「異邦人」

  • 2016/09/09 04:32
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お友達滞在中はさぼっていた音読を10日ぶりくらいに再開したら、
なんともはや、口がもとらないというか、口が動かないというか
口も舌もまるっきり日本語モードになってしまっていて、
出てくる音が全然フランス語に聞こえない。
その上さらに読み上げるときの調子も、明らかに日本語のリズム、メロディで
聞く方も聞きづらくて苦痛だったろうが、読む私の方も何とも読み心地(?)が悪く
よけいにつっかえたり、読み間違えたりする始末。

中断する前の数回は何となく調子を掴みかけ、読んでいて気持ちがよかったので
それを失ってがっかりである。
掴みかけるには数週間かかるが失うのは一瞬、と改めて認識して
岩と一緒に坂を転げ落ちたシーシュポスの気分。

それはともかく、今読んでいるのはカミュの「異邦人」なのだが
この、大昔、中学生か高校生の頃読んだ超有名小説を
50過ぎて改めて読んでみると、「あれ、これってこういう話だったっけ?」と
思うことしきり。

深くは読めないフランス語で、あらすじを追うだけのような読み方なので
感想の方も自然、表面的なものでしかないのだが
「ぎょ、ぎょ、何だこれ?」とまず思ったのが、裁判が始まる前の取り調べで
予審判事が十字架を振りかざして、ムルソーに詰め寄る場面。
彼は十字架上のキリストを指して「彼が誰だか知っているか?」とムルソーに問い、
ムルソーが「もちろん」と答えると、激した調子で「私は神を信じている。
どれほど罪深い罪人でも、神は許しを与える。しかしそのためには、罪人はまず罪を悔い改め、
幼い子供のように素直な、心から神を信じる気持ちになって、有罪判決を受け入れなければ
ならない」と言う。

ムルソーは彼の論理を理解しようとするのだが、何しろ部屋は暑いし、
大きなハエが何匹かぶんぶん飛び回っていて彼の頬に止まったりするし、で
気が散って、どうも今一つ付いていけない。

ムルソーの、犯した罪におののいているとも思えない、要領を得ない態度に
予審判事は最後、業を煮やしたかのように「神を信じているか?」と問うのだが
ムルソーの答えは当然「いいえ」
予審判事はがっくりと腰を落とし、「信じられない。人はみな、神を信じているものだ。
神を否定する者たちですら、信じているのだ」と言うのだが、
この場面、私には「笑止!」としか思えない。

キリスト教の神にどっぷり浸かって抜け出せない西欧社会の人間にとっては
キリスト(=神)を信じないなんて、それこそ「信じられない」のだろうけれど
非西欧圏に育ち、キリスト教の神とは無関係に成長してきた私から見れば
キリスト教なんて世界中にあまたある宗教のうちの一つでしかなく、
イスラム教や仏教やヒンドゥー教やユダヤ教、あるいは知的設計者教等々と同列。
当然、イエス・キリストは絶対神なんかではなく、地球上の一部の人たちが信じている宗教
の中の神でしかない。
予審判事は「神を否定する者たちですら、神を信じている」と述べるが
神なしで育った私などは、神を否定する必要すらないのだ。
1940年代の作品だから仕方ないけど、
この予審判事殿、西欧中心過ぎて、世界を彼方から見る
パースペクティブに欠けていると思う。

そしてもうひとつ何だか変、なのが裁判場面。
どうもムルソーがアラブ人を殺したというれっきとした犯罪事実そのものよりも
その前の、母親に対するムルソーの態度の方が、問題にされているのだ。
曰く「母親の葬儀の際、涙ひとつこぼさなかった」「死に顔を見ようともしなかった」
「通夜の際、勧められるままにカフェオレを飲んだ」「煙草を吸った」
「葬儀の翌日、海水浴に行き、女友達と遊んだ」「喜劇映画を見た」
「その女友達と関係を持った」等々。

読んでいた私も、聞いていた雪だるまも
「それがどうして殺人事件の裁判の争点になるわけ?」と一向合点がいかず
終始、頭に大きな疑問符がくるくる回り続けたのだったが
その後思うに、ムルソーはアラブ人を殺したことは初めから認めているので
通常、私たちがよく読んだり、見たりする推理小説/映画のように
彼は本当に犯罪を犯したのか、犯していないなら真犯人は誰だ?といった展開にはなりえない。
よって、なぜ殺したのか、殺した理由に情状酌量の余地はあるのか否かといった点しか
争点になり得ず、だから彼の心情、ふだんの態度、人間関係といった
ムルソーという人間のありよう、この小説でいうところの“l’âme”(魂)を
問題にするしかないのかと思うが、それにしてもこれでは
刑事事件の裁判というより、人間性を裁く道徳裁判のよう。
ちょっと待て、もともと逮捕されたのは人を殺したからであって
母親の死を深く悲しまなかったからではないだろう?と言いたくなる。

それに第一、私など母親の葬儀で涙を流さなかったどころか
葬儀屋相手に「もっと安いのはないのか?」と母親の棺代を値切った人間である。
葬儀直後に人を殺したりしなかったからよいが、
仮に殺していて、しかもそれが40年代の西欧だったら、
「母親の棺代を値切り、葬儀で涙一つこぼさなかった人間」として
轟轟と世間の非難を浴び、ムルソー同様、あっという間に死刑になっていたに違いない。
やれやれ、60年代の日本に生まれていてよかったよ。
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legalcatjp

逆に私は2週間英語環境(とは言えNYではスペイン語やフランス語、イタリア語といろんな言語が耳に飛び込んできましたが)にいて、帰りの飛行機ではアメリカ映画の英語がよく聞き取れるようになりました。
また、再来年、日本語モードに引き戻しに参りますね。ふっふっふ...
  • URL
  • 2016/09/09 14:04
  • Edit

らうとら

legalcatjpさま
いやいやどうぞご心配なく。むりやり読み続けていたら、昨日あたりからまた下手はヘタなりに調子が戻ってきました。
誰かお友達が来てくれないと、自分がしゃべってる日本語しか聞くチャンスがない日常ですので、どうぞまたお越しくださいませ。チッピーともども、お待ち申し上げております。
  • URL
  • 2016/09/11 09:39

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らうとら

Author:らうとら
ドロシー・L・セイヤーズ、ローリー・R・キング、P.D.ジェイムズ、ディック・フランシス、水村美苗、高村薫、戸塚真弓、ヘレン・ミレン、シャーロット・ランプリング、ソフィ・マルソー(40代以降に限る)、ヘレナ・ボナム・カーター、アンジェリーナ・ジョリー、三代目金馬、小さん、枝雀、エンヤ、クイーン、ドゥルス・ポンテス、マドレデウス、J・S・バッハ、ちあきなおみ、トケイ・ピノ・グリ、アール・グレイ、自転車(冬季を除く)、あらゆる犬と猫
以上、私を幸せにしてくれる方々(敬称略)

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