10年の歳月

今日は最高気温17℃と、この時期には珍しく春のように暖かかったので、午後サイクリングに出かけた。明後日以降はまた-1℃~8℃といった気温に戻るという予報なので、自転車で遠乗りができるのも、たぶんこれが最後と思ったせいもある。

出かけたのは私のお気に入り、南に広がる農業地帯。実はここ何日かちょっと気になっていることがあって、それを確かめたくて南の農道に出たのである。

10年前の2005年の夏、私と雪だるまは夏休みにこの町に来ていた。夏休みが3~4週間もある雪だるまとは違い、私の休みは1週間ほどしかなかったのだが、それでもフランスの自転車を借りて、毎日あちこち走り回っていた。で、ある朝、南の農道をどんどん進んでいったら、牛がたくさん放牧されている牧場があった。夏の朝の光の中で、のんびりと草を食む牛たちのようすは長閑そのもので、私は自転車を停めてしばらく牛を眺めた。

それから6年経って私はこの町に住むようになり、今度は自分の自転車であちこち走り回るようになったが、ふと気が付くと、いくら南の農道を先へ先へと進んでも、あの牛がたくさんいた牧場にたどり着かない。10年前の出発点、お義父さんの家は町の西の端、今わたしが住んでいる家は町の東の端で、だから10年前とは真逆の方向から農業地帯に入っているのではあるけれど、それにしても、もし今でも牛がいるならあんなに大きな牧場を見落とすはずはない。

で今日は、まず10年前に撮った写真をじっくりと見て、サイロや牛舎の形を覚え込んでから出かけた。ただし何しろ10年経っているのだから、サイロや牛舎がそのままの形で残っているという保証はない。当時ですら余り新しくは見えなかったのだから、すでに建て直されているかもしれないし、あるいは取り壊されて跡形もなくなっているかもしれない。どこでも農業経営は大変なのか、去年は羊や山羊を放牧していた農場も、今年行ってみたらすでに動物は一頭もおらず、柵の前に「売地」の看板が立っていたこともあった。

さて、10年前の写真では、教会の尖塔のようにそびえ立つ2棟のサイロが、遠目にも目立つ牧場なのだが、住宅地から農業地帯に入るあたりで見回しても、それらしきサイロは見えない。「やっぱり、もうなくなってしまったのかなあ」という思いが頭をよぎる。
それでも起伏のある土地のこと、もしかしたら丘の陰になっているのかもしれない。第一、お義父さんの家から走った時も、けっこう遠かった記憶がある。もうしばらく走ってみよう、と農道をさらに南に進んだ。すでに11月。農道の両脇の飼料用トウモロコシ畑はとっくに刈り取りが終わり、薄茶色の切り株だけが延々広がっている。寂寥感、ひしひし。

きこきこ自転車を走らせながら、両脇の景色を確かめる。出かける前に、10年前、牧場に至る道々で撮った写真も見たが、遠くの丘の描線は変わらなくても、木や納屋の様子は変わっているので、あの写真の景色はここだ!という風景にはなかなか出会わない。せいぜい「ここかなあ。なんとなく似てるなあ」という程度。

それでも20分ばかり走ってみたら、前方左手の木々の陰に何やらそれらしきサイロの先っぽが、ぼんやり見えてきた。「お、あれかも!」と思って急ぎ近付くと、果たして出発前に写真で確認した通り、先端が赤と白のチェック柄になったサイロ。写真よりはだいぶ古びた感じだが、まだしっかりと立っている。その横の大型牛舎も健在。
ただし、この時間ならまだ放牧されているはずの牛は、一頭もいなかった。
どこかほかへ移された可能性もなくはないが、よく見ればサイロもだいぶ傷んで、しかも使われている感じがない。人の姿も見えない。音もしない。
どうやら、やはり10年の間に、牧場は廃業されてしまったようである。ケベックで最も最初に電化された町のひとつとして、昔は数々の工場があったこの町も、今ではほとんどの工場が閉鎖あるいは移転された。若者の人口は減り、高齢者ばかりが増えている。農業も例外ではないのだろう。しんどい割に儲かる仕事でもないし。

しばらく空っぽの放牧地を眺めてから、またきこきこ自転車を走らせて帰途に就いた。帰りは上り坂なので、けっこう苦しい。途中、馬が2頭、のんびり草を食んでいる小さい牧場があった。私が自転車を停めると、やや大きい方の馬がゆっくりと寄って来た。柵の端まで来て、じいっとこちらを見ている。柵と道の間には小さい堀があるので、触れるほどには近づけないが、目の色が見えるほどには近い。馬の目は薄い灰青だった。そのうちやや小さい方の馬も近付いてきた。こちらの目は茶色。やはりこちらをじいっとみていたが、そのうち飽きたのか大きい方の馬の腹の下に首を入れて、くちゅくちゅ音をたてはじめた。どうやら母子だったらしい。「親とほとんど同じ大きさのくせして、まだ乳を飲むのか?」と思ったが、馬の年齢は私には皆目見当がつかないので、あれはああ見えてもまだ仔馬なのかもしれない。そのうち馬の母子はゆっくり離れて行った。エサもくれなければ遊んでもくれないこちらに、関心を失ったのだろう。私もまだ自転車に乗って、家に向かった。カメラを持っていなかったので、馬の母子の写真は撮れなかった。南の農道に来られるのは、今年はたぶんこれが最後。あの農家が馬を飼うのを止めていなければ、来年の夏また会えるだろうが、人の家の事情はわからない。羊たち同様、来年は消えているかもしれない。


10年前の牛たち。遠くに点々と見えるのも牛

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Author:らうとら
ドロシー・L・セイヤーズ、ローリー・R・キング、P.D.ジェイムズ、ディック・フランシス、水村美苗、高村薫、戸塚真弓、ヘレン・ミレン、シャーロット・ランプリング、ソフィ・マルソー(40代以降に限る)、ヘレナ・ボナム・カーター、アンジェリーナ・ジョリー、三代目金馬、小さん、枝雀、エンヤ、クイーン、ドゥルス・ポンテス、マドレデウス、J・S・バッハ、ちあきなおみ、トケイ・ピノ・グリ、アール・グレイ、自転車(冬季を除く)、あらゆる犬と猫
以上、私を幸せにしてくれる方々(敬称略)

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