小さな親切大きなお世話

  • 2015/04/16 12:02
  • Category: 雑記
ひとにはどこまで親切にしてよいものか、いつも迷う。50年以上も生きていると、親切のつもりのこちらの行為が、相手にとってはお節介だったり、有難迷惑だったりしたことは数知れず。困っている(と思われる)人を見かけた時の衝動的な行動にせよ、あるいはあれこれの状況を考え、よくよく吟味した上での行動にせよ、こちらの親切が相手に親切と受け取られないことは、わりあいよくあることなのだ。冗談半分にせよ、よく言うではないか、「小さな親切、大きなお世話」と。

それに同情同様、親切には常に強者の視線が付きまとう。親切にする方とされる方、恩恵を施す方と受ける方という図式には、明らかに優位者と劣位者の力関係があり、それは親切にする側に、そうした意識があるかないかには関係ない。本当に、ただ純粋に相手のためを思ってしただけの行動であっても、する方とされる方には、厳然と力関係が存在するのである。良し悪しではなく、人間の関係とはそうしたものなのだ。

しばらく前に見た日本映画「そして父になる」でも、産院で子どもを取り違えられた夫婦のうちの1組の妻が、「××さん(もう1組)の奥さんが、困ったことがあったら何でも相談してね、って言ってくれたの」と嬉しそうに報告するのに対し、エリート建築家の夫は「お前、そんな“上から目線”でものを言われててどうするんだよ」と妻をなじるのだ。産院との交渉で主導権を握りたい夫は、もう1組の夫婦からの「困ったことがあったら・・・」という“親切”(それは純粋に親切な申し出であったと思う)の中に“優位者”のにおいを嗅ぎ付け、それを敏感に“上から目線”と表現したのだ。

ことほどさように、親切というのは難しい。が、だからといって、人とは没交渉、「何があっても知らんふり」で過ごせるというものでもない。とにもかくにも“社会”の中で生きている以上、人とのつながりは切りようがないのだ。およそ人付き合いが嫌いで、非社交的な私ですら、そうだ。折々人から何かを為され、あるいは逆に人に何かを為す。私は善人ではないし、優しい人間でもないが、特に他人の不幸を願う人間でもないので、必要だと判断すれば人の手助けもする。

ただ“親切”が斯くの如く難しいものである以上、頼まれてもいないことを誰かにする時には、いやが上にも慎重になる。たとえば今、クラスメートの一人が病気で休んでいるが、中国人の彼女は病院に行っても医者の説明がよくわからない。肝臓がんの疑いがあることはわかっているのだが、ガンだとすれば一体どの段階なのか、早期なのか末期なのか、治療方法があるのかないのか、バイオプシー始めすでに何度も検査を受けているが、その結果はどうなのか、どれもこれもフランス語がわからないため彼女にははっきりとはわからず、しかもわからないところを医者に聞くこともできない。もちろん検査その他で病院に行く時には、いつもケベッコワの夫が一緒に付いて行っているのだが、彼はフランス語はわかっても中国語はわからないので、彼女に説明することができないのだ。それなら普段はどうやってコミュニケーションしていたのだ?と聞きたくなるが、最初の頃は双方片言の英語で何とかしていたのだそうである。ただし、それは二人の関係が良好だったころの話で、関係が冷え、お互いに対し無関心になってからは、ほとんど口を利くことなく過ごしていたらしい。私が意を決して家を訪ねた時には、彼女は余り陽が入らない薄暗い家の中で、一人でTVを見ていた。夫君は孫の誕生祝いに前妻の家に行ったとかで留守だった。ウチ同様、暖房を抑えてあるのか、やや肌寒い感のある居間で、あれこれ2時間程お喋りをしたが、病状と言い、夫君との関係と言い、どうしたら少しでもましな状態に変えられるのか、解決策がほとんど見えない感じで、辞去する頃にはこちらまで暗澹たる気持ちになった。

痛みをだまし、だまし、犬を相手に1日のほとんどを一人で過ごしている彼女のことを考えると、何かできることはないかと思うのだが、そこでまた冒頭の「小さな親切、大きなお世話!」の問題が出てくる。良かれと思ってした行為や口出しが、喜ばれるとは限らないのだ。ましてどんなに関係が悪かろうと、夫婦の間のことに赤の他人が口を出すのは百害あって一利なし。下手に口出ししてより状況を悪化させてしまったりしても、家族でもない他人には責任の取りようがない。となるとできるのは、せいぜい頻繁に見舞って彼女の愚痴を聞いてあげることくらいか、と思ってウチに帰って雪だるまにそんな話をしたら、翌日、「もし彼女が望むなら、次回病院に行く時、一緒に行って通訳してもいい」と言い出した。ただしあくまでも「彼女が望み、かつ彼女の夫も雪だるまが同行することを気にしないなら」という条件つきだが。私同様、雪だるまも、他人のことに口を出すことには慎重なのだ。彼も1晩寝て、ゆっくり考えた末の提案ということなのだろう。

幸い、と言うか、彼女はこの提案に気を悪くすることなく、よって次回の病院行きには雪だるまが同行することになった。医療関係は雪だるまの専門ではないが、少なくともフランス語はわかるし、その場では通訳できない単語があったとしても、メモして帰って後で辞書を当たれば、9割方の内容は彼女に伝えることができるだろう。物事をはっきりさせたいタイプの彼女の性格からすれば、たとえ悪いニュースであっても、知らないよりは知っている方がよいと思うはずで、状況を正確に把握して対処法を考えられるようになれば、気分も上向くと思う。どこまで手出し、口出しをしてもいいのか限度の見きわめは難しいが、とりあえず今回はここまで。あとはまた後で考える。
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ドロシー・L・セイヤーズ、ローリー・R・キング、P.D.ジェイムズ、ディック・フランシス、水村美苗、高村薫、戸塚真弓、ヘレン・ミレン、シャーロット・ランプリング、ソフィ・マルソー(40代以降に限る)、ヘレナ・ボナム・カーター、アンジェリーナ・ジョリー、三代目金馬、小さん、枝雀、エンヤ、クイーン、ドゥルス・ポンテス、マドレデウス、J・S・バッハ、ちあきなおみ、トケイ・ピノ・グリ、アール・グレイ、自転車(冬季を除く)、あらゆる犬と猫
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