男の料理

雪だるまは最近料理に目覚め、先週はベジタリアン・シェパードパイ(ケベック的にはパテ・シノワ)を作り、昨日は黄桃フレーバーのレア・チーズケーキを作った。シェパードバイはひき肉の代わりにオーツとブレッドクラム、ヒマワリの種を使い、ケベックでのお約束、コーンが入ったバージョンだったがなかなかイケたし、昨日のチーズケーキは「お店で売れるよ」というくらい絶品だった。

 

で今日はベジタリアン・ジャンバラヤを作ると言ってレシピをコピーし、あれこれ材料を揃え、スーパーでベジタブル・ブロスまで買い込んで「いざ!」という感じだったのだが、午後4時を過ぎても仕事部屋から上がってこない。(シェパードパイの時は、3時過ぎからいそいそ作り始めた) 「ジャンバラヤはシェパードパイほど時間がかからないのか?」と思ってはみたが、5時を過ぎても上がってこないのでさすがに心配になり、「仕事が忙しいなら、私が代わりに何か作るけど?」と声をかけたら、一瞬きょとんとした顔をし、次に「わあ! かんっぺきに忘れてた!」と叫んだ。

 

私は代わりの即席夕食を用意しながら、つくづく「男の料理というのは、イベントなんだなあ」と実感。女は、というか家庭の主婦は、それが勤労だろうが、専業だろうが、“ご飯をつくる”ことを忘れることはない。何かに夢中になって「わっ!もう、こんな時間!」と慌てることはあっても、また「あーあ、めんどくさ。今日は店屋物にしよか」食事作りをさぼることはあっても、食事の支度をすること自体を“忘れる”なんてことはありえない。主婦にとってはご飯作りは逃れられない日常のルーティン。昼を過ぎれば、意識するしないは別として、頭のどこかで「夕ご飯、何つくろ」とぼんやり考えているものだ。

 

然るに、ご飯作りが日常のルーティンでない男性諸兄は、仕事や遊びに夢中になると、あっさりと“ご飯作り”という役目を忘れる。いや、男性諸兄と限定しては不公平かもしれない。ご飯係(一般的には母親や姉妹、まれに父や兄弟、お手伝いさんなど)を確保しており、自分では日常的にご飯を作る必要のない立場の者は、性別に関係なく“忘れる”ことが可能だからだ。(たとえば親と同居の独身娘は、朝は「今日はあたしご飯作るから」と言っていても、会社帰りにオトモダチにばったり遭遇したりすると、そんな約束はころり忘れる。あてにしていた母あるいは父は、いつまでたっても帰ってこない娘に、ため息つきつつ米を研ぐことになる)

 

主婦/夫にとってはご飯作りは、睡眠や排便(失礼!)と同レベルの選択の余地なしの役目。完全なるケ。しかし非主婦/夫にとっては、自己の技術と感性を発揮するクリエイティブな行為。ぴかぴかのハレ。位置づけが全く異なるのだ。

 

それでも私としては、たとえたまにでも雪だるまがご飯を作ってくれた方がありがたい。その昔、料理は趣味のひとつだったが、最近は飽きが来ていて料理に時間をかける気がしない。ついでに40年近く慣れ親しんだガスレンジから電熱式のレンジに変わって火加減がうまく行かず、作り慣れた料理を作っても出来が今ひとつだし。(電熱式は、ゆっくりじっくりの加熱には向くが、強い火力で一気にという料理には向かない。中華の“チャオ(炒)”なんか絶対無理である)

 

雪だるまは来週末の親戚を招いての食事会の時もメインとサラダとデザートを作ると言っており、私はポタージュとなにかもう1品だけ作ればいいそうである。肩の荷が下り、ラッキー至極。

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Author:らうとら
ドロシー・L・セイヤーズ、ローリー・R・キング、P.D.ジェイムズ、ディック・フランシス、水村美苗、高村薫、戸塚真弓、ヘレン・ミレン、シャーロット・ランプリング、ソフィ・マルソー(40代以降に限る)、ヘレナ・ボナム・カーター、アンジェリーナ・ジョリー、三代目金馬、小さん、枝雀、エンヤ、クイーン、ドゥルス・ポンテス、マドレデウス、J・S・バッハ、ちあきなおみ、トケイ・ピノ・グリ、アール・グレイ、自転車(冬季を除く)、あらゆる犬と猫
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