『Hannah Arendt』

  • 2015/10/14 09:29
  • Category: 映画
3週間近く続いている頭痛を口実に、日本語を読むのも書くのもサボっていたら、てきめん今まで以上に日本語が書けなくなっていて、唖然茫然、意気消沈。読み返してみるまでもなく、最近の私のブログの文章の切れの悪さときたら、お話にならないほどなまくらで、これではトマトどころかキュウリすら切れそうもない。刃こぼれ、ぼろぼろ。
昔は少なくとも日本語だけは真っ当に使えると自負していたのに、いまやどの言語でも満足に自己表現ができないセミリンガルになりかけている気がする。ああ・・・

やはり書く能力というのは、マメに鍛錬していないと急速に衰えるのだな。自分以外、その言語を使っている人がいない環境ではなおさらだ。今後は頭が痛くても、目が痛くても、書くほどのことがなくても、「なるべく毎日書く」ことにしようと思う。練った、長い文章は書けそうもないので、日によっては箇条書きのような文章になるとは思うけれど。

というわけで、リハビリ開始
一昨日、ドイツ映画『Hannah Arendt』(2012)を見た。ドイツ出身の思想家、哲学者ハンナ・アーレント(1906-75)を描いた半自伝的映画だが、主題は63年に彼女が発表したアイヒマン裁判についての記事が巻き起こした大論争だ。自身ユダヤ人であり、ナチス政権を逃れてアメリカに亡命した身でありながら、一見アイヒマン擁護と取れる文章をニューヨーカー誌に発表したことで、彼女は世界中から轟々たる非難を浴びる。当時も今も、ホロコーストを引き起こしたナチスを擁護する、あるいは擁護していると見える態度を取ることは、絶対的なタブーだからだ。

実際には彼女はアイヒマンを擁護したわけではなく、ただ彼の裁判を傍聴し、彼の言動を観察し、そこから知り得たことを分析、思考した結果「(アイヒマンは)人が想像するような極悪非道、邪悪な人間というより、単に思考することを止めた凡庸な人間だ」と言っただけだ。それを同僚の学者や友人を含め大衆は、彼女の文章をろくに読みもせずにその上っ面だけを捉え、あるいは周囲の非難の言葉を鵜呑みにして付和雷同し、彼女をナチのシンパ、ユダヤ人社会の裏切り者だと糾弾した。また彼女にあるのは論理だけで、感情がないと非難した。

私にはこれが全く理解できなかった。彼女は学者である。学者の仕事はその研究対象に関し、真摯に調べ、分析し、思考を巡らせ、自分自身の結論を導き出すことであって、その研究対象に対する好悪の感情を表明したり、善悪の判断を下すことではない。人間や社会を研究対象とする哲学や社会学では対象に対する価値判断を排除するのは困難かもしれないが、問題を物理や数学の分野で考えてみれば、コトは自明だ。ある仮説が発表され、論議の対象となった場合、そこで問題にされるべきはその仮説を立てるに当たり使用された実験データ等の資料が正確か否か、仮説を導き出す過程では論理が綿密で齟齬がないか、結論は妥当か否かだけであって、その仮説に対する研究者の感情や、その問題をどのように考えるべきかという社会の要請は全く関係ない。学問で問題とされるべきは、そこに「理」があるか否かだけなのだ。それなのに彼女の批判者は、彼女がアイヒマンを断罪しなかったと言って非難し、一部ユダヤ人のSSへの協力に言及したと言って非難した。(注:これは事実である) そこでは彼女の分析が正確か否か、論理が緻密か否かは全く問題にされず、ただユダヤ人を大量虐殺したナチスは問答無用で非難されて然るべきであり、それ以外の論調はあり得ないにもかかわらず彼女がそうしなかったことで非難されたのだ。彼女の長年の友人ですら「君は国(イスラエル)を愛していないのか?」(この発言はすぐさま私に“非国民”という言葉を連想させた)と言って、彼女に背を向けた。中世、教会の意向に反して地動説を唱えたガリレオ、皇国日本時代に天皇機関説を唱えた学者、50年代の米国で共産主義的発言をしたジャーナリストたちに対する扱いと、まるで同じである。

人はなぜ学問と道徳を結び付けようとするのだろう。私は学問が追及する「理」というものは、ある特定の時代、ある特定の政治体制が要請する“道徳”とは無関係に成立するものだと思うのだが、人がある特定の時代、ある特定の政治体制の下でしか存在しえない(正確には政治体制は地理的移動により変更可能だが、時代は個人の意志による変更は困難である。タイムマシンはまだSFの中の産物で、実現されていないのだから)以上、それらが要請する“道徳”―つまり、こう考えるべき、こう感じるべきという要請―から自由になることは、現実には難しいのだろうか。


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ドロシー・L・セイヤーズ、ローリー・R・キング、P.D.ジェイムズ、ディック・フランシス、水村美苗、高村薫、戸塚真弓、ヘレン・ミレン、シャーロット・ランプリング、ソフィ・マルソー(40代以降に限る)、ヘレナ・ボナム・カーター、アンジェリーナ・ジョリー、三代目金馬、小さん、枝雀、エンヤ、クイーン、ドゥルス・ポンテス、マドレデウス、J・S・バッハ、ちあきなおみ、トケイ・ピノ・グリ、アール・グレイ、自転車(冬季を除く)、あらゆる犬と猫
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