児用粉ミルクが販売される事件が起きており、ために安全な品を香港で買って帰ろうとする観光客が多いのだ。これは私が住んでいた頃からそうだった。ウィキによれば、化粧品店、ドラッグストアの数は2004年から2013年の10年間に、15倍に増えたそうである。逆に減ったのは、地元民相手の食料品店や家庭用品店、新聞スタンドや文具店で、それぞれ30%、25%減。前掲の雪だるまの元同僚も、昔近所にあった小さなレストランや食料品店は、みんな薬局(粉ミルクを売っている)になってしまったと言っていた。“みんな薬局”というのは多少大げさな物言いだろうが、長くそこに住んでいる彼女の実感としては、そういうことなのだろうと思う。

外の人から見れば、中国の一部である香港に、中国本土からの観光客が押し寄せているだけではないか。結局のところ同じ中国人同士ではないかと思われるかもしれないが、香港は中国ではない。確かに1997年に香港は中国に返還され、英国の植民地から“中華人民共和国香港特別行政区”となったが、1949年の解放以降、大躍進、文化大革命、改革開放といった共産党支配下における歴史を歩んできた中国本土と、アヘン戦争の結果による1842年の香港割譲以降、英国植民地としての歴史を歩んできた香港では、言葉だけでなく文化や生活習慣、人々のメンタリティが相当程度違う。香港人は自身と中国本土人(大陸人)を、明確に区別している。表面はどうあれ、香港人の心の中には本土の中国人を“あか抜けない田舎者”として蔑視する感情が確かにあるし、現在はそれに加えて“金だけはある成金”といったやっかみ半分の見方もちらちらしている。香港人に対し“同じ中国人”などと言ったら、怒りはしないまでも不快に思う人が大多数だろう。だからこそ、この本土からの観光客の増加は、文化摩擦をも引き起こしているのだ。

中国本土で普通語を勉強した者として、私は香港人のこの大陸人に対する根深い蔑視を容認するものではないが、しかし異なる生活習慣を持つ人々を大量に迎え入れざるを得ない香港人の困惑と不快も、よくわかる。

しかも香港には、観光客だけでなく本土からの移民も年々増えているのだ。2014年8月に香港統計局が発表した数字によれば、同年7月1日現在の香港の人口は723.48万人で前年同期比4.73万人(+0.7%)増。そしてこの4.73万人中、自然増は1.33万人で、残りの3.4万人はほとんどすべて中国本土からの新移民なのだ。そこに中国政府の意図が働いているか否かは別として、この調子で本土からの移民が増え続ければ、かつて新疆ウイグル自治区に漢族が大量入植して人口構成比ががらりと変わったように、香港の人口構成比が大きく様変わりして、たとえ普選が実施されても、何の問題もなく中央政府寄りの候補者が選出される日も近いかもしれない。総面積1104平方キロと、東京都の半分程度の面積しか持たない香港が、この調子で移民を受け入れ続けることができるのかどうかは別として。
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Amei

わたくしどもの事情と感情を過不足無くお書き頂き、まことにありがとうございました。そういうことなのでござりまする…。
  • URL
  • 2015/02/16 10:15

loutra

日本人の私が、香港人の立場でものを言うのもおかしな話ではあるのですが、香港は好きで住んだ街ですのでねえ。思い入れなしに見ることはできないのであります。
  • URL
  • 2015/02/18 10:14

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らうとら

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ドロシー・L・セイヤーズ、ローリー・R・キング、P.D.ジェイムズ、ディック・フランシス、水村美苗、高村薫、戸塚真弓、ヘレン・ミレン、シャーロット・ランプリング、ソフィ・マルソー(40代以降に限る)、ヘレナ・ボナム・カーター、アンジェリーナ・ジョリー、三代目金馬、小さん、枝雀、エンヤ、クイーン、ドゥルス・ポンテス、マドレデウス、J・S・バッハ、ちあきなおみ、トケイ・ピノ・グリ、アール・グレイ、自転車(冬季を除く)、あらゆる犬と猫
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