『La petite fille de Monsieur Linh』

  • 2016/02/01 11:18
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一昨日『La petite fille de Monsieur Linh』を読み終えた。リンさんとバルクさんのためにハッピーエンドを願っていた私なのだが、果たしてあの結末はハッピーエンドなのかどうか。
最初に読み終えた時には、最後に来て突然リンさんの狂気を覗き見せられて、正直、すっと顔から血の気が引く思いだった。その後(音読のためには同じところを何度も読むので)何度も読み返すうちに、バルクさんは最初から知っていたのだし、これはこれでいいのかと、当初の突然狂気の世界に連れて行かれた薄気味の悪さはやや薄らいだが、それでも手放しでハッピーエンドとは言えない薄ら苦い後味が、いまだに澱のように舌に残っている。

(以下、重大なネタバレがありますので、同書をお読みになる予定の方は、以下の記述はお読みにならないよう、強くお勧めいたします)

そうと知って思い返してみれば、最初から何度もそれを暗示する伏線はあったのだ。何が起ころうと、どんな目に会おうと、泣きも喚きもせず、いつもおとなしくいい子でいるサン・ディウ。何歳なのかはっきりしないが、いつもリンさんに抱かれていて、立ちも歩きもしないサン・ディウ。あまつさえ、ある朝、同じ宿舎に住む3人の子供たちが、サン・ディウを手から手へと渡して遊んでいたことがあったのに、それをそばで見ていた子供たちの母親は、止めさせようとはしなかった。それどころか、リンさんが驚いて駆け寄ると「子どものやってることじゃないか。遊びたいだけなんだよ」と言い、サン・ディウをしっかり抱きかかえるリンさんの背に向かって「ふん、老いぼれの気違い・・・」と小さく呟くのだ。私はこの箇所を読んだ時、いくら無教養で意地の悪い女でも、この反応はないんじゃないか?と思ったが、サン・ディウが本物の赤ん坊ではなくただの人形なら、この母親の反応は当然だ。

戦争で家を焼かれ、田畑を焼かれ、爆撃によって息子夫婦を、そしてたぶん本物の孫娘も殺されたリンさんが、つぶらな瞳につややかな黒い髪の人形を孫娘サン・ディウだと思い込み、孫娘はまだここにこうして生きている、この子のために生き続けなくてはと思わなければ、彼自身が生きていけないのはわかる。彼はすでに老齢だ。若者と違い一からやり直す時間はなく、失ったものを取り戻す時間もない。
そんなリンさんが、帰る家も村も国もない。家族も親戚も慣れ親しんだ友達もすべて失い、可愛がっていた孫娘すらもうこの世にはない、とはっきり認識してしまったら、彼を現世に繋ぎ止めるものは何もなくなってしまう。だから彼は人形を孫娘だと思い込み、その人形をあやし、可愛がり、食事を与え、着替えさせ、彼女が育っていくことを、可愛い女の子になり、少女になり、若い女性になっていくことを夢見ることで、かろうじてこの世界と繋がり、精神の均衡を保っているのだ。それはわかる。

が、しかし、それはあくまでリンさんの夢の世界、虚構の世界の話だ。現実にはリンさんが抱いているのは人形で、生きている孫娘ではない。ほかの面ではすべて正常で健康であっても、この1点でリンさんの精神は狂気の世界に滑り落ちる。サン・ディウが人形だとわかった時点で、リンさんは“孫娘を必死に育てている健気なお祖父さん”から“人形を抱いて狂気の世界を彷徨っている老人”にするりと変貌し、読み手は彼をそこに追いやった絶望の深さを思って、その暗さに寒気を覚える。

救いがあるとすれば、それはバルクさんとの友情か。言葉の通じない二人が友人になれるのかと言われれば、言葉が通じても友人になれない人はたくさんいるのだから、言葉が通じないからといって友人になれないとは言えないだろうと言うしかない。相手に好意を持ち、相手のために何かしたいと思う気持ちが友情なら、リンさんとバルクさんの間には、立派に友情が存在している。

それに夢の中では、二人は会話をしているのだ。お互いの夢の中にお互いが登場して同じ夢を見ていたなんて、なんだか『聊斎志異』の中にでもありそうな話だが、考えてみれば著者はフランス人。フランスでも異床同夢の話は、よくあるのだろうか?
ちなみに私がこの箇所を読んだとき雪だるまは、リンさんの夢の記述に丸々1章(12ページ)割かれているのを、「冗長、無駄なページ稼ぎ。私が編集者だったら絶対削る」と言い、私は「そんなことはない。これはリンさんのバルクさんに対する思いを強調し、二人の友情に確かな裏付けを与えるために必要なのだ」と反論したのだが、最後まで読んで、私はやはり私の方が正しかったと思う。たとえ夢であろうと、二人がリンさんの村で会い、いっしょに森を散歩し、息子の嫁が作った手料理に共に舌つづみを打ち、あれこれと会話を交わし、互いにわかり合った場面がなければ、リンさんのバルクさんに対する気持ち、バルクさんのリンさんに対する気持ちの深さに、説得力がなくなってしまう。この12ページは、決して無駄でも冗漫でもない。これは書かれなければならないものだったのだ。なんで雪だるまには、それがわからないのだろう? 私の読み方が下手すぎたからか?


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ドロシー・L・セイヤーズ、ローリー・R・キング、P.D.ジェイムズ、ディック・フランシス、水村美苗、高村薫、戸塚真弓、ヘレン・ミレン、シャーロット・ランプリング、ソフィ・マルソー(40代以降に限る)、ヘレナ・ボナム・カーター、アンジェリーナ・ジョリー、三代目金馬、小さん、枝雀、エンヤ、クイーン、ドゥルス・ポンテス、マドレデウス、J・S・バッハ、ちあきなおみ、トケイ・ピノ・グリ、アール・グレイ、自転車(冬季を除く)、あらゆる犬と猫
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