2015年の映画

  • 2016/01/06 03:23
  • Category: 映画
昨日、去年1年間に見た映画のうち印象に残ったもののタイトルを書き出してみた。こうしておかないと後でもう一度見たいと思った時に、なかなか探し出せないからである。

去年はそこそこ気に入ったものはあっても、圧倒的な迫力でこちらに迫ってくるようなものはなかったという印象だったので、書き出す数はそう多くはないだろうと踏んでいたのだが、どうしてどうして最終的に61本のタイトルが並んだ。

あくまでも“印象に残った”というくくりなので、世にいう傑作が並んでいるわけではない。主人公の阿花(花ちゃん)のダンス姿が可愛かったからというだけの理由で選んだ香港映画『狂舞派』とか、重苦しいストーリーはともかく、砂色の岩山がそのまま家になり、街になったようなカッパドキアの息を呑むほど不思議な風景が珍しくて選んだトルコ映画『Winter Sleep』とか、ティルダ・スウィントンがヨーロッパの美と退廃を全身から漂わせてこちらを魅了するヴァンパイア映画『Only Lovers Left Alive』とか、日本のアニメ『風立ちぬ』とか、まあごちゃまぜにいろいろ入っている。お気に入りのケベッコワの監督兼俳優グザヴィエ・ドラン氏の『Mommy』と『Elephant Story』は、もちろん入れた。映画『ファーゴ』を実話だと思い込んで、ノースダコタまで宝探しに出かけたクミコ(菊地凛子さんが演じている)の鬼気迫る姿を描いた映画『Kumiko, the Treasure Hunter』も入れた。以前、このブログで取り上げた『State of Siege』や『Hannah Arendt』他も、もちろん入っている。

が、1年を振り返ってトップ3を選ぶとすれば、『Loreak』『P’tit Quinquin』『Mandariinid』の3本かなと思う。次点はイスラエル映画の『Zero Motivation』。

『Loreak(英題Flowers)』 私たちは最初、これがバスク語の映画であることを知らなかった。雪だるまがアマゾン・スペインから買ったDVDだったので、音声選択が「Euskara/Catalan」とあった時、当然「Catalan」が原音声だろうと思い、そちらを選んだのだが、見始めてみるとどうも口の動きと音声が合っていない。吹き替え特有の違和感があって、せりふだけが背景の音や効果音から浮き上がっている。私たちは吹き替えで映画を見るのが大嫌いなので、これは音声選択を間違えたかと、「Euskara」というのがどこの言葉であるかはわからないまま、そちらを選び直してまた最初から見た。今度はせりふが背景と自然に融け合い、違和感が消えた。

主人公は建設現場で事務員として働くAneという中年女性だ。小柄で、特に美人というわけでもなく、口数も少なく、目立たない。子どもはおらず、夫との間もひんやりと冷たい。しかもまだ40代の初めくらいなのに、医者からすでに更年期が始まっていると言われる。何もしないうちに人生が指の間からさらさらとこぼれ落ちて行ってしまっているような寂寥感。そんなある日、家に花束が届く。夫からだと思った彼女は礼を言うが、夫は知らないという。花束はその後も1週間に1度、決まって届く。薔薇や百合やチューリップなどの、明るく澄んだきれいな色。夫はいぶかしがり、花屋まで出かけて贈り主を突き止めようとするが、花屋は贈り主の名はわからないと言う。夫が不快がるので、Aneは贈られた花束を隠し、職場に持っていって飾るようになる。
そんなある日、職場の同僚の一人が交通事故で亡くなる。特に親しかったわけではなく、ほとんど話をしたこともなかったくらいの同僚なのだが、その同僚が亡くなってから、ぱたりと花束が届かなくなった。そしてある日、彼が残した持ち物の中に、Aneが無くしたと思っていたネックレスを発見する。花束を贈ってくれていたのが彼だというはっきりした証拠はない。しかしAneは彼だと信じ、今度は彼女が毎週、事故現場に花束を届けに行くようになる。そしてそうすることによって、彼の母親と知り合う。母親は亡くなった息子の妻とうまくいっておらず、物足りないものを感じる分、Aneに気持ちが傾斜していく。そして事故現場に毎週毎週花束を届けに来るAneを発見した妻の方は、Aneにいぶかしさと不快を募らせていく。

