就活

  • 2010/05/27 11:35
  • Category: 雑記
日本の大学に留学している上司殿のお子さん、ただいま就活中なのだが、最近私あてに作文の添削や、紹介の労を取ってくれた人へのメール文の添削、面接での受け答えの添削などを依頼してくるようになった。

以前はそんな依頼はなかったので、ここに来て急にそうした依頼が舞い込むようになったのは、明らかに上司殿の差し金だと思うのだが、「はて、こういうことでいいのだろーか?」と疑問に思わずにはいられない。

ひとつには就活先が本人の希望とはやや違うのだ。お子さん自身には日本出張の際何度も会っているし、今月初めの日本出張の時も1時間ほど2人だけで話す機会があった。その時も就職の話になり、お父さんとは性格が違うから、金融はいやだと彼女は言っていたのだ。然るに今回の面接先は金融。
上司殿に似ず、しっかりした性格のよい子なので、ぜひ希望のところに就職して欲しいとは思うのだが、性格がよいだけにお父さんの言うことには逆らえないのかなというのが私の推測。

そもそも今回の面接etc.は、上司殿が最近知り合った某有力者の力を借りて、本人ではなく上司殿が希望する職種への就職を実現するためお膳立てしたもののようで、電話でちらっときいたところでは、作文の骨子もお父さんが中国語で書いたものを本人に送り、彼女がそれを日本語にし、その日本語をまた私が添削したということらしい。ったく、やれやれである。

それに外国人として、どの程度の日本語力を持っているかは、重要な評価の対象だと思うのだが、今回の作文は、骨子は父親、文章はわたし。本人の日本語は外国人としては十分立派なものだが、当然ながら50年ネイティブやっている私の方が、(やや古臭いけれども)うまい。

赤の他人が手を入れた作文を、本人のものとして提出してよいのだろうか。いや日本人の子だって、他人が手を入れたものを白ばっくれて提出してるのだろうから、立ってる土俵は同じだと言えないこともないが、なんかフェアでない気がしてならない。

と、ここまで書いて今ふと思った。そもそも『就活はフェアでなければ』と思っている私の方が間違っているのではないか。考えてみれば就活なんてのは昔から知り合いの知り合いの知り合いまでたどってコネを使いまくり、有力者には底に小判を詰めた菓子折(←江戸時代か?)などを贈って、助力を頼んだものだ。今更『自力で、公正な土俵で』なんて念仏を唱えている私の方が、現実に対する認識不足なのかもしれない。つーか、認識不足なのだろう。『使えるものは何でも使う!』が正しい就活、生き残りの道。だって就職できなかったら、食いっぱぐれるもんねー。きれいごと言ってる場合じゃないよねえ。
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ドロシー・L・セイヤーズ、ローリー・R・キング、P.D.ジェイムズ、ディック・フランシス、水村美苗、高村薫、戸塚真弓、ヘレン・ミレン、シャーロット・ランプリング、ソフィ・マルソー(40代以降に限る)、ヘレナ・ボナム・カーター、アンジェリーナ・ジョリー、三代目金馬、小さん、枝雀、エンヤ、クイーン、ドゥルス・ポンテス、マドレデウス、J・S・バッハ、ちあきなおみ、トケイ・ピノ・グリ、アール・グレイ、自転車(冬季を除く)、あらゆる犬と猫
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