リハビリその2 アイヒマン

  • 2015/10/15 10:18
  • Category: 雑記
ところで、昨日の『Hannah Arendt』だが、もうひとつの論点はアイヒマンという人間だ。アーレンとに言わせれば彼は「考えることを止めた凡人」。彼は42年から始まった絶滅収容所へのユダヤ人移送の中心人物として、その後の2年間に500万人に上るユダヤ人を移送。戦況が進み、移送列車の確保が困難になっても、交通省と折衝して輸送列車を確保するなど、任務の忠実な執行に努めた。

しかし彼は裁判で、この任務の遂行を「ユダヤ人をガス室に送ったのは自分の意志ではなく、単に命令に従っただけだ」と主張した。つまり責任を問われるべきはその命令を下した上層部であって、命令を実行した自分ではないと言いたいわけだ。また彼は裁判の前に行われたイスラエル警察での審問で「戦争中には、たった一つしか責任は問われません。命令に従うという責任です。もし命令に背けば軍法会議にかけられます」と述べ、「あの当時は『お前の父親は裏切り者だ』と言われれば、実の父親であっても殺したでしょう。私は当時、命令に忠実に従い、それを忠実に実行することに、精神的な満足感を見出していたのです。命令された内容はなんであれ、です」と述べて、命令に忠実に従うことが彼の本分であり、命令を疑うとか、その是非を考えるなどということはあり得なかったという彼の主張を補足している。

やったことがやったことだけに、命令に対する疑問も浮かばず、良心の呵責も葛藤も感じなかったなんてあり得ないだろうと人は思うかもしれないが、人間、その気になれば考えるのを止めるのは簡単だ。止めた方が身を守れるとなれば、なおさらだ。おかしいと思っても、間違っていると思っても、上官の/上司の命令だから従う。度重なれば、おかしいこともおかしくなくなる。間違ったことも、普通になる。程度の差はあっても、こうしたことは宮仕えをしたことがある人なら、誰でも経験があるのではないか。私だって、さんざんやった。私は通常の自分の感性を一時停止することを「お仕事モードに入る」と呼んでいた。お仕事モード≒是非判断の一時停止。つまり私もアイヒマンになれるということだ。

だからこそアーレントは「悪は悪人が作り出すのではなく、思考停止の凡人が作る」(“The sad truth is that most evil is done by people who never make up their minds to be good or evil.”)と言ったわけで。 善悪を考えるのを止めて毎日を平々凡々と送っていると、いつの間にか巨悪を為す歯車と化しているかもしれない。考えない毎日は楽ちんだからね。

ところで、上記の「悪は・・・」はアーレントの言葉では最も多く引用されるものの一つだが、今日アーレントを検索していて、もっと楽しい引用句を見つけた。これ。
“There are no dangerous thoughts; thinking it-self is dangerous.”
そう、考えることはキケンなのだ。
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ドロシー・L・セイヤーズ、ローリー・R・キング、P.D.ジェイムズ、ディック・フランシス、水村美苗、高村薫、戸塚真弓、ヘレン・ミレン、シャーロット・ランプリング、ソフィ・マルソー(40代以降に限る)、ヘレナ・ボナム・カーター、アンジェリーナ・ジョリー、三代目金馬、小さん、枝雀、エンヤ、クイーン、ドゥルス・ポンテス、マドレデウス、J・S・バッハ、ちあきなおみ、トケイ・ピノ・グリ、アール・グレイ、自転車(冬季を除く)、あらゆる犬と猫
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