と、こう書くとなんだかぎくしゃくした人間関係を描いた陰鬱な映画のように思われるかもしれないが、実際に画面を見ていると濁りや暗さは感じられず、むしろ淡々と流れる時の静謐さの方が印象に残る。それはAneを演じたNagore Aranburuの、ジュリエット・ビノシュをもっと平凡に老けさせたような容貌のせいかもしれないし、その静かな物言いのせいかもしれないし、どこにでもある地方都市といったようなSan Sebastianの風景のせいかもしれない。いずれにしても、この映画を見終わって、後味の悪い不快感に襲われる人はいないだろう。残像として脳裏に広がるのは、むしろ登場した数々の花束の、光を浴びたうつくしさかもしれない。

それにしてもバスク語というのは不思議な言語だ。私たちは英語字幕で見ていたのだが、ごく簡単な「はい」とか「いいえ」とかの言葉すら、すぐ隣のスペイン語ともフランス語とも似ても似つかない音で、Euskaraがバスク語を意味すると知るまでは、一体どこの言葉なのか見当もつかなかった。
バスクだとわかった後でも、私がバスクについて知っているのは、遠い昔、犬養道子さんの本で読んだほんの少しだけで、まとまった知識は何もなし。
ウィキによれば、バスク語は現存するどの言語とも系統関係が立証されていない孤立した言語だそうで、現在この言語を使っている人は約66万人。つまり船橋市(60.9万人)よりは多いが、江戸川区(67.9万人)よりは少ない人数の人しか、この言語を使っていないのである。しかも話者は全員、フランス語かスペイン語とのバイリンガルだそうで、これではいつか消えてしまうのではあるまいか。それでなくとも世界中で、少数言語はどんどん消えていっているのだ。それが流れだと言ってしまえばそれまでだが、地域独自の言葉は、残せるものなら残したい。

話が逸れた。長くなったので、『P’tit Quinquin』『Mandariinid』については、また後日。


loreak.jpg

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Amei

イエズス会のフランシスコ・ザビエルとイグナチウス・ロヨラがバスク人です。私の故郷はザビエルにややゆかりのある土地であり、高校の歴史の授業でザビエルについて詳しく習った時に、バスクという土地と言葉についても教師が(おそらくは趣味で)いろいろ教えてくれました。
  • URL
  • 2016/01/06 10:34

らうとら

あ、おかえりー! 無事帰ってきたのね、よかった、よかった。
バスクは宣教師がらみの話と、あと昔は独立運動の話をちらちら聞いたけど、最近はほんとに何もなし。まあ、あっち方面にアンテナ張ってないせいもあるんだけど。
バスク語についても、複雑難解というぼんやりしたイメージがあるだけだし。
でもこの映画は楽しかったよ。万が一、チャンスがあったら見てみて。
  • URL
  • 2016/01/06 22:10

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らうとら

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ドロシー・L・セイヤーズ、ローリー・R・キング、P.D.ジェイムズ、ディック・フランシス、水村美苗、高村薫、戸塚真弓、ヘレン・ミレン、シャーロット・ランプリング、ソフィ・マルソー(40代以降に限る)、ヘレナ・ボナム・カーター、アンジェリーナ・ジョリー、三代目金馬、小さん、枝雀、エンヤ、クイーン、ドゥルス・ポンテス、マドレデウス、J・S・バッハ、ちあきなおみ、トケイ・ピノ・グリ、アール・グレイ、自転車(冬季を除く)、あらゆる犬と猫
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