通りの名

  • 2017/04/12 03:07
  • Category: 雑記
私が住んでいるあたりのストリートネーム、通りの名は、
9割方、人の名だ。
たとえば、ウチがある通りは rue Hector Dupont だし、
それが丁字路になってぶつかる通りは Arthur Dery、
その先は Émile Deschênes、
それを右に曲がると、Ovila Demontigny といった具合だ。

たぶん、それぞれ歴史上の有名人か、
町に貢献のあった人の名なのだろうが、
祖父母の代からこの町在住というわけではなく
かつカナダ史に詳しいわけでもない私には、
これらの名が、まったく覚えられない。
(上に挙げた名は、ウチの通りを除き、すべて地図を見て書いた)

過去5年間、これらの通りを行ったり来たりして
街路名表示のプレートはしょっちゅう見ているはずのに
ちっとも記憶に残らない。
なので、例えば何かの案内に住所が記されていても、
それがどこなのか、地図を見ない限りまったくわからない。

もっともこれは外国人である私に限ったことではなく
一応ケベッコワである雪だるまも同様で、
たまにジムの帰りなどに、通りかかった人に道を聞かれることがあるが
一度として教えてあげられたことはないそうである。
どうやら“覚えられない”という点に関しては
フランス語ネイティブか否かという点は、関係ないらしい。

覚えられない理由は、全く知らない人の名であることと、
一つ一つの名が結構長くて、ぱっと一瞬見ただけでは
読み取りづらいこと、の2つであるように思う。
なぜなら、たとえ綴りは長くても、マクシミリアン・ロベスピエールとか
クロード・レヴィ・ストロースとかなら、即座に人物が浮かんで一発で覚えられそうだし
逆に全く知らない人でも、“ジャン・ボン”とか“ルイ・マル”とか
綴りが短くて発音が簡単なら、折に触れ見ているうちに
何とはなしに記憶に残り、「これはあの辺」と見当がついてきそうだから。

まあ今はGPSもあるし、通りの名など覚えていてもいなくても
日常生活に支障が出るわけではないが
どうせ通りに名をつけるなら、覚えづらい人の名前などより
花の名とか木の名とか、あるいは鳥、動物の名とか
連想が働いて記憶に残りやすい名にしてくれればいいのに、と個人的には思う。

そう思うのは私だけではないようで、
たとえば隣の町には、Bégonias(ベゴニア)、 Campanules(桔梗)、Dahlias(ダリア)など
通りはすべて花の名という一角があるし、
隣の市には、Hibou(フクロウ)、 Clibris(ハチドリ)、 Pics-Bois(キツツキ)など
鳥の名ばかりの一角もある。
こういうのは、なかなか楽しくていい。
「そうかなあ?」と疑問に思われる方は、日本語で想像してみればよろしい。
たとえば住所を書く時、少なくとも“安倍晋三通り34番地”なんていうのより
“たんぽぽ通り125番地”の方が、書いていて気分がよくはないか?

あるいはそういう種々の思惑が面倒だというのなら
まったく機械的に、1から順番に番号を振っていくのでもいい。
うちの町も、旧町内はだいたいこの形式だ。
これならよい名を考えてあれこれ思い悩まなくてもいいし
外から来た人が、通りを探し当てられないということもない。
7番街は、6番街と8番街の間にあるに決まっているのだから。
面白みはないが、簡便にして実際的なり。
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ドロシー・L・セイヤーズ、ローリー・R・キング、P.D.ジェイムズ、ディック・フランシス、水村美苗、高村薫、戸塚真弓、ヘレン・ミレン、シャーロット・ランプリング、ソフィ・マルソー(40代以降に限る)、ヘレナ・ボナム・カーター、アンジェリーナ・ジョリー、三代目金馬、小さん、枝雀、エンヤ、クイーン、ドゥルス・ポンテス、マドレデウス、J・S・バッハ、ちあきなおみ、トケイ・ピノ・グリ、アール・グレイ、自転車(冬季を除く)、あらゆる犬と猫
以上、私を幸せにしてくれる方々(敬称略)

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