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眼鏡を新調してはみたが

ここしばらく目の見えがよかったので内心ほくほくしていたら、今日はまたちょっと元に戻ってしまって字がぶれている。ちぇ、残念。

まあこの歳になって今さら視力が上がるはずもないから、結局のところ見える、見えないはその日の調子、前日、あるいはその日一日何をしたか、どのくらい目を使ったかによるのだろう。日がな一日、庭仕事などして目を酷使しなければ、夜になっても視界はぶれない。本が読める。が、ちょっと根を詰めて編み物などしてしまったり、パソコン画面を見過ぎたりすると、てきめん字が読めなくなる。目を使う作業は、ほどほどにせよ、ということらしい。

もっとも私の場合、字が読めなくなるとは言っても、すべての字が読めなくなるわけではない。日本語は文庫、新書などの小さめの活字でも、まだ読める。漢字など細部がはっきり見えなくても、字面と文の前後関係でだいたい間違いなく読み取れるのだ。母語として50年以上読み続けているのだから、当たり前といえば当たり前だが。

困るのは英語とフランス語だ。アルファベットがびっしり並ぶので、はっきり見えないと簡単に読み間違える。小文字のlとcがくっついてkになってしまったり、lとiが並んでいると互い重なり合ってlが2つ、あるいはiが2つあるように見えたり、はたまた綴りの似ている別の単語と読み間違えたりなど、しょっちゅうだ。しかも母語でない悲しさで、読み間違えてもなかなか気が付かない。

実は、あまりに字がぶれるので、この春、読書用メガネを新調したのだが、ちゃんとoptometrist(検眼士)に検査してもらい、その処方で作ったにも関わらず、やはり見え方は今一つで、「眼鏡を作り直せば、字がはっきり見えるようになるかも」と期待していた私は、かなりがっかりしたのだった。

もっとも、私の視力を検査したあと、私が持ち込んだ古い方の眼鏡も検査した検眼士殿が、「この眼鏡でもまだ十分見えるはずですが」と言った時点で、そうなりそうな予感はしていた。もしかしたら作り直しても無駄かも、と。それでもあえて作り直したのは、たとえほんの少しでもぶれが改善されれば、読書の際のストレスが減ると思ったからだ。結果は期待通りとはいかなかったが、仕方がない。

左目がおかしくなって以来、私はずっと思っているのだが、あの視力検査というやつは、「見え」の実情を反映していない。日本でも香港でも当地でも、視力検査というとあの大きさの違うアルファベットまたは数字を順番に読んでいくというのが主流だが、実生活では文字はあんな風にスポットライトを浴びて、単独で登場したりはしない。大は店屋の看板から、小は薬の説明書きまで、文字は常に他の文字といっしょに列になって、あるいは前後左右を他の文字にびっしり囲まれてこちらの前に現れる。そして互いに干渉しあう。単独でなら識別できても、他の文字と一緒に並ぶと、右から左から、まるでインクが滲むように文字同士が重なり合って、識別不能になる。私のように像がぶれる目を持った者はなおさらだ。

が、専門医でない医者はスポットライトを浴びた単独の字の「見え」で問題ないと言い、検眼士はスポットライトを浴びた単独の字の「見え」を基に、眼鏡を処方する。像のぶれない人ならともかく、像のぶれる人が、そうして作った眼鏡で、本などの“一塊になった文字”を、はっきり見られるようになるわけがない。

若い頃に戻りたいとは思わないが、身体の回復力と視力だけは、10代の頃に戻れたらなあ、と思う。あの何時間でも何時間でも読み続けられた体力と視力!
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Author:らうとら
ドロシー・L・セイヤーズ、ローリー・R・キング、P.D.ジェイムズ、ディック・フランシス、水村美苗、高村薫、戸塚真弓、ヘレン・ミレン、シャーロット・ランプリング、ソフィ・マルソー(40代以降に限る)、ヘレナ・ボナム・カーター、アンジェリーナ・ジョリー、三代目金馬、小さん、米朝、枝雀、エンヤ、クイーン、ドゥルス・ポンテス、マドレデウス、J・S・バッハ、ちあきなおみ、トケイ・ピノ・グリ、アール・グレイ、自転車(冬季を除く)、あらゆる犬と猫
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